名古屋大学宇宙地球環境研究所 ( 所長 : 町田忍 ) の塩田大幸 ( しおただいこう ) 特任助教と国立極地研究所の片岡龍峰 ( かたおかりゅうほう ) 准教授からなる研究チームは 太陽で起きる爆発の結果として巨大なプラズマ ( 注 1) と磁場が宇宙空間を通して地球に到達する過程について これま

Similar documents

報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

5 時 10 分 22 秒 5 時 15 分 25 秒 5 時 20 分 27 秒 図 年 4 月 10 日のフレアの Hα 単色像 ( 京都大学飛騨天文台ドームレス太陽望遠鏡による ) フレアの典型的な大きさは 1 万km~10 万km 寿命は数分 ~ 数時間 解放される全エネルギー

宇宙天気予報と磁気流体力学

GoogleMoon

資料

磯部委員提出資料

プラズマ バブルの到達高度に関する研究 西岡未知 齊藤昭則 ( 京都大学理学研究科 ) 概要 TIMED 衛星搭載の GUVI によって観測された赤道異常のピーク位置と 地上 GPS 受信機網によって観測されたプラズマ バブルの出現率や到達率の関係を調べた 高太陽活動時と低太陽活動時について アジア

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

Microsoft PowerPoint - 発表II-3原稿r02.ppt [互換モード]

スライド 1

WTENK5-6_26265.pdf

連結階層シミュレーションアルゴリズムの開発

連結階層シミュレーションアルゴリズムの開発

風力発電インデックスの算出方法について 1. 風力発電インデックスについて風力発電インデックスは 気象庁 GPV(RSM) 1 局地気象モデル 2 (ANEMOS:LAWEPS-1 次領域モデル ) マスコンモデル 3 により 1km メッシュの地上高 70m における 24 時間の毎時風速を予測し

Microsoft PowerPoint - 第9回電磁気学

Microsoft Word - 01.docx

Microsoft PowerPoint - Seikei_Kataoka04d.pptx

技術資料 JARI Research Journal OpenFOAM を用いた沿道大気質モデルの開発 Development of a Roadside Air Quality Model with OpenFOAM 木村真 *1 Shin KIMURA 伊藤晃佳 *2 Akiy

コマンド入力による操作1(ロード、プロット、画像ファイル出力等)

発電単価 [JPY/kWh] 差が大きい ピークシフトによる経済的価値が大きい Time 0 時 23 時 30 分 発電単価 [JPY/kWh] 差が小さい ピークシフトしても経済的価値

第1章 様々な運動

110514名古屋大学 宇宙天気50のなぜ.indd

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

線積分.indd

報道関係者各位 平成 26 年 5 月 29 日 国立大学法人筑波大学 サッカーワールドカップブラジル大会公式球 ブラズーカ の秘密を科学的に解明 ~ ボールのパネル構成が空力特性や飛翔軌道を左右する ~ 研究成果のポイント 1. 現代サッカーボールのパネルの枚数 形状 向きと空力特性や飛翔軌道との

Microsoft Word - 01.doc

橡Ⅰ.企業の天候リスクマネジメントと中長期気象情

An ensemble downscaling prediction experiment of summertime cool weather caused by Yamase

Microsoft PowerPoint - hiei_MasterThesis


Ionospheric Observations Using GEONET Data

07_Shiota.pptx

予報時間を39時間に延長したMSMの初期時刻別統計検証

モデリングとは

平成16年6月  日


2 宇宙航空研究開発機構特別資料 JAXA-SP の期間の (a)(b) の同時観測磁場データから上記 (1)(2) を大規模統計解析研究する事である みちびき初号機 の軌道 ( 表 1) はその高度が静止衛星 ( 約 36000km) と ほぼ同じで かつ 軌道傾斜角が 40 離心率

研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

火山活動解説資料平成 31 年 4 月 19 日 19 時 40 分発表 阿蘇山の火山活動解説資料 福岡管区気象台地域火山監視 警報センター < 噴火警戒レベル2( 火口周辺規制 ) が継続 > 中岳第一火口では 16 日にごく小規模な噴火が発生しました その後 本日 (19 日 )08 時 24

