檜 皮 の 確 保 と 檜 皮 採 取 者 の 育 成 岡 山 理 科 大 学 江 面 嗣 人 1.はじめに 文 化 財 建 造 物 の 檜 皮 葺 の 建 物 は 現 在 788 棟 ( 平 成 19 年 末 現 在 )が 国 の 重 要 文 化 財 に 指 定 されている これは 指 定 された 重 要 文 化 財 建 造 物 の 約 18.8パーセントにあたり 重 要 文 化 財 建 造 物 の 約 2 割 近 くが 檜 皮 葺 の 建 造 物 であることが 分 かる これらの 檜 皮 葺 の 文 化 財 建 造 物 の 保 存 には その 材 料 となる 檜 皮 の 確 保 が 不 可 欠 である その 確 保 のために は 檜 皮 を 採 取 する 檜 林 の 確 保 が 必 要 であり 同 時 に 檜 皮 を 採 取 する 技 術 者 の 確 保 が 必 要 である 檜 皮 採 取 の 技 術 の 優 劣 によって 同 じ 檜 材 から 採 取 された 檜 皮 であってもその 耐 久 性 に 大 きな 差 が 生 じるといわれている 良 質 の 檜 皮 採 取 は 文 化 財 建 造 物 の 保 存 にとって 重 要 な 課 題 であり そのためには 長 い 経 験 により 熟 練 した 技 術 をもった 檜 皮 採 取 の 職 人 が 必 要 である 高 度 な 技 術 をもった 職 人 が 育 つためには 長 い 年 月 が 必 要 であり その 育 成 のためには 計 画 的 且 つ 恒 常 的 な 育 成 のための 機 会 が 必 要 であると 考 えられる 近 年 の 檜 皮 採 取 の 職 人 を 目 指 す 者 の 状 況 と 性 格 には 大 きな 変 化 があり 採 取 職 人 の 育 成 は 檜 皮 の 確 保 のための 檜 林 の 確 保 と 同 時 に 進 めていく 必 要 がある 以 下 には 現 在 行 われている 檜 皮 採 取 者 育 成 のための 研 修 会 および 研 修 会 の 実 現 と 檜 林 確 保 の 関 わり 等 について 説 明 し 今 後 の 後 継 者 育 成 に 関 わる 将 来 的 な 課 題 について 考 えてみたい 2. 研 修 会 実 施 までの 経 緯 檜 皮 採 取 者 の 育 成 は 現 在 国 の 選 定 保 存 技 術 団 体 である 社 団 法 人 全 国 社 寺 等 屋 根 工 事 技 術 保 存 会 ( 以 下 保 存 会 )において 全 国 で 唯 一 行 われている 保 存 会 は 檜 皮 葺 及 びこけ ら 葺 の 保 存 技 術 において 昭 和 51 年 に 文 化 庁 より 選 定 保 存 技 術 団 体 として 認 定 されてい る 保 存 会 はまた 茅 葺 の 保 存 技 術 についても 選 定 保 存 技 術 の 認 定 団 体 となっている 保 存 会 は 選 定 保 存 技 術 である 檜 皮 葺 こけら 葺 茅 葺 を 職 業 とする 者 で 主 に 構 成 されるが 檜 皮 葺 に 関 わる 者 が 比 較 的 多 く 檜 皮 葺 師 はこけら 葺 も 可 能 であるから 純 然 たる 分 別 はで きないが こけら 葺 を 専 門 にする 葺 師 は 少 ない 檜 皮 採 取 者 も 保 存 会 の 構 成 員 となっているが その 数 は 極 めて 少 なく 昭 和 60 年 代 に はそのほとんどが70 才 近 くになり 高 齢 に 達 しつつあった 彼 らは10 年 後 には 檜 皮 採 取 はできないと 考 えられ 現 に 高 齢 を 理 由 に 檜 皮 採 取 をやめる 者 もあり 保 存 会 の 会 員 で ある 採 取 者 は 徐 々に 減 少 しつつあった 檜 皮 採 取 者 を 原 皮 師 (もとかわし)と 呼 ぶが そ の 数 の 減 少 と 高 齢 化 は 檜 皮 葺 関 係 者 の 中 でも 度 々 問 題 として 取 り 上 げられ その 対 策 に ついて 議 論 されてきたが 有 効 な 対 策 を 講 じることができないでいた 原 皮 師 