巻 頭 言 地 方 自 治 体 における 公 会 計 制 度 改 革 の 進 展 山 浦 久 司 ( 明 治 大 学 大 学 院 会 計 専 門 職 研 究 科 教 授 ) 1 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革 の 意 味 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革,すなわち 公 会 計 の 発 生 主 義 化 の 流 れは, 現 在, 事 実 上 の 最 終 局 面 を 迎 え ようとしている 総 務 省 は,2014( 平 成 26) 年 4 月, 今 後 の 新 地 方 公 会 計 の 推 進 に 関 する 研 究 会 報 告 書 ( 以 下, 2014 年 報 告 書 )を 公 表 した 今 後 の 新 地 方 公 会 計 の 推 進 に 関 する 研 究 会 は,それまでの 地 方 公 共 団 体 における 財 務 書 類 の 作 成 状 況 についてのヒアリングなどの 検 証 を 行 い,かつ 公 会 計 の 国 際 基 準 である 国 際 公 会 計 基 準 (IPSAS)も 踏 まえたうえで 新 しい 地 方 公 会 計 の 推 進 方 策 等 を 検 討 するために,2010 ( 平 成 22) 年 9 月 に 総 務 省 で 設 置 されたものである 2014 年 報 告 書 は, 今 後 の 新 地 方 公 会 計 に 関 する 基 本 的 な 考 え 方 や 統 一 的 な 基 準 を 示 すことの 重 要 性 を 明 らかにし,そのための 固 定 資 産 台 帳 の 整 備 ならびに 複 式 簿 記 の 導 入 の 必 要 性 を 示 した この 報 告 書 を 受 けて 総 務 大 臣 は 2014 年 5 月 に 今 後, 平 成 27 年 1 月 頃 までに 具 体 的 なマニュアルを 作 成 した 上 で, 原 則 として 平 成 27 年 度 から 平 成 29 年 度 までの 3 年 間 で 全 ての 地 方 公 共 団 体 において 統 一 的 な 基 準 による 財 務 書 類 等 を 作 成 するよう 要 請 する 予 定 である 旨 の 通 知 を 各 地 方 自 治 体 に 発 した 1) 現 在, 各 地 方 自 治 体 においては,この 通 知 に 沿 う 方 向 で 公 会 計 改 革 が 急 速 に 進 められているところである そもそも, 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革 の 目 的 は, 第 一 に, 地 方 分 権 化 を 進 めるにあたって 地 域 住 民 や 議 会 への 説 明 責 任 をより 良 く 果 たすために, 現 金 主 義 会 計 では 把 握 できない 資 産 や 負 債,さらには 見 えに くいコスト 情 報 ( 減 価 償 却 費 等 )を 企 業 会 計 方 式 の 複 式 簿 記 の 採 用 と 発 生 主 義 会 計 の 導 入 によって 把 握 し, これらを 開 示 しようとすることにある また, 複 式 簿 記 による 発 生 主 義 会 計 を 導 入 することで, 地 方 財 政 の 改 善 ならびに 行 政 の 効 率 化 を 果 たす ことに 役 立 つ すなわち, 財 務 書 類 の 作 成 過 程 で 整 備 される 固 定 資 産 台 帳 や 未 収 金 台 帳 や 地 方 債 台 帳 など 1948 年 福 岡 県 生 まれ 1976 年 一 橋 大 学 大 学 院 商 学 研 究 科 博 士 課 程 単 位 取 得 (1994 年 一 橋 大 学 博 士 ( 商 学 )) その 後, 千 葉 商 科 大 学 専 任 講 師, 同 助 教 授, 千 葉 大 学 法 経 学 部 助 教 授, 同 教 授 を 経 て,1997 年 より 明 治 大 学 経 営 学 部 教 授,2008 年 検 査 官 就 任,2013 年 会 計 検 査 院 長, 同 年 5 月 退 官, 同 年 9 月 より 明 治 大 学 会 計 専 門 職 研 究 科 教 授, 現 在 に 至 る この 間, 税 理 士 試 験 委 員, 公 認 会 計 士 試 験 委 員, 金 融 庁 企 業 会 計 審 議 会 監 査 部 会 長, 国 際 監 査 基 準 審 議 会 (IAASB) 政 府 オブザーバーなどを 歴 任 主 要 著 書 に, 英 国 株 式 会 社 会 計 制 度 論 ( 白 桃 書 房,1993 年,1993 年 度 日 本 会 計 研 究 学 会 太 田 賞 受 賞 ), 会 計 監 査 論 ( 中 央 経 済 社,1999 年, 日 本 公 認 会 計 士 協 会 学 術 賞 受 賞 )など, 多 数 1) 総 財 務 第 102 号 平 成 26 年 5 月 23 日 5-5 -
