デジタルシネマ Now! 94 色空間拡大の問題点 さて 次世代テレビの規格であるITU-R BT.2020では デジタルシネマの色空間規格であるDCI/P3をさらに超えるRGB 三原色の色座標を定義している このRGB 三原色の色空間拡大で より豊かな色彩表現ができる と単純に考えて良いものであろうか デジタルシネマの規格策定に関わる議論の段階でも フィルムの表現できた色空間が再現できないとデジタル化の意味が無いとかの意見は多かったが デジタルシネマ色空間の基準点となる白色の色座標については ハリウッド関係者の見慣れた色になし崩しに決めてしまった経緯がある 今回のBT.2020での三原色色度座標点決定についても 解像度さえ高ければ高画質だ!! 等と発言する いわゆるIT 系の方の受けを狙っているのではと勘ぐりたくなるところがある 業務用ディスプレイや映像信号波形モニター等ではBT.2020 対応の新機種が次々に発表されだしているが 現実に家庭に設置される表示装置 ( これが放送を受信して表示するテレビであるのか ネット接続のタブレットや形態端末であるのかは誰にも予測できないが ) でBT.2020の色空間表示を可能とするためには問題点が多いのも現実である 図 1と表 1 に BT.2020のxy 色度座標系による色空間とデジタルシネマやテレビでの色度座標を示している BT.2020は CIE-RGBの色空間をさらに超えた外側に三原色の色度座標を設定しており 端的に言えばレーザー等の輝線スペクトル光源でしか実現できない色空間を目指していると言える xy 色度座標は CIEによる色空間での混色計算を二次元の幾何計算で単純化するために 人間の感じる明るさである視感度応答特性をY 関数とし 長波長側の色応答を二山分布のX 関数 短波長側の色応答を Z 関数として机上計算したものである 可視光の波長帯域でのスペクトル強度分布から X,Y,Z 関数の総和を計算し x=x/(x+y+z) y=y/(x+y+z) として輝度成分 ( 明るさ ) を含まない単純なxy 色度座標として計算している この XYZ 色関数の波長応答が完全に独立しているのであれば話は単純であるが 図 3に示しているようにX 関数とY 関数はピークが異なるものの 7 割以上の波長帯域で重複しており かつX 関数は青色応答に相当するZ 関数のピーク近くでさらに小さなピークを持っている作為的な関数表現であり 人間の視覚細胞で色覚を担っているLMS 錐体細胞の波長応答特性との相関も無い人為的な色応答関数である
色関係の教科書の大半は このCIE XYZ 等色関数に何の疑いも持たずに記述しており かつ このXYZ 等色関数から派生したLabやYuv 等の色空間表現の問題点も記述されていないケーズが多い 図 2に示しているのは このCIE-XYZ 等色関数での色空間表現の矛盾点として有名なMacAdamの色弁別楕円である この色弁別楕円は実際の大きさを 10 倍してあるが xy 色度座標では異なる座標値でも色覚として色が判別できない領域を示している また 低照度になると色弁別楕円が拡大する傾向などもBraun 等により報告されている この図 2で注目していただきたいのが BT.2020で拡大された緑色の座標点付近はxy 色度座標で最も誤差の発生しやすい領域であり 三原色の色度座標点さえ拡大すれば との短絡的な見解については違和感を感じるところである この問題については Juddが修正関数を提案しており 色覚関係の研究者では広く認知されており 後述のソニーによるOLEDとCRTでのカラーマネージメントでも
このJudd 修正関数が使用されている この修正関数は色覚細胞の波長応答特性研究成果を踏まえたものであり 分光輝度計を用いてキャリブレーションを行っている関係者の方は是非 Judd 修正関数による色差管理を行っていただきたい さて 図 4にはCRTとDLPプロジェクターによる白色の分光スペクトルを示している 赤色の実線で示しているのがCRTの白色である 704nm 付近の長波長赤色輝線があり 630nm に赤色成分のピークがある 点線で示されている CIE-X と CIE-Y との相対強度差がxy 色度座標での x 座標を大きくしている この赤色の輝線強度が変動すると色ずれとなってしまうために CRT 方式のマスモニでは 1 時間以上の起動安定時間と 電子ビームランディング位置の環境電磁場による誤差を管理しておかないと肌色の色相ずれとなることが知られている これに対して DLP による白色は キセノンランプ自体の太陽光に近い比較的均一な強度分布の光をダイクロイックミラーで分光していることから 十分なスペクトル幅を持った三原色光源光となっている 4K プロジェクターによるデジタル IMAX や Dolby-Cinema ではレーザー光源の採用に積極的である 