第 1 章国民所得統計 マクロ経済学講義資料
第 1 章で学ぶこと マクロ経済は巨大な生きもの 誰一人としてこれを 見た 者はいない その実態はマクロ統計を通じてしか把握できない マクロ統計を体系的に整備したものが内閣府による [ 国民経済計算 ] (SNA: System of National Accounts) である 参考 : 内閣府 国民経済計算 (http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html) 本章では SNA について詳しく学ぶ 2
フローとストック (1) 国民経済計算を理解するためには, まず [ フロー ] と [ ストック ] という概念を理解する必要がある 図 1-1 の例 : 水槽にたまっている水の量 ストック量 水槽に流出入する水の量 フロー量 ストック量 : ある一時点で計られる量 フロー量 : ある単位時間 ( 一定期間 ) における流量 貯蓄残高と月々の貯蓄, 乗用車保有台数と乗用車生産台数, 資産と所得などなど 3
フローとストック (2) 法人企業の経営状態は財務諸表によって把握できる 財務諸表には 2 種類がある 損益計算書 : 売上げ, 費用, 収益などの フロー量 を記録 貸借対照表 : 資産や債務などの ストック量 を記録 国民経済計算にも フロー と ストック を扱う 2 種類がある 国民所得勘定 : 狭義の SNA であり, 国内総生産や国民所得などフローの集計量を記録 SNA において フロー量 を記述するものには, 他にも 産業連関表, 国際収支表, 資金循環勘定 がある [ 国民貸借対照表 ]: 金融資産 負債のほかに住宅, ビル, 機械設備, 社会資本, 土地, 森林など有形資産の ストック の価値を記録 4
国内総生産 (GDP)(1) 一国のマクロ経済の活動水準を示す代表的な指標が [ 国内総生産 ] (GDP: Gross Domestic Product) 定義 : ある国において, ある一定期間 ( 通常は 1 年間 ) に生み出された財 サービスの価値の総量 [ 原則 1]GDP 統計は市場において取引された財 サービスのみを計上する 主婦 ( 夫 ) の家事 育児サービスやボランティア活動は含まれない 例外は持ち家世帯の [ 帰属家賃 ] や農家の自己消費 [ 原則 2]GDP 統計は, その年に生み出された財 サービスのみを計上する 資産 ( 土地, 株, 債券, 美術品など ) の取引が行われた場合, 取引手数料は GDP に計上されるが, 資産価格そのものは GDP に計上されない 5
国内総生産 (GDP)(2) [ 原則 3]GDP 統計は, 財 サービスの生産額ではなく 付加価値 を計上する [ 付加価値 ] (value added) = [ 最終生産物 ] の価値 [ 中間投入物 ] の価値 ( 図 1-2 参照 ) 付加価値の総和 = 最終生産物の価値の総和 最終生産物は財の物理的性質によってではなく, 財の用途によって決まる クイズ すべての生産物の生産額の総和ではなく, 付加価値の総和を使うのはなぜだろうか? 6
分配面からみた GDP(1) 生み出された付加価値は, 生産に寄与した [ 生産要素 ](factors of production) に対して所得として分配される (=[ 要素所得 ]) 生産要素 :[ 労働 ](labor),[ 資本 ](capital),[ 土地 ](land) 資本 ( ストック ) とは 工場や機械などの生産設備 を意味する 労働, 資本, 土地に帰属する所得をそれぞれ [ 賃金 ](wage),[ 利潤 ](profit),[ 地代 ](rent) とよぶ 国民経済計算では賃金所得を [ 雇用者報酬 ], 利潤を [ 営業余剰 ] とよぶ. 地代は営業余剰の一部として計上されている 7
分配面からみた GDP(2) 生産に使用された資本は生産の過程でその価値が減耗する. この減耗分を国民経済計算では [ 固定資本減耗 ] とよび, 資本への所得である利潤 ( 営業余剰 ) とは別に計上する 固定資本減耗は会計でいう [ 減価償却 ] と同じものである GDP に相当する付加価値が生み出されるといっても, その裏で資本ストックの価値が減耗しているので, その分を差し引いた [ 国内純生産 ] (NDP: Net Domestic Product) の方がより実態に近いといえる 国内純生産 (NDP) = 国内総生産 (GDP) 固定資本減耗 国内総生産の 総 (gross) には 固定資本減耗を含んだ という意味が, 純 (net) には 固定資本減耗を除いた という意味がある 8
