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1 特集 脱タバコ社会実現をめざしタバコ対策の再構築を 受動喫煙防止法制定に向けて 下光輝一 はじめに 00 年に東京においてオリンピック パラリンピックを開催することになったが 004 年以降 大会が開催されたすべての国において 国法や条例などで 罰則付きの受動喫煙防止に関する規制が行われている また010 年には WHOとIOCの間でたばこのないオリンピックを共同で推進することについて合意がなされている そこで 014 年 10 月 9 日から東京都で公共の場での受動喫煙防止対策についての検討会での審議が始まった引用 1 かねてより健康日本 1 推進において受動喫煙防止が重要であると考えていた健康日本 1 推進全国連絡協議会は 014 年 11 月 1 日 受動喫煙のない日本をめざす委員会 ( 委員長下光輝一 ) 名で舛添要一東京都知事に宛てて東京都受動喫煙防止条例の請願と条例案の提出を行った引用 しかし 検討会は 舛添東京都知事の当初の条例化への意欲にも拘わらず 都議会や関係業界等の反対などから意見の一致を得ることができずに 015 年 5 月 9 日に最終報告書 東京都受動喫煙防止対策検討会における議論のまとめ を公表し 都は 開催都市として 受動喫煙防止のための明確なビジョンと対策を示し 取り組みの工程表を明示すること 取り組みの効果や国の動向も踏まえながら 018 年までに 条例化について検討を行うこと などの提言を行い 条例化を先送りしてしまった引用 3 日本学術会議健康 生活科学委員会 歯学委員 会合同脱タバコ社会の実現分科会は 受動喫煙 防止条例の法制化を促進するために 015 年 5 月 0 日 東京都受動喫煙防止条例の制定を求 める緊急提言 を公表した引用 4 その後 受動喫煙による健康障害についての 疫学的なエビデンスが一層明らかになり 国 ( 厚 生労働省 ) は 016 年 10 月に 受動喫煙防止対 策の強化について ( たたき台 ) を公表した引用 5 国会の自民党厚生労働部会において たたき台 をもとに議論が進められているが 自民党たば こ議員連盟を中心に反対が強く 今国会に法案 の提出と採決が困難な状況になっている (017 年 5 月末現在 ) そこで 本稿では 受動喫煙 の健康影響 世界の受動喫煙対策 及び受動喫 煙防止法制定に向けての議論について 簡潔に 述べてみたい 1 喫煙及び受動喫煙による健康影響 片野田耕太氏らは 016 年 3 月に厚生労働科 学研究 たばこ対策の健康影響および経済影響 の包括的評価に関する研究 の中で 喫煙と受 動喫煙の健康影響に関するシステマティック レビュー及びメタアナリシスを行った引用 6 そ れによると の疾患が喫煙と因果関係がある ことが確実とされた 各々の疾患について国内 外の研究論文のレビューにより レベル 1( 科 学的証拠は 因果関係を推定するのに十分であ る ) とされたものは 喫煙者では がん ( 肺 54 学術の動向 017.6

2 PROFILE 下光輝一 ( しもみつてるいち ) 口腔 咽頭 喉頭 鼻腔 副鼻腔 食道 胃 肝臓 膵臓 膀胱 子宮頸部 ) 歯周病 心筋梗塞 脳卒中 腹部大動脈瘤 末梢動脈硬化症 慢性 閉塞性肺疾患 (COPD) 結核 ( 死亡 ) 型糖 尿病 ニコチン依存症 妊婦の早産 低出生体 重 胎児発育遅延 乳幼児突然死症候群であっ た また 受動喫煙 ( 他人のたばこの煙を吸わ されることによる ) については 心筋梗塞 脳 卒中 肺がん 乳幼児突然死症候群 小児喘息 などの疾患が因果関係を推定するのに十分であ るとされた これら研究をもとに 受動喫煙と の関係が明らかな肺がん 虚血性心疾患 及び 脳卒中について それらの相対リスク及び過去 の暴露割合のデータから人口寄与危険割合を求 め これらを 014 年人口動態統計死亡数に乗じ た結果 受動喫煙に起因する年間死亡者数は約 1 万 5 千人と推計された その内訳は 肺がん,480 人 虚血性心疾患 4,460 人 脳卒中 