モンゴルの 教 育 事 情 について - 国 際 スタンダードとの 一 致 - The Current Situation of Education in Mongolia: To Match the International Standard 東 北 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 井 場 麻 美 IBA Asami (Graduate School of Education, Tohoku University) キーワード:12 年 制 学 制 への 移 行 政 府 主 導 の 高 等 教 育 政 策 モンゴル モンゴルとは モンゴルは ロシア 及 び 中 国 と 国 境 を 接 し 日 本 の 約 4 倍 の 国 土 面 積 を 有 する 共 和 国 である 人 口 は 昨 年 2 月 に 300 万 人 を 超 え 総 人 口 の 半 数 近 くが 首 都 ウランバートルに 居 住 している 公 用 語 はモ ンゴル 語 であるが カザフ 人 居 住 区 である 西 端 のバヤンウルギー 県 ではカザフ 語 の 使 用 も 認 められて いる 宗 教 はチベット 仏 教 が 大 多 数 を 占 め シャーマン 信 仰 も 盛 んであり また 多 くのカザフ 人 はイ スラム 教 を 信 仰 している 長 らくソ 連 の 傘 下 に 入 り 人 民 革 命 党 の 一 党 独 裁 による 社 会 主 義 政 策 を 採 っ ていたが 1990 年 に 複 数 政 党 制 を 導 入 し 流 血 なく 民 主 化 した 民 主 化 移 行 後 は 日 本 を 始 め 欧 米 諸 国 等 を 第 3 の 隣 国 とし 友 好 関 係 を 構 築 している 日 本 はモンゴ ルにとって 最 大 の ODA 供 与 国 であり 日 本 が 先 導 してモンゴルのインフラ 整 備 等 の 事 業 を 進 めてきた ほか 人 口 に 対 する 国 民 一 人 当 たりの 日 本 への 留 学 機 会 が 世 界 第 1 位 を 誇 る 留 学 大 国 である 1 民 主 化 移 行 期 はロシアからの 支 援 が 打 ち 切 られ 教 育 等 の 国 内 事 情 が 逼 迫 していたこともあり 日 本 だけ ではなく 様 々な 国 へ 留 学 を 経 験 した 者 が 多 く 留 学 経 験 者 が 今 のモンゴルを 形 成 していると 言 っても 過 言 ではない モンゴルの 初 等 中 等 教 育 制 度 モンゴルの 学 制 は ソ 連 ( 当 時 )の 10 年 制 学 制 (5 3 2)の 流 れを 汲 んでおり 1998-1999 年 度 か ら 11 年 制 学 制 (5 4 2) 2014-2015 年 度 から 12 年 制 学 制 (5 4 3)に 移 行 した 義 務 教 育 は 中 学 校 1 在 モンゴル 日 本 国 大 使 館 ホームページ http://www.mn.emb-japan.go.jp/ 16
までの 9 年 間 である 2010 年 以 降 初 等 中 等 教 育 課 程 において 教 育 カリキュラムを 国 際 スタンダードに 合 致 させるための 改 革 が 実 施 されており 現 在 はケンブリッジカリキュラム 導 入 の 試 行 2 の 失 敗 を 経 て 日 本 を 含 めた 複 数 国 のカリキュラムを 参 考 にした 子 ども 中 心 のコアカリキュラムの 導 入 を 全 国 で 実 施 中 である 12 年 制 学 制 への 移 行 と 留 学 国 際 スタンダードに 合 致 させた 12 年 制 学 制 に 移 行 したことにより 12 年 生 後 の 高 等 教 育 において も 制 度 だけではなく 教 育 内 容 の 国 際 スタンダードとの 合 致 が 早 急 に 要 求 されることとなった モン ゴルでは 中 等 教 育 課 程 卒 業 後 に 海 外 の 大 学 への 進 学 を 希 望 する 者 が 人 口 に 対 して 多 い 12 年 制 学 制 移 行 以 前 は モンゴルの 中 等 教 育 課 程 修 了 後 に 海 外 の 大 学 へ 進 学 する 者 は 就 学 年 数 が 足 りないため モンゴルの 大 学 に 1~2 年 通 わなければならなかった 12 