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2 韓国の未申告レーザーウラン濃縮実験と我が国特許法制上の問題 やはり拡散していた我が国特許出願公開情報 国際原子力機関 (IAEA) Senior Nuclear Engineer 八木 雅浩 1. はじめに 筆者はこれまで 我が国の特許制度上の問題により 大量破壊兵器に応用可能な機微技術が拡散されてしまう危険性を指摘してきた ウラン濃縮などの機微技術を有する国をはじめとするほとんどの先進国において 機微技術開発の特許出願に当たっては その内容を公開しないことができる 秘密特許 制度が特許法上または特別法において整備されている一方 我が国ではかかる制度は現在存在しない 我が国ではかかる機微な技術開発が民間企業などにおいて現在も進められており その成果を権利化する上で不可避となる特許出願公開でその詳細情報が公開されることにより 国外に拡散され大量破壊兵器開発に利用されてしまうおそれがあることを指摘してきたものである (CISTECジャーナル2014 年 11 月号等 ) この筆者の指摘してきた おそれ が2015 年 11 月 4 日付毎日新聞記事によって現実に起こっていたことが明らかとなった 従来 かかる技術の漏えい 拡散は不法な輸出といった安全保障貿易管理上の問題として捉えられるべきものであったが 上記記事により 我が国特許法上のdue processによって機微な技術情報が国外に拡散し かつそれが実際に不適切な目的 手段において使用された事実が明るみになったのである これは 特許法に基づく技術情報公開という我が国核不拡散体制がおそらくこれまで想定していなかったであろう一見無関係な部分に実は大きな穴が空いていたことを如実に示している 本稿では 上記新聞記事及び2015 年 9 月から連載された毎日新聞の特集記事について 核不拡散及び特許制度の観点から解説を試み 現行特許制度の問 題点及びその本来目指すべき目的が機微技術開発の保秘と出願との関係で歪められている現実を指摘するとともに 今後の課題の抽出を試みてみたい なお 本稿における検討や見解はひとえに筆者個人のものであり 所属する組織のものではない 2. 韓国の保障措置問題と我が国特許公開情報 (1) 毎日新聞の報道毎日新聞 11 月 4 日付記事の概略は以下のとおり 毎日新聞の取材に対し 国際原子力機関 ( 以下 IAEA ) ハイノネン元事務次長が以下の点を明らかにした -IAEAが2004 年夏に韓国原子力研究所 ( 以下 KAERI ) の極秘ウラン濃縮実験施設を査察した際 我が国 レーザー濃縮技術研究組合 ( 以下 レーザー組合 ) が開発したレーザー濃縮技術に関する特許公報を発見 -この特許技術が核心となる機器の実物も確認された - 韓国は2000 年 1~3 月に少なくとも3 回 IAEAに未申告で極秘のレーザー濃縮実験を実施 最高で濃縮度 77% のウランを製造した - 濃縮度は核兵器級には達しておらず量も微量であったが IAEAは 量は多くないが深刻な懸念がある と指摘 - 核技術を巡っては過去に日本企業が不正輸出した例があるが 今回のような核技術情報の利用が判明したのは初めて 56 CISTEC Journal 2016.1 No.161

(2)IAEA 保障措置協定と韓国の保障措置問題の概要 1 保障措置協定本稿では IAEA 保障措置協定上の問題が頻出する まずは保障措置協定の概要について概要を述べる 保障措置とは ウランやプルトニウムなどの核物質や原子力資機材の使用が平和目的にのみ用いられ 軍事目的に転用されていないことやIAEAに未申告の核物質や原子力活動がないことを確認するための措置であり 核拡散防止条約 (NPT) 上の義務として 非核兵器国である各締約国はIAEAと保障措置協定 (= 包括的保障措置協定 ) を締結するとともにIAEAが行う保障措置活動を受け入れることとなっている この包括的保障措置協定 ( そのひな形文書番号の INFCIRC/153から153 型保障措置協定とも呼ばれる ) は 非核兵器国であるNPT 締約国の平和的な原子力活動に係る全ての核物質を対象とした保障措置協定であり 各国は保障措置の対象となる全ての核物質に関する情報を協定発効の月の最終日から30 日以内にIAEAに申告 ( 冒頭申告 ) し また保障措置に関連する施設の設計情報についてもIAEAに申告しなければならないこととなっている