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42 第 184 巻 第 3 号 における認識と測定 における収益認識基準が実現稼得過程アプローチ (realization and earnings process approach) になっていることである 3) この状況の下で第 5 号の収益認識基準が優先的に適用されれば, 繰延収益など, 義

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ならないとされている (IFRS 第 15 号第 8 項 ) 4. 顧客との契約の一部が IFRS 第 15 号の範囲に含まれ 一部が他の基準の範囲に含まれる場合については 取引価格の測定に関する要求事項を設けている (IFRS 第 15 号第 7 項 ) ( 意見募集文書に寄せられた意見 ) 5.

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(10) 顧客による検収 80 (11) 返品権付きの販売 工事契約等から損失が見込まれる場合の取扱い 重要性等に関する代替的な取扱い 91 (1) 契約変更 91 (2) 履行義務の識別 92 (3) 一定の期間にわたり充足される履行義務 94 (4) 一時点で充足される履

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国際会計研究学会年報 2011 年度第 1 号 カスタマー ロイヤルティ プログラムと収益認識 松本敏史 同志社大学 要 旨 近年, カスタマー ロイヤルティ プログラム (CLP) が新たな会計処理の対象として浮上してきた これは顧客に対してポイント, 割引券, マイルズ等のインセンティブを与える取引の総称であり, その日本における標準的な会計処理は,CLP によって将来発生すると見込まれる費用を引当金に繰り入れ, 当該繰入額を販売促進費として売上高から控除する方式である これに対して 2007 年 6 月に公表された IFRIC 第 13 号は, 顧客からの対価を当初販売した商品と顧客に提供された特典に配分し, 後者を負債として繰り延べる方式を提示した 形式上, この方式は前受金によって未実現収益を繰り延べる収益費用アプローチの処理方法と同じである しかしここでの配分基準は, 当初販売された商品と特典の公正価値の比率であり, それぞれの原価等, フローの金額ではない さらに IFRIC 第 13 号は, 特典の公正価値をそのまま収益の繰延額 (CLP 債務 ) として計上する方式も認めている ところでこれらの方式は,IASB と FASB が共同で開発していた資産負債アプローチの 2つの収益認識モデル, すなわち当初取引価格アプローチおよび現在出口価格アプローチと符合する IFRIC 第 13 号はそれをいち早く基準化したものと見ることができる 本稿は CLP に関する種々の処理方法を比較しながら, 資産負債アプローチの会計処理の特徴を明らかにするとともに,IASB の 公開草案 が選択した当初取引価格アプローチの二面性と, それがもつ公正価値会計への展開可能性を示している 19

