心臓 血管疾患とフレイル 自治医科大学薬理学講座臨床薬理学部門 ( 兼 ) 内科学講座循環器内科学部門 教授今井靖 日本は未曾有の高齢化社会を向かえ 2025 年には 3 人に 1 人は 65 歳以上 5 人に 1 人は 75 歳以上になります 高齢者においては心臓 血管病に罹患する頻度が高く その予防 治療が重要ですが 一方 筋力低下や転びやすい 骨折を来しやすい 物忘れが増えたなど加齢に伴う様々な変化 ( 最近 フレイル と呼ぶことがあります ) を伴っており それを考慮した包括的な診療が必要となります フレイル フレイルとは厚生労働省研究班の報告書によりますと 加齢とともに心身の活力 ( 運動機能や認知機能等 ) が低下し 複数の慢性疾患の併存などの影響もあり 生活機能が障害され 心身の脆弱性が出現した状態であるが 一方で適切な介入 支援により 生活機能の維持向上が可能な状態像 とされています 健康な状態と介護が必要な状態との間の状態をさすと考えてよいでしょう Fried が提唱した基準がよく知られており 以下の 5 項目のうち 3 項目以上該当するとフレイル 1 または 2 項目だけの場合にはフレイルの前段階とされています 1 体重減少 : 意図しない年間 4.5kg または 5% 以上の体重減少 2 疲れやすい : 何をするのも面倒だと週に 3-4 日以上感じる 3 歩行速度の低下 4 握力の低下 5 身体活動量の低下 フレイルには 体重減少や筋力低下などの身体的な変化だけでなく 気力の低下などの精神的な変化や独居や収入源の減少といった社会的なものも含まれます このフレイルは身体機能の低下 病気にかかりやすく また重症化しやすい 死亡率が上がるなど関連性が知られています フレイルに気づき介入することにより治療 予防につなげることが可能であり 心臓 血管病の治療においてもフレイルの有無を把握し それを考慮した診療が大切です 冠動脈疾患 心臓を養う冠動脈は加齢とともに動脈硬化が進行し 血管の内側が狭くなった
り ( 狭窄といいます ) 血管が急にけいれんして狭くなったり( 攣縮 ) 血の塊( 血栓 ) が出来て詰まってしまうことがあります 冠動脈が狭く十分に心臓の筋肉に血液が供給されない状態で 胸が締め付けられるような感覚 痛みなどを伴った場合 狭心症とよび 循環器専門施設で冠動脈の状態をカテーテルで調べ バルーンやステント あるいはバイパス手術が必要です また冠動脈が急に血栓で閉塞し 心臓の筋肉がダメージ ( 壊死 ) を受けるものを心筋梗塞といいますが その場合 出来るだけ早期に冠動脈の血流を再開することが必要で速やかに救急受診しカテーテル治療で血液の流れを回復させる必要性があります 薬物療法も重要であり 動脈硬化を抑制するためのコレステロール低下薬 ( スタチン ) や高血圧 糖尿病薬を血圧 血糖値 コレステロール値に応じて治療が必要です 痛んだ心臓を守るために血圧の薬を使うことがありますが 単に血圧を下げるためではなく 心臓の負荷を減らしたりして心臓を守る役割があります また冠動脈に血栓が出来ないようにアスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬を飲み 血栓の予防を行うことが必要です しかし高齢者においては出血のリスクなども加味して調整が必要な面があります 心不全
心不全は心臓の働きが低下し 全身に必要な血液を送り出すことが出来ず 手足などがむくんだり 息苦しくなる 夜寝ていると急に呼吸困難になる だるさが取れないといった症状が出てきます 心不全は加齢とともに増えますが 先ほど述べました冠動脈疾患や 高血圧による心肥大 ( 高血圧性心疾患 ) 心筋症( 心臓の筋肉自体の問題で肥大したり拡張したりする病気 ) 弁膜症( 心臓の弁が開きにくい または閉じにくい ) 二次性心筋障害( 心臓の筋肉に炎症が起きたり 病的な物質が沈着したりする ) など 様々な原因で生じます 減塩や日々 血圧 体重測定を行うなどの自己管理が大切ですが 薬物療法もその要であり 心臓の負担を少しでも減らすためにレニン アンギオテンシン抑制薬 (ACE 阻害薬 アンギオテンシン受容体拮抗薬 ) ベータ遮断薬 ジギタリス 利尿薬などが担当医から処方されます お薬の治療で安定していればよいですが 