寄稿論文 J アラート等の災害時の情報通信と避難 (J-ALERT System and Evacuation Information) 西澤雅道福岡大学法学部准教授 ( 内閣府より派遣 ) 金思穎福岡大学非常勤講師 ( 専修大学 ) 筒井智士福岡大学学外講師 (NTT 東日本 ) 1 はじめに昨今の北東アジアをめぐる情勢の変化を踏まえ 国民の関心が高まり 1 自然災害のみならず 人災を含めた有事の問題を考える必要性が指摘されている 2 そのような中で 弾道ミサイル飛来等の際に大きな役割を果たすとされているのが 全国瞬時警報システム (J アラート ) である 従来のJアラートに関する研究では システムの開発の経緯や利用例について考察を行った 2009 年の大内論文 3 や 2008 年の岩手 宮城内陸地震を例に緊急地震速報放送 ( 防災行政無線放送 ) の効果について考察を行った大原論文 4 のように 自然災害時の情報伝達 地震の揺れがおさまるまでの行動 次の地震での行動等についての研究はあるが 情報伝達直後に必要な避難行動や避難訓練の在り方については ほとんど触れられていない また 弾道ミサイル等も念頭に緊急時にJアラートと連携するモバイル空間マップの概念を示した緊急時モバイル空間マップに関する齋藤論文 5 もある さらに Jアラートに関する研究ではないが 村越論文 6 では 起震車を用いて東海地震等を想定した検証実験を行い 緊急地震速報による住民の退避行動に関する検証を行い 事前の知識 退避タイミングの学習 イメージトレーニング等を組み合わせることで 緊急地震速報が有効に機能するとした 永田論文 7 は 地方気象台 教育委員会 現場教員等が連携して教育現場用の緊急地震速報訓練用指導プログラ 8 ムやその指導法を開発する経緯をまとめた 秦論文 では 東日本大震災の教訓を踏まえ 緊急地震速報を活用した抜き打ち型訓練を通して 防災訓練の課題の抽出や児童生徒の意識の変化について考察を行った しかし これらの先行研究では Jアラートから伝わる弾道ミサイル飛来情報を活用した適切な避難の在り方や避難訓練等を行った上での検証結果等については ほとんど研究がされていない 想定災害のレベルを上げて 訓練の高度化を訴える研究でも 弾道ミサイルに対する訓練は 想定されていない また スマートフォン等の普及により 情報そのものを瞬時に伝えることは以前に比べると容易になりつつある 一方で 発災時には 人は正常に行動することが難しくなるという問題もあるが そのような問題については 十分に対策が考えられていない そこで 本稿では Jアラートと地震に関する大原論文を踏まえつつ 日本で初めて実施された秋田県男鹿市での2017 年 3 月の弾道ミサイルを想定した住民避難訓練の事例 9 や同年 5 月に筆者達も協力して福岡大学の学生が実施した初の弾道ミサイルを想定した学生による避難訓練の事例を基に Jアラートによる弾道ミサイル飛来情報の伝達直後の認知 避難の在り方について考察を行う なお 福岡大学での学生による避難訓練が企画 実施された背景としては 秋田県と同様に 朝鮮半島との地理的近接性から 当該問題に対する学生の関心が特に高かったことがあげられる 10 なお 本稿での分析 意見等は 筆者達の所属していた組織及び所属組織の見解とは無関係であり 筆者 Vol.35 No.1 (2017) 15
達の私見であることをお断りしておく 2 Jアラートと弾道ミサイルを想定した住民避難訓練 2.1 Jアラートの仕組み Jアラートは 2007 年 2 月から4 市町村で運用が開始された 11 弾道ミサイル情報 津波情報 緊急地震速報等の対処に時間的余裕のない事態に関する緊急情報を内閣官房 気象庁から消防庁を経由して送信し 市町村防災行政無線 ( 同報系 ) 等を自動起動することにより 国から住民まで緊急情報を瞬時に伝達するシステムである ( 図 1 参照 ) その特色は まず 最初に瞬時性があげられる 時間的に余裕のない緊急事態の発生を国民に伝え 国民の迅速な行動を促すことを目的としており 市町村防災行政無線等を自動起動させることで 地方の担当職員の手を介すことなく 国から直接情報を国民に伝達できる また 休日 夜間等地方の担当職員の体制にかかわらず住民に情報伝達が可能である 次に 耐災害性があげられる 衛星回線と地上無線回線の 2 つの系統に情報受発信を行うほか 関東局と関西局の 2 局の運用により 送信 