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144 山下哲郎ほか はじめに肛門腺由来癌は病変の主座が肛門管壁内にあり粘膜に癌組織がほとんど認められない極めて稀な腺癌である 1) とされており, 肛門腺由来肛門管粘液癌は痔疾患と類似する臨床症状を示すことが多く診断に注意を必要とする. 今回我々は経時的変化に乏しかった肛門腺由来肛門管粘液癌の切除例を経験したので報告する. 症例患者 :63 歳, 男性. 主訴 : 肛門周囲の腫瘤. 家族歴 : 特記事項なし. 既往歴 :15 年前に直腸ポリープ切除. 以前に肛門疾患の既往なし. 現病歴 :2009 年 6 月, 肛門周囲に腫瘤を自覚し当院を受診した. 来院時現症 : 身長 177cm, 体重 74kg, 血圧 110/70mmHg, 脈拍 72/ 分, 体温 36.5, 直腸指診にて肛門管周囲 4 時方向に約 3cm 大の弾性軟, 可動性良好な腫瘤を認め軽度の圧痛を認めた. 肛門鏡では肛門管, 直腸の粘膜に異常を認めなかった. 初診時血液生化学検査 : 血液生化学所見に特記すべき異常なく CEA,CA19-9 は正常範囲であった. 画像検査および臨床経過 : 初診時の CT にて 肛門の左後方に約 3cm の辺縁に一部石灰化を伴う嚢胞性腫瘤が認められた ( 図 1). また超音波検査にて肛門左後方に嚢胞性腫瘤が見られた ( 図 2). 穿刺吸引細胞診で悪性所見を認めず, 局麻下に嚢胞の切開を行なったところ感染性アテローム内容に似た物質の排出があり病理検査では組織球, 間葉系細胞, 粘液を認め異型細胞を認めないとの所見であった. 画像検査と総合して肛門周囲膿瘍, 肛門管腫瘍の可能性を考慮した. しかし腫瘍の摘出を行なうと肛門管壁と括約筋の損傷を来たす可能性が高く, また患者の強い希望もあり約 3か月毎に超音波検査を行ないながら厳重経過観察とすることとしたが 2010 年の 6 月まで腫瘤のサイズや性状に著変は認めなかった ( 図 2). 2010 年 9 月に患部の疼痛と腫張を訴えたため MRI を施行した.37 38mm 大の多房性嚢胞性腫瘤であり 2009 年 6 月の CT と比較して増大傾向を認めた ( 図 3). 肛門管粘液癌疑いの診断で切除を強く勧めたがやはり患者が経過観察を希望された.2011 年 1 月に腫瘤の増大と疼痛にて受診し,CT で嚢胞性腫瘤の増大と嚢胞壁の造影効果を認めた ( 図 4) ため腰椎麻酔下に嚢胞腔の全開放を施行したところ, ゼリー状物質と膿の流出を認め肛門管粘液癌と考えられ腫瘤部の生検で粘液癌の確定診断を得た. 大腸内視鏡検査では直腸肛門管の粘膜面は正常であった ( 図 5). 以上より肛門管粘液癌の診断で直腸切 図 1 初診時の造影 CT 検査 : 肛門左後方に辺縁に一部石灰化を伴う嚢胞性腫瘤影を認めた.

肛門腺由来肛門管粘液癌 145 図 2 超音波検査の経時的変化 肛門左後方の嚢胞性腫瘤は1年の経過でサイズ 内部エコーの性 状に変化がなく明らかな壁在結節も認めなかった a 2009年 6月初診時 b 2009年 12月 c 2010年 6月 図 3 MRI検査 2010年 9月 肛門周囲に T2強調にて高信号を呈する多房性嚢胞性腫瘤を認め 増大していた 図 3a T2強調冠状断 図 3b T2強調矢状断 図 3c T2強調脂肪抑制前額 断 図 4 術前の造影 CT検査 肛門周囲の嚢胞性腫瘤は増大し嚢胞の辺縁に造影効果を認めた嚢 胞辺縁の石灰化も認めた 断術を施行した 手術所見 腹腔内に転移の所見はなかった 会陰操作にて前回手術時に嚢胞腔内に挿入した ドレーンから色素注入を施行し嚢胞壁を損傷し ないよう注意しながら 腫瘍と十分な切離マー ジンをとって腹会陰式直腸切断術を施行した 鼡径リンパ節郭清は施行しなかった 切除標本肉眼所見 下部直腸 肛門管の壁外