また各国は核物質在庫量を 記録 し IAEAに 報告 しなければならない IAEAの査察とは この冒頭申告に含まれる情報の検認 ( 特定査察 ) 核物質在庫量の 記録 と 報告 が合致しているかの検認 ( 通常査察 ) 及び通常査察の結果から疑義が生じた場合等に通常査察の範囲外の情報または場所にアクセスして行う検認 ( 特別査察 ) を指す なお 特別査察を行う場合は当該国の承認が必要となる 保障措置は上述のとおりNPTに基づき軍事転用を防止するための措置であることから NPT 締約国のうち核兵器国についてはこれを受ける義務はなく 自発的にIAEA 保障措置の適用を受けるために IAEAとの間で締結する 自発的協定 を締結しており またNPT 非締約国であるインド パキスタン及びイスラエルは特定の原子力資機材のみを対象とした限定的な保障措置協定を締結している この包括的保障措置協定は1990 年代前半のイラクと北朝鮮での保障措置問題によって限界が明らかとなった イラクは IAEAとの間で包括的保障措置協定を結び 査察を受けていた しかしながら 1991 年の湾岸戦争後の国連安保理決議に基づく査察の結果 IAEAへの未申告施設において大規模な核開発計画が進んでいたことが発覚し 同年 7 月のIAEA 理事会において保障措置協定違反が認定された 北朝鮮は 1985 年のNPT 加入後 1992 年にIAEA と包括的保障措置協定を結んだものの 未申告の2 つの施設に対するIAEAの特別査察を拒否 1993 年 3 月にNPTからの脱退表明の通告を行った 同年 4 月のIAEA 理事会で 北朝鮮も保障措置協定違反が認定されることとなる ⅰ これらの教訓を踏まえ IAEAでは保障措置の強化策が検討され 1997 年に各国が包括的保障措置協定に追加して締約する議定書である 追加議定書 のひな形 (INFCIRC/540) が採択された 追加議定書には 核物質を伴わない核燃料サイクル関連研究開発活動に関する情報や 原料物質 中高レベル放射性廃棄物など包括的保障措置協定対象外の核物質などの申告情報の拡大 未申告の核物質や原子力活動がないことを確認するためまたは当事国から提供される情報の正確性及び完全性に関する疑義を解消し又は当該情報の整合性に関する問題を解決するためのIAEA 査察官によるアクセス ( 補完的アクセス ) 及び短時間の事前通告による査察などが盛り込まれた 2 韓国の保障措置問題ここで 韓国の本件保障措置問題について IAEAの公式文書 ⅱ などのオープンソースから その概要をまとめてみる IAEAと韓国の間では 1975 年 11 月に包括的保障措置協定が また2004 年 2 月に追加議定書が発効されている 2002 年 12 月及び2003 年 4 月にIAEAは 韓国 太田にあるKAERIのレーザー技術 R&Dセンターについて その研究内容の確認のための訪問を韓国政 ⅰ イラク及び北朝鮮の段落について 加納雄大 原子力外交最前線からの報告 国際環境問題研究所 2015 年 9 月 ⅱ IAEA 理事会文書 GOV/2004/84(2004 年 11 月 11 日付け 理事会文書は通常非公開だが 当該文書は以下のサイトにアップロードされている http://www.globalsecurity.org/wmd/library/report/2004/rok-gov-2004-84_iaea_11nov04.pdf) 2016.1 No.161 CISTEC Journal 57

府に許可を申請したところ 拒絶された 追加議定書発効後の2004 年 3 月でも 韓国は環境サンプルを採集することを許可しなかった 韓国は 追加議定書 2.a 条 ( 核物質を用いない核燃料サイクル関連研究活動に関する申告 ) 後にサンプルの採集を認めることを表明し 同時に韓国のレーザー濃縮技術開発は核燃料を用いないことを引き続き確約した 2004 年 8 月 韓国はIAEAに対し追加議定書に基づく冒頭申告を行い その中でウランのレーザー濃縮を行ったことを以下の内容と併せて報告した - 2000 年 1 月及び2 月に原子法レーザーウラン濃縮実験をKAERIで行った -3.5kgの天然ウランを使用した - 当該濃縮実験では平均 10.2% 最高で77% の濃縮ウラン200mgを製造した - 当該実験設備は廃棄され IAEAの検証が可能 - 韓国政府は当該実験が行われたことを最近知った また