70 例程度 デング熱は最近増加傾向ではあるものの 例程度で推移しています それでは実際に日本人渡航者が帰国後に診断される疾患はどのようなものが多いのでしょうか 私がこれまでに報告したデータによれば日本人渡航者 345 名のうち頻度が高かった疾患は感染性腸炎を中心とした消化器疾患が

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蚊を介した感染経路以外にも 性交渉によって男性から女性 男性から男性に感染したと思われる症例も報告されていますが 症例の大半は蚊の刺咬による感染例であり 性交渉による感染例は全体のうちの一部であると考えられています しかし 回復から 2 ヵ月経過した患者の精液からもジカウイルスが検出されたという報告

別紙 1 新型インフルエンザ (1) 定義新型インフルエンザウイルスの感染による感染症である (2) 臨床的特徴咳 鼻汁又は咽頭痛等の気道の炎症に伴う症状に加えて 高熱 (38 以上 ) 熱感 全身倦怠感などがみられる また 消化器症状 ( 下痢 嘔吐 ) を伴うこともある なお 国際的連携のもとに

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症候性サーベイランス実施 手順書 インフルエンザ様症候性サーベイランス 編 平成 28 年 5 月 26 日 群馬県感染症対策連絡協議会 ICN 分科会サーベイランスチーム作成

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10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

東京大会と感染症サーベイランス ~ 普段とどこがちがうのか ~ 疾患疫学が変化する可能性 多数の訪日外国人の流入 多くのマスギャザリングイベント 事前のリスク評価に基づいたサーベイランスと対応の強化の必要性を検討する 体制構築の観点から 行政と大会組織委員会の責任範囲と協力体制の構築が必要 国内移動

Microsoft Word - H300717【プレスリリース】夏休みの感染症対策について

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2017 年 3 月臨時増刊号 [No.165] 平成 28 年のトピックス 1 新たに報告された HIV 感染者 AIDS 患者を合わせた数は 464 件で 前年から 29 件増加した HIV 感染者は前年から 3 件 AIDS 患者は前年から 26 件増加した ( 図 -1) 2 HIV 感染者

Microsoft Word - 届出基準

2017 年 2 月 1 日放送 ウイルス性肺炎の現状と治療戦略 国立病院機構沖縄病院統括診療部長比嘉太はじめに肺炎は実地臨床でよく遭遇するコモンディジーズの一つであると同時に 死亡率も高い重要な疾患です 肺炎の原因となる病原体は数多くあり 極めて多様な病態を呈します ウイルス感染症の診断法の進歩に

3-2 全国と札幌市の定点あたり患者報告数の年平均値流行状況の年次推移を 全国的な状況と比較するため 全国と札幌市の定点あたり患者報告数の年平均値について解析した ( 図 2) 全国的には 調査期間の定点あたり患者報告数の年平均値は その年次推移にやや増減があるものの大きな変動は認められなかった 札

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2)HBV の予防 (1)HBV ワクチンプログラム HBV のワクチンの接種歴がなく抗体価が低い職員は アレルギー等の接種するうえでの問題がない場合は HB ワクチンを接種することが推奨される HB ワクチンは 1 クールで 3 回 ( 初回 1 か月後 6 か月後 ) 接種する必要があり 病院の

はじめに 海外に出国する日本人の数は年々増加しており 2006 年には 1700 万人に達しています この中には現地で感染症にかかり 医療施設を受診するケースも少なくありません こうした海外でかかりやすい感染症の予防対策として 旅行者への予防接種の普及が提唱されているところです このパンフレットは

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( 別添 ) インフルエンザに伴う異常な行動に関する報告基準 ( 報告基準 ) ( 重度調査 ) インフルエンザ様疾患と診断され かつ 重度の異常な行動を示した患者につき ご報告ください ( 軽度調査 ) インフルエンザ様疾患と診断され かつ 軽度の異常な行動を示した患者につき ご報告ください イン

