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第 1 章序章本研究は 香港の広東語母語話者を対象に促音の知覚と生成に調査を行うことによって 広東語の入声 ( にっしょう ) が促音の習得に与える影響を明らかにするものである 本研究のきっかけとなったのは広東語母語話者による 後続子音が摩擦音となる促音における無音挿入現象 ( 以下 無音挿入現象 と略す ) である この無音挿入現象とは 雑誌 のような後続子音が摩擦音となる促音 ( 以下 摩擦促音 と略す ) の促音部に無音部分が入っており まるで /zak shi/ のように聞こえた現象である 筆者はこの現象について考えた結果 無音挿入現象と広東語の 入声 ( にっしょう ) との関連性に思い至った 本稿で扱う 入声 とは 広東語において語末子音が /p/ /t/ /k/ となる音節から構成される語である 入声は広東語と一部の方言にしか存在しておらず 共通語の規範とされている普通語にはもはや存在していない ( 成 2000) 入声は音節末に音を一旦止めるという特徴があり この 音が一旦止まっている という音韻特徴が促音と類似しているところがある 特に入声の語末子音が後続する語の語頭子音と一致している場合 例えば広東語の 白旗 /bak kei/ ( 白い旗 ) の場合は 促音との類似性がさらに高いと言える この類似性から 広東語母語話者が 入声 を促音の手がかりにする可能性が伺える 入声が日本語の促音に影響を与える可能性がある という考えが本研究の動機となった また 香港出身の日本語母語話者を対する研究が不十分であることも本研究を行う理由の 1つである 中国語における方言差が大きいことから 中国語母語話者を対象にした研究成果が香港の学習者にも適用するとは考えにくい そして 今まで広東語母語話者の日本語音声習得の研究の中で 本研究の焦点である促音の習得に直接に関連しているのは 管見の及ぶ限り楊 (2006 2007) の研究しかない 従って 広東語母語話者の促音習得の実態に関する基礎研究が充分に行われたとは言えない 以上の背景から 筆者は広東語母語話者の音声習得 特に促音の習得を対象にする研究の必要性を強く感じた 第 2 章先行研究第 2 章では まず背景知識として広東語の音節構造 母音 子音 そして 入声 について説明した 広東語の音節は 声母 (initial consonants) 韻母(vowels and final consonants) と 声調 (tone) によって構成されており ( 頼 1985) 本稿で扱う 入声 とは語末子音が /p/ /t/ /k/ となる音節であ 1

る 筆者は広東語の入声と日本語の促音との類似性から 入声が広東語母語話者の促音習得に影響を及ぼす可能性があると考えた しかし 摩擦促音の場合 音が止まる という特徴がないため 入声との類似性が他の促音より低いと言える 従って 入声が広東語母語話者の促音に影響を与えると仮定する場合 入声の影響が促音の子音種によって異なると予想できる 次に 日本語学習者の促音の知覚に関する先行研究をまとめた 学習者と日本語母語話者の促音知覚の違いについて 促音の後続子音 先行母音 促音の子音種 発話速度を変数にした研究結果が挙げられた しかし 広東語母語話者を対象にした研究は管見の及ぶ限り楊 (2007) の研究しかないため 広東語の入声が日本語音声習得に与える影響が明らかになっていない そして 日本語学習者の促音の生成に関する先行研究をまとめた 促音の子音 母音の長さの計測によって 学習者が生成した促音の特徴が明らかになった しかし Toda(1994) が学習者の独自の促音ストラテジーについて述べたことから 長さの絶対値の計測以外の視点から学習者の促音を分析する重要性が示唆された そして 実際のコミュニケーション場面を考慮すると 促音の長さの計測のみならず 聞き手による評価という観点からの研究も必要であると考える さらに 学習者の音声知覚と生成に影響を及ぼす 自己評価 と 音声の基準 に関する先行研究をまとめた 小河原 (1997a, 1997b) の研究から 学習者が持つ 音声の基準 が知覚と生成に影響を及ぼすことが分かった 従って 入声 が広東語母語話者の促音の知覚と生成に与える影響を調査するため 促音の基準が入声と関わっているかどうかも明らかにする必要がある 入声が広東語母語話者の促音知覚に与える影響を明らかにするため 本研究では知覚調査と生成調査を行い そして調査のあとに促音の聴取と生成のストラテジーに関するインタビューを行った 知覚調査では /p/ /t/ /k/ のみならず 摩擦音 /s/ の知覚及び生成を調査対象に取り入れ 子音種による知覚差を分析することにした そして 入声 が促音の生成に与える影響を明らかにする 生成調査では音響分析と母語話者評価という 2 つの方法を用いることにした さらに 入声 が促音を知覚 生成する際の意識及び促音の基準に影響を及ぼすかどうかを明らかにするため 広東語母語話者の促音聴取及び生成のストラテジーに関するインタビュー調査を行うことにした 最後に 知覚 生成の結果と聴取 生成ストラテジーの結果を総合的に考察することによって 入声 が広東語母語話者の促音習得に与える影響を明らかにする 2

