東 京 学 芸 大 学 教 育 学 研 究 科 国 語 教 育 専 攻 日 本 語 教 育 コース 日 本 語 研 究 特 論 D 注 意 閲 覧 者 の 方 へ この 資 料 は, 東 京 学 芸 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 国 語 教 育 専 攻 日 本 語 教 育 コースの 日 本 語 研 究 特 論 D ( 担 当 : 南 浦 涼 介 )の 授 業 の 発 表 資 料 です 教 育 的 価 値, 資 料 的 価 値 としてウェブ 掲 載 をしています が,いわゆる 論 文 ではありませんので, 論 文 への 引 用 等 はご 遠 慮 くださ い また, 分 析 対 象 の 著 作 権 は 著 作 者, 資 料 文 書 の 著 作 権 は 発 表 者 に 帰 しま すので, 無 断 転 載 はご 遠 慮 ください 質 問 については 東 京 学 芸 大 学 南 浦 研 究 室 (http://www.u-gakugei.ac.jp/~minalabo/) までお 願 いします 2016/05/25 M115 1424 安 藤 祐 実 M115 1434 李 佳 耀 M116 1424 コプチャエフ アルチョム M116 1433 李 琳 批 判 的 考 察 力 ことばの 創 造 的 使 用 の 育 成 をめざして: 今 後 のカタカナ プロジェクト 1. はじめに 日 本 語 教 育 の 現 場 において 学 習 者 が 積 極 的 に 学 ぶチャンスを 与 えていないという 指 摘 がでてき た 学 習 者 が 模 索 できるような 環 境 を 作 る 必 要 がある 教 える 側 はこのような 面 で 重 要 な 役 割 を 果 たしていながらも 学 習 者 が 積 極 的 に 授 業 に 参 加 し 批 判 的 に 授 業 内 容 を 考 えることも 大 切 である そこで クリティカル リテラシーの 育 成 を 主 張 している 熊 谷 らはカタカナ プロジェクトを 実 施 した 上 カタカナ プロジェクトを 通 して 批 判 的 考 察 力 と 言 葉 の 創 造 的 使 用 の 育 成 は 達 成 したか 検 証 し 今 後 のカタカナ プロジェクトへの 提 案 を 行 った 本 発 表 では 第 1 2 3 章 の 内 容 を 踏 まえ 批 判 的 考 察 力 言 葉 の 創 造 的 使 用 の 育 成 を 目 指 すには 教 師 はどのように 教 えるかについて 議 論 していくことを 目 的 とする 2. 著 者 紹 介 著 者 : 熊 谷 由 理 (くまがい ゆり) 神 奈 川 県 出 身 マサチューセッツ 工 科 学 アマースト 校 大 学 院 教 育 学 博 士 課 程 修 了 教 育 学 博 士 現 スミスカレッジ 東 アジア 言 語 学 文 学 部 シニア レクチュラー 専 門 :クリティカル リテラシーと 外 国 語 教 育 主 な 論 文 : 熊 谷 由 理 (2007) 日 本 語 教 室 でのクリティカル リテラシーの 実 践 に 向 けて ( リティ ラシーズ 4, pp.71 85) Doerr, Neriko Musha / Kumagai Yuri Towards critical approaches in an advance level Japanese course: Theory and practice through reflection and dialogues. (Japanese Language and Literature, 42 pp.123 156, 共 著 ) 著 書 : 佐 藤 慎 司 熊 谷 由 理 編 (2011) 社 会 参 加 をめざす 日 本 語 教 育 : 社 会 に 関 わる,つながる, 働 きかける ひつじ 書 房 1
佐 藤 慎 司 熊 谷 由 理 編 (2013) 異 文 化 コミュニケーション 能 力 を 問 う- 超 文 化 コミュニ ケーション 力 をめざして- ココ 出 版 Noriko Iwasaki and Yuri Kumagai (2016)The Routledge intermediate to advanced Japanese reader : a genre based approach to reading as a social practice, Routledge modern language readers 3. 