革 新 的 吸 収 促 進 技 術 を 搭 載 したバイオ 医 薬 の 経 口 および 脳 送 達 システムの 創 製 神 戸 学 院 大 学 薬 学 部 武 田 ( 森 下 ) 真 莉 子 研 究 の 背 景 と 目 的 ペプチド タンパク 質 や 核 酸 などのバイオ 医 薬 は 様 々な 疾 患 治 療 薬 として 世 界 的 にそ の 需 要 が 急 増 している 実 際 新 規 医 薬 品 の 中 に 占 めるバイオ 薬 物 の 比 率 は 飛 躍 的 に 高 ま っており 2025 年 までには 新 薬 の 7 割 がバイオ 医 薬 で 占 められると 推 測 されている 一 方 で これらバイオ 医 薬 の 投 与 形 態 は 現 在 も 変 わらず 注 射 剤 が 主 流 であり 患 者 QOL 向 上 医 療 費 削 減 のためには これらの 薬 物 の 注 射 回 数 の 低 減 や 非 注 射 剤 化 が 極 めて 重 要 かつ 急 務 である 一 方 バイオ 薬 物 の 非 注 射 剤 化 を 可 能 にするためには 生 体 膜 透 過 性 を 強 力 に 改 善 できる 新 たな 機 能 素 子 の 開 発 が 必 要 不 可 欠 である そこで 我 々は 生 体 膜 透 過 能 を 有 する 細 胞 膜 透 過 性 ペプチド cell-penetrating peptides (CPPs)に 着 目 し バイオ 薬 物 の 非 侵 襲 的 投 与 におけるバイオアベイラビリティを 上 げるブースターとして CPPs を 用 いることを 提 案 し これまでにその 有 用 性 安 全 性 を 主 に in vitro および in situ 実 験 で 明 らかにし さら に 最 強 の 新 規 CPPs を 人 口 ニューラルネットなどの in silico 解 析 で 見 いだしてきた また 一 連 の 検 討 の 中 で 本 ストラテジーを 用 いることにより 経 鼻 投 与 を 介 した 嗅 神 経 輸 送 制 御 による 中 枢 活 性 バイオ 薬 物 脳 送 達 の 可 能 性 も 見 いだしてきた アルツハイマー 病 や 老 人 性 痴 呆 に 代 表 される 中 枢 疾 患 の 多 くは 依 然 として 薬 剤 の 貢 献 度 が 著 しく 低 く 十 分 な 治 療 満 足 度 が 得 られていない 難 治 性 中 枢 神 経 系 疾 患 に 分 類 され この 分 野 の 創 薬 創 剤 開 発 は 現 代 人 の 悲 願 でもある 本 研 究 では 以 上 のような 我 々の 基 礎 的 知 見 に 基 づき バイオ 医 薬 の 革 新 的 な 新 規 剤 形 開 発 に 利 用 される 基 盤 技 術 の 確 立 それと 同 時 に 未 だにアンメットメディカルニーズ 領 域 である 中 枢 神 経 系 疾 患 に 対 する 画 期 的 な 創 薬 創 剤 の 創 製 を 行 い これらの 有 用 性 有 効 性 を in vivo で 証 明 することを 目 的 とする 研 究 方 法 研 究 内 容 I バイオ 医 薬 の 革 新 的 な 新 規 剤 形 開 発 に 利 用 される 基 盤 技 術 の 確 立 1) 実 施 可 能 な 非 侵 襲 的 デリバリーシステムの 創 製 まず 始 めに 新 規 DDS 製 剤 開 発 の 際 にコントロールとなる 混 合 溶 液 を 用 いた 経 口 投 与 実 験 を 実 施 した 東 京 実 験 動 物 株 式 会 社 から 購 入 した ddy 系 雄 性 マウス(6 週 齢 体 重 30-40g)を 24 時 間 絶 食 とした 後 マウス 用 経 口 ゾンデ( 株 式 会 社 夏 目 製 作 所 )を 用 いて 無 麻 酔 下 でインスリン (30IU/mL) および L-または D-ペネトラチン (1, 2 および 5 mm) 混 合 溶 液 を 投 与 した 投 与 液 量 は 100µL/30g とし インスリンの 投 与 量 を 10 IU/kg とした 投 与 前 および 投 与 後 経 時 的 に 尾 静 脈 から 採 血 した 血 糖 値 は ワンタッチウルトラビュー (Johnson & Johnson K.K.) を 使 用 して 測 定 した また 血 漿 中 インスリン 濃 度 は ELISA キッ ト(Mercodia 社 )を 用 いて 測 定 した 2) 毒 性 試 験 : 新 規 製 剤 を 単 回 および 繰 り 返 し 経 鼻 投 与 後 (30 日 )の 毒 性 試 験 本 研 究 ではラットを 用 いて CPP を 単 回 および 慢 性 経 鼻 投 与 後 の 粘 膜 の 組 織 学 的 評 価 およ び 炎 症 性 のバイオマーカーを 指 標 とする 毒 性 試 験 を 行 った 24 時 間 絶 食 した 体 重 約 180-220 g の SD 系 雄 性 ラットに 1 日 2 回 計 10μL(5μL/ 回 ) インスリン(1IU/kg) 溶 液 CPP(L-Penetratin PenetraMax) 溶 液 (0.5 2mM) インスリン(1IU/kg)と CPP
