京都大学 防災研究所 年報

Similar documents
図 1: 抽出事例での時間最大雨量の頻度分布. 横軸は時間最大雨量 (mm/h), 縦軸は頻度 (%). のと考えられる. メソ現象の環境場の解析においてメソ客観解析値を使った研究には, 宮崎県における台風時の竜巻環境場を調べた Sakurai and Mukougawa (2009) や関東平野で

* Meso- -scale Features of the Tokai Heavy Rainfall in September 2000 Shin-ichi SUZUKI Disaster Prevention Research Group, National R

hPa ( ) hPa

Microsoft PowerPoint _HARU_Keisoku_LETKF.ppt [互換モード]

LAGUNA LAGUNA 10 p Water quality of Lake Kamo, Sado Island, northeast Japan, Katsuaki Kanzo 1, Ni

風力発電インデックスの算出方法について 1. 風力発電インデックスについて風力発電インデックスは 気象庁 GPV(RSM) 1 局地気象モデル 2 (ANEMOS:LAWEPS-1 次領域モデル ) マスコンモデル 3 により 1km メッシュの地上高 70m における 24 時間の毎時風速を予測し

No pp The Relationship between Southeast Asian Summer Monsoon and Upper Atmospheric Field over Eurasia Takeshi MORI and Shuji YAMAKAWA

An ensemble downscaling prediction experiment of summertime cool weather caused by Yamase

SSI MUCAPE3km SReH 3kmMEANSHR VGP EHIMAX (a) (b) 1 ae (c)

梅雨 秋雨の対比とそのモデル再現性 将来変化 西井和晃, 中村尚 ( 東大先端研 ) 1. はじめに Sampe and Xie (2010) は, 梅雨降水帯に沿って存在する, 対流圏中層の水平暖気移流の梅雨に対する重要性を指摘した. すなわち,(i) 初夏に形成されるチベット高現上の高温な空気塊

予報時間を39時間に延長したMSMの初期時刻別統計検証

Microsoft Word - yougo_sakujo.doc

untitled

OKAYAMA University Earth Science Reports, Vol.17, No.1, 7-19, (2010) Comparison of large-scale cloud distribution and atmospheric fields around the Ak

図 1 COBE-SST のオリジナル格子から JCDAS の格子に変換を行う際に用いられている海陸マスク 緑色は陸域 青色は海域 赤色は内海を表す 内海では気候値 (COBE-SST 作成時に用いられている 1951~2 年の平均値 ) が利用されている (a) (b) SST (K) SST a

Microsoft Word - 5.docx

A Nutritional Study of Anemia in Pregnancy Hematologic Characteristics in Pregnancy (Part 1) Keizo Shiraki, Fumiko Hisaoka Department of Nutrition, Sc

Microsoft PowerPoint メソ気象研究会2017年春

bosai-2002.dvi

<32322D8EA D89CD8D8797B294C E8A968388DF814589C193A1899B E5290EC8F438EA12D966B8A4393B98F5C8F9F926E95FB82CC8BC7926E F5

京都大学防災研究所年報第 60 号 A 平成 29 年 DPRI Annuals, No. 60 A, 2017 Generating Process of the 2016 Kumamoto Earthquake Yoshihisa IIO Synopsis The 2016 Kumamoto e

(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

Studies of Foot Form for Footwear Design (Part 9) : Characteristics of the Foot Form of Young and Elder Women Based on their Sizes of Ball Joint Girth

Microsoft Word - dpriAnnualsTachikawa.doc

3 大気の安定度 (1) 3.1 乾燥大気の安定度 大気中を空気塊が上昇すると 周囲の気圧が低下する このとき 空気塊は 高断熱膨張 (adiabatic expansion) するので 周りの空気に対して仕事をした分だ け熱エネルギーが減少し 空気塊の温度は低下する 逆に 空気塊が下降する 高と断

Microsoft Word - 0_0_表紙.doc

Study of the "Vortex of Naruto" through multilevel remote sensing. Abstract Hydrodynamic characteristics of the "Vortex of Naruto" were investigated b

2016 年熊本地震の余震の確率予測 Probability aftershock forecasting of the M6.5 and M7.3 Kumamoto earthquakes of 2016 東京大学生産技術研究所統計数理研究所東京大学地震研究所 Institute of Indus

No.51 pp.35 58, 2015 Komazawa Journal of Geography Rivers and Hydrological-Environment of Musashino-Upland in Tokyo Metro. SUMIDA Kiyomi Keywords: Mus

