がんサポート2016年3月号

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Transcription:

順天堂大学医学部消化器 低侵襲外科教授順天堂大学附属浦安病院外科教授 福永哲 胃がん腹腔鏡下手術のパイオニア 日々難症例にチャレンジを続ける 胃や食道 大腸など消化器に対する腹腔鏡下手術を 黎明期である 1994 年から手掛けてきた順天堂大学医学部附属浦安病院外科教授の福永哲さん がんに対する通算腹腔鏡下手術症例数は約 1,500 例にものぼる 数多くの患者を救い 数多くの消化器外科医に腹腔鏡下手術の手技を伝え続けてきた 現在も全国から福永さんの手術を見学に来る医師は引きもらない 取材 文 伊波達也撮影 がんサポート 編集部 10

2016.03 可能な限り腹腔鏡下手術を 我々の施設が他施設と一番異なるのは かなり進んだ進行胃がんにも腹腔鏡下手術を行っているということです 当科で治療する胃がん症例の9 割に適応しています もちろん かなりの難症例や予測しないところにがんが浸潤していたりする場合には開腹手術を選択します しかし 基本的な考え方として がんの根治性が担保できるのであれば 患者さんのQOL( 生活の質 ) も良くなりますし 社会復帰も早く 患者さんにやさしい手術ですので できるだけ腹腔鏡下手術を行います そう話すのは順天堂大学医学部附属浦安病院外科教授の福永哲さんだ 福永さんのもとには 全国各地から紹介患者が日々訪れる また 前任地の聖マリアンナ医科大学病院でも定期的に手術と指導に当たる しょうわん 取材当日の手術は 胃体上部の小彎にあ るT3N1の進行がんに対する手術だった 患者は73 歳の女性 貧血があり 脳梗塞の後遺症である血管性認知症が若干ある人だった 昨今 高齢者の胃がんがますます増えているため 胃がん以外に心疾患や脳疾患 糖尿病など併存症を持つ患者も多くなり 他科との連携も含め 細心の注意を払って手術をするケースが多くなっている と福永さんは説明する 術式の普及のため様々な創意工夫手術室に入った福永さんは まず 手術台のセットアップや看護師の器械出しの位置まで スムーズにいくように細かく気を遣っていた 福永方式 とよばれる左側アプローチ 午前 10 時 13 分 福永さんは 患者の左側に立ち 2 人の助手の医師とともに手術を開始した 開腹手術の場合には 執刀医がお腹の上から見下ろすアプローチになるが 福永さんの場合は 腹腔鏡下手術の利点を活かし ひぞう 胃に対して水平方向で 脾臓側からのモニ ターの映像を見ながら手術を進める左側アプローチを取る このアプローチ法は福永さんが考案し 福永方式 と呼ばれる 福永方式はその後も進化を続けており 腹腔鏡下手術を安全で確実に行うための手技として普及し続けている 腹腔鏡下手術ならではの術式を考えようとしたのは 当初 開腹手術に比べ腹腔鏡下手術は手術時間が長いのがデメリットだったからです いかに手技を簡素化して 腹腔鏡下手術の利点を活かしながら短時間で確実な手術をできるか さらに標準治療である開腹手術と遜色のない手技を提供できるか これが実現できないとこの術式は普及しないと思ったからです 福永さんは そのために術式に対して 11