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Vol. 32 Suppl.II,2017 麻疹 風疹 水痘 流行性耳下腺炎 ( ムンプス ) に関する Q&A の公開にあたって 日本環境感染学会では 平成 21 年 5 月に 院内感染対策としてのワクチンガイドライン第 1 版 を 平成 26 年 9 月に 医療関係者のためのワクチンガイドライン

検査項目情報 インフルエンザウイルスB 型抗体 [HI] influenza virus type B, viral antibodies 連絡先 : 3764 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10) 5F410 分析物 インフルエン

2012 年 11 月 21 日放送 変貌する侵襲性溶血性レンサ球菌感染症 北里大学北里生命科学研究所特任教授生方公子はじめに b 溶血性レンサ球菌は 咽頭 / 扁桃炎や膿痂疹などの局所感染症から 髄膜炎や劇症型感染症などの全身性感染症まで 幅広い感染症を引き起こす細菌です わが国では 急速な少子

も 医療関連施設という集団の中での免疫の度合いを高めることを基本的な目標として 書かれています 医療関係者に対するワクチン接種の考え方 この後は 医療関係者に対するワクチン接種の基本的な考え方について ワクチン毎 に分けて述べていこうと思います 1)B 型肝炎ワクチンまず B 型肝炎ワクチンについて

顎下腺 舌下腺 ) の腫脹と疼痛で発症し そのほか倦怠感や食欲低下などを訴えます 潜伏期間は一般的に 16~18 日で 唾液腺腫脹の 7 日前から腫脹後 8 日後まで唾液にウイルスが排泄され 分離できます これらの症状を認めない不顕性感染も約 30% に認めます 合併症は 表 1 に示すように 無菌

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2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

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横浜市感染症発生状況 ( 平成 30 年 ) ( : 第 50 週に診断された感染症 ) 二類感染症 ( 結核を除く ) 月別届出状況 該当なし 三類感染症月別届出状況 1 月 2 月 3 月 4 月 5 月 6 月 7 月 8 月 9 月 10 月 11 月 12 月計 細菌性赤痢


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6/10~6/16 今週前週今週前週 インフルエンザ 2 10 ヘルパンギーナ RS ウイルス感染症 1 0 流行性耳下腺炎 ( おたふくかぜ ) 8 10 咽頭結膜熱 急性出血性結膜炎 0 0 A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 流行性角結膜炎 ( はやり目 )

(2) 注意すべき病気等 消化器感染症食べ物や飲み物から感染する消化器感染症は 東ティモールで最もかかりやすい病気の一つです 生水 氷 生野菜 刺身 カットフルーツ フレッシュフルーツジュースなどには十分注意してください デング熱シマカ ( 日本では一般にヤブ蚊と呼ばれる ) という 日中 特に明け

渡航先 ( 国 地域 ) や渡航先での行動によって, 感染する可能性のある感染症は大き く異なりますが, 世界的に蚊を媒介した感染症が多く報告されています 特に熱帯 亜 熱帯地域ではマラリア, デング熱, チクングニア熱などに注意が必要です (1) マラリア毎年世界で約 2 億人の患者が発生し, 約

緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

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10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

別紙 平成 25 年 11 月 1 日 各医療機関御中 インフルエンザ様疾患罹患時の異常行動の情報収集に関する研究班 インフルエンザ様疾患罹患時の異常行動の情報収集に関する研究に対する協力のお願いについて 時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます さて 平成 25 年度厚生労働科学研究地球規模保健課

インフルエンザ院内感染対策

今週前週今週前週 2/18~2/24 インフルエンザ ヘルパンギーナ 4 4 RS ウイルス感染症 流行性耳下腺炎 ( おたふくかぜ ) 7 4 咽頭結膜熱 急性出血性結膜炎 0 0 A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 流行性角結膜炎 ( はやり目

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事務連絡 令和元年 6 月 21 日 ( 公社 ) 岡山県医師会 ( 一社 ) 岡山県病院協会 御中 岡山県保健福祉部健康推進課 手足口病に関する注意喚起について このことについて 厚生労働省健康局結核感染症課から別添のとおり事務連絡が ありましたので 御了知いただくとともに 貴会員への周知をお願い