Fig. 1. Schematic drawing of testing system. 71 ( 1 )

倉田.indd

dpri04.dvi

Wx Files Vol 年4月4日にさいたま市で発生した突風について

Vol. 51 No (2000) Thermo-Physiological Responses of the Foot under C Thermal Conditions Fusako IWASAKI, Yuri NANAMEKI,* Tomoko KOSHIB

プラズマ バブルの到達高度に関する研究 西岡未知 齊藤昭則 ( 京都大学理学研究科 ) 概要 TIMED 衛星搭載の GUVI によって観測された赤道異常のピーク位置と 地上 GPS 受信機網によって観測されたプラズマ バブルの出現率や到達率の関係を調べた 高太陽活動時と低太陽活動時について アジア

Taro-40-11[15号p86-84]気候変動


1

Corrections of the Results of Airborne Monitoring Surveys by MEXT and Ibaraki Prefecture

Time Variation of Earthquake Volume and Energy-Density with Special Reference to Tohnankai and Mikawa Earthquake Akira IKAMi and Kumizi IIDA Departmen

鳥取県にかけて東西に分布している. また, ほぼ同じ領域で CONV が正 ( 収束域 ) となっており,dLFC と EL よりもシャープな線状の分布をしている.21 時には, 上記の dlfc EL CONV の領域が南下しており, 東側の一部が岡山県にかかっている.19 日 18 時と 21


Visual Evaluation of Polka-dot Patterns Yoojin LEE and Nobuko NARUSE * Granduate School of Bunka Women's University, and * Faculty of Fashion Science,

SSI( hpa) CAPE 10 C 3 km SSI( hpa) 3 km 10 C 700 hpa 700 hpa hpa 500 hpa 850 hpa 10 C 5 km CAPE UTC

北海道水産試験場研究報告

untitled

On the Detectability of Earthquakes and Crustal Movements in and around the Tohoku District (Northeastern Honshu) (I) Microearthquakes Hiroshi Ismi an


perature was about 2.5 Ž higher than that of the control irrespective of wind speed. With increasing wind speeds of more than 1m/s, the leaf temperatu

3 西日本における集中豪雨が発生する総観 ~ メソ α スケール環境場の特徴についての統計解析 津口裕茂 ( 予報研究部 ) 要旨西日本域で発生する集中豪雨を対象として,1995~2014 年 (20 年間 ) の 月の期間について, 気象庁 55 年長期再解析 (JRA-55) を用い

7-1 2007年新潟県中越沖地震(M6.8)の予測について

統計的データ解析

WTEN11-2_32799.pdf

黄砂消散係数 (/Km) 黄砂消散係数 (/Km) 黄砂消散係数 (/Km) 黄砂消散係数 (/Km) 日数 8~ 年度において長崎 松江 富山で観測された気象台黄砂日は合計で延べ 53 日である これらの日におけるの頻度分布を図 6- に示している が.4 以下は全体の約 5% であり.6 以上の

Table 1 Experimental conditions Fig. 1 Belt sanded surface model Table 2 Factor loadings of final varimax criterion 5 6

資料6 (気象庁提出資料)

6-11 地震の深さの下限分布と地殻の熱構造―近畿地方中北部について―

7 渦度方程式 総観規模あるいは全球規模の大気の運動を考える このような大きな空間スケールでの大気の運動においては 鉛直方向の運動よりも水平方向の運動のほうがずっと大きい しかも 水平方向の運動の中でも 収束 発散成分は相対的に小さく 低気圧や高気圧などで見られるような渦 つまり回転成分のほうが卓越

三校永谷.indd

塗装深み感の要因解析

LAGUNA LAGUNA 8 p Saline wedge at River Gonokawa, Shimane Pref., Japan Saline water intrusion at estuary r

RSS Higher Certificate in Statistics, Specimen A Module 3: Basic Statistical Methods Solutions Question 1 (i) 帰無仮説 : 200C と 250C において鉄鋼の破壊応力の母平均には違いはな

専門.indd

TDM研究 Vol.26 No.2

untitled

Microsoft Word - mitomi_v06.doc

WTENK5-6_26265.pdf

Hohenegger & Schär, a cm b Kitoh et. al., Gigerenzer et. al. Susan et. al.