管理システムのバックアップ拠点を設定しており 多重性の確保により災害に強いシステムとなっている 図 1 J アラートの仕組み ( 消防庁 (2016) J アラート概要 より ) J アラートで配信される情報についてみると 弾道ミサイル情報をはじめ 25 情報のうち 11 情報については 原則として 市町村防災無線 ( 同報系 ) 等を自動起動させる設定とされている 以下 25 情報を詳細にみていきたい ( 図 2 参照 ) 同報無線等を自動起動させることとなっている情報としては 1 弾道ミサイル情報 2 航空攻撃情報 3ゲリラ 特殊部隊攻撃情報 4 大規模テロ情報 5 その他の国民保護情報 6 緊急地震速報 7 大津波警報 8 津波警報 9 噴火警報 ( 居住地域 ) 10 噴火速報 11 気象等の特別警報があげられる 市町村の設定により同報無線等を自動起動するものとしては 12 東海地震予知情報 13 東海地震注意情報 14 震度速報 15 津波注意報 16 噴火情報 ( 火口周辺 ) 17 気象等の警報 18 土砂災害警戒情報 19 竜巻注意情報があげられる そして 同報無線等を起動させないものとしては 記録的短時間大雨情報 指定河川洪水予報 東海地震に関連する調査情報 震源 震度に関する情報 噴火予報 気象等の注意報があげられる Jアラートは 2014 年 4 月に全ての市町村で受信機の整備が完了しており Jアラートによる情報を住民に伝える情報伝達手段を職員の操作を介さずに起動させる機器又は仕組みである Jアラート自動起動装置 についても 2016 年 5 月には 全ての市町村で整備されている 図 2 J アラートから配信される情報の種類と区分 ( 前出消防庁 (2016) より ) 2.2 弾道ミサイルを想定した住民避難訓練ところで 北東アジアの情勢の変化を踏まえ 内閣官房の国民保護ポータルサイトの HPでは 弾道ミサイルが日本に飛来する可能性がある場合における Jアラートを使用した警報や防災行政無線や緊急速報メールを通じた情報伝達に関する情報が掲載されるようになった 弾道ミサイルが飛来した場合 極めて短時間で日本に飛来することが予想されており 12 予告なく弾道ミサイルが発射された場合に 国民に事前に知らせることなく Jアラートを使用して緊急情報を伝達するとされた 13 そして 内閣官房 消防庁は Jアラート等を利用 16 情報通信学会誌
J アラート等の災害時の情報通信と避難 して 弾道ミサイルに係る情報が伝達された場合の対処 ( どのような情報が伝達されるか 日本に落下する可能性がある場合には屋内避難が必要であること ) 等について 国民の理解を深めるため 秋田県及び同県男鹿市と共同して 初の弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を 2017 年 3 月 17 日に実施した 14 この訓練では 秋田県男鹿市の北浦公民館及び北陽小学校を利用して 隣国から弾道ミサイルが発射され 日本に落下する可能性があると判明したという想 15 定の下 1Jアラート等を使って住民に対して ミサイル発射情報 を伝達した後 2J アラート等を使って 屋内避難の呼びかけ を住民に伝達し これを受けて住民がお互いに声を掛け合って 近くの頑丈な建物である北浦公民館や北陽小学校に避難する そして 3 住民の避難完了後 4J アラート等を使って 落下場所等についての情報 ( 被害がないという情報 ) を住民に伝達し 5 訓練を終了する という流れであった 主な訓練項目は 1 国から Jアラート エムネットを使った情報伝達の実施 2 防災行政無線及び登録制メールによる住民への情報伝達の実施 3 北浦公民館及び北陽小学校における住民や教員 児童による屋内避難の実施 であった この訓練には 住民約 110 人が参加したが 訓練後の記者会見で内閣官房の担当者は ミサイルは爆風や熱 破片が一番危険であり 頑丈な建物の中であれば 直接の被害はかなり軽減されるので 住民がとるべき避難行動について周知を進めることが重要である 旨述べている 16 避難訓練に参加した住民に対するアンケート調査が実施されており 訓練参加者 52 人から回答があった 公表されている調査結果の一部を紹介すると まず 国民保護サイレンの音を聞いて 緊張感を 全く感じなかった 及び あまり感じなかった の割合が 全体の 24% となっている 訓練の中では 