1. 研究の目的 東日本大震災の発生や台風 集中豪雨による災害の頻発をふまえ 災害対応 危機管理のための被害想定やハザードマップの作成が各地で進んでいる 不動産評価にも災害リスクが考慮されつつある一方で ハザードマップの公表や警戒区域の指定が不動産価値の低下につながることを懸念する声もある しかし

Similar documents
20 土地総合研究 2011 年冬号 寄稿 低層住宅地における地価の要因分析 - 名古屋 15 km圏における第一種低層住居専用地域の地価を対象として - 名古屋工業大学工学部津上博行名古屋工業大学大学院工学研究科工学博士兼田敏之 1. 研究の背景と目的 近年 国民の住環境への関心の高まりから建築協

<4D F736F F F696E74202D E738A5889BB8BE688E68A4F82CC926E89BF908492E882C98AD682B782E98CA48B862E707074>

構想 とは 都市の郊外化を抑制し 都市機能の中心部への集積の推進と 都市機能の中心部集積に伴う中心市街地活性化を図るものである この構想の中では 基本的な考え方として 自家用自動車に過度に依存することのないコンパクトシティの形成を図る交通体系の確立 が定められている このことからも 公共交通機関を主

国土技術政策総合研究所 プロジェクト研究報告

市街地再開発事業による社会的便益の分析

[ 地区計画における地区施設道路等の整備効果に関する分析 ] まちづくりプログラム MJU09061 津田あゆみ はじめに 1-1 研究の目的と背景都市計画区域内においては地域地区制 ( ゾーニング ) による土地利用規制が行われている これらの土地利用規制は規制がなかった場合に用途や高さの混在によ

Microsoft Word - 暱京髟裆 平拒16年(衄ㇳ)32.docx

目次調査結果の要約 東京圏全体の概況... 3 (1) 地価変動率... 3 (2) 地価指数 東京圏内都県別の概況... 4 (1) 地価変動率... 4 (2) 地価指数 東京都内エリア別の概況 ( 住宅地 商業地 工業地合計 )... 6 (1)

(2) 市原市における区域設定の考え方本市においては 更級地区における商業集積や沿岸における工業地帯の形成等 これまで特色ある土地利用展開を行ってきた経緯を踏まえ 居住誘導区域の設定に合わせ地域の特性に応じた区域を設定します 市原市における区域設定の考え方 市街化区域 1 居住誘導区域 2 一般居住

第 8 章地価の動向 1 地価公示及び地価調査のあらまし 目 的 地価公示は 地価公示法に基づき 都市及びその周辺地域等において標準地を選定し その正常な価格を公示することにより 一般の土地の取引価格に対して指標を与え 及び公共の利益となる事業の用に供する土地に対する適正な補償金の額の算定等に資し

地域経済分析システム () の表示内容 ヒートマップでは 表示する種類を指定する で選択している取引価格 ( 取引面積 mあたり ) が高い地域ほど濃い色で表示されます 全国を表示する を選択すると 日本全国の地図が表示されます 都道府県単位で表示する を選択すると 指定地域 で選択している都道府県

Microsoft PowerPoint - 参考資料 各種情報掲載HPの情報共有

平成 29 年 7 月 20 日滝川タイムライン検討会気象台資料 気象庁札幌管区気象台 Sapporo Regional Headquarters Japan Meteorological Agency 大雨警報 ( 浸水害 ) 洪水警報の基準改正 表面雨量指数の活用による大雨警報 ( 浸水害 )

<4D F736F F D2095DB974C E8A A E89638B4B91A52E646F63>

気象庁 札幌管区気象台 資料 -6 Sapporo Regional Headquarters Japan Meteorological Agency 平成 29 年度防災気象情報の改善 5 日先までの 警報級の可能性 について 危険度を色分けした時系列で分かりやすく提供 大雨警報 ( 浸水害 )

73,800 円 / m2 幹線道路背後の住宅地域 については 77,600 円 / m2 という結論を得たものであり 幹線道路背後の住宅地域 の土地価格が 幹線道路沿線の商業地域 の土地価格よりも高いという内容であった 既述のとおり 土地価格の算定は 近傍類似の一般の取引事例をもとに算定しているこ