1.7 D D 2 100m 10 9 ev f(x) xf(x) = c(s)x (s 1) (x + 1) (s 4.5) (1) s age parameter x f(x) ev 10 9 ev 2

<4D F736F F D BF382CC82B582A882E D58E9E8D E DC58F4994C5816A>

宮本大輔 山川修治

.. 9 (NAPS9) NAPS km, km, 3 km, 8 (GSM) 64 : / 64 : / 64 : / (UTC) (UTC) (, UTC) 3 : 3 / 3 : 3 / 3 : / (, 6, 8UTC) (, 6, 8UTC) (6, 8UTC) 4 km,

206“ƒŁ\”ƒ-fl_“H„¤‰ZŁñ

8-2 近畿・四国地方の地殻変動

ab ab 234

Development of Induction and Exhaust Systems for Third-Era Honda Formula One Engines Induction and exhaust systems determine the amount of air intake

07_toukei06.dvi

スライド 1

EBNと疫学

Synoptic situation on 6 May 2012 (Tornado day) 500 hpa temperature: 0900 JST Surface weather map : 0900 JST Moist warm air A cold air-mass with

ŁI’ÜTmŸ_Ł¶color


J. Jpn. Inst. Light Met. 65(6): (2015)

森林水文 水資源学 2 2. 水文統計 豪雨があった時, 新聞やテレビのニュースで 50 年に一度の大雨だった などと報告されることがある. 今争点となっている川辺川ダムは,80 年に 1 回の洪水を想定して治水計画が立てられている. 畑地かんがいでは,10 年に 1 回の渇水を対象として計画が立て

Estimation of Photovoltaic Module Temperature Rise Motonobu Yukawa, Member, Masahisa Asaoka, Non-member (Mitsubishi Electric Corp.) Keigi Takahara, Me

Microsoft Word - GPS2017.docx

平均値 () 次のデータは, ある高校生 7 人が ヵ月にカレーライスを食べた回数 x を調べたものである 0,8,4,6,9,5,7 ( 回 ) このデータの平均値 x を求めよ () 右の表から, テレビをみた時間 x の平均値を求めよ 階級 ( 分 ) 階級値度数 x( 分 ) f( 人 )

散布度

水工学論文集

UDC : ' : '24' : '24'26' : : A Study of Condition of Pits Formation and Their Fe

平成 2 7 年度第 1 回気象予報士試験 ( 実技 1 ) 2 XX 年 5 月 15 日から 17 日にかけての日本付近における気象の解析と予想に関する以下の問いに答えよ 予想図の初期時刻は図 12 を除き, いずれも 5 月 15 日 9 時 (00UTC) である 問 1 図 1 は地上天気

背景 ヤマセと海洋の関係 図 1: 親潮の流れ ( 気象庁 HP より ) 図 2:02 年 7 月上旬の深さ 100m の水温図 ( )( 気象庁 HP より ) 黒潮続流域 親潮の貫入 ヤマセは混合域の影響を強く受ける現象 ヤマセの気温や鉛直構造に沿岸の海面水温 (SST) や親潮フロントの影響

1..FEM FEM 3. 4.

<4D F736F F D C A838A815B A D815B B A B894A B A>

29 Short-time prediction of time series data for binary option trade

Study on Application of the cos a Method to Neutron Stress Measurement Toshihiko SASAKI*3 and Yukio HIROSE Department of Materials Science and Enginee

多変量解析 ~ 重回帰分析 ~ 2006 年 4 月 21 日 ( 金 ) 南慶典

情報工学概論

2011河川技術論文集

Fig. 4. Configuration of fatigue test specimen. Table I. Mechanical property of test materials. Table II. Full scale fatigue test conditions and test

Transcription:

京都大学防災研究所年報第 54 号 B 平成 23 年 6 月 Annuals of Disas. Prev. Res. Inst., Kyoto Univ., No. 54 B, 2011 関東平野において夏期の午後に発生する局地降水の発生環境場に関する研究 野村昇平 * 竹見哲也 * 現成田国際空港株式会社 要旨本研究では, 夏期の午後に関東平野において総観規模擾乱の影響が弱い状況下で発生する局地豪雨を対象とし, 発生環境場の特徴を調べた 事例抽出にはアメダスデータを使用した 環境場の計算にはMSMデータを用いた 環境場として11 種の安定度指数および気温 相対湿度を計算し, 非降水日 降水日 強雨日におけるカテゴリ間の差の有意性をT 検定により調べた 非降水日と降水日 ( 強雨日 ) の差を最も有意に表す安定度指数はKI であることが分かった また, 気温 相対湿度について調べた結果, 降水日 ( 強雨日 ) は非降水日より中層の気温が有意に低く, 下層から中層の相対湿度が有意に高いことが明らかとなった キーワード : 局地豪雨, 関東平野, 夏期,MSM データ, 統計解析 1. はじめに人口や社会基盤が集中した都市域において, 局地豪雨を事前に予測し早期に警戒することは被害軽減のために欠かせない これまでの気象予報においては, 低気圧 前線 台風などの総観規模擾乱に起因する降水の予測精度は絶えず向上してきた しかし, 総観規模擾乱の影響があまり顕著でなく突発的に発生する降水の予測精度は, 総観規模擾乱に起因する降水のそれと比べると不十分であり, 予測精度の向上が望まれる 予測精度の向上には局地豪雨という現象の一般的な特徴を理解することが重要である 関東地方における局地豪雨については, これまで多くの研究がなされてきた Seko et al. (2007) は, 1999 年 7 月 21 日関東平野に豪雨をもたらした雷雨の構造を調べ, 雷雨の発達 維持には中層の冷気移流が重要な役割を果たしていることを明らかにした しかし, これは1 事例の解析結果であり, 中層の冷気移流がこの地域で発生する全ての雷雨において必要な条件であると結論することはできない 豪雨をもたらす雷雨の環境場を診断する指標として, CAPE CIN SSI LI などの安定度指数が世界で広く使われている (Reap and Foster 1979; Bluestein and Jain 1985; Fuelberg and Biggar 1994; Huntrieser et al. 1997; Kodama and Barnes, 1997) Chuda and Niino (2005) はラジオゾンデデータを用いて日本における安定度指数の空間分布および季節変化の特性を調べた その結果, 安定度指数の値は地域によって異なること, また, 季節によっても異なることが分かった したがって, 安定度指数を使用する際は, 地域および季節を限定する必要がある 夏期に関東平野で発生する雷雨の環境場に関する研究はいくつかなされている Yonetani (1975) はつくば ( 館野 ) でのラジオゾンデデータによる観測データを使用し, 夏期の関東平野北部を対象に, 雷雨が発生した日における環境場を調べた その結果, 雷雨の発生と大気の安定度には密接な関係があることを示した Taguchi et al. (2002) およびKawano et al. (2004) は, いくつかの安定度指数について関東平野で発生する雷雨の環境場を診断する際の有用性を統計的に評価した Kawano et al. (2004) は総観規模擾乱の影響が弱い状況において発生する気団雷を対象としている その結果, 安定度指数によって有用性に差があり, 特に, SSI SLI KI の有用性が高いことが分かった これらの研究で使用したラジオゾンデデータは, 館野で観測されたものであり, この1 地点以外のデ 327