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平成19年度 病院立入検査結果について

染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

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トラベルクリニック開設開設マニュアル ver 1.00 日本渡航医学会では トラベルメデイスンを日本国内に普及させることを目 標の一つに掲げています この目標を達成するためには いまだ我が国では数 少ないトラベルクリニックを全国に普及させる必要があります トラベルクリニックサポート事業委員会では ト

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報告風しん

2015 年 7 月 8 日放送 抗 MRS 薬 最近の進歩 昭和大学内科学臨床感染症学部門教授二木芳人はじめに MRSA 感染症は 今日においてももっとも頻繁に遭遇する院内感染症の一つであり また時に患者状態を反映して重症化し そのような症例では予後不良であったり 難治化するなどの可能性を含んだ感

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1. 検疫感染症と空港検疫の実際 検疫の目的 検疫法第一条 この法律は 国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するとともに 船舶又は航空機に関してその他の感染症の予防に必要な措置を講ずることを目的とする 2

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サーバリックス の効果について 1 サーバリックス の接種対象者は 10 歳以上の女性です 2 サーバリックス は 臨床試験により 15~25 歳の女性に対する HPV 16 型と 18 型の感染や 前がん病変の発症を予防する効果が確認されています 10~15 歳の女児および

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

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日本医師会作成版を元に北上医師会会員向けに一部修正を加えました ( 以下赤文字及び下線部は 各医療機関の実情に応じて記載 変更する ) 新型インフルエンザ等発生時における診療継続計画 ( 案 ) 医院 本計画は当院 新型インフルエンザ等に関する院内対策会議 により平成 年 月 日作成され たものであ

2. 海外の感染症発生状況 (1) 三大感染症の発生状況世界保健機構 (WHO) は 世界的規模での対策が必要とされる HIV 感染症 / AIDS 結核 マラリアを 三大感染症 とし 基金を設立するなど対策に取り組んでいる 中でもマラリアの感染者数は多く 世界全体では 2010 年には約 2 億

はじめに この 成人 T 細胞白血病リンパ腫 (ATLL) の治療日記 は を服用される患者さんが 服用状況 体調の変化 検査結果の経過などを記録するための冊子です は 催奇形性があり サリドマイドの同類薬です は 胎児 ( お腹の赤ちゃん ) に障害を起こす可能性があります 生まれてくる赤ちゃんに

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ロタウイルスワクチンは初回接種を1 価で始めた場合は 1 価の2 回接種 5 価で始めた場合は 5 価の3 回接種 となります 母子感染予防の場合のスケジュール案を示す 母子感染予防以外の目的で受ける場合は 4 週間の間隔をあけて2 回接種し 1 回目 の接種から20~24 週あけて3 回目を接種生

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2005年 vol.17-2/1     目次・広告

02別添:日本脳炎ワクチン接種に関するQ&A[H28.3月版]

名称未設定

Transcription:

2014 年 4 月 23 日放送 輸入感染症の鑑別診断 東京医科大学病院感染制御部部長水野泰孝はじめに近年の国際化に伴い 日本人海外渡航者は 1800 万人を超える時代となっています このような背景のもと 一般臨床でも海外渡航者の診療機会は日常的になっていると思われます 本日は 海外渡航者が帰国後に何らかの症状を訴えて医療機関を受診した場合に どのような問診をし どのような疾患を鑑別に挙げ もし日本国内には存在しないあるいは稀な輸入感染症が疑われた場合の診断へのアプローチについて解説します 輸入感染症とは一般的に輸入感染症とは 日本には存在しない感染症や稀な感染症を指すことが多いと思われますが 広い意味では日本に輸入される食品や動植物によって引き起こされる感染症や 日本にも存在する市中感染症が海外で流行しており 海外渡航者によって持ち込まれる場合も含まれます また最近ではアジア地域を中心とした開発途上国からの帰国者や海外で医療行為を受けた患者さんの緊急搬送に伴い 医療関連感染で問題となる多剤耐性菌も輸入感染症 渡航関連感染症として注目されています 輸入感染症の多くは熱帯感染症と認識されますが まず思い浮かぶのはマラリアやデング熱ではないでしょうか これまでにこのような熱帯感染症を診療した経験のある先生方はそう多くはないと思います それもそのはずで 国立感染症研究所感染症疫学センターによる調査ではマラリアは年間