IAEAは韓国のレーザー技術開発については外国からの支援も行われたとしている ⅲ IAEAは 2004 年 9 月及び11 月に3 回検証チームを派遣し 当該原子法レーザーウラン濃縮実験は実験室規模であったこと 原料及び濃縮されたウランは比較的少量であったことなどを確認した なお 韓国についてはほぼ同時期にレーザー濃縮の他にも一連の不適切な核関連活動 ( ウラン転換 研究炉を用いたプルトニウム抽出及び化学法によるウラン濃縮 ) を行っていたことも明らかになっている (3) 毎日新聞記事の衝撃ハイノネン元事務次長は2004 年時点ではIAEA 内で保障措置 ( 査察 ) を担当する保障措置局担当事務次長であり 今回の証言は十分信用に足るものと考えられる 韓国における本件保障措置問題は 2004 年 9 月及び11 月のIAEA 理事会で討議されその前後のタイミングで報道もされたから それ自体は初出ではない ただし その不適切な実験に我が国の特許公報記載情報が用いられたことは今回の報道が初めて明 らかにしたと言える この重大事例が起こった理由はただ一つ これまで筆者が指摘してきた 我が国特許法制において機微な出願に対する非公開措置 いわゆる 秘密特許制度 が存在しないことである すなわち 我が国の現行特許制度では 出願資料として その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載された 発明の詳細な説明を述べる明細書の提出が求められ ( 特許法第 36 条第 4 項 ) 不十分な場合は特許が拒絶される ( 同法第 49 条第 4 項 ) こととされており ウラン濃縮など機微な出願も含めあまねく全ての出願について再現可能な程度の技術情報が公開され しかもかかる情報は 特許情報プラットフォーム (J-PlatPat) においてインターネット経由で全世界に公開されてしまっているのが現状だ 今般明らかとなった韓国の事例についての情報伝搬ルートは不明である 上記サイトは2015 年 3 月までは 特許電子図書館 (IPDL) の名称で運用されており 当該 IPDLは1999 年 3 月から本格的なサービスが提供されている ( それ以前は97 年 4 月から公開特許公報英文抄録程度がウェブで提供されていたに過ぎない ⅳ ) 99 年 3 月というサービス開始時期は 韓国で実際に実験が行われたのが本当に2000 年 1~3 月だけであったとするならば IPDL 経由での情報伝播があったかは微妙ではある もっとも 1986 年 10 月から国内の専用端末でならば全出願公開情報の閲覧は可能であったし 仮に当該端末から出力してそれを韓国に持ち込む または輸出したとしても 貿易外省令第 9 条第 2 項第九号ロによって当該取引は経済産業大臣の許可無く取引することが認められており 何ら違法性はない 特許情報の使用についてはどうだろうか レーザー組合は187 件の特許出願を行い 特許権を取得したものもできなかったものもある ハイノネン元事務次長の証言では具体的にこれらのうちどの出願技術が実際に韓国の実験に用いられたか定かではないので 当該実験に用いられた発明が韓国に国際出願されたものかどうかはわからない 特許権はパリ ⅲ ⅳ 上記文書森次顕 特許電子図書館 (IPDL) 以前の産業財産権情報の提供 Japlo YEAR BOOK 2010 58 CISTEC Journal 2016.1 No.161

条約において属地主義がうたわれており 特許権を主張するには当該国において特許権を取得する必要がある 仮に当該発明の特許権を韓国で取得していたとしても 韓国特許法第 96 条第 1 項では試験研究のための特許発明の実施については特許権の効力は及ばないとされていることから 韓国の実験にレーザー組合の特許権が用いられていたとしても問題は無いと言えそうだ いわんや 韓国で特許権を取得していない場合については何ら問題は無い 以上のとおり 我が国の現行特許法上 レーザー濃縮という機微性の高い ( その原理については上述のCISTECジャーナルを参照 ) 技術であろうと その研究開発成果を特許出願することは適法であるし 特許法はかかる技術であっても何ら隔てなく出願から18ヶ月後に公開する この公開情報を取引で輸出しても外為法上何ら問題が無い したがって レーザー組合の情報は全てdue processによって日本から韓国に移転された結果 IAEAに未申告の極秘実験に利用され 通常の民生用途としてははるかに高すぎる濃縮度を達成し IAEAをして深刻な懸念があると言わしめたことになる これが現在の我が国法制がもたらした現実である 3. 