モニターリングしながら手術は進む 手前右が福永さん 様々な創意工夫を続けてきた 腹腔鏡下手術は 拡大視できることにより 開腹手術で見えていた以上の解剖が見えます したがって より精緻な手術ができる方向へ向かっています だからこそ 術式もどんどん進化してやりやすくすることが大切なのです 納得できるまでメスを置かないお腹に手術器具を挿入するポート ( 穴 ) が5つ開けられ 胃の病巣へ向けてのアプローチが開始された 重要な血管や神経を避けながら 腹腔内を分け入っていく その間 福永さんは血管や神経の走行など解剖を1つひとつスタッフに説明しながら ずっとしゃべり続けていた 気をつけるべき血管や神経について 教科書には出ていないような微細な血管や神経についても指摘し 手術器具の取り回し方なども 事細かに指示していく 胃への視野を確保するために オーガン しんしゅう リトラクターという器具で肝機能を侵襲し ないように肝臓を軽く持ち上げた せつかくせい そして 胃周囲のリンパ節郭清が行われ ていった 自らのメスの動かし方を説明しながら進めていく できるだけ患者の胃を残すため いろいろと模索していたが 最終的には胃全摘の適応となった 食道と十二指腸から胃が切離され ポートからお腹の外へ胃が摘出された 准教授の山澤邦宏医師により 摘出した胃が切り開かれ 病巣が確認された 次に 腹腔内から引っぱり出された小腸を使っての空腸 ( 小腸 ) パウチという代用胃を作る胃再建術が行われた 空腸パウチは 食物を滞留させながら 徐々に通過させていくことができる点で 唯一エビデンス ( 科学的根拠 ) がある再建法で 胃を全摘すると通常なかなか食べられないのですが ラーメンも食べられるようになるのです 空腸パウチは ルーワイ (Roux-en-Y) ふんごう 法という吻合方法で 十二指腸と吻合され お腹の中に戻された空腸パウチは 麻酔医により 口腔の側から挿入されたアンビルという小さな器具を食道の下端に到達させると 食道と吻合された この間 丁寧だが実に迅速な吻合術だった ここまで手術開始からわずか2 時間半程度 その後 腹腔内が洗浄 点検され 器具が外され ポートが縫合されて手術は無事終了した 手術は術前の準備が大事なのです 事前に見る内視鏡画像やCT 画像をもとに 皆で検討を重ねます 患者さんの体力や全身状態 (PS) も考慮し手術に臨めば 術前にほぼ手術の結果は予測できます いつも心掛けているのは 外科医にとって手術はワンチャンスで 患者さんにとっては一生に一度のことなので どんな些細なことにも細心の注意を払い 何度も確認し間違いないと納得できるまでメスを置かないということです それは後輩や部下にも繰り返し言い聞かせています 12

2016.03 僕はこの病院で育ててもらったと言っても過言ではありません 勉強する立場として 当院の外科がありがたかったのは 診療が外科全般だったため 専門の胃 食道以外に 大腸がん 肝がん 膵がん そして甲状腺がん 肺がん 乳がんと様々な手術を経験できたことです いろんな領域の手術とその術式を知ったことで応用力がついたのです 腹腔鏡下手術普及の活動遍歴に 作製された空腸ポウチ いろんな領域の術式を身につける福永さんが医師を志したのは 高校 3 年の大学受験間際だった 元々 理学部か工学部が志望で 将来はエンジニアなどになりたいと思っていました ところが高校 3 年のときに腎臓を悪くして入院したんです そのときに親から自分の健康管理ができる医者を目指したらどうかと言われて ふと医学部に入ろうと思いました 琉球大学医学部に進み 外科を目指す 外科に進もうと思ったのは 患者さんを治すには この目で患者さんの患部を見て診療できる科がいいなと思ったからです 当初 脳神経外科か消化器外科か迷っていたが 学生時代から興味を持っていた胃がんの治療をできる消化器外科を選んだ 消化器外科に進みたい旨を当時の恩師に相談すると 順天堂大学医学部教授で当時胃がんの権威だった榊原宣医師を紹介してくれた そして 順天堂大学の第 2 外科に入局 その後 アメリカへの留学などを経て 帰国後 浦安病院に赴任した * 2004 年 当時 大塚にあった癌研病院 で腹腔鏡下手術を立ち上げて欲しいと請われて赴任した 現在では 胃がん腹腔鏡下手術で全国屈指となったがん研有明病院の始まりは 福永さんらの努力の賜物だったのだ 伝統ある胃がん手術の総本山のような病院でしたので 最初はいろいろと苦労もしました しかし 我々の手術を見てもらったり 術後の患者さんの回復の度合いなどをつぶさに見てもらうことにより 腹腔鏡下手術の良さについて 徐々に理解してもらえるようになりました 福永さんの胃がん腹腔鏡下手術の遍歴は 手術普及の活動遍歴ということもできる 腹腔鏡下手術を始めた当時は 宇山( 一朗 ) 先生 ( 藤田保健衛生大学教授 ) や僕が学会で発表すると 大御所の先生方からはけちょんけちょんに言われました ( 笑 ) 手術を徹底的に研究することでのみ 手技は上達する 当時から考えれば隔世の感があると言う しかし 大腸がんの腹腔鏡下手術が進行がんに対しても標準治療として確立してきたのに対し 胃がんは未だに研究的治療だ だからこそ 再現性のある手術を実現して 誰でも安全で確実に行えるようにする *2005 年に有明に移転し がん研有明病院 13

