62 中 央 農 業 総 合 研 究 センター 研 究 資 料 第 11 号 (2015.11) 第 8 章 中 山 間 地 域 における 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 の 実 態 と 課 題 1 はじめに 第 6 章 でみたように 府 県 の 肉 用 牛 繁 殖 経 営 は 中 山 間 地 域 を 中 心 に 稲 作 との 複 合 経 営 が 多 い. 稲 わらや 水 田 畦 畔 の 野 草 の 飼 料 利 用, 堆 肥 の 稲 作 への 利 用 などがその 利 点 とされてきた.しかし,いずれも 労 働 集 約 的 部 門 であり 農 作 業 面 では, 田 植 えと 牧 草 収 穫 の 重 なる 春 季, 稲 収 穫 と 牧 草 播 種 の 重 なる 秋 季 に 著 しい 労 働 ピークが 生 じ, 労 働 条 件 の 過 酷 な 夏 季 の 畦 畔 野 草 の 収 穫 作 業 の 負 担 が 営 農 上 の 課 題 となっている.その 結 果, 近 年, 繁 殖 経 営 の 減 少 は 著 しく,それに 伴 う 農 林 地 の 利 用 低 下 や 管 理 問 題 が 顕 在 化 している. こうしたなかでの 転 作 の 強 化 とあいまって 水 田 放 牧 が 注 目 されている. 水 田 への 牧 草 など 飼 料 作 物 の 作 付 とその 放 牧 利 用 は, 稲 作 と 比 べて 面 積 当 たり 投 下 労 働 時 間 が 少 なく, 水 田 の 省 力 的 管 理 方 式 としても 期 待 される.また 飼 料 作 物 の 収 穫, 牛 舎 への 運 搬, 給 飼, 家 畜 排 せつ 物 の 処 理, 堆 肥 の 圃 場 運 搬 散 布 作 業 が 削 減 される 放 牧 は 省 力 的 な 家 畜 飼 養 方 式 として 期 待 される. 経 営 全 体 としてみれば, 春 の 牧 草 収 穫, 夏 の 畦 畔 除 草 及 び 採 草, 秋 の 稲 わら 収 穫 作 業 が 削 減 され, 経 営 面 積 や 飼 養 頭 数 の 拡 大 の 図 れることが 期 待 さ れる. 本 章 で 取 り 上 げるF 農 場 のある 広 島 県 三 次 市 は 中 山 間 地 域 に 位 置 し, 水 田 率 が 約 90%を 占 めるが, 耕 地 面 積 に 対 して 田 畑 の 不 作 付 地 及 び 耕 作 放 棄 地 が 約 20%も 存 在 するなど 水 田 を 中 心 に 農 地 の 管 理 が 課 題 となっている.また, 農 業 就 業 人 口 の 約 8 割 が 高 齢 者 (4 割 は 後 期 高 齢 者 )であり, 近 い 将 来, 農 家 数 の 激 減 とそれに 伴 う 農 地 管 理 問 題 が 一 層 深 刻 になることが 予 想 される.さらに2013 年 度,2014 年 度 の 米 価 の 下 落,2014 年 度 からの 米 の 直 接 支 払 交 付 金 削 減 により 稲 作 収 益 の 一 層 の 悪 化 が 懸 念 され, 食 用 米 中 心 の 営 農 からの 転 換 が 急 務 となっている. こうしたなかで, 広 島 県 北 東 部 中 山 間 では, 近 年, 水 田 放 牧 が 増 加 しており, 三 次 市 では24 経 営, 約 65haの 水 田 で 放 牧 が 行 われている( 図 1).また, 個 別 経 営 に 加 えて 稲 作 を 主 とする 集 落 営 農 法 人 におい 注 ても 水 田 放 牧 を 行 う 経 営 が 増 え, 広 島 県 では2013 年 には23 法 人 において 水 田 放 牧 が 導 入 されている 1. F 農 場 の 水 田 放 牧 の 特 徴 は, 繁 殖 牛 飼 養 の 省 力 化 と 飼 料 費 の 削 減 を 図 るため, 様 々な 飼 料 と 圃 場 を 組 み 合 わせて 放 牧 期 間 の 延 長 を 図 り, 種 付 け 前 の 繁 殖 牛 も 放 牧 するなど 放 牧 対 象 牛 を 拡 大 している 点 にある. 第 7 章 で 見 たように 一 般 に 放 牧 期 間 は 春 から 秋 の6か 月 程 度, 放 牧 対 象 牛 は 妊 娠 確 認 された 繁 殖 牛 で 分 娩 予 定 の1 ~2か 月 前 までであり, 経 営 全 体 で 見 た 繁 殖 牛 の 平 均 放 牧 日 数 は90 日 程 度 にとどまる.これに 対 して,F 農 場 の 平 均 放 牧 日 数 は 約 180 日 と 長 く, 省 力 化 や 経 費 削 減 が 図 られていると 考 えられる. そこで 本 章 では, 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 を 営 むF 農 場 における 水 田 の 放 牧 利 用 技 術, 繁 殖 牛 の 放 牧 飼 養 技 術 の 特 徴 と 課 題 を 明 らかにするとともに, 農 作 業 労 働 および 収 益 の 分 析 を 行 い, 労 働 面, 収 益 面 から 水 田 をフルに 活 用 した 放 牧 技 術 による 複 合 経 営 成 立 の 可 能 性 と 条 件 を 検 討 する. 2 F 農 場 の 概 要 F 農 場 の 経 営 概 要 を 表 1に 示 す.F 農 場 の 主 な 労 働 力 は, 家 畜 人 工 授 精 師 の 資 格 を 持 つ 経 営 主 (64 歳 )1 人 である. 