上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)

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八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

第6号-2/8)最前線(大矢)

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

ごく少量のアレルゲンによるアレルギー性気道炎症の発症機序を解明

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

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記 者 発 表(予 定)

転移を認めた 転移率は 13~80% であった 立細胞株をヌードマウス皮下で ~1l 増殖させ, その組

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

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日本内科学会雑誌第98巻第12号

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

本研究成果は 2015 年 7 月 21 日正午 ( 米国東部時間 ) 米国科学雑誌 Immunity で 公開されます 4. 発表内容 : < 研究の背景 > 現在世界で 3 億人以上いるとされる気管支喘息患者は年々増加の一途を辿っています ステロイドやβ-アドレナリン受容体選択的刺激薬の吸入によ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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がん免疫療法モデルの概要 1. TGN1412 第 Ⅰ 相試験事件 2. がん免疫療法での動物モデルの有用性がんワクチン抗 CTLA-4 抗体抗 PD-1 抗体 2

< 研究の背景と経緯 > ヒトの腸管内には 500 種類以上 総計 100 兆個以上の腸内細菌が共生しており 腸管からの栄養吸収 腸の免疫 病原体の感染の予防などに働いています 一方 遺伝的要因 食餌などを含むライフスタイル 病原体の侵入などや種々の医療的処置などによって腸内細菌のバランスが乱れると

図アレルギーぜんそくの初期反応の分子メカニズム

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

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学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

研究成果の概要 今回発表した研究では 独自に開発した B 細胞初代培養法 ( 誘導性胚中心様 B (igb) 細胞培養法 ; 野嶋ら, Nat. Commun. 2011) を用いて 膜型 IgE と他のクラスの抗原受容体を培養した B 細胞に発現させ それらの機能を比較しました その結果 他のクラ

第11回 化学物質の環境リスクに関する国際シンポジウム 発表資料

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るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 山田淳 論文審査担当者 主査副査 大川淳野田政樹 上阪等 論文題目 Follistatin Alleviates Synovitis and Articular Cartilage Degeneration Induced by Carrageenan ( 論文


研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

学位論文の要約

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

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膜小胞「エキソソーム」を介した経口免疫寛容誘導機構の解析

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

平成14年度研究報告

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上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

VENTANA PD-L1 SP142 Rabbit Monoclonal Antibody OptiView PD-L1 SP142

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平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

< 研究の背景と経緯 > 私たちの消化管は 食物や腸内細菌などの外来抗原に常にさらされています 消化管粘膜の免疫系は 有害な病原体の侵入を防ぐと同時に 生体に有益な抗原に対しては過剰に反応しないよう巧妙に調節されています 消化管に常在するマクロファージはCX3CR1を発現し インターロイキン-10(

日本内科学会雑誌第96巻第4号

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

図 1 識抗 Gr-1 抗体にて染色してフローサイトメトリーにて観察 FcεRI(+),c-kit(-),Gr-1(-) 細胞を好塩基球としてカウントした 2.5 サイトカイン ケモカインの測定耳介皮膚を 0.1% Tween 20 含有 PBS を用いて粉砕しホモゲネートを作成 15,000g で

博士学位論文 内容の要旨及び論文審査結果の要旨 第 11 号 2015 年 3 月 武蔵野大学大学院

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第一章自然免疫活性化物質による T 細胞機能の修飾に関する検討自然免疫は 感染の初期段階において重要な防御機構である 自然免疫を担当する細胞は パターン認識受容体 (Pattern Recognition Receptors:PRRs) を介して PAMPs の特異的な構造を検知する 機能性食品は

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

作成要領・記載例

平成 2 3 年 2 月 9 日 科学技術振興機構 (JST) Tel: ( 広報ポータル部 ) 慶應義塾大学 Tel: ( 医学部庶務課 ) 腸における炎症を抑える新しいメカニズムを発見 - 炎症性腸疾患の新たな治療法開発に期待 - JST 課題解決型基