146 山 下 図 5 大腸内視鏡検査 直腸の粘膜面に異常を認めな かった 哲 郎 ほか に発育する多房性嚢胞性腫瘤であり嚢胞内腔に 黄色ゼリー状の粘液貯留を認めた 図 6 粘膜 面の異常は見られなかった 病理組織学的検査 肛門管粘膜下以深に粘液 結節を形成する腫瘍で 嚢胞壁には明瞭な管状 乳頭構造をとる腺癌を認めた 図 7 癌は肛門管 固有筋層を超えて肛門括約筋内に浸潤していた が粘膜面に癌組織を認めなかった以上より肛 門腺由来肛門管粘液癌 muc,pa,i nt,i NFa,l y 0, v 0,pPM0,pDM0,pRM0,pN0,pSt a g e Ⅱ 大腸癌 取扱い規約第 7版1と診断した 術後経過 経過は良好であった補助化学療 法として UFT ユーゼルを 3コース行ない以後 は経過観察としているが術後 2年 8か月経過に 図 6 摘出標本写真 内腔にゼリー状の粘液を含む腫瘤 の範囲 図 6a 割面では嚢胞壁に 腫瘤成分を有する多房性腫瘤であった 図 6b 図 7 病理組織所見 図 6bの の部分 嚢胞内に粘液貯留を認め嚢胞壁には管状乳頭状構造をとる 高分化腺癌を認めた 図 7a x 40 図 7b x 200

肛門腺由来肛門管粘液癌 147 て再発を認めていない. 考察肛門管癌の頻度は大腸癌の 2~5% と報告されている 2). 肛門管に発生する腺癌は大腸癌取 1) 扱い規約によると通常の腺癌と粘液癌を含む直腸型癌, 肛門腺由来癌, 痔瘻に合併した腺癌の 3つに分類される. 頻度としては肛門管直腸粘膜部に発生する直腸型癌が最も多く, 肛門腺由来癌は病変の主座が肛門管壁内にあり粘膜に癌組織がほとんど認められない極めて稀な腺癌であるとされる 1). 自験例は痔瘻の既往がなく粘膜面に異常所見を認めず粘膜下から壁外に粘液性腫瘤を形成している点で肛門腺由来粘液癌と考えられた. 肛門腺由来粘液癌の報告例は極めて少ない. 医学中央雑誌で 1983 年から 2013 年の範囲で 肛門腺由来 粘液癌 をキーワードとして検索すると 12 例, 会議録を除くと 7 例 3 9) の報告を認めるのみであった ( 表 1). 大腸癌において粘液癌の占める割合は 5.5~ 6.5% 10)11) であるが, 肛門管癌における粘液癌の比率は 24% と報告されており比較的頻度が高い. 大腸粘液癌はリンパ節転移率, 壁深達度, 腹膜播種陽性率が高度な症例が多く非粘液癌と 10) 比べて有意に予後が不良であるという報告があるが, 治癒切除例については高分化型大腸癌と比べて予後に差が無いとの報告が多い 12 14). 肛門管癌ではリンパ節転移率は 44% であるが肛門管粘液癌では 23% と比較的低率であり肛門管粘液癌の予後は分化型では腺癌と扁平上皮 癌より良好と報告されている 2). 肛門管癌の症状は肛門出血, 肛門部痛, 肛門部腫瘤が多く痔疾患と共通する症状が多いため診断に難渋することが多い 3). 肛門管癌は比較的患者自身が愁訴として気づきやすい疾患と思われるが, 早期に発見される事は少ない 15). その理由として竹内らは患者側の羞恥心や痔疾患との思い込みによる受診の遅れと医療側の大腸内視鏡検査での肛門管の観察の困難さを問題点に挙げている 4). 自験例において初診から確定診断まで 1 年 7 か月を要した点は反省すべき点である. 初診時に穿刺吸引細胞診を行ない悪性所見がなく腫瘤を切開し内容物を掻き出して病理検査に提出したが悪性所見を得ることができなかった. 肛門管粘液癌は穿刺吸引細胞診が診断に有用とする 16) 報告があり, 経過観察時において再度の細胞診を施行していれば粘液癌の診断に至った可能性があると考えられる. また生検で早期診断に至らなかった原因として充実性成分が少ない腫瘍であり生検で腫瘍細胞の採取ができなかったことが考えられる. 岡田らは痔瘻に関連する肛門管粘液癌において生検で悪性所見を得るのが困難であった場合で, 病態, 画像, 細胞診所見から肛門管粘液癌を疑ったならば切除を考慮してよいと報告している 17). また澤田らは肛門壁外に嚢胞性に発育した粘液癌の診断は容易でなく, 肛門周囲に突出しない壁外腫瘍の場合は生検困難な場合があり,CT ガイド下あるいは US ガイド下生検が有用であると述べており 5) 肛門 表 1 肛門腺由来粘液癌の本邦報告例.