論 文 の 構 成 と 内 容 の 要 約 3 1 はじめに 第 4 章 において 目 的 としての 第 1 章 であげられた 項 目 を 2 章 3 章 での 異 なった 理 論 的 視 点 か ら 問 題 点 について 分 析 し プロジェクト 実 践 者 による 反 省 も 交 えて さらに 掘 り 下 げて 考 察 する とともに 今 後 の 実 践 へ 向 けての 具 体 的 な 提 案 を 行 う (p.59) 3 2 カタカナ プロジェクトの 目 的 の 検 証 :ドーア 深 井 佐 藤 の 章 に 鑑 みて 1 章 で 明 記 されているように カタカナ プロジェクトはクリティカル リテラシーの 理 念 にの っとり 以 下 4 点 が 目 的 として 提 示 されていた a) ( 教 科 書 の) 規 範 を 疑 ってみる という 目 的 の 前 半 部 分 まで 深 く 議 論 する 活 動 はなさ れなかった 学 生 はカタカナ 使 いの 歴 史 的 な 変 化 に 触 れ 時 代 や 分 野 による 規 範 の 不 安 定 さについて 間 接 的 に 考 える 機 会 を 得 ることができたと 紹 介 されている 例 (p.61)から 見 ると 本 当 に カタカナ= 外 来 語 なのか という 目 的 の 後 半 部 分 は 達 成 されたと 言 える しかし 1 つ 目 の 前 半 部 分 の ( 教 科 書 の) 規 範 を 疑 ってみる という 部 分 まで 深 く 議 論 する 活 動 はなされなかった そこで 1 つ 目 の 目 的 を 達 成 するには 以 下 のような 提 案 をした 1. 日 本 語 初 級 の 教 科 書 の 中 で 使 われているカタカナの 言 葉 の 分 析 をプロジェクトの 一 部 として 行 う 2. カタカナ = 外 来 語 というルールについて 考 える 機 会 を 与 える 3. 上 記 の 2 点 について 話 し 合 い 考 えることで テキスト 一 般 持 つ 政 治 性 について 議 論 し 教 科 書 は 常 に 正 しい 知 識 を 提 示 している といったことを 疑 う (p.62) b) 同 じことばでも 違 う 文 字 を 使 うことで 違 った 意 味 やニュアンスを 作 り 出 すことができ ることを 理 解 し なぜその 文 字 で 書 かれているのか という 疑 問 を 持 つ 姿 勢 の 大 切 さを 培 う 2
c) 文 字 使 いの 選 択 という 些 細 な ことで 様 々な 意 味 の 構 築 が 意 図 的 にされていることに 気 づく b と c に 関 しては 概 ね 目 的 は 達 成 されたと 言 える しかし 目 的 を 理 解 し 問 題 視 する 姿 勢 を 育 み 意 味 の 構 築 が 意 図 的 にされていることに 気 づくことが 大 切 なのかといったより 大 きな 枠 組 み からこの 問 題 を 捉 えた 場 合 学 習 者 とのさらに 深 い 話 し 合 いが 必 要 であったと 考 える d) 学 習 者 は どのような 文 字 を 使 うかによって 様 々な 意 味 の 構 築 ができることを 理 解 する と いうメタ 知 識 レベルでの 目 標 は 達 成 されたと 言 える しかし それは 教 師 が 計 画 的 にカタカナ プ ロジェクトと 統 合 させて 行 ったのではなく どちらかといえば 偶 然 に 起 こったプロジェクトの 効 果 であると 言 える 3 3 批 判 的 考 察 : 深 く 広 く 考 察 する カタカナ プロジェクトでは ( 教 科 書 の) 規 範 を 疑 ってみる 本 当 に カタカナ= 外 来 語 なのかを 検 証 する が 目 的 にあげられており カタカナが 外 来 語 なのかという 事 実 確 認 の 調 査 を 行 い 差 異 化 の 道 具 としてカタカナ を 検 証 することができた(p.64) 今 回 カタカナの 歴 史 的 変 化 に 注 意 することを 教 師 が 何 らかの 形 で 促 すことが 必 要 であると 熊 谷 (2011)は 述 べた(p.65) 例 としては 一 人 の 学 生 が 宮 沢 賢 治 の 雨 ニモマケズ の 詩 をデータとし てクラスに 持 ってきたため 間 接 的 にカタカナ 使 いの 歴 史 的 変 化 について 話 し 合 う 機 会 を 持 つこと ができたと 第 3 章 で 紹 介 されている(p.65) また なぜ 規 範 を 疑 ってみることが 必 要 なのかといった 問 いを 考 えていくためには 検 証 だけで はなく さらに 深 い 議 論 が 必 要 である 規 範 は 学 習 者 にとって 学 習 項 目 を 整 理 するには 必 要 で あるし 便 利 でもある しかし 混 乱 を 避 けるために 単 純 化 された 規 範 を 教 師 が 教 科 書 などを 使 っ て 教 えることで 学 習 者 をその 規 範 で 縛 ってしまう 可 能 性 があることも 問 題 視 したいと 熊 谷 は 述 べ ている 主 な 主 張 は 以 下 の 通 りである i. カタカナの 使 用 背 景 にある 様 々な 社 会 的 政 治 的 な 意 味 や 価 値 観 について 話 し 合 うこと ii. iii. 