法的措置以外での情報管理の困難さと特許法の精神の歪曲 (1) 原子力機微技術開発とその成果の権利化の難しさ毎日新聞の連載記事 核回廊を歩く では 原子力機微技術開発とその情報公開を巡る関係者の生々しい証言が数多く記載されている この中で 2015 年 10 月 30 日付 同 31 日付け 11 月 5 日付及び11 月 7 日付け記事では 以下のような事実が明らかとなっている - 原子力基本法制定により核兵器開発が行われることを阻止するため 同法に日本学術会議が公開の原則を定めるよう強く主張した - 日本の機微技術開発による情報管理や特許出願について少なくとも1967 年と1977 年または 78 年に日米間で非公開協議が開催された -67 年の議題は日本の濃縮技術情報の管理強 化 ここでアメリカからの要請に対し 原子力基本法の公開の原則は譲れないものの 行政指導で秘密維持を図ると回答 -77 年 ( または78 年 ) の協議では アメリカ側から 当時 100 本ほど公開されていたウラン濃縮技術に関する日本の公開特許情報は核不拡散上きわめて問題であることを指摘 日本側からは権利の保護のための防衛的措置として特許申請は必要だが日本の特許にはでたらめの情報もまぶしてありどれが本当の内容か簡単にはわからないはずと返答 -この協議を受け ウラン濃縮開発を担当していた動燃 ( 当時 ) は濃縮関連資料の特別管理とともに 遠心分離機を開発するメーカーに対し 論文発表の禁止や特許申請時の事前相談の義務づけを契約書に盛り込む措置をとった -この措置に対して メーカーからは 開発技術の権利化の必要性 特許権などの多寡が企業評価につながる と反論され難航 特許出願は認めるが 放棄 手続きにより先願権を確保し実質的な権利化を図ることとした 調整できない場合は濃縮技術とわからないような名称にして出願を認めた -このような取り組みをしても ブラジルが東芝に遠心分離技術供与を打診するなど 日本メーカー各社が濃縮技術開発に取り組んでいたことは世界中に知られていた 上記記事を読むと 執筆した記者は 原子力基本法における公開の原則が機微技術にかかる特許出願についても公開を強いる理由と考えているようであるが 筆者としてはそうとは考えにくい 前者は国民に対して原子力についてどのような活動を行っているかを知らしめれば済むのであり 後者のような再現可能な情報開示を伴う権利確保策とは明らかに異なるからである 仮に原子力基本法が理由であったとすると 核兵器開発を阻止するために設けられた公開の原則が 我が国機微技術の海外流出と IAEAに未申告の秘密実験という核兵器開発ととられてもおかしくない事態を招いたのである このことは 原子力基本法が議論され制定された1950 年代前半当時から 我が国の技術開発の範囲やレベル及 2016.1 No.161 CISTEC Journal 59

び国際情勢が当時の状況や想定からはるかに超えており 既に現状に即していないと考えるべきであろう また アメリカは50 年前から我が国の機微技術開発に関する情報管理体制について懸念を有していたこと 67 年に秘密保持を図ると回答していたにも関わらずその10 年後には既に100 本もの特許が公開されていたこと 当時の動燃が厳しい情報管理 特許出願抑制策をとったにも関わらず日本メーカーの機微技術開発活動が世界に知れ渡っていたことにも注目すべきであろう このことは メーカーなどプライベートセクターによる自主的な取り組みは結果として効をなさないことを如実に物語っている 私企業は利潤の追求がその第一義的な目的であり それを制限しなければならない政策的要請がある場合には 例え規制緩和の世の中であっても政府が措置しなければならないのである さらに 特許出願に当たり でたらめの情報をまぶす 濃縮技術とわからないような名称にするなどの対応をせざるを得なかったという関係者の証言も注目に値する そもそも特許公開は 発明を世の中に技術情報として公開し それを基にしたさらなる技術の発展を促すことを目的としている そのために当該技術分野における平均的な能力を有する者が再現可能な詳細情報を公開するのである ここで機微技術を拡散させないために嘘の情報を出願する あるいは技術分野を誤認させるような目くらましを行うことは 特許制度そもそもの目的を否定することになる 