ISSN 1745-7165 ヨーロッパ日本語教育 JAPANESE LANGUAGE EDUCATION IN EUROPE 15 第 15 回ヨーロッパ日本語教育シンポジウム 報告 発表論文集 The Proceedings of the 15 th Japanese Language Symposium in Europe 25-27 August, 2010 2010 ヨーロッパ日本語教師会 Association of Japanese Language Teachers in Europe e.v. (AJE) ルーマニア日本語教師会 Association of Japanese Language Teachers in Romania (APJR)
本シンポジウムの開催にあたり以下の機関 団体より多大なるご支援を賜りました 心より感謝申し上げます Our heartfelt gratitude to the following organizations and groups: 国際交流基金 The Japan Foundation 東京財団 The Tokyo Foundation ブカレスト大学 University of Bucharest
次目 はじめに..... 1 シンポジウムプログラム....... 2 開会式挨拶.... 3 Ioan PANZARU ( ブカレスト大学学長 ) 雨宮夏雄 ( 在ルーマニア特命全権大使 ) 西澤良之 ( 独立行政法人国際交流基金参与 ) 加藤秀樹 ( 東京財団理事長 ) 穴井宰子 (AJE ヨーロッパ日本語教師会会長 ) 特別講演 HAIKU~ その余白に漂うもの......11 黛まどか ( 俳人 文化庁 文化交流使 ) 基調講演 日本語教育の出発点であり 到達点としての接触場面 ヨーロッパ 日本 世界を 活動の場として...........18 鎌田修 ( 南山大学 ) 口頭発表 初級日本語コース "Can-do" 化の提案と実践 - 学習者の自己評価を基に -... 27 三浦香苗 笹原幸子 高木佳奈 松田真希子 ( 金沢大学 ) 日本語学習者の自律学習を促すシャドーイングの実践と気づき 発音の滑らかさの 向上を目指した練習方法に関する一考察... 35 戸田貴子 大久保雅子 ( 早稲田大学 ) 日本語文における意味的関係 言語形式と韻律... 41 代田智恵子 ( パリ第 3 大学大学院 )
言語教育観を共有するために 教育現場における 体験 の積み重ねを通して 50 奥村三菜子 辻香里 ( ボン大学 ) 初級学習者への語彙指導 キーワード法の日本語学習への応用. 58 小木曽左枝子 ( カーディフ大学 ) INTENSIVE EXPRESSIONS の特徴...66 Ruxandra Oana RAIANU( ブカレスト大学 ) 韓国における日本語の位相の変化について 中国語との比較を中心として.. 73 任栄哲 林之賢 ( 韓国中央大学校 ) 日本語教師養成における文法教育.... 83 原沢伊都夫 ( 静岡大学 ) 日本語教育機関 ( 海外 ) と日本語教師養成機関 ( 日本 ) との内容重視の協働活動の試 み ブカレスト大学 ( ルーマニア ) と松山東雲女子大学 ( 日本 ) の事例. 91 宇都宮絵里 山口明 ( ブカレスト大学 ) 西村浩子 ( 松山東雲女子大学 ) 相互行為における日本語学習者のストラテジー再考 基礎段階の言語使用者から自 立した言語使用者の移行に注目して.... 99 東伴子 ( グルノーブル大学 LIDILEM) ハンガリーにおける接触場面と学習者間協働の可能性 ブダペスト一般講座受講生 を例として. 107 柳坪幸佳 ( 国際交流基金ブダペスト日本文化センター ) 現代日本語に於ける さあ の意味用法について 115 池田諭 ( 東パリ大学 ジュール フェリー高校 ) 関係性を作る実践を通して考える 日本語 規範 と 使用 の間で..124 佐野香織 ( ワルシャワ大学 ) 日本語のアクセントを楽しく教える - ま を使って -. 130 長嶺孝子 (Liestal 高校 Münchenstein 高校 Bäumlihof 高校 ) 文章の難易度判定システム構築のための基礎調査.. 134 川村よし子 ( 東京国際大学 ) 共同研究者 : 前田ジョイス 保原麗 川村ヒサオ
BunpoHyDict: a Hypermedia Dictionary of Japanese Grammar and its Development...141 Marcella MARIOTTI(International Christian University) アカデミックな日本語運用能力を高めるために 中 ~ 上級クラスの実践から見えてき たこと.151 鈴木美加 中村彰 藤森弘子 ( 東京外国語大学 ) 一般人称の表現 及びゼロ名詞手段の使用条件....159 小野芳子 (Konstanz 大学 Tübingen 大学 - ドイツ Zürich 大学 - スイス ) 日本語学習と文化理解を目的とした独習型ウェブサイトの開発 WEB 版 エリン が挑戦! にほんごできます における理念と実践...166 磯村一弘 ( 国際交流基金 ) 常用漢字学習用 E-learning プログラム Kanjikreativ を用いた Blended-learning の実践 ベ ルリン自由大学での実践報告..175 城本春佳 ( 東京大学大学院 ) 宝田紗希子 ( 宝田学園明成幼稚園 ) 山田ボヒネック頼子 ( ベルリン大学日本学科 ) フランス日本語学習者の授業内インターアクションと会話ストラテジー..184 吉田睦 ( グルノーブル第三 スタンダール大学 筑波大学大学院 ) ワークショップ CEFR 準拠 OJAE (Oral Japanese Assessment Europe) 日本語スピーキングテスト及び評 価法..193 OJAE 研究チーム 代表 : 山田ボヒネック頼子 ( ベルリン自由大学日本学科 ドイツ ) 詩を巡るワークショップ 言葉の森へ...204 山崎佳代子 ( ベオグラード大学 )