70 例程度 デング熱は最近増加傾向ではあるものの 100-200 例程度で推移しています それでは実際に日本人渡航者が帰国後に診断される疾患はどのようなものが多いのでしょうか 私がこれまでに報告したデータによれば日本人渡航者 345 名のうち頻度が高かった疾患は感染性腸炎を中心とした消化器疾患が 39% 上気道炎を中心とした呼吸器疾患が 13% そして意外と多いのが動物咬傷を機に狂犬病発症予防接種を希望して来院された方が 8% でした いわゆる輸入感染症として代表的なマラリアは 4% デング熱は 3% です しかし 発熱を主訴として受診した患者さん 125 名に限定するとその割合は高くなり マラリアは 9% デング熱は 10% と約 2 倍になります また注目すべきは季節性インフルエンザと診断された方が年間を通じて 8% みられ 日本が夏季であっても熱帯地域から帰国して間もない渡航者が高熱で受診した場合はインフルエンザの検査も実施すべきです 海外渡航者の問診それでは実際に受診した患者さんに海外渡航歴があった場合の具体的な問診内容について説明します これまでに説明した通り 海外渡航者の診療とは言っても特殊な熱帯感染症に遭遇する機会はそう多くはないことがお分かりいただけたかと思います すなわち 総合診療の原則に従えば 問診がきわめて重要であり 頻度の高い疾患および見逃してはならない疾患を優先的に鑑別に挙げることは海外渡航者の診療においても同様です 海外渡航者の問診には3つの要素があります 1つ目の要素は本人の情報です 海外渡航歴の有無は一般的な内科の問診項目にもありますが もし渡航歴があった場合には滞在国だけではなく詳細な旅程 たとえば出国日 滞在都市 寄港地 帰国日などまで旅行代理店のように聴取します 次に滞在地の様相を聴取します 具体的には 都市部なのか 郊外なのか リゾートなのか 被災地なのかなどです 様相によっても感染症の流行状況は大きく変わってきます この他に乳製品や食肉などの飲食歴 動物や昆虫などとの接触歴 病人との接触歴 淡水の入水歴などが主な聴取の項目として挙げられます また除外診断の手掛かりとして トラベルワクチン接種歴 マラリア予防内服歴なども参考になります 一方で 開発途上国における診断名や治療内容は時に正確ではないこともありますので 患者さんが申告する現地の診療内容を鵜呑みにしないようにしてください 当然ながら性交渉歴や妊娠の可能性など 渡航歴のない患者さんへ聴取する項目も鑑別診断の手掛かりになることもあ

