トピックスとして免疫学の基本原理を考えてみたいが これに関わる研究者の中でも ノーベル賞を受賞した人が何人かいる 今回は いわば ノーベル賞受賞者から学ぶ 免疫学の基本原理 ( 副題 ) 編でもある N 先生からの年賀状 今から7 8 年前の正月 恩師の一人でもある造血幹細胞を研究している N 先生

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

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第 4 回 臓器移植から学ぶ免疫学の基本原理 2004 年 9 月 6 日 ひと目でわかる分子免疫学 連載第 4 回 臓器移植から学ぶ免疫学の基本原理 渋谷彰 SHIBUYA Akira 筑波大学大学院人間総合科学研究科 基礎医学系免疫学 Key Words 主要組織適合性抗原複合体 自己と非自己の識別 正の選択 負の選択 MHC 拘束性 中枢性自己寛容 Points 移植抗原の本体は主要組織適合性抗原複合体 (MHC) である MHC は多重性と多型性をもつ 自己と非自己の識別は胸腺における T 細胞の選択の結果生じる ノーベル賞の季節 今年もノーベル賞発表の季節がやってきた 2000 年から3 年連続して受賞者をだす快挙をなしとげた日本だったが 残念なことに昨年は受賞者はなく 今年もどうやらなかったようである しかし我が国でも 受賞しても不思議ではない偉大な業績を残している研究者は 免疫学の領域を含めてまだ数多くいると思う 毎年この季節になると 受賞候補に挙がっているらしいある偉い先生のお弟子さんなどは 弟子としてのコメントを求められるためにマスコミに居場所を明らかにしておくように要求されるという これまで免疫学の領域では クローン選択の概念を提唱したバーネット博士 (Frank M. Burnet, 1899-1985)(1960 年受賞 ) や抗体遺伝子の再構成を発見し 抗体の多様性を説明した利根川博士 (Susumu Tonegawa, 1939- )(1987 年受賞 ) など 免疫学の重要な基本原理を明らかにしノーベル医学生理学賞を受賞した研究者がいたことを本連載の第 1 回で述べた しかし近年の免疫学のめざましい進歩に貢献したノーベル賞受賞者は一人や二人には留まらない 今回は臓器移植を

トピックスとして免疫学の基本原理を考えてみたいが これに関わる研究者の中でも ノーベル賞を受賞した人が何人かいる 今回は いわば ノーベル賞受賞者から学ぶ 免疫学の基本原理 ( 副題 ) 編でもある N 先生からの年賀状 今から7 8 年前の正月 恩師の一人でもある造血幹細胞を研究している N 先生から頂いた年賀状の文面から臓器再生医学という言葉を私は生まれて初めて知った 幹細胞を研究して臓器を再生する研究に取り組みたいという強い意欲を語っていたのだった もし自分の身体の一部から臓器が再生できたらと思うのは古くからの人の夢で 正月早々臓器再生とは景気のいい話ではあったが 現実的にはちょっと誇大妄想気味かな 科学者がこんな言葉を簡単に使っていいのかな お茶の水博士やブラックジャックじゃあるまいし と内心思ったのであった しかし 今では誰もこれを誇大妄想などと言う人はいない むしろ現実の医療として期待され また一部ではすでに行われていることは周知のとおりである 私の無知と先見の明のなさに恥じ入るばかりで N 先生には心の中で大変な失礼をお詫びしている 臓器再生医療が必要とされる理由は 社会的には移植医療における臓器のドナー不足であろう しかし医学的に最も大きな理由は 移植臓器 ( 移植片 ) に対する拒絶反応であり またそれを抑えるための免疫抑制剤などによる副作用である 自分の身体の一部だったら大丈夫だが ( 自家移植 ;Autotransplantation) ブタやヒヒなどの動物から( 異種移植 ; Zenotransplantation ) はもちろん たとえ同じ人間同士から ( 同種移植 ; Allotransplantation) の移植であっても 拒絶反応があることを誰もが知っている これは人間には自分と自分以外を見分ける能力があることを示している これを免疫学では自己と非自己の識別と呼んでおり 免疫応答を決定する最も重要な機構であり また免疫学における最も重要な基本原理でもある それではいったい 自己とは何だろうか? 非自己とは何だろうか? 自己と非自己とを規定する分子の発見 自己の免疫系が非自己を認識し 移植片を拒絶できるということは 個々の細胞がその表面に移植抗原とでもいうべき個人に特有のマーカーを持っているのではないかということを考えさせる 移植抗原の本体が何であるかを調べるために, 米国のスネル博士 (George D. Snell, 1903-1996) らは 1940 年代にマウスを兄弟間で2 0 代以上もかけ合わせ, 遺伝的背景 すなわち全染色体遺伝子配列が全く同一である ( 純系という ) マウスを作製した 異なる純系同士で移植すると移植片は拒絶される スネル博士らはさらに拒絶がおきる2 種の純系同士を交配して得られた第 1 代雑種