の 減 少 は 檜 皮 葺 師 の 仕 事 にも 大 きな 影 響 を 及 ぼすことになり 昭 和 50 年 代 後 半 から60 年 代 におい ては 多 くの 関 係 者 がその 将 来 について 益 々 憂 慮 する 状 況 にあった 平 成 期 に 入 ってから 文 化 財 修 理 の 関 係 者 から 檜 皮 葺 の 重 文 建 物 の 修 理 が 遅 れていると いう 風 評 が 立 ち その 原 因 として 檜 皮 の 不 足 が 指 摘 されるようになった 檜 皮 の 不 足 は 以 前 から 議 論 されていたように それを 採 取 する 原 皮 師 の 不 足 にその 主 たる 原 因 があると して 内 外 から 原 皮 師 の 育 成 が 求 められるようになった 原 皮 師 は 檜 林 の 存 在 する 福 島 県 以 南 の 全 国 に 存 在 するが 後 に 記 すような 理 由 によっ て その 正 確 な 人 数 は 現 在 も 不 明 である 原 皮 師 は 農 業 などと 兼 業 で 原 皮 師 を 専 門 と - 1 -
している 者 は 少 なく 兼 業 で 働 く 者 は 原 皮 師 を 名 乗 らず 正 確 な 人 数 は 明 らかになってい ない 檜 皮 の 採 取 ができない 一 定 の 時 期 (4 月 から7 月 にかけて つわり の 時 期 と 呼 ば れる)だけ 農 業 等 を 手 伝 う ほぼ 専 業 に 近 い 原 皮 師 がいたが 経 験 のある 原 皮 師 が 良 質 の 檜 皮 が 取 れる 丹 波 地 方 に 多 く 存 在 し 昭 和 60 年 代 にはまだその 一 部 が 保 存 会 に 所 属 して いた しかし その 数 は 平 成 の 始 め 頃 には 数 人 までに 減 少 し 重 要 文 化 財 の 修 理 に 使 われ る 毎 年 の 檜 皮 の 必 要 量 を 考 えると 憂 慮 できない 状 況 と 考 えられた その 後 も 高 齢 を 理 由 に 採 取 を 辞 め 保 存 会 を 離 脱 する 者 が 少 なくなかった マスコミも 檜 皮 の 不 足 を 度 々 取 り 上 げるようになり 社 会 的 な 関 心 事 となり 特 に 平 成 3 年 の 台 風 19 号 によって 厳 島 神 社 の 能 舞 台 の 倒 壊 を 始 め 檜 皮 葺 重 文 建 物 の 檜 皮 屋 根 が 大 きな 被 害 を 受 け 修 理 に 必 要 な 檜 皮 の 不 足 が 問 題 とされた 社 会 的 関 心 がピークとなったのは 平 成 10 年 9 月 の 台 風 7 号 によって 倒 れた 檜 立 木 によって 室 生 寺 五 重 塔 が 檜 皮 葺 の 屋 根 に 大 きな 損 傷 を 受 け 無 惨 な 姿 が 全 国 に 繰 り 返 しテレビ 放 映 されることになった 時 であったと 思 われる さらに 平 成 1 1 年 には 台 風 18 号 によって 厳 島 神 社 の 檜 皮 屋 根 は 再 び 大 被 害 を 受 け その 社 会 的 関 心 は 極 めて 大 きくなっていった これらの 状 況 を 憂 慮 し 保 存 会 では 平 成 11 年 より それまで 国 の 予 算 で 行 ってきた 葺 師 の 育 成 事 業 とは 別 に 保 存 会 独 自 の 予 算 によって 檜 皮 採 取 者 の 育 成 のための 研 修 会 の 実 施 に 踏 み 切 った 平 成 13 年 からは 文 化 庁 による 新 たな 予 算 の 確 保 によって ふるさ と 文 化 財 の 森 構 想 の 事 業 が 立 ち 上 げられ 葺 師 の 育 成 とは 別 に 原 皮 師 の 育 成 のための 恒 常 的 な 研 修 会 が 行 えるようになった 3. 