配 偶 者 や 子 孫 は 同 居 するが, 田 植 え 時 などの 農 繁 期 に 手 伝 う 程 度 であり, 農 繁 期 には1 人 を 臨 時 雇 いする. 経 営 用 地 面 積 は 約 13.3haで,ほとんどが 水 田 で 借 地 である. 地 代 は 稲 作 圃 場 で10a 当 たり 玄 米 35 kgまたは7,000 円, 小 区 画 圃 場 の 多 い 飼 料 作 付 圃 場 は 負 担 なしが 多 い.ほとんどの 圃 場 が 中 山 間 地 域 等 直 接 支 払 いの 対 象 となっているが, 交 付 金 は 地 権 者 で 組 織 する 協 定 集 落 が 受 給 する.このた 図 1 水 田 放 牧 の 推 移 ( 三 次 市 ) 資 料 : 広 島 県 北 部 農 業 技 術 指 導 所
第 8 章 中 山 間 地 域 における 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 の 実 態 と 課 題 63 め, 水 利 費 や 用 排 水 路 の 掃 除 は 地 権 者 が 負 担 する.ただし, 畦 畔 管 理 はF 農 場 が 行 う. 繁 殖 牛 は24 頭 飼 養 し, 子 牛 を 生 産 し 販 売 する. 放 牧 を 開 始 した2001 年 は15 頭 であったが, 水 田 放 牧 面 積 の 拡 大 とともに 増 頭 を 図 っている. 食 用 水 稲 の 作 付 面 積 は 約 690a, 品 種 は ミルキークイーン が 約 85%, 残 りは 低 アミロースの 姫 ご のみ, コシヒカリ である.これらのほとんどは 契 約 生 産 で2013 年 の 取 引 価 格 は7,000 ~7,500 円 /30kg, 単 収 は500kg/10a 前 後 である.このうち 約 3haは 舎 飼 用 の 飼 料 として 稲 わらを 収 穫 する.また,ほとんど の 水 稲 作 付 圃 場 は 裏 作 に 牧 草 を 栽 培 し 春 に 放 牧 利 用 を 行 う. このほかの 水 田 616aは 飼 料 作 物 を 栽 培 する.そのうち29aは 飼 料 用 米 を 栽 培 し, 自 ら 収 穫 調 製 し 自 家 の 舎 飼 の 繁 殖 牛 に 給 与 する.522aはイタリアンライグラス(IR, 冬 作 )と 栽 培 ビエ(MI, 夏 作 )の 二 毛 作 を 行 い, 春 に 約 1haを 舎 飼 用 の 飼 料 として 収 穫 し, 残 りは 放 牧 利 用 する.このほかに 晩 秋 の 放 牧 飼 料 とし て 飼 料 イネ65aを 栽 培 する( 表 2). 3 放 牧 期 間 の 延 長 を 考 慮 した 飼 料 栽 培 と 放 牧 管 理 方 法 F 農 場 における 水 田 の 放 牧 利 用 技 術 の 特 徴 は 三 つある. 一 つ 目 は, 単 一 の 飼 料 作 物 では 放 牧 利 用 期 間 は 数 カ 月 程 度 に 限 られる 中,F 農 場 では 多 様 な 飼 料 作 物 を 計 画 的 に 栽 培 することで,3 月 10 日 頃 から12 月 20 日 頃 まで 約 280 日 間 の 放 牧 期 間 を 確 保 している.その 一 つは 転 作 田 での 牧 草 (MI)- 牧 草 (IR)の 栽 培 とその 放 牧 利 用 である.その 管 理 は,10 月 に 圃 場 の 残 草 をフレールモアで 掃 除 刈 りし, 不 耕 起 状 態 で IR( 晩 生 種 )を 播 種 し,3 月 に 施 肥 を 行 い( 現 物 30kg/10a),4 月 中 旬 頃 から 放 牧 利 用 を 開 始 する.6 月 に 順 次 MIを 播 種 し,7 月 から10 月 まで 放 牧 利 用 する. 二 つ 目 は, 飼 料 イネの 放 牧 利 用 である. 前 述 のMI-IRの 飼 料 作 では,10 月 から3 月 の 放 牧 飼 料 が 確 保 できない.また10 月 は 稲 収 穫 と 牧 草 播 種 作 業 があり,5 月 とともに 牛 舎 での 飼 養 管 理 作 業 を 最 も 削 減 した い 時 期 である.そこで,この 時 期 の 放 牧 飼 料 を 確 保 する 目 的 で 表 1 F 農 場 の 経 営 概 要 (2013 年 ) 2013 年 に4 筆 65aの 水 田 ( 前 年 ま 労 働 力 経 営 主 (64 歳 ), 臨 時 雇 い 1 人 ( 農 繁 期 のみ) で 牧 草 放 牧 )で 飼 料 イネを 栽 培 経 営 用 地 水 田 1,306a( 約 100 筆 ), 野 草 地 25a し,10 月 中 旬 から12 月 の 中 旬 ま 家 畜 飼 養 頭 数 繁 殖 牛 24 頭 (2001 年 放 牧 開 始 時 15 頭 ) で 放 牧 利 用 した. 