ブエノスアイレス駐在員事務所 2013 年 3 月 JX 日鉱日石金属 Integrated Copper Producer を目指し チリで初の本邦企業 100% 出資でオペレーターシップをとって銅開発事業に挑む はじめに南米大陸を南北に縦断するアンデス山脈の太平洋岸に位置するチリは世界最大の銅生産国として知られ 多くの本邦企業も わが国の安定的な資源供給を目的としてチリの銅開発事業に積極的に投資している 今回は 世界最大の銅生産量を誇るエスコンディーダをはじめ 国内主要鉱山であるコジャワシやロスペランブレスでの銅開発事業に参画 現在 同国初となる本邦企業のみでの開発が進む カセロネス銅 モリブデン鉱床開発プロジェクト ( 以下 本事業 ) に取り組むJX 日鉱日石金属 ( 以下 JX 金属 ) チリ事務所所長兼 MLCC 注会長 村上健一氏とのインタビューを通じて 同社の現地における活動状況や事業内容について紹介させていただく 注 : 本鉱山の運営会社 SCM Minera Lumina Copper Chile 社 1. カセロネス銅 モリブデン鉱床開発プロジェクト について本事業のプロジェクト所在地は チリ第 3 州 ( アカマ州 ) の州都であるコピアポ (Copiapo) から南東 162km アルゼンチンとの国境から15kmに位置している 付近の標高は 4200 ~4600mときわめて高い 2006 年 5 月の権益取得以降 経済性評価や現地政府からの環境認可取得を通じて 2010 年 4 月から建設を開始し 本年 2 月のカソード 年末の精鉱生産開始に向けて現在建設中である 権益比率はパンパシフィック カッパー ( 以下 PPC JX 金属 66% と三井金属鉱業 34% 出資の合弁会社 )75% 三井物産 25% であり 生産期間は今年から28 年間を予定して いる 2. 村上チリ事務所所長へのインタビュー 図 1 プロジェクト位置図 銅精鉱必要量の80% を自らの権益をもつ銅鉱山から調達する Integrated Copper Producer を目指すと掲げられていますが 同方針実現においてチリの役割は 1
現在 PPCの電気銅生産量に必要な銅精鉱については JX 金属が出資している3 鉱山 ( ロスペランブレス エスコンディーダ コジャワシ ) から約 20% を調達しています カセロネス鉱山の生産開始により この比率は約 50% に高まります この比率をアップさせていくためにはさらなる権益の獲得が必要となります PPCはチリのほか ペルーおよびオーストラリアに探鉱会社を設立し 積極的に優良案件の調査に努めています その中でも鉱床ポテンシャルが高く 投資環境も比較的整っているチリは優位にあるので 今後とも自山鉱比率向上のためにはチリの役割はきわめて重要です プロジェクト全容 世界でも最大級のロスペランブレス鉱山への参画を含め チリでの銅開発事業に積極的に参画されていますが チリに直接進出された契機とは JX 金属は 前身である日本鉱業時代の 1950~60 年代から融資買鉱などによりチリ の銅鉱山開発にかかわってきました その後 90 年代にはエスコンディーダ コジャワシ ロスペランブレスといった大型鉱山への出資を通じてチリとの関係を深めてきました 特にロスペランブレス鉱山については 権益を有していたチリの財閥であるルクシックグループとの間に30 年余に及ぶ友好関係があったことから 現地調査のうえ 本事業 の参加を決定したものです JX 金属足立吉正社長 ( 左から2 人目 ) 中村年孝常務( 中央 ) 村上健一チリ事務所所長 ( 右端 ) へ JX 金属足立社長 ( 左から3 人目 ) 中村常務( 左から4 人目 ) 村上チリ所長 ( 左から 2 人目 ) 隣国ペルーなどでの銅開発事業も最近活性化しており 同国の銅生産量は世界第 3 位と聞きますが 銅生産地としてのチリの優位性とは チリは南米の銅資源保有国の中では政情が安定しており 急激な国体変更などのリスクが小さく また 外資法により投資家の権利が保護されるなど 投資環境も整っています さらに 平均的な国民の教育レベルが高いので 技術者層だけでなく作業員層にも安全への配慮 機械 装置の理解等の基本事項の教育訓練を施しやすい環境だと感じます 地勢的には チリは東西の距離が短いために銅鉱山から生産品を出荷する海岸 ( 港 ) までの距離が短く 輸送コストの面で有利です また 銅資源が多く賦存する北部チリ地域 2