銀河風の定常解

パネルディスカッション (太陽研究長期計画)

概論 : 人工の爆発と自然地震の違い ~ 波形の違いを調べる前に ~ 人為起源の爆発が起こり得ない場所がある 震源決定の結果から 人為起源の爆発ではない事象が ある程度ふるい分けられる 1 深い場所 ( 深さ約 2km 以上での爆発は困難 ) 2 海底下 ( 海底下での爆発は技術的に困難 ) 海中や

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

go.jp/wdcgg_i.html CD-ROM , IPCC, , ppm 32 / / 17 / / IPCC

福島第1原子力発電所事故に伴う 131 Iと 137 Csの大気放出量に関する試算(II)

資料6 (気象庁提出資料)

津波警報等の留意事項津波警報等の利用にあたっては 以下の点に留意する必要があります 沿岸に近い海域で大きな地震が発生した場合 津波警報等の発表が津波の襲来に間に合わない場合があります 沿岸部で大きな揺れを感じた場合は 津波警報等の発表を待たず 直ちに避難行動を起こす必要があります 津波警報等は 最新

<4D F736F F D F193B994AD955C8E9197BF816A89C482A982E78F4882C982A982AF82C482CC92AA88CA2E646F63>

スライド 1

Microsoft PowerPoint - 01_内田 先生.pptx

火山活動解説資料平成 31 年 4 月 14 日 17 時 50 分発表 阿蘇山の火山活動解説資料 福岡管区気象台地域火山監視 警報センター < 噴火警戒レベルを1( 活火山であることに留意 ) から2( 火口周辺規制 ) に引上げ> 阿蘇山では 火山性微動の振幅が 3 月 15 日以降 小さい状態

プレス発表資料 平成 27 年 3 月 10 日独立行政法人防災科学技術研究所 インドネシア フィリピン チリにおけるリアルタイム 津波予測システムを公開 独立行政法人防災科学技術研究所 ( 理事長 : 岡田義光 以下 防災科研 ) は インドネシア フィリピン チリにおけるリアルタイム地震パラメー

計算機シミュレーション

SDO AIA 304 (

Microsoft Word - 改2CA研究会論文誌(watari)

目に見える宇宙天気オーロラ 情報通信研究機構稚内観測施設平成 27 年 6 月 23 日 13:46 UT (22:46 JST) ISO 3200 露出 20 秒 2

物性物理学 I( 平山 ) 補足資料 No.6 ( 量子ポイントコンタクト ) 右図のように 2つ物質が非常に小さな接点を介して接触している状況を考えましょう 物質中の電子の平均自由行程に比べて 接点のサイズが非常に小さな場合 この接点を量子ポイントコンタクトと呼ぶことがあります この系で左右の2つ

PowerPoint プレゼンテーション

ÿþŸb8bn0irt

Microsoft PowerPoint - 第7章(自然対流熱伝達 )_H27.ppt [互換モード]

PRESS RELEASE (2016/11/29) 九州大学広報室 福岡市西区元岡 744 TEL: FAX: URL:

日本海溝海底地震津波観測網の整備と緊急津波速報 ( 仮称 ) システムの現状と将来像 < 日本海溝海底地震津波観測網の整備 > 地震情報 津波情報 その他 ( 研究活動に必要な情報等 ) 海底観測網の整備及び活用の現状 陸域と比べ海域の観測点 ( 地震計 ) は少ない ( 陸上 : 1378 点海域

高校電磁気学 ~ 電磁誘導編 ~ 問題演習

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

経営理念 宇宙と空を活かし 安全で豊かな社会を実現します 私たちは 先導的な技術開発を行い 幅広い英知と共に生み出した成果を 人類社会に展開します 宇宙航空研究開発を通して社会への新たな価値提供のために JAXAは 2003年10月の発足以来 宇宙航空分野の基礎研究から開発 利用に至るまで一貫して行