(L-Penetratin PenetraMax)の 混 合 液 (0.5 2mM)を 背 位 で 15 の 角 度 から 1 日 間 7 日 間 連 続 30 日 間 連 続 投 与 群 の3グループに 分 けて 経 鼻 投 与 した すべてのクループの 最 初 の 投 与 後 と 7 および 30 日 間 連 続 投 与 の2グループの 最 終 投 与 後 に 血 漿 中 インスリン 濃 度 の 測 定 を ELISA キット(Mercodia 社 )を 用 いて 行 った また すべてのグループの 最 終 投 与 後 鼻 腔 からマイクロシリンジポンプ(KD Scientific 社 )を 用 いて 2mL/ 分 で 37 の PBS を 潅 流 し 鼻 洗 浄 液 を 行 い 洗 浄 液 中 の 乳 酸 脱 水 素 酵 素 (LDH) IL-1α および TNF-α の 濃 度 測 定 を 行 った また 5%(w/v)タウロデオキシコール 酸 ナトリウムをポジティブコン トロールとした 7 および 30 日 間 連 続 投 与 の2グループは 投 与 初 日 と 最 終 投 与 後 に 血 漿 中 の IL-1α および TNF-α の 濃 度 を 測 定 した さらに 鼻 組 織 を 摘 出 し 常 法 に 従 い 組 織 切 片 を 作 成 し 光 学 顕 微 鏡 (NIKON ECLIPSE E600: 株 式 会 社 ニコン)で 観 察 を 行 った II 嗅 神 経 輸 送 制 御 による 中 枢 活 性 バイオ 薬 物 脳 送 達 1) 経 鼻 投 与 を 介 したインスリン 脳 移 行 特 性 と CPPs によるブースティング 作 用 の 評 価 CPPs の 経 鼻 併 用 投 与 によりバイオ 薬 物 が 効 率 的 に 脳 内 へと 送 達 され 尚 且 つ 全 身 血 中 に 対 する 脳 内 への 集 積 比 率 が 向 上 するか 否 かを マウスを 用 いて 検 討 した 本 研 究 では 近 年 アルツハイマー 病 に 対 する 治 療 効 果 が 注 目 されているインスリンをモデルバイオ 薬 物 として 用 い また 我 々がこれまでの 研 究 において 強 力 な 粘 膜 吸 収 促 進 作 用 を 有 すること を 示 してきたペネトラチンを 代 表 的 CPP として 用 いた さらに ペネトラチンを 併 用 することにより 鼻 から 脳 への 移 行 過 程 のどの 部 位 ( 嗅 球 脳 脊 髄 液 および 脳 実 質 等 )にインスリンが 効 率 的 に 送 達 されるのかを 明 らかにするため 分 布 特 性 についてマウスを 用 いて 詳 細 に 検 討 した マウスにインスリンとペネトラチンを 経 鼻 投 与 後 摘 出 した 各 脳 部 位 におけるインスリン 濃 度 を 定 量 評 価 すると 同 時 に 過 去 に CPP 存 在 下 における 消 化 管 インスリン 吸 収 および 体 内 動 態 を 定 量 解 析 した 実 績 のある PET イメージングを 活 用 し 薬 物 到 達 効 率 を 非 侵 襲 的 かつリアルタイムに 評 価 した 2) 種 々のバイオ 薬 物 脳 送 達 における CPP 経 鼻 併 用 投 与 法 の 有 用 性 評 価 中 枢 疾 患 の 治 療 に 貢 献 しうる 様 々なバイオ 薬 物 の 脳 内 送 達 に 対 する CPP 経 鼻 投 与 の 応 用 性 について 評 価 した インスリンの 他 オキシトシン グルカゴン 様 ペプチド-1(GLP-1) および 血 管 作 動 性 腸 ペプチド(VIP)の 効 率 的 な 脳 送 達 の 可 能 性 を 試 みることを 目 的 とし て ペネトラチンと 共 にマウスに 経 鼻 投 与 し その 後 の 各 薬 物 の 血 中 濃 度 推 移 を 検 討 した 研 究 成 果 I-1) In vivo 経 口 吸 収 実 験 の 結 果 より インスリン 単 独 ではほとんど 吸 収 されないのに 対 し ペネトラチン 併 用 下 では 有 意 な 血 糖 値 の 低 下 が 認 められた(Fig. 1) 特 に D-ペネトラチン 併 用 下 では 濃 度 依 存 的 に 有 意 な 血 糖 