酵母を併用した発酵乳製品の開発 研究開発課研究員四宮紀之 ( 有 ) 十勝野フロマージュ赤部紀夫赤部貴紀 1. 背景および目的現在国内において様々な乳製品とともに その保存性の良さや爽やかな風味から発酵乳 乳製品が食され親しまれている これら一般的な発酵乳製品のほとんどが乳酸菌発酵によるものである 当財団では新たな発酵乳製品の可能性を検討するため 2008 年度に JST シーズ発掘試験を行い 従来の乳酸菌に酵母を併用することにより特徴的芳香を付与した発酵バターの製造技術について知見を得た この知見を活かし十勝の地域活性化に寄与することを目的に チーズ工房 ( 有 ) 十勝野フロマージュに技術移転を行い 従来の発酵バターになかった新規な香りを持つ酵母併用発酵バターの開発を行った 2. 検討項目および試験方法 (1) 乳酸菌接種量の検討チーズ工房における初期の予備試験において 酵母併用発酵の場合 乳酸菌接種量をメーカー推奨値とすると発酵クリームが発酵タンク内で流動性を失い作業性が大幅に低下する現象を認めたため 乳酸菌接種量をどの程度まで減らせるか検討した 250ml 容ガラス製メジューム壜 6 本にそれぞれ市販生クリーム 200ml を入れ 0.05μgから 5mg の 6 段階に振った乳酸菌を接種し 30 24 時間発酵させた 発酵終了後 B 型粘度計 ( 東機産業株式会社 DVL-BⅡ 型 測定条件 : 表 3 参照 ) で粘度を測定するとともに 壜を傾けてクリーム液面の状態を確認した (2) 酵母の選択予備試験から用いていた酵母は試験用酵母であり安定供給が難しく実用化には不向きであった このため市販乳製品用酵母 4 種を用いて 牛乳中で増殖しやすくなおかつ従前の酵母と同程度の香りを生成する酵母の検討を行った 増殖性の比較は 5ml 牛乳を試験管に取り そこに各株凍結乾燥品約 0.005gをそれぞれ接種し 30 で 48 時間培養し 0 時間 24 時間 48 時間後にセルカウンター ( 松浪硝子工業株式会社 ビルケルチュルクタイプ ) を用いて菌数を直接検鏡することにより行った 香りの比較は試験用酵母を含めた 5 種類の酵母を用いて発酵バターを試作し官能評価を行うとともにニオイセンサ ( アルファ モス ジャパン株式会社 αfox3000) によるマッピングを試みた (3) 乳酸菌の選択乳の発酵を想起させる乳酸臭が弱いとの評価があった その乳酸臭を補うべく強い香りが特長の市販乳酸菌 6 種の検討を行った 乳酸菌の選択は官能評価を基本とし HPLC 有
機酸分析 ( 株式会社島津製作所 Prominence シリーズ ) とニオイセンサによるマッピング を行なって決定した HPLC 分析条件を表 1 に示した 表 1 有機酸 HPLC 分析条件 カ ラ ム : Rspak KC-811(8.0mmID*300mmL) 2+Rspak KC-LG 溶 離 液 : 25mM HClO 4 流 速 : 1.0ml/min 検 出 器 : 示差屈折計 カラム温度 : 40 (4) 試作バターの特性評価 本試験において試作した酵母併用発酵バターと乳酸菌のみの発酵バターおよび市販非発 酵バターの比較評価を行った 香り成分は GC-MS ( 株式会社島津製作所 GCMS-QP2010Plus) を用いて分析し 香りの質はニオイセンサマッピングにより把握し た GC-MS 分析条件を表 2 に示した 表 2 香気成分 GC-MS 分析条件 機 器 : 島津ガスクロマトグラフ質量分析計 GCMS-QP2010Plus カ ラ ム : Rtx-5MS(30m 0.25mmID,Film0.25μ m) キャリアガス : He ガ ス 圧 : 80kPa インジェクション温度 : 250 3. 結果と考察 (1) 乳酸菌接種量 結果を表 3 に示す メーカー推奨値からその百分の 1 濃度までは発酵クリームが完全に 固化し流動性がない状態となった 千分の 1 濃度では完全に固化するには至らなかったが 観察のために壜を傾けるなどしていたところ徐々に流動性を減じマヨネーズ様の状態を呈 した 一万分の 1 および十万分の 1 濃度接種量では発酵クリームの粘度は 108mPa s 48mPa s と低く流動性は失われなかったが 十万分の 1 濃度接種クリームは発酵臭が弱 かった 作業性を損なわずなおかつ乳酸臭も保つことができる乳酸菌接種量はメーカー推 奨値の一万分の 1 すなわち生クリーム 