特 集 消 化 管 幹 細 胞 腸 管 上 皮 幹 細 胞 研 究 の 新 展 開 Recent advancement in intestinal epithelial stem cell research 水 谷 知 裕 1) 中 村 哲 也 2) 油 井 史 郎 1) 渡 辺 守 1) Tomohiro Mizutani Tetsuya Nakamura Shiro Yui Mamoru Watanabe Key words 腸 管 上 皮, 組 織 幹 細 胞, 幹 細 胞 ニッチ, neutral competition モデル,パネート 細 胞 要 約 腸 管 上 皮 組 織 の 増 殖 分 化 は 構 造 的 に 明 瞭 なひとつの 単 位,すなわち 陰 窩 - 絨 毛 内 で 精 緻 に 調 節 され,これに は 陰 窩 底 部 の 上 皮 性 幹 細 胞 が 主 要 な 役 割 を 担 っている 近 年, 特 異 的 マーカーの 同 定 や 腸 管 上 皮 培 養 法 の 開 発 に より, 腸 管 上 皮 幹 細 胞 の 性 状 挙 動 とこれを 支 持 するニ ッチの 理 解 が 大 きく 進 んだ また, 多 色 標 識 リポーター システムを 用 いるリニエージトレーシングなどの 先 端 技 術 により, 各 々の 幹 細 胞 が 増 殖 し 陰 窩 を 再 生 する 過 程 の 詳 細 が 次 々と 明 らかにされつつある 本 稿 では 腸 管 上 皮 幹 細 胞 研 究 について, 特 に 最 新 の 知 見 に 焦 点 をあてて 解 説 を 加 えたい 殖 分 化 を 繰 り 返 しつつ 移 動 し, 終 末 分 化 を 経 たのち 絨 毛 部 先 端 より 管 腔 へと 排 出 される なおパネート 細 胞 は 陰 窩 底 部 にとどまり 比 較 的 長 期 生 存 する これら の 細 胞 増 殖 分 化 調 節 には,Wnt BMP Notch など 複 数 のシグナル 経 路 と,その 位 置 依 存 的 作 用 を 可 能 に する 幹 細 胞 ニッチが 重 要 である 例 えば Wnt シグナル は, 陰 窩 底 部 における 未 分 化 細 胞 の 増 殖 に 必 須 である とともに, 陰 窩 - 絨 毛 軸 に 沿 う 上 皮 細 胞 配 列 にも 重 要 な 働 きをもつ BMP シグナルは Wnt シグナルに 抑 制 性 に 働 くことで 幹 細 胞 の 自 己 複 製 を 抑 制 すると 考 えら れている また Notch シグナルは 未 分 化 な 上 皮 細 胞 が 分 泌 型 あるいは 非 分 泌 型 細 胞 への 分 化 決 定 を 行 なう 際 に 主 要 な 役 割 を 果 たすことが 知 られている はじめに 腸 管 上 皮 幹 細 胞 研 究 が 急 速 に 進 歩 しつつある 特 異 的 マーカーの 同 定 や 腸 管 上 皮 培 養 法 の 開 発 が 進 み, 腸 管 上 皮 幹 細 胞 の 性 状 挙 動 の 理 解 が 大 きく 進 んだ 本 稿 では 本 領 域 の 研 究 の 進 展 について, 最 新 の 知 見 にで きるだけ 焦 点 をあてて 解 説 を 加 えたい 1. 腸 管 上 皮 の 恒 常 性 維 持 機 構 腸 管 上 皮 の 恒 常 性 は, 未 分 化 細 胞 の 増 殖 と 4 種 の 細 胞 ( 吸 収 上 皮 内 分 泌 パネート 杯 細 胞 )への 分 化 が 厳 密 に 調 節 され 維 持 される 腸 管 上 皮 組 織 の 特 徴 は,この 増 殖 分 化 が 構 造 的 に 明 瞭 なひとつの 単 位,すなわち 陰 窩 - 絨 毛 内 で 調 節 されることにある ( 図 1) 陰 窩 底 部 の 幹 細 胞 を 由 来 とする 上 皮 細 胞 は 増 2. 