ータは使用されていない 館野は東京から北東に約 50km 離れた場所に位置しており, この1 地点のデータが関東平野全域を代表しているかどうか疑問が残る また, 使用したデータの期間はTaguchi et al. (2002) で3 年, Kawano et al. (2004) で5 年と短い よって, より長い期間のデータを用いて解析を行うことで, 解析結果の時空間的信頼性を得ることも大事である 一方, 気象庁の数値予報で用いられているメソスケールモデル (MSM) は常に発展を続けており, その予測精度も向上し続けている 近年ではメソスケールの解析が可能となり, 解析および予測データは対流場の解析にも有効となった また, MSMデータは等間隔に並んだ格子点データであり, 広範囲な領域を解析の対象とすることができる そのため, MSMデータは領域内全域の環境場を評価する際に有用性が高いと想定される そこで本研究では, 夏期の関東平野において総観規模擾乱の影響が弱い日の環境場の計算にMSMデータ (2002 年 ~2010 年 :9 年分 ) を利用し, 既往の研究ではなかったような期間 領域での解析を行う さらに, 35 年分 (1976 年 ~2010 年 ) のラジオゾンデデータ ( 館野 ) を用いて解析を行い, MSMデータを使用した解析から得られた結果の妥当性を検討する Fig. 1. Map in and around the Kanto Plain. A broken line indicates the analysis area, red points the positions of the AMeDAS stations, and a star the position of the AMeDAS and radiosonde site at Tateno. 2. 使用データ 解析方法本研究では, 解析領域として関東平野を覆う約 100km 四方の領域を選んだ ( 北緯 35.20 度 ~36.20 度, 東経 139.00 度 ~140.25 度 )(Fig. 1) 事例抽出には観測データを使用した 地表の観測データとして AMeDASデータを, 上空の観測データとして館野のラジオゾンデデータを使用した 使用したAMeDAS 観測地点及び館野の位置を Fig. 1 に示す 地形の影響を最小限に抑えるためにAMeDAS 観測地点は標高 100m 以下のものを選んだ 一方, 環境場の計算には MSMデータを使用した 対象期間はMSMデータが存在する2002 年 ~2010 年の7, 8 月である 環境場として大気の安定度を求める際に使用するMSMデータの精度を確かめるために, 0900JST(JST: Japan Standard Time (JST = UTC 9 hours)) における館野のラジオゾンデデータを使用した 本研究で計算した安定度指数は, 対流有効位置エネルギー (CAPE: Convective Available Potential Energy ), 対流抑制 (CIN: Convective INhibition), 持ち上げ凝結高度 (LCL: Lifting Condensation Level), 自由対流高度 (LFC: Level of Free Convection), 中立浮力高度 (LNB: Level of Neutral Buoyancy), ショワルター安定指数 (SSI: Showalter Stability Index), リフティド指数 (LI: Lifted Index), K 指数 (KI: K-Index), トータルトータルズ指数 (TT: Total-Totals Index), 気温減率 (TLR: Temperature Lapse Rate), 可降水量 (PW: Precipitable Water) の11 種類である (Bluestein 1993) 以上の安定度指数は過去の研究においても広く用いられている 本研究で使用するMSMデータは2002 年 ~2005 年と2006 年 ~2010 年で水平解像度 鉛直層の数 時間解像度が異なる 水平解像度は2002 年 ~2005 年で10km 10km, 2006 年 ~2010 年で5km 5kmである 鉛直層の数は2002 年 ~2005 年で14 層, 2006 年 ~2010 年で16 層である 時間解像度は2002 年 ~2005 年で6 時間, 2006 年 ~2010 年で3 時間である 本研究は午後に発生する降水を対象とし, 発生前の環境場を調べるために, 0900JSTを対象時刻とした 午前中晴れていたにも関わらず, 午後に降水が発生した事例を抽出するために, 以下の4つの条件を順番に適用した [1] 使用する観測地点 (31 地点 ) のうち1 地点以上で日最高気温が30 [ ] 以上である日 (AMeDASの気温データを使用 ) [2] 使用する観測地点 (31 地点 ) の全てにおいて午前中 (0000JST ~ 1200JST) に降水が観測されなかった日 (AMeDASの降水量データを使用) [3] 梅雨前線 台風 温帯低気圧などの総観規模擾乱の影響が弱い日 ( 気象庁の梅雨入り 梅雨明け 328

