要 旨 本 論 文 の 目 的 は, 日 本 企 業 の 人 材 マネジメントとしての 育 児 期 従 業 員 に 対 する 両 立 支 援 施 策 とその 運 用 が, 育 児 期 の 女 性 正 社 員 の 定 着 と 動 機 づけにもつ 影 響 とそのメカニズムに ついて 理 論 的 に 考 察 し, 実 証 を 行 うことにある. 本 論 での 両 立 支 援 施 策 は, 主 に, 従 業 員 が 仕 事 と 育 児 を 両 立 するにあたって, 企 業 が 提 供 する 諸 人 事 施 策 を 指 す. 具 体 的 には, 育 児 休 業 施 策 と 短 時 間 勤 務 施 策 に 焦 点 を 当 てる. また, 本 論 における 両 立 支 援 施 策 の 運 用 とは, 企 業 の 持 つ 各 自 の 目 的 と 慣 行 に 従 って 導 入 拡 充 された 両 立 支 援 施 策 が 実 際 に 利 用 されるにあたって, 従 業 員 の 組 織 行 動 に 影 響 す るとされる 諸 組 織 経 験 を 指 す.とりわけ, 研 究 対 象 としての 両 立 支 援 施 策 の 運 用 は, 採 用 育 成 評 価 処 遇 といった 人 材 マネジメントの 諸 機 能 を 用 いる 組 織 内 活 動 の 中, 両 立 支 援 施 策 の 主 な 利 用 者 群 としての 女 性 正 社 員 の 認 識 および 態 度 に 影 響 を 与 えるものである. 育 児 期 における 女 性 従 業 員 の 勤 続 と 人 材 マネジメントとの 関 係 を 中 心 にした 多 くの 研 究 は, 女 性 の 就 業 継 続 は 変 化 がなく( 武 石,2006; 武 石 編,2009), 両 立 支 援 施 策 の 利 用 が 女 性 の 雇 用 継 続 に 対 して 必 ずしも 統 計 的 に 有 意 ではないことも 多 く 報 告 されている. 職 業 と 家 庭 生 活 に 関 する 全 国 調 査 を 用 いて 結 婚 出 産 前 後 での 雇 用 非 雇 用 についてロジット 分 析 を 行 った 今 田 (1996)は, 結 婚 前 後 においては 雇 用 継 続 の 割 合 は 高 まっているものの, 出 産 育 児 期 での 雇 用 継 続 は 必 ずしも 高 まっているとは 言 えないと 結 論 づけている.こう いった 見 解 に 関 し 松 繁 (2005)は, 育 児 休 業 取 得 率 の 向 上 がそのまま 低 離 職 率 に 結 びつくわ けではなく, 法 で 定 められた 施 策 の 導 入 やその 利 用 だけでは 女 性 の 就 労 継 続 への 効 果 が 不 十 分 で,より 手 厚 い 施 策 が 講 じなければ 女 性 の 離 職 行 動 に 変 化 を 及 ぼすことはできないと 主 張 している. こういった 流 れのなか, 企 業 における 両 立 支 援 施 策 の 有 効 性 が 実 現 しにくい 問 題 に 向 け て, 法 律 上 の 規 制 に 応 じる 形 の 受 動 的 な 対 応 ではなく, 企 業 内 の 積 極 的 な 取 り 組 みと 意 識 の 変 革 が 伴 わないとうまくいかない,といった 見 方 が 強 まりつつある. 両 立 支 援 施 策 に 関 する 多 くの 研 究 報 告 は, 男 性 中 心 の 人 材 マネジメントに 対 する 懸 念 を 示 すようになってきており, 男 性 を 含 む 働 きすぎの 企 業 文 化 を 是 正 しなければならないと の 見 解 が 多 い( 熊 沢, 2000; 佐 藤 武 石,2004,2010,2011; 櫻 木, 2005; 山 口 樋 口 編, 2009; 山 口, 2009; 武 石 編,2010; 濱 口,2011). 加 えて, 両 立 支 援 施 策 そのものから 他 の 人 事 施 策 との 関 係 を 強 調 し 両 立 支 援 施 策 の 運 用 に 注 目 する 見 解 (ニッセイ 基 礎 研 究 所, 2005, 2006; 脇 坂, 2009)や 両 立 支 援 施 策 を 利 用 するにあたって 当 事 者 が 抱 える 葛 藤 (ワーク ラ