腸 管 上 皮 幹 細 胞 マーカー 同 定 と 新 しい 培 養 技 術 による 研 究 の 進 展 これら 調 節 をうける 腸 管 上 皮 幹 細 胞 は, 長 い 間 陰 窩 底 部 に 存 在 するとされてきたものの,その 局 在 や 性 状 は 明 らかではなかった しかしながら 最 近,つ いに 腸 管 上 皮 幹 細 胞 が 明 瞭 に 同 定 された Clevers ら は,Wnt 標 的 遺 伝 子 群 を 網 羅 的 に 抽 出 し, 幹 細 胞 特 異 的 マーカーがこれに 含 まれるとの 仮 説 に 基 づき 局 在 を 解 析 した 1,2) その 結 果,luecine-rich orphan G- protein-coupled receptor をコードする Lgr5 遺 伝 子 が, 陰 窩 底 部 でパネート 細 胞 に 挟 まれ 存 在 する 細 胞 回 転 の 速 い 細 胞 (CBC 細 胞 )に 限 局 し 発 現 することを 見 い だし( 図 1),この Lgr5 陽 性 細 胞 が 多 分 化 能 と 長 期 自 己 複 製 能 を 有 する 真 の 幹 細 胞 であることをリニエージ トレーシング 法 で 明 瞭 に 示 した 3) これにより,これ 1) 東 京 医 科 歯 科 大 学 大 学 院 消 化 器 病 態 学 2) 同 消 化 管 先 端 治 療 学 Department of Gastroenterology and Hepatology,Tokyo Medical and Dental University 1) Department of Advanced Therapentics for GI Diseases,Tokyo Medical and Dental University 2) 113-8519 東 京 都 文 京 区 湯 島 1-5-45 TEL:03-5803-5877 4(286) 細 胞 43(8),2011
特集 消化管幹細胞 図 1 陰窩底部の腸管上皮幹細胞と培養腸管上皮幹細胞 生体内陰窩構造を左に示す 幹細胞に由来する細胞群は増殖 分化を経て移動し 終末分化を遂げる パ ネート細胞は陰窩底部で比較的長期生存する Wnt や BMP などの陰窩-絨毛軸に沿う位置依存性濃度勾配で 形成されるニッチが幹細胞維持に重要である 陰窩底部で上皮基底側に存在する筋線維芽細胞がニッチ構 成因子として機能する 培養小腸上皮構造を右に示す 外側に Lgr5 陽性幹細胞およびパネート細胞を含む 突出した構造をとる 培地が均一に作用し 筋線維芽細胞が存在しないにも関わらず陰窩類似の構造をと ることから 幹細胞に隣接するパネート細胞が幹細胞ニッチとして作用する可能性が示唆された まで実体が不明であった腸管上皮幹細胞の存在と局在 が明らかになり また非常に速い細胞周期で増殖を繰 り返す腸管上皮幹細胞の特徴が明らかとなった もう一つの大きな進歩は 幹細胞性を有したまま 3 最新の腸管上皮幹細胞研究 Lgr5 陽性腸管上皮幹細胞の in vivo における挙動に ついても新しい事実が明らかになりつつある Lgr5 陽性細胞を体外で維持可能な培養技術が開発さ Clevers らは Lgr5 遺伝子座に Cre リコンビナーゼをも れたことである マウスの小腸上皮を細胞外基質中 つマウスを 特殊な多色蛍光標識レポーターシステム 4 に 3 次元的に包埋し EGF Noggin R-Spondin1 によりリニエージトレーシングが可能となるマウス Wnt アゴニスト を含む培地で培養すると 単層の すなわち Confetti マウス と掛け合わせ ROSA 遺伝 上皮細胞が長期にわたり維持可能であることが示され 子座の組換えを誘導した この方法では 各 Lgr5 陽 た これら培養細胞は 中心に分化細胞を含む球状嚢 性幹細胞で 4 色の蛍光中いずれか 1 色が選択され こ 状部を その外側には先端に Lgr5 陽性幹細胞とパネ のクローン由来細胞はその単色発現を維持し続ける ート細胞を含む多数の突出部を有し 全体として絨 一方で Lgr5 遺伝子座の EGFP は その細胞が Lgr5 陽 毛-陰窩構造に似た特異な構造をとる 図 1 面白い 性 すなわち幹細胞性を維持する場合のみ発現を持続 ことに この培養構造は非上皮細胞を含まない した する これを用いると 各々の Lgr5 陽性細胞がその がってこの報告は 腸管上皮細胞の体外培養を初めて 直接の子孫細胞を増やす過程がわかると同時に その 可能にした点 Lgr5 陽性細胞が in vitro においても多 単一クローン細胞系列中に存在する Lgr5 陽性幹細胞 分化能と自己複製能を有することを示した点に加え 数も解析可能となる 短期的解析では 各々の Lgr5 上皮細胞単独であっても生体内と類似の幹細胞ニッチ 陽性細胞が近接する側方に同色の細胞を増やす過程 が構築可能であることを示した点でも重要である で 分裂で生じた娘細胞の両者とも Lgr5 陽性である 細 胞 43 8 2011 (287)5
