篠原隆介氏の博士学位請求論文“Voluntary Participation Games in Public Good Mechanisms: Coalitional Deviations and Efficiency”(公共財供給メカニズムへの自発的参加ゲーム:結託離脱と効率性)は、経済メカニズムまたは契約への個人の自発的参加問題について、多様な角度から詳細に分析した一連の研究成果を纏めたものである

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博士学位請求論文審査報告書 申請者篠原隆介論文題目 Voluntary Participation Games in Public Good Mechanisms: Coalitional Deviations and Efficiency ( 公共財供給メカニズムへの参加ゲーム : 結託離脱と効率性 ) 1. 論文の目的と構成 篠原隆介氏の博士学位請求論文 Voluntary Participation Games in Public Good Mechanisms: Coalitional Deviations and Efficiency ( 公共財供給メカニズムへの自発的参加ゲーム : 結託離脱と効率性 ) は 経済メカニズムまたは契約への個人の自発的参加問題について 多様な角度から詳細に分析した一連の研究成果を纏めたものである 公共財の供給において 各人が他人の貢献にただ乗りしようとするインセンティヴを持つ結果 公共財供給が過小となり 効率的な資源配分が達成されないという フリーライダー問題 が発生することはよく知られている すなわち 公共財の最適供給に不可欠な各個人の選好に関する私的情報を正しく表明させつつ パレート効率的かつ個人合理的な配分を達成するような社会的選択ルールは存在しないことが Hurwicz (1975) によって明らかにされたのである これに対して Groves and Ledyard (1977) Hurwicz (1979) Walker (1981) らが端緒を開いたインプリメンテーション ( 遂行 ) 理論は 巧妙なゲーム形式 ( メカニズム ) を設計することによって そのナッシュ均衡において効率的な配分が達成されることを示した その後 ナッシュ均衡だけでなく サブゲーム完全均衡 強均衡 非支配ナッシュ均衡など 様々な均衡概念のもとでのインプリメンテーションの理論が発展してきた これらの先行研究に共通する基本的な前提は どのプレーヤーもそのメカニズムに必ず参加するようにルールによって強制されるということであった ところが 近年の国際環境協定のように メカニズムないし契約への参加自体が個々のプレーヤーの決定に委ねられる場合が現実には存在し そのような自発的参加のケースでは再び公共財の過小供給が発生することが Saijo and Yamato (1999) によって指摘された 彼らの論文では 公共財が無限に分割可能なケースが扱われ 分析はナッシュ均衡に限定されていた しかし 例えば地球温暖化を巡る国際協定の批准過程に見られるように 公共財供給メカニズムへの自発的参加ゲームにおいては プレーヤーが結託を形成して戦略的に行動する可能性をも考慮しなければならない また 公共財はしばしば完全分割不可能で供給水準が離散的な数に限られることがある そこで 篠原氏の論文の目的は 公共財供給メカニズムへの自発的参加ゲームにおいて プレーヤーの結託形成を考慮に入れた均衡概念である強均衡やコアリション プルーフ均衡に注目し 公共財が無限に分割可能な場合とそうでない場合を 1

