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様式 C-19 科学研究費助成事業 ( 科学研究費補助金 ) 研究成果報告書 平成 24 年 5 月 25 日現在機関番号 :34315 研究種目 : 基盤研究 (C) 研究期間 :2009~ 2011 課題番号 :21520420 研究課題名 ( 和文 ) 母語と非母語の音の音響的実測値と知覚上の距離 :3 言語の母語話者の相互比較研究課題名 ( 英文 ) The Relationship between Acoustically Measured Values and Perceived Similarity between Native and Nonnative Phones: Com parison among 研究代表者野澤健 (NOZAWA TAKESHI) 研究者番号 :30198593 Native Speakers of Three Languages 研究成果の概要 ( 和文 ): アメリカ英語 日本語 韓国語の母語話者を対象にして この 3 言語の母音 子音の知覚上の距離 ( 似た音か否かの判定 ) と音響的測定可能な実測値との関係を考察した 全体的に母語の音韻による影響が知覚上の距離の判定に見られた ここで 知覚上の距離が大きいとは音声的な違い敏感であり 距離が小さいとは音声的な違いに敏感でないことを意味する 全体的に第 1 言語の音韻が判定に影響し 閉鎖音 摩擦音の音声的な違いへの反応に各言語の母語話者特有の傾向が見られた 母音については 日本語話者のみ母音長が判定に影響する傾向が見られた また 音節末の鼻音 開放されない閉鎖音の同定実験では 日本語話者の正答率が最も低かった 研究成果の概要 ( 英文 ): This study attempts to investigate the relationship between the perceived (dis)similarity and phonetic difference of American English, Japanese and Korean phones for native speakers of these languages. Overall, listeners L1 phonology affected strongly the perceived similarity. A lower similarity rating implies the listener is more sensitive to phonetic differences between native and nonnative phones and between two nonnative phones. The study consists of three parts: 1) perceived similarity of onset consonants, 2) perceived similarity of vowels, and 3) perception of nasals and unreleased stops in coda position. 交付決定額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費間接経費合計 2009 年度 600,000 180,000 780,000 2010 年度 700,000 210,000 910,000 2011 年度 500,000 150,000 650,000 年度年度総計 1,800,000 540,000 2,340,000 研究分野 : 人文学科研費の分科 細目 : 言語学 言語学キーワード :perceived similarity, アメリカ英語 韓国語 日本語 母音 子音 音節末鼻音 1. 研究開始当初の背景第 1 言語の音韻が他の言語の音の知覚に影響することはこれまで多くの研究によって 報告されている ある言語の母語話者と他の言語の母語話者が互いの言語の音とそれぞれの母語の音がどれほど近いと知覚するか

は必ずしも同じでない 2. 研究の目的母語の音韻が他の言語の音の知覚に影響することはよく知られているが 本研究は母音 子音の音素の数や音節構造が異なる 3 つの言語の母語話者を対象にして 異なる言語の音がどれだけ近いかまたは離れているかの判定結果と音響分析により計測可能な実測値の関係を調べることを目的とした 3. 研究の方法アメリカ英語 日本語 韓国語の母語話者各 4 名に予め用意した単語または音節のリストを音読してもらい デジタル録音した 録音された音声を音声刺激として使用するためコンピューター上で編集した 被験者としてこれらの 3 言語の母語話者各 14 名に実験に参加してもらい 音声刺激を提示して 判定をしてもらった 被験者が行ったのは 1) 英語 日本語 韓国語の語末 ( または音節末 ) の鼻音の同定 2) 英語 日本語 韓国語の語末 ( または音節末 ) の開放を伴わない閉鎖音の同定 3) 英語 日本語 韓国語の語頭子音の知覚上の距離 ( 音声的な類似性 ) を 7 段階で判定 (1= 離れている 7= 近い ) 4) 3) 英語 日本語 韓国語の母音の知覚上の距離 ( 音声的な類似性 ) を 7 段階で判定 (1= 離れている 7= 近い ) 以下 研究成果の項では これら 4 つの実験結果について順に述べていく 4. 