特 集 消 化 管 幹 細 胞 腸 管 上 皮 幹 細 胞 ニッチ Intestinal stem cell niche 大 谷 顕 史 Akifumi Otani Key words 腸, 幹 細 胞, 幹 細 胞 ニッチ,Wnt 要 約 幹 細 胞 とは 自 己 複 製 能 と 多 分 化 能 を 併 せ 持 つ 細 胞 と 定 義 される 2007 年 にマウス 腸 管 上 皮 幹 細 胞 の 遺 伝 子 マーカーが 同 定 されて 以 降, 消 化 管 の 幹 細 胞 研 究 が 一 段 と 活 発 になってきた 腸 粘 膜 上 皮 は 最 も 細 胞 回 転 の 速 い 生 体 組 織 のひとつであり, 生 涯 を 通 じて 再 生 を 繰 り 返 している この 膨 大 な 数 の 腸 粘 膜 上 皮 を 供 給 して いるのが 腸 管 上 皮 幹 細 胞 であり,その 機 能 を 維 持 する ための 微 小 環 境 を 腸 管 上 皮 幹 細 胞 ニッチと 呼 ぶ これ は 生 体 内 において, 上 皮 細 胞, 間 質 細 胞,および 細 胞 外 基 質 から 構 成 されているが, 様 々な 因 子 を 介 するク ロストークによりその 機 能 を 相 互 に 制 御 しているもの と 考 えられている 特 に 腸 管 上 皮 幹 細 胞 の 増 殖 制 御 に 関 しては Wnt シグナルの 果 たす 役 割 が 大 きいことが 明 らかになっている はじめに 消 化 管 内 腔 は 恒 常 的 に 外 界 と 接 し, 消 化 吸 収 と いう 生 命 維 持 に 必 須 な 役 割 を 有 すると 同 時 に, 様 々 な 刺 激 に 対 するバリア 機 能 を 併 せ 持 つ 腸 粘 膜 表 面 は 内 胚 葉 由 来 の 単 層 円 柱 上 皮 シートに 覆 われている が,ここでは 複 数 種 類 の 分 化 した 細 胞 が 混 在 しつつ 整 然 とその 構 造 を 保 っており,それぞれの 役 割 を 果 たしている 上 皮 下 の 組 織,つまり 粘 膜 固 有 層 には 線 維 芽 細 胞 をはじめとする 中 胚 葉 由 来 の 間 質 細 胞 が 多 数 存 在 しており,これらの 細 胞 間 クロストークに より 消 化 管 粘 膜 の 恒 常 性 が 維 持 されている 腸 管 上 皮 幹 細 胞 (Intestinal Stem Cells: ISC)は, 増 殖 能 の 高 いTA 細 胞 ( Transit amplifying cells)を 絶 え 間 なく 供 給 することで, 細 胞 回 転 が3 5 日 ときわめて 速 い 腸 管 粘 膜 上 皮 の 再 生 を 担 っている 幹 細 胞 (stem cell)は 自 己 複 製 能 と 多 分 化 能 を 有 する 細 胞 と 定 義 されるが,この 幹 細 胞 特 有 の 機 能 を 保 持 するために 必 要 な 微 小 環 境 のことを 幹 細 胞 ニッチ( niche)と 呼 ぶ 本 稿 では ISCニッチについて 概 説 し, 筆 者 の 開 発 したISC 培 養 システムについても 紹 介 したい 1. 腸 管 上 皮 幹 細 胞 (Intestinal stem cell; ISC) 腸 粘 膜 上 皮 は 最 も 細 胞 回 転 の 速 い 生 体 組 織 のひと つであり, 生 涯 を 通 じて 再 生 を 繰 り 返 している そ のため 古 くから 成 体 幹 細 胞 研 究 の 対 象 とされてきた が,ISC 特 異 マーカーが 不 明 なため, 他 臓 器 と 比 べ ると 研 究 の 遅 れが 否 めなかった 近 年, 遺 伝 子 改 変 マウスを 用 いた 遺 伝 学 的 な 細 胞 系 譜 の 追 跡 (genetic lineage tracing)により,ようやくマウス ISC のマー カーが 同 定 された 1,2) 詳 細 は 本 誌 他 稿 に 譲 るが, いずれの 論 文 も 自 己 複 製 能 と 多 分 化 能 という 幹 細 胞 の 特 徴 を 見 事 に 示 しており, 放 