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d 運動負荷心電図でSTの低下が0.1mV 以上の所見があるもの ( イ ) 臨床所見で部分的心臓浮腫があり かつ 家庭内での普通の日常生活活動若しくは社会での極めて温和な日常生活活動には支障がないが それ以上の活動は著しく制限されるもの又は頻回に頻脈発作を繰り返し 日常生活若しくは社会生活に妨げと

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はじめに これから心臓手術をお受けになる患者さんとそのご家族は とても不安な気持ちだと思います このような漠然とした不安の原因のひとつは心臓手術がどのようにして行われるのか良くわからない という点にあると思われます 心臓手術というのは数ある外科手術の中でも極めて高度の知識や技術を要します 心臓病にかぎらず病気の治療法は 薬を主体とする内科的治療法と 手術を行う外科的治療法に分けられます そのどちらを選択するかという判断は 日常生活がどの程度障害されているか 手術をしない場合の今後の見通し 手術に伴う危険性の大きさなど いろいろな条件を考慮した上で医学的な判断を致します しかし最終的に手術を受けるかどうかの決断は どうしてもご本人あるいはご家族に行っていただくしかありません そのためにあなたの病気の状態 ならびに手術の方法 必要性 危険性などについて より深い御理解をいただき 漠然とした不安を解消して積極的に病気と取り組んでいただくためにこのパンフレットがお役に立つことを願っております 皆様がよく理解し 納得されるまで十分に説明致しますので ご不明な点はご遠慮なく担当医へ何度でもお聞きになって下さい - 2 -

目次 人工心肺装置について ----------------------- 4 心臓手術に関係した問題点 ( 危険性と合併症 )--- 6 胸骨正中切開と術後縦隔洞炎 ----------------- 10 弁膜症について ---------------------------- 12 大動脈弁の病気 ---------------------------- 14 僧帽弁の病気 ------------------------------ 20 低侵襲心臓手術 (MICS) について ------------ 24 三尖弁の病気 ------------------------------ 27 心房細動手術 ( メイズ手術 ) について -------- 28 虚血性心疾患について ---------------------- 29 感染性心内膜炎について -------------------- 31 心臓腫瘍について -------------------------- 32 大動脈の病気について ---------------------- 33 腹部大動脈瘤の治療 ------------------------ 38 治療の流れなどについて -------------------- 40 最近の手術症例数と手術成績 ---------------- 42-3 -

心臓あるいは胸部大動脈を手術するにはほとんどの場合 心臓を止める必要があります 心臓を停止させるためには特殊な手段が必要です 心臓という臓器は血液を循環させるポンプの働きであり 手術中 心臓の代わりに全身に血液を送り続ける機械を人工心肺装置といいます これは 全身から心臓にかえってきた血液を人工心肺装置に導き これを人工肺で酸素化した血液をポンプで体の動脈に灌流します この装置により心臓を止めても酸素化された血液を循環させることができ 臓器を保護できます 次に心臓を止める手段ですが まず心臓が動き続けている仕組みを考える必要があります 心臓は筋肉でできており ( 心筋 ) 心筋が働くためにはたくさんの酸素化された血液を必要とします このために心臓は冠動脈を介して自分自身へも血液を送っているのです 冠動脈が流れ続けている限り心臓は動きを止めませんので 心臓を止めるにはこの冠動脈の流れを遮断する必要があります そこで 冠動脈の上大動脈を鉗子ではさんで遮断します すると 人工心肺からの血液は冠動脈に流れ込まなくなり 拍動が停止します 心筋保護液さらに完全に心筋の動きを止めて 手術操作の間に心筋のダメージを少しでも抑えるため冠動脈または冠静脈内に冷却した特殊な薬剤 ( 心筋保護液 ) を注入します このような状態で心臓内部の操作や胸部大動脈の手術を行ないます 心拍動再開心臓を再度拍動させるには心臓を止めるときに行ったことの逆を行なえばよいのです つまり 大動脈の遮断を取り除いて冠動脈に血液を流してやれば注入されていた心筋保護液が洗い流され同時に心筋の温度も上がり 心臓は自然に活動を再開します しばらくして心臓の働きが充分回復したところで人工心肺装置を停止し 身体から切り離します 開心術の場合 心臓を止めている間に行なう心内操作は病気の種類によってもちろん異なりますが 人工心肺装置の操作に関してはかなりの部分で共通しています - 4 -

送血チューブ 脱血 チューブ 人工心肺 ポンプ - 5 -

心臓手術のほとんどは一時的に心臓を止めて行ないます 手術の危険性は心停止 人工心肺に由来 した共通の危険性と それぞれの疾患に固有の危険性とに分けると判り易いです まず開心術に 共通した危険性 合併症につき説明します 1) 心不全心不全とは心臓の収縮力が低下している状態です 特に術後にはいろいろな原因で強い心不全に陥ることがあります その一番の原因は 手術中の心停止です 長時間心停止していると その間は心臓に酸素 栄養が供給されませんから心臓は弱ります これを予防するために 心停止時間 ( 大動脈遮断時間 ) をなるべく短くすることや十分な心筋保護を行うように努めています 二番目の原因としては術中の心筋梗塞があり もともとあった冠動脈の狭窄や 手術中に冠動脈内に混入した組織片や空気の泡がこの発生に関わっています 術中に冠動脈内に空気や組織片を入れないよう細心の注意をすることで防ぎます 冠動脈バイパス術を追加する場合もあります 高度な心不全に陥った場合はIABP( 大動脈内バルーンパンピング ) やPCPS( 経皮的心肺補助装置 ) により補助することがあります IABP ( 大動脈内ハ ルーンハ ンヒ ンク ) - 6 -

PCPS ( 経皮的心肺補助装置 ) 2) 出血 胸水貯留心臓手術ではある程度の出血は避けられません また血液が人工心肺装置を通る時に血液を固める成分 ( 凝固因子 血小板 ) が破壊されるため 手術後は出血傾向となります このような時には輸血 ( 赤血球 凍結血漿や濃厚血小板液など ) を行なう必要があります また 一旦止血したのに 手術室を出た後に再び出血が増加し 再度手術室に戻って再開胸止血術が必要になる場合もあります 出血した血液が心臓の周囲に溜まると心臓を圧迫することもあり ( 心タンポナーデ ) 多量の場合は血液塊を取り去る必要があります また血液や胸水が胸に溜まって肺の働きを悪くすることがあり ( 血胸 胸水 ) 胸壁から管( ドレーン ) を刺入して貯留液を排出する必要があります ( 胸腔ドレナージ ) 3) 不整脈心臓の働きでは 規則正しく動くことです 心臓の内部にリズムを作り出す場所があり ( 洞結節 ) このリズムが心臓内に伝わります ( 伝導路 ) 心臓手術時の心停止の影響や洞結節 伝導路などへの直接的な傷害 あるいは心筋の興奮性の異常な亢進などによりこのメカニズムに異常を生じてリズムが狂うことがあります 心臓の拍動数が極端に減少 ( 除脈 ) することや 逆に非常に速く打つ ( 頻脈 ) ことで心機能が悪くなります ペースメーカー ( 術後に一時的に行うのは一時的体外式ペースメーカーといって 不要になれば抜いてしまいます ) を用いたり 不整脈薬を用いて治療します 手術術式や病状によっては完全房室ブロックという不整脈になり 人工ペースメーカーを体内に植え込む必要があります ( 永久型ペースメーカー ) - 7 -