筑豊広域都市計画用途地域の変更 ( 鞍手町決定 ) 都市計画用途地域を次のように変更する 種類 第一種低層住居専用地域 第二種低層住居専用地域 第一種中高層住居専用地域第二種中高層住居専用地域 面積 約 45ha 約 29ha 建築物の容積率 8/10 以下 8/10 以下 建築物の建蔽率 5/10

平成27年基準年度固定資産税標準 宅地の鑑定評価でのバランス検討体制等に関する説明会資料

<4D F736F F D B4C8ED294AD955C8E9197BF E894A8AFA8B7982D191E495978AFA82C982A882AF82E996688DD091D490A882CC8BAD89BB82C982C282A282C4816A48502E646F63>

木造住宅の価格(理論値)と建築数

Microsoft Word 都市計画報告(西村・森).doc

図 1 平成 19 年首都圏地価分布 出所 ) 東急不動産株式会社作成 1963 年以来 毎年定期的に 1 月現在の地価調査を同社が行い その結果をまとめているもの 2

<4D F736F F D CF6955C95B68F9182CC E815B836C CF68A4A977095B68FC

~ 都市計画道路予定地の評価 ~ 今回の豆知識では 我々不動産鑑定士が日常の評価業務において良く目にする 都市計画 道路予定地 の評価について取り上げてみたいと思います 1. 都市計画道路とは? 都市計画法では 道路 公園 下水道処理施設等の施設 ( 都市施設 ) のうち必要なものを都市計画に定める

多変量解析 ~ 重回帰分析 ~ 2006 年 4 月 21 日 ( 金 ) 南慶典

Microsoft Word - H30 市税のしおり最終版

<819A819A94928E E738C7689E F E6169>

また, 区域外の道路部分については, 区域内の道路の整備後に, 交通量等の利用状況をみて, 検討していきます 4 常磐自動車道の側道沿いの一方通行の道路について, 一方通行の制限を解除できないのか また, この道路の交通量についても調査を実施した上で, 区域外の道路の整備をしなければならないのではな

平成 22 年 5 月 7 日 問い合わせ先 国土交通省土地 水資源局土地市場課課長補佐小酒井淑乃 係長塩野進代表 : ( 内線 :30-214, ) 直通 : 土地取引動向調査 (*) ( 平成 22 年 3 月調査 ) の結果について

1 天神 5 丁目本件土地及び状況類似地域 天神 5 丁目 本件土地 1 状況類似地域 標準宅地

スライド 1

スライド 1

スライド 1

<4D F736F F D A6D92E894C A968795FB8E738E738A5889BB92B290AE8BE688E682CC926E8BE68C7689E682CC834B C98AD682B782E9895E97708AEE8F80>

(審42)参考 福島県内の宅地の調査

計画書

国土技術政策総合研究所 研究資料

記者発表資料

基準年度評価替えの標準宅地 地点の鑑定 地域要因に係る価格形成要因の一覧と取得 評価額と の価格形成要因を使用した 地 方法を表1に示す 道路幅員や国道 市道およ 価モデルでは 鑑定評価額は目的変数に 価 び私道の道路種別等の自治体で使用している 格形成要因は説明変数にした 価格形成要因のデータは自

(審47)参考2 福島県内の宅地の調査

指定標準 適用区域 建ぺい率 容積率 建築物の高さの最高限度 m 用途地域の変更に あたり導入を検討 すべき事項 ( 注 2) 1. 環境良好な一般的な低層住宅地として将来ともその環境を保護すべき区域 2. 農地等が多く 道路等の都市基盤が未整備な区域及び良好な樹林地等の保全を図る区域 3. 地区計

第 3 次 山形県総合発展計画 短期アクションプラン ( 平成 25 年度 ~28 年度 ) 平成 2 5 年 3 月 山形県

<8E738A5889BB92B290AE8BE688E E C E6169>

大谷周辺地区 及び 役場周辺地区 地区計画について 木原市街地 国道 125 号バイパス 役場周辺地区 (43.7ha) 美駒市街地 大谷周辺地区 (11.8ha) 地区計画の概要 地区計画とは住民の身近な生活空間である地区や街区を対象とする都市計画で, 道路や公園などの公共施設の配置や, 建築物の

東京の土地2017(土地関係資料集)

スライド 1

Microsoft Word - (新)滝川都市計画用途地域指定基準121019

共同住宅の空き家について分析-平成25年住宅・土地統計調査(速報集計結果)からの推計-

0524.xdw

東京都市計画第一種市街地再開発事業前八重洲一丁目東地区第一種市街地再開発事業位置図 東京停車場線 W W 江戸橋 JCT 日本橋茅場町 都 道 一石橋 5.0 特別区道中日第 号線 江戸橋 15.

