レポート2014.03 金属資源レポート 9 チチリの鉱業事情 サンティアゴ事務所所長 山本邦仁 2013 年 3 月に発表された Fraser レポート Fraser Institute Annual Survey of Mining Companies:2012/2013 の Policy Potential Index(PPI: 鉱業政策指標 ) で チリは 96 か国 州の中で第 23 位にランクされ 前年より 5 つ順位を下げた 大きく評価を下げた項目としては 法制度諸手続きの公平性 透明性等 ( 第 17 位 第 29 位 ) インフラ ( 第 26 位 第 45 位 ) 環境規則の不確実性( 第 4 位 第 13 位 ) 野生動物等保護エリア設定に関する不確実性( 第 3 位 第 15 位 ) などがある その他の中南米各国の PPI を見ると ブラジル第 61 位 ペルー第 58 位 メキシコ第 42 位で 中南米ではチリが依然として最も順位が高いものの 2010/2011 のレポートでは 79 か国 州中第 8 位であったことを考えると チリの鉱業をとりまく環境は大きな変化を見せはじめているといえる そのようなチリの鉱業において重要な位置を占め 我が国との関係の深い銅鉱業の現状について 過去からの推移及び将来への展望を交えつつ俯瞰し チリの銅鉱業が抱える課題について概観したい なお 本稿は 2013 年 12 月 2 日に開催した 平成 25 年度第 7 回金属資源関連成果発表会 において講演した内容であることを申し添える リの鉱業事情本稿の内容 1. チリ銅鉱業の現状 (1) 銅生産状況 (2) 銅輸出状況 (3) 日本企業の貢献 2. チリ銅鉱業の課題 (1) 鉱山開発と銅生産量 (2) 初期投資額 生産コスト (3) 地域住民 環境 水 電力 (4) バチェレ新大統領の政策 3. まとめ 1. チリ銅鉱業の現状 (1) 銅生産状況 2012 年の銅生産量は 5,434 千 t であり 2004 年以来の水準を保持している ( 図 1-1) 2013 年第 1 四半期 ~ 第 3 四半期の生産量は前年同期比 6.8% 増の 4,236 千 t で 2013 年の生産量は 2012 年を上回る見込みである 銅鉱業のチリ国家経済への貢献度は大きく GDP (545)
レポート10 2014.03 金属資源レポートチリの鉱業事情1 の11.6% を占めており 民間主要 10 鉱山及び CODELCO の国家歳入の割合は 14.2% である (2) 銅輸出状況 2011 年の鉱物資源の輸出額は 492.4 億 US$ であり 全輸出額における構成比は 61.1% になる ( 図 1-2) また 銅資源に関しては 426.6 億 US$ であり これは鉱物資源の 86.6% 全輸出額の 52.9% を占める額となり チリの輸出額における鉱物資源の割合 あるいは銅資源の割合の高さが際立っている ( 図 1-3) 銅のほかには鉄鉱石 硝石 ヨウ素 銅の副産物であるモリ ブデン 金 銀が主である チリは豪州に並んで全世界の 35% を生産するリチウム産出国であるが (USGS 2013) 輸出額における割合は 0.5% 程度である 銅資源の輸出額について国別でみると最大の輸出先は中国 (31%) で これに日本が次ぐ (13%)( 図 1-4) 過去 10 年間の状況をみてみると 中国への輸出割合は 2009 年に大幅に増加している (20% から 32% へ ) これは銅地金輸出の増大に起因するものであり 銅製錬の原料である銅精鉱の最大の輸出先である日本が 12% 程度の水準で安定して推移してきたのと対照的である 80,586 US (3) 日本企業の貢献日本からみると チリは最大の銅資源の輸入先であり 銅金属量ベースで 48% がチリからの輸入であり 第 2 位のペルー (14%) 第 3 位の豪州 (9%) を大きく引き離している ( シェアは 2011 年財務省統計から算出 ) 日本にとって銅資源 とりわけ銅精鉱の輸入先とし て重要なチリであるが 近年は FS 実施時 FS 完了後の建設開始時 拡張工事開始時などの段階で 日本企業による鉱山権益への投資が顕著となっている 2012 年におけるチリの主要 21 鉱山の銅生産量は 507 万 t であるが これら鉱山の資本比率に対応した企業ごとの銅生産量でみると 日本企業分合計は 55 万 t となり チリ全体の銅生産量の 10% に貢献している 1 Escondida Los Peranbles Anglo American Sur Collahuasi El Abra Zaldivar Candelaria Anglo American Norte Cerro Colorado 及び Quebrada Blanca (546)