(F1) を片親マウスと戻し交配し 生まれたマウスから移植片を拒絶するものを選択する操作を何度も繰り返すことによって 移植抗原を保ちながらその他の遺伝子は片親マウスと全く同じであるマウス ( コンジェニックマウス ) を作製した そのマウスの解析からマウスにおける移植抗原を第 17 番染色体上に見つけ H-2 抗原と呼んだ これが主要組織適合性抗原複合体 (MHC; Major Histocompatibility Antigen Complex) と呼んでいる分子群である 一方 フランスのドーセット博士 (Jean B. C.Dauset, 1916- ) はヒトの MHC 遺伝子群は第 6 番染色体上に存在することを明らかにし HLA(Human Leukocyte Antigen) と呼んだ スネル博士とドーセット博士は MHC の発見により MHC による免疫応答の仕組みを明らかにしたベナセラフ博士 (Barui Benacerraf, 1920- ) と共同で 1980 年のノーベル医学生理学賞を受賞した MHC の多重性と多型性って何? MHC はクラス I 抗原とクラス II 抗原の二つに分類される ( 図 1) これらはともに a 鎖と b 鎖で構成されるが クラス I 抗原の b 鎖遺伝子は b2 ミクログロブリンであり これのみが MHC 遺伝子座と異なる染色体上にある クラス I 抗原の a 鎖の一部はホットドッグのパンの溝のようにへこんでおり その部分にはペプチド抗原をソーセージのように結合させている クラス II 抗原では a 鎖と b 鎖が合わさった部分が溝になっており 同様にペプチド抗原を挟んでいる したがってクラス I 抗原とクラス II 抗原は a 鎖と b 鎖に自己抗原かまたは外来抗原のいずれかを結合させたヘテロトリマーで構成されていることになる MHC は個人を規定するマーカーであるから かなり多様でなければならないはずである 実際 HLA の場合だとクラス I 抗原は HLA-A, HLA-B, HLA-C に クラス II 抗原は HLA-DP, HLA-DQ, HLA-DR とそれぞれ複数存在する ( 多重性 )( 図 2) またヒト同士であればその染色体上の遺伝子は一部の単一塩基多型 (single nucleotide polymorphysm; SNP) 以外はほとんど同じであるが HLA のそれぞれの抗原結合部位は非常に強く多形 (polymorphysm) に富んでおり これはヒトが発現する蛋白分子の中でも最も強い多型性を示す たとえば HLA-A には27 種類以上 HLA-B には59 種類以上 HLA-C には10 種類以上の多型 ( 対立遺伝子 ) が知られている これをもとにクラス I 抗原の多様性を染色体の片側アリルのみで計算したとすると 27 x 59 x 10=15,930 通りとなる 実際には両側アリルの組み合わせの数を計算する必要があり さらにまた MHC クラス II 抗原も考慮に入れる必要がある このように HLA クラス I 抗原とクラス II 抗原の多型性と多重性がヒトの膨大な遺伝的多様性を規定しており その違いを免疫系が拒絶抗原として認識していると言える