日本語のプロフィシェンシーを志向した教材作り リーディング能力とライティン グ能力....205 岩﨑典子 ( ロンドン大学 ) 熊谷由理 ( スミス大学 ) 由井紀久子 ( 京都外国語大学 ) コミュニティ ランゲージ ラーニングを使った会話授業の考察.....213 小島一江 (GLS Sprachenzentrum) ポスター発表 大学の専門講義を受ける準備のための日本語教材の開発......222 初鹿野阿れ 徳弘康代 ( 名古屋大学 ) 絵本を読んでみる によって日本語教育を考えてみる...224 内川かずみ ( エトヴェシュ ロラーンド大学 ) 日本語教育における多様な作文指導形態へ対応した Web ベース作文支援システム...226 山口昌也 ( 国立国語研究所 ) 棚橋尚子 ( 奈良教育大学 ) 日本語の作文クラスにおける描写的な表現練習の試み....227 伊藤誓子 ( 日本女子大学 ) AJE 案内.....228 本誌に記載されている所属先は 2010 年 8 月のはシンポジウム当時のものです
はじめに シンポジウム実行委員会 ヨーロッパ日本語教育 15 をお届けします 本号には 2010 年 8 月にブカレスト大学にて行われた第 15 回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムで発表された特別講演 基調講演 研究発表 ポスター発表などを掲載しております 第 15 回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムは 2010 年 8 月 25 日から 27 日に AJE とルーマニア日本語教師会の共催でルーマニアのブカレスト大学において開催されました 今回の中心テーマは グローバル時代における日本語教育 サブテーマは 言語 文化圏を越えた協働 : 母語話者 非母語話者教師の協働に向けて でした 実は テーマは どうしよう? サブテーマも どうしよう? といったような課題を巡ってルーマニア日本語教師会役員会 そしてシンポジウム実行委員会でいろいろと議論と相談をしながら 様々な意見が出ました しかし 結局現在の我々ルーマニアの日本語教師にとって 母語話者と非母語話者教師間のコラボレーションが一つの 非常に大事なトピックであると感じるようになりました 現在 そういったトピックは地域固有の問題とは言えるでしょうけれども 日本語教育が世界中に広がりつつある現状を考えると これからそういったテーマはよく取り上げられるようになるにちがいないと思われます 一方 東欧だけでなく アジア アフリカ 南米諸国の日本語教師もそういう問題に少なくとも一度はぶつかったことがあるかもしれませんし 学習者が増え そのニーズが多様化していく中で 学習者のニーズのみならず文化的背景も理解でき対応できる教師を育てる必要があるのでは と思われます コミュニケーション ツールとしての日本語 文化教育の一つとしての日本語を教えなければならない今の時代において 母語話者 非母語話者教師間の相互理解や強力 助け合い 協働が非常に大事なものだと思われます そこで 第 15 回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムでは上記のテーマ サブテーマを扱うことにしました 謝辞 : 国際交流基金 東京財団 ブカレスト大学 そして在ルーマニア日本国大使館のご協力とご支援なしには今回のシンポジウムの実施は叶いませんでした この場を借りて心からお礼を申し上げます 尚 運営面でいろいろと手伝ってくれた 何でも屋さん 学生ボランティアの 31 名本当に感謝しています 1
第 15 回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムプログラム 1 日目 8 月 25 日 ( 水 ) 9:30 11:00 受付 11:00 11:30 開会式 11:30 12:30 基調講演鎌田修 ( 南山大学教授 ) 12:30 14:00 昼休み 14:00 15:00 特別講演黛まどか氏 ( 俳人 文化庁文化交流使 ) ( 東京財団の協力による招聘 ) 15:10 15:45 発表 1 (4 本 4 会場 ) 15:55 16:25 発表 2 (4 本 4 会場 ) 16:25 16:40 コーヒーブレイク 16:40 17:50 ワークショップ (4 本 4 会場 ) 18:00 18:50 ブカレスト大学日本研究センターオープニングセレモニー 19:00 21:00 レセプション 2 日目 8 月 26 日 ( 木 ) 9:00 10:00 AJE フォーラム 10:10 11:10 講演 1 澤田田津子 ( 奈良教育大学準教授 ) 11:30 12:30 講演 2 近藤正憲 ( 愛媛女子短期大学専任講師 ) 12:30 14:00 昼休み 12:40 13:50 ポスター発表 ( 昼食と同時進行 ) 14:00 15:10 ワークショップ (3 本 3 会場 ) 15:10 15:30 コーヒーブレイク 15:30 16:00 発表 3 (4 本 4 会場 ) 16:10 16:40 発表 4 (4 本 4 会場 ) 16:50 17:20 発表 5 (4 本 4 会場 ) 17:30 18:30 AJE 総会 19:00 21:00 懇親会 3 日目 8 月 27 日 ( 金 ) 9:20 9:50 発表 6 (4 本 4 会場 ) 10:00 10:30 発表 7 (4 本 4 会場 ) 10:40 11:10 発表 8 (3 本 3 会場 ) 11:20 12:20 講演 3 Florentina VIŞAN ( ブカレスト大学教授 ) 12:20 12:30 閉会式 2