148 山下哲郎ほか 管粘液癌の診断の困難性が多く報告されている. また悪性疾患を疑った場合でも肛門管周囲の腫瘤の場合, 腫瘤の摘出を行なうと肛門括約筋機能の障害から QOL の重大な低下を来たす可能性があるため, 組織学的確定診断を得られない症例では摘出を躊躇する原因となりやすく非常に注意が必要である. 自験例では初診後も約 3か月毎に視触診と超音波検査にてフォローアップを行なっていたが 1 年 3か月間は腫瘍の増大は全く認めなかった. 病理組織所見では癌の脈管侵襲は見られずリンパ節転移もなく, また 2 年 8か月の術後経過にて局所再発, 側方リンパ節や鼠径リンパ節への転移再発も見られていない. 肛門管癌の中では 2) 粘液癌はリンパ節転移の頻度が低いという報告や嚢胞様形態をとる粘液癌はリンパ節転移が少なく膨張性に発育すること等から予後が比較的 5) 良好とされるという報告が見られており, 本症例においても比較的生物学的悪性度の低い腫瘍であったと推測される. 画像所見は本疾患が多房性の嚢胞様形態をとることが多いことから非常に特徴的である.CT では腫瘍内の粘液のため低濃度の腫瘤となり, 不均一に造影され時に石灰化をともなう嚢胞性腫瘤となる 6)18). また MRI がきわめて有用である.T2 強調画像で高信号を示す分葉状の嚢胞性腫瘤として認められ, 壁の不整像があり充実部分は遅延性に濃染され, 壁の厚さは良悪性の鑑別の指標にならないとされる 6). また浸潤範囲の診断や再発の診断にも有効であると報告されている 3). 自験例においても上記所見を満たす特徴的形態を示していた. 肛門部腫瘤の症例について本疾患が念頭にあれば特徴的画像所見より, 確定診断に至ることは難しくないと考えられる. 肛門管粘液癌の治療は深達度, 周囲への浸潤度, 転移の有無などにより決定されるが切除が原則であり腹会陰式直腸切断術が選択されることが多く, その際十分な surgicalmargin をとることが重要とされる 3)5)7). 切除にあたり鼡径リンパ節の予防的郭清を行なうかどうかは意見が分かれている. 林らは肛門管癌のリンパ節転移率は 44% でその内粘液癌は 23% で低率であり, 鼡径リンパ節転移は肛門管癌で 24%, 粘液癌では 15% と比較的低率であると報告している 2). しかし隅越らは粘液癌の鼡径リンパ節転移率は 25.7% と高率であり, 侵襲の少ない浅鼡径リンパ節までの郭清を原則行なうと報告している 19). 更なる症例の集積が必要と考えられるが, 術前に腫大を認める症例以外は鼡径リンパ節の予防 3)5)7) 的郭清は行なっていないという報告が多く, 自験例でも予防的郭清を施行していない. しかし安井らは肛門腺由来粘液腺癌 15 例の内,3 20) 例に鼡径リンパ節転移再発を認めたと報告しており再発の好発部位と考えられ, 術後フォロー時において鼡径部の触診および画像検査が重要である. おわりに経時的変化に乏しかった肛門腺由来肛門管粘液癌の一例を経験したので文献的考察を加えて報告した. 肛門管粘液癌は痔疾患と類似した臨床症状を示し, また組織学的確定診断が得られにくいため鑑別診断に注意を要すると考えられる. 肛門疾患の診察にあたって特に肛門部腫瘤を訴える症例において本疾患の存在を念頭に置くことが重要であると考えられた. 開示すべき潜在的利益相反状態はない. 文 献 1) 大腸癌研究会編. 大腸癌取扱い規約第 7 版補訂版. 金原出版 2009. 2) 林賢, 広田映五, 板橋正幸, 北條慶一, 森谷冝皓, 沢田俊夫. 肛門管癌の臨床病理学的検討. 日消外 会誌 1989;22:2414-2420. 3) 岸渕正典, 柳生俊夫, 安井昌義, 森武貞. 骨盤 MRI 検査が浸潤範囲の診断に有用であった偽粘液腫様の肉眼形態を示した肛門腺由来粘液癌の 1 例. 日本大腸

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