言い換えれば 出願する技術の機微性にかんがみると 出願者にそう強いるのが現行制度であると言える 既述のCISTECジャーナルで述べたとおり 我が国にも第二次大戦直後までは秘密特許制度が存在し 主として軍事技術に関する特許情報の公開を抑制していた 戦後 新憲法の戦争放棄の規定により今後軍事技術を開発することはないであろうことから 1948 年に同制度は廃止された 他方 我が国は 1972 年からウラン濃縮技術開発をナショナルプロジェクトとして本格的に開始した この技術は 例えば軍備管理 不拡散の専門家からなる国際的な独立系組織であるIPFM(International Panel on Fissile Materials) のレポートでは For a small national enrichment facility sized to fuel a one GWe LWR( 注 :Light Water Reactor), the time to produce HEU ( 注 :Highly Enriched Uranium)sufficient for a few weapons would be on the order of a few weeks. Commercial centrifuge plants in operation today are typically very much larger, however, sized to fuel tens of power reactors. A facility sized to support about ten reactors would be capable of providing enough HEU for several weapons per week. Countries that have national enrichment plants therefore have near nuclear-weapon state status. と 小規模であっても民生用ウラン濃縮施設を持つことは核兵器国に近い位置づけを持つことと同じであると指摘されている ⅴ ように 仮に小規模であろうが 民生用途であろうが軍事用途であろうがそこには本質的な差異は存在しない 毎日新聞の上記連載記事 (9 月 23 日付 ) にある ( 原子力の世界では核技術は ) 平和利用と軍事利用は一体のものであるというのは常識 という専門家の意見は妥当であると言えよう このように 戦後 70 年を経過した我が国は 準軍事技術とも言える技術を開発し実際に運用している このような事態は 48 年の特許制度改正時には想定し得なかったものであるし またこのような機微な技術を開発している以上 戦前と同じような特許公開を制限する措置が必要であるとも言える なぜなら 戦前は軍事技術開発成果そのもの及びその敵対国への拡散を秘密特許制度により防止していたところ この 軍事技術 を 原子力機微技術 に 敵対国 を 核不拡散上の懸念国 に置き換えれば構造としては戦前も現在も全く同じ状況にあるからだ また 特許出願を抑制していた動燃はメーカーからの反発を受け 出願は認めるものの放棄手続きにより先願権のみを確保させたという対応が紹介されている これは 先願権を規定する特許法第 39 条において 当時の第 5 項では特許出願を取り下げた場合には先願権を認めないという規定があり その反 ⅴ IPFM Global Fissile Material Report 2009 60 CISTEC Journal 2016.1 No.161

対解釈として 放棄 の場合には先願権が付与されるとされていたことに由来する 特許法では出願を辞めてしまう方法として 取り下げ と 放棄 が規定されており 前者は出願手続きを手続き的に撤回する旨の特許庁に対する表明 ( 例えば出願書類に不備があるので近い将来に再度出願するような場合 ) であるのに対し 後者は特許を受ける権利について特許出願をした後に特許庁に対して行う放棄の意思表示 ( この発明について排他的独占権たる特許権を受ける権利を捨てる ) である この 放棄 を出願公開前に行うと 当時の規定では先願権が付与されるだけでなく公開も免れられた したがって 出願企業サイドの観点では 仮に他社が後から同様の出願を行っても拒絶されることとなるので 自社の権利化はできないものの他社の権利化も阻止できるという窮余の策とも言える消極的防衛策をとることができたのである