文 字 使 いといった 些 細 な 言 語 行 動 の 行 使 をする ポリティクス に 学 生 が 気 づくこと カタカナの 発 展 的 活 動 として ビジュアルリテラシー(Kress 2003)の 視 点 を 取 り 入 れた テキスト 分 析 も 可 能 だろう 3 4 ことばの 創 造 的 使 用 の 意 義 :ディスコース( 言 説 )との 積 極 的 な 関 わり 深 井 佐 藤 は このプロジェクトを 通 して 学 習 者 たちが 学 んだことを 応 用 する 機 会 が 必 要 であ るとし そのような 創 造 的 な 言 語 使 用 のケースがあるかどうかを 見 るためにプロジェクト 後 に 学 習 者 が 書 いたものを 分 析 した その 結 果 学 習 者 は 与 えられた 知 識 を 受 け 取 るだけの 受 身 的 存 在 では なく 学 習 した 事 柄 を 能 動 的 創 造 的 に 用 いて 自 分 の 伝 えたいことを 表 現 しているということが 明 らかになった 3
また 今 回 のカタカナ プロジェクトでは まとめとして 1)クラスメートを 聞 き 手 としたクラ ス 内 でのグループ 報 告 発 表 と 2) 日 本 語 学 習 の 後 輩 を 読 み 手 とした 冊 子 を 作 るという2つの 作 業 が 行 われた 実 際 のカタカナに 関 するディスコース( 言 説 )に 関 わるという 視 点 からは 次 のようなことが 大 切 あるいは 可 能 である (p.68 69) 1. 読 者 増 を 広 げ 日 本 語 使 用 者 一 般 に 疑 問 を 提 示 するという 形 で 発 信 する 2. 読 者 を 将 来 の 日 本 語 学 習 者 と 設 定 する 場 合 は レベルに 応 じた 教 材 としてのカタカナに 関 す る 記 述 を 作 成 する 3. 読 み 手 や 書 く 目 的 を 意 識 するというのは 書 くという 活 動 全 てに 共 通 することであるので 創 造 的 な 使 用 をホームページやブログにのせ 具 体 的 な 読 者 幅 広 い 読 者 の 目 に 触 れるよう にし できるだけ 多 くの 人 に 認 められるきっかけを 作 る 3 5 教 室 コミュニティーとアセスメント( 評 価 ) プロジェクト 後 に 書 かれた 学 生 の 感 想 文 は 教 師 だけが 読 み クラスメートには 共 有 されることが なかった お 互 いの 感 想 文 を 読 み それについて 話 し 合 う 機 会 を 設 けていれば クラスメートと 自 分 の 共 感 同 意 する 点 そして 同 意 できない 点 を 明 らかにでき 同 じ 表 現 でも 読 み 手 によってい ろいろな 解 釈 ができるということも 今 一 度 実 感 できただろう また そのような 話 し 合 いを 通 し て 自 分 の 解 釈 が 変 容 したり 新 たな 解 釈 が 自 分 の 中 に 生 まれたりする 可 能 性 もある 評 価 活 動 は 間 違 い の 訂 正 などによって 何 が 正 しくて 何 が 誤 りなのかということを 示 すと いうかたちでディスコース( 言 説 ) 形 成 に 大 きく 関 わっているだけでなく そのディスコース( 言 説 )こそが 評 価 の 基 ともなる 規 範 を 作 っている また 教 育 機 関 の 中 で 多 くの 学 習 者 はテストの 点 数 や 成 績 を 意 識 していることも 否 めない 学 習 者 自 身 をプロジェクトの 設 計 から 実 践 そして 評 価 にまで 関 与 させることで 学 習 者 自 身 の 興 味 を 反 映 することができ 自 律 的 積 極 的 な 学 習 態 度 を 支 援 していくことにもなるのではない だろうか 4. 著 者 の 結 論 のまとめ 本 章 ではカタカナ プロジェクトの 目 的 を 一 つ 一 つ 検 証 した 後 深 く 広 い 批 判 的 考 察 ことばの 創 造 的 使 用 の 意 義 とディスコースとの 関 わり そして 教 室 コミュニティーとアセスメントという 観 点 から 今 後 のカタカナ プロジェクトへの 提 案 を 行 った 外 国 語 学 習 者 がことばの 規 範 を 学 習 し それを 批 判 的 創 造 的 に 使 っていけることを 支 援 してい くためには 教 師 自 身 が 様 々な 教 授 法 評 価 法 を 批 判 的 に 見 つめ 直 し 実 際 の 状 況 に 合 わせて 創 造 的 に 使 っていくこと そして それを 恐 れないことが 重 要 なのではないだろうか 4