さらにのどや気管の粘膜に広く分布しているマスト細胞の表面に付着します IgE 抗体にスギ花粉が結合すると マスト細胞がヒスタミン ロイコトリエンという化学伝達物質を放出します このヒスタミン ロイコトリエンが鼻やのどの粘膜細胞や血管を刺激し 鼻水やくしゃみ 鼻づまりなどの花粉症の症状を引き起こします

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

通常の単純化学物質による薬剤の約 2 倍の分子量をもちます. 当初, 移植時の拒絶反応抑制薬として認可され, 後にアトピー性皮膚炎, 重症筋無力症, 関節リウマチ, ループス腎炎へも適用が拡大しました. タクロリムスの効果機序は, 当初,T 細胞のサイトカイン産生を抑制するということで説明されました

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

Powered by TCPDF ( Title 非アルコール性脂肪肝 (NAFLD) 発症に関わる免疫学的検討 Sub Title The role of immune system to non-alcoholic fatty liver disease Author

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

娠中の母親に卵や牛乳などを食べないようにする群と制限しない群とで前向きに比較するランダム化比較試験が行われました その結果 食物制限をした群としなかった群では生まれてきた児の食物アレルゲン感作もアトピー性皮膚炎の発症率にも差はないという結果でした 授乳中の母親に食物制限をした場合も同様で 制限しなか

選択した 薬剤から表示される処方内容 44 26: 漢方薬 35~40Kg ツムラ柴朴湯エキス顆粒 ( 医療用 ) g 1: 内服 1:1 日 3 回毎食後に : 漢方薬 40Kg~ ツムラ柴朴湯エキス顆粒 ( 医療用 ) g 1: 内服 1:1 日 3

学位論文の要約 免疫抑制機構の観点からの ペプチドワクチン療法の効果増強を目指した研究 Programmed death-1 blockade enhances the antitumor effects of peptide vaccine-induced peptide-specific cyt

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

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日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小島光暁 論文審査担当者 主査森尾友宏 副査槇田浩史 清水重臣 論文題目 Novel role of group VIB Ca 2+ -independent phospholipase A 2γ in leukocyte-endothelial cell in

本文/目次(裏白)

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

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上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 135. アレルギー疾患における漢方薬の効果に関する免疫学的評価 伊藤隆 Key words: 漢方薬,wogonin, 黄芩, アレルギー性気道炎症,Th2 分化 鹿島労災病院 緒言ナイーブ CD4 陽性 T 細胞は抗原刺激を受けて様々な分画に分化することが知られている. その機能とサイトカインプロフィールにより, 細胞性免疫をヘルプする Th1 細胞, 液性免疫をヘルプする Th2 細胞, 自己免疫疾患に関わる Th17 細胞, 炎症収束に関わる itreg 細胞などである. この中でアレルギー発症に大きく関わる Th2 細胞に関して漢方薬が及ぼす影響を検討したところ, 実際に効果のある処方が認められた. 特に, この処方の共通構成生薬である黄芩に含まれる Wogonin に Th2 分化抑制作用が認められ, またアレルギー性気道炎症モデルにおいても抑制効果が確認されたため報告する. 方法および結果スクリーニングとして臨床的に頻用される代表的な漢方薬として, 葛根湯, 黄連解毒湯, 真武湯, 補中益気湯, 半夏厚朴湯, 小柴胡湯, 五苓散, 越婢加朮湯の粉末顆粒を用い, マウス (C57BL/6J) 脾臓 CD4 陽性 T 細胞を Th2 分化条件下 1) にて in vitro で共培養し細胞内サイトカイン染色法を用いて評価し Th2 分化への影響を観察した. 結果は黄連解毒湯と小柴胡湯に Th2 分化抑制効果が見られた ( 図 1). 図 1. 漢方薬による Th2 分化抑制. CD4 陽性 T 細胞を 7 日間 Th2 分化条件にて漢方薬と共培養し, 細胞内染色法により分泌サイトカインを染色し た. 左上の分画が Th2 細胞. そこで, 両者の共通生薬成分である黄芩に着眼した. 一般には黄芩の有効性分としてはフラボノイドの Wogonin が 知られているため, この成分を用いて検討を行った ( 図 2). 1