会 計 検 査 研 究 No.54(2016.9) の 管 理 簿 と 共 に 帳 簿 上 で 資 産 や 負 債 の 一 元 管 理 を 行 い, 財 政 再 建 計 画 を 立 てたり, 公 共 施 設 等 の 維 持 マネ ジメントや 更 新 計 画 を 立 てたり,さらには 予 算 編 成 に 役 立 てたりすることが 容 易 になる また, 現 金 支 出 を 伴 わないコストも 含 めたフルコスト 情 報 を 把 握 することにより, 行 政 事 業 のコスト 管 理 に 役 立 てたり, 事 業 別 施 設 別 のセグメント 分 析 などによる 個 別 の 採 算 管 理 や 事 業 ポートフォリオの 効 率 化 につなげたり することもできる さらに, 地 方 債 の 発 行 にあたり, 投 資 家 への IR 情 報 としても 活 用 できるし, 整 備 され た 固 定 資 産 台 帳 をもとに, 民 間 企 業 との PPP / PFI の 共 同 事 業 を 進 めやすくなる 2) このような 利 点 が 評 価 されて, 地 方 自 治 体 の 公 会 計 改 革 が 進 められてきたのであるが, 目 を 世 界 に 転 じ てみると, 国 家 政 府 レベルでの 公 会 計 制 度 の 発 生 主 義 化 の 流 れも 顕 著 である 3) また,その 背 景 となる 考 え 方 や 事 情 も,わが 国 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革 の 動 きとも 相 通 じるものがみてとれる 2 公 会 計 制 度 改 革 の 展 開 ここで,わが 国 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革 の 展 開 を 概 観 すると, 前 史 的 には,1990 年 代 にいくつかの 地 方 自 治 体 で 企 業 会 計 方 式 のバランスシートの 作 成 事 例 がある 4) が, 国 の 政 策 事 項 として 採 りあげられる ようになってからの 動 きは 次 の 3 つの 段 階 に 分 けられよう (1) 第 一 段 階 : 総 務 省 方 式 の 提 示 小 渕 恵 三 首 相 直 属 の 諮 問 機 関 であった 経 済 戦 略 会 議 ( 議 長 : 樋 口 廣 太 郎 )が 平 成 11(1999) 年 2 月 に 最 終 報 告 書 を 提 出 し, 効 率 的 で 透 明 性 のある 行 政 を 推 進 する 一 環 として, 国 ならびに 地 方 自 治 体 への 企 業 会 計 方 式 の 導 入 が 謳 われた これを 受 けて, 総 務 省 ( 当 時, 自 治 省 )は, 地 方 自 治 体 に 企 業 会 計 方 式 の 財 務 諸 表 を 作 成 して 公 表 する 方 向 へと 向 かわせる 決 定 をし, 平 成 11 年 6 月 に 地 方 公 共 団 体 の 総 合 的 な 財 政 分 析 に 関 する 調 査 研 究 会 ( 座 長 : 今 井 勝 人 )を 設 置 したのである 同 研 究 会 は, 最 初 の 報 告 書 ( 平 成 12 年 3 月 )で 普 通 会 計 バランスシート 作 成 モデルを 提 示 し, 翌 平 成 13 年 3 月 の 報 告 書 では 行 政 コスト 計 算 書 と 各 地 方 公 共 団 体 全 体 のバランスシート( 当 該 地 方 公 共 団 体 の 普 通 会 計 と 普 通 会 計 以 外 の 会 計 ( 公 営 事 業 会 計 等 )のバランスシートを 連 結 ( 結 合, 純 計 または 並 記 )した ものをいう)の 作 成 