韓国教育政策の変化と中等日本語教師の課題 - 2009 改定教育課程 を中心に 金美珍 ( 蔚山中央女子高校 ) 1. 韓国の日本語教育の現状 1.1 外国語教育の現状 第一外国語 : 英語は小学校から始まり 高校に至るまで英語中心の教育となっている 第二外国語 : 中学校から選択科目として 表 1の外国語から 1~2 つの外国語が学校別 に開設されている 表 1 韓国の教育機関で開設されている外国語 言語 教育機関 第一外国語 英語 小 中 高校 第二外国語 日本語 中国語 ドイツ語 フランス語 スペイン語 ロシア語 アラブ語 ( ベトナム語 2009 改定教育課程 から中学校で新設 ) 中 高校 1.2 日本語の位置づけ 学習者 : 現在 日本語学習者の数は表 2 の通りで 全世界で一番多い 学習者の 9 割が高校 ( 一部中学校 ) で選択科目として学習している 第二外国語での日本語の割合 : 図 1 を見ると 日本語が 63% 中国語が 27% となって いる 他の外国語と比べると日本語は圧倒的な割合を占めている しかし 最近 教 育政策の変化や中国語に対する社会的ニーズの増加に押され 日本語を選択する学習 者の数は減少しつつある 表 2 韓国の日本語学習者 教師の数 人数 世界での順位 参考 日本語学習者数 964,014 人 第 1 位 全体学習者の 3 割 日本語教師数 6,577 人 第 2 位 1 位は中国 図 1 韓国の高校生の第二外国語の選択状況 (2006~2010)
1.3 教師の現状 資格 中等 2 級正教師 : 日本語教育学科 ( 全国に 6 校 ) を卒業 あるいは日本語関連学科で教職課程を履修した者 中等 1 級正教師 : 教育経歴 3 年以上で 中等 1 級正教師教育研修 を修了した者 授業時間週当たり約 16~19 時間の授業を担当する 日本語授業時間の縮小による問題日本語以外 1 の授業を担当する教師が 4 割以上を占める ( Kim misuk 2010 ) 1 人の教師が 2 校以上の授業を担当する 巡回教師 の数が増えつつある 1.4 学習者の現状 日本語学習の動機 : 1 学校に日本語科目が開設されているため (56.6%) 2 日本文化への興味 (15.6%)( Kim misuk 2010 ) 大学入試の受験勉強の負担で 非受験科目の日本語はほとんど勉強しない 学習者は日本文化への興味が高く 目標言語を身につけるために 文化 を取り入れた授業活動を好む ( 鄭恩愛 2008 ) 日本文化に対しては友好的な態度を持ちながらも 日本や日本人に対しては歴史的な問題から抵抗感を感じている生徒もいる 1.5 日本語教育の問題点 問題日本語学習者数の減少 学習動機の低下 原因外国語科目の特性上 社会的 経済的な変化や学習者のニーズの影響を受ける 日本語教育は従来 選択必修科目で国家政策に依存しすぎていた 結果社会的 経済的変化や学習者のニーズへの認識不足 対応能力の不足により 教育政策の変化に大きく左右される教育環境になる 2009 改定教育課程 では必修科目から取り除かれ 学習者の減少が予想される 2. 2009 改定教育課程 について 2011 年新入生から適用される 2009 改定教育課程 は 教育現場に及ぼす変化が大きいと予想される 2.1 目標創意に富むグローバルな人材の育成が目標とされている
2.2 改定の背景従来の教育課程は国家が一律に決めていた しかし 多様化する社会や学習者のニーズに対応することができないため 学習者の選択権や学校の自律権を増やす方向に教育課程を改定する必要があった それで 学校別に特性を生かし 個人に合わせた教育課程ができるような環境を整える目的から 第 7 次教育課程 を改定することになった 表 3 教育課程の変遷 (1997 年 ~2011 年 ) 名称適用時期 ( 年 ) 特徴と方向性 第 7 次教育課程 1997 ~ 2007 選択中心教育課程 レベル別教育課程 非教科活動の重視 2007 改訂教育課程 2008 ~ 2010 第 7 次教育課程 の欠点を補充する程度で小幅改編 2009 改定教育課程 2011 ~ 教育現場で実現できるように大幅改編 2.3 2009 改定教育課程 の特徴 2.3.1 学習負担の縮小と効率化 : 集中履修制 履修科目数の縮小 : 学期当たりの科目数を 従来 10~13 科目から改定後 8 科目以下に 集中履修制 : 2 学期に渡って行った授業を 1 学期に 2 3 年に渡って行った授業を 1 年に集中して行うようにする制度 これにより 1 科目の 1 週当たりの授業時間が増えるので 2~4 時間を 1 コマとして運営する Block Time 制 を導入した 学年群 : 小学校 1 2 年 3 4 年 5 6 年をまとめて 3 つの 学年群 にし 中学校と高校は 3 つの学年をそれぞれ 1 つの 学年群 と設定すること 教科群 : 