ります 2つ目の要素は現地の情報です これは実際の問診で知り得ることはなかなか難しいことですが 敢えて考慮するとすれば 滞在した地域に流行している感染症と関連する季節です 例えば西アフリカであればマラリア 東南アジアであればデング熱などで特に雨季には患者さんが多くなりますので 感染の可能性も高くなるわけです また渡航目的と重複する点もありますが 滞在地の様相 すなわち滞在地が首都だったのか 郊外だったのか リゾートだったのかなども現地の情報として重要な項目になります 診察室にインターネットに繋がる環境があれば WHO や CDC 厚生労働省検疫所のホームページからリアルタイムな感染症情報が入手できますので 有効活用することも一案です 3つ目の要素は国内の情報です つまり 海外渡航歴ばかりにとらわれていると一般的かつ頻度の高い市中感染症を忘れてしまいがちになります 例えば冬季であれば ノロウイルスによる感染性腸炎や 季節性インフルエンザはもっとも頻度が高い市中感染症ですので 帰国後に国内で感染した可能性も十分に考えられる訳です 反対に数日程度の短期の渡航であれば 潜伏期が比較的長い麻疹や風疹などの流行性ウイルス性疾患 ウイルス肝炎 結核などは出発前に感染している可能性も否定できません すなわち 海外渡航者の診療とは言っても 一般の感染症診療が基本となり 日本には存在しない あるいは稀な感染症の鑑別が加わることに過ぎないのです 熱帯感染症の鑑別診断それでは実際に熱帯感染症が疑われた場合の鑑別診断について 今回は代表的かつ重要なマラリア デング熱 チフス性疾患を取り挙げて説明します 私が調査したデータを含め世界的なデータをみても この 3 疾患の患者さんの推定感染地には一定の傾向があります マラリアはアフリカ地域 デング熱は東南アジア地域 チフス性疾患は南アジア地域での罹患の可能性が高いと言えます すなわち アフリカ地域からの帰国者が突然の発熱を認め 一般的な感染症が否定されたのであればマラリアの可能性が高いということになり 同様に東南アジア地域であればデング熱 南アジア地域であればチフス性疾患の可能性が高いということになります 勿論 現地滞在期間や帰国日から潜伏期を考慮してこれらの疾患に合致すればの話ですが マラリアの中でもサハラ以南のア

フリカ地域で特に多い熱帯熱マラリアだけは常に否定しておかなければなりません 熱帯熱マラリアは早期診断および治療が行われなければ 免疫のない日本人の場合は数日で重症化し 致死的となりますので注意が必要です すなわち熱帯熱マラリアが海外渡航者の診療においては見逃してはならないもっとも重要な疾患なのです しかしながらこの3つの熱帯感染症は臨床症状がきわめて類似しますので 渡航先が一つの手掛かりにはなるものの 臨床症状や検査所見だけでは鑑別をすることが容易ではありません そこでこれらのうち マラリアとデング熱の患者さんとの臨床データを解析した私の報告をご紹介致します 例えば臨床症状では マラリアは全身倦怠感や消化器症状など どちらかというと全身症状が強いのに対し デング熱は頭痛や関節痛など局所症状が強いのが特徴的です 検査所見では 血小板数の減少は共にみられるものの デング熱は極端に減少し 同時に白血球数も著減します しかしこの所見は発熱後 4-5 日経過してから認められることが多く 発熱初期の段階ではみられないこともあります マラリアの場合も検査所見のみで早期に診断することは困難ですが 経験上では感染赤血球の溶血による総ビリルビンや LDH 値の上昇が比較的早期よりみられます チフス性疾患には特記すべき検査所見はありませんが 南アジアから帰国後数週間経過した突然の発熱で 他に症状がなく 軽度肝機能障害 LDH の上昇 正常範囲内の白血球数 画像で脾腫や回盲部の腫脹が認められれば その可能性は高いと考えられ

ます このように 熱帯感染症の鑑別診断は初期の段階では困難ではあるものの 様々 なデータベースを組み合わせることによって ある程度は絞ることが可能となり 早期 診断 早期治療に結びつくことができると思います まとめ最後に輸入感染症の鑑別診断におけるポイントのまとめを申し上げます まず 熱帯感染症に遭遇することは稀である こと 渡航関連感染症で最も多い疾患は感染性腸炎を中心とした腸管感染症です 帰国後発熱患者さんのうち いわゆるマラリア デング熱を含む熱帯感染症とよばれるものは約 20% 程度です 次に 国内で通常みられる頻度の高い感染症の鑑別も重要である ことです 渡航前や渡航後に国内で感染した可能性も考慮に入れ 渡航歴に惑わされないようにすることも重要です 最後に当然ながら 感染症ではない こともありますので 総合診療の原則に基づいた問診がきわめて重要であることを補足させていただきます