OPENING ADDRESS Prof. Ioan PANZARU Rector, University of Bucharest Your Excellency, Ambassador Amemiya Mr. Nishizawa Mr. Kato Mrs. Anai Distinguished Guests It is a great honour for me to welcome you all today at the University of Bucharest on the occasion of the 15 th Symposium on Japanese Language Education organized jointly by the Association of Japanese Language Teachers in Romania and the Association of Japanese Language Teachers in Europe. As you probably know, the University of Bucharest has a long history, which goes back to the middle of the nineteenth century it was founded, one might say, at the same time with modern Romania. It is one of the most prestigious higher education institutions in the country and, as such, it strives to remain both an example and a model of academic excellence, international cooperation and community outreach. The Japanese Language Department of the University of Bucharest is relatively young, as it was founded in 1975, but it is the oldest in Romania. It is one of the most dynamic and innovative departments in our institution, and the teaching staff of the department are all young and enthusiastic, but at the same time well prepared to face the challenges of Japanese language education in Romania in the new context of globalization. As you may already know, the members of the Japanese Language Department of the University of Bucharest were among the founders of the Association of Japanese Language Teachers in Romania and contributed to a great extent to the development and growth of the association. We are indeed proud to have them as our colleagues. The theme of this year s symposium, Japanese Language Education in the Era of Globalization Cooperation across Linguistic and Cultural Areas: Towards Cooperation between Native and Non-native Teachers, touches, in fact, upon one of the most important topics in the current debates about education in general: finding ways to respond quickly and efficiently to the challenges that are brought about by the diversification of the needs and motivations of the students, by the need to review and modernize teaching methods and materials and, last but not least, by the necessity to think more openly, across borders of any kind. It is my sincere hope that this symposium will provide an excellent opportunity for all those involved in Japanese language education to exchange and share views and opinions and, thus, to create new networks of people, institutions and ideas that can make a significant contribution to the task at hand. I am convinced that these three days will be extremely fruitful and I assure you that all the staff of the University of Bucharest involved in this event will do their best to run things as smoothly as possible. I would like to express my gratitude to His Excellency, Ambassador Natsuo Amemiya, who has always been a constant and sincere supporter of the University of 3