Ⅰ はじめに 米国財務会計基準審議会 (FASB) と国際会計基準審議会 (IASB) は,2002 年にスタートした共同プロジェクト 収益認識 (FASB [2002a],[2002b],[2002c],[2003]) において, 実務で広く受け入れられている収益費用アプローチ ( 実現稼得過程アプローチ ) の収益認識方法を否定し, 資産負債アプローチの収益認識モデルの開発を進めてきた 1 その典型が顧客との契約から生じる未履行の権利と義務を公正価値によって測定し, その結果認識される契約資産の増加, あるいは契約負債の減少に基づいて収益を認識する現在出口価格アプローチ (CurrentExitPrice Approach) 2 の会計モデルである この収益認識プロジェクトとほぼ時期を同じくして浮上してきたのが, いわゆるポイント, マイルズ, 割引券等の特典付き販売 (CustomerLoyaltyPrograms, 以下 CLP) の会計処理問題である この CLP 取引に関するわが国の標準的な会計処理方法は企業会計原則注解注 18 に基づく引当金の設定であり, 具体的には CLP によって将来発生すると見込まれる費用 ( ポイントと交換される財 サービス等の原価 ) の見積額を引当金に繰り入れ, 当該繰入額を販売促進費として売上高から控除する ( 金融庁 [2008a][2008b]) これに対して 2007 年に公表された IASB 国際財務報告解釈指針委員会 (International FinancialReportingInterpretationsCommitee) の解釈指針第 13 号 カスタマー ロイヤルティ プログラム (IFRIC[2007a]) ( 以下,IFRIC13) では, 顧客から受け取る対価総額を 当初販売品 (initialsale) と 顧客特典クレジット(awardcredits) ( 以下, ポイントと略称する ) に配分し, 後者については顧客がポイントを行使するまで収益の認識を繰り延べるものとしている (IFRIC[2007a], 望月 堀 [2009], 野口 [2009],[2010],[2011], 大雄 中村 岡田 [2011]) ところで IFRIC( 現 IFRSInterpretations Commitee) は IASB 財団 ( 現 IFRS 財団 ) の下部組織であり,IASB の活動を補完する関係にある したがって IFRIC13 が規定した会計モデルは IASB/FASB の収益認識プロジェクトを意識しているはずであり, さらにいえば IFRIC13 の規定は, 共同プロジェクトの基本思考をいち早く基準化したケースとして位置づけることができる 本稿は,CLP 取引に関する各種の会計処理方法の比較を通じて IFRIC13 の会計モデルの特徴を鮮明にすることから始めている そしてそのモデルが収益認識プロジェクトとどのように連動し,2010 年に公表された IASB の公開草案 顧客との契約から生じる収益 (IASB[2010a],[2011a]) にどのような形で引き継がれたのか, これらの点を明らかにしながら, 公開草案が最終的に選択した当初取引価格アプローチに組み込まれている公正価値会計への展開可能性を示している 1 収益費用アプローチを否定し, 資産負債アプローチの収益認識モデルを開発しようとする理由についてはさしあたり IASB[2007a] を参照されたい 2 現在出口価格アプローチ, 及び後述の 当初取引価格アプローチ という用語は IASB が 2008 年に公表した (IASB[2008b]) の和訳 ( 企業会計基準委員会訳 [2008]) に従っている 20

カスタマー ロイヤルティ プログラムと収益認識 Ⅱ CLP 取引の会計処理 CLP 取引の会計処理は, 対象となる取引形態の多様化に伴って複雑さを増しているが, その処理方法にはいくつかのパターンがあり, そしてそれぞれの会計処理方法の根底には収益費用アプローチと資産負債アプローチの対立がある その処理方法の違いを単純な取引例を用いながら整理することから始めたい 1. 収益費用アプローチによる会計処理企業の事業活動によって発生する種々の事象の中から収益と費用を直接認識 測定し, 両者の差額である利益を事業活動の成果の指標とする収益費用アプローチ 3 では, 損益法による期間損益計算に主導される形で財政状態計算が行われる この思考のもとで CLP 取引の会計処理方法を構築する場合, 以下の 2つの選択肢がある 取引の認識時点:(1) ポイントの行使時点 ( 期間 ),(2) ポイントの付与時点 ( 期間 ) 取引の認識対象:(a) 費用 ( 売上原価あるいは販売費 ),(b) 収益 ( 売上高 ) そしてこれらの組合せにより,CLP 取引について表 1の 4つの処理方法が成立する これらの処理方法を設例によって確認すると以下のとおりである 設例 1X 社は売上高 10 円ごとに 1ポイントを付与しており, 顧客は 1ポイントを 1 円の商品と交換できる 1 年度の X 社の売上高は 1,000 千円であり,100 千ポイントを付与した 1 年度中に使用されたポイントはない X 社の売上原価率は 50% である 2 決算にあたり, ポイントはすべて次期に使用されるものと予測した 3 2 年度中にすべてのポイントが使用された (1) ポイントの行使時点で販売費を計上この処理方法の場合, ポイントと交換した商品の原価がポイントを付与する根拠となった売上高 ( 当初売上高 ) から全額控除されず, 一部は以後 ( この場合, 2 年度 ) の売上高から控除される場合が生じる 表 1CLP 取引の処理方法 3 FASB の討議資料 (FASB[1976]) は収益費用アプローチの核心部分を次のように説明している ある論者たちは, 利益が, 儲けをえてアウトプットを獲得し販売するためにインプットを活用する企業の効率の測定値であるとみなしている かれらは, なによりもまず, 利益を 1 期間の収益と費用との差額にもとづいて定義する ( 中略 ) 収益 費用 すなわち, 企業の収益稼得活動からのアウトプットと当該活動へのインプットとの財務的表現 は, このアプローチにおける鍵概念である 収益 費用は, 関連する現金の収入 支出が生じた期間にではなく, アウトプットとインプットが生じた期間に認識される ある論者たちは, 企業の収益稼得能力を測定することがその目的であると主張する ( 津守常弘監訳 [1997], 55 頁 ) 21