品 種 は 極 晩 生 の 茎 葉 型 品 種 たちすずか で 作 付 面 積 主 食 用 米 ( 夏 作 ):690a( 平 均 18.8a/ 筆 ) 飼 料 用 米 ( 夏 作 ):29a 放 牧 用 牧 草 飼 料 作 物 ( 夏 作 ):522a( 平 均 8.7a/ 筆 ) 放 牧 用 飼 料 イネ( 夏 作 ):65a(4 筆 ) ある.6 月 中 旬 まで 前 年 秋 に 播 種 放 牧 用 牧 草 ( 冬 作 ):1,112a( 食 用 水 稲 圃 場 を 含 む) した 牧 草 で 放 牧 し,ドライブハ 飼 料 基 盤 飼 料 用 米 :29a( 約 1.5t), 稲 わら 収 穫 : 約 3ha( 約 12t), 牧 草 ローで1 ~2 回 耕 起 し,その 後 2 ( 放 牧 利 用 以 外 ) 収 穫 : 約 1ha( 約 5t) 回 ほど 代 かきして, 苗 を6 月 下 主 な 施 設 繁 殖 牛 舎 (140m2,20 頭 収 容 ) 旬 に 移 植 した. トラクター2 台, 畦 塗 機, 田 植 機, 防 除 機,コンバイン, 色 彩 選 別 機, 倉 庫,ライスストッカー, 乾 燥 機 70 石 (リース), 三 つ 目 は, 食 用 水 稲 の 裏 作 主 な 機 械 籾 摺 機,ロータリー,ブロードキャスター,ディスクモア, (IR)の 放 牧 利 用 である. 稲 作 圃 テッダー,ロールベーラー,ラッピング 機,ベールグラブ, フロントローダー,マニュアスプレッダー, 家 畜 運 搬 車 2t 場 のうち620aには 稲 収 穫 後 に 牧 繁 殖 牛 の 水 田 放 牧 ( 主 食 用 水 稲 の 裏 作 を 含 む) 草 を 栽 培 し,3 月 中 旬 から5 月 中 特 徴 的 技 術 飼 料 イネ 専 用 品 種 たちすずか の 立 毛 放 牧 (10 ~12 月 ) 旬 にかけて 放 牧 利 用 する. 牧 草 子 牛 の 超 早 期 離 乳 人 工 哺 育 は 早 生 種 のIRを 稲 収 穫 前 の 立 毛 集 落 営 農 法 人 の 水 田 放 牧 用 に 繁 殖 牛 を 貸 与. 畜 産 農 家 の 繁 殖 経 営 間 連 携 中,または 稲 わら 収 穫 後 に,い 牛 を 預 託 放 牧. 表 2 F 農 場 の 月 別 放 牧 飼 料
64 中央農業総合研究センター研究資料 第 11 号 2015.11 写真 1 F 農場の水田放牧 畦畔野草も含め放牧 写真 2 放牧牛の集畜 捕獲 ずれも不耕起状態で背負式の動力散布機で播種す る 施肥は牧草栽培時の 2 月に現物 30 窒素成 分 4.2 を施用し 牧柵は冬季に電気牧柵を設置 し 放牧終了後に撤収するが 一部の圃場は獣害 防止のため常設する なお 放牧利用を終えた圃 場から耕起 代かき 田植えを行うため 5 月は多 忙となる 稲作の施肥は基肥のみで 10a 当たり現 物 25 窒素成分 3.5 と少ない 転作田の放牧圃場は 7 団地に分かれ 最も遠い 団地は牛舎から約 8 離れている 各団地の外周 のみ牧柵を設置し 圃場間には設置しない した がって畦畔の除草作業は行わず その利用は放牧 牛にまかせている 写真 1 放牧牛の往来により 写真 3 オナモミやチカラシバ等の不可食草が多く裸地 も見られる牧草地 10 月 1 日 畦畔の一部は壊れるが 経営主によると修復はさほど困難ではないと言う 子牛は放牧しないが 繁殖牛は一般の放牧と異なり 圃場に可食草のある時期は 妊娠牛に限らず捕獲 困難なため放牧に馴染まない牛と未経産牛を除き放牧飼養する 2013 年は常時 16 頭を自作圃場で放牧飼 養し 2 頭を集落営農法人の水田放牧に貸し出している また 草量の多い時期には他経営の牛を預託放 牧する 放牧は分娩予定日で牛を 4 5 群に分けて 1 群 3 5 頭 飼料イネの放牧利用時は 1 群 4 9 頭 で 行う 分娩予定日の 2 3 日前まで放牧するが 予定日より早く放牧地でお産することも少なくない 経 営主は毎日 1 回 放牧牛の観察を行い お産を確認した場合はただちに親子とも牛舎に連れて帰る 生後 3 日で離乳し 子牛は人工哺育し 親牛は圃場へ連れ戻し 放牧飼養を再開する 発情を確認したら圃場 で種付けを行う 牛の移動や種付けの際の捕獲 保定は 圃場に家畜運搬車を入れておいて 捕獲し易い 個体を捕獲して運搬車に積み込む そうすると他の個体も運搬車に入って来る習性があり そこで捕獲し 保定する 写真 2 5 頭の牛を捕獲し運搬車に積んで 5km 離れた圃場まで移動するのに要した時間は経営 主 1 人で 70 分であった 子牛は現在 生後 8 か月齢で出荷するが育成管理の削減と繁殖牛の増頭を考え 生後 1 か月齢での出荷も検討している 4 放牧実績 1 圃場区分別の放牧実績と牧養力 表 3 は圃場区分 草種別の放牧実績を集計したものである 食用水稲裏作の牧草放牧は放牧期間が 3 月 10 日頃から田植前の 50 日程度に限られるため 放牧面積の割に放牧延べ頭数は少なく 10a 当たり放牧頭 数は 18 日頭にとどまる 転作田の MI IR の栽培圃場のうち一部の IR は採草利用されるが 10a 当たり放牧頭数は 約 50 日頭 である しかし 可食草量の季節変動が著しく 春季は放牧頭数に対して草量が多すぎ 夏季から秋季は