ただし平成 10 年度特許法改正により 同項は放棄と取り下げ両方について先願権を認めないこととしたので もはやこのようなある意味姑息な手法はとれないこととなった かかる 唾付け に先願権を確保させないことは正当な対応と言えようが 他方 機微な技術開発を行う企業としては 完全に特許出願をあきらめるか 上述の虚偽情報や目くらましの出願をするか 開き直って正確な機微情報を出願するかの選択しか残らなくなった 出願をあきらめれば企業の研究開発投資意欲及び研究者の研究意欲 ( 後述 ) が低減するであろうし 虚偽情報を出願すれば特許制度自体の信用が毀損され 開き直れば核不拡散上の懸念がさらに増大する 我が国は核燃料サイクルを依然として堅持しており かかる機微な原子力技術開発を今後とも行っていく必要がある このような中 秘密特許制度の導入以外に上記のトリレンマを解決する方策は筆者には容易に見当たらない 以上の諸点からも 現状に即した特許制度の改正を遅まきながらではあるが検討すべきではなかろうか (2) 研究者のモティベーションの低下我が国現行特許制度は核不拡散とは別の側面の問 題 すなわち機微技術開発に関与する研究者の意欲を低下させ 技術開発の進展を妨げるおそれもある 毎日新聞の連載記事 核回廊を歩く 11 月 12 日付け記事では以下の記述がある - 研究者にとって論文や特許の数は重要な人事評価基準 -ウラン濃縮開発事業を管理した動燃が特許出願や論文発表を制限したため 同事業に参加した東芝では 事業解散時に特許をとれなかったがために希望した職場に戻れなかった研究者がいた - 電力各社が中心となったレーザー組合では厳しい管理をせず 参画した各企業から特許出願が相次ぐ 日本の人事考課システムも意図せざる拡散を招く一因 この問題については 経済産業省のウラン濃縮技術開発プロジェクト評価報告書 ⅵ においても 以下のとおり指摘されている 本事業や前事業( 注 : いずれもウラン濃縮技術開発事業を指す ) のように長期研究期間と厳重な機密性を要する研究開発事業を実施する場合 それに係わる研究員のモティベーションを維持 向上することに努力を要する なぜならば 研究者は 自分の研究成果を公表し その分野で評価されることを最大の喜びとするのが一般的である しかし 本事業のように 長期間同一研究に従事し しかもその結果の公表に厳格な制限がある場合 従事した研究者のモティベーションの維持 向上は大変困難であることが予想できる 論文や特許取得件数が人事評価における有力な基準となるのは日本だけでなく海外においても同様である 例えば 米国エネルギー省傘下の研究所で核兵器開発に従事する研究者の人事評価においても同様の基準となっているとは 同省出身である筆者の同僚の弁である ここで決め手となるのが秘密特許制度である 核兵器開発という機微な分野であっても 重要な発明を行った場合には 彼らは上述の日 ⅵ 産業構造審議会産業技術分科会評価小委員会 ウラン濃縮新技術事業化調査委託費プロジェクト評価 ( 事後 ) 報告書 ( 平成 15 年 5 月 ) 2016.1 No.161 CISTEC Journal 61

本で行われてきたようなおかしな自主規制をすることなく特許出願することができ その件数などを基に適正な人事評価を受けられる 当然出願内容は公開されないので 核不拡散上の懸念も生じない 核兵器開発に意欲的に取り組めることが果たして人類にとって歓迎されるべきことなのか若干複雑な心境とはなるが いずれにせよ機微な技術分野の研究者も秘密特許制度によってモティベーションを維持しながら研究を進めることができるのである 翻って我が国では まじめに研究に取り組んだ研究者がたまたま機微な分野で特許出願ができなかったばかりに十把一絡げな人事考課により不利に扱われることになる このような状況では優秀な研究者は集まらず 満足な研究開発成果は望めないであろう 当然 研究分野の特性に応じた緻密で公平な人事考課システムや職務発明への適切な対価を算定できるシステムを導入することができれば 研究者のモティベーションを維持するために秘密特許制度を導入することは必ずしも必要でないかもしれない ただし 前項で引用したように特許件数の多寡が研究者の評価にとどまらず企業評価をも決めるのであるならば やはり秘密特許制度はその存在価値を有するのである 4. 