ことが僕の目標です そのためには 後進の指導はもちろん 腹腔鏡下手術を志す消化器外科医に対して少しでも技術が伝授できるのであれば 東奔西走 海外までも出かけて行く 日常的にアドバイスを求める医師たちのメールもひっきりなしに入る 僕が後輩や部下にいつも言うのは 自分の手術の映像を100 回見ろということです 人の手術を見るのはもちろん大切なことですが その前に自分が行った手術を何度も見直すことで そこから気づいたり 手順を覚えたりするべきなのです 大好きな映画は何十回と見て次がどんなシーンかわかるのと同じことです 手術を徹底的に研究することでのみ 手技は上達すると福永さん そして 現代は 学んだ手技を有効に活かせる技術革新があると話す あるとき 昔の達人の先生は 視力が落ちてもなぜ出血しない正確な手術ができるんだろうと考えたときに 臨床の応用力なんだと気づいたんです あらゆる症例をたくさん経験して そのバリエーションが頭に入っているんだなと 例えば人間国宝の人が 0.01mmを正確に削るといった技は もはや見えているのではなく体が覚えているんですよね 見えていないのにこの角度で切れば血が出ないというのを体得していたんでしょう 我々はデバイスの進化を借りてできるんです 拡大視できることで 昔は見えていなかった血管や神経を我々は視ているし 教科書にも載っていない無名の血管や神経を視ることができるのです そして出血を防げたり 合併症を防げる これはすばらしいことです だから僕らはもっとうまくならなきゃいけないんです 治療法として確立されるまでがんばる 昨今 腹腔鏡下手術についてのネガティブな話題が世の中を駆け巡っているが その点について福永さんはこう話す 外科手術の歴史は皆 導入 検証 成熟を経験してきました 新しい術式は 導入当初は様々な弊害や問題点が取沙汰されます そこを熱意を持った人間ががんばって続けていく それである程度トラブルが解消され 利点がわかってくると実施する人が増えてくる そうすると標準的治療との優劣を検証しようということになります そして効果が認められれば成熟期に入り そうでなければ廃れてなくなるのです 腹腔鏡下手術で言えば 最初は胆のう摘出手術で その5 年遅れが大腸がん さらに5 年遅れが胃がんです 今後は食道や肝胆膵も必ず同じ道をたどっていくでしょう 今は分が悪くても必ず治療として確立されるはずです 我々医師はそのためにがんばらなくてはいけないんだと思っています 少ない休日は 自転車でのロードツーリングを楽しむという福永さん 青空のもとでのリフレッシュを糧に 日々新たな難症例に立ち向かう 凄腕の医療人のチャレンジは まだまだ続く S 23 福永哲 ( ふくなが てつ ) 順天堂大学消化器 低侵襲外科教授現勤務 : 順天堂大学医学部附属浦安病院外科 1962 年鹿児島県生まれ 88 年琉球大学医学部卒 同年順天堂大学医学部附属順天堂医院外科入局 92 年同浦安病院外科 94 年米ピッツバーグ大学留学 96 年順天堂大学医学部附属浦安病院外科 2004 年癌研究会有明病院消化器外科 10 年聖マリアンナ医科大学消化器 一般外科 15 年順天堂大学消化器 低侵襲外科教授に就任 現在に至る 14