トと交換される商品原価の一部が次年度以降の販売費 ( 売上原価 ) として計上されるため, 収益と費用の対応にズレが生じ, 各期の利益率に歪みが生じる そしてその歪みが取引の拡大にともなって無視できないレベルになれば, 期間損益計算の観点からこれを補正する会計処理が必要とされる 具体的にはポイントの付与時点で費用あるいは売上収益を修正する方法がそれであり, その処理方法を 設例 によって確認すると次のようになる ( 注 ) 損益計算書の 2 年度の利益率 ( 5%) は, 当初の売上高 1,000 千円に対する割合を示している ( 次も同様 ) (2) ポイントの行使時点で売上高を修正 (3) ポイントの付与期間に費用を追加これは, ポイントの発行によって将来発生すると見込まれる費用 ( ポイントと交換される商品の原価 ) を決算で引当金に繰り入れ, 期中にすでに発生している費用とともに売上高から控除する方法である これは, ポイントの行使による顧客への商品の引き渡しを売上に計上し, 同時に同額の売上値引を計上する方法である 結果的に売上収益は変化せず, 損益計算書の数値は, [ 処理方法 1a] で商品の原価を売上原価として計上する場合と同じになる 以上 2つの方法によると, 顧客が複数期間に渡ってポイントを行使する場合, ポイン (4) ポイントの付与期間に売上高を修正顧客から受け取った現金 1,000 千円が, 当初引き渡した商品 500 千円分だけでなく, ポイントと交換する商品 50 千円分も含めた対価と考えるときにこの処理方法が成立する その場合, 商品 50 千円が顧客に引き渡されるのは次期以降であるから, これに対応する 22

カスタマー ロイヤルティ プログラムと収益認識 対価 90.9 千円 (= 対価 1,000 千円 ポイントと交換される商品原価 50 千円 顧客に引き渡される商品原価総額 550 千円 ) を売上高から控除し, 前受金として貸借対照表に計上する その際, 引当金方式では負債の金額が原価ベース (50 千円 ) で測定されるのに対して, 前受金方式の場合は売価ベース (90.9 千円 ) で測定されるという違いが生じる トに対して引当金を設定し, 繰入額を販売費とする方法 [2 a] に移行しているようである 4 その際, 前受金方式についての言及はない もともと CLP は 1リピート購入の促進,2 上得意客に対する優遇,3 新規顧客の獲得,4 相互送客 ( 野口教子 [2009]47 頁 ), 企業グループ全体の売上増大 ( 青木 [2010],26 頁 ) 等, 販売促進を目的とした経営戦略であり, 顧客に対して後日, 追加の財貨を引き渡すことを直接の目的としているわけではない 企業資本の変動原因を経営目的の観点から分析し, その記録に基づいて期間損益を計算する収益費用アプローチの立場からすれば,CLP 取引による原価の流出を販売促進費と認識するのは至極当然といえる 以上,4つの処理方法を示してきたが, 金融庁によると, 我が国の標準的な会計処理はポイントの行使時点において販売費を認識する方法 [1 a] から, 期末に未使用のポイン 2. 資産負債アプローチによる会計処理収益費用アプローチによる上記の処理方法のうち, 前受金の計上方式 [2b] と同型の処理方法を規定しているのが IFRIC13 である 同解釈指針は,CLP 取引の会計処理につき,1 将来, ポイントと交換に無償あるいは割引価格で商品を引き渡す企業の義務 ( 以下, CLP 債務 ) を認識測定する際に,IAS18 号 収益 (IASB[2004]) の第 13 項 5 に基づい 4 金融庁によると 我が国においては, ポイントについての個別の会計処理の基準等は存在しておらず, ポイント発行企業は, 企業会計原則等に則り会計処理をしている 大別すると以下のような会計処理が行われていると考えられる 1ポイントを発行した時点で費用処理 2ポイントが使用された時点で費用処理するとともに, 期末に未使用ポイント残高に対して過去の実績等を勘案して引当金計上 3ポイントが使用された時点で費用処理 ( 引当金計上しない ) 近時は, ポイント制度が定着し, 過去の実績データも蓄積してきたこと等により, 上記のうち2の会計処理が多くなっており, 例えば, 未使用ポイント残高に対して, 過去の使用実績等を勘案して, 将来使用が見込まれる部分を適切に見積もり, 当該部分を貸借対照表上引当金として負債に計上するとともに, 損益計算書上費用に計上する会計処理を行っている ( 金融庁 [2008b],1 頁 ) なお, ポイント引当金の現状については, 例えば野口教子 [2009] を参照 5 IAS18 号は第 13 項で次のように述べ, 複合要素取引に対する収益の繰り延べを示唆している 本基準書における認識要件は, 通常それぞれの取引に個々に適用される しかし, 状況によっては, 取引の実質を反映するために, 単一取引の個別に識別可能な構成部分ごとに認識要件を適用することが必要となる 例えば, 製品の販売価格が, その後発生する役務提供についての識別可能な額を含む場合, その額は繰り延べられ, 役務が提供される期間にわたり収益として認識される ( 企業会計基準委員会訳 [2005],918 919 頁 ) 23