図 2. Wogonin の化学構造. 5,7-dihydroxy-8-methoxyflavanone. 共培養実験を行った所, 上記の漢方製剤顆粒と同じく Th2 分化抑制効果が観察された ( 図 3a). また,CFSE ラベルした CD4 陽性 T 細胞を同様に Th2 分化条件下で 72 時間培養し, 細胞分裂を観察した. この際に同じ黄芩由来のフラボノイドの Baicalin や黄連由来のアルカロイド Berberin や免疫抑制薬 FK506 を共培養したものと比較した. 結果は Baicalin や Berberin に較べて細胞分裂抑制が低い事が判明し, この Wogonin は機能分化のみ抑制していると考えられた ( 図 3b). 図 3. Wogonin の Th2 分化と細胞増殖への影響. 共培養実験では Th2 分化抑制効果が観察された (a). また,CFSE ラベルした CD4 陽性 T 細胞を同様に Th2 分 化条件下で 72 時間培養し, 細胞分裂を観察したところ, 増殖の抑制は見られなかった (b). 次に ovalbumin (OVA) 誘発アレルギー性気管支炎モデルにおいて,Wogonin を投与し, アレルギー性炎症が抑制されるかどうか検討を行った.Day 0,7に C57BL/6J マウスに OVA/alum (100μg ovalbumin absorbed to 1 mg alum) を腹腔内投与し感作,Day 14, 15, 16 に経鼻的に OVA (100μg) を投与し気道炎症を惹起し,Day 17 に Bronchioalveolar lavage (BAL) を採取した. この際に薬物として,Wogonin 1.2 mg/mouse, 陰性コントロールとして Wogonin の溶媒である Dimethyl sulfoxide (DMSO) を Day 1, 2, 3, 8, 9, 10 に腹腔内投与し影響を観察した. 結果はコントロールに比し Wogonin 処理群において有意に好酸球, 好中球の細胞浸潤に改善が見られた ( 図 4a). 組織像においても気道周囲の細胞浸潤, 粘液産生に改善が見られた ( 図 4b). 2

図 4 OVA 誘発アレルギー性気管支炎モデルでの検討 Wogonin を投与したところ Wogonin treat 群において BAL 中の好酸球 好中球の細胞浸潤に改善が見られ た (a) 組織像においても気道周囲の細胞浸潤,粘液産生に改善が見られた (b) Scale bars : 100μm. 次にこの Wogonin による免疫抑制効果が in vitro の実験で見られたように CD4 陽性 T リンパ球の分化抑制効果に よるものがどうかを確認するために移入実験を行った Day 0,7に C57BL/6J Donor マウスに OVA/alum (100μg ovalbumin absorbed to 1 mg alum) を腹腔内投与し感作し またこの際に薬物 (Wogonin 1.2 mg/ mouse, コントロー ルとして DMSO) を Day 1-3, 8-13 に投与した Day 14 に Donor マウスの脾臓から CD4 陽性 T 細胞を 1 107 取り出 し Recepient マウス (C57BL/6J) に尾静脈より移入した 引き続き Day 22-24 に Recipient マウスに経鼻的に OVA (100μg) を投与し気道炎症を惹起し Day 25 に BAL を採取した 結果はコントロールに比し Wogonin 処理 CD4 陽性 リンパ球を移入された群においてコントロールに比し有意に好酸球 好中球 リンパ球の細胞浸潤に改善が見られた (図 5) 3