イフ コンフリクト)を 描 写 することで 女 性 従 業 員 の 認 知 心 理 の 側 面 を 扱 っているもの( 櫻 木,2004; 萩 原,2006)など, 組 織 と 従 業 員 との 関 係 を 切 り 口 にした 見 解 は 少 なってきてい る. 両 立 支 援 施 策 の 有 効 性 に 向 けての 理 論 を 構 築 するうえで, 両 立 支 援 施 策 を 単 1 の 施 策 ではなく, 企 業 の 人 材 マネジメント 特 性 と 連 動 し 影 響 しあうシステム 的 な 思 考 で 発 展 した といえよう. 以 上 をまとめると 次 の 4 点 に 表 すことができる.1 女 性 の 就 労 継 続 を 左 右 する 要 因 とし て, 仕 事 と 育 児 との 両 立 の 難 しさが 挙 げられる.2 女 性 の 就 労 継 続 を 促 す 意 味 での 両 立 支 援 施 策 の 有 効 性 がなかなか 得 られない.3 両 立 支 援 施 策 の 有 効 性 を 高 めるにあたって, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 に 関 する 要 因 が 指 摘 されることが 多 く, 既 存 の 日 本 的 人 材 マネジメン トに 根 付 く 意 識 の 改 革 および 改 善 が 求 められており,4 企 業 内 部 の 実 態 と 従 業 員 個 人 の 心 理 的 側 面 の 観 点 が 十 分 に 蓄 積 されていないのが 現 状 である. 多 くの 先 行 研 究 が 両 立 支 援 施 策 と 女 性 の 就 労 継 続 との 関 係 を 明 らかにするため 様 々 なアプローチを 行 っており, 本 論 と 類 似 する 問 いである, 両 立 支 援 施 策 の 拡 大 が 女 性 の 就 労 継 続 を 支 援 するはずなのに,なぜ, 育 児 を 理 由 とする 退 職 傾 向 は 改 善 しないのか とい う 問 いに 答 えるために 知 識 の 蓄 積 を 行 ってきたことは 先 述 したとおりである.すなわち, 少 子 化 対 策 として 出 生 率 の 増 加 が 期 待 されてきた 一 方 で, 企 業 では, 業 務 の 効 率 化 および 働 き 方 の 改 革 をもたらす 一 歩 として 期 待 されるようになった.ただし, 第 1 利 用 者 として の 育 児 期 の 女 性 正 社 員 がいかにして 働 き 続 ける 選 択 ができ, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 がそのプ ロセスにどのようにかかわるかについての 十 分 な 情 報 の 蓄 積 がされないまま,ワーク ラ イフ バランスという 言 葉 が 一 人 歩 きしているのではないかという 疑 問 を 抱 かざるを 得 な い. そこで, 本 論 は, 両 立 支 援 施 策 への 社 会 的 かつ 理 論 的 な 関 心 が 高 まるなか, 経 営 問 題 と しての 人 材 の 定 着 と 活 用 の 手 段 としての 両 立 支 援 施 策 がどのような 条 件 で 有 効 に 機 能 する かに 関 する 統 一 した 理 論 的 枠 組 みが 欠 如 しているという 問 題 意 識 の 下,それぞれの 問 いと 答 えで 構 成 される 次 の 4 つの 章 をもって, 育 児 期 における 女 性 正 社 員 の 人 材 マネジメント を 考 察 することになった. 第 二 章 では, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 と 組 織 行 動 が, 企 業 が 投 資 育 成 してきた 女 性 正 社 員 にとって,どのような 意 味 を 持 つのかについて 問 う.これは, 企 業 側 からすると, 仕 事 と 育 児 を 支 援 する 両 立 支 援 施 策 を 利 用 した 女 性 正 社 員 のうち, 退 職 に 至 る 人 と 勤 続 する 人 を 分 ける 要 因 の 中 で, 企 業 が 統 制 できる 要 因 があるならば, 何 か という 問 いでもある.そ こで, 本 研 究 の 持 つ1つの 特 徴 としての 心 理 的 契 約 理 論 の 採 用 が 行 われることになった.