て, 顧客から受領した ( 受領する予定の ) 対価の一部をポイント債務に配分して収益を繰り延べる方式,2IAS18 号の第 19 項 6 に基づいて, 将来発生する費用を引き当てる方式の 2つがあることを最初に指摘している ( IFRIC[ 2007a],para.4) そのうえで IFRIC13 は CLP 取引を複合要素取引と規定し, 未履行のポイントについては収益の繰り延べを行うものとした 7 ただしその処理の基礎にある思考は先の前受金の計上 [2 b] と同じではない なぜなら収益費用アプローチの場合, 前受金の計上は収益の修正が目的であり, それを記帳するための相手勘定として前受金が現れるのに対して,IFRIC13 は資産負債アプローチ 8 のもとで未履行の義務を 負債 として認識する手段として収益の繰り延べを指示していると解釈されるからである そしてこの基本思考の違いを端的に現わしているのが繰延収益 (CLP 債務 ) の測定方法にほかならない すなわち収益費用アプローチではフローの金額 ( 売上原価の比率等 ) に基づいて収益の繰延額が測定されるが, IFRIC13 は,CLP 債務の測定につき, 公正 価値に基づいた次の 2つの方法を示している (IFRIC[2007b],BC14) (1) 顧客対価を, 当初販売分の財 サービスの公正価値と, 未履行のポイントの公正価値の比率で按分し, 後者を CLP 債務 ( 繰延収益 ) とする方法 ( 便宜上,A 法とする ) (2) 未履行のポイントの公正価値をそのまま CLP 債務として計上する方法 ( 便宜上 F 法とする ) 両者の違いを設例で確認すると次のとおりである 設例 1Y 社は売上高 10 円ごとに 1ポイントを付与しており, 顧客は1ポイントで 1 円の商品と交換できる 1 年度の売上高は 1,000 千円であり,100 千ポイントを付与した 1 年度中に使用されたポイントはない Y 社の売上原価率は 50% である 2 決算にあたり, 未使用のポイントについて収益を繰り延べる 期中に販売した商品の公正価値は 1,000 千円, ポイントの公正価値は 90 千円 (=100 千ポイント 予想ポイント使用率 90%) である 6 IAS18 号 (IASB[2004]) 第 19 項の記述は次のとおりである 同一の取引その他の事象に関連する収益及び費用は, 同時に認識される この過程は, 一般的に収益と費用の対応と呼ばれる 物品の出荷後に発生する保証やその他の原価を含む費用は, 通常, 収益を認識するための諸条件が満たされたときに信頼性をもって測定できる ( 企業会計基準委員会訳 [2005],920 頁 ) 同一の取引に関連する収益と費用を同時に認識し, 収益と費用を対応させる方法に引当金の設定がある 7 製品保証のように, すでに販売した製品に直接結びついて発生する原価は販売費とし, 当初の売上とは別個に財 サービスを提供する場合 ( 複数の財 サービスの提供を内容とする複数要素取引の場合 ) には収益を繰り延べるものとしている (IFRIC[2007b],BC7) 8 FASB の討議資料 (FASB[1976]) における資産負債アプローチの説明の核心部分は次の点にある かれらはおもに利益を, 資産 負債の増減額にもとづいて定義するのである 正の利益要素 すなわち収益 は当該期間における資産の増加および負債の減少にもとづいて定義される そして, 負の利益要素 すなわち費用 は当該期間における資産の減少および負債の増加にもとづいて定義される 資産 負債 前者は企業の経済的資源の財務的表現であり, 後者は将来他の実体 ( 個人を含む ) に資源を引き渡す義務の財務的表現である は, このアプローチにおける鍵概念である その支持者たちによれば, 資産 負債の属性およびそれらの変動を測定することが, 財務会計における基本的な測定プロセスとなる ( 津守常弘監訳 [1997],53 頁 ) 24