モデルを 提 示 した 以 上 の 作 成 モデルを 総 務 省 方 式 という この 方 式 では, 固 定 資 産 評 価 に 固 定 資 産 台 帳 を 作 らずとも 決 算 統 計 の 普 通 建 設 事 業 費 の 額 を 累 計 するこ とにより 算 定 ( 取 得 原 価 主 義 )するなど, 作 成 の 便 宜 性 を 重 視 したために, 普 通 会 計 バランスシートと 行 政 コスト 計 算 書 については, 平 成 18(2006) 年 3 月 までに 都 道 府 県 と 政 令 市 で,ほぼ 100%の 作 成 率 とな るまでに 広 がった さらに 総 務 省 は 地 方 公 共 団 体 の 連 結 バランスシート( 試 案 ) ( 平 成 17 年 9 月 )による 公 社 第 3 セク 2) これらの 点 の 具 体 的 な 活 用 事 例 については, 総 務 省 統 一 的 な 基 準 による 地 方 公 会 計 マニュアル ならびに 財 務 書 類 等 活 用 の 手 引 き ( 平 成 27 年 1 月 )を 参 照 3) たとえば,PWC あらた 監 査 法 人, 新 時 代 を 迎 える 政 府 会 計 財 務 報 告 (2015 年 7 月,13 頁 )によれば,OECD( 経 済 協 力 開 発 機 構 ) 加 盟 国 (34 か 国 )のうち 73%(25 か 国 )が 政 府 公 会 計 で 発 生 主 義 会 計 を 採 用 し,OECD 非 加 盟 国 でも 現 金 主 義 会 計 からの 転 換 が 顕 著 にみられると いう 4) わが 国 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革 の 初 期 的 展 開 に 関 しては, 茅 根 聡 著 地 方 自 治 体 会 計 の 現 状 と 改 善 への 試 み ストック 会 計 の 導 入 を 中 心 として, 会 計 検 査 研 究 第 4 号 (1991 年 9 月 ), 東 京 都 公 会 計 管 理 局, 公 会 計 白 書 ( 平 成 22(2010) 年 11 月 ),8-13 頁, 石 原 俊 彦 地 方 自 治 体 の 事 業 評 価 と 発 生 主 義 会 計 行 政 評 価 の 新 潮 流 ( 中 央 経 済 社, 平 成 11(1999) 年 ),184-192 頁, 大 塚 成 男 地 方 公 共 団 体 における 会 計 改 革 の 現 状 と 課 題, 経 営 学 論 集 ( 龍 谷 大 学, 第 45 巻 3 号,2005 年 12 月 ),130-132 頁 に 詳 しい 6-6 -
地 方 自 治 体 における 公 会 計 制 度 改 革 の 進 展 ター 等 を 含 めた 連 結 バランスシートの 作 成 モデルも 提 示 し, 全 都 道 府 県 と 政 令 市 に 作 成 を 要 求 し, 各 自 治 体 共 に 作 成 し, 公 表 した (2) 第 二 段 階 : 基 準 モデルと 総 務 省 方 式 改 訂 モデルの 提 示 上 記, 第 一 段 階 での 総 務 省 の 取 組 みは 一 定 の 成 果 を 挙 げたが,あくまでも 試 行 的 で, 作 成 基 準 も 明 確 で なく, 地 方 自 治 体 間 の 比 較 可 能 性 も 十 分 とはいえなかった さらに, 国 も 財 務 書 類 の 作 成 と 公 表 を 始 めた ところであり, 国 の 作 成 基 準 との 整 合 性 も 求 められるようになった 5) この 中 で, 総 務 省 は, 当 時 の 内 閣 府 経 済 財 政 諮 問 会 議 の 重 要 課 題 として 採 りあげられた 地 方 行 政 改 革 の 議 論 の 動 向 も 踏 まえながら, 新 地 方 公 会 計 制 度 研 究 会 ( 座 長 : 跡 田 直 澄 )を 設 置 し, 地 方 公 会 計 のより 一 層 の 改 革 を 目 指 した そして, 平 成 18(2006) 年 5 月 に 同 研 究 会 報 告 書 ( 以 下, 2006 年 報 告 書 )を 公 表 した そこでは, 新 たな 公 会 計 制 度 整 備 の 具 体 的 な 目 的 として,1 資 産 債 務 管 理,2 費 用 管 理,3 財 務 情 