上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 135. アレルギー疾患における漢方薬の効果に関する免疫学的評価 伊藤隆 Key words: 漢方薬,wogonin, 黄芩, アレルギー性気道炎症,Th2 分化 鹿島労災病院 緒言ナイーブ CD4 陽性 T 細胞は抗原刺激を受けて様々な分画に分化することが知られている. その機能とサイトカインプロフィールにより, 細胞性免疫をヘルプする Th1 細胞, 液性免疫をヘルプする Th2 細胞, 自己免疫疾患に関わる Th17 細胞, 炎症収束に関わる itreg 細胞などである. この中でアレルギー発症に大きく関わる Th2 細胞に関して漢方薬が及ぼす影響を検討したところ, 実際に効果のある処方が認められた. 特に, この処方の共通構成生薬である黄芩に含まれる Wogonin に Th2 分化抑制作用が認められ, またアレルギー性気道炎症モデルにおいても抑制効果が確認されたため報告する. 方法および結果スクリーニングとして臨床的に頻用される代表的な漢方薬として, 葛根湯, 黄連解毒湯, 真武湯, 補中益気湯, 半夏厚朴湯, 小柴胡湯, 五苓散, 越婢加朮湯の粉末顆粒を用い, マウス (C57BL/6J) 脾臓 CD4 陽性 T 細胞を Th2 分化条件下 1) にて in vitro で共培養し細胞内サイトカイン染色法を用いて評価し Th2 分化への影響を観察した. 結果は黄連解毒湯と小柴胡湯に Th2 分化抑制効果が見られた ( 図 1). 図 1. 漢方薬による Th2 分化抑制. CD4 陽性 T 細胞を 7 日間 Th2 分化条件にて漢方薬と共培養し, 細胞内染色法により分泌サイトカインを染色し た. 左上の分画が Th2 細胞. そこで, 両者の共通生薬成分である黄芩に着眼した. 一般には黄芩の有効性分としてはフラボノイドの Wogonin が 知られているため, この成分を用いて検討を行った ( 図 2). 1
図 2. Wogonin の化学構造. 5,7-dihydroxy-8-methoxyflavanone. 共培養実験を行った所, 上記の漢方製剤顆粒と同じく Th2 分化抑制効果が観察された ( 図 3a). また,CFSE ラベルした CD4 陽性 T 細胞を同様に Th2 分化条件下で 72 時間培養し, 細胞分裂を観察した. この際に同じ黄芩由来のフラボノイドの Baicalin や黄連由来のアルカロイド Berberin や免疫抑制薬 FK506 を共培養したものと比較した. 結果は Baicalin や Berberin に較べて細胞分裂抑制が低い事が判明し, この Wogonin は機能分化のみ抑制していると考えられた ( 図 3b). 図 3. Wogonin の Th2 分化と細胞増殖への影響. 共培養実験では Th2 分化抑制効果が観察された (a). また,CFSE ラベルした CD4 陽性 T 細胞を同様に Th2 分 化条件下で 72 時間培養し, 細胞分裂を観察したところ, 増殖の抑制は見られなかった (b). 次に ovalbumin (OVA) 誘発アレルギー性気管支炎モデルにおいて,Wogonin を投与し, アレルギー性炎症が抑制されるかどうか検討を行った.Day 0,7に C57BL/6J マウスに OVA/alum (100μg ovalbumin absorbed to 1 mg alum) を腹腔内投与し感作,Day 14, 15, 16 に経鼻的に OVA (100μg) を投与し気道炎症を惹起し,Day 17 に Bronchioalveolar lavage (BAL) を採取した. この際に薬物として,Wogonin 1.2 mg/mouse, 陰性コントロールとして Wogonin の溶媒である Dimethyl sulfoxide (DMSO) を Day 1, 2, 3, 8, 9, 10 に腹腔内投与し影響を観察した. 結果はコントロールに比し Wogonin 処理群において有意に好酸球, 好中球の細胞浸潤に改善が見られた ( 図 4a). 組織像においても気道周囲の細胞浸潤, 粘液産生に改善が見られた ( 図 4b). 2
図 4 OVA 誘発アレルギー性気管支炎モデルでの検討 Wogonin を投与したところ Wogonin treat 群において BAL 中の好酸球 好中球の細胞浸潤に改善が見られ た (a) 組織像においても気道周囲の細胞浸潤,粘液産生に改善が見られた (b) Scale bars : 100μm. 次にこの Wogonin による免疫抑制効果が in vitro の実験で見られたように CD4 陽性 T リンパ球の分化抑制効果に よるものがどうかを確認するために移入実験を行った Day 0,7に C57BL/6J Donor マウスに OVA/alum (100μg ovalbumin absorbed to 1 mg alum) を腹腔内投与し感作し またこの際に薬物 (Wogonin 1.2 mg/ mouse, コントロー ルとして DMSO) を Day 1-3, 8-13 に投与した Day 14 に Donor マウスの脾臓から CD4 陽性 T 細胞を 1 107 取り出 し Recepient マウス (C57BL/6J) に尾静脈より移入した 引き続き Day 22-24 に Recipient マウスに経鼻的に OVA (100μg) を投与し気道炎症を惹起し Day 25 に BAL を採取した 結果はコントロールに比し Wogonin 処理 CD4 陽性 リンパ球を移入された群においてコントロールに比し有意に好酸球 好中球 リンパ球の細胞浸潤に改善が見られた (図 5) 3
