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エステル交換反応 触媒 R 1C + R 2 Me 溶媒 R 1C R 2 + Me メチルエステルアルコール M S 5 Å エステルメタノール ( M S 5 Åに吸着し M S = モレキュラーシーブス Me = C 3 反応系から除去 ) 今回開発した触媒 Me 4 N + C 2 Me R 2 Me 4 N + C 2 Me Me 4 N + R 2 Me, C 2 真の触媒活性種 Me C Me N + C Me C R 1 R 2 活性化されたアルコール 活性化されたエステル R 1 やR 2 が極性基であっても N + と強く配位しない 高極性エステルの合成が可能 極性溶媒を使用可能 スケールアップ可能 無着色 金属フリーの高純度エステルが合成可能 安全 安価で取り扱いが容易な触媒 触媒の回収 再利用可能 エステルの実用的合成法の開発に成功! ~ 有機塩触媒を用いて高純度エステルの製造に道を開く ~ 名古屋大学大学院工学研究科の石原一彰教授 波多野学准教授らの研究グループは 金属を含まない有機塩触媒によるカルボン酸エステル注 1 ( 例えば アルツハイマー病に対する薬理活性を示すビタミン E 誘導体やメタクリレートモノマー ) の効率的合成法を開発しました これにより これまで触媒的な合成が困難であった高極性な糖類のエステルなどを効率的かつ高純度で製造できるようになりました 今後 医薬品 化粧品 油脂 ポリエステルなどのエステルの工業的製造法への応用が期待できます この研究成果は 平成 30 年 2 月 13 日付 ( 英国時間 ) 英国王立化学会のグリーンケミストリー (Green Chemistry) 誌電子版に掲載されました また 本研究成果の一部は昨年の日本プロセス化学会にて発表しており JSPC 優秀賞を受賞しています ( 受賞日 : 平成 29 年 12 月 8 日 ) この研究は 科研費 基盤研究 S ( 課題番号 1505755) 新学術領域 ( 課題番 号 1505810) 基盤研究 B ( 課題番号 1703054) の支援のもとで行われたもの です

ポイント [ エステル合成法の課題 ]: 従来の触媒の多くはチタン (Ti) スズ (Sn) アンチモン(Sb) などの毒性や着色の問題が懸念される金属塩が使われており 生成するエステルに触媒由来の金属種が残留するという問題がある また 医薬品や化粧品などに用いられるエステルは高極性なものが多く 極性の高い基質注 2 は金属イオンを強く吸着し触媒活性を阻害する そのため 金属塩触媒はこれらのエステル合成に不向きである このことは生成するエステルに金属種が残留する要因ともなっている [ 本研究成果 ]: 今回 我々は従来の金属塩触媒が苦手とする極性の高い基質に対しても適用可能な有機塩触媒を開発した 本触媒は その取扱いが容易で かつ 回収 再利用でき 高い反応再現性を示すほか スケールアップにも対応できる 従来法に比べ 適用可能な溶媒の種類や合成可能なエステルの種類が大幅に拡大した 安全で利便性の高い環境調和型エステル合成法として 化学工業への展開が期待される カルボン酸メチルとアルコールからカルボン酸エステルを効率よく合成する 触媒的エステル交換反応注 3 を開発 触媒は モノメチル炭酸テトラメチルアンモニウム塩 という有機塩であり 金属を含まず 安全 安価で扱いやすく回収 再利用が可能 金属を全く使用しない合成法のため 生成物に金属が残留したり 生成物が着色する心配がない 基質適用範囲が極めて広く 高極性 高配位性のエステル合成が可能 溶媒適用範囲が極めて広く 大抵の基質を溶解させることができる スケールアップが可能 研究背景と内容 カルボン酸エステルは カルボン酸とアルコールの脱水縮合物の総称であり 様々な種類のエステルが知られている エステルは 油脂 香料 化粧品 医薬品 塗料 接着剤 樹脂 溶媒などに用いられる重要な化学物質であり 工業的に広く合成されている また エステルは化学変換が容易なことから 合成中間体としても広く利用されている このように我々の生活に必要不可欠で 日々大量に製造されているエステルの製造法を できる限りクリーンに効率よく合成するための技術開発が強く求められている メチルエステル (R 1 C 2Me) とアルコール (R 2 ) を反応させて所望のエステルに変換するエステル交換反応は メタノールしか廃棄物を出さないため 製造コストの低い最も簡便な合成法の一つである しかし 収率よくエステルを合成するためには 通常は基質のどちらか一方を大過剰量用いる必要がある また 工業的なエステル交換反応では いまだに毒性の高いスズやアンチモン 着色しやすいチタンなどの重金属塩触媒が広く用いられており 金属種の生成物への残留や着色が問題となっている そのうえ 一般的に金属塩触媒は極性 ( 配位性 ) の高いアルコールやメチルエステルを用いると触媒活性が大幅に低下するという本質的な問題があり 基質適用範囲は自ずと限定されている 本研究では 現在のエステル交換反応が抱えるこれらの問題を解決する新たな触媒として メタルフリーのアンモニウム塩触媒に着目し