カスタマー ロイヤルティ プログラムと収益認識 3 2 年度中に 90 千ポイントが使用された これ以上の使用はないと予測されている プロジェクトが公表した ディスカッション ペーパー : 顧客との契約における収益認識についての予備的見解 (IASB[2008b]) に示されている当初取引価格アプローチ (originaltransactionpriceapproach) と符合し, 後者は現在出口価格アプローチ (Current exitpriceapproach) と符合する つまり IFRIC13 の公表は IASB/FASB の収益認識プロジェクトと連動しており, この観点から IFRIC13 の規定を解釈するとき, その内容が一層明確になる ( 注 )CLP 債務 83 千円 = 顧客対価 1,000 千円 ポイントの公正価値 90 千円 ( 当初販売商品の公正価値 1,000 千円 + ポイントの公正価値 90 千円 ) 上記のように,IFRIC13 は ( 1) 顧客対価の一部を CLP 債務に配分する方法と,(2) 未履行のポイントの公正価値をそのまま CLP 債務として計上する方法の 2つを認めているが, 前者は 2008 年に IASB/FASB の共同 Ⅲ FASB/IASB のプロジェクトと IFRIC13 2002 年に FASB/IASB の共同プロジェクト 収益認識 がスタートして以来, 種々の収益概念 (FASB[2003]) や収益認識モデルが検討されてきたが, それらはこのプロジェクトが当初から提唱してきた現在出口価格を用いるモデルと, これを修正した顧客対価を用いるモデル 9 に収斂する ( 松本 [2010]) まず, 資産負債アプローチの最大の特徴は, 収益を資産の増加あるいは負債の減少に基づいて認識する点にある この資産負債アプローチを具体化しているのが現在出口価格アプローチと, 当初取引価格アプローチであり, そしてそこでの鍵概念となるのが 契約資産 (contractassets) と 契約負債(contract liabilities) である 具体的には顧客への財 サービスの提供を内容とする強制力のある契約から直接生じる 未履行の権利 (remainingunperformed rights) と 未履行の義務 (remaining 9 それまで Currentexitpriceapproach は Measurementmodel(IASB[2007],Originaltransaction priceapproach は Customerconsiderationmodel(IASB[2008]) と呼ばれていた 25