8,010 人 となった 報告書では 受動喫煙防止の法制化 を含めた早急な対策が求められるとしている 更に男女別に年間死亡数を推計したところ 男 性 :4,53 人 ( 肺がん 14% 虚血性心疾患 35% 脳卒中 51 %) 女性 :10,434 人 ( 肺がん 18 % 虚血性心疾患 8% 脳卒中 54%) となっており 女性が男性の 倍以上も受動喫煙が原因で死亡 しているという現状が明らかになった引用 7 我が国における受動喫煙の状況と受動喫煙による超過医療費 過去 1 か月間に 自分以外の人が吸っていた 日本学術会議健康 生活科学委員会 歯学委員会合同脱タバコ社会の実現分科会委員 公益財団法人健康 体力づくり事業財団理事長 健康日本 1 推進全国連絡協議会会長 東京医科大学名誉教授 専門公衆衛生学 ストレス科学 体力医学 たばこの煙を吸う機会 ( 受動喫煙 ) を有する者 ( 現在喫煙者除く ) の割合を場所別に見ると 飲食店 では 41.4% と 4 割を超えて最も高く 次いで 遊技場 では 33.4% 職場 では 30.9% である 非喫煙者において 受動喫煙防 止対策が推進されることを望む場所は 飲食店 が 35% と最も高く 次いで 路上 が 33.8% 子 供が利用する屋外の空間 ( 公園 通学路など ) が 8.% である 職場 飲食店においては 漸 減傾向にあるものの 非喫煙者の 4 割近くが受 動喫煙にあっている 行政機関 医療機関にお いては 非喫煙者の 1 割近くが受動喫煙にあっ ている引用 8 また 最近の研究では 014 年度の超過医 療費は 能動喫煙由来が 1 兆 1,669 億円 受動 喫煙由来が 3,33 億円と推定され 超過患者数 は 能動喫煙が 79. 万人 受動喫煙が 4. 万人 合計 万人と推定されている引用 9 3 たばこの規制に関する引用 10 世界保健機関枠組条約 世界保健機関 (WHO) は 喫煙が健康 社 会 環境及び経済に及ぼす悪影響から 現在及 び将来の世代を守ることを目的として策定し た たばこの規制に関する世界保健機関枠組条 約 ( たばこ規制枠組条約 :WHO Framework Convention on Tobacco Control(WHO 学術の動向

3 特集 脱タバコ社会実現をめざしタバコ対策の再構築を FCTC)) を 005 年 月 7 日に発効した この条約については 我が国を含む180か国が批准している 主な内容としては 第 5 条 : 喫煙規制のための全国的な調整機構または中核機関の設立 第 6 条 : 需要を減らすための価格政策 課税措置 第 8 条 : たばこの煙にさらされることからの保護 第 11 条 : 健康被害についての警告表示の強化 第 13 条 : たばこ広告 販売促進の包括的禁止 第 14 条 : 禁煙治療の普及 第 16 条 : 未成年者への販売禁止 などが含まれており 行政 ( 国 ) が取り組むべき包括的なたばこ対策となっている 特に 第 8 条 : たばこの煙にさらされることからの保護については 更に 1 締約国は たばこの煙にさらされることが死亡 疾病及び障害を引き起こすことが科学的証拠により明白に証明されていることを認識する 締約国は 屋内の職場 公共の輸送機関 屋内の公共の場所及び適当な場合には他の公共の場所におけるたばこの煙にさらされることからの保護を定める効果的な立法上 執行上 行政上又は他の措置を国内法によって決定された既存の国の権限の範囲内で採択し及び実施し 並びに権限のある他の当局による当該措置の採択及び実施を積極的に促進する と記載されている 007 年 7 月にバンコクで開催された第 回締約国会合において たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン が採択され 締約国には より一層 受動喫煙防止対策を進めることが求められた引用 11 その主な内容としては 1100% 禁煙以外の措置 ( 換気の 実施 喫煙区域の設定 ) は 不完全であるであることを認識すべきである すべての屋内の職場 屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきである 3たばこの煙にさらされることから保護するための立法措置は 責任及び罰則を盛り込むべきである 以上のように 我が国も批准しているFCTC たばこ規制枠組条約では 受動喫煙対策はかなり厳しい条件となっている しかしながら 先進 7か国 (G7) における たばこ規制枠組条約に沿った6 分野の政策の比較を行ったところ 日本は最も対策が遅れており 特に 受動喫煙防止の法規制 と 広告及び後援の禁止 の項目ではほとんど対策がなされていないと評価されている引用 1 4 受動喫煙防止法制定に向けて 000 年に開始された国の健康づくり施策 健康日本 1において喫煙対策は 当初喫煙率の半減を目標値として掲げようとしたが たばこ産業 タバコ栽培農家やタバコ小売業者らの組織的な反対により 目標値として掲げることができなかった 003 年に健康日本 1を推進するための法整備として健康増進法が制定された その中で 学校 病院 官公庁施設 飲食店その他多数の者が利用する施設を管理する者は 受動喫煙を防止するために 必要な処置を講ずるよう努めなければならない ( 第 5 条 ) という文言が加えられ 努力義務ではあったが 我が国で初めてのたばこ対策に関する法 56 学術の動向 017.6

4 受動喫煙防止対策の強化の内容 ( たたき台 ) 表 1 受動喫煙防止対策の強化について ( たたき台 ) ( 厚生労働省 016 年 10 月 ) 施設の類型 強化案 イギリス 韓国 官公庁 建物内禁煙 B C 社会福祉施設 建物内禁煙 B C 運動施設 ( スタジアム等 ) 建物内禁煙 B C 医療機関 敷地内禁煙 B B 小学校 中学校 高校 敷地内禁煙 B A 大学 建物内禁煙 B C サービス業飲食店 ホテル 旅館 ( ロビーほか共用 原則建物内禁煙 ( 喫煙室設置可 ) B C 部分 ) 等のサービス業施設 事務所 ( 職場 ) 原則建物内禁煙 ( 喫煙室設置可 ) B C ビル等の共用部分 原則建物内禁煙 ( 喫煙室設置可 ) B C 駅 空港ビル 船着場 バスターミナル 原則建物内禁煙 ( 喫煙室設置可 ) B C バス タクシー 全面禁煙 B B 鉄道 船舶 原則禁煙 ( 喫煙室設置可 ) B C A 敷地内禁煙 B 建物内禁煙 C 建物内禁煙 ( 喫煙室設置可 ) 整備がなされた その後 015 年労働安全衛生法の一部改正のなかで 職場における 受動喫煙防止措置の努力義務 ( 第 68 条の) が明文化された しかし この措置は大変不十分で 喫煙室を設置してもたばこ煙の漏れを防止できないこと 喫煙室の清掃や喫煙可能な店舗での接客など従業員の受動喫煙問題が残された 013 年から開始された健康日本 1( 第二次 ) においては たばこ規制枠組条約を見据えて 喫煙習慣の改善目標の中に初めて 成人の喫煙率の減少 として目標値が定められた他 社会環境の改善策として 受動喫煙への曝露状況の改善が掲げられ 受動喫煙の機会 ( 家庭 職場 飲食店 行政機関 医療機関 ) を有する者の割合の低下が目標値として提示された このような中で たばこ規制枠組条約の遵守 のためにも さらに最近のすべてのオリンピッ ク開催国において罰則付きの受動喫煙防止対策 を行っていることから オリンピック パラリ ンピック開催国としても 我が国においてしっ かりとした法整備を進めなければならないとし て 厚生労働省は 016 年 10 月に 主な施設 引用 13 に係る受動喫煙防止対策の試案を公表した ( 表 1) これは 官公庁 社会福祉施設 大学を建物 内禁煙 医療機関 小学校 中学校 高校を敷 地内禁煙とし 飲食店等のサービス業施設を原 則建物内禁煙 ( 喫煙室設置可 ) とする案で イ ギリスと韓国の対策の混合型の制度を導入しよ うとするものである 本案が公表されたのち 国会では自民党のた ばこ議員連盟のメンバーを中心として 激しい 学術の動向