<4D F736F F D2091E E8FDB C588ECE926E816A2E646F63>

<4D F736F F D2081A196A78F578E738A58926E8DC490B695FB906A B95D2816A2E646F63>

第1号様式(第9条第1項関係)

富士見市都市計画法に基づく開発許可等の基準に関する条例

表 1) また 従属人口指数 は 生産年齢 (15~64 歳 ) 人口 100 人で 年少者 (0~14 歳 ) と高齢者 (65 歳以上 ) を何名支えているのかを示す指数である 一般的に 従属人口指数 が低下する局面は 全人口に占める生産年齢人口の割合が高まり 人口構造が経済にプラスに作用すると

<4D F736F F D2082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A082A F6D70926E906B8D488A778CA48B8694AD955C89EF816996EC91BA816A82522E646F63>

用途地域の指定のない地域の建築形態規制\(素案\)

<4D F736F F D20819A819A819A F18D908F C8E863F96DA8E9F816A5F >

1.民営化

3-3 新旧対照表(条例の審査基準).rtf

記者発表資料

重ねるハザードマップ 大雨が降ったときに危険な場所を知る 浸水のおそれがある場所 土砂災害の危険がある場所 通行止めになるおそれがある道路 が 1 つの地図上で 分かります 土石流による道路寸断のイメージ 事前通行規制区間のイメージ 道路冠水想定箇所のイメージ 浸水のイメージ 洪水時に浸水のおそれが

スライド 1

鹿嶋市都市計画法の規定による市街化調整区域における

不動産流通システム改革による我が国の不動産流通市場の活性化に向けて ( 平成 24 年 6 月 不動産流通市場活性化フォーラム 提言より ) 不動産流通市場の現状 誰が建てたか判らない 修繕等の情報が判らない 耐震性能 省エネ性能が判らない劣化の状況が判らない リフォームの可否が判らない不動産業者か

( 資料 3) 比較検討した住宅 (%) 注文住宅取得世帯分譲戸建住宅取得世帯分譲マンション取得世帯 中古戸建住宅取得世帯 中古マンション取得世帯 ( 資料 4) 住宅の選択理由 (%) 注文住宅取得世帯分譲戸建住宅取得世帯分譲マンション取得世帯 中古戸建住宅取得世帯 中古マンション取得世帯 ( 資

第 Ⅱ ゾーンの地区計画にはこんな特徴があります 建築基準法のみによる一般的な建替えの場合 斜線制限により または 1.5 容積率の制限により 利用できない容積率 道路広い道路狭い道路 街並み誘導型地区計画による建替えのルール 容積率の最高限度が緩和されます 定住性の高い住宅等を設ける

Microsoft Word - 別添資料

Microsoft Word - 増改築の取扱い

能勢町市街化調整区域における地区計画のガイドライン

3 市長は 第 1 項の規定により指定した土地の区域を変更し 又は廃止しようとするときは あらかじめ久喜市都市計画審議会 ( 以下 審議会 という ) の意見を聴くものとする 4 第 1 項及び第 2 項の規定は 第 1 項の規定により指定した土地の区域の変更又は廃止について準用する ( 環境の保全

平成13年度地価調査の概要

目次 1 降雨時に土砂災害の危険性を知りたい 土砂災害危険度メッシュ図を見る 5 スネークライン図を見る 6 土砂災害危険度判定図を見る 7 雨量解析値を見る 8 土砂災害警戒情報の発表状況を見る 9 2 土砂災害のおそれが高い地域 ( 土砂災害危険箇所 ) を調べたい 土砂災害危険箇所情報を見る

