doi: 10.5833/jjgs.2015.0108 症例報告 非観血的還納後に待機的にメッシュプラグ法で根治術を行った 閉鎖孔ヘルニアの 1 例 1) 1) 1) 1) 栗本景介石榑清山村和生浅井泰行 1) 1) 1) 1) 呂成九中村正典間下直樹野々垣彰 1) 1) 斎藤悠文飛永純一 1) 愛知厚生連江南厚生病院外科 症例は 81 歳の女性で, 腹痛と悪心を主訴に受診した. 腹部 CT で右閉鎖孔に小腸と連続する腫瘤を認め, 右閉鎖孔ヘルニア嵌頓と診断した. 発症 2 時間の時点で, 超音波検査下に非観血的な整復を行った. 整復後第 4 病日に待機的に大腿アプローチによるメッシュプラグ法で閉鎖孔ヘルニア根治手術を行った. 閉鎖孔ヘルニアは緊急開腹手術を要する疾患とされてきたが, 非観血的な整復を行うことができれば低侵襲な手術が可能であると考えられる. キーワード : 閉鎖孔ヘルニア, 非観血的整復, 大腿アプローチ はじめに 閉鎖孔ヘルニアは比較的まれな疾患で, 高齢でやせ型の女性に好発する. 視診上は異常を認めず, 腸閉塞症状で発見されることが多い.CT の普及に伴い, 術前診断の可能な症例が増えた 1 ). 今回, 腹部 CT で右閉鎖孔ヘルニアと診断し, 超音波検査下に非観血的に脱出腸管を還納し, 待機的に手術を施行した 1 例を経験したので報告する. 症 例 症例 :81 歳, 女性主訴 : 腹痛, 悪心既往歴 : なし. 現病歴 :2013 年 5 月,1 時間前から上腹部痛と悪心が出現し当院の救急外来を受診した. 診察時に右大腿のしびれも出現した. 入院時現症 : 身長 137 cm, 体重 25.8 kg(bmi 13.65 kg/m 2 ), 腹部は軽度膨隆し, 腹部全体に軽度の圧痛を認めた. 腹膜刺激症状は認めなかった. 腹部単純 CT 所見 : 右閉鎖孔に小腸と連続する腫瘤を認め, 右閉鎖孔に小腸と連続する低吸収な腫瘤を認め, 小腸の嵌入が疑われた. 同部位よりも口側の腸管に軽度の拡張を認めた (Fig. 1a). 超音波検査所見 : 超音波プローブは 3S プローブ (GE 社製 ) を用いて会陰右側, 大腿内側から超音波検査を施行したところ, 腸管と思われる内容物を認めた (Fig. 2a). 以上の身体所見, 検査所見より, 右閉鎖孔ヘルニア嵌頓による小腸閉塞の診断で入院となった. 2015 年 11 月 18 日受理 別刷請求先 : 石榑清 483-8704 江南市高屋町大松原 137 番地愛知厚生連江南厚生病院外科 464
日本消化器外科学会雑誌 2016;49(5):464-468 非観血的整復後の 大腿法による待機的閉鎖孔ヘルニア手術 Fig. 1 a: Abdominal CT showing the incarcerated small intestine between the right pectineus muscle and the external obturator muscle. b: After reduction, the invaginated bowel has disappeared. Fig. 2 a: Abdominal ultrasound showing the hernial sac and invaginated bowel located in the thigh. b: After reduction using an ultrasonic probe, the incarcerated bowel has disappeared. 入院後経過 発症 2 時間であり 還納を試みた 超音波観察下に 3S プローブで頭腹側に脱出腸管を圧 迫したところ 腫瘤の消失と症状の改善を認めた Fig. 2b 再度 腹部単純 CT を行い 閉鎖孔の腫瘤が 消失したことを確認した Fig. 1b 整復後第 4 病日に待機的に手術を施行した 手術所見 手術は大腿法で行った 恥骨右側 鼠径靱帯足側に約 4 cm の皮膚切開をおいた 大腿筋膜を 切開し 恥骨筋と長内転筋を確認した 両筋を開排し 閉鎖神経前枝を確認しテーピングした 同神経の 背側にヘルニア囊を確認した さらに 腸内転筋を内側に牽引展開し 閉鎖神経後枝を確認しテーピング した 閉鎖神経前枝 後枝を頭側にたどり ヘルニア門となっている閉鎖孔を確認した 閉鎖孔に向かっ てヘルニア囊を周囲組織から剥離した 十分に剥離を行い ヘルニア囊を腹腔側に反転し 閉鎖孔に Bard PERFIXTM Plug スモールサイズを挿入し 恥骨骨膜と Cooper 靭帯に吸収糸で 1 針ずつ固定した この際 閉鎖神経を圧迫しないように注意した Fig. 3 術後経過 嚥下機能が悪く誤嚥性肺炎を合併したため抗生剤治療を要したが 腹部 創部の経過は問題 なく術後第 23 日病日に退院した 考 察 閉鎖孔ヘルニアはやせた高齢女性に好発する かつては死亡率が 13.5 18%と予後不良な疾患とされて 465