年 制 学 制 移 行 後 は 中 等 教 育 課 程 修 了 直 後 に 間 を 置 くことなく 海 外 の 大 学 への 進 学 が 可 能 となり 実 質 的 にモンゴルの 大 学 への 進 学 者 数 が 大 幅 に 減 少 することになる 12 年 制 学 制 という 国 際 スタンダードに 合 致 させたことにより モンゴルの 大 学 が 教 育 の 専 門 性 の 向 上 魅 力 的 な 学 び 場 としての 機 能 及 び 質 の 向 上 教 育 の 質 保 証 の 確 保 を 早 急 に 求 められることとな ったのは 国 際 スタンダードが 国 内 スタンダードよりも 高 く 評 価 され 上 位 に 位 置 するアジア 諸 国 に 見 られる 特 有 の 例 である 3 日 本 を 含 むアジア 諸 国 においては ケンブリッジカリキュラム 4 国 際 バカ ロレアカリキュラム(IB) 5 アドバンストプレイスメント(AP) 6 等 の 国 際 スタンダードまたは 国 際 カリ キュラムを 高 く 評 価 し 自 国 の 教 育 改 善 等 のために 利 用 している 日 本 では IB モンゴルではケンブ リッジカリキュラム 中 国 では AP が 国 内 学 校 のカリキュラムとして 導 入 されている 12 年 制 学 制 への 移 行 にともない 国 立 学 校 に 比 べ 比 較 的 高 い 教 育 レベルを 提 供 している 私 立 学 校 で は 海 外 の 大 学 への 留 学 に 向 けたカリキュラム 構 成 に 力 を 入 れている 例 を 挙 げると 新 モンゴル 学 園 では 日 本 の 大 学 への 留 学 に 向 けた 日 本 語 及 び 留 学 生 試 験 対 策 を 実 施 したり オルチロン 学 校 では 英 語 圏 の 大 学 への 留 学 に 向 けケンブリッジカリキュラムを 採 用 していたり ホビー 学 校 では 米 国 の 大 学 2 2010 年 以 降 グローバル 化 の 波 を 受 け モンゴル 語 と 英 語 のバイリンガル 教 育 を 推 し 進 めることで 教 育 改 革 を 行 う 試 みが 始 まった ケンブリッジカリキュラムが 多 くの 国 々で 導 入 されている 点 英 語 で 授 業 が 行 われる 点 取 得 可 能 な 大 学 入 学 資 格 や 学 習 内 容 が 国 際 的 に 認 められ 教 育 の 質 が 保 証 される 点 本 カリキュラムは 教 科 毎 の 導 入 が 可 能 であり 学 校 運 営 が 柔 軟 にできる(ケンブリッジのディプ ロマだけではなく モンゴルの 中 等 教 育 修 了 証 も 取 得 可 能 ) 点 を 評 価 し ケンブリッジカリキュラム を 全 国 的 に 導 入 することを 決 定 したものの 政 権 交 代 により 頓 挫 した 3 小 川 佳 万 アジアにおける 学 校 改 善 と 教 師 教 育 改 革 に 関 する 国 際 比 較 研 究 平 成 24 年 度 ~ 平 成 26 年 度 科 学 研 究 費 補 助 金 ( 基 盤 研 究 (B)) 2015 年 4 ケンブリッジ 国 際 検 定 ホームページ http://www.cie.org.uk 5 国 際 バカロレア 機 構 ホームページ http://www.ibo.org/ 6 カレッジボードホームページ https://www.collegeboard.org/ 17
への 留 学 に 向 けアドバンストプレイスメント(AP)を 導 入 していたり エリート 学 校 では 英 語 圏 の 大 学 への 留 学 に 向 け 国 際 バカロレアカリキュラム(IB) 認 定 校 として IB コースを 開 設 したり トルコ 学 校 で はトルコ 及 び 英 語 圏 の 大 学 への 留 学 に 向 けた 特 別 な 語 学 コースを 有 していたりと 多 岐 にわたる モンゴル 政 府 は 各 国 へのモンゴル 人 留 学 生 数 を 増 加 させるべく 尽 力 しており インド 政 府 ハンガ リー 政 府 ブルガリア 政 府 フランス 政 府 イタリア 政 府 等 と 政 府 奨 学 金 留 学 生 数 の 確 保 及 び 拡 大 に つき 協 議 し 合 意 に 至 っている モンゴル 政 府 は 12 年 