費用の問題を別にすれば高輝度キセノンランプの定格寿命が500 時間程度あることに対して数万時間の寿命で かつ光量変動のほとんど無いレーザー光源は3 D 上映時の光量低下にも充分対応できることから理想的と言える しかし レーザーによる技術的課題も残されている 図 5は RGBレーザー光源での課題を 人間の色覚細胞であるLMS 錐体細胞の波長応答特性とレーザー輝線との関係で示している 上段の図は RGBが単一の光源で構成されている場合には それぞれの輝線スペクトルは1nm 程度の幅しか持たないきわめて鋭いピークである 装置構成もRGB 各光源のレーザーと電源のみで構成される単純な構成であるが スペックルノイズの発生が最大の問題となってくる スペックルノイズは レーザー等の可干渉性 ( コヒーレント ) 光線が拡散反射された場合に 入射光と拡散反射光とが強く干渉しあってランダムドットとして視認される現象である このスペックルノイズの有効利用としては非接触速度計があるが 映像等の投影光源としてレーザーを使用した場合には邪魔になって仕方が無い現象である また レーザーの発振波長温度安定性やレーザー強度の変動は そのまま等色性の破綻となってしまう危険性がある このスペックル問題を回避するために RGB 各光源のレーザーを多重化して数ナノずつシフトして多重化する方法が中段の図に示している構成である しかし この方法では装置が複雑化することに加えて 多重化したRGB 光源ユニット内での等色性保持の為のフィードバックをどのように制御していくのか等の問題が残されている
以上の問題に対して RGBの各光源を10~40nm の広帯域とする方法も考えられている 広帯域にすることでレーザー独特の可干渉性が無くなりスペックル問題が解決でき かつ等色性保持の面からもきわめて有利になると考えられているが このような広帯域レーザー光源の実現については見通しが立っていない 現在の大画面上映用レーザー光源では 同一波長のレーザー素子を複数設置し 各素子毎に光ファイバー結合させて DLP 素子に導くことでスペックル低減を図っている 図 6は NEC の小規模スクリーン向けレーザー光源 DLP-Cinema 機が採用している青色レーザー励起蛍光体方式と RGBレーザー方式との比較説明図である 黄色蛍光体を励起する青色レーザーと 青色光源用青色レーザーとをインテグレーターにより混合し分光プリズムに白色光として照射している 高価となるレーザー光源は青色のみであることと 赤色 緑色成分は黄色蛍光体の蛍光色から分光するために 最大光束は6,000ルーメンまでとなっている バルコやクリスティーが発表しているRGBレーザーによるプロジェクターでは60,000ルーメン迄最大光束を上げることができる また 黄色蛍光体の発光寿命があることからRGBレーザーが3 万時間で初期光量の80% 迄の寿命があるのに対して2 万時間で初期光量の50% となることが報告されている 6.5KWのキセノンランプが500 時間で初期光量の50% にまで光量低下することを考えれば圧倒的な寿命と光量安定性であり かつ発熱も少ないことから映写室が不要な DLP-Cinemaプロジェクターとして注目されている
図 7は OLEDモニターのカラーマッチングについてソニーが公開してWhite Paperの内容を抜粋している 上段にはCRTとRGB-LED そしてOLEDの発光スペクトルを示している CRTは 図 2にも示しているように赤色蛍光体の二山輝線と緑色と青色の緩やかなピークで構成された白色光であり RGB-LEDバックライトによる白色光は RGB 各色が比較的鋭いピークで構成されている OLEDの白色光はLEDよりは比較的なだらかなピークで構成されている OLEDのカラーマッチング結果についてはJudd 修正関数による色差計算が好結果であったことが報告されている BT.2020で提案されているxy 色度座標上での広域化は LEDやレーザー等の輝線スペクトルを持った光源の採用が必須となってくるが LEDの発光特性は 温度上昇による輝線波長の変動に加えて 発光輝度の低下も問題となってくる さらには同一ウェファーに形成されたLEDチップでも素子毎の発光特性の個体差があることが知られている また 民生用液晶テレビでは 青色 LEDにより黄色蛍光体を励起する白色 LED がバックライトとして使用されるために バックライトでは白色の色温度調整ができない問題を抱えている 映画制作に関わる現場にもBT.2020 対応 準拠などと称したマスモニが出現してくるのもまもなくであろうが 現実の問題として輝線スペクトルに依存する表示装置や投影装置では 光源の自己フィードバック回路が考慮されていないと等色性が崩壊してしまい肌色の色相ずれや 空の色 海の色などの記憶色関連での色相ずれが影響するシーンでの意図せぬカラ-コレクションのやり直しが発生しかねないので注意が必要である