200ml に対し 0.0005mg が妥当であると判断した 接種量 (mg) 粘度 測定条件 発酵後クリーム液面の状態 ( メーカー推奨値 )5 161Pa s No4 3rpm 容器を傾けても液面は傾かない 流動性なし 0.5 149Pa s No4 3rpm 容器を傾けても液面は傾かない 流動性なし 0.05 76Pa s No4 6rpm 容器を傾けても液面は傾かない 流動性なし 0.005 543mPa s No3 60rpm ゆっくり液面が傾く 揺すっていたら固まった マヨネーズ様 0.0005 108mPa s No2 30rpm 傾けに従って液面が傾く 液状 0.00005 48mPa s No1 60rpm 傾けに従って液面が傾く 液状 (2) 酵母の選択 培養試験による増殖性検討の結果 24 時間後 No2 と No3 の株が初発菌数の 11 倍 12 倍にまで増えた 48 時間後初発の 10 倍にまで増えた株はなく No2 と No3 は 24 時間後 より減少が認められた ( 表 4) 表 3 乳酸菌接種量と発酵終了時クリーム粘度およびその状態
官能による香りの比較評価では No2 と No3 株が好ましい芳香を持ち香りも強かっ た No1 および No4 は香りが非常に弱く特 徴は感じられなかった この試作品をニオイ センサで分析しマッピングを行ったところ 図 1 を得た 増殖のしやすさと香りの強さで No2 株か No3 株が候補となっていたが決め 手にかけていた 図 1 のマッピングにより No2 株 No3 株の香りの差異が明確に認識さ れ より現行の酵母に近い華やかな芳香の No2 株を選択した 選択した No2 株を用いて十勝野フロマー ジュにおいて 100L 規模で試作を行いユーザ ーにテストしていただいた おおむね良好な 反応であったが 発酵という割には乳酸臭 が弱い との意見があり 乳酸臭をより強く するための改良が必要と考えられた (3) 乳酸菌の選択 酵母の選択試験において認められた乳酸 臭の弱さを補うため強い芳香を特性とする 市販乳酸菌 6 種から代替菌株を選択するこ ととした 有機酸分析結果から本試験で用いた乳酸菌は以下の三群に分けることができると考えら れた すなわちクエン酸を多く生成するタイプ ( 以下クエン酸タイプ ) 酢酸を多く生成す るタイプ ( 以下酢酸タイプ ) 乳酸以外はあまり生成しないタイプ ( 以下乳酸タイプ ) の三 群である B D F はクエン酸タイ プ A C が酢酸タイプ E は乳酸タ イプであると考えられた ( 図表 1) さらにニオイセンサによるマッピン グを行ったところ明確に三群に分け られることがわかった ( 図 2) この 結果は官能評価 (B D F は香りが 弱く A C は香りが強いものの好ま しいものではなく E は香りも強く最 も好ましいと思われた ) および有機酸 分析の結果ともよく合致していた 本 A B C D E F 現行 1 2 3 4 クエン酸 表 4 牛乳中菌数の比較 (cells/5ml) 0 時間 24 時間 48 時間 6.6 10 6 2.5 10 7 6.4 10 7 3.8 倍 9.7 倍 5.9 10 6 4.7 10 6 3.1 10 7 0.8 倍 5.3 倍 2.7 10 6 3.0 10 7 1.6 10 7 11.1 倍 5.9 倍 2.2 10 6 2.8 10 7 8.0 10 6 12.7 倍 3.6 倍 5.8 10 6 7.0 10 6 8.8 10 6 1.2 倍 1.5 倍 図表 1 乳酸菌選択有機酸分析 (mg/g) A B C D E F クエン酸 78 78 9 87 リン酸 45 47 41 43 46 53 コハク酸 5 5 6 7 5 6 乳酸 441 355 425 364 421 452 酢酸 39 13 40 15 16 15 0 50 100 図 1 酵母選択のための試作品におい分析 A B C D E F 酢酸 0 20 40 60 A B C D E F 乳酸 0 200 400 600