た 最も高い触媒活性が期待されるのはアンモニウムアルコキシド [R 4N + ][ R 2 ] であるが その強い塩基性と高い吸湿性のため 化学的にも不安定で分解することが知られており 触媒として直接取り扱うことは困難である もし 反応系中で速やかに高活性アンモニウムアルコキシドを生じるような化学的に安定で取扱い容易な触媒前駆体があり 反応系中で生じたアンモニウムアルコキシドの分解を抑えることができるのであれば エステル合成のブレイクスルーになるとの着想し 研究に着手した 検討を重ねた結果 実用性に優れた極めてシンプルなアンモニウム塩触媒 [R 4N + ][ C 2Me] の開発に成功した ( 図 1) エステル交換反応 触媒 R 1 C + R 2 Me 溶媒 R 1 C + R 2 Me メチルエステルアルコール M S 5 Å エステルメタノール ( M S 5 Å に吸着し M S = モレキュラーシーブス Me = C 3 反応系から除去 ) 今回開発した触媒 Me 4 N + C 2 Me R 2 Me 4 N + C 2 Me Me 4 N + R 2 Me, C 2 真の触媒活性種 Me C Me N + C Me C R 1 R 2 活性化されたアルコール 活性化されたエステル R 1 やR 2 が極性基であっても N + と強く配位しない 高極性エステルの合成が可能 極性溶媒を使用可能 スケールアップ可能 無着色 金属フリーの高純度エステルが合成可能 安全 安価で取り扱いが容易な触媒 触媒の回収 再利用可能 図 1. 極性基 ( 配位性基 ) を有するアルコールやエステルによる触媒への影響 表 1. 基質一般性の評価

表 1にアンモニウム塩触媒 [R 4N + ][ C 2Me] を用いて合成したエステルの収率を示す 幅広い配位性基質に対して高収率で目的生成物が得られたことがわかる 例えば アミノアルコール トリオール リン酸エステル 糖および核酸誘導体 アルカロイドに適用することができた 一般的な金属塩触媒とは異なり 使用できる溶媒はヘキサン トルエン テトラヒドロフラン (TF) ジメチルホルムアミド(DMF) 炭酸ジメチル 酢酸エチル メチルメタクリレート (MMA) イソプロパノールなど幅広く 基質の溶解性の問題にも対応できた さらに 本触媒は低温でも高活性であり 今までに例がないL-α-アミノ酸エステル注 4 の直接的なエステル交換反応にも成功した こうした基質一般性の評価を通じて 不安定な金属塩触媒を扱う時のような特別な技術を要することなく 再現性良く目的のエステル交換体を得られることもわかった 実際 こうした非常に扱いやすいアンモニウム塩触媒の利便性を活かして ビタミンE 誘導体でアルツハイマー病に対する薬理作用をもつ生物活性物質の10グラムスケール合成にも成功した ( 式 1) 生物活性物質のグラムスケール合成 Me + 2 Me trans,trans-ファーネソール 25 mmol, 6.96 g (25 mmol) [Me 4 N] + [C 2 Me] (6 mol%) トルエン, MS 5Å 加熱還流, 3 h Me 91%, 10.6 g 2 10.6 g 式 1. 生物活性物質 ( ビタミン E 誘導体 ) のグラムスケール合成 さらに 本触媒 (1 mol%) は反応液を冷却処理して反応液と触媒成分を分離でき 触媒回収再 利用が可能であった ( 式 2) こうした分離回収技術により 実質の触媒量を大幅に低減するこ とができる (4 回繰り返すことにより触媒 0.25 mol% に相当 ) 触媒再利用 ( 実質触媒量を 0.25 mol% まで低減 ) Et Ph + Me エステル アルコール 6 mmol 6 mmol [Me 4 N + ][ C 2 Me] (1 mol%) ヘキサン (1 M), MS 5Å 共沸脱水, 3 h ( 外温 90 C) エステル & アルコール (6 mmol each) ヘキサン (1 M), MS 5Å 共沸脱水, 3 h ( 外温 90 C) 3 回 繰り返し 加熱時は均一系冷却後 ( 触媒の分離 ) 外表結露 1 回目 Ph Et 生成物 2~4 回目 Et Ph 生成物 合計単離収率 : 96%, 5.48 g 式 2. グラムスケールでの触媒回収再利用の検討

