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表 1 Harmful algal bloom のタイプ分け 1) 大量増殖赤潮 : 基本的には無害であるが 高密度に達した場合には溶存酸素の欠乏等を引き起こして魚介類を斃死させる 原因生物 :Gonyaulax polygramma,noctiluca scintillans,trichodesmium erythraeum, Scrippsiella trochoidea 2) 有毒ブルーム : 強力な毒を産生し 食物連鎖を通じて人間に害を与えるもの 海水が着色しない低密度の場合でも毒化現象 ( 特に二枚貝で ) がしばしば起こる 原因生物麻痺性貝毒 :Alexandrium tamarense,gymnodinium catenatum 等下痢性貝毒 :Dinophysis fortii,d. acuminata,prorocentrum lima 等記憶喪失性貝毒 :Pseudo-nitzschia multiseries,p. australis 等神経性貝毒 :Gymnodinium breve シガテラ毒 :Gambierdiscus toxicus 3) 有害赤潮 : 人間には無害であるが養殖魚介類を中心に大量斃死被害を与えるもの 原因生物 :Chattonella antiqua, C. marina, C. ovata, C. verruculosa,heterosigma akashiwo,heterocapsa circularisquama,karenia mikimotoi, Cochlodinium polykrikoides, Chrysochromulina polylepis 等 4) 珪藻赤潮 : 通常は海域の基礎生産者として重要な珪藻類が 海苔養殖の時期に増殖して海水中の栄養塩類を消費し 海苔の品質低下を引き起こして漁業被害を与えるもの 原因生物 :Eucampia zodiacus, Coscinodiscus wailesii, Chaetoceros spp., Skeletonema costatum, Thalassiosira spp., Rhizosolenia imbricata 等 2.1. 有害赤潮生物我が国沿岸域において発生する代表的な赤潮生物を図 1 に示した 養殖魚介類を中心として斃死被害を与える微細藻類は その多くがラフィド藻と渦鞭毛藻に属する種である これらの赤潮生物の中で最も大きい漁業被害を引き起こしてきたのはシャットネラ (C. antiqua と C. marina の総称 ) であり 続いて渦鞭毛藻のカレニア (K. mikimotoi) とヘテロカプサ (H. circularisquama) が挙げられる 我が国における最大の赤潮被害は 1972 年夏季の播磨灘で発生し 1,420 万尾もの養殖ハマチがシャットネラ (C. antiqua) によって斃死させられた 斃死の要因は窒息死である 被害金額は 71 億円にも上り (1 尾 500 円と計算 ) 漁業者によって 1975 年に国や沿岸の工場を相手取り総額約 19 億円の損害賠償と 有害排水の差し止めを請求する訴訟が起こされたことは 播磨灘赤潮訴訟 として あまりにも有名である C. ovata については 生息は確認されていたが 赤潮を起こして魚類を斃死さ せるようになったのは 21 世紀になって以降である (Yamaguchi et al. 2008) カレニアは古来より赤潮を形成し コンスタントに被害を及ぼしてきた 近年は豊後水道を中心として 養殖魚介類の斃死が数億円規模で与えられ続けている ヘテロカプサは東南アジア起源の生物であり アサリ カキ 真珠貝等の二枚貝類のみを死滅させるユニークな生物である 本種は 1988 年以降我が国沿岸域で赤潮を起こしており 1998 年に広島湾でカキ養殖に約 40 億円もの壊滅的な被害をもたらした (Imai et al. 2006) コクロディニウム (C. polykrikoides) は 九州西岸の八代海で限定的に小規模な赤潮を起こしていたが 2000 年以降被害が大型化する傾向にある 隣国の韓国では 1995 年に世界最大級の巨額の赤潮被害が発生し それ以後特別な赤潮生物として監視と防除 ( 後述 ) の体制が強化されている ( 金ら 2002) その他には 珪藻類が秋季 春季に海苔の養殖海域において発生した場合には やはり有害赤潮藻として認識される 8

