金 融 危 機 調 査 委 員 会 共 和 党 委 員 による 報 告 書 の 公 表 金 融 危 機 の 教 訓 と 今 後 の 金 融 規 制 の 方 向 性 神 山 哲 也 要 約 1. 米 国 金 融 危 機 調 査 委 員 会 (FCIC)の 共 和 党 委 員 は 2010 年 12 月 金 融 危 機 の 要 因 に 関 する 報 告 書 を 公 表 した 本 報 告 書 は FCIC の 公 式 見 解 を 示 すものではないが 共 和 党 の 金 融 規 制 に 対 するスタンスを 垣 間 見 ることのできるものとして 注 目 される 2. 本 報 告 書 から 読 み 取 れるのは 第 一 に GSE( 政 府 後 援 企 業 )に 対 する 共 和 党 の 厳 しい 見 方 である GSE を 国 民 の 税 金 で 支 えられた 巨 大 なヘッジファンド と 断 じるなど GSE 批 判 が 本 報 告 書 の 中 核 となっている 3. 第 二 に 金 融 ビジネスに 対 する 共 和 党 の 肯 定 的 な 見 方 である FCIC の 公 式 な 報 告 書 作 成 に 際 して 民 主 党 委 員 が 金 融 業 界 に 批 判 的 な 用 語 を 用 いようとしたことに 共 和 党 委 員 は 反 対 したとされている 4. 2011 年 1 月 には FCIC の 公 式 な 報 告 書 民 主 党 の GSE 改 革 案 が 発 表 される 予 定 であ り そこで 示 される 金 融 危 機 の 要 因 GSE 改 革 の 方 向 性 が 注 目 される Ⅰ. 共 和 党 委 員 による 報 告 書 の 公 表 2010 年 12 月 金 融 危 機 調 査 委 員 会 (Financial Crisis Inquiry Commission FCIC)の 共 和 党 委 員 4 名 より 金 融 危 機 の 原 因 に 関 する 報 告 書 金 融 危 機 教 本 : 金 融 危 機 の 要 因 に 関 す る 質 疑 応 答 (Financial Crisis Primer Questions and Answers on the Causes of the Financial Crisis) が 公 表 された 1 FCIC は 2009 年 詐 欺 対 策 回 復 法 (Fraud Enforcement and Recovery Act of 2009)に 基 づき 連 邦 議 会 直 属 の 委 員 会 として 設 立 され 2 米 国 における 昨 今 の 金 融 危 機 の 要 因 を 検 証 することを 目 的 とする 委 員 は 民 主 党 委 員 6 名 共 和 党 委 員 4 名 の 10 1 http://keithhennessey.com/wp-content/uploads/2010/12/financial-crisis-primer.pdf 2 FCIC を 1929 年 の 株 価 大 暴 落 の 原 因 究 明 を 目 的 としたペコラ 委 員 会 に 準 える 向 きもある ペコラ 委 員 会 は 元 検 事 のフェルディナンド ペコラ 氏 が 最 高 顧 問 として 主 導 した 上 院 銀 行 委 員 会 の 小 委 員 会 の 通 称 である 多 数 の 聴 聞 会 を 実 施 し 証 券 諸 法 の 制 定 証 券 取 引 委 員 会 (SEC)の 設 立 に 繋 がったと 評 価 されている 1
名 からなり 委 員 長 は 民 主 党 のフィリップ アンジェリーデス 氏 ( 元 カリフォルニア 州 出 納 長 ) 副 委 員 長 は 共 和 党 のウィリアム トーマス 氏 ( 元 下 院 議 員 (カリフォルニア 州 選 出 )) が 務 める FCIC は 2009 年 9 月 の 初 会 合 以 来 700 人 以 上 の 専 門 家 の 意 見 を 聞 き 数 千 の 文 書 を 検 証 し 19 日 間 の 公 聴 会 を 開 催 している 2009 年 詐 欺 対 策 回 復 法 において FCIC は 2010 年 12 月 15 日 に 金 融 危 機 の 要 因 に 関 する 報 告 書 を 大 統 領 および 議 会 に 提 出 し その 60 日 後 に 解 散 することとされていたが 調 査 文 書 化 を 適 切 に 完 了 させる ことを 目 的 に 報 告 書 の 提 出 を 2011 年 1 月 に 延 期 す ることが 本 委 員 会 の 多 数 決 で 可 決 発 表 された これに 対 して 共 和 党 委 員 は 報 告 書 の 準 備 に 1 年 の 時 間 があったこと 本 のように 分 厚 い 報 告 書 を 作 成 しようとしているなどと 反 発 し 共 和 党 委 員 による 報 告 書 の 発 表 に 至 った そのため 今 回 の 報 告 書 はあくまでも FCIC の 共 和 党 委 員 の 見 解 を 示 すものであり FCIC の 公 式 見 解 を 示 すものではない しかし 2010 年 11 月 の 中 間 選 挙 で 共 和 党 が 下 院 で 過 半 数 を 占 めるようになり その 影 響 力 が 強 まる 中 で 金 融 危 機 を 受 けた 共 和 党 の 金 融 規 制 更 には 金 融 ビジネス 全 般 に 対 するスタンスを 垣 間 見 ることのできるものとして 本 報 告 書 は 注 目 に 値 する Ⅱ. 