含む様々なケースについて 均衡の存在証明と特徴付けを行うことである 論文は 全体を通じた基本的な問題設定と 先行研究のサーベイおよび本論文の位置付けを行う第 1 章 :Introduction( 序論 ) に続いて 主要部を構成する第 I 部 :Participation Games with Perfectly Divisible Public Goods( 公共財が完全分割可能な場合の参加ゲーム ) および第 II 部 :Participation Games with Discrete Public Goods( 公共財の供給が離散的な場合の参加ゲーム ) から構成されている 第 I 部では公共財が無限に分割可能なケースにおけるメカニズムへの自発的参加ゲームが扱われ 第 II 部では公共財の供給可能水準が整数でのみ与えられる離散的なケースが考察される 章立ては以下のとおりである Chapter 1 Introduction Part I Participation Games with Perfectly Divisible Public Goods Chapter 2 Coalition-proof Equilibria in Participation Games: Identical Agents Chapter 3 Coalition-proof Equilibria in Participation Games: Heterogeneous Agents Chapter 4 Coalition-proofness and Dominance Relations Part II Participation Games with Discrete Public Goods Chapter 5 Participation Problems in Public Projects Chapter 6 Participation Games with Multiple-choice Public Goods Chapter 7 Conclusion 2. 各章の概要 本論文全体を通して 1 種類の公共財と1 種類の私的財 ( 貨幣 ) のあるモデルが考察され 個人の選好は私的財に関して準線型の効用関数で表わされると仮定されている したがって 公共財に対する私的財の限界代替率は 公共財の限界効用として表現される 第 1 章の序論に続いて 第 2 章では 公共財が無限に分割可能で 個人の選好が同一である場合が考察され 公共財供給メカニズムへの自発的参加ゲームにおけるコアリション プルーフ均衡が分析されている まず ナッシュ均衡が複数存在し それぞれの均衡におけるメカニズム参加者数が異なる例が提示される 次に コアリション プルーフ均衡が存在し それはナッシュ均衡のうちメカニズム参加者数が最大のものであるという主定理が証明される さらに コアリション プルーフ均衡配分の集合は ナッシュ均衡配分のうち 他のナッシュ均衡配分によってパレート優越されない配分の集合に一致することも示されている 第 3 章は 第 2 章のモデルを個人の選好の同一性という仮定を課さないモデルに拡張す 2

る 選好が同一でない場合には コアリション プルーフ均衡においてもメカニズム参加者数がユニークには決まらないことが例によって示される しかし 追加的条件として 自己強制力をもつ戦略の組 (self-enforcing strategy profile) のうち 参加者数が最大であるものにおいて 参加者の公共財からの限界効用が非参加者のそれ以上であるならば その戦略の組のみがコアリション プルーフ均衡になることが証明されている 転じて第 4 章では 利得ベクトルの強支配関係で定義されたコアリション プルーフ均衡と 弱支配関係で定義されたそれとの間の論理的関係が分析される 先行研究の Konishi, Le Breton and Weber (1999) は 2つの均衡集合がともに非空であるが その共通部分が空になるゲームの例を提示した 本章の結果は ゲームが匿名性 単調外部性 戦略的代替性という3つの条件を満たすならば 弱支配関係で定義されたコアリション プルーフ均衡の集合は 強支配関係で定義された均衡集合に包含されることを示している 第 II 部に入り 第 5 章では 1 単位の分割不可能な公共プロジェクトを実施するか否かという二者択一の場合が取り上げられる 公共財供給メカニズムは どの参加者にも正の費用負担を課し 参加者の選好に関してパレート効率的かつ個人合理的な配分を遂行するものであるとする このとき 自発的参加ゲームにおける厳密なナッシュ均衡 コアリション プルーフ均衡および強均衡という3つの均衡集合が非空で すべて一致すること さらに均衡配分は全プレーヤーの選好に関してパレート効率的であることが証明されている 第 6 章前半では 第 5 章に引き続いて 公共財が1 単位の分割不可能な公共プロジェクトである場合が考察されるが 新たに結託内のプレーヤー間で貨幣の移転が可能であるケースが扱われている また 公共財の費用負担ルールは 各人の公共財の効用に比例するルールであると仮定する 主定理は パレート効率的配分を達成するようなナッシュ均衡が存在すること パレート効率的配分を達成するナッシュ均衡の集合は厳密なナッシュ均衡の集合と一致すること さらに強均衡が存在し その集合は厳密なナッシュ均衡の集合に含まれること を示している 第 6 章後半では 公共財の供給可能水準が1 単位または2 単位であるケースが分析される 公共財の費用負担ルールは 各人の公共財の効用に比例するルールであるとする 個人の選好が同一であるとき ある緩やかな条件の下で ナッシュ均衡配分がパレート効率的とはならないことが証明されている ただし 個人の選好が同一でないときには ナッシュ均衡配分がパレート効率的になる例も挙げられている 第 7 章は 本論文で得られた結果を要約し 今後の研究課題について論じている 3. 評価 篠原氏の博士学位請求論文は 公共財供給メカニズムへの自発的参加問題に関して多様な視点から包括的に研究し 先行研究では明らかにされていなかった多くの新しい知見を 3