Bucharest. Also, I would like to thank Mr. Yoshiyuki Nishizawa, representative of the Japan Foundation, for their constant assistance and support for Japanese language education and Japanese studies in Romania, and Mr. Hideki Katō, president of the Tokyo Foundation, for his unfaltering commitment to the development of Japanese language education at the University of Bucharest. We are honoured to have such prestigious institutions as our partners. Last, but not least, I would like to thank and, at the same time, congratulate the entire team of young and untiring teachers who are involved in organizing the symposium. Thank you. 4
開会式挨拶 雨宮夏雄在ルーマニア特命全権大使 ご列席の皆様 ただ今ご紹介に預かりました在ルーマニア日本大使の雨宮です 先ずは ヨーロッパ日本語教育シンポジウム 第 15 回開催へのお祝いと本シンポジウムが初めてブカレストで開催されますことに心からの歓迎を申し上げます また主催者でありますヨーロッパ日本語教師会及びルーマニア日本語教師会の皆様には 各国における日本語普及への日頃のご尽力と 本シンポジウム開催に向けられた用意周到なるご準備に感謝と敬意を表させていただきたいと思います 申すまでもなく 言語は各々の文化 社会を深く理解する上で欠かすことのできないツールです ここルーマニアでもフランスなどと同様 昨年の 日 ドナウ交流年 開催や近年の日本のポップカルチャー マンガの普及など様々な分野における日本との交流の進展に伴い もっと日本を知りたい 日本に行ってみたい そのために日本語を勉強したいという若者が急増し 最近の調査におけるルーマニアでの日本語学習者数は 2000 人を超えるに至っています 日本政府は ルーマニアにおけるこうした状況に対応し 文部科学省や国際交流基金の各種プログラム 青年海外協力隊派遣事業及び無償資金協力等により専門家派遣 招聘 教材機材供与等様々な支援を行って参りました また東京財団など民間財団や当地日系企業からの貴重な支援も頂戴して参りました しかしながら更に大事なことは 日本における日本語教育最新事情に照らしつつ各国を取り巻く社会 文化環境や教育環境の変化に応じ それぞれの教育現場に最適の教育方法や教材の開発をいかに進めていくか ということであることは申すまでもありません その意味で本シンポジウムは 日本及び欧州各国から日本語教育の様々な分野の専門家や学者 文化人が一同に会し 海外における日本語教育を共通のテーマとし それぞれのご経験に基づく知見を交換し, より充実した日本語教育のあり方 方法につき議論するという点で真に貴重です シンポジウムのご成功と皆様の今後のますますのご活躍をお祈りし 簡単ですが私の挨拶と致します ところでご存じの通り ルーマニアは世界的に有名な音楽家 詩人 文学者 芸術家を数多く輩出してきた文化国家です シンポジウムのご日程でお忙しいと思いますが 是非ブカレストの文化事情視察などされるようお進めします ( 了 ) 5
第 15 回 AJE 日本語教育シンポジウム挨拶西澤良之独立行政法人国際交流基金参与 穴井会長 ヨーロッパ日本語教師会の皆さま パシュカ委員長をはじめとする実行委員会の皆様 本日 この歴史あるブカレスト大学におきまして 第 15 回目を迎えます ヨーロッパ日本語教育シンポジウム が盛大に開催されますこと 心よりお慶び申し上げます 私にとりましても ヨーロッパの先生方が一堂に会するこの年 1 度の機会に参じることができましたことを 大変うれしく思っております 今年のシンポジウムのテーマは グローバル時代における日本語教育 ということでございます 国という枠組みを超えて 人 情報 物の移動が急激に進んでいる現在の社会において 文化的多様性の尊重 そして相互調和のなかでの共生のための取り組みが求められていることは言うまでもございません 欧州の教育界においては これまで長い年月をかけて ボローニャ プロセスに基づく大学の学修課程と学位の共通化が図られ ヨーロッパ言語共通参照枠 CEFR による言語教育政策が進められております その意味では 本日ご参加の先生方は まさにグローバル化の最先端の現場におられる方々と理解しております 国際交流基金は JF 日本語教育スタンダード の開発を進めてまいりましたが この春に 第 1 版 として JF スタンダード 2010 を公開いたしました この JF スタンダード 2010 では 相互理解のための日本語 という理念のもとに 日本語を使って何ができるか の共通のレベルを提示し また学習過程を記録することを提案しています JF スタンダード は この 第 1 版 が完成品ではなく 現場の先生方のご意見を頂戴しつつ 今後さらに改善と充実を図っていこうとするものです 特に CEFR お膝元の欧州の先生方からは 是非 忌憚のないご意見をいただければと思いますので どうぞよろしくお願いたします これからのグローバル社会における日本語の普及と日本語教育の発展を進めるにあたって ヨーロッパ日本語教師会には 私ども国際交流基金のパートナーとして 一層のご活躍を期待しておりますし ご協力をさせていただきたいと思っております 最後になりましたが この 3 日間が 参加者の皆さまにとりまして 日本語教育の新しい研究と取り組みを吸収され また 一層のネットワークと協力関係が生まれる場となりますことを期待して 私のご挨拶といたします 6