距離でコーラス波動を捉えたと同時に, そのコーラス波動に伴う波動粒子相互作用が引き起こした突発発光オーロラを地上で捉え, 波動粒子相互作用発生域の形状変化が数十ミリ秒単位で非対称に発達することを明らかにしました 本研究成果は, オーロラが宇宙電磁環境を可視化するためのディスプレイに成りうることを間接

(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

Title< 講演 1> オーロラ研究者が見た地球 Author(s) 海老原, 祐輔 京都大学附置研究所 センターシンポジウム : 京都から Citation の挑戦 - 地球社会の調和ある共存に向けて ( 第 11 回 ) 翔ぶ 京大 - 報告書 - (2017), 11: 3-15 Issue

北極陸域から発生するダストが雲での氷晶形成を誘発する とうぼう国立極地研究所の當房 おおはた地球環境研究所の大畑 しょう祥 ゆたか豊 あだち助教 気象研究所の足立 こいけ助教 東京大学の小池 まこと真 こうじ光司 主任研究官 名古屋大学宇宙 准教授らによって構成される国際共同 研究グループは 北極圏

DE0087−Ö“ª…v…›

する距離を一定に保ち温度を変化させた場合のセンサーのカウント ( センサーが計測した距離 ) の変化を調べた ( 図 4) 実験で得られたセンサーの温度変化とカウント変化の一例をグラフ 1 に載せる グラフにおいて赤いデータ点がセンサーのカウント値である 計測距離一定で実験を行ったので理想的にはカウ

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

2 図微小要素の流体の流入出 方向の断面の流体の流入出の収支断面 Ⅰ から微小要素に流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅰ は 以下のように定式化できる Q 断面 Ⅰ 流量 密度 流速 断面 Ⅰ の面積 微小要素の断面 Ⅰ から だけ移動した断面 Ⅱ を流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅱ は以下のように

PowerPoint Presentation

<4D F736F F D20824F B834E835882CC92E8979D814690FC90CF95AA82C696CA90CF95AA2E646F63>

本日の内容 宇宙天気 とは? 最近の宇宙天気状況 宇宙天気に関わる最近のNICTの活動 宇宙天気に関わる国際および国内動向 宇宙天気ユーザーニーズ調査中間報告 2

スライド 1

ニュートン重力理論.pptx

高分解能衛星データによる地形図作成手法に関する調査研究 ( 第 2 年次 ) 実施期間平成 18 年度 ~ 測図部測図技術開発室水田良幸小井土今朝巳田中宏明 佐藤壮紀大野裕幸 1. はじめに国土地理院では, 平成 18 年 1 月に打ち上げられた陸域観測技術衛星 ALOS に関して, 宇宙航空研究開

2019 年1月3日熊本県熊本地方の地震の評価(平成31年2月12日公表)

今度は下図に示すような 電磁石 を用意します かなり変な格好をしていますので ヨ ~ ク見て下さい 取り敢えず直流電源を繋いで見ました 緑矢印 は磁力線の流れを示し 赤い矢印 は電流の流れを示します 図 2 下記に馬蹄形磁石の磁力線の流れを示します 同じ 図 3 この様に 空間を ( 一定の ) 磁

スケッチの場合は スケッチ用紙をスキャンしてデジタルデータ化し 画像と同じアドレスにお送りください メールのタイトルは 部分日食スケッチ AH-XXXX とするようお願いします デジタル化できない場合は 以下の宛先まで郵送ください 郵送にかかる費用は参加グループの負担となります なお 返信を希望され

untitled

Kumamoto University Center for Multimedia and Information Technologies Lab. 熊本大学アプリケーション実験 ~ 実環境における無線 LAN 受信電波強度を用いた位置推定手法の検討 ~ InKIAI 宮崎県美郷