値 の 低 下 作 用 が 認 められた 混 合 溶 液 投 与 による 薬 理 学 的 利 用 率 は 約 20%となり 期 待 以 上 に 高 いインスリン 吸 収 率 が 得 られた また 同 時 に 血 中 インスリン 濃 度 の 著 明 な 上 昇 も 認 められた この 成 果 はすでに Journal of Controlled Release に 投 稿 しており(In vivo proof of concept of oral insulin delivery based on a co-administration strategy with the cell-penetrating peptide, penetratin) 現 在 審 査 中 である 本 研 究 の 結 果 から 複 雑 なデリバリーシステムを 利 用 しなくても 混 合 溶 液 というシン プルな 投 与 方 法 でも 充 分 にペネトラチンによるバイオアベイラビリティ 促 進 効 果 が 得 られ ることが 期 待 される 今 後 は 取 り 扱 いのしやすい 粉 末 化 製 剤 化 および 胃 内 での 分 解 を 避 けるために 腸 溶 解 性 カプセルの 併 用 により さらに 効 果 の 増 強 が 得 られることが 期 待 され
るが 最 終 的 にはより 精 密 な 製 剤 最 適 化 を 図 ることも 必 要 であろう Figure 1: Dose dependent reduction of BGLs in mice following oral administration of insulin (10IU/kg) plus L- or D-penetratin. A: Insulin control, +L-penetratin (1mM), +L-penetratin (2mM), +L-penetratin (5mM). B: Insulin control, +D-penetratin (1mM), +D-penetratin (2mM), +D-penetratin (5mM). C: +L-penetratin and +D-penetratin AAC. Each point represents the mean ± S.E.M. (n = 4-5), * denotes p < 0.05, significant difference from insulin control. I-2) ラットに 30 日 間 連 続 して 各 種 CPP とインスリンを 経 鼻 投 与 した 結 果 を Table 1 ならび に Fig. 2 に 示 した Table 1 に 示 すように いずれの 群 においても 鼻 洗 浄 液 への IL-1α およ び TNF-α の 漏 出 はまったく 認 められなかった 7および 30 日 間 連 続 投 与 の2グループは 投 与 初 日 と 最 終 投 与 後 に 血 漿 中 の IL-1α ならびに TNF-α の 濃 度 を 測 定 したが これにつ いても 変 化 は 認 められなかった さらに LDH の 漏 出 についても 認 められなかった 鼻 組 織 の 組 織 切 片 標 本 の 写 真 を Fig. 2 に 示 したが ポジティブコントロール 5%(w/v)であるタ ウロデオキシコール 酸 ナトリウムを 投 与 した 群 では 鼻 粘 膜 の 著 しい 傷 害 が 認 められたが CPPs 併 用 群 では 粘 膜 への 刺 激 性 はまったく 認 められなかった これらの 結 果 は CPPs の 生 体 への 極 めて 高 い 安 全 性 を 示 唆 するものである
Fig. 2. Photomicrographs of the nasal respiratory mucosal membranes of vertical sections through the anterior rat nasal cavity following nasal administration of L-penetratin or PenetraMax (2.0mM) with or without insulin for 30 consecutive days. Sodium taurodeoxycholate (5 w/v%) was used as positive control. The bars indicate 50 µm. Tissues were decalcified and stained with hematoxylin and eosin after fixation in 20% formalin neutral buffer solution.