分配面からみた GDP(3) GDP を分配面からさらに詳しく見てみる そのために, 付加価値を生み出した企業の利潤 ( 営業余剰 ) がどのように分配されるかを見る 企業は生み出された付加価値から, まず労働サービスに対する報酬 ( 雇用者報酬 ) を支払わなければならない さらに, 政府に対して間接税から補助金を控除した [ 純間接税 ] (= 間接税 補助金 ) を支払わなければならない 最後に, 資本ストックの価値の減耗分を減価償却しなければならない こうして残った分が営業余剰であり, 付加価値生産における企業の営業活動の貢献分を表している 付加価値 雇用者報酬 純間接税 固定資本減耗 = 営業余剰 (1) 9
分配面からみた GDP(4) (1) 式を変形してすべての企業について合計すれば次のようになる GDP = 雇用者報酬 + 純間接税 + 固定資本減耗 + 営業余剰 (2) (2) 式の右辺が分配面からみた GDP を表しており,[ 国内総所得 ] とよばれることがある 国内総所得と似た概念に [ 国民総所得 ](GNI: Gross National Income) がある 国内総所得 = 国内で行われた生産活動 ( 外国人や外国企業も含む ) によって生み出した所得の総額 国民総所得 = 国民 ( 居住者 ) すなわち企業も含めた 日本人 が海外も含めた生産活動によって生み出した所得の総額 10
分配面からみた GDP(5) 国内総所得と国民総所得の関係は下図のようになっている 経済主体の区分 日本人 外国人 所得発生の地理的区分 日本 海 外 日本人が日本で得た所得 (A) 日本人が外国で得た所得 海外からの要素所得の受取り (C) 外国人が日本で得た所得 海外への要素所得の支払い (B) 外国人が外国で得た所得 (D) (A)+(B)= 国内総所得 * 居住者とは, 主として当該領土内に 6 ヶ月以上の期間居住しているすべての個人をいい, 国籍のいかんを問わない. また, 一般に, 国外に 2 年以上居住する個人は非居住者とされる. (A)+(C)=GNI 11
分配面からみた GDP(6) 上図より, 国内総所得 =GDP であることを用いれば, GNI = GDP + ( 海外からの要素所得の受取り ) ( 海外への要素所得の支払い ) (3) 国民総所得 (GNI) から固定資本減耗および純間接税を控除したものを国民所得 (NI: National Income) とよぶ NI = GNI 固定資本減耗 純間接税 (4) (2) (4) 式より NI = 雇用者報酬 + 営業余剰 + ( 海外からの要素所得の受取り ) ( 海外への要素所得の支払い ) (5) 注 ) 教科書 P. 10 の 5 行目の式では, 海外からの要素所得の受取り および 海外への要素所得の支払い が省略されていることに注意せよ. 12
支出面からみた GDP(1) 生み出された財 サービスは, さまざまな形で需要される. このような需要の側面を国民経済計算では 支出 という言葉で表す. 支出面からみた GDP のことを [ 国内総支出 ] (GDE: Gross Domestic Expenditure) とよぶ 支出項目を大きく分ければ, 家計や企業による民間支出, 政府による政府支出, 輸出, 輸入からなる パソコンを例に考えてみよう. 国内で生産されたパソコンは, 家計, 企業, 政府によって購入されるが, その他に海外に輸出される. また, 家計, 企業, 政府は海外から輸入したパソコンを購入することもある. したがって, パソコンの国内生産額は, 支出面から眺めると 国内でのパソコンの販売額 (= 民間によるパソコンへの支出額 + 政府によるパソコンへの支出額 )+ パソコンの輸出額 パソコンの輸入額 に等しい. これは経済全体についてもあてはまり, 国内総支出 = 民間支出 + 政府支出 + 輸出 輸入 が成り立つ. 13