5. 考 察 5 1 日 本 語 教 育 への 示 唆 教 師 が 何 を 教 え 何 を 学 習 者 に 求 めているかということは 教 育 実 践 に 大 きな 影 響 を 与 える 今 ま での 教 え 方 に 縛 られないように 学 習 者 への 目 的 や 意 義 の 提 示 の 仕 方 を 考 える 工 夫 が 必 要 である 本 論 文 のカタカナ プロジェクトは 規 範 に 対 する 学 習 者 の 批 判 的 視 野 を 育 成 するためのきっ かけとして 行 われるものである 6. 問 題 提 起 a) 熊 谷 (2011) 批 判 的 考 察 力 ことばの 創 造 的 使 用 の 育 成 をめざして: 今 後 のカタカナ プロ ジェクト では クリティカル リテラシー ということばが 使 われているが 八 重 樫 田 代 (2007) 学 校 教 育 における 批 判 的 リテラシー 形 成 では 批 判 的 リテラシー という 言 葉 が 使 われている クリティカル リテラシーは 批 判 的 リテラシーと 同 じ 意 味 なのか b) カタカナ プロジェクトでは 教 師 は 意 図 的 にカタカナの 使 用 について 学 習 者 を 考 えさせた たまたま ある 学 習 者 は 宮 沢 賢 治 の 雨 ニモマケズ を 持 ってきたため 間 接 的 にカタカナ 使 いの 歴 史 的 変 化 について 話 し 合 った しかし これは 教 師 が 意 図 的 に 計 画 したのではなく 偶 然 に 起 こった 産 物 である 教 師 の 意 図 的 な 教 え と 非 意 図 的 な 教 え について どう いうふうに 捉 えるべきか c) 教 師 は 学 習 者 の 批 判 的 考 察 力 ことばの 創 造 的 使 用 の 育 成 をめざして 授 業 で 一 体 何 を 教 える のか 7. おわりに 本 稿 では 第 1 2 3 章 の 内 容 を 振 り 返 り 更 なる 深 い 考 察 をした 上 で 疑 問 を 示 した 熊 谷 ら は 現 在 の 自 分 が 置 かれた 環 境 や 立 場 を 様 々な 視 点 から 理 解 し ある 物 事 を 一 つの 観 点 からでしか 見 ることのできない 自 分 当 たり 前 の 事 柄 を 当 たり 前 として 受 け 止 めてしまっている 自 分 を 解 放 するための 一 つの 手 段 であるに 過 ぎない 大 切 なのは その 後 将 来 の 変 革 へ 向 けて 自 己 実 現 と 社 会 改 善 のためにことばを 創 造 的 に 用 いていくことであると 主 張 されている 文 字 で 社 会 を 読 み 自 分 の 言 葉 を 使 って 社 会 に 働 きかけることが 望 まれる 身 の 回 りのことに 気 づき 社 会 の 改 善 が 実 現 できるかのではないかと 考 えられる そのため 次 のようなことをまとめとして あげる 第 1 に 具 体 的 なもの( 事 実 等 )から 抽 象 的 なものへと 授 業 の 展 開 が 理 想 とされている 第 2 に 今 まで 言 語 を 習 得 する 前 提 であったが これから 次 のようなことについて 考 える 必 要 で ある a) 言 語 を 習 得 するのはどういう 意 味 なのか?そもそも 習 得 の 意 味 は 何 なのか? b) 言 語 を 習 得 するのはどういうふうに 取 るのか? 第 3 に 社 会 改 善 のために 身 の 周 りのことをより 広 く 見 ることである 5
8. 参 考 文 献 熊 谷 由 理 佐 藤 慎 司 ( 編 )(2011) 第 1 部 カタカナ プロジェクト 第 4 章 批 判 的 考 察 力 ことばの 創 造 的 使 用 の 育 成 をめざして: 今 後 のカタカナ プロジェクト 社 会 参 加 をめざす 日 本 語 教 育 : 社 会 にかかわる つながる 働 きかける pp.59 72 八 重 樫 一 矢 田 代 高 章 (2007) 学 校 教 育 における 批 判 的 リテラシー 形 成 岩 手 大 学 教 育 学 部 附 属 教 育 実 践 総 合 センター 研 究 紀 要 第 6 号 pp.91 108 6