防災行政無線が聞こえにくかったという回答が全体で 37% あり そのうち 音量が小さかった ことが原因であるとする回答が 43% 音がこもっていた ことが原因であるとする回答が 20% 反響があった ことが原因であるとする回答が 17% であった また 全体の 86% の回答者が 今後 突然今回のような警報が流れた場合に適切に対応できる と回答している 17 個別意見としては 警報が流れた際に素早く動けるか不安であること サイレンについて もう少し緊張感のある音ならば良いこと もう少し訓練らしくない訓練が必要であること等の指摘があった この結果からは Jアラートによるサイレンや防災行政無線に関する問題点も指摘されているが 一方で 着実に訓練の成果が出ているように思われる 3 大学生主体の弾道ミサイルを想定した避難訓練 3.1 背景 2016 年 4 月に発生した熊本地震では 九州地方に大きな被害が発生した 災害関連死を含めるとその死者の数は 本稿執筆時点で約 230 人となっている 発災直後に被災地でインタビュー調査を実施したところ 東日本大震災等をテレビで見て地震の危険について認識していたが 九州では地震が起こらない と思っていた被災者がとても多いことがわかった 想定外 という言葉を使う場合もあるが 耐震化の遅れによる家屋の倒壊 避難所の未整備 備蓄の不足等は 1995 年の阪神 淡路大震災や 2011 年の東日本大震災でも見られた現象であり 過去の大規模災害と同じような現象が繰り返されている 熊本地震から 1 年が経過し 再度被災地でインタビュー調査を実施したところ 被災者も発災直後と比較すると落ち着いて被災経験を振り返ることができるようになっている そのときによく出るのが 防災の専門家が近くにいれば 避難所の運営の在り方も変わって 災害関連死等で亡くなる方も減ったのではないかという被災者の言葉である 隣人の死を経験して もっと防災のノウハウを身につけて コミュニティの皆が一緒に計画性を持って行動すればよかったという後悔の言葉である 内閣府によれば 大規模災害時には 行政の被災者への支援が限界をむかえる 公助の限界 に陥る場合がある 被災者が行政に助けを求めても キャパシティの問題で行政が対応できないときには 住民一人ひとりの自助と地域コミュニティや企業の共助が重要な役割を果たすといわれている 18 一方で 人には 自分にとって都合の悪い情報を無視したり 過小評価する 正常性バイアス という特性があるほか 災害にあっても 落ちついて行動できる人は10 15% であり 我を失って泣き叫ぶ人は 15% 以下 大半の人は 発災時にショック状態に陥り 何 Vol.35 No.1 (2017) 17
もできない 凍り付き症候群 に陥るといわれている 非常時に三つのカテゴリーのうちどれに入るかは普段の各人の行動からは予想できない 19 しかし 非常時に冷静な行動をとるためには普段から非常時のための心の準備が重要であり アメリカの 9.11テロ等に突然遭遇して 冷静に対応して助かった人には 過去災害経験があったり 避難口をチェックする習慣があったりする 20 米国の国立標準技術局 (NIST) が2005 年 21 に出した 9.11テロに関する最終報告書は 多くの被害者が災害後に 凍り付き症候群 に陥ったことを指摘している 3.2 福岡大学での弾道ミサイルを想定した避難訓練ここまで述べてきたような考察を踏まえ 筆者達の 22 所属する福岡大学では 防災行政研究会に所属する学生たちが主体となって 地震のような自然災害だけでなく 弾道ミサイル飛来のような人災も含めて 大学生活において 自分やまわりの命を守る方策について考えることとなった 23 同研究会では 大学教員等の研究者の協力を得て 現場での問題の解決に向けて研究者と当事者である学生が 共同で取り組む実践といういわゆるアクションリサーチ 24 的な考え方も踏まえつつ 熊本地震等を受けて 1 被災地でのフィールドリサーチ 2リサーチを踏まえた実践的防災訓練 3 訓練を踏まえた防災マニュアルづくり 4プロジェクトの成果のシンポジウム等での発表等を行い 学生による自助 共助による地域防災力の向上を図るという流れで取組が進んでいるが ここでは 2のうち 弾道ミサイルを想定した避難訓練について紹介したい 2017 年 5 月 27 日 ( 土 )10:10 10:30に実施された訓練では 同研究会が同大学の文系センター 15 