報 告 書 の 内 容 FCIC の 共 和 党 委 員 による 報 告 書 は 表 題 に 質 疑 応 答 とある 通 り 金 融 危 機 に 関 する 六 つの 素 朴 な 質 問 と それへの 回 答 からなる 以 下 その 内 容 を 紹 介 する 1. 何 故 住 宅 バブルが 生 じたか バブルの 発 生 は 不 可 避 であり それが 膨 張 している 過 程 では 認 識 できない しかし 後 か ら 振 り 返 ると 住 宅 バブルが 生 じた 要 因 の 一 つとして モーゲージ 証 券 への 投 資 に 裏 付 け られた 住 宅 ローンの 供 給 が 拡 大 しすぎたことが 挙 げられる 政 府 は 社 会 政 策 と 投 資 政 策 の 二 つを 追 求 する 中 で 三 つの 経 路 でモーゲージ 証 券 への 投 資 を 奨 励 していた 即 ち 1 規 制 上 の 自 己 資 本 比 率 の 算 定 においてモーゲージ 証 券 の 掛 け 目 が 低 く 設 定 されていたことや 2 規 制 や 道 義 的 説 得 により 政 府 が 民 間 市 場 に 対 し 信 用 力 の 低 い 貸 し 手 にも 貸 し 出 すよ う 促 したことに 加 え 何 よりも 重 要 なこととして3バブルの 膨 張 時 にモーゲージ 市 場 で 最 大 の 投 資 家 であったファニーメイとフレディマックが 政 府 の 住 宅 政 策 の 道 具 として 利 用 さ れたこと である 2. 融 資 基 準 の 低 下 に 米 政 府 はどのように 寄 与 したか 暗 黙 の 政 府 保 証 を 維 持 してきた GSE( 政 府 後 援 企 業 )を 通 じてモーゲージ 市 場 を 支 える ことは 90~00 年 代 に 掲 げられた 持 家 促 進 策 の 実 現 に 向 けて 政 治 的 に 都 合 の 良 い 手 段 だっ た しかし それは 無 から 有 を 生 み 出 すようなものであり 結 果 として 政 府 は モーゲー ジのみに 投 資 する 国 民 の 税 金 で 支 えられた 巨 大 なヘッジファンドを 二 つ 生 み 出 してしま った 政 府 の 持 家 促 進 策 が GSE のキャパシティを 超 える 中 で GSE が 低 所 得 者 層 への 住 2
宅 供 給 を 支 えると 同 時 に 公 開 企 業 として 株 主 への 責 任 を 果 たすためには より 低 品 質 で 高 リスクなモーゲージへの 投 資 を 増 やすしかなかった GSE は 二 つの 経 路 でこうしたリス クの 高 いモーゲージに 投 資 していた 一 つは モーゲージ プールへの 保 証 の 付 与 (エー ジェンシーMBS の 組 成 )であり 持 家 促 進 策 の 進 展 に 伴 い GSE が 保 証 するローンはより リスクの 高 いものとなっていった もう 一 つは サブプライムやオルト A のローンを 組 み 入 れた MBS への 自 己 勘 定 投 資 であり これは 低 金 利 の 環 境 下 では 純 然 たる 金 利 アービ トラージ 取 引 とも 言 えるものであった 3. 重 要 な 金 融 機 関 はどのようにして 住 宅 ローン 市 場 との 関 わりを 強 めていったか 金 融 機 関 は 証 券 化 の 手 法 を 通 じて 全 国 に 住 宅 ローンを 行 き 渡 らせるために 不 可 欠 な 資 金 仲 介 機 能 を 担 っていた 住 宅 市 場 の 下 落 は 自 らモーゲージのリスクを 負 っていた GSE や 保 険 会 社 を 直 撃 したが 借 り 手 と 投 資 家 との 間 で 信 用 の 橋 渡 しをしていた 重 要 な 金 融 機 関 も 図 らずして 住 宅 市 場 下 落 のリスクに 晒 されていた 即 ち 住 宅 市 場 の 下 落 は 1パ イプライン リスク 2スーパー シニア リスク 3レピュテーショナル リスク 3 を 通 して 流 動 性 リスクを 顕 在 化 させ ソルベンシーの 問 題 へ 発 展 していった また 格 付 機 関 も デフォルトの 相 関 を 見 誤 り 多 くの 金 融 機 関 で 多 額 の 損 失 を 生 ぜしめることになる CDO を 購 入 する 素 地 を 作 ることとなった 4. 