原 皮 師 育 成 への 決 断 と 意 識 改 革 平 成 11 年 から 原 皮 師 育 成 の 研 修 会 が 毎 年 開 催 されるようになったが その 開 催 には それを 可 能 とした 文 化 庁 や 檜 皮 関 係 者 の 職 業 的 領 域 についての 基 本 的 な 方 針 の 転 換 があっ た この 基 本 的 な 方 針 の 転 換 は 原 皮 師 の 職 業 的 性 格 を 顕 著 に 表 す 内 容 を 内 包 し 研 修 会 を 可 能 にした 重 要 な 要 素 として 記 憶 に 留 めておく 必 要 があるだろう 以 下 にはこの 点 につ いて 説 明 したい 昭 和 60 年 代 から 顕 著 な 問 題 となった 原 皮 師 の 減 少 は 後 継 者 の 不 在 によるもので 後 継 者 不 足 の 主 たる 理 由 は 原 皮 師 の 仕 事 の 内 容 のもつ 構 造 的 な 問 題 であり 簡 単 には 解 消 できるものではなかった 従 って 先 に 記 したように 保 存 会 の 中 でもかなり 真 剣 に 議 論 さ れてきたが その 根 本 的 な 解 決 には 至 らなかった 原 皮 師 の 仕 事 は 長 期 間 山 に 入 って 一 人 で 檜 皮 を 採 取 するという 過 酷 で 危 険 なものであ り また 天 候 などに 左 右 され 収 入 が 一 定 せず 当 時 檜 皮 の 値 段 も 定 まったものでは 無 く 不 透 明 な 要 素 が 少 なくなかった また 原 皮 師 は 単 独 で 仕 事 をすることがほとんどで 会 社 組 織 で 経 営 されている 訳 ではなく 新 たな 参 入 者 の 修 行 中 の 生 活 の 保 障 も 無 い これら の 点 は これだけでも 若 者 の 参 入 を 難 しくするものであるが 原 皮 師 への 参 入 には 更 に 慣 習 的 に 行 われてきた 職 業 上 の 問 題 があった 檜 皮 は 檜 の 立 木 から 採 取 するが 一 度 も 剥 いたことのない 檜 立 木 からは 最 初 は 荒 皮 と いって 十 分 な 製 品 になる 檜 皮 を 採 取 できない 一 度 皮 を 採 取 すると 約 10 年 はその 木 か らは 採 取 ができず 2 度 目 からは 黒 皮 といって 優 良 な 製 品 となる 檜 皮 が 採 取 できる こ の 黒 皮 を 採 取 できる 山 を 多 く 確 保 しているか 否 かは 原 皮 師 にとって 収 入 に 関 わる 重 要 な 事 項 で これまで この 檜 皮 を 採 取 できる 山 については 檜 皮 関 係 者 の 間 にさえ 伝 えられる - 2 -
ことなく 秘 密 裡 に 扱 われてきた なぜなら 原 皮 師 は 檜 皮 を 採 取 させてもらう 檜 林 の 所 有 者 と 採 取 について 正 式 な 契 約 をすることなく 慣 習 的 に 口 約 束 で 相 互 の 了 解 が 維 持 され てきた 一 度 剥 いた 山 が 10 年 待 っても 直 前 に 他 人 が 檜 林 所 有 者 に 採 取 の 許 可 を 得 て 採 取 してしまえば 待 った 年 月 が 無 駄 になるばかりでなく 大 事 な 黒 皮 を 剥 ける 山 を 失 う ことになる 原 皮 師 は 自 分 のノートに 檜 林 の 位 置 と 採 取 した 時 期 を 記 録 し この 記 録 は 子 供 にも 見 せないといわれるほど 秘 密 裡 に 扱 われてきた このことは 2つの 意 味 で 後 継 者 の 参 入 を 阻 んできた 一 つは 後 継 者 の 育 成 は 自 分 の 檜 山 を 教 えることになり 原 皮 師 にとって 容 易 な 判 断 でできるものではなかったこと も う 一 つは 後 継 者 を 抱 えることは それまで 自 分 が 開 拓 してきた 一 定 且 つ 有 限 な 檜 林 を 分 配 する 必 要 があり 原 皮 師 にとっては 生 計 の 基 盤 が 減 少 することに 繫 がり 望 んでするこ とではなかった 後 継 者 が 独 力 で 新 たな 檜 山 を 開 拓 することは 相 当 の 努 力 が 必 要 で 近 年 の 社 会 的 状 況 で 後 継 者 にそれを 望 むことはほとんど 不 可 