データ 台風経路図 地上天気図を使用 )(Kanae et al. (2004)) [4] AMeDASデータとMSMデータで降水の有無が一致した日 (AMeDASの降水量データ MSMの降水量データを使用 ) 以上の条件により124 日が抽出された 次に, この 124 日について午後の最大降水量を基にカテゴリー分類を行った 降水がある日とは, 解析領域内の任意の1 地点以上の地点で降水があった場合のことであり, 一方降水が無い日とは, 解析領域内のすべてのAMeDAS 地点で降水量が無かった場合のことである まずは, 午後に降水が無かった日とあった日で分類した 降水が無かった日をNo-Rain( 以下, 略してN), あった日をRain( 以下, 略してR) とし, それぞれ84 日, 40 日が該当した さらに, Rのうち午後の時間最大降水量が10mm 以上であった日をStrong-Rain ( 以下, 略してS) として分類した Sは22 日である それぞれの日の安定度指数は, 解析領域内における MSMの各格子点値を平均して求めた そして, 各カテゴリー毎に安定度指数の平均値を求め, N R S それぞれの値とした カテゴリー間の安定度指数の比較には統計解析を用いた 本研究では, MSMデータの精度を確かめるために, 館野のラジオゾンデデータとMSMの格子点のうち館野に最も近い地点のデータを比較した 上記の4 つの条件により抽出された124 日を対象に11 種類の安定度指数を計算し各事例における両者の値を比較した その結果, どの安定度指数においても両者の相関は高く, ほとんど差が無いことが分かっている ( 図省略 ) よって, MSMデータは実際の大気状態をよく表せており, 実事例を対象とする本研究を行う上で使用するに相応しいデータであるといえる 格子点データであるMSMデータは空間解像度が高い一方, データを使用できる期間が9 年分と短い そこで, 各安定度指数の頻度分布について, 9 年分の MSMデータを使用して計算したもの (124 日 ) と1976 年 ~2010 年の35 年分のラジオゾンデデータが使用して計算したもの (699 日 ) を比較した その結果, ど の安定度指数においても両者は同様の頻度分布を示しており, 本研究で使用した9 年分のMSMデータは十分な時間代表性を持っていることが分かった ある要素の平均値についてカテゴリー間に差が表れた場合, その有意性を評価することは重要である 本研究ではRとN, またSとN( 以下, R-N, S-Nと記述する ) について, カテゴリー間に生じた差の統計的有意性を定量的に評価した 有意性の解析のために, 本研究ではT 検定を行った T 検定とは2つの母集団の平均値の比較に関する検定手法であり, 次の式で表される検定統計量 Tを使用する ( 以降, T 値と呼ぶ ) T ( X A X B 1 2 2 2 A B (1) ) n A n カテゴリー A, BについてとX A とX B はそれぞれの平均値を, σ A とσ B は標準偏差を, n A とn B は事例数を表す Tの絶対値が大きいほど有意性も大きくなる 本検定は有意水準 5[%]( 信頼区間 95[%]) で行う 有意水準は比較する2つの母集団のサンプル数 ( 事例数 ) で決まる MSMデータを使用したR-N 間およびS-N 間における解析の有意水準は1.99である 式 (1) で求まるTの絶対値が有意水準以上の時, 2つの母集団における平均値の差に有意性が認められる 逆にTの絶対値が有意水準に満たない時, 有意性が認められない 3. 結果 考察 Fig. 2は各カテゴリーにおけるいくつかの安定度指数の箱髭図である (0900JSTのMSMデータを使用) 箱髭図は母集団の頻度を表す図であるが, 最大値 75[%] 値 中央値 25[%] 値 最小値 平均値が明確に示されている LFC KI TTは値が大きいほど, SSIは値が小さいほど不安定である カテゴリー間において最も不安定な値 (LFC KI TT: 最大値, SSI: 最小値 ) の差は小さいが, 最も安定な値 B Fig. 2. The box-and-whisker plot of LFC, SSI, KI, and TT at 0900JST for the S, R, and N days. The whiskers at the upper and lower ends indicate the maximum and the minimum, respectively. The top and bottom lines of each box mean the 75 and 25 percentiles, respectively. The middle line and the point in each box show the median and the mean, respectively. 329

Fig. 3. The T values of stability indices and parameters for using the MSM data at 0900 JST between 2002 and 2010. The green and blue graphs express the results of R-N and S-N, respectively. The figures at the right out of graph are the T values of each stability indices and parameters. The threshold for the statistical significance is indicated by a red line. (LFC KI TT: 最小値, SSI: 最大値 ) には大きな差が表れた 以上のことから, いくら待機が不安定であっても降水が発生するとは限らないと言える 逆にRおよびSの最小値がNのそれより大幅に大きいことから, LFC KI TT SSIが安定な値を示す日では降水が発生する可能性が低いと考えられる さらに重要な点は, R-N S-N 間における中央値 平均値および25[%] 値 75[%] 値の差が顕著に大きいことである この結果から, 非降水日 Nと比べると降水日 R S は平均的に不安定な大気状態であったことが示唆される 次に, Fig. 2の箱髭図で見られる平均値の差にどの程度の有意性があるのか MSMデータによる安定度指数の数値に対して有意性を示すためにT 検定を行った Fig. 3はR-NおよびS-Nのカテゴリー間の各安定度指数のT 値を示す いずれの安定度指数においても R Sの方がNより不安定であった したがって, Fig. 3 で示したT 値が大きいほどR Sの不安定度が高い また, 赤線は本検定の有意水準 (=1.99) を示しており, T 値がこれを超えたときに有意な差異が認められる LCL LNBはT 値が1.99より小さいため, 両比較において有意な差異がない S-NにおけるCIN PW についても同様のことが言える 一方で, 他の安定度指数はT 値が1.99 以上であり, カテゴリー間に有意な差異が認められる また, それぞれのT 値はR-NよりS-Nで大きい この結果から, 強雨の環境場は弱雨の環境場より不安定であることが示唆される 各安定度指数のT 値に注目すると, R-Nにおいて最もT 値が大きい安定度指数はKIである LFC SSI LI TT はR-NおよびS-Nで大きなT 値 (T 5) を示し, CAPE とTLRのT 値は中程度に大きい (T = 3~5) 上記のT 検定において顕著な有意性を示したSSI LI KI TTは, 雷雨の発生を診断する安定度指数として広く使われている 例えば, KIは次の式で表される KI T T T T T ) (2) 850 500 d 850 ( 700 d 700 Tは気温, T d は露点温度, 下付き数字はそれぞれの高度 [hpa] である このように, KIは大気下層の気温減率と700[hPa] 以下の温度で定義される 考慮している気圧高度は異なるが, SSI LI TTもKI 同様に気温減率と湿度で定義される指数である よってここでは, 気温と相対湿度の鉛直分布の特徴を明らかにし, 安定度指数の解析結果と関連付ける Fig. 4の (a) (b) は各カテゴリーにおける気温 相対湿度の鉛直分布である また, (c) (d) はそれぞれ (a) (b) で表れたR-N ( 緑破線 ) およびS-N( 青破線 ) の差を示す RおよびSの地表付近の気温はNのそれより僅かに高い ( 約 +0.5[K]) しかし, 700[hPa]~400[hPa] では1[K] 以上低い (Fig. 4 (c)) 一方, R Sの相対湿度はほぼ全層に渡ってNより高く, そのピークはそれぞれ500[hPa], 700[hPa] で +15[%], +16[%] である (Fig. 4 (d)) 次に, R-N S-Nの差の有意性を調べるために, 高度別にT 検定を行った Fig. 4の (e) (f) はそれぞれ気温 相対湿度についてR-N( 緑破線 ) およびS-N( 青破線 ) におけるT 値の鉛直分布を示す R Sの気温 相対湿度がNより大きい ( 小さい ) 時にT 値は正 ( 負 ) とした また, 赤破線は本検定の有意水準 (=±1.99) を示している 気温は650[hPa]~450[hPa] においてT 値が有意水準 (=-1.99) より小さく, 500[hPa] で負の最大値をとる (T=-3.5)(Fig. 4 (e)) これはRおよび Sにおける中層の気温がNより有意に低いことを示 330