unperformedobligations) を公正価値に基づいて測定し, 前者が後者を上回る場合には契約資産, 逆の場合には契約負債を認識する そして契約資産の増加, あるいは契約負債の減少を収益として認識する この未履行の権利と義務を現在出口価格に基づいて測定するのが現在出口価格アプローチであり, その現在出口価格とは, 企業が未履行の権利, あるいは未履行の義務を市場参加者に譲渡するとした場合に, 企業が受け取る ( 未履行の権利の場合 ), あるいは支払う ( 未履行の義務の場合 ) と予測される金額である (FASB/IASB[2007a]) 一方, 現在出口価格アプローチに代わるものとして開発されたのが, 当初取引価格アプローチである 具体的には顧客対価 ( 契約額 ) を契約から生じる履行義務 (performance obligation) に配分することで, 契約時の損益の認識を避ける (FASB/IASB[2007b]) 以上の関係をまとめると次のようになる 設例 1 6 月 30 日, 小型機械を 8 月 31 日に納入する契約を締結し, 同日, 代金 1,000CU を受け取った 履行義務 ( 小型機械を納入する義務 ) の現在出口価格は 900CU である 2 8 月 31 日, 小型機械 ( 帳簿価格 600CU) を納入した (1) 収益費用アプローチ ( 実現稼得過程アプローチ ) まず, 資産負債アプローチと比較するために収益費用アプローチの処理例を示しておきたい 設例では, 代金を受け取った時点 (1) で収益は実現している しかし製品を納入するまで収益稼得過程が完了しない したがって, 実現稼得過程アプローチでは事前に受け取った対価を繰延収益 ( 前受金 ) とし, 製品を納入した時点 (2) でこれを収益に戻し入れる 顧客との契約に関する収益の認識未履行の権利の測定値 > 未履行の義務の測定値 契約資産を認識未履行の権利の測定値 < 未履行の義務の測定値 契約負債を認識契約資産が増加したとき 収益を認識契約負債が減少したとき 収益を認識 未履行の義務 ( 権利 ) の測定方法公正価値で測定 現在出口価格アプローチ顧客対価を配分 当初取引価格アプローチここでそれぞれの計算方法を設例によって示すと次のとおりである 10 (2) 現在出口価格アプローチ契約によって未履行の権利 ( 代金を受け取る権利 ) が 1,000CU 増加し, 未履行の義務 ( 製品を納入する義務 ) が現在出口価格で 900CU 増加する 設例では契約日に現金を受領しているため, 現金の増加 1,000CU と, 契約負債 900CU (= 未履行の権利 0CU- 未履行の義務 900CU) を認識し, 両者の差額である純資産の増加 100CU を収益として認識する 10 ここでの設例は IASB[2007c] のそれを簡略化したものである 26

カスタマー ロイヤルティ プログラムと収益認識 企業が履行義務 ( 小型機械を納入する義務 ) を果たすと, 契約負債 900CU が消滅する それを収益として認識し, 顧客に提供した機械の簿価 600CU を売上原価とする (3) 当初取引価格アプローチ契約資産の増加, あるいは契約負債の減少に基づいて収益を認識する点は現在出口価格アプローチと同じである ただし未履行の義務を現在出口価格で測定するのではなく, 顧客対価 1,000CU を測定値とする その結果, 契約時点で契約負債 1,000CU(= 未履行の権利 0CU- 未履行の義務 1,000CU) が認識されるが, その金額は現金の増加 1,000CU に一致するため, 純資産は増加せず, したがって収益 ( 利益 ) は認識されない 次に, 企業が小型機械を納入すると契約負債 1,000CU が消滅するため, 収益を認識する そして棚卸資産の減少を売上原価とする ところで,IFRIC13 は,CLP を複数回に わたる財 サービスの提供を内容とする契約と考え, 先の処理方法を規定している 上記の設例は, 小型機械の納入という単一の履行義務を対象にしているが, 顧客との契約が複数の履行義務によって構成されている場合の処理は次のようになる 11 設例 1 顧客の工場に機械を据え付ける契約を締結した 顧客は代金 1,000CU を据付後に支払う 契約直後の未履行の義務の現在出口価格は 900CU である 2 機械の納入後, 市場参加者が据え付け作業に対して要求する金額は 200CU である 3 納入した機械の帳簿価額は 600CU, 据付に要したコストは 150CU( 現金払い ) であった (1) 現在出口価格アプローチ 1 契約時 : 未履行の権利 1,000CU の発生 - 未履行の義務 900CU の発生 = 契約資産 100CU の増加, となることから 100CU を収益として認識する 2 納入時 : 機械の納入によって契約資産が 100CU から 800CU (= 未履行の権利 1,000CU- 未履行の義務 200CU) に増加 11 ここでの説明は IASB[2007b] の説明を簡略化している 27