それぞれに 異 なる 企 業 で 働 く 女 性 正 社 員 8 名 から 得 られた 定 性 的 資 料 を 分 析 した 結 果, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 経 験 が 従 業 員 の 心 理 的 契 約 に 影 響 する 可 能 性 が 発 見 されたのである.さ らに, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 した 後 に 働 き 続 けている 群 と 退 職 に 至 っている 群 を 比 較 した 場 合 には, 人 材 マネジメント 上 の 運 用 の 役 割 がその 境 目 を 規 定 している 可 能 性 が 窺 えた.す なわち, 調 査 の 対 象 となった 退 職 群 と 勤 続 群 の 間 では, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 に 伴 う 人 材 マ ネジメント 上 の 運 用 経 験 が 心 理 的 契 約 を 違 反 するように 働 くか,あるいは 既 存 の 心 理 的 契 約 を 再 定 立 するように 働 くか,という 点 で 異 なっていた. 具 体 的 に, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 した 後 に 退 職 した 女 性 正 社 員 は, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 することで 経 験 した 人 材 マネジメン トの 運 用 で 企 業 との 長 期 的 な 交 換 関 係 に 期 待 できず, 関 係 的 契 約 の 違 反 から 破 棄 に 至 った. これと 比 較 して, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 した 後 に 勤 続 している 女 性 正 社 員 は, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 することで 経 験 した 人 材 マネジメントの 運 用 (とりわけ 育 成 機 能 と 評 価 機 能 )で 本 人 たちが 抱 いていた 関 係 的 契 約 の 違 反 への 不 安 を 乗 り 越 え, 企 業 との 長 期 的 な 交 換 関 係 を 期 待 できるようになっていた. 第 三 章 では, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 が 持 つ 重 要 性 に 着 眼 し, 企 業 は 実 際 にどのような 考 え 方 に 基 づき, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 を 行 っているのかについて 問 う.そのため, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 に 関 する 要 因 が 女 性 正 社 員 の 勤 続 有 無 を 左 右 する 役 割 を 持 つにもかかわらず, 企 業 間 に 存 在 する 捉 えきれない 運 用 実 態 はどのように 分 類 比 較 できるのだろうか という 問 いを 立 てた. 企 業 は, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 する 従 業 員 の 仕 事 と 育 児 の 両 立 を 支 援 すると いう 福 祉 的 な 側 面 を 考 慮 する 一 方 で, 彼 女 たちを 除 く 正 社 員 のモチベーションと 受 容 をと もに 確 保 しなければいけないのであるが, 先 行 研 究 の 多 くがどちらかの 一 方 の 立 場 だけに 注 目 している.そのため, 既 存 研 究 の 視 点 を 十 分 に 考 慮 しながら, 統 一 的 な 枠 組 みの 必 要 性 を 主 張 した. 具 体 的 には, 既 存 研 究 で 重 視 されてきた 複 数 の 要 因 ( 公 平 性 管 理 者 意 識 両 立 が 可 能 である 組 織 文 化 )は 実 際 の 運 用 に 先 行 し, 企 業 側 が 想 定 するとされる 考 え 方 の 束 が 反 映 された 結 果 でもあり 十 人 十 色 的 な 両 立 支 援 施 策 の 運 用 実 態 を 理 解 するにあた って, 両 立 支 援 施 策 とその 利 用 で 予 想 される 人 材 マネジメント 上 の 運 用 に 対 する 企 業 の 立 場 は 何 かを 求 めなければならない,と 考 えられた.