は人口が少ないため 道路 送電線 パイプライン等 インフラの建設がやりやすいとい う面があります チリでは初めての本邦企業 100% 出資による銅開発事業ですが かかる形態での事業実施を決定した理由は 当社のルーツは日立銅鉱山ですが 長くカスタムスメルター ( 買鉱製錬業 ) として製錬事業を中心に事業を展開してきたので 銅鉱山事業で主体的にオペレーターシップをとることまでは考えていませんでした しかしながら 鉱床の遠隔地化 高地化 品位低下に伴い新規鉱山開発が徐々に困難となっていくなかで 銅事業者として常に安定した収益を上げるためには 原料を安定して供給できる体制を自ら築くこと つまり 油圧シャベル ルーツの姿である鉱山と製錬所とのIntegration( 垂直統合 ) が必須であるとの考えに到りました 銅鉱山および 銅製錬の全体を理解したうえで より効率的な運営を図ることが重要と考えたわけです このPPCの方針のもと 資源関連権益の多様化を図る三井物産の参加 (25%) を得て 本邦企業 100% 出資の事業形態が確定しました チリで御社が参画した過去の銅開発事業と異なり 今回の事業計画は完全にゼロからのスタートだったと思われます 開発に向けた体制づくりを含め生産開始に至るまで かかる業務を実際に対応していくうえでは 特に現地代表の立場において多くの苦労があったと思われますが 初めてオペレーターの立場で権利 許認可の取得手続きを行ったので 苦労というより日本との違いに多くの驚きがありました たとえば 鉱業用地の購入にあたっては 昔の土地登記は図面がなく 北は 山まで 南は 川まで 東は道路まで 西は さんとの土地境界まで といった記述だけですので 多くの関係者の証言に基づいて調整を図り範囲を特定する必要がありました さすがに山の位置は不変ですが 川と道路の位置は長い年月のうちに変わりますし 他人との合意は代替わりしたら見解が見事に違いますので また 水利権の取得にあたっては 行政の許認可権ではなく土地と同様に私有財産であるため 需給の関係で売買価格が大きく変わること 水利権水量が自然がもたらしてくれる取水可能量に比べ過大な状態なので 水利権を買っても水が満足に出ないこともあることから 慎重な対応が必要でした 改めて 水資源の豊富な日本をありがたく思いました チリでは銅開発事業の活性化から人件費の高騰に加え 事業などの管理を行うマネジメントクラスの人材確保が大変困難になっていると聞きますが 3
私どもも状況は同じです 設計 施工管理 工事等のすべての人件費が高騰し 建設費を見直さざるを得ませんでした しかし幸いなことに 人材確保の点では 2006 年の権益取得直後に本事業の強力な推進者として 元ロスペランブレス鉱山社長 当時コデルコ副総裁のネルソン ピサロ氏をMLCCの社長に迎え 氏の豊富な人脈から主要ポストに有能な人材を得ることができました プレFS 開始から生産開始間近の現在まで6 年余 キー パーソンはほとんど変わっておらず 大変質の高いマネジメント チームを擁することができました MLCC ネルソン CEO( 中央最前列 ) と幹部スタッフ 組み立てが完了した 300t トラック 開発中の本事業の現場は 標高が4200~4600mときわめて高いところにあり 実際の作業実施には多くの難題があるかと思われます かかる高地での事業実施における課題および対応とは この標高では 平地と同じとまではいきませんが 体をある程度順応させることができるので 特別な装備 たとえば空気呼吸器や予圧設備などを使うことはありません しか し 体調が少しでもおかしいと感じたときには 直ちに応急処置を施し 高度を下げるこ 水送パイプライン水路整備でつくった迂回路 とが肝心です このため カセロネスでは標高 4400mと4100mの2カ所に現場診療所を置き 救急員と救急車を常駐させて万一に備えています アクセス ルートの地形にも恵まれ 4