図 1 我が国沿岸域における代表的な有害赤潮藻類 魚類を斃死させるラフィド藻, Chattonella antiqua (A), C. marina (B), C. ovata (C), Heterosigma akashiwo (D) : 赤潮渦鞭毛藻, Noctiluca scintillans (E, 夜光虫 ), 魚介類を斃死させる Karenia mikimotoi (F), 二枚貝を斃死させる Heterocapsa circularisquama (G), 魚介類を斃死させる Cochlodinium polykrikoides (H) スケールは E が 100 μm その他は 20 μm 2.2. 有毒生物我が国沿岸域に出現する代表的な有毒微細藻類を図 2に示した 表 1に挙げた有毒藻類ブルームのうち 我が国沿岸において発生が確認されているのは麻痺性貝毒と下痢性貝毒の 2 種類である ( 今井ら 2007) 麻痺性貝毒はフグ毒に似た強力な神経毒であり この毒を生産 保有する微細藻類をカキ ホタテガイ ヒオウギガイ アサリ等の有用二枚貝類やホヤ類が摂食すると これらの体内に蓄積される 毒化した貝類をヒトが摂食した場合に 麻痺性貝毒中毒に罹患する 原因生物としては 渦鞭毛藻の Alexandrium catenella ( 図 2, E), A. tamarense, Gymnodinium catenatum ( 図 2, F) が代表として挙げられる 下痢性貝毒は 脂溶性の毒が原因となる下痢性食中毒である 麻痺性貝毒と同様に 二枚貝類等が有毒な微細藻類を摂食して毒化し それをヒトが摂食すると発 症する 原因生物としては 渦鞭毛藻の Dinophysis fortii ( 図 2, C), D. acuminate ( 図 2, D) および海藻等に付着する渦鞭毛藻 ( 図 2, B, Prorocentrum lima) 等が報告されている 麻痺性貝毒は可食部 1 g 当たり 4 MU( マウスユニット ) が 下痢性貝毒は同じく 0.05 MU が規制値であり これを超えると出荷の自主規制が行われる 貝毒による出荷の自主規制は 毒化した貝が斃死するわけではないので 被害額の算定がきわめて難しいのが大きな問題点である その他の貝毒としては記憶喪失性貝毒が要注意である この貝毒は 珪藻 Pseudo-nitzschia 属 ( 図 2, A) のかなりの種で毒 ( ドーモイ酸 ) 生産と保有が知られている 我が国沿岸域にも有毒種が生息しているが まだこの毒が規制値を超えるまでに貝類に蓄積されたことはない しかしながら 分離培養された培養細胞からはドーモイ酸が検出されており これからも監視が必要であろう 9

図 2 我が国沿岸域における代表的な有毒藻類 外国で記憶喪失性貝毒の原因となっている珪藻 Pseudo-nitzschia sp. (A), 下痢性貝毒を保有する付着性渦鞭毛藻 Prorocentrum lima (B), 下痢性貝毒の原因生物とされている渦鞭毛藻 Dinophysis fortii (C), Dinophysis acuminata (D), 麻痺性貝毒の原因となる渦鞭毛藻 Alexandrium catenella (E),Gymnodinium catenatum (F) スケールは全て 20 μm 図 3 昭和 45 年 平成 17 年 (1970 2005 年 ) の瀬戸内海における赤潮の発生件数 ( 瀬戸内海環境保全協会 2006) 3. 瀬戸内海における有害有毒赤潮の発生我が国沿岸域における赤潮の発生件数は 高度経済成長を始めた 1960 年代より海域の著しい富栄養化が進行するのに伴って急激に増加した 養殖業を含む沿岸漁業の盛んな瀬戸内海の赤潮発生件数の経年的な変化を図 3に示した ( 瀬戸内海環境保全協会 2006) 当初 1960 年頃は 瀬戸内海全域において 年間 50 件以下の発生件数であったのが 1970 年代に急激に増加し 1976 年に最高値の 299 件を記録した 前述した 1972 年のシャットネラ赤潮による史上最大の養殖ハマチの斃死被害を背景として 1973 年に 瀬戸内海環境保全臨時措置法 が制定され 1978 年には特別措置法として恒久法化された このような法的整備と 1973 年末に始まったオイルショックの影響により その後赤潮の発生件数は減少傾向に転じ 1980 年代の後半には年間約 100 件程度にまでに低下した しかしながら この 年間約 100 件 のレベルは以後維持された状態で現在に至っている 瀬戸内海の赤潮で漁業被害を伴った発生件 10