試験においては香りが強くまろやかな E 株が最も適していると判断された (4) 試作バターの特性評価十勝野フロマージュにて 酵母 No2 株および乳酸菌 E 株を用いての酵母併用発酵バターと乳酸菌 E 株のみを用いた発酵バターを試作していただき 市販バターとの違いを GCMS ならびにニオイセンサマッピングにより評価した 非発酵の市販バターの GC-MS クロマトグラムには香気成分由来と思われるピークは少なく n-hexanal のみが推定された 酵母併用発酵バターと乳酸菌発酵バターには Acetoin や Butyric acid 図 2 乳酸菌選択のための試作品におい分析 Hexanoic acid 等が共通して含まれていると推定された 酵母併用発酵バターにのみ推定される成分としては Penthyl acetate と 11000000 Penthyl acetate 市販バター ( 非発酵 ) 9000000 乳酸菌のみ発酵バター 7000000 酵母併用発酵バター Triethyl amine Acetoin 5000000 3000000 1000000 Ethyl lactate Butyric acid n-hexanal 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 6.5-1000000 Isoamyl acetate があり この 2 成分が酵母併用発酵バターの香りを特徴づけている可能性が高いと考 えられた ( 図 3 および表 5) この三種のバターについてニオイセンサマッピングを行った 結果市販バターはサワー香 華やかな 図 3 GCMS クロマトグラムの比較 ( 一部 ) 表 5 GCMSにより推定された香気成分 市販乳酸菌推定される化合物名バター発酵バター Triethyl amine( アンモニア様の香り ) Penthyl acetate( 果実臭 ) Ethyl lactate( バター臭 ) Acetoin( ヨーグルト バター様の香り ) Butyric acid( 汗臭さ ) n-hexanal( 青臭み ) Isoamyl acetate( バナナ様の香り ) Hexanoic acid( 山羊臭 ) Octanoic acid( 弱い不快臭 ) 酵母併用発酵バター
香りともに弱く 乳酸菌のみの発酵バターはサワー香のみが強いことが示された これに対し酵母併用発酵バターは市販バターよりやや強いサワー香を持ちかつ華やかな香りが強い特長を持つことが確認された ( 図 4) また同じニオイセンサデータについて SIMCA 分析 ( 製品の合否判定等に用いられる ) を行ったところ 市販バターと乳酸菌のみの発酵バターは同一グループに属するとみなされたが 酵母併用発酵バターはその範疇には属さないと判断された ( 図 5) この結果から本試験で作出された酵母併用発酵バターは今までのバターとは全く異なる新規な香りを持つものであることが強く示唆された 4. まとめ当センターで行ったシーズ発掘試験の中で得られた知見をもとに十勝野フロマージュとともに酵母併用発酵バターの製品化を行った 予備試験において生クリームの固化を引き起こし問題となっていた乳酸菌添加量は テーブルテストの結果メーカー推奨値の 1 万分の 1 が妥当であると判断された 従前の試験用酵母は牛乳中での増殖性と生成する香りを指標に市販酵母 No2 へ置き換えることとした 選択した酵母 No2 と従前の乳酸菌で発酵バターを試作したところ乳酸臭が弱いとの指摘を受けた これを改善するため有機酸とその他の香り成分 ニオイセンサ評価を指標として市販乳酸菌から選択を行った結果 クエン酸 酢酸の生成が少なくまろやかで強い香りの E 株が好ましいと判断された 酵母 No2 と乳酸菌 E 株を用いて十勝野フロマージュにて乳酸菌のみの発酵バターおよび酵母併用発酵バターの試作を行い市販バターとの比較を行った GCMS 分析では酵母併用発酵バターの香りを特徴づけ 図 4 ニオイセンサによる試作品比較 図 5 ニオイセンサマッピングの SIMCA
ている香気成分は Penthyl acetate と Isoamyl acetate であることが推定された ニオイセ ンサによるマッピングでは乳酸菌のみの発酵バターと市販バターとは異なることが示され 酵母併用発酵バターは新規な香りを持つものと考えられた 5. 今後の展開すでに十勝野フロマージュ店頭にて当該発酵バターは販売されているが 香りのバランス微調整等の必要が生じた場合にはすぐにフォローアップ可能な体制を取るとともに 派生副生物の利用等も視野に置きながら当該企業との連携を図っていく (2012 年 4 月現在 既に商品化され業務用および一般向け商品が直売店にて販売が開始されている ) 以上