自動車で3000mまで30 分 2000mまで1 時間で降りることができます また 宿泊設備 ( キャンプ ) は 高地作業者が毎晩十分な休息をとることができるよう 体が高度の影響をほとんど受けない標高 2000m 地点に設けました なお キャンプでは働く人の健康管理のため 適度な運動 ( ジム テニス フットサル ) ができるようにしたり 食事の内容にも留意しています もうひとつは 天候急変への備えです 現場は急峻な山岳地帯で 突然の降雪や強風に見舞われることがあり オンライン気象観測と多重通信設備によって迅速な退避が可能です 加えて 万一に備え避難所を設置しています 御社ゆえのノウハウ 長年の銅開発などを通じて蓄積された知見が多いに活かされているということですね プロジェクト会社で働く日本人 20 名のうち技術者は11 名ですが 全員が日本または海外の鉱山勤務経験者で 南米の鉱山勤務経験者が7 名含まれています これまで 技術者が経験を積む場であった国内鉱山の縮小や休山に伴い JX 金属はロスペランブレスなど 三井金属鉱業はワンサラなどの関係鉱山で技術者を育ててきました 各鉱山での研さんの成果を今こそ発揮するときと 皆 張り切っています 村上チリ所長と現地スタッフ 銅に加え製鉄などで利用されるモリブデンの生産も計画されています 御社が参画し操業中のロスペランブレス鉱山でモリブデンを生産中ということで そのノウハウが本事業に活用されていますね はい ロスペランブレス鉱山には常時 2~3 名の技術者を派遣してきました そのうち モリブデン プラントでの操業を実地で経験した選鉱技術者が中心になってカセロネスのプラントの仕様を決めていますし 今後の操業にも携わることになります 国際協力銀行 (JBIC) はチリ国内で本邦企業が参画する銅開発事業などを積極的に支援していますが 各事業に共通するのが水とエネルギーの調達問題であり 一部事業では海水を淡水化して利用されているとのことです 本事業も開発現場が海からも遠く離れた場所に位置し 水の調達は特に苦労が多いと思われますが 実情および対応はどうされていますか カセロネスが位置するコピアポ川流域にはアンデスの雪氷を源とする地下水があり 幸い この水利権を確保することができました しかし 水量は豊富ではないので 広い範囲から少量ずつ取水するために 分散している約 20 本の井戸から延長 80km 標高差 3000m 5
直径 70cmの用水パイプラインを使ってポンプアップすることとしました 海岸からの距離 250km 標高差 4000mに比べるとはるかに短いパイプラインで済んでいます 一方で カセロネスの取水による下流域への影響を極力なくすために 地元との約束として 河川やかんがい水路の清掃 補修工事を行い漏水 蒸発抑制を図るとともに 2014 年からは鉄鉱山会社が海岸で進めている脱塩水製造 供給事業から淡水を購入し 約 100km 内陸のコピアポ地区などへ無償提供することも行います しかしながら 今後 他鉱山での海水使用実績が増加してくると 地下水や河川水の鉱業利用に対して行政当局および地域住民の反応はますます厳しくなると考えられます これにどう対応できるかについて 検討を継続していく必要があると考えています チリでは 数年前に環境省が設立されるなど 従来あまり問題とならなかった環境対応に対する関心が高まっています 本事業実施においては十分な環境対策をとられているとお聞きしていますが 具体例とは 地域住民の方々のためには 先ほどお話しした水に関する対策のほか 建設工事や操業に伴う道路交通量の増加対策として 市街地を迂回するバイパス建設 ( 約 2km) ガードレール 安全標識 信号機等の整備 ( 約 100km 区間 ) 道路沿いの公共 民間施設への防音工事などを行っています また 鉱山付近に居住する先住民の方々とは定期的に懇談の場を設け よりよい関係を保つことに努めています また 自然環境の保全のため 事前調査に基づいて動植物の保護 移動 移植を行ったほか 化石 遺跡の保護 移設を丁寧に行ったことはいうまでもありません 最後になりますが 事業の確実な実施には環境対策に加えて地域社会との良好な関係が必要不可欠ということで 以前から御社はすでにさまざまな地域社会貢献をされていると理解しています 本事業は未だ建設中ではありますが すでに実施されていることや今後の対応などについてお教えください 建設開始からこれまでの間 地元行政当局や住民の方々の要望に応えるかたちで 消防車の寄贈 FM 放送機材の寄贈 消防詰所や公民館の整備 公共プールや体育館の建設等を行ってきました また 地元小学校での交通安全教育 先住民文化祭 地元祭礼等への後援も行っています 今後はこれらに加え 地元学校の学生 生徒への奨学金提供など貢献の幅を広げていくつもりです ( 国際協力銀行ブエノスアイレス首席駐在員鈴木将仁 ) この記事は JOI 機関誌 海外投融資 の ワールドレポート (JBIC 海外駐首席が紹介する日系企業の現地での取り 組み ) コーナーに掲載されたものです 6