こういった 探 索 的 仮 説 のもと, 日 本 の 大 企 業 で, 両 立 支 援 施 策 を 有 効 に 活 用 している 2 つの 企 業 側 の 意 思 決 定 者 としての 人 事 担 当 者 と 管 理 者 を 対 象 にインタビュー 調 査 を 実 施 した. その 結 果, 少 なくとも 5 つの 意 思 決 定 で 構 成 される,いわば, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 と 称 せるものが 発 見 された. 企 業 は 両 立 支 援 施 策 を 導 入 拡 充 し, 職 場 に 浸 透 させるにあ たって, 組 織 公 正 性 と 経 済 合 理 性 とバランスするために 5 つの 意 思 決 定 を 行 っていた. 具
体 的 には,2 つの 会 社,X 社 と Y 社 は, 各 組 織 における 従 業 員 構 成 と 人 材 マネジメント 上 の 特 徴 を 考 慮 したうえで 両 立 支 援 施 策 の 有 効 な 運 用 に 向 けた 意 思 決 定 を 行 っており,その 結 果, 一 見, 捉 えきれないほど 多 様 な 形 で 現 れる 運 用 のあり 方 が 運 用 原 理 によって 規 定 され ていることが 分 かった.たとえば,5 つの 意 思 決 定 のうち, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 者 と 非 利 用 者 で 構 成 される 組 織 において 公 正 性 を 保 つ 手 段 とは 何 か に 対 して,X 社 は 育 成 機 能,Y 社 は 評 価 機 能 を 用 いるように 立 場 が 決 められていた.それゆえに,X 社 では, 運 用 のあり 方 では, 短 時 間 勤 務 者 は 地 域 限 定 社 員 化, 丁 寧 なフィードバック が 重 視 されており, 上 司 の 理 解 および 組 織 文 化 は, 特 別 扱 いはしないように しつつ, 仕 事 を 全 うする 業 務 態 度 を 評 価 するようになっていた.Y 社 では 評 価 機 能 を 用 いた 工 夫 がなされ, 運 用 のあり 方 では, 短 時 間 勤 務 者 は 通 常 勤 務 者 に 比 べ 査 定 が 低 く 設 定 される, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 と かかわらず 衡 平 の 評 価 が 重 視 されており, 上 司 の 理 解 および 組 織 文 化 は, 両 立 支 援 施 策 を 利 用 する 選 択 を 支 持 しながら, 貢 献 に 応 じた 誘 因 を 提 供 する という 信 頼 を 築 いてい た. 第 四 章 では, 組 織 と 個 人 間 の 雇 用 関 係 の 手 がかりとしての 心 理 的 契 約 が 両 立 支 援 施 策 の 運 用 で 変 容 するのであれば, 異 なる 運 用 原 理 に 基 づいて 行 われた 運 用 のあり 方 はそこで 働 く 従 業 員 の 心 理 的 契 約 の 変 容 プロセスに 違 いを 生 じさせるのではないか.また,その 変 容 プロセスの 違 いは, 企 業 の 人 材 マネジメント 上,いかなる 役 割 を 果 たすのであろうか と いう 問 いを 立 てた. 企 業 調 査 では,2 つの 企 業 に 勤 める 育 児 期 の 女 性 正 社 員 にも 聞 き 取 り 調 査 を 実 施 分 析 した. 具 体 的 に, 異 なる 運 用 原 理 を 持 つ 2 つの 企 業,X 社 と Y 社 で 働 く 育 児 期 の 女 性 正 社 員 計 13 名 のインタビューから, 育 児 期 の 女 性 正 社 員 が 抱 える 心 理 的 契 約 上 の 葛 藤 が 共 通 していながら,2 社 の 異 なる 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 ゆえに, 各 社 で 働 く 女 性 正 社 員 の 葛 藤 プロセスも 異 なっている 可 能 性 を 求 めた. その 結 果,X 社 と Y 社 では 運 用 原 理 において, 両 立 支 援 施 策 を 巡 って 育 成 評 価 といった 人 材 マネジメント 上 の 運 用 を 用 いる 方 法 が 異 なるゆえに, 各 社 に 勤 める 育 児 期 の 女 性 正 社 員 は, 所 属 する 企 業 の 運 用 原 理 による 運 用 のあり 方 を 異 なった 認 識 的 プロセスを 経 ること で, 心 理 的 契 約 の 変 容 を 行 っていた.