住 宅 ローン 関 連 の 損 失 がどのように 重 要 な 金 融 機 関 の 破 綻 に 繋 がったか 小 規 模 なサブプライム ローン 市 場 の 問 題 が 巨 大 金 融 機 関 の 破 綻 や 金 融 パニックを 招 来 した 理 由 は レバレッジと 満 期 ミスマッチにある MBS や CDO が 安 全 で 流 動 性 の 高 いも のだと 思 われていたため 金 融 機 関 はその 損 失 に 対 してわずかな 資 本 しか 持 たず また 短 期 債 務 で 資 金 調 達 していた レバレッジと 満 期 変 換 は 銀 行 が 日 常 的 に 行 っていることで もあるが 同 時 に 危 うさも 孕 むものであるため 一 定 の 流 動 性 を 確 保 しておく 必 要 がある 銀 行 の 場 合 FRB からの 借 り 入 れに 頼 ることができ 預 金 は FDIC の 保 証 対 象 となってい る しかし 銀 行 以 外 の 金 融 機 関 は こうした 政 府 の 支 援 なしに 投 資 家 から 短 期 債 務 で 資 金 調 達 するため 一 旦 投 資 家 の 信 用 を 失 うと 資 金 の 流 出 が 止 まらなくなる こうした 資 金 の 流 出 は 伝 染 するものであり 2008 年 の 秋 に 見 られたように 同 様 のビジネス モデルを 採 っていたり 資 産 を 保 有 したりする 機 関 も 対 象 となってしまう 3 パイプライン リスクは 金 融 機 関 が MBS 組 成 時 に 自 ら 組 み 入 れ 資 産 を 保 有 し 市 場 下 落 により 当 該 資 産 を 売 却 できなくなるリスク スーパー シニア リスクは リターンが 低 い MBS の 最 高 位 トランチを 投 資 家 が 付 かないため 金 融 機 関 が 保 有 したり 買 戻 し 条 項 を 付 けて 投 資 家 に 売 却 するなど 金 融 機 関 自 らがリスクを 一 部 保 有 したものの 危 機 時 において その 複 雑 性 ゆえに 売 却 できなくなるリスク レピュテーショナル リ スクは 多 くの 金 融 機 関 がオフバランス ビークルでモーゲージ 投 資 を 提 供 しており 本 来 はその 損 失 に 対 し て 金 融 機 関 は 責 任 を 負 わないところ いざという 時 に 金 融 機 関 が 当 該 ビークルを 支 援 しないと 金 融 機 関 本 体 の 健 全 性 に 疑 念 が 生 じるリスク 3
5. 混 乱 はどのように 始 まり どのように 終 わったか モーゲージへのエクスポージャーが 高 く 流 動 性 リスクが 差 し 迫 っていると 市 場 がみな した 金 融 機 関 からの 資 金 流 出 は 市 場 全 体 のパニックへと 繋 がった 特 にリーマンの 破 綻 は 前 例 と 異 なり 政 府 が 債 権 者 の 損 失 を 容 認 したため 大 手 金 融 機 関 に 対 する 債 権 を 保 有 することが 投 資 家 にとってリスクの 高 いものと 認 識 されるようになった これは 政 府 支 援 があれば 財 務 が 弱 っていても 貸 し 付 けるという too big to fail から 生 じるモラル ハザ ードの 問 題 である パニックが 収 束 したのは 信 頼 が 回 復 した 後 だった 金 融 システムの 自 動 安 定 化 装 置 が 作 動 し 金 融 機 関 の 破 綻 が 一 巡 し 資 産 価 値 も 下 がりきったと 市 場 参 加 者 が 認 識 したことに 加 え 政 府 も 重 要 な 役 割 を 果 たした 政 府 は TARP 4 法 案 の 通 過 や FRB による 多 様 な 担 保 資 産 の 受 け 入 れなど 本 来 は 健 全 な 金 融 機 関 からの 資 金 流 出 を 阻 止 する べく 動 いた そもそも 金 融 危 機 の 発 生 の 部 分 で 政 府 の 責 めに 帰 するところは 多 いが 危 機 時 の 指 導 者 による 迅 速 かつ 果 敢 な 決 定 は 賞 賛 に 値 しよう 6. 何 故 この 混 乱 は 経 済 をかくも 痛 めたのか 事 業 遂 行 のためにはクレジットへのアクセスが 不 可 避 である しかし 金 融 危 機 時 には 大 企 業 は 短 期 金 融 市 場 での 借 り 入 れが 中 小 企 業 は 銀 行 からの 借 り 入 れが 困 難 になった 信 用 収 縮 は 消 費 者 にも 影 響 した 学 生 ローンやクレジット カードの 証 券 化 市 場 は 凍 結 し モーゲージ 市 場 でも GSE が 唯 一 の 貸 し 手 となった また 資 産 価 値 の 下 落 で 消 費 者 は 支 出 を 抑 えるようになった 金 融 危 機 の 後 遺 症 として 住 宅 価 格 や 株 価 の 下 落 失 業 率 の 上 昇 政 府 債 務 の 膨 張 が 見 られるのは 過 去 の 金 融 危 機 でも 同 様 であり 今 回 は 別 (This time is different) というの は 極 めて 危 険 である 5 Ⅲ. 