支出面からみた GDP(2) 民間支出と政府支出の内訳は以下の通り 民間支出 民間最終消費支出 ( 民間消費 ) 民間住宅投資民間総固定資本形成 ( 民間設備投資 ) 民間在庫品増加 ( 民間在庫投資 ) 政府支出 政府最終消費支出 ( 政府消費 ) 公的総固定資本形成 ( 政府設備投資 ) 公的在庫品増加 ( 政府在庫投資 ) 民間消費の大半 (98% 以上 ) は家計の [ 消費 ] である 企業や家計による民間住宅投資, 工場の建設や機械の購入といった企業による民間設備投資, 原材料, 仕掛品, 製品などの民間在庫投資をあわせて民間 [ 投資 ] という 民間投資は, 企業の生産設備など資本ストックの増加といいかえることができるので が成り立つ. 期末の資本ストック = 期初の資本ストック + 投資 14
支出面からみた GDP(3) 以上より, 国内総支出は次のように書くことができる 国内総支出 = 民間消費 + 民間投資 + 政府支出 + 輸出 輸入 が成り立つ.( 輸出 輸入 ) はまとめて [ 純輸出 ] とよばれることもある これを, 以下で頻繁に登場する記号を用いて表す. すなわち, 国内総支出 ( 総需要 ) を Y, 消費 (consumption) を C, 投資 (investment) を I, 政府支出 (government expenditures) を G, 輸出 (exports) を X, 輸入 (imports) を M と定義すれば となる Y = C + I +G + X - M (6) 15
支出面からみた GDP(4) マクロ経済の動向は, 総需要の各項目の動きを通して詳しく把握することができる. 具体的には, 総需要の変化がどの需要項目の変化によってもたらされたのかを知ることができる 今期の Y と前期の Y の変化分 ( 差分 ) を Y で表せば,(6) 式より, DY = DC + DI + DG + D( X - M) が成り立つ. この両辺を Y で割れば, 総需要の [ 成長率 ] (growth rate) は以下のようになる C の寄与度 I の寄与度 G の寄与度 (X M) の寄与度 16
支出面からみた GDP(5) この式より, 総支出 Y の成長率は, 各需要項目の成長率 各需要項目が Y に占めるシェア の総和になっていることがわかる. 各需要項目の成長率 各需要項目が Y に占めるシェア を [ 寄与度 ] といい, これを百分率で表したものを [ 寄与率 ] という 表 1-1 によれば,2015 年度の経済成長率 0.8% の需要項目別の寄与度は, 消費が -0.1%, 投資が 0.7%, 政府支出が 0.2%, 純輸出が 0.1% であることが読み取れる ( 各需要項目の寄与度の合計は四捨五入の関係で必ずしも総需要の成長率と一致しない ) 教科書 p.14 の 8 行目 p.17 の 5 行目は講義では説明を省くので, 各自で熟読しておくように 17
三面等価 (1) 以上みてきたように, 生産された付加価値は, 一方では各経済主体の所得としてすべて分配され, 他方では生産された財 サービスはすべて消費や投資などの対象として必ず需要される したがって, 国民経済計算においては,GDP を生産面からみようと, 分配面からみようと, 支出面からみようと, すべて値が等しくなる. これを三面等価の原則と呼んでいる. 三面等価の原則は, 生産 分配 支出 生産 という経済循環を理解する上できわめて大切な概念である クイズ 生産されたものは必ずすべて需要される というが, 実際には 売れ残り が生じているのではないのか? 答えは教科書 p.17 の 14 行目 28 行目をみよ 18
三面等価 (2)
三面等価 (3) マクロ経済における財 サービスのフローを総括的に眺めるには [ 産業連関表 ] が便利である. 具体的な数値の入った産業連関表の説明については, 教科書 p.18 20 の解説を熟読すること. 本講義では, 産業連関表を概念的に理解するにとどめておく 20
三面等価 (4) 支出面からみた GDP 分配面からみた GDP 生産面からみた GDP
名目 GDP と実質 GDP(1) GDP は, その定義から明らかなように, 生産されたすべての財 サービスの付加価値を, その期の平均的な市場価格で評価して合計した値である. このように, 各期の市場価格で評価した GDP を [ 名目 GDP] と呼ぶ ところが, 市場価格は時間を通じて変化するので,GDP を時系列で比較する場合に名目値を用いると物価の変動分が含まれることになり, 一国の生産力がどれほど伸びたかを知るには不都合である このような問題を避けるために, 国民経済計算では, ある年を基準年次として定め, その年の市場価格が他のすべての期で成立しているものと想定して付加価値を計算するという方法をとる. このように, 基準年次の市場価格を用いて評価された GDP を [ 実質 GDP] と呼ぶ 実質 GDP は物価変動分を除去した実質的な生産力を表す指標であり, 一般に 経済成長率 という場合には実質 GDP の変化率 (= 実質経済成長率 ) を指している 22