数は 以前は年間 30 件を越えることもあったが 近年は年間 10 件前後で推移している また赤潮による漁業被害額は 瀬戸内海全体で年平均 20 億円弱と言われている 瀬戸内海において赤潮の発生している海域を図 4に示す ( 瀬戸内海環境保全協会 2006) 基本的には大河川の流入する沿岸域 大都市を抱えた内湾 ( 大阪湾 広島湾等 ) で赤潮の発生が著しい 豊後水道では近年 漁業被害を伴う赤潮がほぼ毎年発生している 赤潮の発生が最盛期であった時代 (1970 1980 年代 ) には 大阪湾 播磨灘 燧灘 あるいは周防灘のような海域全体を占めてしまう大規模な赤潮の発生も希ではなかったが 近年では赤潮発生の規模と期間が縮小傾向にある 瀬戸内海において貝毒の問題は 以前は小規模で件数も少なかったのでさほど問題になってはいなかった 1970 年代と 1980 年代には アサリに麻痺性貝毒が時折検出される程度であり その原因生物は渦鞭毛藻のアレキサンドリウム属の一種 Alexandrium catenella ( 図 2, E) であった もともと貝毒の問題は 東北や北海道の東北日本沿岸で重要な問題であった しかし 1990 年代以降 有毒藻類のブルーム発生と麻痺性貝毒の検出件数は 瀬内内海や九州 四国の西日本沿岸域において著しく増加し 現在に至っている ( 図 5) この増加に貢献した主要な原因生物は A. tamarense である アレキサンドリウム属はシスト ( 耐久性を持つタネ様の細胞 ) を生活史の中に持っており (Anderson et al. 1983) 瀬戸内海や九州 四国の沿岸水域の海底泥からシストが大量に検出されていることから 二枚貝類における麻痺性貝毒の問題は現時点ですっかり定着してしまったと結論できる その他の麻痺性貝毒原因生物として渦鞭毛藻の Gymnodinium catenatum ( 図 2, F ) や Alexandrium tamiyavanichii, A. minutum による毒化も近年報告されており 警戒が必要である もともと A. tamarense は西日本には生息しておらず 1990 年代以降 本種は西日本の海域に普通に検出されるようになった 本種が普通に生息している北日本の水域から西日本の水域へ有用二枚貝類 ( 特にカキ ) が人為的に導入されており この際に本種のシストが付着して付随的に分布を拡大した可能性が指摘されている 図 4 2005 年の瀬戸内海における赤潮の発生水域 ( 瀬戸内海環境保全協会 2006) 11

図 5 日本沿岸における麻痺性貝毒の発生状況の比較 (1978 1982 年と 1993 1997 年 ) 二枚貝が出荷規制された水域と毒化した貝の種類を示した ( 今井ら 2000) 4. 赤潮生物シャットネラの生活様式シャットネラは 前述のように養殖漁業に大きな脅威となっている赤潮生物である 本種は瀬戸内海等の大部分の西日本沿岸域において シストによって越冬し これらのシストが赤潮の発生源となっている (Imai et al. 1998) 瀬戸内海におけるシストを含めたシャットネラの年間の生活様式 (Imai and Itoh, 1987) を図 6に模式的に示した 水中においてシャットネラの栄養細胞は概ね 6 9 月に観察され 7 8 月に赤潮を形成することが多い これらの栄養細胞は 海底のシストが発芽適温 (20 付近 ) になって発芽したものに由来する 夏の間 栄養細胞は無性生殖によって分裂増殖する 海水中の栄養塩が枯渇すると それが引き金となってシスト形成小型細胞になり 海底へと沈降して行き 珪藻の被殻や砂粒等の固体粒子表面に付着し低照度下でシスト形成が完了する 新しく形成されたシストは 海底で遺伝的 に制御された自発的休眠の期間を翌春まで過ごす 従って秋季には 海底の温度がシストの発芽に好適な条件になってもシストは決して発芽しない シストの成熟 ( 休眠の解除 発芽能の獲得 ) は 冬季の低水温条件下で進行する 春を迎えるとシストは自発的休眠期を完了し 生理的には発芽可能な状態になっている しかしながら 春 初夏の間は海底の温度が低くシストは発芽困難であり 後休眠 ( 低温による一種の強制休眠 ) の期間を過ごす その後 海底の温度が発芽好適範囲になるとシストは発芽を開始し その結果として栄養細胞が水中に遊泳するようになる シャットネラの年間の生活様式は 温帯の沿岸域における環境変化に対応しての適応という点で理にかなったものである すなわち 栄養細胞として生活しやすい夏だけを栄養細胞として過ごし 他の不適な大部分の期間はシストとして海底で過ごすことになる これにより 12