4) 脳神経障害 ( 脳梗塞 ) 開心術中の循環は生理的な循環と大きく異なり 動脈硬化のためにもともと脳血管に狭い部分があった患者さんではそこから先の部分に血流不足がおこる危険性が考えられます また血管内壁の破片が手術操作中に剥がれて脳血管に詰まる危険性もあります いずれの場合にも血流不足に陥った脳は損傷を受け脳梗塞 ( 術前危険因子のない開心術での脳梗塞危険率は1-2%) に陥ります 症状としては軽いものから命に関わる重いものまでさまざまです さまざまな予防の工夫が行われていますが 完全になくすことはできていないのが現状です また 長時間手術のため手術体位による四肢の神経障害になることもあります 5) 腎 肝 肺 胃腸 その他の臓器の障害手術の影響は心臓 脳に限らず体中のあらゆる臓器におよびます 特に人工心肺時間が長時間に及んだ場合や術後の心不全が高度の場合などに問題となります 腎機能が低下して尿の産生が不良となり体内の老廃物が排出できない状態を腎不全と言います 心機能回復後も腎機能の回復は遅れる場合が多く その間は血液透析 ( 血管に入れた管から血液を透析の機械に導き 老廃物を漉し取った後に身体に戻す ) を行いながら腎機能の回復を待つことになります 肝臓の働きが影響を受けて 黄疸が生じたり 出血傾向が出たりすることもあります 特に術前から慢性肝炎や肝硬変のある患者さんでは術後に肝機能低下が問題となる場合があります 肺の合併症はしばしば問題となります たとえば 細菌による肺炎を生じたり 痰の排出が不良で肺の一部に空気の入らない部分を生じたり ( 無気肺 ) また 肺に穴が開いて風船のようにしぼんでしまったりすることがあります ( 気胸 ) 長期呼吸機能障害になった場合は気管切開が必要になる場合もあります 人工心肺を使用した開心術後では 抗凝固療法や抗血小板薬による治療が術後早期から行われます 通常であれば少量の出血で止血してしまうような胃潰瘍でも多量出血に陥る場合があります また きわめて稀ですが 心臓手術が問題なく終了しても 腸管への血流障害によりイレウス 腸管虚血 腸管壊死になり 再手術 ( 腸切除 ) が必要になり 重篤になる場合もあります 6) 感染症 ( 術後肺炎 尿路感染 縦隔炎 人工弁感染 創部感染など ) 細菌の侵入により傷口が化膿して開いてしまったり 手術で植え込んだ人工弁や人工血管などに細菌が巣を作ることがあります 心臓手術は 無菌手術 なうえに予防的に抗生物質を用いるなどの対策をとっていますが 患者さん自身の皮膚にひそんでいる細菌を根絶できないこと 患者さんの抵抗力が術前の心不全状態で低下しているうえに心臓手術という大きなストレスのためにさらに落ち込んでいることなどが要因となることがあります 7) 大動脈解離 心破裂開心術では心臓 大血管を操作する必要があります その際にきわめて稀ですが 血管が裂けたり ( 大動脈解離 ) 心破裂をおこしてしまうこともあります 予防には努めますが 致命的になる場合もあります - 8 -

8) 輸血 血液製剤心臓外科手術には輸血 血液製剤の投与が必要な場合があります 日本赤十字社血液センターからの輸血用血液を用います 現在 検査の進歩により 非常に安全になっていますが 下記のような副作用 合併症が起こる可能性があります アレルギー 蕁麻疹 発熱 溶血反応 輸血後肝炎 B 型 輸血後肝炎 C 型 輸血後エイズ 輸血後 GVHD( 非照射血の場合 ) 1/20~1/100 1/1000~1/1 万 1/ 約 13 万 1/ 約 2000 万 1/ 約 1000 万 1/5 万 ~1/50 万 できるだけ輸血を回避 減量するよう努めています 輸血を回避 減量するためには術中 術後の出血量を減らすことが最も大切ですが 人工心肺装置によるロスや 思わぬ出血により輸血が必要となる可能性は常にあります そのため 必要な時には輸血を受けられることを勧めます 血液センターの血液は非常に安全ですが 100% 安全ではありません 検査方法の検出感度以下のウイルスが血液に存在した場合は いくら検査してもウイルスを検出することが出来ず 非常にまれですが 感染することがあります 自分の血液を手術前に貯めておいて手術時に使用する自己血輸血を行えば 同種血輸血を回避 減量することができます しかし 病状 年齢などによって 自己血貯血を行える場合は限られております 9) その他 薬剤アレルギーなど開心術では麻酔に関する薬 抗生物質 循環に関する多種の薬物を使用します きわめて稀ですが アレルギー反応により 予期せぬ副作用が出現することがあります 軽いものから重篤な症状になる場合もあります 症状に応じて迅速に対処します 麻酔は全身麻酔を用いますが これ自体にも危険性を伴います 心臓病の患者さんの麻酔は一般に最も難しいと言われており 麻酔科医が担当します その他 術中 術後に予期せぬ事態が生じることもあります そのような緊急事態では事前説明なしにその場で手術方針を変更し 処置を追加することもあります - 9 -

胸骨正中切開を必要とする心臓術後の合併症として 縦隔洞炎は術後入院期間の延長が必要となり 致死的になる場合もある重篤な合併症の一つです さらに縦隔炎治療中の患者さんが被る疼痛や不安は深刻で 少なからず変形した創部への心理的 精神的なダメージは計り知れません 文献的に心臓手術術後の縦隔洞炎の発生率は0.5~5% と報告されており 糖尿病合併患者では発生しやすいとされています 胸骨正中切開 胸骨の状態によっ ては特別なプレー トで固定します 胸骨は専用のワイヤー で固定します 術後縦隔洞炎になった場合の胸部写真 ( 当科の症例ではありません インターネットより転記 ) - 10 -

三重大学では 2005 年より三重大学倫理委員会の承認を得て 胸骨正中切開を行う全症例に対して 術後縦隔洞炎の予防目的にバンコマイシンの胸骨骨髄内局所投与 ( バンコマイシン骨ろう擦りこみ ) を施行しており 予防効果を確認しております バンコマイシン非使用 バンコマイシン使用 (n=182) (n=697) 縦隔洞炎発症率 4 (2.2%) 1 (0.14%) 全国学会 ( 日本胸部外科学会 外科感染症学会など ) で発表し評価を受けています 2009 年以降の手術では術後縦隔洞炎は 1 例もありません - 11 -

心臓は右心房 右心室 左心房 左心室と4つの部屋からできており 血液を全身に送り続けています このうち左心室 右心室は厚い筋肉 ( 心筋 ) からできており 収縮することで血液を送り出すポンプの役割を担っています 血液の流れを一方向に維持するために 心室に血液が流れ込む流入部と血液を送り出す流出部に 弁 があります 左心室 右心室に2つずつ 合わせて4つの弁があります 弁に障害が起き 弁の役割に障害をきたした状態を 弁膜症 と言います 弁の肥厚や癒合などで弁の開きが悪くなり血液の流れを妨げている状態を 狭窄 弁が完全に閉じなくなり血液が逆流して漏れてしまう状態を 閉鎖不全 と言います 狭くなり かつ閉じなくなった 狭窄 と 閉鎖不全 の合併した状態も存在します 弁膜症はすべての弁に存在しますが 問題になる多くは 全身に血液を送り出す左心室に関連した大動脈弁と僧帽弁の弁膜症です 弁膜症には大動脈弁狭窄症 大動脈弁閉鎖不全症 僧帽弁狭窄症 僧帽弁閉鎖不全症 三尖弁閉鎖不全症などの病気があります 大動脈弁左心室の流出部で大動脈との間にあり 左心室が収縮すると同時に開いて血液を大動脈へ送り出し 左心室が拡張すると同時に閉じて血液の逆流を防止します 通常は半月状の3つの弁から成り立っています 僧帽弁左心房と左心室の間にあり 大動脈弁と逆の動きをして 左心房が収縮すると同時に開いて左心室へと血液を送り込み また左心室が収縮すると同時に閉じて左心房へ血液が逆流しないように働きます 三尖弁 右心房と右心室の間にあり 右心房が収縮すると同時に開いて右心室へと血液を送り込 み また右心室が収縮すると同時に閉じて右心房へ血液が逆流しないように働きます 肺動脈弁 右心室の流出部で肺動脈との間にあり 右心室が収縮すると同時に開いて血液を肺動脈 へ送り出し 右心室が拡張すると同時に閉じて血液の逆流を防止しています - 12 -