第 8 章 中 山 間 地 域 における 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 の 実 態 と 課 題 65 圃 場 区 分 草 種 面 積 (a) 表 3 F 農 場 の 放 牧 実 績 (2013 年 ) 放 牧 開 始 放 牧 終 了 放 牧 日 数 放 牧 頭 数 延 べ 放 牧 頭 数 ( 日 頭 ) 同 左 10a あたり 食 用 水 稲 裏 IR 620 3 月 10 日 5 月 20 日 70 日 18 頭 前 後 1098 18 転 作 田 IR-MI 522 5 月 1 日 10 月 20 日 頃 170 日 16 頭 前 後 2628 50 転 作 田 飼 料 イネ 65 10 月 10 日 12 月 20 日 72 日 4 ~15 頭 666 103 A 15 10 月 10 日 11 月 4 日 26 日 4 ~9 頭 175 117 B 13.4 11 月 5 日 11 月 26 日 22 日 6 ~9 頭 156 116 C 20.3 11 月 27 日 12 月 20 日 24 日 6 ~9 頭 208 102 D 16 11 月 8 日 11 月 27 日 20 日 3 ~9 頭 127 79 計 3 月 10 日 12 月 20 日 延 べ 放 牧 頭 数 4,392 日 頭 ( 平 均 183 日 / 頭 ) 資 料 : 広 島 県 北 部 農 業 技 術 指 導 所 記 録,F 農 場 聞 き 取 り 調 査 をもとに 集 計. 可 食 草 の 不 足 する 状 況 が 見 られる( 写 真 3). 飼 料 イネの 放 牧 利 用 面 積 は65a, 放 牧 期 間 は70 日 程 度 に 限 られるが10a 当 たり 放 牧 頭 数 はIR-MIの2 倍 の100 日 頭 を 超 え, 晩 秋 の 貴 重 な 放 牧 飼 料 となっている. 放 牧 延 べ 頭 数 は4,392 日 頭, 繁 殖 牛 1 頭 当 たり 平 均 183 日 であり, 一 般 の 妊 娠 確 認 牛 を 対 象 とする 平 均 放 牧 日 数 の 約 2 倍 である. 2) 飼 料 イネ たちすずか の 飼 料 成 分 と 放 牧 利 用 実 績 飼 料 イネ 専 用 品 種 は 完 熟 期 以 降 でも 倒 伏 し 難 く 立 毛 状 態 で 圃 場 にストックできること, 同 時 期 に 草 量 の 確 保 できる 牧 草 が 見 当 たらないことから,10 月 ~12 月 の 放 牧 飼 料 として 用 いられている. 専 用 品 種 た ちすずか を 選 んだ 理 由 は, 極 晩 生 で 穂 の 割 合 が 少 ない 茎 葉 型 の 品 種 であることによる. 飼 料 イネを 稲 WCS( 発 酵 粗 飼 料 )として 収 穫 する 場 合 は 一 時 期 に 収 穫 するが, 放 牧 利 用 は1か 月 以 上 に 及 ぶ.このため 極 晩 生 品 種 と 言 えども11 月 には 完 熟 状 態 になり, 籾 の 多 い 品 種 は 鳥 獣 の 被 害 を 受 け 易 い. 牛 は 籾 を 好 ん で 食 べるが, 完 熟 籾 の 消 化 性 は 低 く 食 滞 を 招 きやすい. 以 上 の 点 を 考 慮 し, 茎 葉 型 品 種 の たちすずか を 用 いている. また, 家 畜 飼 料 として 蛋 白 成 分 は 粗 飼 料 でも 乾 物 当 たり10% 以 上 が 望 ましいが,イネの 蛋 白 成 分 は 乾 物 当 たり6% 程 度 と 低 い. 専 用 品 種 も 同 様 であるが 窒 素 施 肥 によりある 程 度 蛋 白 成 分 を 高 めることが 可 能 である.そこで, 栽 培 にあたっては, 前 作 の 牧 草 放 牧 によりある 程 度 有 機 物 が 供 給 されていた 上 に, 移 植 時 (6 月 24 日 )に たちすずか 専 用 肥 料 を20kg( 窒 素 成 分 7.4kg)/10a 施 用 するとともに,8 月 中 旬 に 尿 素 10kg( 同 4.6kg)を 追 肥 した.それでも, 放 牧 期 間 中 に 倒 伏 することはなかった.なお, 薬 剤 は 田 植 え 直 後 の 除 草 剤 1 回 のみで 殺 虫 剤 は 使 用 しなかった. 図 2 ~ 図 5は 放 牧 開 始 前 の10 月 上 旬 から1か 月 おきに12 月 上 旬 まで 圃 場 の たちすずか の 乾 物 生 産 量, 粗 蛋 白 生 産 量 同 率, 非 繊 維 性 炭 水 化 物 生 産 量 (NFC) 同 率, 可 消 化 養 分 総 量 (TDN) 同 率 を 調 査 した 結 果 である. 乾 物 生 産 量 は10 月 上 旬 の1m2 当 たり1,367gから12 月 上 旬 の1,880gまで 約 38% 増 加 し, 同 じ 市 内 の 他 法 人 の 追 肥 なしの たちすずか より 約 48% 多 かった( 図 2). 粗 蛋 白 の 差 はさらに 顕 著 で, 追 肥 なしの 他 法 人 の たちすずか の 穂 7.2%, 茎 葉 3.2%に 対 して,F 農 場 では 穂 9.4% 前 後, 茎 葉 12% 前 後 と 非 常 に 高 かった. 粗 蛋 白 の 生 産 量 は 他 法 人 1m2 当 たり50gに 対 して, F 農 場 約 190gと4 倍 近 い 差 が 見 られた( 図 3).190gの 粗 蛋 白 を 生 成 するためには1m2 当 たり32gの 窒 素 吸 収 が 必 要 である. 