レポート2014.03 金属資源レポート 11 チ2014 年には探鉱 ~ 開発段階で日本企業が参画した鉱山事業であるカセロネス鉱山 ( パンパシフィック カッパー 75% 三井物産 25%) 及びシェラゴルダ鉱山 ( 住 友金属鉱山 31.5% 住友商事 13.5%) での銅精鉱の生産が開始されることから 日本企業の貢献割合は 14 % 程度に上昇する見込みである ( 図 1-5 図 1-6) リの鉱業事情 2. チリ銅鉱業の課題 2004 年以降 年間 500 万 t を超える安定した生産 実績を維持してきているチリ銅鉱業であるが 頭打ち状態と言い換えることも可能である 現在 チリ銅鉱業が抱える課題としては 新規開発鉱山数の低迷 生産鉱山の宿命ともいえる品位低下や採掘領域の深部化に伴う生産コスト増 資機材や労働コストの上昇 電力エネルギー供給余力の逼迫 工業用地下水の確保の困難性などがある ここでは これらの課題について 鉱山開発と銅生産量の推移 ( 予測を含む ) 初期投資額 生産コスト 地域住民 環境 水 電力 そして 2014 年 3 月に新大統領として就任する予定のバチェレ大統領の政策 という 4 つのテーマに分けてまとめてみたい (1) 鉱山開発と銅生産量主要 21 鉱山について生産を開始した時期に着目すると 大きく次の 3 つの時期に区分でき それぞれの 2012 年銅生産量 ( 割合 ) は次のとおりである ⅰ)1992 年以前 :7 鉱山 269 万 t(50%) ⅱ)1994~1999 年 :10 鉱山 178 万 t(33%) ⅲ)2001 年以降 :4 鉱山 58 万 t(11%) 2000 年以前に生産を開始した銅鉱山の生産量は 88 % であり 現在の銅生産量がこれら鉱山に大きく依存しているといえる 過去 20 年間の銅生産量の推移と主要鉱山の生産開始時期の関係 ( 図 2-1) から 2004 年までは新規開発鉱山の生産開始により生産量を伸ばし 500 万 t/ 年を越えるに至ったが それ以降 新規鉱山が限定的な期間が続き これを反映して生産量が横ばいであることが (547)
レポート12 2014.03 金属資源レポートチリの鉱業事情 よくわかる 投資計画に基づく今後の生産予測 ( 図 2-2) によれば 計画中の新規鉱山開発や拡張 増産により 年間 600 万 t を越える量を維持する見込みであり 2021 年には 810 万 t に達する見込みである 2021 年時点での生産構成は 既存鉱山分 :50% 新規開発 拡張分 :50% とされる チリの銅鉱山で生産される銅資源としては 硫化銅鉱物を山元で選鉱した銅精鉱のほか 主に酸化銅鉱を対象として山元で SX-EW により生産する銅地金とがあるが SX-EW による銅地金生産事業の計画は限定的であり 既存鉱山における生産減により漸減する見込みとなっている ( 図 2-3) このような過去 現在 未来の生産推移は以下の事象が背景にあると考えられる 新規鉱床発見の頻度の低下 特に 地表付近 ~ 浅部に胚胎する鉱床 (SX-EW 向け酸化銅鉱 ) の新規発見事例の減少 既存鉱山における深部硫化鉱鉱床開発へのシフト地質学的に高い銅鉱床賦存ポテンシャルを有するとされるチリといえども 鉱床探査ターゲットはより深部へと移行しており 鉱床探査リスクが増大しているといえる また このような開発対象鉱床の性質の変化は 深部硫化鉱開発を可能とするための初期投資額の増大という新たな課題を生んでいるといえる (2) 初期投資額 生産コスト 2013 年時点で開発が計画されている大型プロジェクト ( 年産銅量 5 万 t 以上 ) としては 13 プロジェクトが知られている これには CODELCO 5 大事業 ( エルテニエンテ鉱山新レベル拡張 チュキカマタ鉱山坑内採掘拡張 アンディーナ鉱山拡張 ラドミロトミッチ硫化鉱拡張 ミニストロアレス鉱山 ) 日本企業が参画する 3 プロジェクト ( シェラゴルダ鉱山 カセロネ (548)