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1. 大動脈弁狭窄症とは 大動脈弁が 狭く なることです 動脈硬化などが原因で弁が硬くなると 大動脈弁が開きにくく 狭くなり 血液が通りにくくなります 1 通りにくくなるとどうなるのか? 心臓に負担がかかります 腕で測る血圧が100mmHgの場合 普通は内圧 ( 心臓の中の血圧 ) も100mmHg ですが 大動脈弁狭窄症の場合 150mmHgや200mmHgに至ることもあります 心臓は毎日約 10 万回心臓が収縮するので どんどん心臓に負担がかかり 心筋は肥大します 肥大しても骨格筋のように力が強く丈夫になるわけではありません 不整脈がでやすくなり繊維化という機能低下が進んだりして 恐ろしいことに最初の症状が心停止ということも稀なことではありません 2 大動脈弁狭窄症の症状は? 最初は無症状ですが 徐々に息切れが出てくるようになります ( 例 : 階段を上ったら 息切れするようになった 疲れ易くなった など ) 軽度症状 : めまい 運動の時の息切れなど 重度症状 : 胸痛 失神など 重度症状は 危険な状態です 症状は体の異常を知らせるシグナルで 症状がないことがよいことという訳ではありません 早期に治療しましょう 正常大動脈弁高度石灰化大動脈弁石灰化した二尖弁 - 14 -

大動脈弁狭窄症の自然歴 2. 大動脈弁閉鎖不全症とは 大動脈弁の閉鎖が不完全で逆流を生じている状態です 1. 逆流があるとどうなるのか 心臓に負担がかかります 逆流により左心室に容量負荷がかかり どんどん心臓に負担がかかり 心筋収縮力が低下したり 心臓が拡大してくるようになります 2. 大動脈閉鎖不全症の症状は? 最初は無症状ですが 徐々に息切れが出てくるようになります ( 例 : 階段を上ったら 息切れするようになった 疲れ易くなった など ) 心不全になっている場合は内科的治療 ( 利尿剤など ) が開始される場合もあります 大動脈弁狭窄症兼閉鎖不全症 大動脈弁の変性 硬化により 狭窄症と閉鎖不全症を併せ持つ状態です このような状態も少なく ありません - 15 -

3. 大動脈弁の手術について時期を逸せず手術治療する必要があります アメリカ心臓病学会や循環器学会のガイドラインで推奨されている治療方針に沿って慎重に手術適応を決めています 手術方法としては 大きく分けて 以下の3つがあります 人工弁による弁置換術 ( 機械弁 生体弁 ) 自己心膜を使用した弁形成術経カテーテル的大動脈弁留置術 (TAVI) 1 人工弁大動脈弁置換手術 悪くなった弁を切り取り 人工弁といわれる代用弁を縫いつけ 置き換えます 人工弁は 大きく分けて生体弁か機械弁の 2 種類があります 1. 生体弁 ブタの大動弁や牛の心膜を利用した弁長所 : 抗凝固療法が不要です 血液を固まりにくくする薬 ( ワーファリン ) を飲む必要がありません ( 術後約 3カ月は必要です ) 短所 : 耐久性に問題があり 10-15 年を過ぎると正常に機能しなくなることがあります その場合 再手術が必要になります ( 全例で再手術が必要になるわけではなく 約 1 割の症例で再手術が必要になります ) 日本循環器学会のガイドラインでは65 歳以上の方に推奨されています 65-69 才の患者では 10 年後 に約 10% が再手術が必要 Minakata K, et al. J Card Surg. 2015. 30 405-13. - 16 -

2. 機械弁 カーボンでできた人工弁 長所 : 耐久性が高く 障害が発生しなければ入れ替えの必要はありません 短所 : 抗凝固療法が必須です 血液が弁に血の固まりを作ってしまうため 血液が固まりにくくす る薬 ( ワーファリン ) を毎日飲まなければなりません 生体弁 抗凝療法方不要 10-15 年の耐久性 約 1 割が再手術が必要 機械弁 抗凝固療法が必要 半永久的な耐久性 人工弁による大動脈弁置換術とその問題点これまで大動脈弁狭窄症に対する唯一の手術方法は 人工弁による大動脈弁置換術 でした 近年 人工弁の発達は著しく 多くの症例に使われています しかしながら正常な大動脈弁と人工弁との間には 多くの異なる点があります 人工弁は異物である : 機械弁はパイロライトカーボンという材質で出来ています 生体弁はブタの大動脈弁やウシの心膜をグルタールアルデハイド ( 強度を上げる溶液 ) で固定したもので出来ています これらの材質はヒトにとっては異物であり 異物であるが故に血栓による脳梗塞を起こしやすく 脳梗塞予防のためにワーファリンを飲む必要があります 特に機械弁の場合は一生飲み続けなければなりません ワーファリンを飲むことの欠点もあります ワーファリンが効き過ぎると脳出血や消化管出血などの出血性疾患にかかってしまうこともありますし 効果が弱いと脳梗塞などの梗塞性疾患を煩うことになります 人工弁はステントという枠の中に弁がある : 人工弁は正常な大動脈弁と比較しても弁口面積が小さいため 術後に人工弁の前後で圧較差を生じてしまい せっかく手術を施行したのに狭窄症が残ってしまうという不具合が起こることがあります 日本人の高齢者女性は弁輪の小さい狭小大動脈弁輪であることが多いです - 17 -

2 自己心膜を用いた大動脈弁再建術自分の心膜を用いて 弁を作る新しい手術です 最近の弁膜症に対する治療の進歩は著しいものがあります ただ根治性を求めるだけではなく より質の高い生活 (QOL) を得るための手術方法が求められています ここ数年の問に大動脈に対しても自己心膜を使用した大動脈弁形成術が施行され始めております 新しい治療法のため 長期成績についての詳細なデータはありませんが 現在のところ とても良好な成績が報告されております 自己心膜を使用した大動脈弁形成術とはわれわれが施行している手術方法は 自己心膜切除後 心膜をグルタールアルデハイド ( 強度を上げる溶液 ) にて処理します 大動脈弁尖切除後 弁輪部を計測を計測します その計測値に対応した大きさの弁尖を自己心膜にて作製します 作製した弁尖を使用して弁輪に直接縫いつけていきます 自己心膜を使用した大動脈弁形成術の利点最大のメリットは 生体との適合性 です 異物 である人工弁を移植しないので 拒絶反応がなく 脳梗塞などを起こすリスクが低いと考えます 1 ワーファリン ( 血液の塊が出来るのを防ぐ薬 ) などの抗凝固療法を必要としないこと : 術後 抗血小板剤であるバイアスピリンを服用するのみです 弁置換手術後の血栓を防ぐため 機械弁の場合は一生 生体弁でも3ヵ月は服用が必要なワーファリンは不要になり QOL( 生活の質 ) は確実に向上します 抗凝固剤使用による出血のリスクも減少させることが出来ます 例えば歯の治療 ( 特に抜歯 ) 胃や大腸のポリープ切除の際にも抗凝固療法を施行していないため出血のリスクが少なく より安全に各処置を受けることが出来ます 更に出産をひかえた若い女性 あるいは抗凝固療法が禁忌な患者様 ( 肝硬変 消化管出血など ) にも有効であると考えます 2 大動脈弁前後での低い圧較差 : 人工弁置換と違い 有効弁口面積 ( 弁が開いたときの面積 ) が大動脈弁輪部と等しくなります 先に述べた狭小大動脈弁輪症例に対しても 弁前後での圧較差はほとんどありません 限りなく正常な大動脈弁を取り戻せる手術方法といえます 3 経済性 : この手術では自己組織を使用しているので 一個約 100 万円する人工弁を使わない経済的メリットもあります この手術は 体に優しいだけではなく医療経済にも優しい手術であると考えます 4 安全性 : 人工物を使用しないため 感染に対する抵抗性が強いと考えます 5 快適性 : 補填物がなく 弁が石灰化する前の静けさが得られます 自己心膜を使用した大動脈弁形成術の耐久性についてこの手術は本邦では2007 年 4 月から施行されております これまで弁不全で再手術になった症例の報告はありませんが 長期の耐久性は現在のところ不明です しかし 過去に他の大動脈弁形成術と比較しても同等かそれ以上の成績であると予想されております - 18 -

( 心膜切除 ) ( 心膜から型どり ) ( 大動脈弁形成後 ) 3 経カテーテル的大動脈弁置換術 (TAVI) TAVI は 高齢のために体力が低下し また はその他の疾患などのリスクを持っているた め 通常の人工心肺を使用した外科的治療 を受けられない患者さんなど 手術が困難な 患者さんが対象の治療法です そのため治 療に伴い 合併症が発生することもあります ので 治療実施の判断には医師の診断が必要です - 19 -