名目 GDP と実質 GDP(2) 名目 GDP と実質 GDP の比率を [GDP デフレーター ] という. すなわち, GDP デフレーター = 名目 GDP/ 実質 GDP 注 ) 正確に言えば GDP デフレーター = ( 名目 GDP/ 実質 GDP) *100 であり, 基準年次の GDP デフレーターの値は 100 である. 右辺を 100 倍することは本質的ではないので, ここでは無視して説明している 財 サービスの生産量が変わらないまま価格だけが変動すると, 名目 GDP の値は変動するが実質 GDP は変動しない. このことから,GDP デフレーターは経済全体の物価水準を示す重要な 価格指数 である 23
名目 GDP と実質 GDP(3) 上式を変形すると実質 GDP = 名目 GDP/ GDPデフレーターこの関係式を成長率ないし変化率で表すと実質 GDP 成長率 = 名目 GDP 成長率 GDPデフレーターの変化率 = インフレーション率 あるいは デフレーション率 クイズ この式はなぜ成り立つのか? 24
貯蓄 投資バランス (1) 教科書 p.21 27 の 貯蓄 投資バランス に関する説明はやや特殊な説明なので, 本講義では一般的な説明を紹介する GDP を支出面から見ると, Y は分配面から見ると所得である. 所得から租税が支払われ, 残りは消費と貯蓄になる. すなわち, 租税 (= 直接税 + 間接税 ) を T, 民間貯蓄を S とすれば, これら 2 式より Y = C + I +G + X - M Y = C + S +T ( S - I) + ( T - G) = X - M (7) 民間の貯蓄超過財政収支貿易 サービス収支 という関係が得られる. これは, 民間部門の貯蓄超過と政府の財政収支の和が貿易 サービス収支に等しいことを表している. たとえば, 民間部門で貯蓄超過が発生しており, 同時に政府の財政も黒字であるとすれば, 貿易 サービス収支は必ず黒字だということである. 25
貯蓄 投資バランス (2) (7) 式を変形すると ( S - I) = ( G -T) + ( X - M) (8) 民間の貯蓄超過財政赤字貿易 サービス収支 となる. これは, 民間部門で貯蓄超過が発生している場合, それは政府に対する債券を増やす ( 国債を購入する ) かあるいは海外に対する債権を増やす ( 外貨を貯める ) かのどちらかである, とも解釈することができる. ただし, いずれにせよ, 国民経済計算における統計上の約束ごとに基づく恒等式であって, 因果関係を表す式ではないことに注意しなければならない.(7) 式あるいは (8) 式の関係を [ 貯蓄 投資バランス ] あるいは [IS バランス ] という 26
国民貸借対照表 (1) 以上で, 国民経済計算のフローに関する記述を学んだ. 最後に, マクロ経済のストックに関する記述, すなわち [ 国民貸借対照表 ] を理解しなければならない. 国民貸借対照表は日本経済全体の資産目録であり, そこには金融資産だけでなく実物資産も含めたわが国の資産がすべて記録されている ( 教科書 p.30 の図 1-8 参照 ). 国民貸借対照表は, 複式簿記の原理に基づいて, 資産 と 負債 の両方が記録されている. したがって, 国内の金融資産は, 一方で資産であっても, 他方で必ず負債が生じている. 例 預金は個人や企業の資産であるが, 銀行にとっては負債である 現金は日本銀行の負債である 国債や社債は国や企業にとっては負債である 海外に保有する金融資産は例外で, わが国の純粋な資産である 27
国民貸借対照表 (2) 実物資産については, 企業について考えれば, その背後に社債や株式が存在する. したがって, ある企業の実物資産と社債 株式をともに 資産 とみなすことはできない. 結局, 日本経済にとっての 純資産 ( 正味資産あるいは国富ともいう ) は, 在庫, 住宅, 工場, 生産設備など 固定資産, 土地などの再生産不能な実物資産, および海外に保有する金融資産の和である 資産価格の変動分 ( これを キャピタル ゲイン あるいは キャピタル ロス という ) を国民貸借対照表では 調整勘定 とよんでいる 28