提示している モデルの展開および論理の進め方は的確で 分かりやすく叙述されており 各定理の証明は厳密である 本論文の貢献は 公共財の理論への貢献と ゲーム理論への貢献の2つに大別される 公共財の理論への貢献として まず第 2 章で得られた コアリション プルーフ均衡におけるメカニズム参加者数は ナッシュ均衡における参加者数のうちの最大数に限られるという結果は プレーヤーによる結託形成の可能性が 自発的参加ゲームの均衡配分の効率性を改善するという点で非常に興味深い 分割不可能な公共プロジェクトのケースを考察し 厳密なナッシュ均衡 コアリション プルーフ均衡および強均衡の同値性と 均衡配分の効率性を証明した第 5 章の結果は 公共財が無限に分割可能な場合の均衡配分の効率性に関する Saijo and Yamato (1999) らの否定的な結論と好対照をなす また この章の結果は 公共財の費用負担があらかじめ固定されているという仮定の下で自発的参加ゲームのナッシュ均衡を分析した Palfrey and Rosenthal (1984) の結果を 大幅に拡張するものでもある 転じて第 6 章では 公共財の供給可能水準が1 単位または2 単位であるケースには 効率的配分を達成するナッシュ均衡がほとんどの場合に存在しないことが示される 以上の一連の結果は 自発的参加ゲームの均衡配分の効率性を決定する本質的要因は 公共財が分割可能か否かというよりも 公共財の選択可能な水準が複数あるか否かであることを明らかにしている ゲーム理論への貢献は 幾つかのクラスのゲームにおいて コアリション プルーフ均衡の存在を証明し 強均衡や厳密なナッシュ均衡の集合との関係を解明したことである 逸脱する結託内の自己安定性を要求するコアリション プルーフ均衡は 直観的には魅力のある均衡概念であるが その定義が複雑であるため 均衡の存在や構造に関しては ほとんど知られていない したがって 第 2 章と第 5 章で確立された存在証明と 他の均衡集合との関係は 基礎ゲーム理論の観点からも重要な結果である 一方 コアリション プルーフ均衡では 逸脱する結託からのさらなる逸脱の可能性も考慮するため 逸脱を利得ベクトルの強支配関係で定義する場合と 弱支配関係で定義する場合の均衡集合の関係は明らかではない 第 4 章の結果は 公共財供給メカニズムへの自発的参加ゲームを含む あるゲームのクラスにおいて両者の間の包含関係を明らかにした注目すべきものである 本論文を構成する章のうち 第 4 章は既に Economics Letters 誌に掲載され 国際的評価を確立している その他の各章も 独立した論文として国際的な学術雑誌に掲載受理される可能性を充分に備えた水準に達していると評価できる もちろん 本論文に残された課題も多い 第 1に 本論文では公共財供給メカニズムは既に与えられているという前提の下で プレーヤーは参加の意思決定のみを行うと想定されているが 現実的には参加するグループが確定してからメカニズムを決定するケースや 参加の意思決定とともに費用負担額を提示するケースも考えられる このような公共財メカニズム自体の内生的決定を説明する理論への拡張は 興味深い課題であろう 第 2に 公共財の費用関数は結託の規模に依存しないことが仮定されているが 自然な仮定として 4

公共財の生産技術が結託の規模に関して収穫逓増である場合も考察すべきであろう このときには 協調的な解の実現する可能性がより高くなると思われる 第 3に 単純化のために私的財は1 種類で 個人の選好は準線型であることが仮定さているが これらの制約的な仮定を緩めたときの分析結果の頑健性は確かめる必要があるであろう 第 4に 個人の選好の同一性を仮定しないケースでは コアリション プルーフ均衡の存在と構造について未解明の問題が多い たとえば 第 3 章の主定理は 選好や生産技術に関するよりプリミティブな仮定の下で示すことが出来ないか検討すべきである しかし 上で指摘した点はいずれも 今後さらに研究を発展させていくための課題として理解されるべきものであって 本論文で得られた成果のオリジナリティと重要性をいささかも損なうものではない よって 審査員一同は 所定の口述試験の結果と論文評価に基づき 篠原隆介氏が一橋大学博士 ( 経済学 ) の学位を授与されるべき充分な資格を有していると判断する 2006 年 6 月 14 日 論文審査員市石達郎岡田章佐藤主光武隈愼一蓼沼宏一 5