僧帽弁については二つの病気が知られています 1つは僧帽弁が狭くなってしまう僧帽弁狭窄症 そしてもう一は閉じた僧帽弁から血液が逆流する僧帽弁閉鎖不全症という病気です 最近は僧帽弁閉鎖不全症の頻度が高くなっています 僧帽弁閉鎖不全症の原因は 感染 心筋梗塞 弁の変性による逸脱症などがあります 1. 僧帽弁狭窄症とは? 僧帽弁の弁の開口が十分でなくなったのが僧帽弁狭窄症です 正常であれば 僧帽弁は面積として 4~6 cm 2 開きますが 僧帽弁狭窄症ではこれが小さくなります 1 cm 2 以下にまで小さくなった重症の方は手術が必要です 僧帽弁狭窄症が軽症で弁口面積が2 cm 2 の方でも 脈が速くなると肺から血液を吸いだせなくなり 肺が水浸しとなる肺うっ血や肺水腫という重篤な心不全を引き起こします ほとんどの場合 小児期に細菌がのどに感染して起こるリウマチ熱が原因となり 中年以降に僧帽弁狭窄症を引き起こします リウマチ熱から20 年以上経過すると 徐々に僧帽弁狭窄症が進行して症状が出現します 最近では 抗生剤の使用などによって 僧帽弁狭窄症の頻度は少なくなりつつあります その他の原因として まれですが慢性腎不全よる弁輪石灰化に伴う弁狭窄や先天性僧帽弁狭窄症などがあります 治療内科的治療では 息切れや呼吸困難がある方や 心房細動を持っている方には薬による治療が必要です 脈を遅くする薬や血栓を予防するワーファリンという血液を固まりにくくする薬を用います しかし 内科的治療には限界があります それゆえ外科的治療の適切なタイミングを判断していくのが重要です また カテーテル治療 ( 経皮経静脈的僧帽弁交連裂開術 ) という治療法もありますが 僧帽弁の形によってはこの治療が適さない患者さんがいます 外科治療では 人工弁置換術が一般的です 病態によっては形成術が可能な場合もあります 2. 僧帽弁閉鎖不全症とは? 僧帽弁閉鎖不全症とは 僧帽弁が完全に閉まらないため 心室が収縮したときに全身に送られるべき血液の一部が戻ってしまう ( 逆流 ) ことで僧帽弁に逆流が起きると 左心房や肺への負担が増えるだけでなく 全身に送られる血流の状態維持するために 心臓の負担が増大します この状態が慢性に続くと 心臓の筋肉は徐々に弾力性を失うことになります この段階 つまり " 逆流をおぎなうために心臓の形を変化させながら全身への血液供給を維持する " という段階は無症状に移行します つまり 無症状のうちに心臓は悪化していきます 身体に病気の危険を知らせてくれる危険信号の " 症状 " がはっきりしないことで 発見や治療時期が遅れてしまう 怖しい病気です そのため 症状が出現する頃には 心臓の構造自体は著しく変化している場合が多く 心臓の機能も正常の50% 以下にまで低下している場合が多いとされます 手術前に症状が軽かった人の生存率 臨床研究によれば 心臓の機能が維持された状態で手術を行った場合と心臓の機能が低下してしま った状態で手術をする場合とでは 術後生存率に大きな違いがあることが報告されています - 20 -

3. 僧帽弁の手術について 時期を逸せず手術治療する必要があります アメリカ心臓病学会や循環器学会のガイドラインで推 奨されている治療方針に沿って手術適応を決めています 僧帽弁閉鎖不全症の手術はどのように決定されるのでしょうか? 僧帽弁閉鎖不全症の手術を症状が全くない患者さんでも薦める条件としては以下のものがまず挙げられます (1) 僧帽弁の逆流度が重度である (2) 僧帽弁閉鎖不全症の原因が弁の変性によるもので 弁形成術が90% 以上可能と考えられる そして 以下の条件がさらに加われば手術を単にすすめるのではなく " 急いだ方がよいですよ " と説明することになります (1) 左心室が増大傾向にある (2) 左心室の機能が低下傾向にある (3) 心房細動が出現している. 僧帽弁閉鎖不全症が左室形態変化や心機能低下をもたらす心筋細胞にまで病的変化が広がっています このような状態で手術を行うと手術死亡率 手術合併症が高くなります また 心房細動を合併すると手術後の生存率が低くなることも明らかになっています 僧帽弁の手術方法としては 僧帽弁狭窄症でも僧帽弁閉鎖不全症でも大きく分けて 1 人工弁によ る弁置換術と 2 弁形成術があります 僧帽弁前尖 僧帽弁後尖 腱索 前乳頭筋 後乳頭筋 - 21 -

1 僧帽弁置換術 悪くなった弁を切り取り 人工弁といわれる代用弁を縫いつけ 置き換えます 置換える人工弁は 大きく分けて生体弁か機械弁の2 種類があります 3. 生体弁 ブタの大動脈弁や牛の心膜を利用した弁 長所 : 血液を固まりにくくする薬 ( ワーファリン ) を飲む必要がありません ( 術後初期約 3カ月は必要です ) 短所 : 耐久性に問題があり 10-15 年を過ぎると正常に機能しなくなることがあります その場合 再手術が必要になります 日本循環器学会のガイドラインでは70 歳以上の方に推奨されています 4. 機械弁 カーボンでできた人工弁 長所 : 耐久性が高く 障害が発生しなければ入れ替えの必要はありません 短所 : 血液が弁に血の固まりを作ってしまうため 血液が固まりにくくする薬 ( ワーファリン ) を 毎日飲まなければなりません - 22 -

2 僧帽弁形成術僧帽弁形成術は僧帽弁置換術よりも優れた手術といえます 弁置換術は僧帽弁のもつ様々な心臓のサポートを失わせるため 術後に心臓の機能が低下します 患者さんご自身の弁組織を用いた僧帽弁形成術はこれらの欠点を克服した手術方法です 長期観察期間における僧帽弁機能の耐久性も示されています さらに他の利点もあります 人工弁は まれにですが 細菌に感染してしまうことがあります 感染性心内膜炎と呼ばれるこのような状態は再手術をしなくてはならないだけでなく 死亡率がとても高いことが知られています 僧帽弁形成術は感染性心内膜炎を合併しにくいと言われています 僧帽弁形成術は心臓の機能を維持するため 日常の生活能力に良い影響を与えます 形成術の多くの場合人工弁輪というリンク で弁輪を形成します 術後は 不整脈の有無で異なりますが 術後 3カ月までは抗凝固療法 ( ワーファリン内服 ) を続けます 僧帽弁閉鎖不全症は 初期は内科治療が原則です 必ずしも皆さんが手術を必要としているわけで はありません. 逆流が大きかったり 脈が不整になったり 息切れが生じたりなどの 状態の変化 を生じてきたら 手術治療が必要になることがあります. 僧帽弁形成術では 個々の症例により違いはありますが 術後 10 年で 僧帽弁逆流の 再発 増悪により 約 1 割の症例で再手術が必要になることがあります - 23 -

MICS( ミックス :minimally invasive cardiac surgery の略 ) とは 通常の心臓外科手術では胸部前面中央にある胸骨を縦に切開し心臓に到達する胸骨正中切開法が標準的術式で ほとんどの症例で用いられてきました この方法では喉元からみぞおちにいたる 20 ~25cm ほどの切開を必要とします 胸骨をまったく切らずに 小さな傷 ( 切開創 ) で特殊な手術器具を使用して行う心臓手術により患者さんの負担を軽減することを目的に行います 頭文字をとってミックスと呼ばれいてます 当院の MICS( ミックス ) では肋骨と肋骨の間 ( 肋間 ) を 7~10cm ほど切開して手術する 肋間小開胸 での MICS( ミックス ) です 内視鏡 ( 胸腔鏡 ) を補助的に用いて行います ビニール製のカバーで創部を保護して開胸器で肋骨間を広げて 肋骨を切らず 折らずに手術を行います 通常の心臓手術と同様に人工心肺を使用します 鼠径部を小切開し 動脈 静脈に管を挿入し 人工心肺に接続します 首や脚の付け根の創はしわの方向に合わせて切るため 傷跡は目立ちにくくなります 肋間小開胸の MICS( ミックス ) では胸骨を切らないため 出血が少なく 細菌感染のリスクも激減し 術後の運動制限もほとんどありません そのため 早期リハビリが可能となり 早期退院 早期社会復帰が可能になります また女性では 傷口が乳房に隠れるため 美容的にも非常に満足度の高い手術です 創が目立たない 骨の安定性が高く術後の運動に支障が出にくい なるべく創を目立たなくしたい人 スポーツや体を動かす仕事をしている人 早く職場に復帰したい人などに向いている手術です ただし 通常手術と同様に人工心肺装置を使用して 心停止下に手術を行います この手術には利点ばかりでなく欠点もありますので すべての人に適しているわけではありません 患者さんに負担の少ない小開胸での MICS がここ数年脚光を浴びてきています すでに欧米などでは標準的に行われている施設も多いのが現状です 胸骨正中切開アプローチ 右小開胸アプローチ - 24 -