施 肥 による 窒 素 供 給 量 は12gなので, 圃 場 の 地 力 窒 素 が 非 常 に 高 かったと 考 えられる. つぎに,NFCの 生 産 量 をみると,10 月 から11 月 にかけて2 倍 以 上 に 増 加 し,12 月 にはさらに 多 くなっ ている( 図 4).また, 乾 物 中 のNFC 率 も 完 熟 期 以 降 の11 月,12 月 の 方 が 高 く, 牛 の 嗜 好 性 は10 月 より も11 月,12 月 の 方 が 高 くなっていることが 推 察 される. 追 肥 なしの 他 法 人 の たちすずか と 比 べると, NFC 率 は 変 わらないが,NFCの 生 産 量 は 約 39% 多 い.NFCに 強 く 影 響 されるTDN 量 同 率 も 同 様 の 傾 向 である( 図 5). この 結 果, 収 量 品 質 ( 粗 蛋 白 率,NFC 率 )ともに 高 い 飼 料 イネがF 農 場 では 放 牧 用 に 生 産 されていた と 考 えられる. なお, 放 牧 牛 の 踏 み 倒 しや 排 せつ 物 汚 染 による 残 食 を 抑 えるため, 放 牧 利 用 はストリップ 方 式 で 行 っ
66 中央農業総合研究センター研究資料 第 11 号 2015.11 図 2 たちすずか の乾物生産量の推移 図 3 たちすずか の粗蛋白生産量の推移 図 4 たちすずか の NFC 生産量の推移 図 5 たちすずか の TDN 生産量の推移 注 広島県北部農業技術指導所調査 注 図中の数値は乾物あたり粗蛋白の割合 た 写真 4 この結果 前掲表 3 のように 10 月 10 日から 12 月 20 日まで 72 日間 補助飼料なしで 4 頭から最大 15 頭 2 圃場で放牧 を飼養し 延 べ 666 日 頭 10a 当 た り 103 日 頭 の 放 牧 実 績 を あ げている なお A 圃場と D 圃場では放牧開始時 に牛の休息場を設けるため C 圃場では明渠を設 けるため 一定量の飼料イネを刈り取り圃場外に 持ち出している このため 放牧に供した飼料イ ネ 10a 当たり延べ放牧頭数は実際には さらに高 かったと考えられる 5 水田放牧による経営成果と課題 写真 4 飼料イネ たちすずか の放牧利用 1 農作業労働 図 6 は F 農場の月旬別の農作業時間を主な作業別に分けて見たものである 一般に稲作と肉用牛の複合 注2 経営では春と秋に農作業労働の著しいピークが形成されるが 水田放牧の導入により農作業労働の季節 偏在は かなり緩和されているように見える それでも 4 月から 11 月にかけて 梅雨時 盆を除いて 1 旬当たり 80 時間以上が続く一方 12 月から 3 月は 60 時間以下と少なく 労働の季節偏在は見られる こ のため 4 月から 11 月にかけては経営主 1 人で 13ha の水田管理 約 7ha の稲作と 6ha の飼料作 と繁殖牛 24 頭及びその子牛の飼養管理を行うには限界があり雇用が導入されている
第 8 章 中 山 間 地 域 における 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 の 実 態 と 課 題 67 部 門 別 に 見 ると4 月 から10 月 の 労 働 は 稲 図 6 月 旬 別 の 農 作 業 時 間 の 推 移 (F 農 場 2013 年 ) 表 4 F 農 場 の 農 作 業 別 労 働 時 間 単 位 : 時 間 作 が 多 く, 全 体 の75%を 占 める.その 内 訳 は,4 月 上 旬 から6 月 上 旬 は, 播 種 育 苗, 耕 起 代 掻 き, 田 植 え 作 業 である.ほとんど の 稲 作 圃 場 は 裏 作 で 放 牧 を 行 っており, 圃 部 門 作 業 播 種 育 苗 耕 起 代 掻 き 田 植 え 施 肥 防 除 作 業 時 間 219 145 301 10a あたり 3.12 2.07 4.30 生 産 費 2.05 3.01 2.98 畦 畔 除 草 水 管 理 474 6.77 4.63 場 の 耕 起 は4 月 から5 月 の 放 牧 終 了 後 に 行 う 稲 作 収 穫 217 3.10 2.77 ため,これらの 作 業 がこの 時 期 に 集 中 する. 乾 燥 調 製 275 3.93 1.63 7 月 上 旬 から8 月 上 旬 にかけての 作 業 は 主 に 出 荷 その 他 79 1.13 0.76 稲 作 圃 場 の 畦 畔 除 草 である. 稲 栽 培 圃 場 は 計 1,710 24.42 17.83 区 画 整 理 された 圃 場 が 多 いが 畦 畔 も 広 く, この 管 理 作 業 時 間 が 多 い.8 月 下 旬 から10 月 下 旬 は 稲 の 収 穫, 乾 燥 調 製 作 業 である.F 農 場 の 稲 作 の10a 当 たり 作 業 時 間 は24.4 時 間 で 部 門 作 業 牛 舎 作 業 飼 料 作 収 穫 飼 料 作 播 種 作 業 時 間 580 148 240 1 頭 あたり 24.2 6.2 10.0 生 産 費 62.3 17.9 あり, 農 林 水 産 省 の 米 生 産 費 調 査 統 計 ( 中 牧 柵 移 設 119 5.0 畜 産 国 地 域 作 付 面 積 5ha 以 上 階 層 )と 比 較 する 放 牧 牛 観 察 243 10.1 と, 播 種 育 苗, 田 植 え 防 除, 畦 畔 等 の 管 転 牧 80 3.3 その 他 13.7 理 作 業, 乾 燥 調 製 作 業 がやや 多 い( 表 4). 