学術論文の在り方 学術論文の技術情報については 内容その他からみて法の目的を達成するため特に支障がない として 貿易外省令第 9 条第 2 項第九号ロにより大臣の許可なしに取引することができる 本当に支障が無いのであろうか 毎日新聞の連載記事 核回廊を歩く では これまで述べてきたような我が国特許法制による機微技術開発成果の拡散についてだけでなく かかる分野の発表論文の危険性についても触れている 9 月 15 日及び16 日付け同連載では以下の点を述べている -1973 年 京大工学部のM 助教授 ( 当時 ここでは実名を伏す ) は遠心分離機内のガスの流れに関する研究を始める - 国会図書館で調べたアメリカの先行論文は 核兵器開発につながる極秘技術であることか ら題名だけが公開され 中身は機密であった -M 助教授は74 年以降 その研究成果をイギリスの学会誌に次々と発表 世界初の公開論文であり 研究者として栄誉を得た - 当該論文は遠心分離機の作り方などハードの部分は書かれていなかったものの ガスの滞留に悩む技術者が読めば ぴたっとはまる 危険な論文 - 遠心分離性能を飛躍的に向上させたロシア人専門家から あなたの論文は私たちのバイブルだった と告げられた -その後 M 助教授などは核兵器開発を密かに目指していたパキスタンやブラジルから誘いを受ける その中にはパキスタンの原爆の父 A.Q. カーンも含まれる - 核兵器開発につながりかねない技術を公開した理由として 当時の大学紛争で暴力学生から生き残るためと説明 学術論文については 研究者など 書く側 と学会など 公開する側 の両面で検討していく必要があろう まず公開する側について上記記事でわかることは アメリカは機微な分野においては学術論文であってもしっかりとした対策をとっており どの研究者がどのような研究をしたのかといった最低限の情報のみを世の中に発表していることがわかる 他方 イギリスの学会ではそのような対策をとっておらず 全部を公開してしまっていたようだ その結果 記事中のロシア人専門家の発言により かかる学会誌による日本の機微な論文の公開がロシアの遠心分離性能を飛躍的に向上させたことが暗示されている ロシアは核兵器国であるので上述の韓国の事例とは核不拡散上は一線を画すべきであるものの いずれにせよ日本の機微な情報が海外に拡散したことは間違いないと言えよう 翻って書く側についてであるが 上記記事の例では 大学紛争でやむを得なかった事情はあるものの 結果としてM 氏は研究者として栄誉を得た と胸を張っている この姿勢については 筆者としてはある種のいらだちを感じざるを得ないのも事実であるが しかしながら前述の経済産業省報告書にも 62 CISTEC Journal 2016.1 No.161

あるとおり 研究者にとって自らの研究を世の中に発表し認められることは至上の喜びであることを前提とすると ( たとえアメリカが先行論文を非公開にした核不拡散上の配慮を結果的に出し抜いた上での栄誉であり かつその機微な内容が海外に拡散したとしても ) ある種やむを得ないのかもしれない 研究者は研究をし その成果を論文にしたい生き物なのである そのような生き物を世の中に大過なく共存させ かつその生み出す知恵の実を活用するためには 公開する側が世の中と共存させる仕組み すなわち機微な論文を国際社会の要請にマッチする形で公開させるルールを作るべきではなかろうか その点から このアメリカの対応 つまり題名だけを公開するということは 核不拡散上の要求と研究者の発表したい欲求や世の中に認められたい欲求を一定程度両立させる一つの手段であるかもしれない 広く一般にはかかる限定されたものを公開し 論文本体はそれを真に必要とする限定的なコミュニティで共有するなどの措置は有効であろう このような対応により 前項のような研究者のモティべーション維持も期待できる もっとも 最近は研究者が学会誌などによらずインターネットで自らの業績として公開してしまう例も多数あるが このような場合は研究者自ら慎重な対応をとってもらうしかない 特に原子力機微技術開発では個人研究家の参画は考えにくいから 研究者は何らかの組織に所属していると考えることが普通である したがって 当該組織が所属研究者の情報公開ポリシーを職務規定上明記するとともに 不断の啓蒙活動を行っていく必要があろう また こうして見てみると 特許の公開制度と学会誌の発表は非常に似通った仕組みであることがわかる 出願者や論文執筆者は詳細かつ正確な記載が求められる 特許制度では法制度がそれを求めているし 