射 性 同 位 元 素 標 識 を 用 いた 従 来 の 研 究 同 様 に, 腸 陰 窩 に ISCが 存 在 する 事 が 明 らかになった ISCから 分 裂, 供 給 された TA 細 胞 は, 内 腔 側 へと 移 動 しながら 分 泌 系 細 胞 ( 杯 細 胞, 内 分 泌 細 胞,パネート 細 胞 )および 吸 収 上 皮 細 AGIH 秋 本 病 院 消 化 器 内 視 鏡 センター 佐 賀 大 学 医 学 部 内 科 ( 消 化 器 ) Endoscopy Center, AGIH Akimoto Hospital 814-0012 福 岡 県 福 岡 市 中 央 区 警 固 1-8-3 TEL:092-771-6361 8(290) 細 胞 43(8),2011
特集 消化管幹細胞 図1 Wnt シグナルによる腸管上皮幹細胞の増殖制御 胞へと分化する 分化した細胞は粘膜表面でアポト 毛側では BMP や TGF β Hh シグナルが活性化し ーシスを生じ 押し出される形で消化管内腔へ剥離 ていることが分かっている 3 著者らはアデノウイ していく なお小腸陰窩底部に存在するパネート細 ルスを用いて Wnt inhibitor Dickkopf-1 Dkk1 ある 胞は 正常の大腸粘膜には存在しない いは Wnt agonist R-spondin1 RSpo1 を血清中に強 発現させた成体マウス ISC の動態を観察し 図 1 Wnt シグナルを阻害すると陰窩上皮が消失し 逆に 2 腸管上皮幹細胞ニッチ ISC ニッチ 幹細胞は幹細胞ニッチと呼ばれる微小環境に存 Wnt シグナルを促進すると陰窩の過形成を来すと ともに ISC が増殖することを示し Wnt シグナルに よる ISC と TA 細胞の増殖制御を明らかにした 5 6 在し これは生体内において 上皮細胞 間質細 最近 小腸陰窩に存在するパネート細胞が Wnt 胞 および細胞外基質から構成されている 幹細 の産生を介して ISC にニッチを提供しているとの 胞ニッチでは 幹細胞の機能 つまり自己複製能 興味深い報告がなされている7 このように ISC の と 多 分 化 能 が 保 持 さ れ て い る が こ れ は Wnt や 増殖制御には Wnt シグナル経路が決定的な役割を BMP Notch シグナルを含め様々な因子により制御 有していると考えられているが ISC ニッチにおけ されていることが分かってきた 造血幹細胞では る細胞間クロストーク 特に間葉系細胞の役割に 一部の骨芽細胞や血管内皮細胞がそのニッチ細胞 ついては不明な点が多い 特に間葉系細胞は上皮 として報告されており これらが産生するサイト 細胞と異なり その同定および機能解析が困難な カインや接着分子 細胞外基質を介して 相互に ことから 今後の研究の発展が期待される 3 様々な制御を行っているものと考えられている ISC ニッチでは 腸陰窩底部に存在する筋線維芽 細胞 pericryptal myofibroblast; PM が重要な役割 を有するものと考えられてきた 4 実際に PM は 3 ISC 培養システム 様々な因子を産生する事が分かっており 組織の 成体幹細胞の研究にはその同定と培養法の確立が 恒常性を維持する上において必要不可欠な構成成 必須であり 造血系や神経系では臨床応用へと研究 分の一つである 腸粘膜において ISC ニッチの存 が進んでいるが 消化管領域は大きく遅れを取って 在する陰窩では Wnt 分化した細胞の存在する絨 いた 著者らは従来困難とされてきた ISC 培養法を 細 胞 43 8 2011 (291)9
特 集 消 化 管 幹 細 胞 胃 大 腸 癌 幹 細 胞 の 最 新 知 見 Gastric and colorectal cancer stem cells: current status and future prospects. 