制 学 制 への 移 行 により モンゴルの 大 学 の 質 向 上 のために 早 急 に 措 置 を 講 じなければならなくなったものの 国 際 スタンダードである 12 年 制 学 制 に 合 致 させることで 海 外 の 大 学 への 留 学 機 会 を 拡 大 し 海 外 にて 優 秀 な 人 材 を 育 成 することに 熱 心 であ ることが 伺 える モンゴルの 高 等 教 育 機 関 モンゴルの 高 等 教 育 は 1942 年 のモンゴル 国 立 大 学 の 設 立 に 始 まる それまでは 仏 教 院 以 外 に 正 式 な 教 育 機 関 が 存 在 しなかった モンゴル 国 立 大 学 の 設 立 から 徐 々に 研 究 所 等 の 高 等 教 育 機 関 が 設 立 されていき 1992 年 の 民 主 化 以 降 は 急 激 にその 数 が 増 えた 当 初 7 校 のみであった 高 等 教 育 機 関 は 1 年 のうちに 39 校 に 増 え 6 年 後 の 1998 年 には 104 校 に 到 達 2002-2003 年 度 にかけては 最 も 多 い 185 校 となったが 多 くの 私 立 大 学 において 教 育 の 質 が 問 題 となり 政 府 が 主 導 して 高 等 教 育 機 関 の 縮 小 統 合 が 実 施 され 2015-2016 年 度 の 時 点 では 100 の 高 等 教 育 機 関 ( 国 立 17 校 私 立 78 校 外 国 大 学 の 分 校 5 校 )が 存 在 している 7 モンゴルの 高 等 教 育 機 関 は 大 きく 分 けて 3 種 類 に 分 類 される 1 つは Их Сургууль(イフ ソルゴーリ: 総 合 大 学 ) 2 つめは Дээд Сургууль(デード ソルゴーリ: 専 門 大 学 ) 3 つめは Коллеж(コレッジ:カレッジ)である 総 合 大 学 では 幅 広 い 基 礎 応 用 研 究 が 行 われ ディプロマ 課 程 ( 学 士 課 程 3 年 目 で 授 与 されるもの) 学 士 課 程 修 士 課 程 博 士 課 程 を 開 設 可 能 であ る 専 門 大 学 では 専 門 的 な 分 野 の 研 究 が 行 われ ディプロマ 課 程 学 士 課 程 修 士 課 程 カレッジ では ディプロマ 課 程 学 士 課 程 のみ 開 設 可 能 である モンゴルの 大 学 入 学 者 選 抜 試 験 は 2006 年 度 より 大 学 毎 の 試 験 から 全 国 統 一 試 験 となった 希 望 す る 大 学 の 専 攻 課 程 によって 受 験 科 目 及 び 合 格 点 は 予 め 設 定 されている 学 生 は 10 科 目 (モンゴル 語 英 語 ロシア 語 現 代 社 会 モンゴル 史 地 理 化 学 物 理 生 物 数 学 )の 中 から 指 定 科 目 を 受 験 し 志 望 大 学 が 設 定 している 以 上 の 得 点 を 獲 得 することが 必 要 となっている 高 等 教 育 機 関 数 の 大 部 分 は 私 立 大 学 が 占 めているものの 全 学 生 の 6 割 は 国 立 の 高 等 教 育 機 関 で 学 んでいる 専 門 分 野 に 関 しては 経 済 やビジネス 分 野 が 学 生 の 人 気 が 高 い モンゴル 政 府 は 豊 富 な 鉱 7 モンゴル 教 育 文 化 科 学 省 ホームページ http://www.meds.gov.mn 18
物 資 源 を 生 かす 工 業 分 野 を 成 長 させるべく 工 学 系 の 学 生 を 増 やすことを 政 策 課 題 の 一 つとしている ものの 工 学 系 の 分 野 は 人 気 が 低 く 政 策 と 学 生 の 要 望 がマッチしていないのが 現 状 である モンゴルの 高 等 教 育 カリキュラム モンゴルの 高 等 教 育 の 目 的 は 政 府 の 教 育 政 策 に 合 致 した 教 育 基 本 原 則 国 際 社 会 における 学 問 を 市 民 に 提 供 する こととされており つまりモンゴルの 高 等 教 育 機 関 は 学 問 の 自 由 を 謳 った 研 究 機 関 というよりは 中 等 教 育 課 程 の 延 長 線 上 にある 教 育 機 関 といったほうが 適 切 