する そのため, 収益 700CU を認識する 3 据付時 : 契約資産が 800CU から 1,000CU (= 未履行の権利 1,000CU- 未履行の義務 0CU) に増加する したがって収益 200CU を認識する この設例における機械の納入が CLP 取引における当初売上に相当し, 機械の据え付け作業がポイントを行使する顧客への財 サービスの提供に相当する その際, 後者の履行義務を公正価値 ( 現在出口価格 ) で測定するこの方法は,CLP 債務を公正価値 ( 独立販売価格 ) で測定する方法 (F 法 ) と符合する (2) 当初取引価格アプローチ 行義務に配分する これによって契約時における未履行の権利と未履行の義務を一致させ, 収益の認識を避ける ここで機械と据付作業の独立販売価格をそれぞれ 850CU, 250CU とすると, 顧客対価 1,000CU は, 機械の納入義務 773CU ( =1,000CU 850CU 1,100CU) と, 据付義務 227CU (=1,000CU 250CU 1,100CU) に分解される 2 納入時 : 未履行の義務が 773CU 減少することで, 契約資産 773CU(= 未履行の権利 1,000CU- 未履行の義務 227CU) が発生する それを収益として認識する 3 据付時 : 機械の据え付けにより, 契約資産が 773CU から 1,000CU(= 未履行の権利 1,000CU- 未履行の義務 0CU) に増加する その増加額 227CU を収益として認識する すでに明らかなように, 公正価値の比率で顧客対価を複数の未履行の義務に配分するこの方法は, 顧客対価を独立販売価格の比率で当初販売製品と CLP 債務に配分する方法 (A 法 ) とその基本思考が同じである Ⅳ 公正価値会計の先駆けとしての IFRIC13 1 契約時 : 未履行の義務を 機械の納入 と 据付作業 に分解し, それぞれを別個に販売する場合の独立販売価格 ( 公正価値 ) に基づいて顧客対価 1,000CU を 2つの履 FASB と IASB の共同プロジェクトがスタートしてから 7 年の後,IASB は ディスカッション ペーパー : 顧客との契約における収益認識についての予備的見解 (IASB[2008b]) を公表した 同文書は共同プロジェクトが当初から志向していた公正価値に基づく現在出口価格アプローチと, その代替案である当初取引価格アプローチを比較検討したうえで前者を却下した (IASB[2008b]para5.145.36) そしてこの討議資料に対するコメントを受け 28