さらに, 本 研 究 で 期 待 していた 両 立 支 援 施 策 の 効 用 としての 定 着 プロセスには, 従 業 員 が 組 織 に 対 して 表 明 する 重 要 な 認 識 および 態 度 が 含 ま れていた. 具 体 的 には,ロイヤルティの 向 上, 恩 義,チーム メンバーとの 協 同 意 欲 の 強 化, 業 務 に 対 するプロフェショナリズムの 確 立 などが 挙 げられた. 第 四 章 は, 第 三 章 の 対 象 となった 2 つの 企 業 について, 第 一 章 でその 可 能 性 が 示 された 心 理 的 契 約 の 再 定 立 のプロセスを, 運 用 原 理 の 受 容 という 観 点 から 分 析 している 点 に 特 徴
がある. 運 用 実 態 とその 前 後 における 文 脈 を 詳 細 に 記 述 しながら, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 経 験 によって 形 成, 修 正,あるいは 安 定 する 従 業 員 側 の 認 識 プロセスに 焦 点 を 当 てた.とり わけ, 人 材 マネジメントの 育 成 機 能 と 評 価 機 能 に 関 わる 運 用 実 態 とその 根 底 にある 企 業 側 の 考 え 方 が, 組 織 と 個 人 間 におけるマッチングに 向 け 雇 用 関 係 の 中 身 を 再 定 義 していく 可 能 性 が 提 示 された. 第 五 章 では, 定 性 的 分 析 を 重 ねることで, 企 業 側 の 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 と 従 業 員 側 の 心 理 的 契 約 との 関 係 こそ, 女 性 正 社 員 の 定 着 をもたらす 両 立 支 援 施 策 の 有 効 性 を 確 保 す る 鍵 であることが 分 かった.しかし,この 理 論 は,どの 程 度 一 般 的 な 説 明 力 を 持 つのだろ うか という 問 いを 立 てた. 定 性 的 研 究 から 発 見 された 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 と 従 業 員 の 心 理 的 契 約 の 変 容,およびその 結 果 心 理 的 契 約 の 変 化 が 勤 続 意 思 に 与 える 影 響 を 主 に 扱 う.インタビューから 得 られた, 女 性 正 社 員 たちに 共 通 に 見 られた 語 りを 中 心 に 設 問 を 設 計 し, 統 計 分 析 を 行 った. モデルの 検 証 のために, 育 児 期 の 女 性 正 社 員 618 名 を 対 象 とした 定 量 データを 収 集 し 分 析 した.その 結 果, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 の 中,3 つすなわち, 目 的 意 義, 運 用 柔 軟 性, 運 用 一 貫 性 因 子 が 従 業 員 の 心 理 的 契 約 の 変 容 に 対 して, 統 計 的 に 有 意 な 説 明 力 を 持 つことが 分 かった.さらに, 心 理 的 契 約 の 変 容 のなかでも, 両 立 支 援 施 策 の 利 用 前 後 において, 心 理 的 契 約 を 構 成 する 中 身 に 関 係 的 記 述 が 高 い 水 準 で 維 持 された 場 合 に 限 り, 心 理 的 契 約 と 勤 続 意 思 との 間 に 正 の 因 果 関 係 が 生 まれた. 本 論 の 特 徴 と 本 研 究 の 意 義 について, 次 の 3 点 を 述 べることができる. 第 1 に, 既 存 知 識 に 新 たな 概 念 を 付 加 した 点 である. 両 立 支 援 施 策 の 有 効 性 について 研 究 と 議 論 が 増 えている 中, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 と 効 果 について, 心 理 的 契 約 理 論 を 採 用 し て 検 討 した 研 究 はほとんどなかった.さらに, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 という 実 用 的 な 側 面 に 運 用 原 理 という 概 念 を 導 入 することでより 理 論 的 に 企 業 間 の 比 較 を 行 うことが 可 能 になっ た. 第 2 に, 企 業 側 の 視 点 と 従 業 員 側 の 視 点 をともに 考 慮 しその 間 に 存 在 するやり 取 りのプ ロセスを 観 察 している 点 である. 本 研 究 は, 長 時 間 をかけた 調 査 計 画 の 下, 一 人 ひとりの 協 力 者 に 対 し 丁 寧 な 手 続 きを 経 て 定 性 的 な 資 料 を 収 集 した. 企 業 側 では 運 用 原 理, 従 業 員 側 では 心 理 的 契 約 という 概 念 を 用 い, 調 査 と 分 析 を 重 ねていくことで, 一 方 の 立 場 に 傾 か ないバランスのとれた 議 論 を 試 みた. 第 3 に, 研 究 手 法 として 定 性 定 量 をともに 行 っている 点 である. 定 性 的 調 査 を 持 って 吸 い 上 げられた 多 くの 文 脈 情 報 から 仮 説 とモデルを 作 っていき,もう 一 度, 語 りから 一 般