報 のわかりやすい 開 示,4 政 策 評 価 予 算 編 成 決 算 分 析 との 関 係 付 け,5 地 方 議 会 における 予 算 決 算 審 議 での 利 用 の 5 つをあげている そのうえで, 発 生 主 義 を 活 用 した 基 準 設 定 とともに, 複 式 簿 記 の 考 え 方 の 導 入 を 図 ること, 地 方 公 共 団 体 単 体 と 関 連 団 体 等 も 含 む 連 結 ベースでの 基 準 モデルを 設 定 すること, 貸 借 対 照 表, 行 政 コスト 計 算 書, 資 金 収 支 計 算 書, 純 資 産 変 動 計 算 書 の 4 つからなる 財 務 書 類 (いわゆる 財 務 4 表 )の 整 備 を 標 準 形 とすることを 提 示 しているが, 従 来 の 総 務 省 方 式 の 改 訂 にも 配 慮 したモデル( 総 務 省 方 式 改 訂 モデル 6) )も 併 せて 容 認 することを 基 本 的 な 考 え 方 として 示 したのである そして,この 新 たな 制 度 を 運 用 するために, 総 務 省 は 事 務 次 官 通 知 ( 平 成 18 年 8 月 )により, 平 成 21 年 度 までに 各 地 方 公 共 団 体 に 対 して 2006 年 報 告 書 に 沿 った 財 務 書 類 の 整 備 を 要 請 した 折 しも, 従 来 からあった 地 方 財 政 再 建 促 進 特 別 措 置 法 ( 昭 和 30(1955) 年 制 定 )に 代 わる 地 方 公 共 団 体 の 財 政 の 健 全 化 に 関 する 法 律 ( 通 称 地 方 健 全 化 法 ) が 平 成 19(2007) 年 6 月 に 制 定 され, 早 期 健 全 化 基 準 を 設 け, 判 定 基 準 以 上 となった 地 方 公 共 団 体 には 財 政 健 全 化 計 画 の 策 定 を 義 務 付 けて 自 主 的 な 改 善 努 力 を 促 すことになった 7) また, 財 政 指 標 としては,フローだけでなくストックにも 着 目 し, 公 営 企 業 や 第 三 セクターの 会 計 も 対 象 とする 新 たな 指 標 を 導 入 するなど, 地 方 公 共 団 体 の 財 政 の 全 体 像 を 明 ら かにする 制 度 としたのである 総 務 省 の 最 新 の 調 査 8) では, 平 成 25 年 度 決 算 にあたって, 全 都 道 府 県 中 4 つが 基 準 モデル,38 が 総 務 省 方 式 改 訂 モデル,5 つが 東 京 都 方 式 9) その 他 を 採 用 して 財 務 書 類 を 作 成,または 作 成 中 であり,さらに 全 20 の 指 定 都 市 中 6 つが 基 準 モデル,13 が 総 務 省 方 式 改 訂 モデルで 作 成 または 作 成 中,また 1741 市 区 町 村 中 15.2%が 基 準 モデル,76.2%が 総 務 省 方 式 改 訂 モデル,1.2%が 総 務 省 方 式,1%が 東 京 都 方 式 その 他 で 5) 国 においては, 財 務 省 が 国 の 貸 借 対 照 表 作 成 の 基 本 的 考 え 方 ( 平 成 12 年 10 月, 当 時, 大 蔵 省 )を 公 表 し, 国 の 貸 借 対 照 表 ( 試 案 )を 平 成 10 年 度 決 算 分 より 作 成 し,さらに 省 庁 別 財 務 書 類 を 平 成 14 年 度 決 算 分 から,また 国 全 体 の 財 務 書 類 を 平 成 15 年 度 決 算 分 から 作 成, 公 表 し ている ただ,これらの 財 務 書 類 も 固 定 資 産 台 帳 や 複 式 簿 記 を 基 礎 にしたものではない 6) 総 務 省 方 式 改 訂 モデルでも 財 務 4 表 を 作 成 するが, 決 算 統 計 データを 活 用 して 作 成 することも 可 とし, 固 定 資 産 台 帳 も 売 却 可 能 資 産 から 順 次 整 えることを 容 認 し, 従 来 の 総 務 省 方 式 からの 移 行 を 基 準 モデルよりも 容 易 にした 7) 地 方 健 全 化 法 の 成 立 にあたっては, 平 成 19(2007) 年 3 月 の 北 海 道 夕 張 市 の 財 政 再 建 団 体 指 