レポート2014.03 金属資源レポート 13 チリの鉱業事情 ス鉱山 アントコヤ鉱山 ) が含まれる これら開発事業における初期投資額と銅生産規模の関係について チリの過去の開発事例 (1990~2000 年以前に開発されたチリの大型銅鉱山 ( エスコンディーダ鉱山 カンデラリア鉱山 コジャワシ鉱山 ロスペランブレス鉱山 )) と比較してみると ( 図 2-4) その増大の程度は約 4 倍である 2010 年時点で開発計画のある世界のプロジェクトと比較すると 10 億 US$ 程度高額となっており チリの特殊な状況が浮き彫りになる チリの銅鉱業への資本投資額の推移についてみてみると ( 図 2-5) 銅価格が上昇した 2005 年以降 投資額は上昇してきており 2012 年の投資額は 112.9 億 US$ に達する この間 銅生産量は横ばい状態であることから ( 新規に生産開始した鉱山は 3 鉱山 ) 銅生産量あたりの投資額は上昇の一途をたどっており 2012 年の状況では 資本投資額は 1,551US$/t とトンあたり平均銅価格の約 20% を占める状況となっている 銅鉱山生産コストの推移については CODELCO のデータが参考になる ( 図 2-6) 2011 年の 206 /lb に対し 2012 年には 264.5 /lb とそれまでの上昇傾向に輪をかけて増大した 生産コストの上昇の理由としては 品位低下による計画的減産 エネルギーコストの上昇 労働コストの上昇 資機材コストの上昇などがあげられている エネルギーコストの上昇は生産コスト増加の主要な要素の一つであるが 採掘から精鉱生産までの各工程におけるエネルギー消費構成をみてみると 露天採掘と選鉱工程での消費量増大がエネルギー消費の上昇要 因であることがわかる ( 図 2-7) 特に露天採掘工程でのエネルギー消費量の伸びが大きいが これは露天採掘ピットの深部化 大型化に伴う採掘鉱石輸送距離の増大が要因であると思われる エネルギーコストのうち 銅生産量あたりの電力消費量について やはり工程別に比較すると 坑内採掘及び選鉱工程での消費増大が顕著である ( 図 2-8) これらは品位の低下により一定の金属量を得るためにより多量の鉱石を運搬 ( 坑内採掘 ) あるいは処理する必要があるためと分析できる 電力消費量の増大の要因といえる品位の低下に関する見通しは 現在計画されている銅精鉱生産能力と粗鉱処理能力の将来予測推移 ( 図 2-9) が参考となる 現在 銅品位 0.90% 程度であるが 2021 年には 0.54% まで低下すると予想されることから 生産規模を維持するためにより多くの電力が必要とされる状況は 今後も続くとみてよいだろう 銅鉱山における電力消費量予測において 消費量の増大が見込まれる重要な要素として海水淡水化及び揚水がある ( 図 2-10) 2017 年には SX-EW に必要な電力と同等規模の電力消費を占めるとの予測がされている 海水を利用する主な銅鉱山事業 ( 海水利用量 :200l/ 秒以上 ) を表 2-1 に示す 銅鉱山における海水の利用状況としては 海水淡水化と海水直接利用の 2 形態がある 海水淡水化を必要としない場合でも 海水を山元までパイプライン輸送するためには ポンプによる揚水が必要であり これが電力消費量を押し上げる要因となる (549)
レポート14 2014.03 金属資源レポートチリの鉱業事情 (550)
レポート2014.03 金属資源レポート 15 チリの鉱業事情 (551)
レポート16 2014.03 金属資源レポートチリの鉱業事情 (552)
レポート2014.03 金属資源レポート 17 チ リの鉱業事情(3) 地域住民 環境 水 電力揚水した海水を直接あるいは淡水化して鉱山で利用する背景として チリの銅鉱山地帯が乾燥砂漠地帯である北部に位置することがあげられるが アンデス山脈からの地下水が豊富なエリアでは 地下水の利用に関して地域住民の生活用水や農業セクターへの配慮が必要となることから やはり 鉱山での地下水利用に制約が生じる アンデス山岳地帯あるいはその麓では 水資源を含めた生活環境への影響を懸念する地域住民や先住民の反発により 大型銅鉱山開発事業が中断もしくは中止に追い込まれる事例が 2012 年から頻発している 代表的な事例である Pascua Lama 事業と El Morro 事業の概要を以下に示す Pascua Lama( 初期投資額 85 億 US$ 第 Ⅲ 州 ) 2006 年 環境認可取得 2012 年 10 月 先住民グループから差し止め請求 : 氷河の融解と水の汚染 2013 年 1 月 チリ環境監督庁から環境認可の不履行の指摘 : 水管理システム等 2013 年 5 月 チリ側の建設作業中断 2013 年 10 月 プロジェクト中断決定 El Morro( 初期投資額 39 億 US$ 第 Ⅲ 州 ) 2011 年 3 月 環境認可取得 2012 年 4 月 環境認可一時取り消し : 一部先住民グループとの協議不備 2013 年 10 月 環境認可再承認 今後の課題 : コミュニティとの話し合い プロジェクトの経済性の最適化 電力の長期確保手段の検討前節で 鉱石品位の低下や海水利用等による電力消費量の増大について触れたが 逼迫する電力事情を改善するために計画された大型火力発電所建設事業が 地域住民からの差し止め請求により 中止に追い込まれる事例も生じていて 電力事情の改善に暗い影を落としている 代表的な事例である Castilla 火力発電所 Punta Alcalde 火力発電所のケースの要約を以下に示す Castilla( 石炭火力 2,100MW 第 Ⅲ 州 ) 2010 年 12 月 環境認可取得 2012 年 3 月 地域住民から差し止め請求 漁民との和解不成立 2012 年 8 月 最高裁による環境認可無効判決 : EIA( 環境影響評価調査 ) の不備 プロジェクト中止決定 Punta Alcalde( 石炭火力 740MW 第 Ⅲ 州 ) 2012 年 6 月 第 Ⅲ 州環境員会は EIA を却下 : (553)