第 3 章調査 Ⅰ 広東語母語話者の促音の知覚調査知覚調査の目的は 広東語の 入声 が広東語母語話者の日本語の促音の知覚に与える影響を明らかにすることである 聞き取り調査の協力者は広東語母語話者 42 名 ( 日本語学習時間が 300 時間程度 :24 名 日本語学習時間が 500 時間以上 :18 名 ) と日本語母語話者 10 名である 調査語について 子音種 語の意味による影響 広東語の音素との類似性 音環境などの要素を考慮した結果 調査語は先行モーラ あ さ ぱ と後続モーラ ぱ た か さ を組み合わせた計 12 個の促音語とした 促音の知覚範疇 (BW) 及び閾値 (BP) を調査するために 調査語の持続時間の長さを連続的に変化させた刺激音を作成した 1 つの調査語につき 7 段階の刺激音が作成され 刺激音の数は全部で 168 だった 知覚調査の結果を分析することによって 学習時間が 300 時間程度の学習者は摩擦促音の知覚範疇のばらつきが他の促音より大きいことが明らかになった それに対して 日本語母語話者と学習時間が 500 時間以上の学習者の知覚範疇は後続子音種による影響を受けていなかった そして 日本語母語話者と広東語母語話者の促音の知覚を比較したところ 広東語母語話者のほうが範疇化されておらず ばらつきも大きかったことが分かった 促音の聴取ストラテジーを調査した結果 広東語母語話者が促音を聴取する際に最も手がかりとしているのは ポーズ であり 他に手がかりとしている要素は 長さ 促音部の特徴 先行 後続する音の特徴 音の高低 音以外の要素 であることが分かった 知覚調査とインタビュー調査の結果を考察することによって明らかになったのは 広東語母語話者が促音を聞き取る際に 入声に類似している音韻特徴を手がかりに促音を聞き分けることがあるということだった しかし 摩擦促音の場合 促音部に 音が止まる という特徴がないため この特徴を手がかりに促音を聞き分けることは難しい 学習時間が 300 時間程度の学習者の摩擦促音が他の子音種より範疇化されていないという調査結果は 摩擦促音を聞き分けることの難しさの反映であると考える 次に 促音に対する気付きについて考察した 摩擦促音と他の促音との違いに気付かなかった学習者の回答から 教師側から問題点を意識させる必要性が示唆された しかし 教師の指摘 モデル音声の提示 音声のリピートといった方法が効果的ではないことがインタビューから分かり 教師が問題点をはっきりさせ 学習者の促音に対する気付きを促すように指導することの重要性が示唆された 3

促音の知覚と促音の基準について考察した結果 促音の知覚が範疇化されていない学習者は曖昧な もしくは正確ではない促音の基準を持っていることが分かった つまり 正しい音韻知識が有効な音声基準の構築に繋がることが分かった しかし 正しい音韻知識のみでは有効な基準作りに繋がらず 音韻知識以外の指導も必要であることが 調査結果によって示唆された 第 4 章調査 Ⅱ 広東語母語話者の促音の生成調査生成調査の目的は 広東語母語話者が生成した促音を分析することによって 広東語の入声が促音の生成に与える影響を明らかにすることである 調査協力者は調査 Ⅰの広東語母語話者 42 人である まず 広東語母語話者の発音を録音し 無音挿入現象 の実態を調査する 録音に用いた調査語は 知覚調査の調査語である促音語 12 個に加え そのミニマル ペアとなる非促音語 12 個も用いた 計 24 個の促音 非促音語である 録音した音声の分析は音響分析ソフト Praat を用いた 音響分析の結果 無音挿入現象が観察されたのは 17 人で 有効ケースの数は 252 発話の中で計 31 発話である また 無音挿入現象は促音語にのみ見られ 非促音語には見られなかった そして この現象は主に学習時間が短いグループに見られ 学習時間が 500 時間以上のグループには 3 人しか見られなかった 次に 広東語母語話者が生成した促音が子音種によって異なるかどうかを 母語話者評価の観点から分析する 入声 は 後続子音が /p/ /t/ /k/ となる促音との類似性が高いが 摩擦促音との類似性が低い 従って 広東語母語話者にとって習得の難易度も異なると予想し 聞き手による評価も異なると予想する 母語話者評価の結果を分析したところ 後続子音が /p/ の場合の評価が他の子音種より低かった 知覚調査では 摩擦促音に有意差が見られたが 母語話者評価では同じ結果を得られなかった また 非促音と促音の評価を比較すると 非促音の全体的な評価が促音より有意に低かったことが分かった つまり 促音の脱落より 促音の挿入の現象が多かったことが明らかになった さらに 促音の生成ストラテジー調査において 最も多く言及された回答が 音を止める 詰まらせる であることから 広東語母語話者の促音知覚と生成の共通点が伺えた 音響分析と生成ストラテジーの結果を考察したところ 広東語母語話者が摩擦促音に無音部分を挿入したのは 促音に対する意識が 音が止まる という点に向いた結果であると考える 半数以上の広東語母語話者が促音を生成する際に 音を止める 詰まらせる のストラテジーを用いることから 促音 4