研究成果 (1) 英語 韓国語 日本語の語末の鼻音 [m, n, ŋ] の同定実験の正答率は以下のグラフの通りである ( 上段 : 英語 中段 : 韓国語 下段 : 日本語 ) 日本語の鼻音 ( 撥音 ) は 後続の子音との逆行同化により [m, n, ŋ] と発音される環境を設定した 結果から 明らかに L1 の音韻が正答率に影響していることが分かる 音節末の鼻音に音素対立のある英語と韓国語話者の正答率は音節末に /N/ しか現れない日本語話者よりも高い また 英語話者と韓国語話者は [n] の正答率がやや低くなる傾向にあるのに対して 日本語話者は [n] の正答率がどの言語においても最も高く [ŋ] の [n] への取り間違いが多いのもわかる 全体的に日本語の鼻音 (= 撥音 ) の正答率が低いが 録音時の指示の影響もあるものと考えられる 英語と韓国語の話者は [m, n, ŋ] を区別して発音するよう指示を受けていたのに対して 日本語話者は撥音を含む語を発音するよう指示され 後続の子音により [m, n, ŋ] として発せられると想定されていたが 音素対立のない日本語では明確に [m, n, ŋ] を分けて発音する必要はなかった また 音響分析の結果 Locus 理論に基づく先行母音の F2 の屈折は英語や韓国語ほど周波数が調音位置により離れていなかった (2) 次にこの 3 言語の母語話者を対象に音節末の開放されない閉鎖音の同定実験を行った 音節末に生起しうる閉鎖音に関して この 3 言語は以下のような違いを持つ 英語では [o+s+j+a+c+f] が全て音節末で生起可能で 音節末の閉鎖音は必ずしも開放されない 韓国語は [o+s+j] が音節末で生起可能で 音節末の閉鎖音は開放されない また 平音 激音 濃音の区別は音節末ではなくなる 日本語は CV の音節構造を基本にし 音節末に起こる子音は撥音と促音だけである 促音は閉鎖音が後続する場合 その閉鎖音と同じ位置で調音される 英語は [o+s+j+a+c+f] が語末に来る 1 音節語 ( 無意味語を含む ) を音声刺激として用意し 語末の閉鎖音の開放を削除した 韓国語は 有声閉鎖音がないが 母音間での平音は有声音として発せられる 韓国語の音声刺激には平音の後に [ ] が続くものも含み 平音の開放と後の母音を削除して音声刺激にした こうして韓国語の音声刺激も [o+s+j+a+c+f] で終わるように設定された 日本語の音声刺激は促音の後に [o+s+j+a+c+ f] が続く 2 音節語から 閉鎖音の開放と母音を削除したものである 正答率 (%) は 以下のグラフに示している ( 上段 : 英語 中段 : 韓国語 下段 : 日本語 ) 有声 無声 とは 有声 無声の区別のみを間違えて 調音位置に関しては正しく解答した率を表している

全体的に英語の閉鎖音では 英語話者の正答率が 他の 2 言語の話者よりも統計的に有意に高く 韓国語の無声閉鎖音の正答率は韓国語話者が最も高かったが 有声閉鎖音の正答率は 母語話者である韓国語話者が最も低く 英語話者が最も高かった 母語に音節末の閉鎖音の音素対立のない日本語話者の正答率は全体的に他の言語の話者よりも低かった 韓国語話者の正答率は 全体的に英語話者に比べて低いが 韓国語話者は無声 有声の区別による間違いが他の言語の話者よりも多く 調音位置に関しては英語話者と同等かそれ以上に正確に知覚できている これは 韓国語に無声閉鎖音と有声閉鎖音との音素対立がなく 有声 無声の弁別に必要な音声的特性に英語話者ほど敏感でないためであると考えられるが 韓国語話者が開放を伴わない閉鎖音の調音位置の知覚に敏感であることも同時に示している えいご 有声閉鎖音の前の促音は 英語話者 韓国語話者とも無声音と判断する傾向が強かった 後続の子音の有声性の手掛かりのひとつである母音長を計測すると 英語は後続の音が有声閉鎖音か無声閉鎖音かで母音の長さに大きな差が見られたが 日本語と韓国語ではその差は小さかった 次のグラフは英語の /i/ 韓国語の /i/ 日本語の イ の平均母 音長を示したものである 韓国語は 無声閉鎖音は語末子音であるが 有声閉鎖音は語中の音であるため 厳密に同じ条件での比較ではない また 日本語はモーラ単位のリズムに母音長が統制されているため 後続の子音で母音長が変化しにくい可能性がある 各言語とも先行母音の影響が見られ 一般に低母音の後の閉鎖音は知覚が容易であった また 英語の二重母音 /ai/ の後では低く 韓国語 日本語では /a/+/i/ の母音連続の後では正答率が低かった (3) 3 言語の子音の知覚上の距離 (perceived similarity) を測定する実験を行った 被験者は 2つの刺激音を 1 回の試行で聞き 語頭の子音の知覚印象を 7 段階 (7= 近い 1= 遠い ) で判定した 二要因の分散分析 (3 被験者集団 x 59 子音のペア ) の結果 子音のペアの主効果 (F=38.9, p 0.001) と 二要因の交互作用 (F=4.6, p=0.015) が有意であることがわかった 以下の3つのグラフは3つの言語の母語話者の判定を標準化したものである 正の値は 全ての子音のペアの平均よりも 近い 似ている と判定されたことを意味する 3つのグラフは順に英語 ( 左 ) と日本語 ( 右 ) の子音 ( 例 z-z は英語の /z/ と日本語のザ行音の間の判定を表す ) 日本語( 左 ) と韓国語 ( 右 ) の子音のペアの判定 ( グラフ中 激音は th, ph, kh, srh と表記している ) 韓国語 ( 左 ) と英語 ( 右 ) の子音のペアの判定を表している 3つの言語の母語話者の間の判定に p 0.05 の水準で有意な差が見られた母音のペアは以下の4 種類に大別される ( 発音記号の前の E, J, K は各言語の音を表し EN, JP, KO はそれぞれの言語の話者を表す 不等号は判定が統計上有意に高いことを表す ) 1 閉鎖音 破擦音の発声の違いに基づくもの E/b/-J/b/ (JP, EN>KO), E/b/-J/p/ (KO>JP), E/f/-J/f/ (JP>KO), E/k/-J/k/ (JP>KO), E/p/-J/p/ (JP>EN), J/k/-k/kç/ (JP>KO), J/p/- k /p/ (JP>KO), E/d/- k /t/ (KO>EN, JP), E/d/-K/t*/ (EN, JP>KO), E/f/-k/k/ (KO>EN, JP), E/sR/-J[sR] (JP>KO), E/sR/-k/sRç/ (JP>KO), E/tR/-k/sR/ (EN>KO), E/cY/-K/sR/ (KO>EN, JP), E/dY/-K/sR*/ (KO>EN) 一般に韓国語話者が最も気音の強さに敏

感で 日本語の無声閉鎖音と韓国語の激音のペアは日本語話者ほど音声的に近いと知覚していない 日本語話者は日本語の無声閉鎖音は韓国語の平音 英語の無声閉鎖音とも近いと評価する傾向が見られたが 韓国語話者 英語話者とも音声的な違いに敏感であった 韓国語話者は日本語と英語の有声閉鎖音の音声的違いにも日本語話者に比べて敏感であった その一方で 韓国語話者は英語の有声閉鎖音と韓国語の濃音とを近い音と判定する傾向が見られた 統計的な有意差は得られなかったが 調音位置による違いも見られ 歯茎音の判定は一般に低かった 2 歯茎摩擦音の発声の違いに基づくもの E/s/-J/s/ (JP>KO), J/s/-K/s/ (EN, JP>KO), J/s/-K/s*/ (JP>KO), E/s/-K/s/ (EN, JP>KO), E/z/-J/z/ (JP>KO) 韓国語話者は 韓国語の平音の /s/ と他の言語の無声歯茎摩擦音との音声的な違いに敏感であった 3 流音 E/r/-J/r/ (JP, KO>EN), E/l/-K/r/ (KO>EN), これは主に流音の音素が複数ある英語話者が日本語話者と韓国語話者よりも 英語の /l, r/ と日本語の流音との音声的な違いに敏感であることによると考えられる 4 英語の音の日本語 韓国語での表記によると考えられるもの E/f/-J[ ] (JP>EN), E/v/-J/b/ (JP, KO>EN), E/f/-K/p h / (KO>EN), 音声的には離れているが 英語の音がそれぞれの言語でどう表記されているかに影響されたと考えられる 実験結果を検証するため 音響分析を行った 3 言語の閉鎖音の平均 VOT H1-H2( 後続の母音の開始部分の最初と 2 番目の倍音の振幅の幅 ) を示している VOT を見ると 負の値を示しているのは 日本語の有声閉鎖音だけだが これは一部の話者に prevoicing が見られたためで 実際には英語の有声閉鎖音や韓国語

の濃音の値とかなり重なっている 韓国語の濃音は VOT では英語の有声閉鎖音に近いが H1-H2 ではむしろ日本語の有声閉鎖音に近い しかし 実験結果は 韓国語話者は濃音と英語や日本語の有声閉鎖音は近い音とは感じていないことを示している 韓国語話者は 平音が英語の有声閉鎖音に近い音と知覚しているが 測定した音響データからは平音と英語の有声閉鎖音が近いとする数値は得られなかった 4.3 言語の母音の知覚上の距離 韓国語話者は 韓国語の平音の /s/ と英語の /s/ との間の音声的な違いに他の言語の話者よりも敏感であったが 音響分析によると英語の /s/ は韓国語の /s*/ にむしろ近い音だということがわかる 次の 4 つの波形は 順に英語の /s/ 韓国語の /s/ 韓国語の /s*/ 日本語の サ を発した時のものである 色を付けた部分は 気音を示している 韓国語の /s/ には摩擦の後 気音の部分が長いことがわかる アメリカ英語の母音と日本語 韓国語の母音の 3 言語の母語話者の知覚上の距離を測定 比較した 今回は日本語と韓国語の母音のペアは含まなかった 英語の母音の日本語と韓国語での表記などに基づいて 母音空間上で近いと思われる母音のペアを作成した 上記