計 1,409 58.7 93.9 畜 産 関 連 の 農 作 業 時 間 は, 稲 作 よりやや 注 : 生 産 費 は 農 林 水 産 省 平 成 24 年 度 米 生 産 費 中 国 地 域 5ha 以 上 ( 作 付 面 積 少 ない1,409 時 間 である. 繁 殖 牛 1 頭 当 たり 10.8ha), 子 牛 生 産 費 繁 殖 牛 10 ~20 頭 と 20 ~50 頭 の 平 均 の 労 働 時 間. 58.7 時 間 で, 生 産 費 調 査 の 同 規 模 平 均 の94 時 間 と 比 べてかなり 少 ない. 放 牧 期 間 が 長 いため, 牛 舎 作 業 ( 牛 舎 にいる 牛 の 給 餌 排 せつ 物 処 理 等 )が 少 ないことが 主 な 理 由 である. 作 業 別 に 見 ると, 牛 舎 作 業 は, 放 牧 期 間 は1 日 1 時 間 程 度 であるが, 舎 飼 頭 数 の 増 える12 月 下 旬 から3 月 上 旬 は3 ~4 時 間 に 増 加 する. 飼 料 作 は,5 月 上 旬 から6 月 中 旬 にかけては 牧 草 の 生 産 量 が 多 いため, 一 部 の 牧 草 は 機 械 で 収 穫 しており,その 作 業 に148 時 間 を 費 やしている.6 月 中 下 旬 の 飼 料 作 は, 放 牧 用 の 飼 料 イネ 作 付 圃 場 の 耕 起 田 植 え 作 業 及 びMIの 播 種 作 業 である.9 月 中 下 旬 は 食 用 水 稲 作 圃 場 のIRの 播 種 作 業,10 月 下 旬 から11 月 中 旬 はMI-IR 二 毛 作 圃 場 の 耕 起 及 びIRの 播 種 作 業 である. 飼 料 作 播 種, 牧 柵 移 設, 放 牧 牛 観 察, 転 牧 の 放 牧 に 関 わる 作 業 時 間 は682 時 間 であり, 放 牧 圃 場 面 積 587a( 食 用 水 稲 裏 作 放 牧 面 積 を 除 く)で 割 ると10a 当 たり11.6 時 間 となる. 第 7 章 のE 牧 場 とほぼ 同 じで ある.E 牧 場 と 異 なり 畦 畔 も 放 牧 利 用 しているにも 関 わらず, 放 牧 管 理 作 業 が 意 外 と 多 いのは, 放 牧 地 が 自 宅 から1km ~8kmまでの 範 囲 に 分 散 しており, 観 察 のための 移 動 に 時 間 を 要 することによる. 2) 水 田 放 牧 による 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 の 収 益 性 それでは 収 益 面 はどうであろうか. 表 5はF 農 場 の 部 門 別 の 収 益 を 見 たものである. 共 済 掛 金 など 一 部
68 中 央 農 業 総 合 研 究 センター 研 究 資 料 第 11 号 (2015.11) 表 5 F 農 場 の 農 業 経 営 収 支 (2013 年 ) 稲 作 畜 産 計 ( 千 円 ) 10aあたり( 円 ) 計 ( 千 円 ) 繁 殖 牛 1 頭 あたり( 円 ) 生 産 費 統 計 F 農 場 生 産 費 統 計 F 農 場 生 産 費 統 計 子 牛 1 頭 売 上 高 8,280 120,000 113,587 4,486 186,900 329,840 396,474 種 苗 費 165 2,391 1,541 275 11,478 51,537 61,948 肥 料 費 729 10,562 10,205 88 3,687 農 薬 費 977 14,165 9,694 購 入 飼 料 費 2,082 86,759 107,185 128,838 診 療 衛 生 費 25 1,050 30,598 36,779 動 力 光 熱 費 491 7,117 4,546 491 20,461 7,016 8,433 減 価 償 却 費 3,341 48,418 19,876 1,442 60,076 62,829 75,522 修 繕 費 157 2,271 10,005 157 6,528 農 具 費 諸 材 料 費 236 3,417 2,177 294 12,252 9,426 11,330 地 代 水 利 費 599 8,687 7,971 79 3,300 5,771 6,937 雇 用 労 賃 740 10,725 7,469 203 8,450 3,436 4,130 賃 料 料 金 0 0 1,804 12,105 14,551 共 済 掛 金 35 501-187 7,787 - - 出 荷 手 数 料 0 0-207 8,630 - - 費 用 計 7,469 108,252 75,288 5,531 230,458 289,902 348,468 売 上 - 費 用 811 11,748 38,299-1,045-43,558 39,938 48,006 ( 交 付 金 ) 米 直 接 支 払 い 1,035 15,000 水 田 利 活 用 戦 略 作 物 2,287 95,271 耕 畜 連 携 水 田 放 牧 683 