プレスリリース 2018 年 10 月 31 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 台風の急激な構造変化のメカニズムを解明 - 台風の強度予報の精度を飛躍的に向上できる可能性 - 慶應義塾大学の宮本佳明環境情報学部専任講師 杉本憲彦法学部准教授らの研究チームは 長年の謎であった台風の構造が急激に変化する

サブ課題Cの目標 大規模な宇宙論的構造形成シミュレーションの共分散解析による広域銀 河サーベイの統計解析 (吉田 石山) ブラックホール降着円盤の一般相対論的輻射磁気流体シミュレーション及 びグローバルシミュレーション 松元 大須賀 大規模なプラズマ粒子シミュレーションによる磁気再結合と高エネルギー

() 実験 Ⅱ. 太陽の寿命を計算する 秒あたりに太陽が放出している全エネルギー量を計測データをもとに求める 太陽の放出エネルギーの起源は, 水素の原子核 4 個が核融合しヘリウムになるときのエネルギーと仮定し, 質量とエネルギーの等価性から 回の核融合で放出される全放射エネルギーを求める 3.から

1. 内容と成果研究チームは 天の川銀河の中心を含む数度の領域について 一酸化炭素分子が放つ波長 0.87mm の電波を観測しました 観測に使用した望遠鏡は 南米チリのアタカマ砂漠 ( 標高 4800m) に設置された直径 10m のアステ望遠鏡です 観測は 2005 年から 2010 年までの長期

高軌道傾斜角を持つメインベルト 小惑星の可視光分光観測

結果を用いて首都圏での雪雲の動態を解析することができました ( 詳しい解説 は別添 ) こうした観測事例を蓄積し 首都圏降雪現象の理解を進め 将来的に は予測の改善に繋げていきたいと考えています 今回の研究成果は 科学的に興味深く 新しい観測研究のあり方を提案するものとして 日本雪氷学会の科学誌 雪

新潟県中越沖地震を踏まえた地下構造特性調査結果および駿河湾の地震で敷地内の揺れに違いが生じた要因の分析状況について

第 7 回 宇宙環境シンポジウム 講演論文集 デブリ防護設計標準 (WG3) の活動状況 宇宙環境 G 松本晴久 背景 WG3 の活動 アウトライン スペースデブリ防護設計マニュアルの概要 今後課題 まとめ 51 This document is provided by JAXA.

相対性理論入門 1 Lorentz 変換 光がどのような座標系に対しても同一の速さ c で進むことから導かれる座標の一次変換である. (x, y, z, t ) の座標系が (x, y, z, t) の座標系に対して x 軸方向に w の速度で進んでいる場合, 座標系が一次変換で関係づけられるとする

太陽活動領域における電流層の構造と上安定性

7 渦度方程式 総観規模あるいは全球規模の大気の運動を考える このような大きな空間スケールでの大気の運動においては 鉛直方向の運動よりも水平方向の運動のほうがずっと大きい しかも 水平方向の運動の中でも 収束 発散成分は相対的に小さく 低気圧や高気圧などで見られるような渦 つまり回転成分のほうが卓越

国立大学法人京都大学と独立行政法人宇宙航空研究開発機構との

連結階層シミュレーションアルゴリズムの開発

Transcription:

