日本のプリオン病の現状 サーベイランス調査から 図2 図3 MM2視床型の特徴 拡散強調MRIで高信号は出現せず SPECTで視床の血流低下を認める 現在認められている遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異 図4 ヨーロッパと日本の遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異よりみたタイプの違い 典型よりも進行は

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Transcription:

Present status of Japanese prion diseases * 志賀裕正 1. 1999 年 4 月より実施されているCreutzfeldt- Jakob 病 (CJD) をはじめとしたプリオン病に対するサーベイランス調査の結果をもとに 日本のプリオン病の現状を報告する 2. CJD 日本 CJD サーベイランス委員会はプリオン病症 例の全例実地調査を目的に 1999 年 4 月に設置さ れ 現在 16 名のサーベイランス委員によって構成されている 各都道府県担当者と協力して調査を行っている 特定疾患を申請した症例 第 5 類感染症の届出をした症例 プリオン蛋白遺伝子検査を依頼した症例 髄液 14-3-3 蛋白を依頼した症例などがサーベイランス対象症例となる 2007 年 2 月現在 1,091 例の実地調査が行われ 913 例がプ 1 1999 年 2 月から 2007 年 2 月までの 913 例のサーベイランス調査結果 * Yusei Shiga 現 ) あおば脳神経外科 / 副院長 リオン病と認定されている プリオン病は原因不明の孤発性 プリオン蛋白遺伝子 (PRNP) 変異による遺伝性 感染原因が特定できる感染性に分けられる 913 例中 771 例 (84.4%) が孤発性 CJD, 128 例 (14.0%) が遺伝性プリオン病 72 例 (7.9%) が感染性 CJD,2 例 (0.2%) が病型不明である ( 1) 1) 3. CJD 孤発性 CJDはPRNP codon 129がMethionine (M) かValine (V) によってMM MV VVの遺伝子多型と沈着する異常型プリオン蛋白 (PrPSc) がタイプ 1 かタイプ 2 かによってMM1 MM2 MV1 MV2 VV1 VV2に分類される 2) 1) MM1 MV1: 急速進行性認知症 全身性ミオクローヌス 脳波でのPSDといった3 徴候を呈しこれまでCJDとして思い抱いていたタイプであり 古典型と称されている 発症後平均 3.5 ヶ月で無動無言状態に陥る 2) MM2: 皮質型と視床型に分けられる 皮質型は認知症が緩徐に進行する ミオクローヌスは出現しても非典型的で 脳波でPSDは一般に出現しない 視床型は認知症 自律神経症状 不随意運動や睡眠障害を呈する 家族性致死性不眠症 (FFI) に臨床像も病理所見も酷似し 孤発性致死性不眠症とも呼ばれる 一般にPSDは出現せず 拡散強調 MRIでも高信号を呈さず生前診断が最も困難である SPECT - 34 -

日本のプリオン病の現状 サーベイランス調査から 図2 図3 MM2視床型の特徴 拡散強調MRIで高信号は出現せず SPECTで視床の血流低下を認める 現在認められている遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異 図4 ヨーロッパと日本の遺伝性プリオン病の原因遺伝 子変異よりみたタイプの違い 典型よりも進行は緩徐でありこれまで失調型 での視床の血流低下が診断に有用 図 2 3) と呼ばれていた PSDは出現しない 4) 3 MV2 失 調 症 状 や 認 知 症 で 発 症 し 精 神 症 状や錐体餓色症状が出現する 進行は緩徐で PSDの出現は稀である 4 VV1 発症年齢が平均44歳と若い 人格変化 や認知症で発症し進行は緩徐でPSDは出現し ない このように孤発性CJDはこれまで考えられてい たような均一な疾患ではなく 臨床症状は多彩で あり 特徴的とされていたPSDが出現せず進行も 緩徐な症例も存在する 5 VV2 失調症状で発症し認知症が加わる 古 35

老年期認知症研究会誌 Vol.17 2010 図5 プリオン蛋白遺伝子codon 180に変異を持つ遺伝性CJDの特徴 MRIで浮腫 状に腫脹した大脳皮質に信号異常を認める T1強調像では低信号 T2強 調像 FLAIR 拡散強調MRIでは高信号を呈する 視覚野を含む後頭葉は 初期には異常信号を認めない 臨床症状に比較してMRIでの異常が顕著で ある 図6 プリオン蛋白遺伝子codon 232に変異を持つ遺伝性CJDの特徴 緩徐に進行 し 脳波でもPSDが出現しない亜型が25%存在する 視床内側の高信号が この亜型の特徴である 36