国土技術政策総合研究所 研究資料


2025年の住宅市場 ~新設住宅着工戸数、60万戸台の時代に~

平成 23 年 11 月 17 日 問い合わせ先 国土交通省土地 建設産業局土地市場課課長補佐松本浩 係長塩野進代表 : ( 内線 :30-214) 直通 : 土地取引動向調査 ( 平成 23 年 9 月調査 ) の結果について 1. 調査目的 本調査

ハザードマップポータルサイト広報用資料

(2) 区域内の主要な道路が 環境の保全上 災害の防止上 通行の安全上又は事業活動の効率上支障がないような規模及び構造で適当に配置されており かつ 区域外の相当規模の道路と接続していること (3) 区域内の排水路その他の排水施設が その区域内の下水を有効に排出するとともに その排出によって区域及びそ


Microsoft Word 【詳細版】.doc

- -

4. 都市機能誘導区域 4.1 都市機能誘導区域設定の基本的な考え方 (1) 都市機能誘導区域とは医療 福祉 商業等の都市機能を都市の中心拠点や生活拠点に誘導し集約することにより これらの各種サービスの効率的な提供を図る区域のことです 原則として 居住誘導区域内において設定します これらの都市機能は

リクルート住宅価格指数マンスリーレポート9月号

平成13年度地価調査の概要

スライド 1

1 見出し1

目次 ( )

Microsoft Word - 第4回(2015年4月)国際指数_記者発表_final

令和元年長崎県地価調査結果の概要について 1. 調査目的等地価調査は 地価公示と併せて一般の土地取引の価格に対する指標及び公的土地評価の基準等となるものであり 毎年 1 回 7 月 1 日現在の県下の基準地価格を判定し 公表している 基準地数 :447 地点 ( 住宅地ほか :438 地点林地 :9

はじめに 都市再生緊急整備地域及び特定都市再生緊急整備地域は 都市再生特別措置法 ( 平成 14 年 4 月 5 日公布 平成 14 年 6 月 1 日施行 以下 法 という ) に基づき 国が政令で指定するものです 1 都市再生緊急整備地域 趣旨 都市機能の高度化及び都市の居住環境の向上を図るため

スライド 1

(審44)参考2  福島県内の宅地の調査


第 4 章居住誘導区域 第 4 章居住誘導区域 1. 居住誘導区域 (1) 居住誘導区域の定義等居住誘導区域とは 都市再生特別措置法 * に定める 都市の居住者の居住を誘導すべき区域 のことで 都市計画運用指針 * において 人口減少の中にあっても一定のエリアにおいて人口密度を維持することにより 生

目次 1. 概要 地図の操作 重ねるハザードマップの表示方法 重ねるハザードマップをみる 災害種別を選択する すぐにみる 住所を検索する すべての情報から選択する..

交通インフラのストロー効果と地域間格差

及びその周辺の地域における自然的条件 建築物の建築その他の土地利用の状況等を勘案し 集落の一体性を確保するために特に必要と認められるときは この限りでない (2) 区域内の主要な道路が 環境の保全上 災害の防止上 通行の安全上又は事業活動の効率上支障がないような規模及び構造で適当に配置されており か

別紙 1600 年分の自然災害を振り返る災害年表マップ ~スマートフォン タブレット対応のお知らせと Web 技術者向け API 配信項目拡大のご案内 ~ 1. 災害年表マップについて災害年表マップは 過去の自然災害事例を発生年ごとに市区町村単位で Web 地図上に表示する Web サービスです 地

PowerPoint プレゼンテーション

Transcription:

公益財団法人大林財団 研究助成実施報告書 助成実施年度 2014 年度 ( 平成 26 年度 ) 研究課題 ( タイトル ) 地価変動にみる災害リスク認知に関する研究 研究者名 所属組織 研究種別研究分野助成金額概要 稲垣景子横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院特別研究教員研究助成都市政策 都市経済 90 万円本研究では 災害や災害リスク情報の開示が地価へ与えた影響を示し 地価変動に基づくリスク認知の実態把握の可能性を検証する 地価に影響を与える要因に災害リスクを加え 神奈川県域において地価形成要因分析を行ったところ 災害リスクが地価に与える影響は非常に小さいものの 土砂災害リスクが地価に 津波浸水リスクが東日本大震災前後の地価変動率に影響していることが確認された 地価は災害リスクの受け止め方を示す指標と捉えられ 地価の時系列変化を観察することは 社会が災害リスクを認知する機会とその期間を把握することにつながると考える 発表論文等 地域安全学会梗概集 No.38, p.1433-144, 2016 年 6 月 研究者名 所属組織は申請当時の名称となります ( ) は 報告書提出時所属先