能 性 であるといってよい これら のことは 原 皮 師 が 自 分 の 後 継 者 を 育 成 しようとする 機 会 を 阻 み 結 果 として 原 皮 師 の 極 端 な 減 少 を 招 いてきた 従 って 原 皮 師 への 若 者 の 参 入 を 妨 げる 主 たる 要 因 は その 職 業 的 な 性 格 にあり もう 一 つは 生 活 を 支 えられるだけの 開 かれた 檜 林 が 無 かったことにも 起 因 していた これらの 状 況 を 変 えないうちは 若 者 の 原 皮 師 への 参 入 は 望 むべくもなく 原 皮 師 独 自 で 間 単 に 解 決 できる 問 題 では 無 いと 考 えられた このような 状 況 を 越 えるために 必 要 されたのは 第 一 には 若 者 が 参 入 できる 状 況 を 整 えることであり 第 二 には 育 成 のための 開 かれた 檜 林 を 確 保 することであった この 両 者 の 問 題 は 共 に 保 存 会 等 の 努 力 で 乗 り 越 えられることになるが それには 超 えなけれ ばならない 大 きなハードルがあった 第 一 の 後 継 者 が 原 皮 師 の 仕 事 に 参 入 できない 状 況 を 変 えるために 考 えられたのが 葺 師 に 檜 皮 採 取 の 技 術 を 習 得 させ 原 皮 師 としてもやっていける 技 術 を 身 につけさせようと するものであった このような 方 法 が 保 存 会 によって 考 えられ 文 化 庁 に 提 案 された 原 皮 師 の 仕 事 内 容 は 先 に 記 したような 状 況 であったから 余 分 な 仕 事 を 習 得 する 余 裕 もなけ れば 人 員 もいなかった それに 比 べて 保 存 会 の 構 成 員 のほとんどを 占 める 葺 師 は 正 会 員 である 事 業 所 の 親 方 によって 構 成 され 大 きい 事 業 所 のほとんどが 会 社 組 織 で 運 営 さ れ 若 い 職 人 を 多 く 抱 えていた 葺 師 も 檜 皮 が 安 定 的 に 確 保 できなければ 安 心 して 仕 事 が できない そこで 葺 師 の 事 業 所 が 抱 えている 若 い 職 人 に 原 皮 師 の 技 術 を 習 得 させて 事 業 所 は 葺 師 と 原 皮 師 の 両 方 の 技 術 をもった 職 人 を 育 てていこうとするものであった これ によって 各 事 業 所 は 会 社 組 織 で 運 営 されているから 労 働 時 間 や 給 与 保 障 などの 点 は 解 決 することになる しかし ここには 超 えなければならない 決 断 が 必 要 であった 原 皮 師 と 葺 師 の 職 種 は 基 本 的 には 別 であり 文 化 庁 でも 選 定 保 存 技 術 の 保 存 団 体 として それまでの 職 業 域 を 明 確 に 分 けて 考 え 後 継 者 の 育 成 及 び 確 保 を 考 えるように 指 導 してきた しかし 先 に 説 明 し たように 原 皮 師 の 仕 事 内 容 や 体 制 は このままでは 現 状 を 維 持 していくのも 不 可 能 である し 今 後 状 況 が 好 転 する 可 能 性 も 無 いと 判 断 された そこで これまでも 実 際 には 度 々 行 われていたような 葺 師 が 時 には 竹 釘 も 作 り こけら 板 も 割 り 檜 皮 も 採 取 することがあっ たことを 認 め 葺 師 の 中 から 原 皮 師 を 育 成 することを 容 認 し 研 修 会 を 実 施 していこうと することを 文 化 庁 としても 認 めることにした 保 存 会 から 提 案 された 方 法 による 研 修 会 を - 3 -