4. 結論 Fig. 3. The vertical profile of the mean (a) temperature and (b) relative humidity of each category N, R, and S. The vertical profile of the difference of mean (c) temperature and (d) relative humidity between the categories R-N and S-N from the analyses of the MSM data at 0900 JST. The vertical profiles of the T values for (e) the temperature difference and (f) the relative humidity difference between the R-N and S-N categories. In (e) and (d), the threshold for the statistical significance is indicated by a red line. す 相対湿度に関しては950[hPa]~500[hPa] で有意水準より大きく, 700[hPa] でT 値が最大となる (Fig. 4 (f)) この結果からR SとNでは700[hPa] の相対湿度に大きな差異があると分かる Fig. 4で示された結果から, R SはNより中層の気温が低く, 下層の相対湿度が高いということ統計的に示された SSI LI KI TTは気温減率および下層の相対湿度に依存するため, R-N S-Nの比較において高い有意差を示したものと考えられる また, 気温 相対湿度において最も高い有意性が表れたのはそれぞれ500[hPa] 700[hPa] である KIは500[hPa] の気温と700[hPa] の相対湿度を用いて計算される指数であるため, 本解析においてKIに最も高い有意性が表れたことも頷ける 本研究では関東平野において夏期の午後に発生する局地降水の発生環境場について調べた 特に梅雨前線や台風などの総観規模擾乱の影響が弱い状況下で発生するものに着目した 安定度指数および気温 相対湿度の計算にはMSMデータを使用したが, MSMデータは観測データである館野のラジオゾンデデータとよい相関があることが分かっている また, R-NおよびS-Nのカテゴリー間の差の統計的有意性を定量的に示すために, T 検定を行った 多くの安定度指数がR-N S-Nにおいて有意な差異を示した 特に, LFC SSI LI KI TTに統計的に高い有意差が表れた 最も有意性が高い安定度指数はKIであった また, 各高度の気温 相対湿度を比較した結果, 中層の低い気温, および下層から中層にかけての高い湿度がRとSの特徴的な環境場であることが明らかになった 最も高い有意性が表れた KIは500[hPa] の気温と700[hPa] の相対湿度を用いて計算される指数である さらに, 高い有意性が表れたLFC SSI LI KI TTをはじめ, 多くの安定度指数がR-NよりS-Nで大きなT 値を示した このことから, 強雨の環境場は弱雨の環境場より不安定であることが示唆された 統計解析の結果から, 本研究で対象とした局地降水には中層の冷たい空気と下層の高い相対湿度が大きく影響していると言える さらに言えば, 東京を中心とした関東平野域では, 中層の冷気移流および下層の水蒸気移流により非降水日 降水日の環境場が特徴づけられることが考えられる このような環境場の特徴は先行研究でも示唆されている しかし, 先行研究ではSeko et al. (2007) のように一つの事例に着目したものであり, 一般的な環境場については言及されていなかった 一方, 本研究では空間的 時間的代表性が高いと想定されるMSMデータを使用し, 統計解析により環境場の特徴を明らかにした 今回明らかとなった環境場の特徴は, あくまで降水が発生しやすい状況であり, 豪雨発生の十分条件ではない しかし, 本研究で対象とした総観規模擾乱の影響が弱い状況下で発生する局地降水は, 突発的に発生し甚大な被害をもたらしうるだけに, 局地豪雨が発生しやすい状況があるか否かが分かるということは, 防災上大きな意味があると考える 謝辞京都大学防災研究所気象 水象災害研究部門暴風雨 気象環境研究分野の石川裕彦教授 堀口光章助 331