階で有識者等を招いて実施している研究会の時間帯に 弾道ミサイルが発射され 日本に落下する可能性があると判明したという想定で実施された 今回は実験的な要素が強い小規模な訓練であることから J アラートそのものを使うのではなく 研究会が開催されている教室内で Jアラートで実際に利用されるサイレン 音声を流すことにした 具体的には 最初にJアラートで利用されるサイレン 音声を教室内で流し ミサイル発射情報 及び 頑丈な建物や地下への避難 を呼びかけた 25 研究会参加者 34 名は これを受けて 15 階の教室から 同じ建物の地下へとエレベーターと階段に分かれて垂直避難した 地下へ の避難終了後に 統制担当の学生が 口頭で 落下場所等についての情報 を参加者に伝達し 訓練は終了した なお 統制担当以外の研究会参加者には 事前に研究会冒頭に何かの避難訓練を行うことは伝えたものの それ以外は 統制担当の学生が訓練全体の管理を行って 参加者に事前に訓練の展開を具体的に伝達しないブラインド形式の訓練として実施した 3.3 訓練結果と考察訓練後の検討会で訓練参加者に 内閣官房によって男鹿市で実施された避難訓練時とほぼ同様の内容のアンケート調査を行い 訓練での 気づき について検証を行った 以下 その一部を紹介する まず 訓練参加者 34 人に対するアンケート調査 ( 回答率 100%) では サイレンや避難を呼びかける音声を聞いて 緊張感を あまり感じなかった の割合が 全体の 9%( 全く感じなかった は 0%) となっている 音声については 室内のスピーカーで流したことから 88%(30 人 ) がよく聞こえたと回答している 全体の 82%(28 人 ) の回答者が 今後 突然今回のような警報が流れた場合に適切に対応できる と回答している 個別意見としては これまで当該建物に地下が存在することが知らなったとか エレベーターの中でも地下に直行するものが少ないことを初めて知ったので 訓練がとても有効で 広く実施するべきであるという趣旨の意見が複数みられた そして 検討会での発言を聞く限り そもそも訓練に参加した学生たちは これまで 地下に降りた経験が全くないことがわかった また サイレンや放送の内容については 全ての学生が初めて聞く経験であり 特徴のあるサイレンを 事前に聞いておくことで 適切に状況を認知 判断できるという意見もあった 今回は 15 階から地下までエレベーター及び階段に分かれて約 4 分半で34 人全員が避難することができた この点について エレベーターについては 1 2 分で余裕をもって避難できたものの 階段については 若い学生であっても 息が切れて 思ったよりも時間がかかり 混雑した場合は 非常階段のスペースが 狭くて暗いことから 転倒する等の危険が指摘された エレベーターについても 今回は土曜日という大学の利用者が極めて少ない中での訓練となったが 平日昼間等利用者が多いときには 利用できる者が極めて 18 情報通信学会誌
J アラート等の災害時の情報通信と避難 限られる可能性も指摘された そのような場合は 学生は階段を利用して 高齢の教員等はエレベーターを優先利用する等の多くの人が適切に避難できるような避難手段の区分けの必要性を指摘する意見があった また 訓練ではうまく避難できたが 本当にミサイルが飛来した場合は 多くの人がパニックになる可能性が高いことから 訓練を繰り返すことや さらに進んだ訓練の必要性を指摘する意見もあった なお 今回はエレベーターでスムーズに地下に避難できた参加者もいたことから 時間的な余裕を感じるという意見があった一方で 本番ではそう簡単にいかないと感じたという意見が多く また 今回は集団で避難したので 地下に行くべきことがわかったが これまで地下に行くべきだと考えたこともなく 単独だった場合は 避難できるか不安であるという意見もあった が サイレン等の音声を聞いて緊張感を感じた割合 ( 必要以上に感じた 適度に感じた なんとなく感じた の合計 ) が高い これは 男鹿市の回答者は 70 80 代が 59%(30 名 ) であり 戦争経験者が含まれていることから 太平洋戦争時にサイレンを聞いて空襲を避けるために防空頭巾をかぶって防空壕に避難した経験がある人がいたこと等が影響しているものと思われる ( 図 3 参照 ) 26 一方 男鹿市と同様に 避難訓練を経験して 今後 突然今回のような警報が流れた場合に適切に対応できるとする回答が 8 割を超えている ( 図 4 参照 ) また 個別意見では 素早く状況を認知 避難することの難しさや実践的な訓練の有用性等について同じような意見が出ていることが注目される 図 3 サイレン等を聞いて緊張感を感じたか ( 男鹿市と福岡大学での訓練参加者へのアンケート調査結果の比較 回答者は男鹿市 52 名 (2017 年 3 月 ) 福岡大学 34 名 ( 同年 5 月 ) 質問文は短縮 ) 写真地下へ避難した学生 ( 上 ) と訓練後の検討会の模様 ( 下 ) ( 筆者撮影 ) 図 4 今回のような警報が流れた場合に適切な対応が可能か ( 同上 ) 訓練主体 参加年齢層 避難の態様等に違いがあることを踏まえつつ 3 月に実施された秋田県男鹿市の訓練の事例と比較すると 福岡大学の学生達のほう 4 今後の展望全国で初めて大学生が主体となって大学で実施された弾道ミサイルを想定した避難訓練の結果は 本年 Vol.35 No.1 (2017) 19
度内に地区防災計画学会や情報通信学会の研究会やシンポジウムで学生等によって発表される予定である また 訓練の教訓を踏まえて 訓練に参加した学生たちが主体となって 学生向けの防災マニュアル の作成について検討が進められている このような訓練の成果は 弾道ミサイルの場合だけでなく 大規模地震等の避難とも共通点が多いことから 学生主体で普及啓発が行われ 災害時に適切に行動できる学生を増やし 共助によって 凍り付き症候群 に陥って適切に避難することが難しくなった学生等を救うことができれば 大学内の防災力が大きく向上するものと期待されている さらに 本稿で紹介したような避難訓練の取組は 周辺地域等と連携することによって 大学内だけでなく 周辺の住民の安全 安心感を高めることにつながる可能性がある 特に 本稿で紹介した訓練の結果は 九州での取組が遅れているといわれている大学や周辺企業の事業継続計画 (BCP) 27 の作成 地域コミュニティや地元企 28 業による地区防災計画の作成の促進につながる可能性があり 大学 周辺企業 行政等によって 今回の訓練の成果が適切に活用されることが期待されている 29 ( 謝辞 ) 本書の執筆に当たっては 室﨑益輝先生 ( 兵庫県立大学防災教育センター長 ) 矢守克也先生 ( 京都大学防災研究所教授 ) 大矢根淳先生 ( 専修大学人間科学部教授 ) 加藤孝明先生 ( 東京大学生産技術研究所准教授 ) 林秀弥先生 ( 名古屋大学大学院法学研究科教授 ) をはじめとする多くの先生方から御示唆をいただいた また 湧口清隆先生 ( 相模女子大学人間社会学部教授 ) には 寄稿の機会を与えていただいた 本稿は 江頭ホスピタリティ事業振興財団 生協総合研究所及びアサヒグループ学術振興財団の研究助成による研究成果の一部である また 筆者の一人である金にとっては 日本学術振興会特別研究員奨励費 (JP17J09978) による研究の成果の一部でもある 御指導いただいた先生方に厚く御礼申し上げる 注 1 2017 年 5 月 29 日には 北朝鮮のミサイルが日本の排他的経済水域内に落下したと推定されている 2017 年 5 月 29 日 朝日新聞 北朝鮮ミサイル 隠岐諸島から 300 キロ地点に落下か 参照 北東アジアの状況の変化を受けて 日本国内では一般住民からの核シェルターの注文が急増している 2017 年 5 月 13 日 朝日新聞 シェルター等注文急増北朝鮮脅威で すぐ付けて 参照 なお 北朝鮮は 1998 年に長距離弾道ミサイル テポドン 1 を発射し その一部が初めて日本上空を越え三陸沖に落下したが その後も発射を続けてきた 2009 年 4 月 5 日 朝日新聞 発射ミサイル 日本上空を通過 参照 2 内閣官房国民保護ポータルサイト HP http://www.kokuminhogo.go.jp/hajimeni.html 消防庁 HP ( 国民保護室 国民保護運用室 ) http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldlist2_1.html 参照 3 大内智晴 泉泰澄 (2009) J-ALERT( 全国瞬時警報システム ) について 電子情報通信学会技術研究報告 109 巻 73 号 4 大原美保 地引泰人 関谷直也 須見徹太郎 目黒公郎 田中淳 (2009) J-ALERT による緊急地震速報の防災行政無線放送の効果に関する調査報告 生産研究 61 巻 6 号 5 齋藤肇 廣松毅 (2013) 緊急時モバイル空間マップ J-ALERT( 全国瞬時警報システム ) との連携 2013 年経営情報学会全国研究発表大会要旨集 6 村越真 小山真人 石原寛子 鈴木吉彦 岩崎大輔 岩田孝仁 (2008) 緊急地震速報は本当に住民の退避行動を促進するか? 