図 6 瀬戸内海におけるシャットネラの年間の生活様式 (Imai and Itoh, 1987) 捕食者や競争者からの脅威が回避されるので 種の存続という観点から この様式は優れた生態戦略といえる また 冬の間の自発的休眠と春以降の後休眠という生理的性質により 発芽の時期が初夏に巧妙に調節されている これは 四季のある温帯水域において夏季に増殖する生物として シャットネラが優れた適応的生活史戦略を持っている事を示している さらに 瀬戸内海のような浅い内湾水域においては 生活の場の交替 ( 夏は栄養細胞として水中 他はシストとして海底 ) が極めて容易であり 同一の場で何故毎年のように赤潮を形成できるのかが容易に理解できよう 以上からシャットネラは 我が国沿岸の浅海域の環境条件に大変良く適応した赤潮生物と結論できる (Imai et al., 1998) 5. 赤潮の防除対策 5.1. 赤潮防除対策の現状赤潮対策は 予知 予防 駆除の三つに整理できる 予知に関しては 赤潮生物の生理生態学的知見に基づく科学的な発生機構の解明と 現場における綿密なモニタリングを通じて 現在かなり進歩した状況にあると言えよう 赤潮の発生を未然に防止するためには 栄養塩類 ( 窒素やリン ) の流入を抑えるか富栄養化している水域から栄養塩を除去する必要がある 前者に関しては 法的規制と廃水の浄化処理が一定の効果を上げている 漁場環境の改善についても種々試行されている 養殖場においては 漁場を汚染しにくい餌料の使用や投餌量の管理 適正放養密度の遵守が有効である 特に 法的な規制が富栄養化の歯止めとして 長期的には良い効果を及ぼしてきたといえよう 赤潮の直接的な防除対策に関しては これまでに様々な物理化学的な方法が試みられてきたが 殆ど実用に耐えるものはないのが現状である ( 代田 1992) しかしこれらの中で 粘土散布が八代海においては赤潮が発生した際の緊急的な対策として施行されており 特に隣国の韓国においては有効な緊急対策として用いられている ( 金ら 2002) 共に主たる対象赤潮生物はコクロディニウム ( 図 1, H) である 更に近年 水酸化マグネシウムが粘土散布の代替法として検討されている ( 前田 程川 2008) しかしながら現在わが国では いったん有害赤潮が発生すると 餌止めや生け簀の移動が魚介類の斃死を軽減する目的で実施されているケースが多く 決定的な対策は無いのが現状である 以上のような背景を踏まえ 有効かつ安全な赤潮防除対策の検討 13

確立が望まれている 特に 予防的な対策が有効と想定される 5.2. 沿岸域における殺藻細菌の存在我が国沿岸域においては赤潮の被害が大きいことから 1990 年頃より 水産庁の赤潮対策事業において赤潮の発生や消滅に関与する微生物の探索 ならびに赤潮の発生あるいは消滅と細菌相との関係解明等に関する研究が実施された その結果 西日本を中心とする沿岸域から 数多くの殺藻細菌が種々の赤潮鞭毛藻をホストとして分離された これらの殺藻細菌の大部分は γ -プロテオバクテリアに属するものと滑走細菌に属するものの 2 タイプに分けられた また 赤潮の末期 消滅過程において殺藻細菌が増殖する事が見出され 赤潮の消滅において殺藻細菌が重要な役割を演じている事が示された ( 今井 2007) 広島湾から分離された殺藻細菌 Alteromonas sp. S 株 (γ-プロテオバクテリアの 1 種 ) が 3 種の微細藻類に対して発揮する殺藻作用の例を図 7に示した 赤潮ラフィド藻シャットネラ ( 図 1, A) 赤潮渦鞭毛藻カレニア ( 図 1, F) ならびに通常の珪藻 Ditylum brightwellii の 3 種共に 2 者培養の結果 2 3 日の間に 本殺藻細菌によって完全に殺滅させられた このように強力な活性を持つ殺藻細菌が 沿岸域には普通に生息していることが明らかとなった このような海産殺藻細菌の研究は 世界に先駆けて我が国で手掛けられ推進されたもので ある 5.3. 