急に息苦しさやむくみなどが悪化する 体重が急に増えてきたといった心不全の悪化の兆しがあればすぐに担当医に連絡するか病院を受診しましょう 症状が悪化し 入院が必要になったときには安静 酸素吸入の上 注射薬を含め心臓の負担を取る薬 尿を出す薬 ( 利尿薬 ) また必要に応じて心臓にムチをいれ頑張らせる薬や血圧を上げる薬を使用します 不整脈 : 心房細動と徐脈を中心に 心臓は洞結節から電気信号が出て心房全体に電気が伝わり 引き続いて房室結節を通って心室に電気が伝わり心室が収縮することを1 拍 1 拍繰り返しています この乱れがあるものが不整脈ですが 加齢とともにこの電気系統が痛んできて 脈が遅くなったり 突然停止する 洞不全症候群 や 房室ブロック といった不整脈が生じやすくなっています 一過性の場合や他の原因によるものは経過をみることがありますが 多くはペースメーカーを植え込みます ペースメーカーは全国で1 年間あたり5 万人の植え込みがあり ペースメーカー本体
も電池が 7-8 年持ちます 携帯電話や電気自動車の充電装置 MRI などの医学的検査についての注意点 制約がありますが 大変有効な治療です また加齢とともに増える不整脈の代表格として心房細動があります 発作性に起こすこともありますが この不整脈のまま固定してしまう方 ( 持続性 ) もおられます 心房が1 分間に 350-600 回と痙攣しており そのデタラメな興奮が心室に伝わり心室もデタラメに 100-150/ 分と頻脈になることが多いです 不整脈を抑制したり脈拍数を減らすために薬を使いますが さらにもっと大事なことは血栓の予防です 心房細動がある場合 正常の脈の人に比較して5 倍脳梗塞の危険性があるといわれており ワルファリンやワルファリンに代わる新しい薬剤 すなわち直接経口抗凝固薬の服用が勧められます ただしフレイルの観点から 頻回に転倒して怪我をしやすい方 消化器に出血しやすい病気をお持ちの方などの場合は 血栓の予防薬が出血を起こして かえって患者さんに害を及ぼすこともありますので 全身の状態を加味しながら 患者さんお一人お一人にテーラーメードで治療していくことが大切といえるでしょう 心臓 血管のご病気をお持ちの場合も その病気とご自身の全身の状態 フレイ ルの有無を見ながら是非 元気に過ごしていきましょう 講師略歴 氏名今井靖 ( いまいやすし ) 48 歳 学歴及び職歴平成 6 年東京大学医学部医学科卒業東京大学医学部附属病院内科 榊原記念病院循環器内科 三井記念病院循環器内科にて内科初期研修 循環器内科研修平成 13 年東京大学大学院医学系研究科博士課程 ( 循環器内科学 ) 修了 ( 医学博士 ) 東京大学医学部附属病院循環器内科 救急部 集中治療部 トランスレーショナルリサーチセンターにて内科救急 循環器 ( 主に不整脈 先天性 遺伝性疾患 ) 診療 研究に従事平成 24 年東京大学医学部附属病院循環器内科特任講師平成 25 年自治医科大学准教授 ( 循環器内科学 成人先天性心疾患センター ) 平成 26-27 年東京大学大学院医学系研究科特任准教授 ( 併任 ) 平成 29 年自治医科大学教授 ( 臨床薬理学 循環器内科学 )
学会活動 専門医資格など日本内科学会総合内科専門医日本不整脈学会不整脈専門医日本心臓病学会 FJCC 日本臨床薬理学会 日本循環器学会循環器専門医 日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医 日本成人先天性心疾患学会評議員 主要著書 永井良三 伊藤浩 今井靖ほか循環器研修ノート改訂第 2 版 (2016 年診断と治療社 ) 今井靖編心臓弁膜症初期診断 治療 管理のすべて ( 雑誌内科 2015 年 9 月南江堂 ) 今井靖編不整脈診療初期対応から先端治療まで ( 診断と治療 2017 年 8 月診断と治療社 ) 今井靖編カテーテルを使った最新治療 ( 診断と治療 2016 年 9 月 ) 今井靖編高血圧予後 臓器 血管保護を見据えた治療戦略 ( 診断と治療 2016 年 3 月 ) 今井靖編集心不全のすべて ( 診断と治療 2015 年増刊号 ) 杉山裕章 今井靖著個人授業心臓ペースメーカー (2010 年医学書院 ) 永井良三 今井靖監訳ネッター心臓病アトラス (2006 年南江堂 )