Fig. 3 Operative method. a: Skin incision. b: The image after opening the deep fascia of the thigh. c: When the pectineus muscle is pulled outside and the adductor longus muscle is pulled inside, the hernial sac and anterior ramus of the obturator nerve can be observed. d: The hernial orifice can be observed by tracing the obturator nerve. きたが,CT の普及に伴い術前診断が正確になされるようになった 90 年代以降の死亡率は 3.9% と改善している 1 ). 閉鎖孔ヘルニアは嵌頓症例が多いこと, 非観血的な還納が難しいことから緊急手術の適応とされてきたが, 近年, 非観血的整復の報告例が散見される 2 )~ 4 ). 緊急手術では全身麻酔下の開腹術となることが多く, 手術侵襲が大きい. 閉鎖孔ヘルニアの患者は高齢で手術リスクの高い症例が多いため, 非観血的整復によって全身麻酔を回避し, 鼠径法や大腿法などの低侵襲手術を選択することができれば, 周術期の安全性が増すと考えられる. 非観血的整復の適応には一定の見解がない. 腸閉塞症状の発症から 24 時間以内であれば腸管壊死の可能性は低いとされる 2 ) 5 ) が, 発症時間の不明確な症例も多い. また, 腸閉塞の発症時にはすでに腸管虚血がある程度すすんでいる可能性も報告されており 6 ), 発症からの時間のみではなく, 造影 CT による虚血の評価や腹部所見など複合的な判断や還納後の慎重な経過観察が必要と考えられる. 閉鎖孔ヘルニア嵌頓症例に対する非観血的整復には, 鼠径ヘルニア嵌頓と同様に圧迫法を用いる. しかし, 鼠径ヘルニアや大腿ヘルニアとは異なり体表面からの脱出腸管やヘルニア門の触知が困難なため, 圧迫の場所や方向がわかりにくい. そのため超音波検査の併用や, 経膣診を併用する方法が有用とされる 2 ) 3 ). 本症例でも超音波検査を併用しプローブで腸管を圧迫することで非観血的に整復することが可能であった. 閉鎖筋と恥骨筋の間に腸管が脱出する疾患であり, 狭いスペースであるため, エコープローブは細いものを使用する方が, 整復が容易であると考えられる. 閉鎖孔ヘルニア嵌頓手術症例で, ヘルニア門に対して無処置の場合の再発率は 0~7% であるが 7 ), 反復する症例も散見されるため 4 ) 8 ), 嵌頓を経験した症例では整復後に根治手術をする方が良いと考えられる. 閉鎖孔ヘルニアの手術を行う場合, ヘルニア門およびヘルニア囊へのアプローチ法とヘルニア門の修復法の 2 点を組み合わせて, 術式を検討する必要がある. アプローチ法には, 開腹法, 腹膜前法, 鼠径法, 大腿法, 腹腔鏡下手術がある. 本症例では, 全身麻酔を避けられること, 大腿ヘルニアや鼠径ヘルニアと同程度の侵襲であることを理由に大腿法を選択した. また, 開腹下アプローチに比べ大腿アプローチではヘルニア門の視認が容易であり, ヘルニア門の修復操作の点でも有利と考えられた. 医学中央雑誌で 閉鎖孔ヘルニア および 大腿法 をキーワードに 1977 3 年から 2015 年 4 月までの文献を検索したところ, 閉鎖孔ヘルニアに対する大腿法の報告例は 1 例 ) のみであった. ヘルニア門の修復には, 人工物を使用したテンション フリー法, ヘルニア門やヘルニア囊の縫縮術, 466
女性では子宮や卵巣を被覆する方法がある. 縫縮術や子宮や卵巣の被覆法による修復の再発率は 20% との報告もある 9 ). 待機手術の場合, 腸管を切除することはないため, 人工物を使用した修復法が望ましいと考えられる. 大腿法の場合は, 凸型形状の人工物を使用するメッシュプラグ法が合理的である. ただし, 人工物による閉鎖神経の圧迫には注意が必要である. 利益相反 : なし 文献 1) 河野哲夫, 日向里, 本田勇二. 閉鎖孔ヘルニア 最近 6 年間の本邦報告 257 例の集計検討. 日本臨床外科学会雑誌.2002;63(8):1847 52. 2) 杉山陽一, 呑村孝之, 山中啓司, 横山隆. 非観血的治療後に待機的に手術を行った閉鎖孔ヘルニアの 2 例. 日本消化器外科学会雑誌.2010;43(1):122 7. 