海藻に付着する殺藻細菌の発見糸状褐藻のかなりの種において 溶原化したウイルスの存在が知られている 我々は これらのウイルスの中で糸状褐藻から放出された際に赤潮藻類にも感染するものが存在しないか 藻場において探索研究を実施した 現時点で残念ながらそのようなウイルスは検出されていないが 該当の赤潮藻が藻場で発生していないにもかかわらず 福井県小浜湾の藻場海水中の 0.2 0.8 µm 画分 ( 細菌の大きさ ) に 赤潮ラフィド藻を殺滅する因子が多数存在するという現象を副次的に発見した この事実を基に 大阪湾岬公園の海岸において実際にマクサ (Gelidium sp.) やアオサ (Ulva sp.) 等の海藻を採集し その表面から細菌を剥離させて赤潮藻類に対する殺藻作用を調べたところ 赤潮藻を強力に殺滅してしまう殺藻細菌が海藻の表面に無数に付着している事実 ( 紅藻マクサで Fibrocapsa japonica を対象に最大 1.3 x 10 6 /g,k. mikimotoi を対象に 4.9 x 10 5 /g) を見出した また その藻場海水中に高密度で殺藻細菌が生息している事も確認できた (Imai et al. 2002) このような海藻への殺藻細菌の大量付着現象は 和歌山県田辺市の旧和歌山県水産試験場増養殖研究所地先の養殖生け簀において養成されたアナアオサ (Ulva pertusa) においても見出された 図 7 殺藻細菌 Alteromonas sp. S 株による 3 種の赤潮藻類の殺藻 3 日間の 2 者培養後に観察を行った 棒線は 30 µm A, ラフィド藻 Chattonella antiqua の遊泳細胞 ;B, C. antiqua の破裂した死細胞 ;C, 渦鞭毛藻 Karenia mikimotoi の遊泳細胞 ;D, K. mikimotoi の破裂した死細胞 ;E, 珪藻 Ditylum brightwelli の生細胞 ;F, D. brightwellii の殺藻された死細胞 (Imai et al. 1995) 14

この場合 湿重量 1 g 当たり 10 4 10 5 のオーダーの密度でアオサ表面から殺藻細菌が検出計数されている そして大変興味深い事に コロニーを形成するアオサ由来の細菌のうち 33% 80% が 実験に供した赤潮生物のうちの何れかを殺滅する殺藻細菌であることが判った ( 今井 2007) 海藻表面から分離された殺藻細菌の同定を行った結果 海水の場合と同様に海産の Cytophaga/ Flavobacterium/Bacteroides グループとγ-プロテオバクテリアが優占していたが 新たにα-プロテオバクテリアに属するものも発見された また 殺藻の対象赤潮生物の範囲を見ると 1 種あるいは 2 種のみの赤潮藻種を殺滅する細菌も認められ 特異的にある種の赤潮生物を殺藻するものも珍しくないことが判明した このように海藻の表面には 質的に多様で量的に膨大な殺藻細菌が付着生息している事が明らかにされた 上述のように 海藻の表面には無数の殺藻細菌が随伴付着しており 藻場海水中には高密度の殺藻細菌が浮遊生息していることが明らかとなった この新しい発見から 赤潮の予防的な防除策として 魚介類とアオサやマクサ等の海藻との混合養殖が提案される ( 図 8) 図 8 海藻と魚介類の混合養殖による赤潮の発生予防に関する概念図 養殖している海藻の表面が殺藻細菌の供給源となる (Imai et al. 2002) 魚介類と混養繁茂している海藻の表面からは 多くの殺藻細菌が継続的に周囲の海水に剥離浮遊し 赤潮原因藻類を含む植物プランクトンに攻撃を加え 特定の有害種の大発生 ( 大量増殖 ) を未然に防止するものと期 待される 混合養殖される海藻は 殺藻細菌の大量供給源として機能することになり 対象とする水域の殺藻細菌の密度を高めに維持する事で赤潮の発生する確率の引き下げに貢献するであろう このような目的に適う海藻としては 赤潮の発生盛期である夏季にも消失しない 或いは逆に盛んに繁茂するような特性を備えているものが望ましい 市場価値を有する有用藻類であればさらに好都合であろう 例えば ヒジキ (Sargassum fusiforme ) や熱帯性のキリンサイ (Eucheuma denticulatum) ウミブドウ(Caulerpa lentillifera) 等が 有望な候補として挙げられよう これらの海藻については 殺藻細菌がどの程度付着 