的 な 記 述 に 変 換 し 定 量 データを 収 集 した.その 結 果, 一 方 では, 定 性 的 分 析 の 利 点 である, 事 象 の 詳 細 な 記 述 と 社 会 現 象 に 付 随 する 多 様 な 要 因 と 例 外 事 例 などの 理 解 も 示 すことがで きた. 他 方 では, 定 量 的 分 析 の 利 点 である, 要 因 間 の 因 果 の 検 証 と 一 般 的 に 共 通 した 主 要 因 を 確 認 することで 実 用 面 に 応 用 できる 可 能 性 が 広 がった. 本 研 究 が 学 問 的 かつ 実 用 的 に 貢 献 した 点 は 次 の 3 つであると 思 われる. 第 1 に, 先 行 研 究 の 多 くが 両 立 支 援 施 策 と 女 性 人 材 の 定 着 または 退 職 との 因 果 関 係 を 前 提 としてきたにもかかわらず,そのメカニズムに 関 する 理 論 的 議 論 が 少 なかった.とりわ け, 人 材 マネジメント 戦 略 と 人 事 施 策 の 運 用 を 捉 えるにあたって 運 用 原 理 と 心 理 的 契 約 概 念 の 導 入 は, 一 方 では, 企 業 が 施 策 を 導 入 し 従 業 員 は 施 策 を 利 用 し 満 足 する という 短 編 的 記 述 から 脱 皮 し, 他 方 では, 両 立 支 援 施 策 を 捉 える 企 業 の 戦 略 的 な 視 点 と 従 業 員 の 合 理 的 な 判 断 とが 整 合 した 際 に, 両 立 支 援 施 策 とその 運 用 は 従 業 員 の 定 着 をもたらす という メカニズムが 明 らかになった.このような 試 みは, 両 立 支 援 施 策 と 女 性 人 材 の 定 着 を 説 明 する 際 に 必 要 とされてきた 統 一 した 枠 組 みの 可 能 性 を 示 唆 した 点 で 学 問 的 な 貢 献 につなが ると 思 われる. 第 2 に, 人 事 施 策 の 運 用 について, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 実 態 とそれに 対 する 従 業 員 の 多 様 な 反 応 について 明 らかになっていなかった 側 面 が 多 かった. 本 研 究 では, 定 性 と 定 量 の 双 方 の 研 究 手 法 を 用 いることで, 一 般 的 に 通 用 される 説 明 のみならず, 人 事 施 策 と 従 業 員 の 認 識 との 間 に 存 在 する 様 々な 文 脈 的 情 報 を 提 供 することができた.その 結 果, 個 別 的 な 雇 用 関 係 を 健 全 に 維 持 するにあたって 重 視 されてきた 従 業 員 側 の 視 点 が 明 らかになり, 人 材 の 確 保 と 活 用 における 従 業 員 のライフ ステージに 応 じた 人 材 マネジメントに 関 して 示 唆 を 与 えている. 本 論 では, 企 業 の 人 材 マネジメントが 女 性 正 社 員 の 出 産 というライフ ステージによる 変 化 をどのように 企 業 の 問 題 としてとらえ 対 応 できるか,または, 企 業 は 育 児 の 場 として 家 庭 という 従 業 員 の 私 的 空 間 をどこまでマネジメントできるのか,につい ていくつかの 示 唆 点 がある. 具 体 的 には, 従 業 員 の 家 庭 内 助 力 や 従 業 員 固 有 の 価 値 観 に 働 きかけるのではなく( 私 的 領 域 ),または, 従 業 員 を 満 足 させて 組 織 に 留 めさせるのではな く, 企 業 と 従 業 員 間 の 雇 用 関 係 をすり 合 わせるプロセスを 通 じて 従 業 員 の 納 得 を 確 保 する ように 努 めることこそ, 企 業 の 戦 略 達 成 に 順 応 する 人 材 を 長 期 的 に 確 保 活 用 できる 人 材 マネジメントシステムが 構 築 できる.こういった 視 点 は, 他 のライフ ステージに 面 した 従 業 員 への 対 応 にも 応 用 できる 可 能 性 があり,ひいては, 多 様 化 しつつある 労 働 市 場 へ 対 応 するように 発 展 する 可 能 性 もあると 期 待 したい. 第 3 に, 人 材 マネジメントの 道 具 として 両 立 支 援 施 策 がいかにして 従 業 員 一 人 ひとりの