3) 田中直樹, 菊池淳, 遊佐透, 安藤敏典, 斎藤雄康. 閉鎖孔ヘルニア嵌頓を非観血的に用手整復した 5 例. 日本臨床外科学会雑誌.2009;70(5):1572 6. 4) 三田篤義, 川手裕義. 非観血的嵌頓整復術を行った閉鎖孔ヘルニア嵌頓の 2 例. 日本消化器外科学会雑誌.2004;65(9): 2499 501. 5) 船戸崇史, 市橋正嘉, 乾博史, 多羅尾信, 後藤明彦. 非観血的整復術後に手術を行った閉鎖孔ヘルニアの 1 例. 日本消化器外科学会雑誌.1990;23(3):810 4. 6) 藤江裕二郎, 林田博入, 天野正弘, 高田俊明, 大島進. 超音波プローべによる整復後に待機的手術を行った閉鎖孔ヘルニアの 1 例. 日本臨床外科学会雑誌.2002;63(8):2061 5. 7) 岩崎誠, 酒井秀精. 閉鎖孔ヘルニアの 4 例. 日本臨床外科学会雑誌.1996;57(10):2546 9. 8) 佐藤渉, 山岸茂, 春田浩一, 石部敦士, 松尾憲一, 沖野明. 再発閉鎖孔ヘルニアに対して Kugel Patch を用いて修復した 1 例. 日本腹部救急医学会雑誌.2012;32(7):1263 6. 9) 入澤友輔, 輿石直樹, 井上彬, 平山和義, 白井智子, 絹田俊爾, ほか. 閉鎖孔ヘルニアに対するメッシュプラグの有用性 当院における閉鎖孔ヘルニア 35 例の検討. 北里医学.2013;43:45 9. 467
CASE REPORT Elective Obturator Hernia Repair after Closed Repositioning with Ultrasonography Keisuke Kurimoto 1), Kiyoshi Ishigure 1), Kazuo Yamamura 1), Yasuyuki Asai 1), Ryo Song 1), Masanori Nakamura 1), Naoki Mashita 1), Akira Nonogaki 1), Hisafumi Saito 1) and Junichi Tobinaga 1) 1) Department of Surgery, Aichi Prefectural Welfare Federation of Agriculture Co-operative Associations Konan Kosei Hospital An 81-year-old woman presented with abdominal pain and nausea. An abdominal CT revealed a low density mass in the right obturator canal, connecting to the small intestine. A right obturator hernia was diagnosed. Non-operative repositioning was performed 2 hours after the onset of the symptoms. After 4 days of repositioning, she underwent an elective mesh repair of the obturator hernia via a femoral approach. Patients with obturator hernias often undergo emergency open surgery. However, performing closed repositioning of the obturator hernia can result in less invasive surgery. Key Words: obturator hernia, closed repositioning, femoral approach [Jpn J Gastroenterol Surg. 2016;49(5):464-468] Reprint requests: Kiyoshi Ishigure Department of Surgery, Aichi Prefectural Welfare Federation of Agriculture Co-operative Associations Konan Kosei Hospital 137 Omatsubara, Takaya, Konan, 483-8704 JAPAN Accepted: November 18, 2015 2016 The Japanese Society of Gastroenterological Surgery 468