随伴するのか確認する必要がある 因みにアオサに関しては 混合養殖を行うことにより給餌養殖で現場海域に負荷された N や P を吸収浄化させようという提案がなされている (Hirata 2002) またアオサは 養殖魚介類の餌料としても検討されており アワビのみならずマダイやブリの餌料としても混合養殖が試みられ これら魚類で成長と健康に良い結果が得られているという 成長繁茂した余剰の海藻は それを餌とする藻食性の貝類やエビ類を混合して養殖すれば処理可能であり 経済的にも有益と考えられる このような魚 介 藻の複合的養殖は 将来的に検討の価値があると思われる アオサ以外では アラメ (Eisenia bicyclis) やカジメ (Ecklonia cava) クロメ (Ecklonia kurome) も有望かもしれない 複合養殖に関しては これまで赤潮の予防という観点での評価がなされていないので 現場海域において赤潮の予防という観点から殺藻細菌を主眼として研究を進める事は意義が大きいと考えられる いずれにしても 海藻はもともと海に生息しているものであり 将来的に赤潮予防が実現した場合 環境に極めてやさしいだけでなく 食糧生産の観点で消費者や漁業者にとって海藻は感覚的にもプラスのイメージが持たれており 究極的な赤潮予防対策になりうるものと期待される ( 今井 2007) 海藻類は 海水中の N や P を吸収すると同時に酸素を供給するので 水質浄化や漁場環境の保全に重要な役割を演じていると言える このような利点があることから 積極的にコストをかけて藻場の造成 ( 修復或いは創生 ) が近年は人為的に成されている 離岸堤や 15

防波堤 人工リーフといった海岸構造物の設置と藻場造成を組み合わせれば 大きな事業となり 経済的な波及効果も大きい 先に 魚介類と海藻の混合養殖が 赤潮の発生予防対策になる可能性を論じた この考えを敷衍するならば 藻場の造成を行うことは 沿岸域における赤潮の発生予防機能を増大させることに貢献するものと期待される 人為的に造成される藻場が 赤潮の発生予防にどの程度役に立ち得るのか 現場調査を通じて評価してみるのは意義が大きいであろう また 赤潮の予防に好ましい藻場の構成種も明らかにしていく必要があろう さらに対象となる現場海域において 赤潮の発生予防効果が実効的に現れる藻場の必要規模を評価する事も将来の検討課題と言える 沿岸域において浄化に係わる重要な生態系としては干潟域があり 干潟付近の浅海域にはアマモ場が分布する これまで アマモと殺藻微生物に関しては殆ど検討されていなかったが アマモの葉体からラビリンチュラ アメーバ 糸状細菌に属する殺藻微生物の存在が確認されている さらにアマモ葉体表面には 海藻表面に匹敵するかそれ以上の殺藻細菌が付着している事実が新たに発見されたことから アマモ場も赤潮発生予防の場として大変に重要と言える ( 今井 2008) 従って これま で全く論じられていなかったが アマモ場造成の価値を赤潮予防の観点から評価する必要がある それゆえアマモ場の造成も 単に自然回復の旗印というだけでなく実際に有害赤潮の発生予防対策としても重要であることが主張できよう このような藻場やアマモ場の造成は バイオレメディエーションを考える際に最も理想的なやり方と考えられる すなわち 活性の主体となる微生物 ( 殺藻細菌 ) のための環境を整え ( バイオスティミュレーション ) 且つ海藻表面から殺藻細菌が海水中に人為的な補助なしに継続的に供給される ( バイオオーグメンテーション ) システムであると言えよう かつて護岸工事や埋め立てによって藻場やアマモ場が多く失われてきた このことは 赤潮の発生を抑える海の力を失わせて来たことを意味する また近年は磯焼けによる藻場消失の問題も深刻であり これも赤潮の発生抑制にマイナスの材料といえる 沿岸域において 藻場やアマモ場を回復あるいは造成し 有害赤潮の発生予防を目指す例を図 9に示した 沿岸の湾全体に 殺藻細菌が供給され赤潮の発生が予防されることが期待される 流況を考慮し 藻場やアマモ場を通過した海水が養殖水域や他の主要な水域に影響するように配慮することが 最も効果的と考えられる ( 今井 2008) 図 9 沿岸域において藻場やアマモ場を回復あるいは造成し 有害赤潮の発生予防を目指す例の概念図 殺藻細菌が広く供給され赤潮の発生予防が期待される ( 今井 2008) 16