災害情報 6 号 村越真 小山真人 大石勝博 岩田孝仁 (2011) 退避タイミングの教示とイメージトレーニングの地震時退避行動への効果 : 緊急地震速報の有無による比較 災害情報 9 号 7 永田俊光 木村玲欧 (2013) 緊急地震速報を利用した 生きる力 を高める防災教育の実践 地域安全学会論文集 21 号 8 秦康範 酒井厚 一瀬英史 石田浩一 (2015) 児童生徒に対する実践的防災訓練の効果測定 - 緊急地震速報を活用した抜き打ち型訓練による検討 - 地域安全学会論文集 26 号 9 内閣官房 (2017) 弾道ミサイルを想定した住民避難訓練概要 ( 秋田県男鹿市 ) 参照 10 2017 年 6 月 9 日 朝日新聞 4 週連続ミサイル自治体訓練相次ぐ では 青森県むつ市 秋田県男鹿市 山形県酒田市 新潟県燕市 富山県高岡市 広島県福山市 山口県岩国市 同阿武町 福岡県吉富町 同大野城市等国と連携して弾道ミサイルを想定した訓練の主な開催地について紹介しているが いずれも日 20 情報通信学会誌
J アラート等の災害時の情報通信と避難 本海側であり 朝鮮半島との地理的近接性が影響していると思われる 11 2007 年 10 月に緊急地震速報の送信が開始された 12 2016 年 2 月 7 日に発射された弾道ミサイルは 10 分後に 1,600km離れた沖縄県先島諸島上空を通過した 防衛省 (2016) 平成 28 年版防衛白書 参照 13 前出の内閣官房 HPによると J アラートを使用すると 市町村の防災行政無線等が自動的に起動し 屋外スピーカー等から警報が流れるほか 携帯電話にエリアメール 緊急速報メールが配信される J アラートによる情報伝達は 国民保護に係る警報のサイレン音を使用し 弾道ミサイルに注意が必要な地域に 幅広く行う 14 前出内閣官房 (2017) 参照 15 この訓練では J アラート及びエムネットのほか 市の登録制メールシステムでも同時に情報を流して情報伝達を行っている 16 2017 年 3 月 17 日 日本経済新聞 弾道ミサイル想定 初の避難訓練秋田 男鹿 参照 17 前出内閣官房 HP 参照 18 内閣府 (2014) 平成 26 年版防災白書 参照 19 Leach, John (2004) Why People 'Freeze' in an Emergency, Aviation, Space, and Environmental Medicine Vol. 75, No. 6, June 2004 参照 20 Ripley, Amanda (2005) How to Get Out Alive, TIME Magazine, Monday, Apr. 25, 2005 参照 21 National Institute of Standards and Technology (2005) Final Report of the National Construction Safety Team on the Collapses of the World Trade Center Tower 参照 22 筆者の一人である西澤が 福岡大学法学部で開講している3つのゼミを中心に1 4 年生の合計 60 名弱で構成されており 男女の割合は 半々である 災害対策基本法や地域コミュニティ及び企業の防災活動の在り方について研究を行っている 具体的には シンポジウム開催 文献調査 地域コミュニティ等でのフィールドリサーチ等を行っている 関係シンポジウムの模様は NHK 2017 年 4 月 8 日 熊本地震 1 年でシンポジウム 朝日新聞 2017 年 4 月 9 日朝刊 熊本地震 1 年地域防災 教訓を考える福大で150 人集まりシンポ 等参照 23 同大学では 各教室の教卓に地震と火災を想定したマニュアルが準備されており 大学区域の消防計画に基づき 消防署の指導の下 消火訓練や AED 講習会等が実施されているが 弾道ミサイルを想定した訓練等は実施されていない 24 Kurt Lewin が提唱した実践的研究手法 社会活動で生じる諸問題について 小集団での基礎的研究でそのメカニズムを解明し 得られた知見を社会生活に 還元して現状を改善する手法をとる Lewin, K., & Cartwright, D.