1. 研究の目的 東日本大震災の発生や台風 集中豪雨による災害の頻発をふまえ 災害対応 危機管理のための被害想定やハザードマップの作成が各地で進んでいる 不動産評価にも災害リスクが考慮されつつある一方で ハザードマップの公表や警戒区域の指定が不動産価値の低下につながることを懸念する声もある しかし 土地の災害安全性と不動産市場価値との関係は不明瞭で 災害リスク情報の公表が地価へ与える影響は一時的なものとされている また 成熟社会を迎え都市のコンパクト化が志向されており 集約 縮退候補地を選定する際に災害リスクを考慮することが望まれるが その実現には 他の指標や土地所有者の意向, 不動産取引の実態等をふまえた総合的な視点が欠かせない そこで本研究では 不動産市場をはじめとする社会が災害リスクをどう評価しているのか その実態を明らかにするため 害発生や災害リスク情報の公表が地価へ与えた影響を示し 地価変動に基づくリスク認知の実態把握の可能性を検証する 研究対象地は 都市的土地利用が大半を占める神奈川県域とし 地価公示及び都道府県地価調査データを GIS 上で整理する 主に津波浸水リスクを対象とし 2011 年 3 月 ( 東日本大震災 ) 等を防災意識 リスク認知度が高まるターニングポイントと位置付け 地価評価地点の浸水深等のハザードレベルも反映し地価変動との関係を分析する 災害リスク以外に地価に影響を与える変数として 駅からの距離 都心までの所要時間 前面道路幅員 等を候補に 地価および地価変化率の形成要因を分析し 災害リスクと地価変動との関係を明らかにする 地価と説明変数のデータは GIS 上で地理空間情報として整理しデータベース化する 地価は 国土交通省国土数値情報ダウンロードデータを用い 周辺環境については 国土数値情報の他に基盤地図情報の GIS データを用いるなど 公開されている既存データを活用し 効率的かつ客観的に分析を行い 他の自然災害や他地域への適用も視野に手法の汎用化を目指す 2. 研究の経過 研究対象地は 主に神奈川県の相模湾に接する9 市町 ( 三浦市 横須賀市 葉山町 逗子市 鎌倉市 藤沢市 茅ケ崎市 平塚市 大磯町 ) とした 沿岸部は津波浸水リスクを有し 内陸では土砂災害リスクを有している 当該地域の地価公示データ 1) と災害リスクデータ 2) 3) を GIS 上で重ねあわせ 地価公示データの属性に 災害リスクの有無 を加えたうえで ヘドニック アプローチによる地価形成要因分析を行った 災害リスクの他に 駅からの距離 都心までの所要時間 地積 容積率 前面道路幅員 市街化調整区域 都市ガス敷設状況 下水道敷設状況 などを説明変数の候補とした ( 表 1) なお 建ぺい率 は 容積率 と強い相関関係にあったため説明変数から除外した また 業務地域と住宅地では地価の形成要因が異なると考えられるため 説明変数から 用途地域 を除き 住宅地に限定することとした さらに 災害の発生が地価に与えた影響を把握するため 2011 年 3 月 ( 東日本大震災 ) を防災意識 リスク認知度が高まるターニングポイントと位置付け 震災前後の地価を対象に 地価変動と津波浸水リスクとの関係を分析した