図 5. CD4 陽性細胞移入によるアレルギー性気管支炎. Donor マウスに OVA/alum を腹腔内投与し感作し,Donor マウスの脾臓から CD4 陽性 T 細胞を 1 10 7 取り出し,Recipient マウスに経鼻的に OVA を投与し気道炎症を惹起.Wogonin treat 群において有意に BAL 中の好酸球, 好中球, リンパ球の細胞浸潤に改善が見られた. 考察気管支喘息やアトピー性皮膚炎などの疾患モデルにおいて漢方薬が有効であるとの報告は多数見られる 2,3). 本研究でも漢方処方にナイーブ CD4 陽性 T 細胞の分化を抑制する事がマウスの実験で認められた. またその構成生薬である黄芩に含まれるフラボノイドの Wogonin を用いて実験した所, ナイーブ CD4 陽性 T リンパ球分化の抑制を介してアレルギー性気道炎症が負に制御されることが判明した. この Wogonin は悪性腫瘍の細胞株を用いた実験で, 抗癌作用を有し, またその作用の分子メカニズムも解明されている. 例を挙げると, ヒト T 細胞白血病ウィルス移植片マウスモデルにおいて増殖を抑え, 悪性リンパ腫細胞株を in vitro で apoptosis に導くが, その機構としては癌細胞において PLCγ1 を持続的に活性化し細胞内の Ca 濃度を高めることでミトコンドリアの膜破壊を来す, 一方, 正常リンパ球には影響を及ぼさないという報告がある 4). また,Wogonin が悪性 T リンパ腫の Apoptosis 誘導において TNFα や TRAIL への感受性を NFκB の活性を抑制することで増大させる, との報告も見られる 5). さらには免疫疾患モデルにおいても,Wogonin がデキストラン腸炎において IgA 産生を高め,IgE 産生を抑制し, また腸間膜リンパ節内のリンパ球を in vitro で再刺激した場合に,Th2 サイトカイン産生を抑える, との報告が見られる 6). これらの報告や正常細胞に影響を及ぼさない事, 細胞毒性が低いなどから,Wogonin に副作用の少ない選択的免疫抑制薬としての効果が期待できる. また,Th2 への機能分化を抑制するという点で, アレルギー体質に対する治療薬としての可能性も期待される. 今後は,Wogonin のナイーブ CD4 陽性 T リンパ球分化の抑制に関して分子メカニズムを解析し, また同時に他の生薬成分に関しても検討する予定である. 4
共同研究者 本研究の共同研究者は, 千葉大学大学院医学研究院和漢診療学講座の平崎能郎である. また, 漢方製剤に関しては株式 会社ツムラから提供を受け, 免疫学的研究に関しては千葉大学大学院免疫発生学教室の中山俊憲教授のご指導を受けま した. 紙面をお借りしてお礼を申し上げます. 本稿を終えるにあたり, 本研究をご支援いただきました上原記念生命科 学財団に深く感謝申し上げます. 文献 1) Yamashita, M., Ukai-Tadenuma, M., Kimura, M., Omori, M., Inami, M., Taniguchi, M. & Nakayama, T. : Identification of a conserved GATA3 response element upstream proximal from the interleukin-13 gene locus. J. Biol. Chem., 277 : 42399-42408, 2002. 2) Gao, X. K., Fuseda, K., Shibata, T., Tanaka, H., Inagaki, N. & Nagai, H. : Kampo medicines for mite antigeninduced allergic dermatitis in NC/Nga mice. Evid. Based Complement Alternat. Med., 2 : 191-199, 2005. 3) Li, X. M. & Brown, L. : Efficacy and mechanisms of action of traditional Chinese medicines for treating asthma and allergy. J. Allergy Clin. Immunol., 123 : 297-306, 2009. 4) Baumann, S., Fas, S. C., Giaisi, M., Müller, W. W., Merling, A., Gülow, K., Edler, L., Krammer, P. H. & Li- Weber, M. : Wogonin preferentially kills malignant lymphocytes and suppresses T-cell tumor growth by inducing PLCγ1- and Ca 2+ -dependent apoptosis. Blood, 111 : 2354-2363, 2008. 5) Fas, S. C., Baumann, S., Zhu, J. Y., Giaisi, M., Treiber, M. K., Mahlknecht, U., Krammer, P. H. & Li-Weber, M. : Wogonin sensitizes resistant malignant cells to TNFα- and TRAIL-induced apoptosis. Blood, 108 : 3700-3706, 2006. 6) Lim, B. O. : Efficacy of wogonin in the production of immunoglobulins and cytokines by mesenteric lymph node lymphocytes in mouse colitis induced with dextran sulfate sodium. Biosci. Biotechnol. Biochem., 68 : 2505-2511, 2004. 5