磁気嵐の予測に向けた新しいコロナ質量放出シミュレーションの開発に成功 名古屋大学宇宙地球環境研究所 ( 所長 : 町田忍 ) の塩田大幸 ( しおただいこう ) 特任助教と国立極地研究所の片岡龍峰 ( かたおかりゅうほう ) 准教授は コロナ質量放出と呼ばれる太陽から宇宙空間へ向けて発生する爆発現象が 太陽の磁場を地球に運ぶ過程を正確に再現する新しい数値シミュレーションの開発に成功しました この新しいシミュレーションは 衛星 通信 電力網などに大きな影響を与える激しい磁気嵐が始まるタイミングとその規模の予測精度の向上に寄与するものであり 情報化社会を支える社会基盤の保全に貢献することが期待されます コロナ質量放出とは 太陽の強い磁場が崩壊することで起きる巨大なプラズマ ( 高温ガス ) の放出現象であり しばしば太陽フレア爆発と共に発生します それによって 強い磁場と高温のプラズマが高速で惑星間空間へ放出され 1 日から数日かけて太陽から約 1 億 5 千万 km 離れた地球にまで到来する場合があります コロナ質量放出が運ぶ太陽の磁場の向きが 地球の磁場と逆向き ( 南向き ) であるとき 大きな磁気嵐が発生することが知られています しかし 太陽の磁場は複雑な構造を持つと共に コロナ質量放出の磁場は宇宙空間で複雑に変化する可能性があるため これまでその予測は困難とされてきました 塩田特任助教と片岡准教授の研究チームは 磁気流体力学方程式と呼ばれる理論式に基づいて コロナ質量放出の複雑な磁場の変化と伝搬過程をコンピュータ上で再現することに成功しました これにより 太陽表面の磁場の分布 太陽フレアの規模 コロナ質量放出のスピードという 3 つの観測データから 地球に到達する磁場の構造を 太陽における爆発の発生から数時間で推定することにも成功しました 激しい磁気嵐が発生すると 地球の磁場が乱されると共にオーロラ活動が活発になります 地球の磁場の乱れは地上の送電網に大量の超過電流を流すことにより 送電網施設を破壊する場合があることが知られています また 激しい磁気嵐の際には衛星の故障や通信障害なども発生します それ故 磁気嵐等を正確に予測する宇宙天気予報 ( 宇宙環境の変動予報 ) は 地球上に暮らす私たちの生活を守るためにも重要です 磁気嵐がいつ どのように発生するかを予測する為には コロナ質量放出が地球に到達する時間とその磁場の 3 次元構造を予測することが必要ですが 本研究によって開発された技術は そうした予測の精度を向上させるために重要な貢献をすると考えられます 本研究成果は 2016 年 2 月 5 日付で米科学誌 Space Weather のオンライン版に公開されました

名古屋大学宇宙地球環境研究所 ( 所長 : 町田忍 ) の塩田大幸 ( しおただいこう ) 特任助教と国立極地研究所の片岡龍峰 ( かたおかりゅうほう ) 准教授からなる研究チームは 太陽で起きる爆発の結果として巨大なプラズマ ( 注 1) と磁場が宇宙空間を通して地球に到達する過程について これまでより正確に再現する数値シミュレーションの開発に成功しました この研究は 衛星システムや電力 通信網に大きな被害をもたらす激しい磁気嵐 ( 注 2) の発生とその規模を事前に予測するための技術開発に大きな貢献をするものであり 次世代の宇宙天気予報の実現に向けた重要な成果と位置づけることができます 1) 研究の背景宇宙天気 ( 地球周辺の宇宙空間のプラズマ 電磁場環境 ) は 太陽から地球に到来した高速のプラズマの流れ 太陽風 の影響を受けて大きく変動します 特に 太陽風中に地磁気と逆向き ( 南向き ) の強い磁場が含まれ 地球がその磁場に包まれると 地球の磁場 ( 地磁気 ) と宇宙の環境 ( 宇宙天気 ) が大きく乱される 磁気嵐 が発生します これは 太陽風が吹き付ける地球の前面で太陽風の南向き磁場と地磁気の北向きの磁場が接することで 磁力線のつなぎ替えが発生し 太陽風のプラズマが磁気圏の中に入ってくることができるためです ( 図 1) つまり いつどれだけの規模で太陽風の南向きの磁場が地球に向かって到来するのかを正確に予測することが 磁気嵐の予報にとって必要不可欠な情報なのです 図 1. 南北の向きの太陽風磁場が到来した時の地球の磁場の構造 青い線は両端が地球につながる磁力線を示し 赤い線は 太陽風につながる 開いた磁力線 を示しています 破線は太陽風と磁気圏のプラズマの境界 オレンジの領域はプラズマが高温になる領域を示しています では 太陽風の状態はどこで決まるのでしょうか 太陽の周囲には太陽コロナと呼ばれる 100 万度を超える大気が存在しています その上空で図 2 左のよ