(eds.) (1951) Field Theory in Social Science, Harper & Row. 矢守克也 (2010) アクションリサーチ 実践する人間科学 新曜社参照 25 2015 年 5 月 9 日に 内閣官房は J アラートによる避難の呼びかけアナウンスを住民の安全確保を確実にするためにより具体的に変更し ミサイルが発射された模様です 頑丈な建物や地下に避難してください 直ちに避難 直ちに頑丈な建物や地下に避難してください という内容に改め ミサイルが日本の領土 領海に落下したと推定される場合は 続報を伝達しますので 引き続き屋内に避難してください と避難を続けるように呼びかける内容に変更した 本訓練では この新しいアナウンスを踏まえて実施した 26 報道によると秋田県男鹿市の訓練では 戦争経験者から 訓練で太平洋戦争での防空壕への避難を思い出したとか 戦争中に比べると訓練としてぬるいという指摘もあった 2017 年 3 月 17 日 日本経済新聞 弾道ミサイル想定 初の避難訓練秋田 男鹿 同 産経新聞 生ぬるい と戦争経験者秋田のミサイル避難訓練 参照 27 事業継続計画 (Business continuity plan) とは 企業が災害等の緊急事態に遭遇した場合に 事業資産の損害を最小限にとどめ 中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために 平常時に行うべき活動や緊急時の事業継続のための方法 手段等を取り決めておく計画 事業継続の概念は 2013 年の災害対策基本法改正で同法に盛り込まれた 西澤雅道 金思穎 林秀弥 (2016) 熊本地震後の災害対策基本法と事業継続計画 (BCP) 福岡大学法学論叢 61 巻 3 号参照 筆者の一人である筒井は 内閣府時代に内閣府 (2013) 事業継続ガイドライン第 3 版 を執筆した 28 地区防災計画とは 地域コミュニティの住民や地元企業が共助の観点から自発的に作成する防災計画で 2013 年の災害対策基本法改正で創設された制度である 西澤雅道 筒井智士 (2014) 地区防災計画制度入門 参照 筆者である西澤及び筒井は 同制度創設時期の内閣府の担当者であり 内閣府 (2014) 地区防災計画ガイドライン を執筆した 29 なお 本稿執筆中に山口県及び同県阿武町 新潟県及び同県燕市 山形県及び同県酒田市等が 新たに弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を実施することが発表された 前出内閣官房 HP 参照 Vol.35 No.1 (2017) 21
西澤雅道 ( にしざわまさみち ) 1973 年生まれ 中央大学法学部卒 1999 年総理府 総務庁に入り 総務省総合通信基盤局事業政策課課長補佐 内閣府大臣官房総務課企画調整官等を経て 2016 年 4 月より現職 ( 内閣府研究休職 ) 代表作は 地区防災計画制度入門 (NTT 出版 2014 年 ) 熊本地震と地区防災計画 ( 地区防災計画学会誌 10 号 2017 年 ) で同学会論文賞受賞 金思穎 ( きんしえい ) 専修大学大学院文学研究科修士課程修了 ( 修士 ( 社会学 )) 同大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程在学中 同大学社会知性開発研究センター客員研究員 日本学術振興会特別研究員 専門は社会学 代表作は 日中のコミュニティにおける防災活動の実証的比較研究 ( 地区防災計画学会 2017 年 ) 2014 年度地区防災計画学会奨励賞 ( 矢守賞 ) 2016 年度同論文賞 ( 室﨑賞 ) を受賞 筒井智士 ( つついさとし ) 1979 年生まれ 東京大学工学部卒 2004 年 NTT 東日本に入り NTT に転籍後 内閣府 ( 防災担当 ) 普及啓発 連携担当参事官室企業等事業継続担当主査等を経て NTT 東日本に復帰 代表作は 地区防災計画制度と ICT の在り方に関する考察 情報通信学会誌 32 巻 2 号 (2014 年 ) 2016 年度地区防災計画学会論文賞受賞 内閣府地区防災計画アドバイザリーボード顧問等を歴任 22 情報通信学会誌