部に 止まる音 という特徴を付け加えることによって促音を表現したいという意図が伺える そして 非促音語に無音挿入現象が見られなかったのは 非促音語は無音部分を挿入することによって強調する必要がないからであろう 従って 促音に無音部分が挿入されたのは促音に対する意識の反映であると考える そして 学習者へのフォローアップ インタビューから 促音の意識が学習者によって異なることが分かった そして 意識が音声指導によって変化する可能性が示唆された 無音部分が挿入された摩擦促音の評価を考察すると 無音部分が挿入された摩擦促音は日本語母語話者に促音として知覚されたため 促音を伝えるという意図が伝達されたといえる しかし 非促音の評価が促音より有意に低かったことから 促音より非促音のほうが問題が深刻であることが分かった 母語話者評価で低評価を得たグループを見ると 評価が低い理由が非促音にあることが分かり 非促音に注意を向ける重要性が示唆された 第 5 章総合考察と結論広東語母語話者の促音知覚から見ると 入声は摩擦促音以外の促音の手がかりになっているようであったが 摩擦促音の知覚に正の転移をもたらしていなかった そして 促音の生成において 広東語母語話者が入声の影響を受けたため 促音の 止まる音 という特徴を把握することは簡単である しかし 入声を手がかりにし 止まる音 に注目しすぎることは非促音の生成に良い影響をもたらさないため リズム習得の観点から見ると入声は正の転移とは言えなかった そして 知覚と生成の結果を総合的に考察したところ 促音の視覚が範疇化されている 7 人の広東語母語話者は 生成調査においても良い評価を得られたため 知覚と生成の正の相関関係が伺えた 本研究によって 広東語母語話者が広東語の入声に影響され 促音を聴取および生成する時に入声を手がかりとすることが明らかになった 従って 広東語母語話者に促音を指導する際 入声が広東語母語話者の促音知覚および生成に影響を与えることを考慮に入れる必要がある 以下では香港における日本語音声教育への示唆について述べる 広東語母語話者が促音を 止まる音 として捉えやすいことが分かったが 摩擦促音の摩擦持続部分の長さを意識して聞き取らないと 摩擦促音の聞き取りがずっと困難なままであろう 摩擦促音と他の促音との違いを気付かせるため 教師による指導が重要であるよ考える 全体的なリズム習得を考慮す 5

ると 促音を教える時は 止まる音 を強調するより 拍の長さに注目させ 特に摩擦促音と他の促音の違いを意識させるよう指導したほうがいいだろう そして 非促音における促音の挿入の問題に加え 語末における長音の挿入が評価にネガティブな影響を及ぼしたことも 促音を指導する際にもっと広い視点を持つ必要性を示唆した また 正しい音韻知識が有効な音声基準の構築に必要であること そして知識のみでは音声の基準作りに繋がらないことも本研究によって明らかになった しかし 教師が学習者の音声を指摘し モデル音声を提示しても 学習者が問題点に気付くとは限らない 従って 正しい音韻知識を指導し 発音の問題点を明示的に提示し 問題点への気付きを促すような音韻指導が重要であると考える 本調査は促音という音韻要素に焦点を当て 調査を行った 音韻要素は様々に絡み合い 完全に切り離して研究することは難しい 本研究の焦点は促音だが 促音の知覚と生成を調査するという切り口から 他の音韻要素との繋がりが見えてきた 本研究は促音のみ扱ったが この研究が広東語母語話者の日本語リズム習得の全体像を把握するためのスタート地点になることを望む 参考文献 小河原義朗 (1997a) 日本語発音学習における学習者の自己評価 言語科学論集 1,pp. 27-38. (1997b) 発音矯正場面における学習者の発音と聴き取りの関係について 日本語教育 92, pp. 83-94. 成春有 (2000) 日本語の入声と漢語入声 ( 原文 : 日语入声音与汉语入声 ) 日语学习与研究 pp. 21-24 楊詘人 (2006) 粤方言母語話者の日本語閉鎖音持続時間の研究 ( 原文 : 粤方言区日语学习者的塞音持阻时长研究 ) 现代外语 ( 季刊 ) 29-1. (2007) 粤方言母語話者の日本語閉鎖音持続時間の聴覚の研究 ( 原文 : 粤方言区日语学习者的塞音持阻时长听辨实验研究 ) 解放軍外国語学院学報 30-4. 頼玉華 (1985) 日本人のための広東語 Ⅰ デイリー共同ニュース. Toda, T. (1994) Interlanguage phonology: Acquisition of timing control in Japanese, Australian Review of Applied Linguistics 17-2, pp.51-76. 6