II-1) Fig. 3 に 示 すように L-ペネトラチン D-ペネトラチンおよび D-R8 の 併 用 により 経 鼻 投 与 後 のインスリン 脳 移 行 性 を 高 める 可 能 性 が 示 唆 された また 用 いた CPPs の 種 類 により 鼻 から 脳 へのインスリン 送 達 経 路 が 異 なる 可 能 性 が 示 された( 血 中 経 由 嗅 球 経 由 血 中 嗅 球 非 経 由 ) さらに 脳 内 分 布 を 詳 細 に 解 析 した 結 果 CPPs の 種 類 によって 薬 物 が 脳 において 集 積 する 部 位 が 異 なり このことから 部 位 選 択 的 な 脳 内 薬 物 デリバリーの 可 能 性 が 示 された(Fig. 3) また PET を 用 いた 検 討 を 行 った 結 果 ペネトラチンによる インスリン 脳 移 行 性 促 進 効 果 は 経 鼻 投 与 後 速 やかに 起 こることが 示 された この 研 究 に ついては 今 後 さらに 薬 物 と CPP を 経 鼻 投 与 後 超 短 時 間 および 長 時 間 での 脳 集 積 性 を 評 価 することにより CPPs の 有 用 性 がより 明 確 になるものと 期 待 される Figure 3: AUC calculated from a series of averaged insulin concentrations in plasma, olfactory bulb, or whole brain following intranasal (i.n.) administration of insulin with or without L- or D-penetratin (2.0 mm) or D-R8 (2.0 mm) to mice. II-2) モデルペプチド 薬 物 (オキシトシン GLP-1 および VIP)の 鼻 腔 から 血 中 への 吸 収 性 は いずれもペネトラチン 併 用 下 において 顕 著 に 促 進 された 一 方 脳 移 行 性 に 及 ぼすペ ネトラチンの 影 響 はペプチド 薬 物 により 異 なり GLP-1 および VIP 経 鼻 投 与 後 の 脳 への 移 行 効 率 はペネトラチン 併 用 による 増 大 傾 向 が 認 められたが オキシトシンについては 脳 内 濃 度 の 増 大 は 認 められなかった このように CPPs 併 用 経 鼻 投 与 を 介 した 脳 内 デリバリー 効 率 はペプチドの 種 類 によって 異 なり 血 中 への 吸 収 性 と 脳 への 移 行 性 は 必 ずしも 相 関 し ないことが 明 らかになった この 研 究 については 今 後 さらに 例 数 を 重 ねると 共 に ペ ネトラチンと 各 種 ペプチド 薬 物 の 分 子 間 相 互 作 用 を 定 量 的 に 検 討 することが 必 要 である また オレキシン( 睡 眠 障 害 ) グレリン( 拒 食 症 ) レプチン( 肥 満 ) コレシストキニン ( 抑 うつ)などの 薬 物 についても 検 討 し in vitro および in vivo の 結 果 から 総 合 的 に CPPs の 有 用 性 を 評 価 したい 研 究 がもたらす 効 果 及 び 波 及 効 果 CPPs はバイオ 薬 物 の 経 口 バイオアベイラビリティを 著 しく 上 昇 させる 新 規 デリバリー ツールとしてこれまでにも 盛 んに 研 究 されてきたが インスリンを 用 いた 本 in vivo 実 験 で その proof of concept が 実 証 された さらに 30 日 間 の 連 続 投 与 でも 粘 膜 局 所 ならびに 全
身 性 の 副 作 用 はまったく 認 められず 極 めて 安 全 性 の 高 いデリバリーツールであると 考 え られる 今 後 は インターフェロン β や GLP-1 など さまざまなバイオ 薬 物 への 応 用 性 が 強 く 期 待 され 社 会 的 にもその 貢 献 が 期 待 されることと 確 信 している また 本 研 究 により CPPs がバイオ 薬 物 の 脳 内 デリバリーに 有 用 性 が 高 いこと さらに 複 数 のバイオ 薬 物 に 対 して 有 効 であることが 示 された これらの 基 礎 的 知 見 は 未 だにア ンメットメディカルニーズ 領 域 である 中 枢 神 経 系 疾 患 における 画 期 的 な 創 薬 創 剤 の 開 発 に 貢 献 すると 考 えられる 謝 辞 本 研 究 の 遂 行 に 際 しご 援 助 を 賜 りました 公 益 財 団 法 人 ひょうご 科 学 技 術 協 会 に 深 く 感 謝 申 し 上 げます