のグラフは音声刺激として使用したアメリカ英語 ( 上段 ) 日本語( 中段 ) 韓国語( 下段 ) の母音の F1 F2 の平均を示している 子音の場合と同様 7 段階で母音間の距離を判定した 分散分析の結果 母音のペアの主効果 [F(25,1050)=19.2, p<0.001] は有意であったが 被験者集団の主効果は有意でなかった [F(2,42)=2.3, p=0.114 (n.s.)] しかし 母音のペアと被験者集団の交互作用 [F(50, 1050) = 2.3 p<0.001] は有意であった どの言語の母語話者もアメリカ英語と日本語の母音のペアでは 英語の /i/ と日本語の イー 英語の /u/ と日本語の ウー が他の母音のペアに比べて近いと判定したが 日本語話者のみ英語の /i/ と イー のペアの判定 /u/ と ウー の判定がそれぞれ イ ウ との間の判定よりも高く 母音長が判定に影響していることがわかった 英語と韓国語の母音のペアでは 韓国語話者だけが 英語の /z/ と韓国語の /`/ が特に離れていると判定した 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 学会発表 ( 計 5 件 ) 1 発表者名 : Takeshi Nozawa, Sang Yee Cheon 発表課題 : How Listeners L1 Affects Perceived Similarity Of American English, Japanese and Korean Vowels 発表学会名 : The 17th International Congress on Phonetic Sciences 発表年月日 : 2011 年 08 月 17 日 発表場所 : 香港 ( 中国 ) 2 発表者名 : Takeshi Nozawa, Sang Yee Cheon 発表課題 : Perceived Similarity of English, Korean and Japanese consonants for the native speakers of these languages 発表学会名 : 161st Meeting of the Acoustical Society of America 発表年月日 : 2011 年 5 月 23 日 発表場所 : シアトル ( アメリカ ) 3 発表者名 : Takeshi Nozawa, Sang Yee Cheon 発表課題 : Perceived Similarity of English, Korean and Japanese Stops for Native English, Korean and Japanese Listeners 発表学会名 : 2nd Pan-American/Iberian Meeting on Acoustics 発表年月日 : 2010 年 11 月 16 日 発表場所 : カンクン ( メキシコ ) 4 発表者名 : 野澤健, Sang Yee Cheon 発表課題 : 英語 韓国語の音節末鼻音 閉鎖音と日本語の撥音 促音の調音点の知覚 : アメリカ英語 韓国語 日本語の母語話者の比較 発表学会名 : 関西音韻論研究 会 (PAIK) 発表年月日 : 2010 年 5 月 8 日 発表場所 : 神戸女学院大学 ( 兵庫県 ) 5 発表者名 : Takeshi Nozawa, Sang Yee Cheon 発表課題 : Identification of the place of articulation of trilingual postvocalic nasals and stops by native speakers of American English, Korean and Japanese 発表学会名 : 159th Meeting of the Acoustical Society of America 発表年月日 : 2010 年 04 月 22 日 発表場所 : ボルティモア ( アメリカ ) 図書 ( 計 0 件 ) その他 ホームページ等 http://www.icphs2011.hk/resources/onlin eproceedings/regularsession/nozawa/n ozawa.pdf 6. 研究組織 (1) 研究代表者野澤健 (NOZAWA TAKESHI) 立命館大学 経済学部 教授研究者番号 :30198593