である モンゴルには 研 究 機 関 は 別 に 存 在 しており 大 学 は 専 門 性 を 高 めるための 教 育 機 関 である モンゴルの 学 士 課 程 の 構 造 として 一 般 教 養 科 目 専 門 基 礎 科 目 専 門 科 目 がある 一 般 教 養 科 目 が 共 通 教 育 となっており 通 常 6 割 が 必 修 科 目 4 割 が 選 択 科 目 となっている 英 語 情 報 技 術 体 育 リスクマネジメント( 起 こり 得 るあらゆる 災 害 に 対 する 対 処 法 や 心 構 えについて 学 ぶ 科 目 講 義 形 式 の 授 業 )の 4 科 目 がほぼ 全 ての 大 学 で 行 われている 共 通 教 育 科 目 である 一 般 教 養 科 目 専 門 基 礎 科 目 専 門 科 目 についても 必 修 科 目 の 割 合 が 大 きい また どの 学 年 の どのセメスターに どの 科 目 を 履 修 するのかということが 細 かく 定 められており 学 生 の 裁 量 で 選 択 できるカリキュラムの 範 囲 がかなり 少 ないということが 窺 われる 8 また 教 員 養 成 課 程 9 は 多 くの 大 学 で 設 置 されているが モ ンゴルでは 教 員 免 許 は 開 放 制 教 員 養 成 制 度 10 ではなく 教 員 養 成 課 程 を 卒 業 しなければ 教 員 免 許 を 取 得 することは 不 可 能 である モンゴルの 高 等 教 育 の 未 来 モンゴルの 高 等 教 育 は 社 会 主 義 国 として 独 立 した 際 に 当 時 のソ 連 からの 支 援 及 び 指 導 を 受 けて 始 まったため 現 在 でも 国 際 援 助 機 関 及 び 他 国 からの 支 援 で 成 り 立 っている 要 素 が 強 く 政 府 主 導 で 行 われている 国 立 大 学 の 学 長 の 任 免 権 は 教 育 文 化 科 学 大 臣 にあり 大 学 の 学 長 には 研 究 者 ではな く 官 僚 が 任 命 される 場 合 もある 学 生 は 大 学 で 何 を 学 ぶべきか 教 授 は 何 を 研 究 することが 望 まれて いるか 大 学 はどのような 組 織 であるべきかについては 国 家 の 教 育 方 針 によって 決 定 される 面 が 大 きく このことは 政 府 主 導 の 高 等 教 育 の 証 左 である モンゴルでは 政 権 交 代 による 関 連 機 関 職 員 の 総 入 れ 替 え 等 の 事 例 があったりすることから 教 育 全 般 に 対 する 公 正 な 評 価 の 実 施 及 び 質 の 担 保 の 継 続 は 難 しい 本 年 の 総 選 挙 の 結 果 によっては 今 まで 蓄 積 してきた 初 等 中 等 課 程 における 教 育 カリキュラム 改 革 高 等 教 育 における 工 学 系 人 材 の 育 成 政 策 等 が 一 からやり 直 しになる 可 能 性 も 否 めない 8 モンゴル 国 立 大 学 経 済 学 部 カリキュラム 2012 9 モンゴル 国 立 教 育 大 学 モンゴル 研 究 学 部 カリキュラム 2011 10 教 育 学 部 など 教 員 の 養 成 を 主 な 目 的 とする 学 部 以 外 でも 教 職 課 程 を 追 加 的 に 履 修 し 所 定 の 単 位 を 取 得 すれば 教 員 免 許 状 を 取 得 できる 制 度 19
目 覚 ましい 経 済 発 展 を 遂 げたモンゴルが 他 国 からの 援 助 依 存 から 脱 出 するためにも 高 等 教 育 の 内 容 を 充 実 させ 専 門 的 人 材 を 育 成 し モンゴル 独 自 で 自 国 の 産 業 を 発 展 させるべく 取 り 組 むことが 急 がれる これは 海 外 留 学 によるモンゴルの 優 秀 な 人 材 の 流 出 を 防 ぐことにも 繋 がる 12 年 制 学 制 へ の 移 行 という 国 際 スタンダードへの 合 致 によって 海 外 への 大 学 の 留 学 機 会 を 拡 大 する 措 置 を 講 じな がら 国 内 大 学 の 質 を 向 上 させるという 2 つの 大 きな 課 題 に 取 り 組 まざるを 得 なくなったモンゴルの 今 後 の 動 向 が 注 目 される 20