文 化 庁 が 認 め こうして 第 一 の 課 題 は 一 応 乗 り 越 えられた 第 二 の 課 題 である 後 継 者 育 成 のための 開 かれた 檜 山 は そのような 山 を 新 たに 見 つけ 確 保 する 必 要 があった これまでの 慣 習 の 中 で 原 皮 師 が 採 取 している 山 を 侵 害 することは 原 皮 師 の 生 活 を 侵 害 することであり それを 保 存 会 主 導 ですることはするべきではないと 判 断 された 原 皮 師 の 放 棄 した 山 や 新 たな 山 を 探 すことなどが 議 論 されたが 先 に 説 明 し たように 檜 皮 採 取 のための 山 は 秘 密 裡 に 維 持 され 研 修 会 のための 新 たな 複 数 の 山 の 確 保 はかなり 困 難 であると 考 えられた 各 事 業 所 や 原 皮 師 が 抱 えている 山 を 保 存 会 に 公 開 し 保 存 会 による 開 かれた 檜 山 の 確 保 と 維 持 による 以 外 に この 状 況 は 変 えられないと 思 われ たが そのためには 保 存 会 の 会 員 の 大 きな 意 識 変 革 が 必 要 であった 新 たな 採 取 のための 山 は 保 存 会 の 幹 部 役 員 を 中 心 に それまで 事 業 所 の 抱 える 原 皮 師 が 採 取 していた 民 有 林 が 提 供 され また 保 存 会 員 のつながりのある 社 寺 等 の 民 有 林 が 紹 介 されるなどして 確 保 された 事 業 所 や 原 皮 師 が 抱 える 山 は 外 部 には 出 さないのが 原 則 で あったが 檜 皮 の 減 少 という 将 来 的 な 大 きな 危 機 を 保 存 会 として 乗 り 越 えようとするも ので 一 部 でも 研 修 会 のために 提 供 された 檜 山 の 存 在 は これまで 営 利 目 的 の 単 なる 事 業 所 の 集 まりといわれることもあった 保 存 会 の 意 識 が 少 なからず 変 化 したことを 意 味 してい た この 意 識 の 変 革 は この 時 に 始 まったのではなく 平 成 10 年 に 保 存 会 が 独 自 の 予 算 によって 茅 葺 き 師 全 国 研 修 大 会 ( 大 阪 府 河 内 長 野 市 )を 行 い 平 成 11 年 には 檜 皮 こけら 葺 き 技 術 保 存 全 国 大 会 ( 兵 庫 県 山 南 町 )を 行 うなど 社 会 に 保 存 技 術 の 存 在 を 発 信 する 事 業 を 次 々に 行 い その 過 程 で 役 員 を 中 心 に 社 会 的 な 責 務 と 役 割 を 認 識 し 意 識 改 革 が 進 んでいたと 考 えられる いずれにしても 既 存 の 慣 習 に 制 限 された 方 法 では なく 保 存 会 員 の 決 断 によって 新 たな 開 かれた 檜 山 が 確 保 され 第 二 の 課 題 も 一 応 は 越 え ることができた 4. 研 修 会 の 経 過 と 現 状 檜 皮 採 取 の 研 修 会 は 平 成 11 年 度 から 保 存 会 独 自 の 判 断 で 開 始 され 平 成 13 年 度 に は 文 化 庁 の 補 助 によって 研 修 会 が 実 施 されるようになった 平 成 11 年 度 の 研 修 会 では 各 事 業 所 から 研 修 生 4 人 が 選 ばれ 檜 皮 採 取 の 基 礎 を 研 修 するものであり 採 取 の 実 技 研 修 を 中 心 に 文 化 財 保 護 制 度 など 座 学 の 研 修 も 行 われた 平 成 13 年 度 までの 実 技 研 修 は 選 定 保 存 技 術 の 檜 皮 採 取 の 認 定 者 である 大 野 豊 氏 が 指 導 に 当 たったが 平 成 14 年 度 から は 大 野 氏 を 中 心 に 経 験 のある 原 皮 師 が 数 人 交 代 で 指 導 に 当 たるようになり 現 在 は 指 導 員 2 名 ( 大 野 豊 大 野 浩 二 ) 指 導 補 助 員 5 名 となっている 平 成 12 年 度 までの 研 修 会 は 幹 部 役 員 の 事 業 所 が 中 心 に 研 修 生 を 出 し 研 修 の 採 取 場 所 も 研 修 生 を 出 した 事 業 所 が 提 供 又 は 紹 介 して 確 保 することにして 