被説明変数説明変数 表 1. 分析に使用した変数 変数 内容 公示価格[ 円 / m2 ] 住宅地の地価 公示価格の変動率[%] 駅からの距離 最寄駅までの距離 [m] 都心への時間 (1) 最寄駅から山手線の駅までの所要時間 [ 分 ] 地積 土地面積 [ m2 ] 容積率 延床面積の敷地面積に対する割合 [%] 前面道路の幅員 前面道路の幅員 [m] 調整区域ダミー 市街化調整区域は 1 市街化区域は 0 都市ガスダミー 都市ガス整備済は 1 未整備は 0 下水道ダミー 下水道整備済は 1 未整備は 0 津波浸水深 2) 津波浸水想定図に基づく津波浸水深 [m] 土砂災害ダミー 3) 土砂災害警戒区域または土砂災害危険箇所内は 1 他は 0 本研究で用いた GIS データ 1) 国土交通省 : 国土数値情報 地価公示データ 平成 28 年度 2) 神奈川県 : 津波浸水想定図 平成 27 年 3 月 3) 神奈川県 : 土砂災害警戒区域データ ( 平成 28 年 3 月 ) 及び土砂災害危険箇所データ 3. 研究の成果 3-1. 地価形成要因分析 2016 年度の公示価格を被説明変数, 津波 土砂災害リスクを含む地価形成要因 ( 表 1) を説明変数として重回帰分析を行った ( サンプル数 303) 結果を表 2の左列に示す 湘南地域の住宅地では, 最寄駅からの距離や, 最寄駅から都心部への所要時間, 市街化調整区域であることが 1% 有意で地価に負の影響を, 都市ガスが整備されていることや前面道路幅員が 5% 有意で地価に正の影響を与えていた 災害リスクに関しては 津波浸水深 は係数 0.139 で 1% 水準で有意であり 津波浸水深が大きいほど地価が高い結果となった 湘南地域では海に近い住環境が津波リスクを超える魅力として捉えられていると考えられる 土砂災害ダミー は係数 -0.072 で 10% 水準で有意であった 土砂災害リスクの有無が地価にわずかに影響を与えていることがわかった 3-2. 地価変動率形成要因分析東日本大震災の影響を確認するため 地価変動率を被説明変数として分析した 過去 10 年間に新設 選定替えのあった調査地点を除く計 214 地点について 前年度地価に対する変動率の推移 ( 図 1) を見ると 津波リスクのある調査地点の方が 2012 年以降の地価変動率が小さく下落傾向が顕著であった

2006-2007 2007-2008 2008-2009 2009-2010 2010-2011 2011-2012 2012-2013 2013-2014 2014-2015 2015-2016 そこで 震災前後 (2011~2016 年度 ) の地価変動率を被説明変数 津波 土砂災害リスクを含む地価形成要因 ( 表 1) を説明変数として重回帰分析を行った ( サンプル数 214) 結果を表 2 の中央列に示す 最寄駅からの距離や 最寄駅から都心部への所要時間 市街化調整区域であることが 1% 有意で地価変動率に負の影響を 下水道整備が 1% 有意で地価変動率に正の影響を与えていた 津波浸水深 は係数 -0.172 で 1% 水準で有意であり 地価を下げる要因となっている 次に 比較対象として震災前の 5 年間 (2006~2011 年度 ) の地価変動率を被説明変数として重回帰分析を行った 結果を表 2の右列に示す 最寄駅からの距離や 最寄駅から都心部への所要時間が 1% 有意で地価変動率に負の影響を 地積や都市ガス整備が地価変動率に正の影響を与えている 津波浸水深 は係数 0.218 で 1% 水準で有意であり 地価変動率を上げる要因となっている 東日本大震災の発生を契機に 津波浸水リスクが湘南沿岸部の地価を下げる要因となったと考えられる なお 土砂災害ダミー の係数は両期間ともマイナス値ではあるものの 有意差は認められなかった 7.5% 5.0% 2.5% 津波リスク無の平均値津波リスク有の平均値 0.0% -2.5% -5.0% 図 1. 地価変動率の推移 ( 津波リスクの有無別 ) 表 2. 地価 地価変動率形成要因分析 ( 重回帰分析 ) の結果 被説明変数 2016 年地価 2011-2016 年地価変動率 2006-2011 年地価変動率 (N=303) (N=214) (N=214) 説明変数 偏回帰標準偏回帰偏回帰標準偏回帰偏回帰標準偏回帰 t 値 t 値係数係数係数係数係数係数 t 値 駅からの距離 [m] -11.771-0.354-7.699 ** -0.001-0.278-5.677 ** -0.001-0.225-3.461 ** 都心への時間 [ 分 ] -2764.472-0.403-9.124 ** -0.373-0.528-11.579 ** -0.164-0.255-4.221 ** 地積 [ m2 ] 0.574 0.007 0.153 0.006 0.048 1.101 0.023 0.207 3.542 ** 容積率 [%] -33.699-0.034-0.810 0.001 0.006 0.140-0.002-0.020-0.347 前面道路幅員 [m] 2874.955 0.088 1.983 * -0.151-0.028-0.653-0.367-0.076-1.315 調整区域ダミー -43372.944-0.137-2.860 ** 4.983 0.137 2.832 ** -3.335-0.101-1.574 都市ガスダミー 16831.861 0.128 2.465 * 0.891 0.062 1.156 2.258 0.173 2.434 * 下水道ダミー 5665.431 0.024 0.499 7.600 0.303 6.194 ** 1.422 0.063 0.963 津波浸水深 [m] 6417.134 0.139 3.474 ** -0.812-0.172-4.135 ** 0.935 0.218 3.954 ** 土砂災害ダミー -13783.624-0.072-1.788-1.077-0.050-1.202-0.772-0.039-0.716 定数項 287300.438 12.022 ** 7.789 2.719 ** 0.374 0.109 修正済決定係数 0.528 0.647 0.378 ** 1% 有意,* 5% 有意