レポート18 2014.03 金属資源レポートチリの鉱業事環境基準を満たす技術的根拠の不備 2012 年 12 月 条件付き EIA 承認 2013 年 3 月 漁民グループからの差し止め請求を上訴裁判所が受理 2013 年 8 月 上訴裁判所により差し止め請求認可及び EIA 承認取り消し決定 2014 年 1 月 最高裁が上訴裁判所の裁定を無効と判決 環境認可で定められた全ての環境条件 義務の遵守等を条件として 事業を認可 (4) バチェレ新大統領の政策 2013 年 10 月及び 11 月の大統領選の結果 2014 年 3 月に新大統領として就任することとなったバチェレ 法人税率の引き上げは鉱山事業からの収益を圧迫するものであり 鉱業投資をする側にはネガティブな影響がある また DL600 及び外国投資法は 外国からの大型鉱業投資に対する政府保証が投資インセンティブになっていることから ソルミニャック現鉱業大臣をはじめ鉱山会社幹部 SONAMI( 中小鉱業業者団体 ) がその有用性を主張しているものであるが それが廃止されるとなると その影響は小さくない 3. まとめチリは世界の銅資源産出量の 3 分の 1 のシェアを占め 高い銅生産ポテンシャルを有する国である 一大消費地であるアジアへの供給ハブといえる日本からの 新大統領の政策の中で チリ鉱業投資に影響を与える事項がいくつかあるので ここで触れておきたい チリ政府が抱える政策課題の一つに教育改革があり その財源としての税制改革が大統領選挙戦における公約となっている 鉱業政策に関する公約とあわせて概要をまとめると 以下のとおりである 税制改革 ( 教育改革財源 ) 法人税 20% 25% 引き上げ (4 年間で段階的に ) FUT( 再投資収益基金 ) 廃止 ( 政権発足から 4 年後 ) DL600 及び外国投資法の廃止及び新たな外国投資の制度的安定性を高める仕組みの構築 鉱業ロイヤルティについては言及なし鉱業政策 リチウム国家政策を提言するためのハイレベルの技術委員会創設 鉱業省 SERNAGEOMIN( 地質鉱業局 ) CO- CHILCO( チリ銅委員会 ) ENAMI( チリ鉱業公社 ) の強化 ( 人的資源の改善 ) 投資先となっており チリにおける銅生産への日本企業の貢献が存在感を増している 日本にとっての銅資源の安定供給基盤といえ 今後もその重要性は揺るがないと思われる しかしながら 地質鉱床学的に高い銅鉱床賦存ポテンシャルを有しているとはいえ 深部化 奥地化に起因して新規鉱床発見の機会が減少している 開発対象鉱床の条件の悪化に加え 電力 水 資機材 労働コストの上昇による初期投資額 生産コストの上昇は顕著であり 生産性を追求するためにはより大型の事業への投資が必要となることとあいまって リスクが増大している 地域住民との関係における事業停滞リスクも増大している状況である 電力 水 労働力等のコスト上昇要因は継続する見通しであり 制度 政策変更への対応を求められる状況では 一層の的確なリスク管理 事業管理が求められる状況といえよう 新規の優良な鉱床発見を目指す探査事業や選鉱 採掘コストの改善に貢献するような技術の開発事業 電 CODELCO の銅生産維持及び増産に寄与する主要 5 大プロジェクトを推進する資本化 ( 具体的な方法や金額については言及なし ) 力等のインフラ整備事業での貢献といった分野が 能動的に安定供給を維持していくためのチャレンジといえるであろう 探鉱促進のための鉱業権に関する新規則の研究 (2014.2.7) 2 新規投資に関し 外国企業がチリに投資する際に安全性を保証する役割を担う外国投資委員会について規定した法令 外国投資委員会と外国投資契約を締結すると 外国企業の権利義務が保証される 鉱業投資額が 50 百万 US$ 以上のプロジェクトについては 外国投資契約締結日から 15 年間にわたり [1] 鉱業ロイヤルティが変更された場合でも適用除外 [2] 鉱業活動に関して制定される可能性のある新規租税免除 [3] 鉱区税の増税及び修正に係る適用除外 となる特典がある (554)