教, 大阪市立環境科学研究所の奥勇一郎氏には, 建設的なご意見を頂戴いたしました この場をお借りしてお礼申し上げます 参考文献 Bluestein, H.B., and M. H. Jain, 1985: The formation of mesoscale lines of precipitation: Severe squall lines in Oklahoma during the spring. J. Atmos. Sci., 42, 1711-1732. Chuda, T., and H. Niino, 2005: Climatology of environmental parameters for mesoscale convections in Japan. J. Meter. Soc. Japan, 83, 391-408. Fuelberg, H. E., and D. G. Biggar, 1994: The preconvective environment of summer thunderstorms over the Florida Panhandle. Wea. Forecasting., 9, 316-326. Huntrieser, H., H. H. Schiesser, W. Schmid, and A. Waldvogel, 1997: Conparison of traditional and newly developed thunderstorm indices for Switzerland. Wea. Forecasting., 12, 108-125. Kanae, S., T. Oki, and A. Kashida, 2004: Changes in hourly heavy precipitation at Tokyo from 1890 to 1990. J. Meter. Soc. Japan, 82, 241-247. Kawano, K., Y. Hirokawa, and H. Ohno, 2004: Diagnosis of air-mass thunderstorm days using radiosonde data: The summer Kanto area under the Pacific subtropical anticyclone. Tenki, 51, 17-30 Kodama, K., and G. M. Barnes, 1997: Heavy rain events over the south-facing slopes of Hawaii: Attendant conditions. Wea. Forecasting., 12, 347-367. Reap, R. M., and D. S. Foster, 1979: Automated 12-36 hour probability forecasts of thunderstorms and severe local storms. J. Appl. Meteor., 18. 1304-1315. Seko, H., Y. Shoji, and F. Fujibe, 2007: Evolution and airflow structure of a Kanto thunderstorm on 21 July 1999 (the Nerima heavy rainfall event). J. Meteor. Soc. Japan, 85, 455-477. Taguchi, A., K. Okuyama, and Y. Ogura, 2002: The thunderstorm activity observed by SAFIR and its relation to the atmospheric environment over the Kanto area in the summer. Part II: Thunderstorm prediction by stability indices. Tenki, 49, 649-659. Yonetani, T., 1975: Characteristics of atmospheric vertical structure on days with thunderstorms in the northern Kanto Plain. J. Meteor. Soc. Japan, 53, 139-148. Environmental Conditions for Afternoon Rain Events in the Kanto Plain in Summer Syohei NOMURA* and Tetsuya TAKEMI * NARITA INTERNATIONAL AIRPORT CORPORATION Synopsis The environmental stability for afternoon rain events over the Kanto Plain in summer was investigated. The AMeDAS data were used to extract the hot, sunny days under synoptically undisturbed conditions, and the gridded mesoscale analysis data that cover the Kanto Plain were used to examine the difference of the characteristics of environmental stability between no-rain, rain, and strong-rain events in the afternoon by calculating commonly used stability indices and parameters. Statistical analysis by t-test statistic was conducted to determine the significance of the different features of the stability parameters among the events. Among the parameters, K-index indicated the highest significance level. The analyses on the difference of temperature and humidity at each height among the events indicated that the temperatures and moistures at low to middle levels clearly distinguish the stability conditions for the afternoon rain events. Keywords: local heavy rainfall, Kanto Plain, summer, MSM data, statistical analysis 332