9,891 763 31,796 二 毛 作 助 成 788 11,413 881 36,688 交 付 金 計 2,505 36,304 3,930 163,754 売 上 + 交 付 金 - 費 用 3,316 48,052 2,885 120,196 注 :1) 共 済 掛 金 販 売 手 数 料 以 外 の 一 般 管 理 費 は 計 上 していない.2) 生 産 費 統 計 は 農 林 水 産 省 H24 年 米 生 産 費 ( 中 国 地 域 5ha 以 上 )および H24 年 子 牛 生 産 費 ( 繁 殖 牛 20 ~50 頭 ) の 一 般 管 理 費 も 計 上 しているが, 稲 作 の 営 業 利 益 ( 売 上 - 費 用 )は 少 なく, 畜 産 部 門 は 赤 字 である. 生 産 費 統 計 と 比 較 すると, 稲 作 では 費 用 が 多 いことが 分 かる.ほとんどの 食 用 米 を 契 約 生 産 するため, 品 質 管 理 に 必 要 な 色 彩 選 別 機 や 倉 庫 を 導 入 しており, 減 価 償 却 費 や 光 熱 費 が 多 いこと, 畦 畔 管 理 作 業 に 雇 用 を 導 入 していることが 費 用 を 高 くしていると 考 えられる. 他 方, 食 用 稲 作 の 裏 作 で 放 牧 を 行 っているため, 耕 畜 連 携 や 二 毛 作 助 成 の 交 付 金 が 多 く, 米 の 直 接 支 払 交 付 金 とあわせて, 所 得 形 成 に 寄 与 している. 米 の 直 接 支 払 交 付 金 は,2014 年 産 から 半 減 し2018 年 産 で は 廃 止 される 見 通 しであり, 裏 作 放 牧 が 稲 作 所 得 を 支 える 構 図 になりつつある. 畜 産 部 門 の 経 常 利 益 のマ イナスは, 繁 殖 牛 1 頭 当 たり 売 上 高 が 少 ないことによる. 販 売 子 牛 の 単 価 は1 頭 当 たり449 千 円 であり 市 場 平 均 価 格 に 近 く, 育 成 は 問 題 なく 行 われているようである. 問 題 は 繁 殖 成 績 である. 繁 殖 牛 24 頭 の 飼 養 に 対 して 子 牛 生 産 頭 数 は12 頭, 育 成 中 の 事 故 等 により 出 荷 頭 数 は10 頭 にとどまることが 売 上 高 を 低 く している. 仮 に2 倍 の20 頭 の 子 牛 販 売 ができれば 子 牛 生 産 だけで 十 分 収 益 を 確 保 できるのである. 費 用 の 面 では 子 牛 販 売 頭 数 が 少 ないため, 生 産 費 統 計 と 単 純 な 比 較 はできないが, 自 給 飼 料 生 産 に 要 す る 種 苗 費 や 肥 料 費 は 少 なく, 放 牧 の 効 果 が 表 れている. 稲 作 と 同 様 に 転 作 田 での 放 牧 に 伴 う 交 付 金 が 畜 産 部 門 の 営 業 損 失 を 埋 め 合 わせ, 所 得 形 成 に 寄 与 している. 3) 経 営 改 善 に 向 けた 技 術 課 題 以 上 のように,F 農 場 では 水 田 放 牧 により 水 田 管 理 と 牛 飼 養 の 省 力 化 は 図 られているものの, 食 用 米 や 子 牛 など 生 産 物 による 収 益 性 の 低 い 点 が 課 題 である. 食 用 米 の 価 格 は 低 下 傾 向 にあるため, 子 牛 の 生 産 性 を 向 上 することが 経 営 全 体 の 収 益 改 善 の 方 向 と 考 えられる. 経 営 主 によれば, 妊 娠 確 認 をして 放 牧 した 繁
第 8 章 中 山 間 地 域 における 稲 作 肉 用 牛 複 合 経 営 の 実 態 と 課 題 69 殖 牛 の 放 牧 中 の 流 産 が 多 い, 分 娩 後 の 発 情 回 復 が 遅 い, 発 情 見 逃 しや 受 胎 率 が 低 いことが 子 牛 生 産 率 の 低 い 原 因 のようである.こうした 放 牧 に 伴 う 家 畜 生 産 低 下 の 問 題 は 当 該 地 域 の 集 落 営 農 法 人 においても 共 通 に 確 認 される 課 題 である.その 原 因 として,3 ~5カ 所 の 牧 区 の 見 回 りを1 日 1 回 行 っているが,1カ 所 の 滞 在 時 間 は10 分 程 度 であり, 発 情 の 確 認 など 観 察 に 十 分 な 時 間 が 確 保 できていない 可 能 性 が 指 摘 される. 放 牧 開 始 前 の 繁 殖 牛 頭 数 は15 頭 であったが, 農 地 管 理 の 手 法 として 放 牧 が 地 域 で 認 知 されるにしたがっ て,F 農 場 への 水 田 管 理 要 請 が 増 加 し,F 農 場 ではこれに 応 えるため 牛 の 頭 数 を 増 加 し, 未 妊 娠 牛 まで 放 牧 せざるを 得 なくなった. 