実 施 した 従 って ほ とんどは 民 有 林 であったが 第 1 回 の 実 技 研 修 は 平 成 11 年 に 檜 皮 こけら 葺 き 技 術 保 存 全 国 大 会 の 会 場 となった 兵 庫 県 山 南 町 が 採 取 場 所 を 提 供 して 研 修 が 行 われた 初 年 度 の 実 技 研 修 は 年 間 9 回 延 べ 日 数 51 日 におよび 平 均 直 径 約 40cm 約 800 本 の 檜 立 木 から 荒 皮 を 採 取 した 平 成 12 年 には3 人 が 選 ばれ 年 間 10 回 の 同 様 の 実 技 研 修 が 行 われた 文 化 庁 の 補 助 によって 行 われた13 年 度 の 研 修 会 では 年 間 18 回 の 実 技 研 修 が 行 われ た この 年 から 新 たに 初 級 と 中 級 に 分 けて 研 修 会 が 行 われ 採 取 技 術 の 達 成 度 を 見 極 め る 査 定 会 が 行 われるようになった 従 って 檜 皮 採 取 の 研 修 会 については 初 級 中 級 - 4 -
査 定 会 と3 種 類 の 研 修 会 等 が 国 庫 補 助 によって 行 われるようになった 中 級 は 初 級 を 終 了 し1 年 間 各 事 業 所 で 実 技 研 修 を 行 った 者 または 保 存 会 がその 技 術 があると 認 めた 者 が 受 け ることになった 査 定 会 は 技 術 の 査 定 を 受 けた 者 を 檜 皮 採 取 技 術 の 達 成 度 別 に4 等 級 に 分 けて 評 価 し 保 存 会 の 等 級 別 の 名 簿 に 登 載 し 等 級 は 事 業 所 及 び 本 人 に 通 知 され 保 存 会 の 事 業 等 に 当 たっての 日 当 等 を 等 級 毎 に 定 めるために 使 われている 当 初 の 実 技 研 修 はほとんどが 各 事 業 所 が 提 供 する 民 有 林 で 行 われたが 平 成 13 年 10 月 から12 月 にかけて 長 野 県 南 木 曾 の 営 林 署 の 協 力 により 当 営 林 署 管 轄 の 国 有 林 で 初 めて 実 技 研 修 が 行 われた 約 2ヶ 月 の 研 修 期 間 に 約 2000 本 の 立 木 が 採 取 される 規 模 の 大 きな 研 修 となった 平 成 13 年 度 は 中 級 研 修 が3 回 もたれたが 平 成 14 年 度 からは 初 級 中 級 の 研 修 を 明 確 に 分 け 場 所 を 分 けて 年 間 ほぼ 同 じ 回 数 行 われるようになり 査 定 会 は 年 度 末 に1 回 当 年 度 の 技 術 向 上 の 最 終 確 認 のために 行 われるようになった また 平 成 14 年 度 以 降 は 農 林 水 産 省 等 の 協 力 により 国 有 林 における 研 修 事 業 がほと んどとなった 同 年 度 の 研 修 会 は10 回 行 われたが 査 定 会 以 外 の9 回 は 国 有 林 で 研 修 が 行 われている 査 定 会 はできるだけ 多 くの 人 数 が 容 易 に 集 まれる 場 所 で 行 われ 結 果 的 に 現 在 は 民 有 林 で 行 われている その 後 も 査 定 会 以 外 の 実 技 研 修 が 民 有 林 で 行 われたのは 1 回 のみで 基 本 的 には 査 定 会 以 外 は 中 部 森 林 管 理 局 と 正 式 に 契 約 文 章 を 交 わし また 近 畿 中 国 森 林 管 理 局 とも 文 章 を 交 わし 以 後 国 有 林 で 実 技 研 修 が 行 われるようになった 平 成 15 年 度 からは 原 則 的 には 年 間 初 級 4 人 中 級 4 人 を 選 び 実 技 研 修 は12 日 間 を1 工 程 として12 回 から13 回 行 い 初 級 には 実 技 指 導 員 1 名 を 付 け 実 技 の 他 に 座 学 を6 日 間 (8 時 間 授 業 ) 行 うことにした 平 成 15 年 8 月 には 京 