定 の 事 件 が 大 きく 影 響 した 地 方 自 治 体 の 財 政 悪 化 の 兆 候 を 事 前 に 把 握 し, 健 全 化 への 道 筋 を 早 期 につけさせるのが 本 法 の 狙 いである 8) 総 務 省 ( 平 成 27 年 7 月 7 日 ) 地 方 公 共 団 体 における 統 一 的 な 基 準 による 財 務 書 類 の 作 成 予 定 ( 調 査 日 : 平 成 27 年 3 月 31 日 ) 9) 東 京 都 方 式 は, 固 定 資 産 台 帳 をもとに 開 始 貸 借 対 照 表 を 作 成 し, 複 式 簿 記 による 取 引 の 日 々 仕 訳 で 記 録 し,これを 予 算 執 行 に 関 する 官 庁 会 計 システムと 連 動 させるものである 東 京 都 のほかに, 大 阪 府, 愛 知 県 および 新 潟 県,さらに 市 では 町 田 市 が 採 用 している 7-7 -
会 計 検 査 研 究 No.54(2016.9) 作 成,または 作 成 中 であり, 全 自 治 体 の 93.7%(1675 団 体 )が 財 務 書 類 を 作 成,または 作 成 中 とするに 至 っている (3) 第 三 段 階 : 統 一 基 準 への 収 斂 そのうえで, 現 在 は 第 三 段 階 に 来 ている 上 記 2014 年 報 告 書 は, 2006 年 報 告 書 の 段 階 よりは, 一 歩, 踏 み 込 み, 統 一 的 な 基 準 による 財 務 書 類 の 作 成 を 要 求 するのである しかし, 上 記 のように,ほと んどの 自 治 体 では 財 務 書 類 を 作 成 し,これを 公 表 しているのに,なぜ, 総 務 省 はさらなる 改 革 を 進 めよう とするのであろうか その 背 景 について, 総 務 省 は, 地 方 自 治 体 の 公 会 計 改 革 が 始 まってから 15 年 を 経 過 し, 総 務 省 方 式 改 訂 モデル 等 による 財 務 書 類 の 作 成 と 公 表 を 行 う 自 治 体 が 増 えてきても,それらの 活 用 に 関 しては 必 ずしも 成 功 しているとはいえないという 点 を 問 題 にしているようである 総 務 省 が 行 った 最 新 の 調 査 10) では, 財 政 指 標 の 設 定 (26.4%), 適 切 な 資 産 管 理 (10.2%), 予 算 編 成 への 活 用 (7.7%), 施 設 の 統 廃 合 (2.1%), 受 益 者 負 担 の 適 正 化 (1.8%), 行 政 評 価 との 連 携 (1.4%), 地 方 議 会 での 活 用 (25.9%), 地 方 債 IR への 活 用 (1.7%)といった 利 用 内 容 が 挙 げられているが, 財 政 指 標 の 設 定 や 地 方 議 会 での 説 明 などに 目 立 った 利 用 があるだけで, 他 の 利 用 は 進 んでいない この 点 を 捉 えて, 総 務 省 はさらなる 改 革 の 進 展 の 必 要 性 を 強 調 する 11) すなわち, 貸 借 対 照 表 の 作 成 公 表 によって 資 産 債 務 改 革 も 一 定 程 度 進 展 してきたと 評 価 することが できるが, 財 務 書 類 を 予 算 編 成 や 行 政 評 価 等 において 積 極 的 に 活 用 している 地 方 公 共 団 体 は 未 だ 一 部 に 限 られている その 主 な 背 景 理 由 としては,1 総 務 省 方 式 改 訂 モデルでは 個 別 の 伝 票 単 位 で 複 式 仕 訳 を 実 施 するのではなく 決 算 統 計 データを 活 用 して 財 務 書 類 を 作 成 するため, 事 業 別 施 設 別 の 行 政 コスト 計 算 書 等 を 作 成 してセグメント 分 析 を 実 施 することが 困 難 であること,2 総 務 省 方 式 改 訂 モデルでは 固 定 資 産 台 帳 の 整 備 が 必 ずしも 前 提 とされていないため, 公 共 施 設 等 のマネジメントへの 活 用 が 困 難 であること, 3 基 準 モデル, 総 務 省 方 式 改 訂 モデル 及 びその 他 の 方 式 が 混 在 しているため, 地 方 公 共 団 体 間 での 比 較 可 