6. おわりに赤潮の発生を促進する要因が海域の富栄養化であることは論を俟たない 高度経済成長時代に大量の汚濁物質が海域に負荷され 富栄養化が進行し それに伴って赤潮の発生件数は劇的に増加した 瀬戸内海における赤潮発生の歴史を図 3に示した通りである 高度経済成長時代は 浅海域の大規模な埋め立てや鉛直護岸の造成によって 藻場や干潟 自然海岸が大規模に失われた時代でもある 藻場やアマモ場の喪失は 赤潮発生予防機能の喪失を意味しており 海の持つ 恒常性 維持機能が小さくなった結果 特定の有害種が大増殖するようになって赤潮の発生頻度が上昇した可能性が考えられる すなわち 富栄養化によって赤潮発生に促進的な力が働き 一方で藻場やアマモ場の喪失によって赤潮に対する抑制力が失われ 両者の相乗効果で赤潮の発生が当時劇的に増加したという可能性である ( 今井 2007) 藻場の造成による赤潮予防の可能性を論じたが 近年は藻場が消失する磯焼けの現象が問題となっている 特に夏季に藻場が減少し あるいは消失する場合には 赤潮の発生要因として重要な意味を持つ可能性がある 今後はこのような観点から 夏季における藻場の消失状況と赤潮発生の関係を検討してみる必要がある さらに 地球温暖化と藻場やアマモ場の消長 そして赤潮発生の関係についても今後検討の余地があると考えられる 参考文献 Anderson DM, Chisholm SW, Watras CJ (1983) Importance of life cycle events in the population dynamics of Gonyaulax tamarensis. Mar Biol 76: 179-189. Hallegraeff GM (1993) A review of harmful algal blooms and their apparent global increase. Phycologia 32: 79-99. Hirata H (2002) Systematic aquaculture: yesterday, today and tomorrow. Fisheries Sci 68 (Supplement): 829-834. 今井一郎 (2000) 赤潮の発生 - 海からの警告 -. 遺伝 54 (9): 30-34. 今井一郎 (2007) 微生物による赤潮防除. 微生物の利用と制御 - 食の安全から環境保全まで. 水産学シリーズ 155, 恒星社厚生閣,pp.110-123. 今井一郎 (2008) 環境への負荷が少ない微生物を用いた赤潮防除. 養殖 45(7): 26-29. Imai I, Itoh K (1987) Annual life cycle of Chattonella spp., causative flagellates of noxious red tides in the Inland Sea of Japan. Mar. Biol., 94, 287-292. Imai I, Ishida Y, Sakaguchi K, Hata Y (1995) Algicidal marine bacteria isolated from northern Hiroshima Bay, Japan. Fisheries Sci 61: 624-632. Imai I, Yamaguchi M, Watanabe M (1998) Ecophysiology, life cycle, and bloom dynamics of Chattonella in the Seto Inland Sea, Japan. In Physiological Ecology of Harmful Algal Blooms (eds. Anderson DM, Cembella AD, Hallegraeff GM), pp. 95-112, Springer-Verlag, Berlin. 今井一郎, 山口峰生, 小谷祐一 (2000) 有害有毒プランクトンの生態. 月刊海洋号外 23:148-160 Imai I, Fujimaru D, Nishigaki T (2002) Coculture of fish with macroalgae and associated bacteria: A possible mitigation strategy for noxious red tides in enclosed coastal sea. Fisheries Sci 68 (Supplement): 493-496. Imai I, Yamaguchi M, Hori Y (2006) Eutrophication and occurrences of harmful algal blooms in the Seto Inland Sea. Plankton benthos Res 1: 71-84. 