関連性のある教科を一つの 群 にまとめること結果 学習者が 教科群 の中から科目を選択し 学年群 の中で決められた時期に 集中履修 することができるようになった 2.3.2 学校の自律権の拡大従来の 最小授業時間 を 基準授業時数 に改定し 基準時間の 20% 以内での増減が許容される 学校は各科目の履修時間を最終的に決めることになる 2.3.3 選択教育課程 の拡大 共通教育課程 は全学生が共通で必ず履修すべき基本教科中心の教育課程で 選択教育課程 はより細分化された 学生の進路に沿って選択履修する教育課程である 従来 高校 2 年から適用した 選択教育課程 を高校全過程へと拡大した 選択授業科目は学生のレベル別 教科の領域別に再構造化され 進路に沿って履修できる選択の幅が広くなった 表 4 共通教育課程と選択教育課程の改編従来改定後共通教育課程小 1~ 高 1 (10 年間 ) 小 1~ 中 3 (9 年間 )
選択教育課程高 2~ 高 3 (2 年間 ) 高 1~ 高 3 (3 年間 ) 2.3.4 非教科活動の重視 : 創意的体験活動 の導入 目標 : 配慮と助け合いを実践できる人材を養成する 構成 : 自律活動 2 サークル活動 ボランティア活動 進路活動 インターネットサイト 創意的体験活動の総合支援システム が設けられ 活動結果を生徒が入力されたものは教師の確認を経て上級学校への進学時 入学査定の資料として活用される 3. 2009 改定教育課程 の日本語教育現場への影響 3.1 教育制度 必修選択科目 選択科目 従来の必修選択科目から除外され 生活 教養科目群 の 漢文 進路と職業 技術 家庭 第二外国語 の 4 教科の中で必要単位数を選択履修することになる 選択教育課程 の高校全過程への適用 従来 日本語科目は 選択教育課程 が適用される高校 2 3 年生を対象にした しか し 大学入試が迫っている高校 3 年生の授業は 自習などで運営する場合も多かった 改定により 日本語科目は 高校全過程の中で学校別に必要とされる時期に開設できる ようになった 集中履修制 蔚山女子高校 の場合 2 3 年生の時に週 2 コマであった授業時間が 2 年生の 1 学 期に 4 コマ 3 年生の 1 学期に 4 コマとなる 週当たりの授業時間数は増加するが 2 年生 2 学期の 1 学期間 授業の空白ができる結果になる 3.2 教育内容 2007 改訂教育課程 により 言語の下位項目であった文化が言語から独立した 2009 改定教育課程 により 2012 年から導入される新教科書でも文化セクションの量的増加と文化 の細分化 3 が目立っている 4. 日本語教師が直面している課題 教育政策の変化に左右されずに日本語学習を継続させるには どのような動機付けが必要か 2009 改定教育課程 の教育理念であるグローバルな人材の育成と 創意力 の向上を教育現場でどのように実現し 授業を多様化するか 2009 改定教育課程 で選択科目となった日本語は 同一の 教科群 の他科目とどのように差別化するか
5. 提言 5.1 真の学生中心 の授業日本語は受験に結び付かないため 学習の過程で日本語を 学ぶ楽しさ を動機付ける必要がある 真の学生中心 の授業とは学習の計画から評価にいたるまでの全過程を学習者主導のもとで行うことで 学習者の主体的な学習能力を導き出すことである ( 李徳奉 2003) その内容は 学習の計画時 学習者の参加率を上げるだけでなく 学習者のニーズや属性 学習スタイル 好きなメディア 教育環境などを考慮して考える必要がある また 評価時 レポート 発表 ポートフォリオなどで学習過程を重視する 遂行評価 (Performance Assessment) 4 を積極的に活用することを提案したいと思う 5.2 文化理解教育 の一環としての日本語授業従来 文化は日本語学習者の動機付けとして取り入れられたにすぎなかった グローバルな人材に求められているのは語学力だけではなく 社会的環境 脈略を考慮した上で文化を理解する能力である その能力を養うためには 具体的な教授法や教室活動を開発し 授業の多様化を試みることが必要だと思われる 5.3 非教科活動の 創意的体験活動 と授業の連携 創意力 を養うと共に 日本語を 教科群 の他科目と差別化するため 日本語 文化理解をテーマとした 創意的体験活動 を企画 運営することを提言したい 例えば 校内日本語スピーチ大会 日本の歌コンテスト 韓日交流行事などが考えられる 注 1 日本語教師が日本語以外に担当する科目は 進路と職業 創意的体験活動 漢文 など である 2 自律活動 の構成 : 適応活動 ( 相談 礼儀教育など ) 自治活動 ( 学生委員会活動 ) 行事活動 ( 体育大会 学芸会など ) 創意的特色活動 ( 学校別 地域別特色活動 ) 3 文化を言語行動文化 日常生活文化 大衆文化 伝統文化と細分化し 母国との比較 理解を試みた 4 遂行評価は学習者が学んだ知識を利用し 課題をどう 実行 遂行 するかを評価する方 法をいう 韓国では 1999 年 創意力 と問題解決能力を養うために導入された 現在 全教科の 30% は遂行評価の項目を入れることになっている