認 識 と 態 度 に 働 きかけるかについて 問 いかけた 本 研 究 は, 両 立 支 援 施 策 を 用 いた 従 業 員 の マネジメントが, 単 なる 道 具 にとどまらず, 諸 運 用 における 企 業 の 立 場 を 明 確 にするステ ップを 含 むことを 示 唆 している 点 で 実 用 的 な 貢 献 がある.その 中 には, 各 社 の 両 立 支 援 施 策 がなぜ 必 要 でどのような 有 効 性 を 求 めるかについて 経 営 上 の 判 断 がなされる 必 要 性 と, 自 社 の 人 材 マネジメントにおける 両 立 (ワーク ライフ バランス) について 独 自 の 定 義 を 行 う 作 業 の 重 要 性 が 含 まれる. しかしながら, 本 研 究 には 大 きくの 2 つの 限 界 および 課 題 を 含 んでいる. ひとつは, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 という 概 念 は,それを 持 って 企 業 を 分 類 比 較 し, 意 思 決 定 の 組 み 合 わせおよび 強 弱 が 当 該 組 織 の 女 性 正 社 員 の 組 織 行 動 を 予 測 できることを 示 してはじめて, 外 的 妥 当 性 と 信 頼 性 が 確 保 されることになる. 本 研 究 で, 企 業 側 と 従 業 員 側 のマッチングの 現 れとして 従 業 員 の 運 用 原 理 の 受 容 という 視 点 を 用 いてはいるものの, この 概 念 を 詳 細 まで 定 量 的 に 検 証 できる 水 準 まで 至 らなかった. もう 1 つは, 心 理 的 契 約 の 変 容 とその 結 果 としての 従 業 員 の 態 度 変 数 を 求 めるにあたり, 勤 続 意 思 ( 定 年 まで 働 きたい)に 限 って 議 論 を 終 始 している 点 である. 心 理 的 契 約 の 変 容 は 従 業 員 の 定 着 という 結 果 を 持 ってはじめて 心 理 的 契 約 の 再 定 立 という 現 象 を 浮 き 彫 り にする.しかしながら 本 論 文 では, 現 在, 勤 続 中 である 女 性 正 社 員 から 得 た 結 果 を 持 っ て, 心 理 的 契 約 の 変 容 と 心 理 的 契 約 の 再 定 立 という 説 明 が 混 在 している.この 限 界 は, 勤 続 意 思 以 外 の 組 織 行 動 変 数 を 扱 いきれなかったという 限 界 とあいまって, 本 論 における 重 要 な 主 張 につながる 心 理 的 契 約 の 再 定 立 という 概 念 の 意 義 が 薄 まる 問 題 を 生 んでいる. 今 後 の 展 望 として, 上 記 した 2 つの 課 題 に 取 り 組 むことを 含 め,もう 2 つが 加 えられる. 人 材 マネジメントにおける 内 的 外 的 整 合 性 を 発 端 としたシステム 的 なアプローチは 戦 略 的 人 材 マネジメントの 核 心 を 成 している. 本 研 究 は, 他 の 人 事 施 策 と 同 様 に, 両 立 支 援 施 策 を 対 象 とした 人 材 マネジメントにおける 整 合 性 が 組 織 的 効 果 に 与 える 影 響 の 検 証 の 可 能 性 を 示 した. 今 後 は 企 業 と 従 業 員 間 の 雇 用 関 係 に 関 する 多 くの 研 究 蓄 積 を 生 かしつつ, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 から 明 らかになった 人 材 マネジメントの 各 機 能 間 の 相 互 作 用 の 効 用 性 を 求 めていくことが 重 要 であろう. また, 両 立 支 援 施 策 の 運 用 原 理 を 用 いた 企 業 側 の 視 点 からは, 組 織 の 哲 学 および 価 値 観 との 関 係 性 が 窺 えた.このことは 組 織 変 革 に 関 わる 研 究 に 拡 張 できる 可 能 性 がある. 従 業 員 の 心 理 的 契 約 の 変 容 がもたらす 多 様 性 は, 人 種 や 文 化 の 多 様 性 に 欠 ける 日 本 企 業 におい て, 特 有 のダイバーシティ マネジメントの 対 象 となりうる.