右小開胸 MICS の対象となる手術 弁膜症 ( 僧帽弁閉鎖不全症 狭窄症 三尖弁閉鎖不全症など ) 僧帽弁形成術 人工弁置換術 三尖弁形成術など 心房中隔欠損症 心房中隔欠損症閉鎖術 粘液腫などの心臓腫瘍の一部 腫瘍切除術 1. 右小開胸アプローチ MICS の利点 ( 通常の胸骨正中切開と比べて ) 傷が小さく目立たないという美容上のメリット 術後疼痛の軽減 ( ただし痛みは個人差があります ) 出血量や輸血量の減少 侵襲が少ないため 術後回復が早い ( 早期退院 ) 早期の社会復帰が可能 ( 胸骨に負担がかかる作業も早期より可能 ) 胸骨を切らないので 縦隔炎や胸骨離解が回避できる ( 感染率の低減 ) 再手術症例におけるリスク軽減 ( 癒着剥離軽減 バイパス損傷回避など ) 2. 右小開胸アプローチ MICS の欠点 ( 通常の胸骨正中切開と比べて ) 手術時間が長くなります 脚や頸の血管は胸部の血管より細いため 人工心肺のカニューレで動脈または静脈を損傷する合併症が起こる可能性があります 動脈硬化が強い場合 脚の血管から血液を送ることで脳梗塞のリスクを高めることがあります 心臓が見えにくいこと あるいは合併症対応が困難なことがあります 安全な手術操作が確立できない場合や合併症などが生じた場合 迅速かつ確実に対応するために 創を延長するあるいは速やかに従来の胸骨正中切開の手術方法に変更することがあります 手術の安全性を第一に考えて 常にこのような対応ができる体制を取っています 本術式ではカニューレ以外の人工心肺装置 ( 人工肺やポンプ ) は従来の形式と全く同一です - 25 -

MICS は通常の正中切開での手術に比べ時間を要するのは明らかですが その時間が患者さんへ負担とならない範囲で手術を行います 小切開のために安全な手術が少しでも危険性のあるものになることは避けなければなりません すべての患者さんに適応されるものではありません 患者さんの背景 ( 年齢 生活様式 活動性 仕事など ) や病状 ( 重症度 動脈硬化の程度 肺の病気の有無など ) 手術の内容を考慮し 患者さんとその御家族と十分に話し合い 安全性を確保し手術リスクが高くならない範囲で対応しております 内視鏡の利用このような狭小な術野での手術を可能にしているのが 内視鏡画像機器の進歩による高画質の内視鏡補助であります すなわち術者以外は術野が直視できないため 内視鏡補助下にTVモニターに手術操作中の部位をリアルタイムに映し出すことで手術の状況が把握でき 的確なアシストが行えるとともに 手術の方針をディスカッションすることが出来ます 手術費用 MICS での手術費用については特に従来の手術費用と変わりありません 高度な技術を要する手術ですが 手術費用は通常の胸骨正中切開の費用と同じです 健康保険が適用されますので健康保険の範囲で手術が受けられます 残念ながら すべての人で MICS( ミックス ) ができるわけではありません 心臓手術では人工心肺という装置を使って 心臓を止めて手術しますが この操作は通常の手術も MICS( ミックス ) も変わりありません 全身の動脈硬化の強い人 肺が悪い人 心機能が低下している人などでは MICS ( ミックス ) はできません その場合は通常の胸骨正中切開での手術をおすすめしています MICS 除外基準 合併手術を必要とする症例 ( 冠動脈バイパスや大動脈人工血管置換術が同時に必要な場合 ) 動脈硬化と強い症例 上行大動脈に石灰化がある症例 下行大動脈から腹部大動脈まで血管壁に異常がある症例 ( 腹部大動脈瘤や腸骨動脈狭窄などを有する症例 ) 高度肺疾患のある症例 - 26 -

1. 三尖弁閉鎖不全症とは三尖弁は右心室から肺に血液が送り出される際 閉鎖不全症では血液の一部が右心房に逆流するため右心房に負担をかけ さらには右心室にも負担をかけます これが三尖弁閉鎖不全症の病態です 原因としては 弁そのものの構造異常による一次的なものと 弁そのものは正常にもかかわらず 機能的とも呼ばれますが 右心室の収縮期圧の上昇によって起こる二次的なものがあり 頻度としては後者が圧倒的に多く認められます 二次性のものとしては 僧帽弁閉鎖不全症など他の弁の異常や肺高血圧症などにより右心室に負担がかかるために起きる場合や 心筋梗塞の一種である右室梗塞によって右心室の動きが悪くなったため起きてしまうものがあります その他ペースメーカーが入っている患者さんでリードが三尖弁をまたぐため弁の接合不全を起こし 閉鎖不全となることもありますが その場合は軽度の逆流にとどまることがほとんどです 軽度 中等度の三尖弁閉鎖不全では症状はほとんどありませんが 重症になると右心不全症状と呼ばれる自覚症状が出現します 具体的には腹部不快感や全身倦怠感 虚脱感などが中心となります また下肢のむくみ 頸静脈の怒張 痛みを伴う肝臓の腫れ 腹水などが出現します 最重症ではチアノーゼ 黄疸 体重減少が認められます 肺高血圧症があると症状はさらに悪化します 心電図では右室肥大や右脚ブロックという変化を認める事があります 心房細動という不整脈を合併することもあります 2. 三尖弁の手術について自覚症状のない軽度の三尖弁閉鎖不全症では特別な治療は不要です 下肢のむくみ 頚静脈の怒張 腹水などの右心不全症状が出現してきた場合は 内科的治療として利尿薬の投与などを行います 弁輪拡大という変化を伴い右心不全症状が重篤な場合には手術適応について検討します 手術方法としては弁輪縫縮術という弁形成術が主で これには直接糸で弁輪を縫縮したり 弁輪縫縮用の人工弁輪を装着するやり方があります また弁自体の構造異常を認める場合は弁置換術を行う場合もあります - 27 -

心房細動は心臓大血管手術患者にしばしば合併し 術後 脳梗塞などの血栓塞栓症や心機能低下を生じ QOL 低下だけでなく生命予後にも影響を及ぼします 近年 新しい医療機器 ( 高周波アブレーション ) の登場によって 従来は複雑で難易度の高かった心房細動手術が比較的安全に施行されるようになりました 僧帽弁疾患では心房細動を高率に合併し 僧帽弁形成術や人工弁置換術を行う際に心房細動手術を併施することにより 術後脳梗塞発生率の有意な低下が認められることが多くの研究で示されています 僧帽弁手術以外の心臓手術においても心房細動手術の併施により 術後 QOL の改善と遠隔成績の改善が期待されます しかし 症例によっては 術後心房細動の再発や心房頻拍の発生を来たす可能性もあります 心房細動に対する手術治療は メイズ手術 と呼ばれています 心臓の中にある異常な電気刺激の通り道を断ち切るために 心臓の壁を切った後縫い合わせたり 焼いたり 凍らせたりする方法です メイズ手術により不整脈が治る確率は 60~80% と言われています - 28 -