うな開いた磁力線 ( 黄色い線 ) に沿ってプラズマが外部に向けて常に流出している流れが 太陽風 です 太陽風は 太陽の複雑な磁場構造を反映した分布を持っており 太陽が自転することで 地球に到来する太陽風が刻一刻と変動します 太陽の自転によって太陽風の持つ磁場はスプリンクラーのように自転と反対方向になびいたスパイラル状の形を持ちます つまり 太陽風の磁場は 普段は主に東西方向を向いており 磁気嵐を引き起こす南向きの磁場は 太陽風中にさらに大量のプラズマの塊が放出される コロナ質量放出 ( 注 3) によってもたらされます 太陽の黒点周辺の磁場が強い領域では コロナ中の磁気エネルギーが突発的に解放される爆発現象 太陽フレア ( 注 4) が発生します 太陽フレアにともなって 大量のプラズマとともに大量の磁場 ( 磁束 ) が太陽外部 ( 惑星間空間 ) へと放出されます これを コロナ質量放出 と呼びます ( 図 2 右 ) コロナ質量放出内部の磁場構造は ねじれた複雑な構造を持っていることが観測されています さまざまな方向を向いた磁場の一部が南を向いていて その部分が地球を通過したときに磁気嵐を引き起こすのです 近年の宇宙天気予報 ( 注 5) では 太陽風とコロナ質量放出の影響を観測データに基づいて数値シミュレーションを行い 磁気嵐の発生の開始時刻を予測する試みが米国を中心に行われています しかし 従来のシミュレーションでは コロナ質量放出における プラズマの流れ は考慮されていましたが 磁場は考慮されていませんでした そのため 地球に衝突する強い南向き磁場を早い段階で予測することは困難でありました このことが 磁気嵐の正確な予報を阻害する要因となっていました 図 2.( 左図 ) ひので衛星 X 線望遠鏡で観測した太陽コロナ ( グレースケール ) と太陽表面磁場分布から計算された磁力線の様子 (Sakao et al 2007) 青色は両端が太陽につながる磁力線を示し 黄色は片方が惑星間空間につながる磁力線をします 太陽風は 黄色い 開いた磁力線 に沿って流れ出します ( 右図 ) 太陽 ( 白丸 ) を隠す人工日食によって 太陽風とコロナ質量放出 ( 右上に飛び出す泡状の構造 ) を撮影した画像 (SOHO 探査機 LASCO 観測装置 ) 明るい部分により多くのプラズマが存在しています ( http://sohowww.nascom.nasa.gov/gallery/images/20021202c2cme.html )

2) 本研究の内容とその成果塩田特任助教と片岡准教授の研究グループは 太陽表面の磁場の分布と実際に発生した太陽フレアとコロナ質量放出の観測データをモデルに取りこむことにより 太陽から地球に向けて運ばれる磁場の強さと構造を磁気流体力学方程式と呼ばれる理論式に基づいてコンピュータで再現するシミュレーションを開発しました さらに この磁気流体力学シミュレーションにより 2003 年 10 月末に発生した地球に向かう巨大なコロナ質量放出の再現実験を行い このコロナ質量放出に伴って南向きの強い磁場が地球に到来する過程を再現することにも成功しました ( 図 3 図 4) 図 3 は 2003 年 10 月 27 日 -31 日の期間に 地球の位置で実際に観測された太陽風の速度と磁場の南北成分の時間変動を示したグラフです このグラフは シミュレーションによって再現された結果を赤線で重ねてあります 3 本の破線 (Shock1~Shock3) は コロナ質量放出の前面にできる衝撃波 ( 流れと磁場の不連続面 ) が通過した時刻を示しています Shock2 を伴うコロナ質量放出は ハロウィーン磁気嵐 と呼ばれる大きな磁気嵐を引き起こしました この衝撃波の通過によって地磁気の擾乱が始まり その後 10 月 29 日の午後に到来する南向きの強い磁場によって 激しい磁気嵐を引き起こしました 従来のシミュレーションは衝撃波の再現だけが行われてきましたが 本研究では 衝撃波の到来時刻を 2 時間半の誤差で再現するだけでなく 29 日から 30 日にかけて到来する南向きの強い磁場を再現することにも成功しました B z V Day of Oct. 2003 図 3. 2003 年 10 月 27 日 -31 日の地球の位置に到来した太陽風 ( 太陽嵐 ) の磁場の南北成分と速度の時間変動のグラフ 青 黒の曲線が実際に探査機で観測されたデータを示し 赤色が数値シミュレーションで再現されたデータを示しています 太陽嵐による高速のプラズマの流れとともに その後に続く強い南向きの磁場が到来する過程が再現されています