経 営 主 は 地 域 の 役 職 も 多 く 抱 えているなかで, 増 加 する 農 地 面 積 と 牛 頭 数 に 対 して 生 産 管 理 面 での 限 界 を 超 える 状 況 に 至 っていると 考 えられる. こうした 状 況 への 対 応 策 として 以 下 の 点 があげられる.1 経 営 規 模 ( 飼 養 頭 数 )の 見 直 し,2 牛 舎 近 く への 放 牧 用 地 の 集 積,3 牧 草 栽 培 の 省 力 化,4 放 牧 期 間 の 延 長,5 冬 季 舎 飼 い 時 の 粗 飼 料 調 達 の 負 担 低 減 等 である. 1の 経 営 規 模 については, 複 合 経 営 としてのバランスを 保 ちつつ 規 模 を 縮 小 するのが 良 いのか, 或 い は, 稲 作 か 畜 産 のどちらかに 特 化 するのが 良 いのか, 米 価 の 趨 勢 や 施 策 の 動 向 を 踏 まえて, 経 営 研 究 とし て 稲 作 と 肉 用 牛 の 複 合 経 営 の 今 日 的 意 義 を 検 討 するとともに, 経 営 試 算 を 行 い 営 農 構 成 の 方 向 性 を 示 すべ きであろう. 2の 放 牧 用 地 の 牛 舎 近 くへの 集 積 は, 牛 の 移 動, 日 常 の 見 回 りの 省 力 化 にとどまらず, 発 情 の 見 逃 しの 低 減 など 生 産 性 向 上 にもつながる 重 要 な 課 題 である.しかしながら, 高 齢 の 委 託 者 から, Fさんが 牛 を 連 れてきて 放 牧 してくれるから 土 地 を 荒 らさなくて 済 んでいる, 牛 が 草 を 食 んでいるところを 見 ると 癒 や される と 言 われると, 心 情 的 に 遠 隔 地 で 不 便 だからと 安 易 に 放 牧 圃 場 を 切 り 捨 てることができない.そ こで, 牛 舎 近 くの 圃 場 には 未 妊 娠 牛 など 十 分 な 観 察 の 必 要 な 牛 を 放 牧 し, 遠 隔 地 には 妊 娠 確 認 牛 を 放 牧 し, 日 常 的 な 個 体 確 認 と 給 水 作 業 等 は 地 権 者 の 協 力 を 仰 ぐことを 伝 えていく 必 要 があろう.また, 飲 料 水 を 運 搬 しなくても 済 むような 給 水 技 術 の 開 発 も 必 要 である. 3の 牧 草 栽 培 の 省 力 化 については, 現 行 の 放 牧 飼 料 の 中 心 となっているIR-MIの 栽 培 体 系 は, 年 2 回 の 播 種 作 業 が 必 要 であること, 季 節 による 可 食 草 の 変 動 が 大 きいこと,それに 伴 う 牛 の 移 動 が 多 くなるこ とから, 暖 地 型 永 年 生 牧 草 の 造 成 と 牛 の 移 動 の 少 ない 定 置 型 放 牧 が 望 まれる. 経 営 主 も 同 様 の 考 えで,バ ヒアグラス 等 の 造 成 を 三 度 試 みたが 定 着 するに 至 っていない.この 原 因 はどこにあるのか, 当 該 地 域 の 土 壌, 気 候 に 適 した 永 年 生 草 種 の 探 索 とその 造 成 技 術 の 開 発 が 望 まれる. 4の 放 牧 期 間 の 延 長 については,F 農 場 では 水 稲 裏 作 の 早 春 の 放 牧 や 飼 料 イネを 用 いた 晩 秋 から 初 冬 の 放 牧 により9か 月 間 の 放 牧 期 間 を 確 保 しつつある.2014 年 は 飼 料 イネの 立 毛 放 牧 面 積 を130aに 拡 大 し, 一 部 は 里 山 に 隣 接 する 圃 場 で 立 毛 放 牧 を 行 い, 圃 場 の 滞 在 時 間 を 少 なくして 泥 濘 化 を 避 けることに 取 り 組 んでいる. 飼 料 イネの 立 毛 放 牧 は 開 始 したばかりであり, 家 畜 生 産 への 影 響 や 技 術 的 改 善 点 など, 追 跡 調 査 が 必 要 である. 5 冬 季 舎 飼 時 の 粗 飼 料 調 達 の 低 減 は, 生 産 コスト 削 減 を 図 るうえで 重 要 な 課 題 である. 近 年, 放 牧 畜 産 を 開 始 した 三 次 市 内 の 集 落 営 農 法 人 においても, 舎 飼 飼 料 の 確 保 が 重 要 な 課 題 となっている.F 農 場 では 舎 飼 期 間 が 約 3か 月 と 短 いことから 必 要 な 粗 飼 料 は1 頭 当 たり 乾 物 600kg, 面 積 にして10a 弱, 経 営 全 体 で も2 ~3ha 程 度 である.このため,F 農 場 で 牧 草 収 穫 機 を 保 有 し 自 ら 収 穫 すると 購 入 乾 草 より 割 高 になる 可 能 性 が 高 いし 作 業 負 担 も 大 きい.このため, 地 域 で 効 率 的 な 粗 飼 料 生 産 供 給 体 制 を 構 築 することが 望 ま れる.その 際,どのような 飼 料 作 物 をどれくらいの 面 積 に 栽 培 し,どのような 機 械 体 系 で 収 穫 調 製 すれ ば, 購 入 乾 草 よりも 低 コストで 生 産 供 給 可 能 なのか 明 らかにする 必 要 がある. 引 用 文 献 1) 坂 本 英 美 (2015) 中 国 中 山 間 地 域 における 集 落 営 農 法 人 の 現 状 と 課 題 中 央 農 研 研 究 資 料 10,pp58-77. 2) 千 田 雅 之 (2005) 里 地 放 牧 を 基 軸 にした 中 山 間 地 域 の 肉 用 牛 繁 殖 経 営 の 改 善 と 農 地 資 源 管 理 ( 農 林 統 計 協 会 ) ( 近 畿 中 国 四 国 農 業 研 究 センター 千 田 雅 之, 渡 部 博 明 )