虚血性心疾患とは 心臓に必要な酸素や栄養を送る冠動脈に動脈硬化が進み 血液の流れが悪くな り酸素の需要 供給バランスが崩れ 心筋が酸素不足 ( 虚血 ) になる病気です 虚血性心疾患は 心臓突然死など生命予後にかかわる重大な病気であり 幅広い重症度の病態を含みます 症状狭心症も心筋梗塞も冠動脈の血流れが悪くなり 酸素不足 ( 虚血 ) が生じる結果 胸に痛みや圧迫感を感じます 痛みを感じる場所は 胸の真ん中から左側を中心に背中 肩 頚 顎 左腕 腹部まで痛みが広がることがあります 痛みの長さは 狭心症では 1~3 分 長くても 15 分程ですが 心筋梗塞の場合は 20 分以上続きます 糖尿病の方は 神経障害の影響で感覚が鈍くなり 症状が全く出ないこともあるので 症状だけでは診断できない場合があります 治療まずは症状を軽くするため薬物治療を開始します 血管を詰まらせる血栓を予防するアスピリンなどの抗血小板薬 症状を安定化させる β 遮断薬 冠動脈を拡張させる硝酸薬などが使用されます そして 検査を進めカテーテル治療 ( 冠動脈形成術 :PCI) や外科手術 ( 冠動脈バイパス術 :CABG) などの血液の流れを良くする血行再建療法の適応を考えます 冠動脈バイパス術 (CABG) とは 冠動脈の形態 合併症や病状などにより CABG が適応されます 冠動脈バイパス術 (CABG) は冠動脈狭窄や閉塞に伴うその末梢領域への血流低下に対し 血行再建を行う外科的手術です 冠動脈の狭くなったり閉塞したりした所 ( 病変部分 ) より先の部分に新しいバイパス血管 ( グラフト ) をつなげて 血液が病変部分を通らずにバイパス血管を経由して心筋へ流れるようにする手術です バイパス血管は 体の心臓以外の部分から冠動脈と同じくらいの太さの血管を取ってきて使用します 冠動脈バイパス手術に使用するバイパス血管 左 ( 右 ) 内胸動脈 下肢の静脈 ( 大伏在静脈 ) 右胃体網動脈 橈骨動脈 上記の血管のいづれかを組み合わせます 当科では積極的に動脈グラフトを使用しております - 29 -

オフポンプ冠動脈バイパス術 人工心肺を使用しない冠動脈バイパス手術のことをオフポンプ冠動脈バイパス術 (OPCAB) と呼んでいます 人工心肺を用いた体外循環下に心停止させて行う手術に比べて患者さんにとって低侵襲です しかし 冠動脈は心臓の表面を走行する血管で 当然拍動に応じて動くので 特殊な器材を用いて行います 当院では 単独冠動脈バイパス手術においてオフポンプ冠動脈バイパス術を第一選択として行っており 約 9 割がこの術式です そのほか 体外循環を用いる場合でも 心拍動は停止させず 心拍動のままバイパス手術を行います (on pump beating CABG) 技術的には 従来の人工心肺を使用した心停止下の手術に比べ難しいのですが 術中専門麻酔医による経食道心臓超音波モニターによる心機能評価や術中グラフト血流計測や吻合部造影の導入など様々な最新技術を導入して質の高い手術を目指しています 術中にグラフト血流量を計測します - 30 -

1. 感染性心内膜炎とは心臓の弁に血液に入ってきた細菌がくっついてしまって 巣 をつくってしまうことがまれにあります こうした心臓の弁にくっついた細菌の 巣 は長い時間にわたって熱をおこしたり 弁をこわしてしまうこともあり 深刻な病状を引き起こします こうした心臓の弁の感染症を感染性心内膜炎といいます 感染性心内膜炎の頻度は 100 万人に 10~50 人 / 年間 ( 男性に多い ) と頻度は決して多くはないのですが 診断がなかなか付かず 重篤な合併症 ( 脳梗塞 脳出血 心不全 あらゆる臓器の塞栓症 ) を起こし診断されることもありますので注意が必要です 2. 危険因子 異常もしくは損傷した心臓弁は 正常な心臓弁よりもかかりやすくい 先天異常 シャント欠損 高齢者では 僧帽弁 大動脈弁の石灰化弁 閉塞性肥大型心筋症 僧帽弁逸脱など 人工心臓弁置換術後 3. 感染性心内膜炎の手術適応 弁機能障害や肺高血圧による心不全の発現があるとき 弁輪膿瘍 仮性大動脈瘤形成および房室伝導路障害の出現 適切な抗菌薬治療後も感染所見が持続したり再発する患者で 心エコー検査上の病変が確認される場合 可動性のある疣腫が増大傾向がある場合 塞栓症発症後も可動性のある 10mm 以上の疣腫がある時 抗菌薬抵抗性のブドウ球菌 グラム陰性菌による人工弁感染 適切な抗菌薬治療後も持続する難治性の菌血症の時 以上を総合的に判断して 随伴疾患などを考慮しながら手術時期を決定します 細菌が各臓器に広がると脳 腎臓 肝臓 脾臓など別の主要臓器へ膿瘍を形成したり 動脈瘤を合併することもあります 特に脳動脈瘤との合併は多く 脳出血の可能性もあり慎重な治療が必要となります - 31 - 僧帽弁に付着した疣贅

他の臓器と同様に心臓にも腫瘍が発生します 頻度的には稀な疾患で約 70% が良性腫瘍 30% が悪性腫瘍です 良性腫瘍の中では 最も多いものが粘液腫で良性腫瘍の約半分 全心臓腫瘍の 3 割強を占めます したがって心臓腫瘍というとまず粘液腫を考えます 左心房に発生するものが多いのが特徴です 約 70% が良性腫瘍 30% が悪性腫瘍 粘液腫 ( ミキソーマ myxoma) 最も多い 粘液状の基質が豊富 赤茶色のゼリー状 女性が男性より2~3 倍多く 有茎性 左房発生が3/4 粘液腫以外の良性腫瘍には 脂肪腫 乳頭状弾性線維腫 横紋筋腫 線維腫 血管腫 奇形腫など 発生部位によって心機能に影響したり 塞栓症の原因となり 腫瘍切除が原則です 悪性腫瘍には 原発性のものと転移性のものがあります原発性の悪性腫瘍は 悪性中皮腫 肉腫 悪性リンパ腫がほとんど いずれも予後不良 転移性心臓腫瘍は原発巣としては 肺癌 乳癌 悪性リンパ腫 白血病などが挙げられ 全悪性腫瘍の10~20 % が心臓へ転移する 左心房にできた粘液腫 - 32 -

1. 大動脈瘤とは大動脈は動脈の中で 心臓と直接つながっているもっとも太い血管です 全身の臓器には大動脈から枝分かれした動脈を通って血液が送られています 大動脈の走行は 心臓に始まって ( 大動脈のうちで心臓に一番近い部分を大動脈基部と呼びます ) まず胸の前方を頭に向かって上がり( 上行大動脈 ) 胸の高い位置で弓状のカーブを描き( 弓部大動脈 ) 今度は背中側を下りて( 下行大動脈 ) 横隔膜を貫通しておへその少し下の高さで左右に分かれます 大動脈基部からは心臓の筋肉に血液を送る冠状動脈 弓部大動脈からは脳に血液を送る頚動脈 下行大動脈からは肋間動脈 横隔膜の少し下の腹部大動脈からは肝臓や腸管 腎臓などに血液を送る動脈が枝分かれしています 胸部大動脈 すなわち心臓から横隔膜までの大動脈の一部が拡張した状態を胸部大動脈瘤といいます 胸部大動脈瘤は 大動脈瘤の存在部位によって上行大動脈瘤 弓部大動脈瘤 下行大動脈瘤などに分類されます また 下行大動脈から腹部大動脈まで広い範囲に及ぶ大動脈瘤は胸腹部大動脈瘤と呼ばれます また 動脈瘤の形によって 全体が比較的均一に膨らんでいるものを紡錘状大動脈瘤 動脈壁の一部だけが餅が膨らむようになっているものを嚢状大動脈瘤と呼びます 大動脈瘤の原因はほとんどが高血圧や動脈硬化ですが 感染 ベーチェット病や高安動脈炎といっ た炎症性疾患 先天性の要因 (Marfan 症候群 エーラス ダンロス症候群などの遺伝性結合組織疾患 ) 外傷などが原因となる場合もあります - 33 -