今井一郎, 福代康夫, 広石伸互 (2007) 貝毒研究の最先端 現状と展望. 水産学シリーズ 153, 恒星社厚生閣,149p. 金鶴均, 裴憲民, 李三根, 鄭昌洙 (2002) 韓国沿岸における有害赤潮の発生と防除対策. 有害 有毒藻類ブルームの予防と駆除 ( 広石伸互 今井一郎 石丸隆編 ), 水産学シリーズ 134, 恒星社厚生閣, pp.134-150. 前田広人, 程川和宏 (2008) 薬剤による赤潮駆除技術. 日本水産学会誌 74: 446-448. 瀬戸内海環境保全協会 (2006) 瀬戸内海の環境保全資料集. 103p+60p. 代田昭彦 (1992) 赤潮の対策研究と技術開発試験の経過と展望. 月刊海洋 24: 3-16. 17

Yamaguchi M, Yamaguchi H, Nishitani G, Sakamoto S, Itakura S (2008) Morphology and germination of Chattonella ovata (Raphidophyceae), a novel red tide flagellate in the Seto Inland Sea, Japan. Harmful Algae 7: 459-463. 講演者略歴 1977 年京都大学農学部水産学科卒業 1979 年同大学院農学研究科水産学専攻修士課程修了 1980 年同博士後期課程退学, 水産庁南西海区水産研究所 研究員に採用 1992 年日本水産学会賞奨励賞 ( 有害赤潮ラフィド藻 Chattonella のシストに関する生理生態学的研究 ) 受賞 1994 年京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻 助教授 2002 年京都大学大学院地球環境学堂 助教授 ( 農学研究科兼担 ) 2007 年同大学院農学研究科応用生物科学専攻 准教授 現在に至る主な著書 Physiological Ecology of Harmful Algal Blooms, NATO ASI Series Vol.41 (eds. Anderson, D.M., A.D. Cembella & G.M. Hallegraeff), Springer-Verlag, 1998 ( 分担 ) 沿岸の環境圏 ( 平野敏行編 ), フジテクノシステム,1998 ( 分担 ) 有害 有毒赤潮の発生と予知 防除 ( 石田祐三郎, 本城凡夫, 福代康夫, 今井一郎編 ) 日本水産資源保護協会,2000( 編著 ) 海と環境 ( 日本海洋学会編 ), 講談社,2001( 分担 ) 有害有毒藻類ブルームの予防と駆除 ( 広石伸互, 今井一郎, 石丸隆編 ), 恒星社厚生閣,2002( 編著 ) Red Tides (eds. Okaichi T, Yanagi T), TERRAPUB/ Kluwer, 2003( 分担 ). 水産海洋ハンドブック ( 竹内俊郎, 中田英昭, 和田時夫, 上田宏, 有元貴文, 渡部終五, 中前明編 ), 生物研究社, 2004( 分担 ) Ecology of Harmful Algae, Ecological Studies Vol. 189 (eds. Graneli E, Turner JT), Springer-Verlag, 2006( 分担 ) 微生物ってなに?-もっと知ろう身近な生命( 日本微生物生態学会教育研究会編著 ), 日科技連,2006( 分担 ) 水環境ハンドブック ( 日本水環境学会編 ), 朝倉書店, 2006( 分担 ) 貝毒研究の最先端 - 現状と展望 ( 今井一郎 福代康夫 広石伸互編 ), 恒星社厚生閣,2007( 編著 ) Environmental Conservation of the Seto Inland Sea (ed. International EMECS Center), International EMECS Center, 2008( 共著 ) など,25 冊,37 編 18