高 石 繁 生 Shigeo Takaishi Key words 胃 癌 大 腸 癌 幹 細 胞, 細 胞 表 面 マーカー, 球 状 コロニーアッセイ, 免 疫 不 全 マウス 要 約 癌 幹 細 胞 はヒト 急 性 骨 髄 性 白 血 病 において 初 めて 報 告 されたが,その 後 乳 癌 や 脳 腫 瘍 などの 固 形 腫 瘍 にお いても 存 在 することが 判 明 した 最 近 では 胃 癌 大 腸 癌 肝 臓 癌 膵 臓 癌 などの 消 化 器 系 の 癌 でも, 具 体 的 なマーカーを 明 示 した 報 告 が 相 次 いでおり, 日 本 人 研 究 者 の 貢 献 も 大 きい 本 稿 では 胃 癌 および 大 腸 癌 幹 細 胞 に 関 してこれまでの 研 究 結 果 を 紹 介 し, 今 後 の 臨 床 応 用 を 踏 まえた 研 究 の 展 望 に 関 して 概 説 する はじめに 癌 幹 細 胞 (cancer stem cells)とは, 正 常 な 組 織 の 幹 細 胞 と 同 じように, 自 己 複 製 能 を 保 持 した 癌 細 胞 で, 癌 組 織 を 生 み 出 すもととなる 細 胞 である それ 故, 癌 始 原 細 胞 (cancer initiating cells)と 呼 ばれる こともある その 概 念 は 歴 史 的 には 19 世 紀 に 提 唱 されていたようだが, 長 らくその 実 体 は 不 明 であっ た 1) その 存 在 を 具 体 的 な 分 子 マーカーと 共 に 初 め て 証 明 したのは,カナダ トロント 大 学 の John E. Dick らのグループである 彼 らは,ヒト 急 性 骨 髄 性 白 血 病 (AML) 細 胞 を 免 疫 不 全 マウスに 移 植 して 白 血 病 を 発 生 さ せ る こ と が で き る の は, CD34+CD38-の 分 画 に 存 在 する 細 胞 だけであること を, 細 胞 表 面 マーカーの 解 析 により 証 明 した 2) この 結 果 が 現 代 的 な 癌 幹 細 胞 研 究 の 始 まりである が, 当 時 は 一 部 の 血 液 腫 瘍 の 研 究 者 の 関 心 を 引 くの みであった 白 血 病 幹 細 胞 についての 第 1 報 から 遅 れること 9 年,ようやく 固 形 腫 瘍 における 癌 幹 細 胞 の 存 在 が 報 告 された まずミシガン 大 学 の Michael Clarke( 現 在 はスタンフォード 大 学 )らのグループ が, 乳 癌 幹 細 胞 が CD44 陽 性 CD24 陰 性 (または 低 発 現 )の 分 画 に 存 在 することを 報 告 し 3), 時 を 同 じ くしてトロント 大 学 の Peter Dirksらが, 脳 腫 瘍 にお いてCD133 陽 性 の 分 画 に 癌 幹 細 胞 が 存 在 することを 報 告 した 4) この2つの 研 究 が 契 機 となって, 一 般 の 癌 研 究 者 の 間 に 癌 幹 細 胞 に 対 する 認 識 が 広 ま り,その 研 究 が 拡 大 展 開 していくこととなった 現 時 点 で( 本 稿 執 筆 時 の 2011 年 05 月 現 在 ), 新 鮮 手 術 標 本 を 用 いて 癌 幹 細 胞 の 存 在 が 報 告 されている 固 形 腫 瘍 の 臓 器 とその 特 異 的 マーカーを 表 に 示 す この 表 に 示 されたとおり, 臓 器 によって 報 告 されて いるマーカーのパターンが 異 なる 特 に, 大 腸 癌 や 膵 臓 癌 など 同 じ 臓 器 で,CD44 陽 性 と CD133 陽 性 の 両 方 の 報 告 が 混 在 しており, 現 時 点 においても 確 定 していない その 理 由 が, 癌 組 織 の 種 類 の 違 いなの か,あるいは 実 験 手 法, 例 えば 使 用 する 免 疫 不 全 マ ウスの 種 類 や 抗 体 などの 試 薬 の 違 いなのかは 今 も 不 明 であり, 今 後 の 研 究 の 進 展 が 待 たれる 1. 大 腸 癌 幹 細 胞 の 同 定 と 細 胞 表 面 マーカーの 解 析 消 化 器 癌 の 中 で 癌 幹 細 胞 が 初 めて 報 告 されたの は, 大 腸 癌 に 関 してである カナダ トロント 大 学 の Dick らのグループと, 九 州 大 学 先 端 医 療 イノベーションセンター Center for Advanced Medical Innovation, Kyushu University 812-8582 福 岡 県 福 岡 市 東 区 馬 出 3-1-1 TEL: 092-642-5228 12(294) 細 胞 43(8),2011