臓器移植の夜明け 世界で最初に臓器移植を成功させたのは 一卵生双生児間で腎移植を行った米国のマレー博士 (Joseph E. Murray; 1919- ) であった その2 年後 トーマス博士 (E. Donnall Thomas; 1920- ) によって骨髄移植が初めて行われた その後 両博士以外にも多くの基礎研究者や臨床家の努力にもよって これらの移植療法は臨床の場で確立され 世界的に普及するようになった 両博士の臓器移植に関する先駆的な業績に対して 30 年余りを経た 1990 年 ノーベル医学生理学賞が授与された その後 臓器移植は腎臓 骨髄に留まらず 心臓 肺 肝臓 膵臓 角膜などにまで広まった その普及の陰には移植抗原である MHC を認識し 拒絶しようとする免疫反応を強力に抑える免疫抑制剤の開発がある 閑話休題 記憶の中に生きる大女優 あの頃 日本に骨髄バンクがあったなら 私達は今 46 歳になった夏目雅子さんに会えていただろう と呼びかけるコマーシャル ( 公共広告機構 ) が最近時々ラジオやテレビから流れてきている 今から19 年前の1985 年 9 月 11 日 彼女が急性骨髄性白血病で27 歳の短い生涯を閉じた時 私は別の病院で血液内科医として多くの白血病の患者さんの診療にあたっていた 自分の担当の患者さんに没頭していたため とりわけ彼女に注意を払う余裕はなかったが 一世を風靡した 鬼龍院花子の生涯 での なめたらいかんぜよ の台詞やその役柄とは正反対の清楚なイメージの彼女は記憶の中に残る いや生きる大女優の一人である もっとも私が現在大学で講議をしている学生のほとんどは 記憶どころか そもそも彼女を知らない世代で愕然とするのだが 当時 我が国では骨髄移植は一部の医療機関で行われていたのみで ましてや骨髄ドナーバンクは組織されていなかったのである 骨髄バンクはいうまでもなく 血縁者に HLA 適合のドナーがいない骨髄移植を必要とする患者さんに 非血縁者が HLA を調べて登録しておくシステムである 骨髄移植は 他の臓器移植と異なり ドナーの免疫細胞もレシピエントに入ることから 拒絶反応ばかりでなく ドナー細胞である免疫細胞がレシピエントを非自己と認識する免疫反応 ( 移植片対宿主病 ;GVHD) が生じてしばしば致命的になる したがって骨髄移植には通常 HLA が同一のドナーが必要とされる HLA はメンデルの法則に従い両親から遺伝するから 兄妹間では25% の確率で一致する しかし兄妹に一致者がいなければ あるいは兄妹がいなければ 骨髄ドナーバンクに頼らなければならない これは多様な遺伝的背景をもつヒトと言う種の中から もう一人の自分を探し出すようなものである 日本骨髄バンクが発足したのは1992 年であり 現在のドナー登録者

数は 194,742 人 (2004 年 8 月現在 ) になるという 骨髄移植を必要とする患者さんは毎年少なくとも 2,000 人以上いるが そのうち約 2 割にあたる 400 人はドナー候補者が見つからないという 日本人は島国民族として比較的遺伝的背景が均一であると考えられているが それでも20% の人は約 20 万人のドナーがいても一致する HLA を持つ人をみつけられないほど 種としての多様性を持っていると言うことができる 胸腺の秘密 さて異なる MHC を認識する免疫系の主体となる分子は T 細胞に発現する T 細胞レセプター (TCR) である TCR はパンである MHC とソーセージである抗原とを同時に認識している T 細胞のうち CD8 を発現するキラー T 細胞は MHC クラス I 抗原を CD4 を発現するヘルパー T 細胞は MHC クラス II 抗原と結合する MHC クラス I 抗原は生殖細胞や赤血球などを除いたすべての体細胞に発現するが MHC クラス II 抗原は樹状細胞 マクロファージ B 細胞などの専門的抗原提示細胞に発現する それでは TCR がどのような仕組みで自己の MHC と異なる MHC を非自己として認識し 免疫反応をおこすのだろうか その秘密は実は T 細胞の分化の場である胸腺にある 胸腺での T 細胞の分化について考えてみよう 骨髄でできた T 前駆細胞は胸腺にその皮質側から入り込み その場で TCR を発現するようになる この時 TCR 遺伝子は抗体遺伝子と同様にランダムに遺伝子再構成をし ( 連載第 1 回参照 ) 無数に近い種類の TCR ができあがり T 細胞による抗原認識の多様性を生み出している ( 注 : 種としての多様性を意味する MHC の多様性とは異なる ) 個々の T 前駆細胞はこれらの TCR を1 種類ずつ持っているので T 前駆細胞クローンの種類は TCR の数と同じで無数に近い これらの T 前駆細胞クローンは胸腺の皮質側から髄質側に移動する中で 自己抗原を結合した MHC を発現する間質の胸腺上皮細胞や抗原提示細胞に接触する この時 自己の MHC に結合できない TCR をもつ T 前駆細胞は TCR からシグナルが入らずアポトーシスで死滅し MHC に結合できる TCR をもつ T 前駆細胞のみが生き残る ( 正の選択 ) さらに MHC に結合し 自己抗原をも認識する TCR をもつ T 前駆細胞は 強いシグナルが入り これもアポトーシスで死滅する ( 負の選択 ) ( 図 3) したがって自己の MHC に結合し 自己抗原は認識できない TCR をもつ T 前駆細胞のみが 生存に適した弱いシグナルが入り 生き残って成熟する ( 図 3) 胸腺に入り込んだ T 前駆細胞の98 99% はこれらの選択によって死滅し 最終的に成熟して胸腺から出てくる T 細胞は自己の MHC に結合でき (MHC 拘束性 ) かつ自己抗原には反応しない ( 中枢性自己寛容 ) ものとなる これは自己組織には反応せず自己の MHC に結合した外来抗原のみを認識して T 細胞が免疫応答を行うのにきわめて都合の良い仕組みである