日本のプリオン病の現状 - サーベイランス調査から 7 プリオン蛋白遺伝子 codon 102 に変異を持つ GSS の特徴 初期には拡散強調 MRI で信号異常や萎縮を認めない 4. 現在知られている遺伝性の原因遺伝子変異を 3 に示す 遺伝性プリオン病の症状は孤発性 CJD よりも多彩で 原因遺伝子に依存する 遺伝性プリオン病のタイプは欧州症例と日本ではかなり異なっている ( 4) 5) 日本で多い遺伝性プリオン病について記載する 1) V180I 変異 CJD: 日本で一番頻度の多いタイプである 認知症症状で発症し進行は緩徐である 全経過が数年に及ぶ症例もある 脳波で PSDは出現せず ミオクローヌスも末期に非典型的なものが出現するのみである MRIが特徴的で 浮腫状に腫大した大脳皮質が信号異常を呈して描出される 初期には後頭葉内側部に病変が及んでいないのも特徴 家族内発症は報告されていない ( 5) 6) 2) M232R 変異 CJD: これまで日本でしか報告されていない75% は古典型孤発性 CJDと同様の経過をとり 家族内発症もないためPRNP 検査をしないと孤発性 CJDとの鑑別は困難 25% は緩徐進行性の認知症症状で発症し ミオクローヌスは出現しても末期であり PSDも出現しない 拡散強調 MRIで視床内側の高信号が特 徴 ( 6) 7) 3) P102L 変異 Gerstmann-Sträussler-Scheinker 病 (GSS): 初期には下肢失調による歩行障害 下肢の感覚異常 下肢の深部腱反射低下 軽度の構音障害を認める 認知機能障害は遅れて出現するため家族性脊髄小脳変性症と間違われることがある 緩徐進行性で無動無言状態になるまでに10 年以上を要する場合もある 病変の首座はこれまで考えられていた小脳ではなく 大脳 脊髄後角または脊髄小脳路である 上肢に比較して下肢の失調が強いこと 下肢の感覚異常が脊髄小脳変性症との鑑別に有効 初期には拡散強調 MRIで異常を認めず PSDも末期まで出現しない ( 7) 8) 5. CJD これまでサーベイランス委員会では72 症例が確認されているが 変異型 CJD 1 例を除いて全例硬膜移植によるCJDである これまでの調査で硬膜移植 CJDは世界で196 例が確認されているが そのうち123 例は日本からの報告である 発症者は15 ~ 79 歳 ( 平均年齢 54.8 歳 ) で 潜伏期間は16 ヶ月 ~ 25 年である (9 ~ 16 年が多い ) - 37 -

老年期認知症研究会誌 Vol.17 2010 移植手術は1979 ~ 1991 年 (1983 ~ 1987 年に多い ) 70% は古典型孤発性 CJDと酷似するが 30% は失調性歩行障害で発症し 緩徐進行性の経過を辿り ミオクローヌスやPSDは末期まで出現しない 両タイプとも診断には髄液特殊蛋白検査検査 (14-3-3 蛋白やtau 蛋白 ) や拡散強調 MRI 検査が有用である 9) 6. 日本を含め各国のサーベイランス調査の蓄積により いわゆる古典型孤発性 CJDとは明らかにことなる臨床症状を呈するプリオン病が知られるようになり CJDは今まで考えられていたような均一な疾患ではないことがわかってきた CJDを含めプリオン病を早期に診断するためにはプリオン病の多様性を理解し 疑ってみることが重要である MM2 視床型 CJDやGSSを除けば初期より拡散強調 MRIで異常所見が捉えられることが多く 疑ったら拡散強調 MRIを施行してみるべきである 10) 脳波ではPSDよりも背景脳波の徐波化に注意する必要がある これまで鑑別診断としてAlzheimer 病 Dementia with Lewy bodies (DLB) 脳血管性認知症 精神疾患が強調されていたが 脳波や画像検査を容易に実施できる日本ではてんかん 特に非痙攣性てんかん重積 低血糖 橋本脳症 無 ( 低 ) 酸素脳症 MELAS 代謝性脳症 CNSループス 髄膜炎 髄膜脳炎 ( 特に高齢者の亜急性髄膜炎 髄膜脳炎 ) との鑑別が重要である 1) 2) Parchi P, Giese M, Cappelari S, et al. Classification of sporadic Creutzfeldt-Jakob disease based on molecular and phenotypic analysis of 300 subjects. Ann Neurol 1999; 46: 224-233. 3) Hamaguchi T, Kitamoto T, Sato T, et al. Clinical diagnosis of MM2-type sporadic Creutzfeldt- Jakob disease. Neurology 2005; 64: 643-648. 4) Fukushima R, Shiga Y, Nakamura M, et al. MRI characteristics of sporadic CJD with valine homozygosity at codon 129 of the prion protein gene and PrPSc type 2 in Japan. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2004; 75: 485-487. 5) Kovács GG, Puopolo M, Ladogana A, et al. Genetic prion disease: the EUROCJD experience. Hum Genet 2005; 118: 166-174. 6) Jin K, Shiga Y, Shibuya S, et al. Clinical features of Creutzfeldt-Jakob disease with V180I mutation. Neurology 2004; 62: 502-505. 7) Shiga Y, Satoh K, Kitamoto T, et al. Two different clinical phenotypes of Creutzfeldt-Jakob disease with a M232R substitution. J Neurol 2007; in press. 8) Arata H, Takashima H, Hirano R, et al. Early clinical signs and imaging findings in Gerstmann- Sträussler-Scheinker syndrome (Pro102Leu). Neurology 2006; 66: 1672-1678. 9) Noguchi-Shinohara M, Hamaguchi T, Kitamoto T, et al. Clinical features and diagnosis of dura mater graft-associated Creutzfeldt-Jakob disease. Neurology 2007; 69: 360-367. 10)Shiga Y, Miyazawa K, Sato S, et al. Diffusionweighted MRI abnormalities as an early diagnostic marker for Creutzfeldt-Jakob disease. Neurology 2004; 63: 443-449. この論文は 平成 19 年 11 月 10 日 ( 土 ) 第 17 回東北老年期痴呆研究会で発表された内容です - 38 -