報 告 書 に 見 る 共 和 党 の 考 え 方 上 記 共 和 党 委 員 による 報 告 書 から 読 み 取 れる 共 和 党 の 金 融 規 制 に 対 するスタンスとして は 以 下 の 二 点 が 挙 げられよう 第 一 に GSE に 対 する 厳 しい 見 方 である 一 般 的 に 民 主 党 は GSE による 持 家 促 進 策 を 支 持 するとされるのに 対 して 共 和 党 は 政 府 公 的 機 関 の 役 割 拡 大 に 対 して 否 定 的 な 傾 向 がある 本 報 告 書 も 米 国 における 住 宅 ローンの 融 資 基 準 の 低 下 の 理 由 を GSE による 持 家 促 進 策 の 遂 行 に 求 め GSE を 国 民 の 税 金 で 支 えられた 巨 大 なヘッジファンド と 断 じる など GSE 批 判 が 中 核 になっている 共 和 党 からは 2010 年 6 月 ジェフ ヘンサーリン グ 下 院 議 員 から 下 院 金 融 サービス 委 員 会 に GSE 救 済 廃 止 および 納 税 者 保 護 法 (GSE 4 Troubled Asset Relief Program の 略 詳 細 については 関 雄 太 問 題 資 産 買 取 プログラム(TARP)の 実 効 性 を 巡 る 議 論 資 本 市 場 クォータリー 2008 年 秋 号 参 照 5 この 部 分 について 報 告 書 は Carmen M. Reinhert and Kenneth S. Rogoff (2009) The aftermath of financial crises American Economic Review: Papers & Proceedings 99 (2): 466-472 から 引 用 している 4
Bailout Elimination and Taxpayer Protection Act) 案 が 提 出 されており 複 数 の 支 持 者 が 党 内 から 出 ていた 同 法 案 では ファニーメイとフレディマックを 2 年 以 内 に 廃 止 すること あるいは 財 務 上 存 続 可 能 であるなら 完 全 な 民 間 企 業 とすることが 示 されている もっとも 共 和 党 の GSE 批 判 は 同 党 が 下 院 で 過 半 数 を 握 るに 至 り ややトーンダウンしている 米 国 住 宅 市 場 における GSE の 重 要 性 に 鑑 み より 穏 健 な 改 革 を 進 めるべきだという 姿 勢 に 変 わりつつあり 具 体 的 には GSE が 買 い 取 ることのできるローン 金 額 の 上 限 引 き 下 げなど が 指 摘 されている 6 GSE は 過 去 にも 共 和 党 と 民 主 党 の 政 治 的 対 立 の 焦 点 になってきた 経 緯 もあり 今 後 も 更 なる 紆 余 曲 折 が 予 想 される 第 二 に 金 融 ビジネスの 役 割 に 対 する 肯 定 的 な 見 方 である 例 えば 証 券 化 について 住 宅 ローンを 遍 く 行 き 渡 らせるために 不 可 欠 なものと 評 価 したり 当 時 は 危 機 を 招 いた 民 間 金 融 機 関 の 救 済 などの 批 判 を 受 けた TARP を 評 価 していることからそれが 窺 えよう また 委 員 会 による 公 式 な 報 告 書 の 発 表 が 遅 れることとなった 理 由 として 民 主 党 委 員 が 金 融 危 機 の 要 因 として 用 いようとしていた ウォール 街 規 制 緩 和 シャドー バンキング といった 単 語 について 共 和 党 委 員 が 不 正 確 だとして 拒 んだことが 指 摘 されている 7 この ように 相 対 的 に 共 和 党 は 金 融 業 界 に 対 して 肯 定 的 で 規 制 緩 和 にも 消 極 的 ではないと 考 えられる 2011 年 1 月 には FCIC の 公 式 な 報 告 書 民 主 党 の GSE 改 革 案 が 発 表 される 予 定 であり そこで 示 される 金 融 業 界 と 金 融 危 機 との 関 係 GSE 改 革 の 方 向 性 が 注 目 される 6 GOP Shifts on Fannie, Freddie Overhaul The Wall Street Journal, December 29, 2010 7 Wall Street Blame Rift May Blunt Impact of U.S. Crisis Panel Bloomberg, December 16, 2010 5