学会誌では学術的正しさが大前提であるからだ また それらを公開する側は一定の公開ポリシーを有し アメリカのように特許でも学会誌でも内容を精査し公開に適さないものについては必要な非公開措置をとる ( 他方 イギリス学会誌や日本の特許制度 ( おそらく学会誌も ) では公開してしまう ) したがって もし我が国が秘密特許制度を導 入するとした場合 アメリカの学会誌の手法はその制度設計上参考にすべき措置と言える 特許出願公開は 当該発明を行った者の 欲求 を満足させるだけでなく 同様の研究を行おうとしている他社にとってみると先行研究の把握による重複投資の回避 ( 出願会社の観点では競合他社への牽制効果 ) があるわけで 海外の秘密特許制度に多く見受けられる全てを秘密にしてしまう制度 ( 例えばアメリカ特許法では 出願公開を定める第 122 条において 秘密保持命令が出された出願は出願公開の適用除外とされているし ドイツ特許法でも第 31 条 (5) で秘密対象特許の出願公開については最上級の連邦当局の同意が必要とされている ) では かかる特許公開制度のメリットを享受できない 発明の名称やその内容をある程度把握できるが再現まではできない程度の情報を公開することは 特許制度における産業政策 企業活動 研究活動上の要請と核不拡散上の政策的要請を両立させる手段といえよう ( 詳細な制度設計については筆者の過去の論文 ( 例えば化学生物総合管理学会学会誌第 9 巻第 2 号など ) を参照されたい ) 5. まとめ 毎日新聞の一連の報道により 韓国の不適切なレーザーウラン濃縮実験に我が国特許制度に基づく公開情報が用いられたことが初めて明らかになるとともに かかる原子力関連機微技術開発の成果の権利化や研究者 企業のモティべーション維持などにおいて 現行特許制度が大きな障害となっていることがわかった 韓国の事例は 追加議定書の発効を契機として IAEAに未申告の実験があったことを自ら報告したことにより露呈したという比較的珍しい例であると言える 2004 年 2 月の追加議定書の発効により IAEA 査察官はこれまでIAEAに申告されていない施設にも 補完的に アクセスすることが可能となり 当該秘密実験が発見されてしまうであろうことなどから ついに観念したのかIAEAに報告した とされている ⅶ NPT 締約国 191カ国 地域 ( 核兵器国を含む ) の ⅶ http://cns.miis.edu/stories/041109.htm#fnb10 2016.1 No.161 CISTEC Journal 63

うち追加議定書に署名 発効している国はその3 分の2 以下の126カ国 (2015 年 7 月現在 ) に過ぎない 残りの3 分の1の国々の大部分については包括的保障措置協定及びそれに準じる保障措置協定が発効 実施されている ( 核兵器国は除く ) ものの 12カ国はそれさえも発効されていない NPT 非締約国のインド パキスタン及びイスラエルでは66 型協定という極めて限定的な保障措置が適用されているのみであるし 南スーダンに至ってはNPT 未締約だけでなくいかなる保障措置も適用されていない 包括的保障措置協定は その名前から受ける印象とは異なり査察対象は原則的に締約国から申告された施設 核物質の情報がベースとなっており 未申告施設への査察 ( 特別査察 ) は相手国政府からの承認が必要となる したがって 韓国が過去行ったとおり受け入れ国政府が拒絶すれば査察はできない このように 仮に追加議定書による補完アクセスが万能であったとしても 依然として世の中には 未申告の核関連活動を第三者が確認できない国が数多くある 現在の我が国特許法制を念頭に置けば 韓国への拡散は我が国の特許関連情報が核関連活動に用いられた唯一の事例としてではなく むしろ氷山の一角と捉えるべきではなかろうか 第二次大戦の教訓を踏まえ 秘密特許制度を廃止し 原子力基本法に公開の原則を導入した意図は尊い しかしながら 現在の我が国の技術レベルやエネルギー情勢 さらには国際的な核不拡散上の状況は当時全く想定できなかったことであり 原子力機微技術分野で高い技術力を有する我が国は 時々の情勢に応じ柔軟に法制度を改めていくべきである 韓国への技術流出及びその技術が不適切な実験に用いられたという事態を重く受け止め 秘密特許制度の再導入をはじめとするより包括的かつ実効的な核不拡散体制を構築していくべきである 64 CISTEC Journal 2016.1 No.161