都 の 清 水 に 文 化 財 建 造 物 保 存 技 術 研 修 センターが 完 成 し 座 学 は 当 センターで 行 われるようになった 研 修 会 で 採 取 された 檜 皮 は 初 級 研 修 の 場 合 は 荒 皮 であったが 中 級 研 修 においては 黒 皮 の 採 取 も 行 われ 査 定 会 では 黒 皮 の 採 取 が 行 われている これらの 採 取 された 皮 は 過 去 には 研 修 会 場 を 提 供 してくれた 社 寺 等 へ 一 部 提 供 されることもあったが 現 在 は 基 本 的 には 保 存 会 の 行 う 屋 根 研 修 事 業 に 使 われている 平 成 18 年 度 からは 研 修 会 場 の 確 保 の 難 しさや 研 修 内 容 の 効 率 化 のために 初 級 中 級 の 研 修 場 所 を 一 つにし 同 じ 山 で 少 し 離 れた 場 所 で それぞれの 研 修 が 行 われるようになった 初 級 の 研 修 は 檜 皮 の 採 取 から 結 束 までの 作 業 工 程 について 行 われ 実 技 研 修 は 基 本 的 には4 人 の 研 修 生 に 指 導 員 1 名 がついて 行 われる 建 築 史 や 文 化 財 保 護 などについての 座 学 も 学 び 採 取 についての 研 修 はへらの 作 り 方 から 振 り 縄 を 使 い 木 に 登 っての 高 所 での 檜 皮 採 取 まで 一 通 りの 作 業 について 行 われ 結 束 も 平 所 での 結 束 のための 準 備 から 大 切 包 丁 での 切 断 丸 皮 への 結 束 までを 習 う 平 成 11 年 度 から 始 まった 檜 皮 採 取 の 研 修 会 は19 年 度 までに9 期 の 研 修 生 を 輩 出 し 初 級 31 人 が 研 修 を 終 了 し この 内 18 人 が 現 在 も 各 事 業 所 において 檜 皮 の 採 取 を 行 い 2 名 は 葺 師 専 業 として 業 務 を 続 けている 研 修 会 で 最 初 に 採 取 した 檜 も10 年 を 経 過 しよ うとしている その 場 所 で 黒 皮 が 採 取 される 日 も 遠 くない 保 存 会 の 行 う 研 修 会 は 確 実 に 若 い 新 たな 後 継 者 を 生 み 出 し 檜 皮 確 保 のための 大 きな 力 となっている 5. 研 修 会 における 将 来 の 課 題 研 修 会 における 当 初 の 課 題 は 研 修 場 所 が 民 有 林 以 外 に 無 く 研 修 会 場 は 各 事 業 所 の 提 供 や 紹 介 などに 頼 っていたため 不 安 定 であることであったが それも 国 有 林 が 定 期 的 - 5 -
に 使 えるようになったことで 一 応 は 解 決 した 研 修 会 の 実 施 についても 国 の 予 算 が 付 き 指 導 員 も 研 修 生 も 個 人 の 経 済 的 な 大 きな 負 担 無 しに 研 修 会 が 行 えるようになった また 研 修 会 の 内 容 について 平 成 19 年 中 に 檜 皮 採 取 の 研 修 を 指 導 する 指 導 員 や 指 導 補 助 員 研 修 生 等 に 簡 単 な 聞 き 取 りを 行 った 聞 き 取 りによって 指 導 員 の 出 身 地 によっ て 多 少 採 取 の 方 法 が 異 なっていることがあり 結 束 の 仕 方 など 地 方 性 があることが 分 かっ た また 教 えられたことを 忠 実 に 守 るだけでなく ロープの 使 い 方 など 多 少 職 人 によ って 自 分 で 工 夫 をする 点 があることも 分 かった 原 皮 師 の 技 術 の 中 では 檜 皮 に 直 接 触 れ るへらの 使 い 方 が 最 も 重 要 で へらの 入 れ 方 によって 技 術 の 優 劣 が 分 かるという 意 見 も 聞 かれた 技 術 の 向 上 については 経 験 が 大 事 で 上 級 者 等 のやり 方 を 見 ることが 効 果 的 で あるという 