能 性 が 確 保 されていないことなどが 考 えられる そこで, 今 後, 各 地 方 公 共 団 体 において 統 一 的 な 基 準 による 財 務 書 類 等 が 作 成 されることにより,1 発 生 主 義 複 式 簿 記 の 導 入,2 固 定 資 産 台 帳 の 整 備,3 比 較 可 能 性 の 確 保 といった 観 点 から, 財 務 書 類 等 の マネジメント ツールとしての 機 能 が 従 来 よりも 格 段 に 向 上 することになるため,これまでのように 単 に 財 務 書 類 等 を 作 成 するだけでなく, 予 算 編 成 や 行 政 評 価 等 に 積 極 的 に 活 用 していくことが 期 待 される,と いうのである ここで, 統 一 的 な 基 準 による 財 務 書 類 については, 原 則 として 平 成 29 年 度 までに 作 成 することが 要 請 されているが,その 準 備 状 況 に 関 しての 総 務 省 の 調 査 資 料 12) が 公 表 されている それによれば, 平 成 27 年 3 月 31 日 時 点 で,1,755 団 体 ( 全 団 体 の 98.2%)が 要 請 期 間 内 の 平 成 29 年 度 までに 一 般 会 計 等 財 務 書 類 を 作 成 完 了 の 予 定 であるという(なお,28 団 体 ( 全 団 体 の 1.6%)が 30 年 度 以 降 になると 回 答 している) から, 統 一 化 は 順 調 に 進 んでいるといえる 10) 11) 12) 総 務 省, 前 掲 総 務 省 ( 平 成 27 年 1 月 ) 財 務 書 類 等 活 用 の 手 引 き,1 頁 総 務 省 ( 平 成 27 年 7 月 7 日 ) 地 方 公 共 団 体 における 統 一 的 な 基 準 による 財 務 書 類 の 作 成 予 定 ( 調 査 日 : 平 成 27 年 3 月 31 日 ) 8-8 -
地 方 自 治 体 における 公 会 計 制 度 改 革 の 進 展 3 新 しい 公 会 計 の 利 活 用 以 上,わが 国 の 地 方 自 治 体 公 会 計 改 革 は 最 後 の 仕 上 げの 段 階 に 入 ってきたのであるが, 折 角 の 改 革 も, 狙 った 成 果 が 出 なければ, 意 味 がない 前 述 したように, 地 方 自 治 体 の 公 会 計 制 度 改 革 の 目 的 は, 第 一 に, 地 方 分 権 化 を 進 めるにあたって 地 域 住 民 や 議 会 への 説 明 責 任 をより 良 く 果 たすためであり, 第 二 に, 地 方 財 政 の 改 善 ならびに 行 政 の 効 率 化 に 役 立 てることにある 総 務 省 は 財 務 書 類 等 活 用 の 手 引 き で, 行 政 内 部 での 活 用 と 行 政 外 部 での 活 用 に 分 け,さらに 前 者 を マクロ 的 視 点 とミクロ 的 視 点 に 分 けて, 次 のような 活 用 事 例 を 提 示 する 13) (1) 行 政 内 部 での 活 用 :マクロ 的 な 視 点 からの 活 用 (a) 財 政 指 標 の 設 定 有 形 固 定 資 産 のうち 償 却 資 産 の 取 得 価 額 等 に 対 する 減 価 償 却 累 計 額 の 割 合 を 算 出 し, 資 産 老 朽 化 比 率 として 把 握 し, 老 朽 化 対 策 の 優 先 順 位 を 検 討 する 際 の 参 考 資 料 とする (b) 適 切 な 資 産 管 理 公 共 施 設 等 の 更 新 時 期 の 平 準 化 や 総 量 抑 制 等 の 全 庁 的 な 方 針 の 検 討 未 収 債 権 の 徴 収 体 制 の 強 化 (2) 行 政 内 部 での 活 用 :ミクロ 的 な 視 点 からの 活 用 事 業 別 施 設 別 の 行 政 コスト 計 算 書 等 を 作 成 することでセグメントごとの 分 析 が 可 能 となり,これを 予 算 編 成 に 活 用 したり, 施 設 別 コストの 分 析 による 統 廃 合 の 検 討 や 受 益 者 負 担 としての 施 設 利 用 料 の 見 直 しに 利 用 したり, 利 用 者 当 たりのコストの 算 出 による 行 政 評 価 と 結 び 付 けたりする (3) 行 政 外 部 での 活 用 : 情 報 開 示 住 民 への 公 表 や 地 方 議 会 での 審 議 の 活 性 化 のための 利 用 や 地 方 債 IR への 活 用 や PPP/PFI の 提 案 募 集 などに 利 用 する ここで 想 定 されている 利 活 用 の 具 体 例 については,すでにこれまでの 公 会 計 改 革 のなかでいくつかの 地 方 自 治 体 において 先 行 的 に 実 践 されているところであるので, 新 味 があるわけではない しかし, 新 しい 公 会 計 制 度 では, 会 計 基 準 が 明 示 され,また 日 々 仕 訳 にせよ, 期 末 一 括 仕 訳 にせよ, 複 式 簿 記 による 会 計 記 録 がベースになっているために, 会 計 情 報 に 正 確 性 が 加 わっている また, 会 計 基 準 と 作 成 方 法 が 全 国 で 統 一 化 されているために, 自 治 体 間 で 比 較 しやすくなり, 利 活 用 の 実 質 的 な 効 果 は 高 まるであろう 4 財 務 書 類 の 監 査 のあり 方 以 上,みてきたように, 地 方 自 治 体 の 新 公 会 計 制 度 への 移 行 は 着 々と 進 んでいるが, 次 の 焦 点 は, 財 務 書 類 の 監 査 をどのように 行 うかという 問 題 である 従 来, 地 方 自 治 体 で 最 も 多 く 採 用 されている 総 務 省 方 式 改 訂 モデルの 場 合 に 特 に 該 当 することであるが, 発 生 主 義 の 財 務 書 類 は 決 算 統 計 等 の 数 値 を 利 用 して 作 成 される 参 考 資 料 であり, 公 会 計 のメインフレーム はあくまでも 予 算 決 算 の 会 計 システムである したがって, 財 務 書 類 は 監 査 対 象 として 必 ずしも 必 要 とは 認 識 されなかった 13) 総 務 省 ( 平 成 27 年 1 月 ) 財 務 書 類 等 活 用 の 手 引 き pp.2ff. 9-9 -
会 計 検 査 研 究 No.54(2016.9) しかしながら, 新 公 会 計 制 度 の 下 では, 財 務 書 類 はメインフレームである 会 計 システムの 必 然 的 な 成 果 物 であり, 首 長 ないし 行 政 体 による 会 計 責 任 の 確 認 のために 監 査 は 不 可 欠 と 考 えるのが 自 然 である まし てや, 財 務 書 類 が 様 々な 形 で 利 活 用 される 場 面 を 考 えると,その 信 頼 性 の 検 証 は 不 可 避 であろう くろやなぎ この 問 題 について,2016 年 3 月 16 日 に 安 倍 総 理 大 臣 に 提 出 された 第 31 次 地 方 制 度 調 査 会 ( 会 長 畔 柳 信 雄 )の 答 申 書 14) では, 財 務 書 類 の 監 査 を 誰 がどのように 行 うのかという 点 だけでなく, 行 うのかどうか に 関 してさえも 明 確 にしていない しかし, 財 務 に 関 する 事 務 の 執 行 についての 内 部 統 制 を 中 心 に,その 整 備 と 評 価 の 責 任 を 首 長 に 負 わせ, その 評 価 内 容 を 監 査 委 員 に 監 査 させ 15), 内 部 統 制 の 監 査 の 結 果 を 踏 まえた 監 査 を 実 施 することにより,リ スクの 高 い 分 野 に 監 査 を 集 中, 重 点 化 させる 等, 企 業 での 内 部 統 制 監 査 ならびにリスクアプローチ 監 査 と 同 様 の 手 法 を 採 り 入 れる 方 向 性 をみせている 16) またさらに, 監 査 の 実 効 性 確 保 のあり 方, 監 査 の 独 立 性 専 門 性 のあり 方, 監 査 への 適 正 な 資 源 配 分 の あり 方 について, 必 要 な 見 直 しを 行 うことを 基 本 的 な 柱 として, 統 一 的 な 監 査 基 準 の 設 定, 監 査 委 員 の 独 立 性 と 専 門 性 の 確 保, 監 査 結 果 に 対 する 実 効 性 の 担 保 ( 報 告 書 に 指 摘 された 事 項 に 対 して 改 善 等 の 対 応 措 置 を 法 律 で 求 めること), 