図 5. CD4 陽性細胞移入によるアレルギー性気管支炎. Donor マウスに OVA/alum を腹腔内投与し感作し,Donor マウスの脾臓から CD4 陽性 T 細胞を 1 10 7 取り出し,Recipient マウスに経鼻的に OVA を投与し気道炎症を惹起.Wogonin treat 群において有意に BAL 中の好酸球, 好中球, リンパ球の細胞浸潤に改善が見られた. 考察気管支喘息やアトピー性皮膚炎などの疾患モデルにおいて漢方薬が有効であるとの報告は多数見られる 2,3). 本研究でも漢方処方にナイーブ CD4 陽性 T 細胞の分化を抑制する事がマウスの実験で認められた. またその構成生薬である黄芩に含まれるフラボノイドの Wogonin を用いて実験した所, ナイーブ CD4 陽性 T リンパ球分化の抑制を介してアレルギー性気道炎症が負に制御されることが判明した. この Wogonin は悪性腫瘍の細胞株を用いた実験で, 抗癌作用を有し, またその作用の分子メカニズムも解明されている. 例を挙げると, ヒト T 細胞白血病ウィルス移植片マウスモデルにおいて増殖を抑え, 悪性リンパ腫細胞株を in vitro で apoptosis に導くが, その機構としては癌細胞において PLCγ1 を持続的に活性化し細胞内の Ca 濃度を高めることでミトコンドリアの膜破壊を来す, 一方, 正常リンパ球には影響を及ぼさないという報告がある 4). また,Wogonin が悪性 T リンパ腫の Apoptosis 誘導において TNFα や TRAIL への感受性を NFκB の活性を抑制することで増大させる, との報告も見られる 5). さらには免疫疾患モデルにおいても,Wogonin がデキストラン腸炎において IgA 産生を高め,IgE 産生を抑制し, また腸間膜リンパ節内のリンパ球を in vitro で再刺激した場合に,Th2 サイトカイン産生を抑える, との報告が見られる 6). これらの報告や正常細胞に影響を及ぼさない事, 細胞毒性が低いなどから,Wogonin に副作用の少ない選択的免疫抑制薬としての効果が期待できる. また,Th2 への機能分化を抑制するという点で, アレルギー体質に対する治療薬としての可能性も期待される. 今後は,Wogonin のナイーブ CD4 陽性 T リンパ球分化の抑制に関して分子メカニズムを解析し, また同時に他の生薬成分に関しても検討する予定である. 4

共同研究者 本研究の共同研究者は, 千葉大学大学院医学研究院和漢診療学講座の平崎能郎である. また, 漢方製剤に関しては株式 会社ツムラから提供を受け, 免疫学的研究に関しては千葉大学大学院免疫発生学教室の中山俊憲教授のご指導を受けま した. 紙面をお借りしてお礼を申し上げます. 本稿を終えるにあたり, 本研究をご支援いただきました上原記念生命科 学財団に深く感謝申し上げます. 文献 1) Yamashita, M., Ukai-Tadenuma, M., Kimura, M., Omori, M., Inami, M., Taniguchi, M. & Nakayama, T. : Identification of a conserved GATA3 response element upstream proximal from the interleukin-13 gene locus. J. Biol. Chem., 277 : 42399-42408, 2002. 2) Gao, X. K., Fuseda, K., Shibata, T., Tanaka, H., Inagaki, N. & Nagai, H. : Kampo medicines for mite antigeninduced allergic dermatitis in NC/Nga mice. Evid. Based Complement Alternat. Med., 2 : 191-199, 2005. 3) Li, X. M. & Brown, L. : Efficacy and mechanisms of action of traditional Chinese medicines for treating asthma and allergy. J. Allergy Clin. Immunol., 123 : 297-306, 2009. 4) Baumann, S., Fas, S. C., Giaisi, M., Müller, W. W., Merling, A., Gülow, K., Edler, L., Krammer, P. H. & Li- Weber, M. : Wogonin preferentially kills malignant lymphocytes and suppresses T-cell tumor growth by inducing PLCγ1- and Ca 2+ -dependent apoptosis. Blood, 111 : 2354-2363, 2008. 5) Fas, S. C., Baumann, S., Zhu, J. Y., Giaisi, M., Treiber, M. K., Mahlknecht, U., Krammer, P. H. & Li-Weber, M. : Wogonin sensitizes resistant malignant cells to TNFα- and TRAIL-induced apoptosis. Blood, 108 : 3700-3706, 2006. 6) Lim, B. O. : Efficacy of wogonin in the production of immunoglobulins and cytokines by mesenteric lymph node lymphocytes in mouse colitis induced with dextran sulfate sodium. Biosci. Biotechnol. Biochem., 68 : 2505-2511, 2004. 5