さて話を移植片の拒絶の仕組みの問題に戻そう TCR が MHC に拘束されるとすれば 移植片に発現するドナー由来の MHC と抗原を レシピエントの T 細胞の TCR は認識しないはずである しかし実際には T 細胞による強い拒絶反応がおきる これは TCR が非自己の HHC と抗原を自己 MHC と非自己抗原という形に見間違えておきる反応だと説明されている さらにレシピエントの樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞が非自己である移植片の MHC を取り込み それをペプチドまで分解した後に自己の MHC クラス II 抗原に結合させ レシピエントのヘルパー T 細胞の TCR を刺激して 免疫反応を誘導していることも拒絶に関与していると考えられている MHC の本来の役割 移植抗原として見つかった MHC ではあるが 移植自体は地球上での長いヒトの歴史から考えればごく最近のことであり またヒト以外の MHC をもつ高等脊椎動物には基本的に無縁である 免疫系は移植片の侵入を基本的には想定していなかったというべきであろう 本来 MHC は非自己である抗原を自己の MHC に結合させ T 細胞の免疫応答を誘導するという生体防御のためにあったと考えられる それでは なぜ MHC はこれほどの多様性を必要としたのだろうか 特定の MHC は特定のアミノ酸配列を有する抗原ペプチドを結合することができる これは MHC が多様であれば 多様な抗原に対して免疫応答を誘導させることができることを意味している 一個体のヒトであれば最多で6つの HLA 抗原しかないため 特別なウイルスなどが感染した場合抗原が提示できず死んでしまう可能性もある しかし種として考えた場合は膨大な数の HLA を有するため大方の抗原はどれかの HLA と結合でき T 細胞の免疫応答を誘導することが可能である この場合 その HLA をもつ個体だけが生存できることになる いわば MHC の多様性は種の維持のための保険であると考えることができるだろう MHC とノーベル賞 ( 追記 ) T 細胞による抗原認識には自己の MHC が必要であるという MHC 拘束性の現象を初めて発見したのはツインカーナ--ゲル (Rolf Zinkernagel; 1944- ) とドハテイ-- (Peter Doherty; 1940- ) の二人であった 1974 年 彼らはマウスにリンパ球性脈絡膜炎ウイルスを感染させて誘導したキラー T 細胞が たとえ同じウイルスに感染していても自分と違う MHC 系統のマウス由来の細胞は殺すことができないと言うことを見つけた つまり TCR は抗原単独では認識できず 同時に MHC があって初めて抗原も認識でき さらにそれが自己の細胞かどうかを区別しているのである 結晶解析で MHC と抗原はホットドックのパンとソーセージのように結合していることが

明らかになったのは それから約 20 年後のことであった ツインカーナ--ゲルとドハテイ--の二人の MHC 拘束性の発見に対して1996 年のノーベル医学生理学賞が授与された ちなみに MHC クラス I に結合するペプチド抗原は細胞内のプロテアゾームとよばれる器官で分解されて出来上がるが プロテアゾームに処理されるためには細胞内の蛋白がユビキチン化と呼ばれる現象によりある種の目印がつけられる必要がある ユビキチン化は MHC ヘの抗原結合を目的としているばかりでなく 細胞内の種々の蛋白を分解 処理する機構として普遍的な細胞内現象と考えられている 今年 (200 4 年 ) のノーベル生化学賞はこのユビキチン化の現象を明らかにしたイスラエルのチカノーバー (Aaron Ciechanover) ハーシュコ(Avram Hershko) 米国のローズ (Irwin Rose) の 3 博士に授与されたことを付記しておく