包 括 外 部 監 査 制 度 導 入 団 体 を 増 やしていく 必 要 性 と 包 括 外 部 監 査 人 へのサポー トの 仕 組 みや 研 修 制 度 の 導 入, 監 査 委 員 事 務 局 の 充 実, 地 方 自 治 体 の 監 査 を 支 援 する 全 国 的 な 共 同 組 織 の 構 築 等 を 提 言 している 17) そして,これらの 答 申 書 の 文 脈 からは, 現 在 の 監 査 委 員 と 外 部 監 査 人 の 制 度 は 活 かしたうえで, 独 立 性 と 専 門 性 の 要 件 を 備 えた 監 査 人 による 財 務 書 類 の 監 査 が 行 われることが 予 定 されているとみることがで きる いずれにせよ, 現 状 での 監 査 制 度 のもとでは, 信 頼 できる 財 務 書 類 の 監 査 は 望 めないことから,こ の 答 申 に 沿 った 制 度 改 正 が 期 待 されるが,その 際, 公 認 会 計 士 や 監 査 法 人 らの 会 計 監 査 の 専 門 家 による 監 査 が 最 も 有 効 であろうと 思 われる 5 おわりに これまでのところ, 総 務 省 が 主 導 してきた 地 方 自 治 体 の 公 会 計 改 革 は 順 調 に 進 んできたと 評 価 してよい であろう そこで, 今 後,この 改 革 が 実 を 結 ぶためには, 以 下 の 3 点 での 進 展 が 注 目 される (1) 発 生 主 義 会 計 のデータ 活 用 : 上 記 のように, 新 しい 公 会 計 の 利 活 用 については 様 々の 提 案 が 行 われ るが,なかでも 中 長 期 的 観 点 からの 予 算 編 成, 財 政 構 造 改 革, 行 政 の 効 率 化 などへの 利 用 が 考 えら れる そのためには 利 活 用 に 関 する 自 治 体 間 の 情 報 の 共 有 化 や 自 治 体 職 員 の 会 計 教 育 など, 課 題 も 多 い (2) 財 務 書 類 の 監 査 : 新 しい 公 会 計 のシステムは 自 治 体 会 計 のメインフレームとなることから,そこか ら 作 られる 財 務 書 類 の 信 頼 性 の 監 査 は 不 可 欠 である その 監 査 の 精 度 を 上 げるためには, 現 在 の 自 治 体 の 監 査 制 度 が 抱 える 監 査 の 専 門 性 と 独 立 性 の 欠 如 という 問 題 を 改 めねばならない (3) 政 府 会 計 との 連 携 : 自 治 体 会 計 と 政 府 会 計 との 共 通 のプラットフォームがあって 初 めて 国 全 体 の 財 14) 15) 16) 17) 地 方 制 度 調 査 会 ( 平 成 28 年 3 月 16 日 ) 人 口 減 少 社 会 に 的 確 に 対 応 する 地 方 行 政 体 制 及 びガバナンスのあり 方 に 関 する 答 申 同 上,13-14 頁 同 上,15 頁 同 上,15-18 頁 10-10 -
地 方 自 治 体 における 公 会 計 制 度 改 革 の 進 展 政 政 策 の 策 定 が 可 能 となるが,そのためには, 現 在 の 状 況 ( 決 算 データをもとに 発 生 主 義 に 見 立 て た 財 務 書 類 を 作 成, 公 表 している)を 一 歩 進 めた 政 府 公 会 計 の 改 革 が 必 要 である なお, 地 方 自 治 体 の 公 会 計 改 革 は, 今 後 の 会 計 検 査 にも 大 きな 影 響 を 与 えると 考 えられる なぜなら, 地 方 自 治 体 の 財 政 の 透 明 性 が 高 まると 同 時 に,セグメント 情 報 や 連 結 情 報 など, 会 計 検 査 への 利 用 が 可 能 な 種 々の 情 報 が 新 しい 会 計 システムを 通 して 作 り 出 されるからであり,それらを 会 計 検 査 にどのように 応 用 するかの 研 究 が 会 計 検 査 院 に 不 可 欠 となるであろう (* 本 稿 は, 平 成 27 年 度 日 本 学 術 振 興 会 科 学 研 究 費 助 成 事 業, 基 盤 研 究 B( 研 究 代 表 山 浦 久 司, 研 究 期 間 3 年 )の 研 究 成 果 の 一 部 である ) 11-11 -