カスタマー ロイヤルティ プログラムと収益認識 て,IASB が 2010 年 6 月に公表した 公開草案 : 顧客との契約から生じる収益 (IASB [2010a],[2010b]) では現在出口価格アプローチに関する言及は一切なく, 当初取引価格アプローチのもとに収益認識モデル ( 基準案 ) が展開されている この点は IASB が 2011 年 6 月に公表した 公開草案 :ED/2010/ 06 顧客との契約から生じる収益 の改訂 (IASB[2011a]) においても同様である ではなぜ IASB が現在出口価格アプローチを断念したのか IASB はこの点について (a) 収益認識のパターン,(b) 複雑さ,(c) 誤謬のリスクの観点からその理由を説明している 12 これを敷衍すれば, まず, 企業の営業活動から生じる未履行の義務を売買する市場が現実には存在しない したがって多くの企業にとって未履行の義務の現在出口価格を観察することは不可能であり, その推定には誤謬のリスクがあるうえに, 大きなコストが発生する また, 現在出口価格アプローチを採用すれば, 原理上, 契約時点で収益が認識される それは現在出口価格アプローチの論理的帰結であっても, 実現稼得過程アプロー チに慣れた多くの会計人の理解を得るのは難しい これらの点で,IASB は現在出口価格アプローチの基準化を断念せざるを得なかったものと思われる ここで改めて CLP 取引の処理方法を比較してみよう 表 2にあるように, 基本思考が等しい現在出口価格アプローチ ( 先の F 法 ) と当初取引価格アプローチ ( 先の A 法 ) の間で CLP 債務の金額と収益額 ( 利益額 ) が異なる ところが基本思考が異なるにもかかわらず, 収益費用アプローチの収益繰延方式 ( 前受金計上方式 ) と当初取引価格アプローチの場合は, その処理方法が外形的に等しいだけでなく, 測定属性の選択によって ( たとえば販売価格の比率等 ), 同じ金額の CLP 債務と売上高が計上されることになる IASB はこの点に着目し, 抵抗感の少ない当初取引価格アプローチを選択することで資産負債アプローチによる収益認識モデルの導入を図ったものと思われる では, 当初取引価格アプローチの導入により, 現在出口価値アプローチの採用の可能性は抹殺されたのであろうか 図 1にあるよ 表 2CLP 債務の認識と測定 12 要点を列挙すれば, 契約開始時で契約資産又は契約負債 ( したがって収益 ) を認識する点に違和感があること, 残存する履行義務の現在出口価格は通常観察できないこと, 義務を他人に移転するという現在出口価格の前提が直感に反すること, 履行義務の過大評価や過小評価の可能性があることをその理由としている (IASB[2008b]para5.17 5.24) 29

図 1 当初取引価格アプローチの特徴 うに, 公開草案が導入した当初取引価格アプローチは資産負債アプローチの収益認識基準であり, 未履行の権利 義務の公正価値 ( 具体的には比較的データを入手しやすい独立販売価格 ) による測定が基本である つまり, 現在出口価格アプローチへの転換に必要なデータは揃っており, 将来, 状況に変化があれば, その転換は容易である その意味で公開草案における当初取引価格アプローチの提案は, 公正価値会計の導入に向けた一種の準備作業, いわゆるトロイの木馬となる可能性がないわけではない 未履行の義務を公正価値で表示する現在出口価格アプローチは会計基準として成立する前に公開草案から消えた さらにいえば, 当初取引価格アプローチもまだ基準化されていない しかし共同プロジェクトの基本思考は, IFRIC13 として, すなわち CLP 取引の会計処理基準として 2007 年にいち早く導入されている もちろん公開草案が会計基準として成立すれば IFRIC13 も廃止されるが, これが収益認識基準として存在していたという歴史的事実は残る IFRIC13 が共同プロジェクトの夢の跡と評されるのか, それとも時代 の先駆けとして再評価されるのか, この点は後世の判断に委ねることになる 参考文献 青木章通 [2010] グループポイントカードによる市場関連多角化の支援 企業会計 第 62 巻第 5 号 FASB[1976], Ananalysisofissuesrelatedto ConceptualFrameworkforFinancialAccounting andreporting:elementsoffinancialstatements and Their Measurement, Discussion Memorandum,December2, [2002a], RevenueRecognition The IssuesRelatedtoPursuingaJointProject, MinutesoftheSeptember18,2002. [2002b], RevenueRecognition ConceptualCriteriathatUnderliesRevenueRecognition,MinutesoftheOctober9. [2002c], TheRevenueRecognitionPro- ject,thefasbreport,december24,2002. [ 2003], RevenueRecognition( Joint ProjectwiththeIASB),BoardMeetingHan- dout,april9,2003. FASB/IASB[2007a], RevenueRecognition,Mea- surementmodelsummary(agendapaper5b), InformationforObservers,22October2007. [2007b], RevenueRecognition,Aloca- tionmodelsummary(agendapaper5c),infor- mationforobservers,22october2007. IASB[2004],IAS18:Revenue [2007a], RevenueRecognition:Anasset 30

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