4. 今後の課題 本研究では 地価変動に基づくリスク認知の実態把握の可能性を検証するため 神奈川県湘南地域の住宅地における津波浸水 土砂災害リスクを対象に地価形成要因分析を行った 分析の結果 災害リスクが地価に与える影響は小さいものの 土砂災害リスクが地価にわずかに影響し 津波浸水リスクが東日本大震災後の地価変動率に影響したことが確認された 本研究の対象地は災害リスクより 湘南ブランド の影響が大きく表れている可能性があり 地方の沿岸域においても検討する必要があるが 地価は災害リスクの受け止め方を示す指標と捉えられ 地価の時系列変化を観察することは 社会が災害リスクを認知する機会とその期間を把握することにつながると考える 今後は 属性移動等もふまえ地価データを精査し 分析精度を向上させるとともに 東日本大震災以外の災害発生や災害リスク情報の公表時期を詳細に整理し 地価変動を分析する予定である 神奈川県は東日本大震災後に津波浸水予測図 ( 改定版 ) を全国に先駆け 2011 年 12 月に公表しており 隣接する東京都や静岡県沿岸部の地価変動と比較することで リスク情報開示の影響を把握できると考える また 土砂災害防止法 (2001) に基づく土砂災害特別警戒区域や 津波防災地域づくり法 (2011) に基づく津波災害特別警戒区域では 開発行為や建築が制限される 災害リスクを考慮した都市 地域再生を実現するためには このような施策の影響 効果を継続的に確認することが重要であり 区域指定時期と地価変動との関係を明らかにすることも有用と考える なお 浸水想定区域データ ( 国土数値情報 平成 24 年度 ) を用いて 説明変数に洪水浸水リスクを加え類似の分析を行ったが 地価および地価変動率を下げる影響は確認できなかった (2) 神奈川県では河川沿いの低地部に鉄道や幹線道路が集積している市街地も多く 災害リスクより利便性が評価されていると考えられる 今後 神奈川県外において災害発生や災害リスク情報の公表時期もふまえ 分析を行う必要がある また 本研究では入手が容易な地価公示データを活用し 他の自然災害や他地域への適用も視野に汎用的な手法の開発を目指した 今後は 路線価や実勢価格等も反映し より実態に即した分析手法の開発につなげる計画である 本研究に関連した発表論文 (1) 稲垣景子 炭吉祐輝 佐土原聡 : 地価変動にみる災害リスク認知 - 神奈川県 湘南地域を対象として- 地域安全学会梗概集 No.38 p.143-144 2016 年 6 月 (2) 炭吉祐輝 稲垣景子 吉田聡 佐土原聡 : 地価分析から見る自然災害リスクの社会的認知 日本建築学会大会学術講演梗概集 F-1 2016 年 8 月 ( 発表予定 )