2. 大動脈瘤の症状大動脈瘤は 多くの場合 破裂するまでは症状がありません そのため ほとんどの患者さんが 他の病気を疑って検査した時や健康診断で CT や MRI エコー検査などを受けた時に 偶然に大動脈瘤が発見されることが多いです 胸部大動脈瘤の場合 動脈瘤が大きくなり 周囲の組織が圧迫され 声帯を支配している神経 ( 反回神経 ) を圧迫すると 声帯のはたらきが悪くなって しわがれ声 ( 嗄声 ( させい )) が出てくることもあります また 気管を圧迫すると呼吸困難になり 食道を圧迫すると食べ物を飲み込むことが困難になることもあります 胸や背中が痛い 最近かすれ声になった 痰に血液が混じる 飲み込みが悪くなった 息苦しいといった症状が大動脈瘤と関連して現れた場合は 破裂が差し迫っている可能性があります ( 切迫破裂 ) 胸部大動脈瘤が破裂すると 胸部に激痛が起こります また 心臓発作の時のように胸や腕に痛みを感じることもあり 患者は急速にショック状態に陥り 生命の危険にさらされます 破裂する前に診断されて 治療を受けることがとても大切なのです 弓部大動脈瘤 大動脈瘤は一旦形成されてしまうと 元のサイズに戻ることはなく 薬で小さくすることも不可能なので 外科的な治療が必要です 手術のタイミングは 大動脈瘤の大きさ ( 直径 5-6cm 以上を 1 つの目安として ) 形状( 嚢状大動脈瘤の場合は小さくても破裂の危険性が高いことが知られています ) 大動脈瘤の拡大速度 年齢 全身状態などを総合的に見て決めることになります 治療法には " 人工血管置換術 " と " ステントグラフト内挿術 " という 2 つの方法があります 1 人工血管置換術 : 胸部を切開して大動脈瘤の部分を人工血管で取り換える治療法です 血管を吻合するために その部位の血流を一時的に遮断する必要があるため 人工心肺装置を用いてさまざまな臓器を保護しながら手術を行います 手術侵襲 ( 体への負担 ) は大きいですが 確実な治療方法であり 術後の検査も比較的少ないです 2 ステントグラフト内挿術 : 細い筒の中に格納したステントグラフトとよばれる特殊な人工血管を足の付け根にある大腿動脈から大動脈瘤の部分まで挿入して 大動脈瘤の内側でそのステントグラフトを拡張 留置させる治療法です この方法では大動脈瘤を切除しないのですが 大動脈瘤にかかる圧力を減らすことで大動脈瘤の破裂を予防しようという治療法です 人工血管置換術と異なり 開胸操作や人工心肺は必要ありませんが 動脈瘤の位置や形状によっては不可能になります また 術後の定期的に造影 CT 検査が必要であったり 追加治療が必要な場合もあります 2つの方法のうち どちらがよりよい方法であるかは 大動脈瘤の場所や形状 あるいは患者さんの年齢や全身状態によって異なります したがって 両方の治療法が行える施設で治療を受けることが望ましいと言えます 三重大学ではこの両方の治療が可能であり それぞれの患者さんに合わせて検討し 選択していただけます - 34 -

弓部大動脈瘤 人工血管置換術 ステントグラフト内挿術 全身状態と大動脈瘤の場所により 治療方法を選択します - 35 -

3. 大動脈解離とは大動脈壁の中に血液が進入して 大動脈壁が二層に離開された状態をいいます 大動脈壁の中に血液が進入すると 多くの場合 きわめて短時間に大動脈の広い範囲に解離が広がります 特に大動脈解離の発症直後は生命がきわめて危険にさらされているわけですが 病状が安定しない2 週間目までの危険な時期は急性期とよばれています 多くは突然の胸背部痛を伴って発症し 意識消失を伴う場合もあります 破裂した場合はショックによる失神を起こすことから 突然倒れ 命を失う程の激烈な症状を来すこともあります 急性大動脈解離は破裂やさまざまな臓器の血流障害がおこり 死亡率の高い病気です 解離した血管は一部が薄い外膜だけになるために 瘤状化した場合は解離性大動脈瘤といいます この解離性大動脈瘤も普通の動脈瘤と同様破裂しやすくなります 偽腔大動脈解離のほとんどは 動脈壁の劣化が原因で起こります 動脈壁の劣化に最もかかわっているのは高血圧です また 遺伝性結合組織疾患 (Marfan 症候群 エーラス ダンロス症候群など ) が原因となります その他の原因には 外傷 ( 交通事故や転倒で胸部を強く打った場合 ) や カテーテル検査や 心臓や血管の手術中に伴って起こることもあります 真腔 4. 大動脈解離の症状解離が進行すると 大動脈から分枝している動脈の分岐部がふさがれ 血流が遮断されることがあります どの動脈が詰まるかによって症状は異なります たとえば 脳へ血液を供給する脳動脈がふさがると脳梗塞になり 心筋へ血液を供給する冠動脈がふさがると心臓発作が起こります また 腸へ血液を供給する腸間膜動脈がふさがると突然の腹痛が生じ 腎臓へ血液を供給している腎動脈がふさがると腰痛が起こります 脊髄動脈がふさがると神経が損傷を受けて 異常感覚や手足を動かせなくなる障害が起こります 5. 大動脈解離の治療 解離部位 大動脈径 破裂の有無などによって 治療方法が変わってきます Stanford A 型大動脈解離 : 心臓の近くの上行大動脈に解離が存在するタイプです 破裂 心筋梗塞 心タンポナーデ ( 漏れ出した血液が心膜腔内にたまること ) 急性心不全などの致命的な合併症がおきる可能性が特に高いため 原則として緊急手術が必要です しかし 解離の状態や全身状態によっては保存的治療やステントグラフト内挿術が選択される場合もあります A 型 B 型 - 36 -

Stanford B 型大動脈解離 : 胸部の下行大動脈から腹部にかけて解離が存在するタイプです このタイプは基本的に手術ではなく保存的治療が選択されます 血圧を下げて安静にすることによって 破裂を防止する事ができます 発症急性期の大動脈壁は不安定で厳重な血圧コントロールが必要であり集中治療室での治療になることが多いです 破裂する危険性がある場合 血流の低下があり腹痛 ( 腹部臓器虚血 ) 足の痛みがある場合( 下肢虚血 ) などは手術適応となります 急性大動脈解離に対する手術治療血管が裂けて破裂している血管 或いは破裂しそうな血管を人工血管に置き換える手術です ほとんどが 心臓 脳に近い上行大動脈を人工血管に置き換える比較的大きな手術となります 人工心肺装置を用いた体外循環を行い 心臓を停止させたり 脳への血流を一時的に遮断して 人工血管に置き換えます 背中にある胸部下行大動脈の場合は開胸を行い 人工血管に置き換えます 解離性大動脈瘤のタイプ 緊急かどうか 破裂しているかどうかによって危険性も違ってきます ほとんどが緊急であり 血管の壁も弱くなっており 手術の危険性も高くなります 合併症としては 吻合する血管も解離している場合があり 解離部分を修復するものの 血管の壁は弱くなっており 術後の出血 心不全 脳神経合併症 ( 脳梗塞 脊髄麻痺 ) 腸管虚血などの臓器血流障害が重大な合併症であります 上行大動脈人工血管置換術 - 37 -

はじめに腹部大動脈瘤は ほとんど自覚症状がないため 知らない間に大きく膨らんでいます 腹部大動脈瘤がある人は 腹部の拍動感に気づいたり おなかに拍動性腫瘤を感じられることもありますが 動脈瘤が小さかったり 肥満で皮下脂肪が多い場合は分からないこともあり 腹部の超音波検査や CT 検査で初めて発見されることも少なくありません 腹部大動脈瘤が破裂した場合は 激しい腹痛や腰痛が起こります 破裂による出血多量で急速にショック状態に陥り 死に至ることもあります 腹部大動脈瘤に対する待機的外科手術成績は向上し 重篤な合併症を有する症例や高齢者にも適応が拡大されています また 近年ステントグラフトの導入により 低侵襲な治療も可能になっています 手術適応一般的に動脈瘤の径が 5cm 以上を手術適応としています また拡張速度が速い場合 手術適応とすることがあります 拡張率 5mm/6ヶ月以上で手術が検討されます そのほか 形状では紡錘状より嚢状の方が破裂の危険性が高く 嚢状瘤では径が 5cm に達しなくても手術適応となる場合もあります したがって 実際のサイズのみではなく 専門医の診断を受けることが重要です 治療方法 1) 人工血管置換術 ( 開腹手術治療 ) 人工血管置換術は腹部大動脈瘤の確立された手術です これは 腹部または側腹部を切開して疾患部位 ( 動脈瘤 ) を人工血管で置換し 縫合糸で縫合することによって大動脈を修復する術式です 安全性が確立されている確実な治療法であり 手術で命に関わる危険性は 1% 以下と言われています しかし 非常にご高齢な方や 他に大きな病気 ( 心筋梗塞 脳梗塞 肺気腫など ) のある方や 以前腹部の手術を受けられたことのある方では 危険性が高くなります - 38 -