6. 参考文献 (1) 李徳奉 (2003) 転換期を迎えた日本語教育に求められるもの 日本語教育 第 119 号 1-10. (2) 日本国際交流基金 (2009) 海外の日本語教育の現状 52-53. (3) Kim dongwon (2009) 教育課程のパラダイムの変化による 2009 改定教育課程 <http://cutis.mest.go.kr> (4) Kim misuk (2010) 田南での中等日本語教育の現状と課題 ( 修士論文 ) (5) Kim sungik (2009a) 2009 改定教育課程 どう変わるか <http://cutis.mest.go.kr> (6) (2009b) 学校教育の自律性の拡大と 2009 改定教育課程 <http://cutis.mest.go.kr> (7) 鄭恩愛 (2008) 韓国高校の日本語教育の現状と問題点に対する考察 ( 修士論文 ) (8) 洪善美 (2008) 高校日本語教育に関する研究 ( 修士論文 ) (9) 韓国教育科学技術部 (2009) 第二外国語課の教育課程 (2011.10.11) (10) 韓国教育科学技術部 教育課程 教科書サービス <http://cutis.mest.go.kr> (2011.10.11)
参考資料 資料 1 韓国の日本語教育課程の変遷 教育課程 期間 特徴 以前 1973 高校で日本語科目の導入 第 3 次教育課程 1974 ~ 1981 口頭訓練の重視 第 4 次教育課程 1982 ~ 1987 文化理解について具体的な目標提示 第 5 次教育課程 1988 ~ 1995 コミュニケーション能力 第 6 次教育課程 1996 ~ 2001 正確性より流暢性 理解技能と表現技能 第 7 次教育課程 1997 ~ 2007 機能シラバス インターネットによる検索 2007 改訂教育課程 2008 ~ 2010 学習内容の独立した構成要素としての文化 2009 改定教育課程 2011 ~ 新教科書の導入 資料 2 高校での日本語授業の時間数と目標 高校の日本語授業 週 2 コマの場合 週 3 コマの場合 年間授業時間の数 約 68 コマ (1 コマ 50 分 ) 約 102 コマ 漢字 約 733 字 語彙 約 500 語彙 目標 日常生活で使われる易しい日本語を理解し 簡単な日本語で意志疎通できる基礎 能力を養う 資料 3 韓国の教育における最近の動向 目的 特徴 日本語教育への影響 教科教室制度 生徒が専用教科教室に移動科目別に個人レベルに合わせ クラス別に複数のシラバス 評価法案などを工夫 たクラス分け 最適化された教室環境の完備 日本文化を体験できる日本語の教室を作る 私教育費の節約効果が目的 教 科 集中履修制度 科目間 学年間の区別なく 特定学期に集中履修 授業の空白期間が与える影響を最小化する方法を工夫 内 生徒 学校のニーズによって教 Block Time 制 を考慮したカ
育課程の選択権の拡大 リキュラム作りと発表 グルー プワークを取り入れた授業モデ ルの導入 デジタル教科書 情報の量的 質的拡大 オン オフライン授業 私教育費の節約効果 教室の空間的な限界を克服 多様なデジタル教育コンテンツ が利用できる 学習者中心の授業 問題解決能力の養成 ( 知識伝達 だけでは意味がない ) 教 創意的体験活 教科外の特別活動の内容をイ 多様な体験活動企画 推進の必 科 総合システム ンターネットサイトに記入し 要性が増加 ( 日本語スピーチコ 外 の運営 学校生活記録簿と連動 ンテストなど ) 創意 人性教育 ( 道徳 ) の 生徒の進路指導やポートフォリ 強化及び学生多面評価 オ作成指導 教科教室制 : 学生が自分のレベルに沿って教科別の専用教室に移動し 授業を受ける方式 2009 年に 導入され 2011 年現在 15% の 806 学校で運営されている 2014 年までにすべての高校で実施する予定 資料 4 真の学生中心 授業の 5 段階 ( 李徳奉 2003) 段階 1 授業における学習者の活動を増やすレベル 内容 指示による学習者の繰り返しや発表時間など を増やすこと 2 問題解決における学習者の自律性を拡大するレベル 3 学習者の発達レベルや学習文化のような個別性を重んじるレベル 4 学習に寄せる学習者のニーズを授業に反映するレベル 発見学習 体験学習など個別学習 レベル別学習 プログラム学習 学習スタイル別学習など学習科目 教材 学習内容などに対する学習 者の選択権を広めること 5 学習過程における学習者の主体性を最大化したレベル 学習の計画から評価にいたるまでの全過程を 学習者主導のもとで行うこと