ちょうどこの強い南向き磁場が地球を通過している時刻 (10 月 30 日 0:00UT) の惑星間空間の様子について可視化した図が 図 4です 南を向いているコロナ質量放出内部の複雑な磁場構造部分が地球に到達していることが確認でき この数値シミュレーションが磁気嵐を引き起こす南向き磁場の到来の過程を正しく再現していることがわかります さらに このシミュレーションの解析によって 複数のコロナ質量放出が連続して発生した場合 それらが互いに影響し合うことで 結果として磁場が複雑に変動し地球に到来する磁場の向きか決定づけられることが明らかにされました 図 4:2003 年 10 月 28 日に発生した巨大太陽嵐 ( コロナ質量放出 ) が地球周辺を通過したときの磁力線と速度場の 3 次元描像 背景の色は速度分布を表しています コロナ質量放出の前面の衝撃波に伴う高速のプラズマの流れ ( 秒速 1,200 km ) の領域が 赤い曲面で 3 次元的に描画されています 座標の原点に太陽があり 色のついた球体は この日時の惑星の位置を示していて 惑星の周囲につながる磁力線を白いチューブで示してあります 3) 今後の展望現在 名古屋大学宇宙地球環境研究所では 全自動実証型宇宙天気統合システム SUSANOO(Space weather Unified System Anchored by Numerical Operations and Observations)( スサノオ ) の実験的運用を行っています 今回の成果を SUSANOO に実装することにより より精度と信頼性の高い予測システムの開発を行うことが計画されています 我が国では 本年度より文部科学省新学術領域研究 ( 領域研究提案型 ) として全国的なプロジェクト 太陽地球圏環境予測 : 我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成 ( 領域代表 : 草野完也 ) が進められています これは 通信 交通 電力システムなどの社会活動に対する太陽面爆発の

影響を事前に予測する次世代宇宙天気予報システムの開発を目指したものですが 本研究成果はその実現のために重要な役割を果たすものです 4) 研究論文について本研究は 以下の学術論文として出版されます Magnetohydrodynamic simulation of interplanetary propagation of multiple coronal mass ejections with internal magnetic flux rope (SUSANOO-CME) D. Shiota & R. Kataoka Space Weather, 2016, DOI:10.1002/2015SW001308 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2015sw001308/full 5) 用語説明注 1) プラズマ気体が非常に高温になると 原子は電離し 電子と原子核がバラバラになることで 電気を帯びた気体になる これをプラズマという 注 2) 磁気嵐地磁気が 世界規模で数日間弱くなる現象 大規模な磁気嵐では 活発なオーロラ活動によって送電網に誘導電流が流れ停電が発生したり 人工衛星の故障などが引き起こされる場合がある 注 3) コロナ質量放出太陽から惑星間空間に向かって大量のプラズマの塊が磁場の塊とともに放出される爆発現象 太陽フレア ( 注 4) と共に発生することが多い 注 4) 太陽フレア太陽コロナの強い磁場の領域で発生する爆発現象 様々な電磁波が放出され 太陽コロナや太陽表面が急激に明るくなる現象として観測される 注 5) 宇宙天気予報地球周辺の宇宙空間のプラズマ 電磁場環境の変動予報 日本では情報通信研究機構が行っている