2) ステントグラフト内挿術 ( カテーテル治療 ) ステントグラフト内挿術は腹部大動脈瘤の治療としては比較的新しい術式です 開腹手術と異なり 腹部を大きく切開することなく治療することができるので 患者さんへの負担が少なく ご高齢の方や他に病気のある方でも安全に行うことができます この方法は 両側の脚の付け根から動脈にカテーテルを挿入し 動脈瘤の内側にステントグラフト [ 人工血管 ( グラフト ) に針金状の金属を編んだ金網 ( ステント ) を合わせたもの ] を配置し 新しい血流路を確保することにより動脈瘤を血流から遮断するものです 腹部大動脈瘤の待機手術は すでに確立された方法で安全に行われるようになっています しかし 術前検査により 心臓疾患や他の血管病変を合併している例も少なくありません 大血管 特に動脈硬化性病変の著しい動脈の操作には 慎重な剥離や縫合手技が必要な場合もあります また ステントグラフト治療は低侵襲ですが 問題点もあります 体力がある程度あり 全身麻酔での開腹手術に耐えられる患者さんは 従来からの開腹手術での人工血管置換術が確実な治療方法であると考えられます 高齢な方や合併症がある場合にはステントグラフト治療が適している場合もあります 我々は個々の患者さまの状態や大動脈の形態などを考慮して 治療法方を選択しています 全身状態と大動脈瘤の場所により 治療方法を選択します - 39 -

ご紹介 内科医先生のご意見と検査結果により治療方針をご相談いたします 手術にむけて必要な検査 ( 心臓カテーテル検査 CT MRI エコー 血液検査などを進めていきます 鼻腔細菌検査 ( 術後感染予防のため ) を外来にて施行します 手術入院は約 1 カ月です ( 病状により短縮 延長があります ) リハビリが必要な場合や他の疾患の治療が必要な場合は転科 転院することもあります 退院後 1 か月から数カ月から働く ( 軽作業 ) ことも出来ます 病状により異なりますので担当医にご相談ください 入院期間は約 1 カ月です 病状 術式によっても変わります 手術 3-6 日前に入院していただきます 術前検査を行います 手術 術後 1 から 3 日間集中治療室にて治療します 病状により延長することがあります 一般病棟に移ります 定期的に血液検査 レントゲン検査 心電図など施行します 退院前の検査 ( 心エコー カテーテル検査など ) 病状 術式により変更あり 病状 検査結果により退院可能となります 退院後は循環器内科や紹介元の病院 医院に通院していただくことが多いです - 40 -

心臓手術には年齢制限はあるのですか? 年齢制限は基本的にはありません 病状や術式にもよりますが 80 歳以上の方にも手術が積極的に選択されています 90 歳以上の方にも術前検討十分に行い 心臓手術を無事に行った経験もあります また 透析や糖尿病 その他にご病気をお持ちの方でもほとんどの場合は手術が可能です 詳しくは 担当医にご相談ください データベースに登録します 三重大学病院では 全手術症例を NCD(National Clinical Database) および日本成 人心臓血管外科手術データベース (JACVSD) に登録して成績管理をしております 症例データの発表 三重大学病院では 手術症例のデータを学会発表や論文発表またはインターネット上で発表することがあります もちろん匿名化し 厳重にプライバシーは保護されます - 41 -

冠動脈バイパス手術 ( 緊急手術を含む単独 CABG 手術 ; 他の心臓手術を合併して行ったものは除く ) 三重大学 全国平均 症例数 115 平均年齢 66.4 才 68.3 才 術前リスク因子緊急手術 準緊急手術 27 (23.5 %) 18.5 % 腎機能障害 35 (30.4 %) 7.4 % 慢性透析 23 (20.0 %) 6.9 % 糖尿病 64 (55.7 %) 49.9 % 慢性呼吸障害 27 (23.5 %) 7.1 % 心機能低下 (EF<30%) 15 (13.0 %) 6.1 % 主要合併症術後合併症 : 再手術 5 (4.3 %) 6.2 % 術後合併症 : 新たな透析 1 (0.9 %) 3.2 % 術後合併症 : 縦隔洞炎 0 (0 %) 2.1 % 術後合併症 : 脳梗塞 0 (0 %) 1.6 % 術後合併症 : 呼吸不全 6 (5.2 %) 6.3 % 予後 30 日以内または入院中の死亡 1 (0.9 %) 2.5 % 30 日以内の死亡または主要合併症 10 (8.7 %) 15.1 % 三重大学病院における冠動脈バイパス手術を受ける患者群では 全国平均に比べ腎機能障害 透析 糖尿病 低心機能などすべての術前リスク因子を合併している率が高く 重症例が多い傾向があります しかし 三重大学における手術死亡率は全国平均に比べ低く 術後合併症の発症も少ないです 術後縦隔洞炎や脳梗塞発症は 0 例です 最近 3 年間では緊急手術症例を含めた単独冠動脈バイパス手術のうち 88% でオフポンプバイパス手術 (OPCAB) を行っています - 42 -

弁膜症手術 ( 大動脈手術を合併して行ったものは除く ) 三重大学 全国平均 症例数 205 平均年齢 66.2 才 66.4 才 術前リスク因子 緊急手術 準緊急手術 18 (8.8 %) 6.0 % 腎機能障害 51 (24.9 %) 11.1 % 糖尿病 38 (18.5 %) 18.1 % 慢性呼吸障害 27 (13.2 %) 9.6 % 心機能低下 (EF<30%) 3 (1.5 %) 4.5 % 主要合併症術後合併症 : 再手術 9 (4.4 %) 7.0 % 術後合併症 : 新たな透析 10 (4.9 %) 3.5 % 術後合併症 : 縦隔洞炎 0 (0 %) 1.5 % 術後合併症 : 脳梗塞 3 (1.5 %) 1.9 % 術後合併症 : 呼吸不全 18 (8.8 %) 6.6 % 予後 30 日以内または入院中の死亡 10 (4.9 %) 3.8 % 30 日以内の死亡または主要合併症 29 (14.1 %) 16.1 % 主な弁膜症手術の手術死亡率 単独大動脈弁置換術 2.2 % 単独僧房弁置換術 3.7 % 大動脈弁 + 僧房弁置換術 3.8 % 三重大学病院における弁膜症手術症例に関しては 再手術症例やきわめて重症度の高い症例や含まれています 全国平均と比較しても 手術死亡率は同様で 主要合併症の発症率はやや低い傾向です 術後縦隔洞炎の発症は 0 例 術後脳梗塞発症率は 1.5% です ( 全国平均は 1.9%) - 43 -

心臓手術ほどチーム医療を求められる手術はありません 術者だけがすぐれていても良い手術にならないので サポートする外科医 麻酔科医 手術室看護師 人工心肺技師すべてが手術を深く理解しておく必要があります そして 些細な事が大きなトラブルにつながってしまうので 手術中はいつも以上に細心の注意をはらわなければなりません 高い技術 深い経験 そして盤石のチームワークがなければ 安全に心臓手術を行うことはできません 当科では 少しでも安全に手術を行うことができるように 日々様々な工夫 改善を追加して よりより医療を提供できるようにしております 手術の前は不安なことが山のようにあるでしょうが 少しでもその不安を取り除けるように ご説明いたします 一切の遠慮は不要ですので 些細と思われることでも 担当医またはそのほかのスタッフにお気軽にご質問してください 少しでも不安を取り除いて手術を受けていただければ幸いです 文責 : 三重大学胸部心臓血管外科金光真治 (160113) - 44 -

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