本研究を通して アンモニウム塩触媒の窒素原子をリン原子に置換したホスホニウム塩触媒も 似た触媒活性を示すことがわかった 両者を比較すると 触媒活性はアンモニウム塩の方が高く 安定性はホスホニウム塩の方がよいことがわかった このアンモニウム塩触媒とホスホニウム塩 触媒の活性の差を利用して ジオール注 5 注 6 の選択的メタクリレート誘導体を高収率で作り分ける ことができた これらのエステルはメタクリレートモノマー注 7 として工業的に重要である ( 式 3) 式 3. アンモニウム塩 ホスホニウム塩触媒の使い分けによる選択的エステル化 トリグリセリド由来のメチルエステルは環境低負荷なバイオディーゼル燃料となる バイオディーゼルはパーム油等のトリグリセリドにアルカリ金属塩を触媒として加え エステル交換して合成される しかし 反応後に金属種がバイオディーゼルに残留するため 金属の除去にコストがかかるが 本触媒はこの問題を解決することができる 例えば 1 mol% のアンモニウム塩触媒を用いて ヤシ由来のパーム油であるトリラウリンから99% 以上の収率で100gのバイオディーゼルを合成することができた なお 副生成物のグリセリンは分液処理のみで水層へと抽出除去することができた ( 式 4) 式 4. パーム油からバイオディーゼルを効率的に合成

成果の意義 工業的なエステル交換反応では コスト面から毒性が懸念される金属塩触媒が用いられることも多い しかし 製品への金属種の残留や着色が問題となっている 安全性と純度を重視したファインケミカルズ製造には 安価で よりクリーンな高活性触媒の開発が必要である 当研究グループではこうした問題を一挙に解決する金属フリーのモノメチル炭酸テトラメチルアンモニウム塩触媒を開発した 本触媒は安価で簡便に合成でき グリーンケミストリーにふさわしいエステル交換反応触媒といえる 金属フリーで着色や残留の問題がないことに加え 金属塩触媒とは異なり 様々な溶媒を用いることができる 特に 金属塩触媒が苦手とする極性の高い基質に対しても 高い触媒活性を示した点が大きな成果と言える 触媒の取扱が容易なことから 高い反応再現性を示すほか スケールアップに対応でき 触媒回収再利用も可能である 有機塩触媒の種類を使い分けることで選択的なエステル交換反応も可能である 安全で利便性の高い環境調和型エステル交換反応として 工業化への展開が十分期待できる 用語説明 注 1) カルボン酸エステル : カルボン酸とアルコールが脱水縮合した物質 カルボン酸エステルを略してエステルと呼ぶこともある 一般式は R 1 C 2R 2 注 2) 基質 : 原料注 3) エステル交換反応 : カルボン酸エステルとアルコールから アルコール由来のカルボン酸エステルに変換する反応 下式は カルボン酸メチルとアルコールから アルコール由来のカルボン酸エステルとメタノールに変換する際の反応例 注 4)L-α-アミノ酸エステル :α-アミノ酸には鏡像異性体が存在するが 天然型の α-アミノ酸は L 体のみである L-α-アミノ酸のエステル 注 5) ジオール : ヒドロキシ基を2つ持つ化合物注 6) メタクリレート : メタクリ酸メチル (MMA, methyl methacrylate) のエステル交換反応で得られるエステル注 7) モノマー : 単量体 単量体を重合すると高分子材料になる 論文情報 [ 掲載論文題目 ] Metal-Free Transesterification Catalyzed by Tetramethylammonium Methyl Carbonate モノメチル炭酸テトラメチルアンモニウム塩触媒を用いるエステル交換反応 [ 掲載誌 ] Green Chemistry(Royal Society of Chemistry) グリーンケミストリー誌 ( 英国王立化学会 ) 2018 年 2 月 13 日に web 公開

[ 著者 ] 波多野学 ( 准教授 ) 多畑勇志 ( 博士課程前期課程 2 年 ) 吉田有梨花 ( 修士 ) 藤浩平 ( 学部 4 年 ) 山下賢二 ( 博士 ) 小倉義浩 ( 博士 ) 石原一彰 ( 教授 ) DI:10.1039/C7GC03858E [ 特許 ] 特願 2017-150231 カルボン酸エステルの製造方法及び触媒 発明者 : 石原一彰 波多野学 日本プロセス化学会 (JSPC) 優秀賞 2017 を受賞 ( 受賞日 :2017 年 12 月 8 日 ( 金 )) 高活性第四級アンモニウム塩触媒を用いるエステル交換反応 受賞者 : 多畑勇志 波多野学 石原一彰