5 特集 脱タバコ社会実現をめざしタバコ対策の再構築を 反対の動きがあり 自民党厚生労働部会での審議も拒否する事態となった 本年 5 月に入りようやく塩崎厚生労働大臣が部会で説明を行うことができたが 議論はかみ合わず 5 月 31 日現在 受動喫煙防止に係る法案の国会での審議は行われていない おわりに WHOは 1946 年設立時に制定された世界保健憲章の中で 到達しうる健康の最高水準を享受することは 人種 宗教 政治的信念 経済的あるいは社会的状態のいかんにかかわらず すべての人間が有する基本的な権利である と謳っている また 同じ年に制定された日本国憲法においても その第 5 条に すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する 国はすべての生活部面について 公衆衛生の向上及び増進につとめなければならない と書かれている また その第 11 条では 国民は すべての基本的人権の享有を妨げられない この憲法が保障する基本的人権は 侵すことのできない永久の権利として 現在及び将来の国民に与へられる と述べられている すなわち 私たちや これから生まれてくる子どもたちにとって 他人の吸うたばこの煙 ( 受動喫煙 ) にさらされないことは 重要な基本的権利の一つである きれいな空気を吸う権利 たばこの煙にさらされない権利は 他人の存在する空間で喫煙者がタバコを吸う権利に対してはるかに上位に来るものと考えられる 文献 健康日本 1 推進全国連絡協議会は 厚生労 働省案を支持して 本年 1 月と 月に意見表明 引用 14 受動喫煙のない社会の実現を! 及び緊 急意見表明 受動喫煙防止対策は 国際標準で の法整備実現を! 引用 15 の要望書を国に対して 提出した 健康日本 1 推進のためにも また 国民の 健康を守るためにも 屋内全面禁煙 を含ん だ罰則付きの受動喫煙防止に関する法整備は喫 緊の課題といえるであろう 1) 東京都受動喫煙防止対策検討会 judoukitsuenboushitaisaku_kentoukai/index.html ) 舛添要一東京都知事宛て東京都受動喫煙防止条例の請願と条例案の提出 平成 6 年 11 月 1 日 受動喫煙のない日本をめざす委員会 ( 委員長下光輝一 )131 団体連名 ( うち 1 協議会会員団体 16 及び東京都医師会等 5 団体 ) 3) 東京都受動喫煙防止対策検討会における議論のまとめ 015 年 5 月 9 日 東京都受動喫煙防止対策検討会 judoukitsuenboushitaisaku_kentoukai/6th/index.html 4) 東京都受動喫煙防止条例の制定を求める緊急提言 015 年 5 月 0 日 日本学術会議健康 生活科学委員会 歯学委員会合同脱タバコ社会の実現分科会 5) 6) 片野田耕太 厚生労働科学研究費補助金循環器疾患 糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業 たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究 平成 7 年度総括 分担研究報告書 016 年 3 月 7) Kenkoukyoku/ pdf 8) 平成 7 年 国民健康 栄養調査 の結果 9) 厚生労働科学研究費補助金循環器疾患 糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業 受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究 平成 8 年度総括 分担研究報告書 017 年 3 月 10) たばこ規制世界枠組条約 html 11) たばこ規制枠組条約第 回締約国会議の概要 58 学術の動向 017.6

6 html 1)WHO report on the global tobacco epidemic, ) Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushin ka/ pdf 14) pdf/ iken.pdf 15) pdf/01704kinkyuiken.pdf 学術の動向