場 合 によっては 下 手 なやり 方 を 見 るのも 勉 強 になるという 意 見 もあった 他 者 のやり 方 を 見 る 機 会 と 経 験 を 積 む 機 会 が 重 要 であることが 指 摘 された その 意 味 では 現 在 中 級 と 初 級 が 同 時 に 同 じ 場 所 で 行 われているが これも 他 人 の 技 術 を 見 る 機 会 とな り 技 術 向 上 の 為 には 効 果 的 であると 判 断 される 今 後 は 両 者 の 異 なったレベルの 者 が 交 流 しながら 研 修 が 行 える 機 会 を 意 識 的 に 作 ることも 重 要 であると 思 われた また 採 取 者 は 採 取 の 技 術 の 経 験 だけでなく 葺 き 易 い 皮 がどのようなモノであるかを 知 るために 葺 く 経 験 も 必 要 であるという 自 分 が 採 取 した 皮 がどのように 使 われるのかも 知 っておくこ とが 必 要 であるという 採 取 者 が 檜 皮 を 葺 く 経 験 をすることも 重 要 であると 思 われた そ の 点 では 同 じ 事 業 所 内 に 葺 師 と 原 皮 師 が 同 籍 していることは 好 ましい 状 況 であると 考 え られる さて 研 修 会 については 以 上 のように 関 係 者 の 努 力 や 協 力 によって これまで 様 々な 問 題 が 解 決 され 研 修 の 環 境 や 内 容 が 徐 々に 整 えられて 来 た 従 って 他 の 保 存 技 術 に 比 較 しても 極 めて 恵 まれた 状 況 で 研 修 が 行 われており 早 急 に 改 良 する 課 題 は 無 いと 思 われ るが 将 来 的 には 以 下 の 点 を 考 慮 する 必 要 があると 考 える これは 伝 統 技 術 全 体 によく 指 摘 されることではあるが 近 年 の 保 存 技 術 全 体 の 水 準 は 戦 後 間 もない 頃 やそれ 以 前 と 比 較 して 確 実 に 落 ちてきているといわれている 伝 統 保 存 技 術 の 多 くは 今 やかつての 領 域 を 大 きく 縮 小 しており 同 じ 職 種 の 中 に 技 術 を 競 う 者 が 多 数 存 在 する 状 況 ではなく 技 術 向 上 への 刺 激 を 受 ける 機 会 は 縮 小 し 極 めて 狭 い 領 域 の 中 で 技 術 錬 磨 が 行 われているのが 現 状 である 原 皮 師 の 技 術 保 存 も 同 様 の 状 況 にあり 現 在 保 存 会 内 部 でのみ 技 術 の 向 上 を 進 める 状 況 にある しかし まだ 指 導 員 のレベルに 達 する 者 も 少 なく 現 状 では 喫 緊 の 課 題 とはいえないが 優 秀 な 職 人 が 多 く 育 ってくれば さらなる 技 術 の 向 上 を 望 む 必 要 があ り そのための 具 体 的 な 方 法 の 模 索 が 必 要 となる その 一 つの 方 法 として 外 部 の 技 術 保 存 分 野 との 交 流 によって 外 部 からの 刺 激 を 活 かす 方 法 が 考 えられる しかしながら 外 の 分 野 からの 刺 激 を 自 らの 技 術 向 上 の 機 会 とするには 高 度 な 精 神 性 が 必 要 であり その 機 会 を 活 かすための 保 存 会 の 内 部 における 精 神 的 な 向 上 と 育 成 が 必 要 となる 外 部 の 保 存 技 術 との 交 流 を 通 して その 精 神 を 学 び 取 り 高 度 な 精 神 性 と 思 想 性 を 育 てていくことが 将 来 必 要 となると 考 えられる いずれにしても 困 難 と 思 われた 原 皮 師 の 研 修 会 を 実 現 し 発 展 させてきた 保 存 会 が 将 来 的 にも 停 滞 することなく 技 術 保 存 の 意 識 を 常 に 向 上 させ さ らに 発 展 することが 伝 統 保 存 技 術 全 体 の 発 展 に 繫 がると 期 待 するものである - 6 -