開会式挨拶 加藤秀樹東京財団理事長 皆さん おはようございます 東京財団理事長加藤秀樹と申します 東京財団は 政策研究と人材育成を主な仕事とする非営利 独立のシンクタンクです この人材育成の重要な活動の一つが日本語教育基金です パンザル学長が言及されましたけれども このブカレスト大学は 日本語教育基金の最初の大学なんですね この大学で 今日のようなシンポジウムが開かれることは 我々にとっても大変光栄なことですし そこにこうやって参加することができ 大変ありがたいと思っています 私自身は 政治とか経済が専門であり 日本語とか日本語教育ということについては素人ですけれども ただ 政治とか経済と日本語教育は 実は直結しているのです 皆さんお感じになっていると思いますが 日本の最近の政治は相当に混乱している ヨーロッパの各地 あるいはヨーロッパ以外の方もいらっしゃいますけれども 外から日本を見ていて はがゆく思っていらっしゃる方も多いのではないかと思います 私は いわゆる永田町 霞が関と呼ばれる 日本の政治や行政の真ん中の場所で仕事をしていて こういう場所に来てつくづく感じるのは こうやって外国で日本語教育をなさっている皆さんは 日本の政治とか経済とのつながりの中での最前線で 日々 一生懸命ご尽力をされているということです 本来は あるいは 皆さんの意識としては 必ずしも日本のため というわけではないかもしれませんが 日本語教育や 日本の文化を広めるということについて大変重要な役割を担われている 心からそのことについて敬意を表します 日本語教育について 二つだけ 日ごろ感じていることを申し上げます 一つは 言うまでもないことですが 言葉を教えることは とても忍耐力がいるということです 言葉の背後には 先ほど言いました政治とか経済とか社会とか文化とか 様々なものがあるわけですね しかもそれがどんどん変わっていく ですから それらを背負った言葉をきちんと教えることの難しさは 非常に大きいのだと思います 今日は 政府の文化交流使として パリにいらっしゃる黛まどかさんに 東京財団からお願いをして この後 講演をしていただけることになりました 私は 政治とか経済の背後にあるのは やはり文化だと思っています 今の日本が 国際的に 政治や経済において存在感がどうも薄い その理由を考えれば考えるほど それは文化の力が弱くなっているからなのではないかと思うのです 日本の政治家には 政治とか経済の上に 文化が乗っかって 余裕があれば文化を考えればいいと思っている人が多いようですが 私は逆で 文化は政治とか経済のむしろ基盤にあると信じています そういう意味で 黛さんには文化の力というものを 是非 ここでお話しいただきたいと思ったのです もう一つ申し上げたいのは 今日のテーマの グローバル化する世界の中で ということです グローバル化すればするほど このブカレストの街の中にも マクドナルドとかケンタッキーとか もちろんコカコーラはとっくの昔からでしょうけども 最近ではスターバックスの店などが人気でしょう 本当に世界中で同じものを食べて 同じようなものを着て どんどん画一化 均質化が進んでいるのだと思います これは 政治とか経済の世界でも同じです 例えば 企業活動や経済のルー 7
ルについても どんどん画一化が進んでいる 言葉についても同じだと思います 英語が共通言語化していけば 多くのことが便利になるし 良いことはたくさんあります しかし 一方で 画一化が進むというのは 世界全体にとっては 望ましくないことも多い 生物の多様性ということが言われますけれども 私は同じように 言葉についても 文化についても 世界の人々の生き方についても 多様であることが非常に大事だと思っています そういう意味でも 日本語教育は グローバル化すればするほど 世界が画一化すればするほど 大事になっていくのではないか その点は ルーマニア語についても まったく同じだと思いますが 使う人の数や国の数でいえば少数の言語ほど 今から重要性が増してくると私は思っています そういう意味でも 皆さんは 最前線で本当にご尽力なさっているわけです 繰り返しになりますけれども 改めで敬意を表しますと同時に 東京財団としても そういう皆さんの最前線でのご尽力を少しでもサポートができるように このご縁を大切にしていきたいと思っております この度のシンポジウムが そういう意味でも実り多いものとなりますよう お祈り申し上げます 8
あいさつ穴井宰子ヨーロッパ日本語教師会会長 Association of Japanese Language Teachers in Europe e.v. 皆様こんにちは AJE(Association of Japanese Language Teachers in Europe - ヨーロッパ日本語教師会 ) の会長を務めさせていただいております穴井です 第 15 回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムの開催にあたり お忙しい中 ご臨席いただきました雨宮在ルーマニア日本国大使館特命全権大使 ブカレスト大学学長イオアン パンザル教授 東京財団理事長加藤秀樹様 国際交流基金参与西澤良之様に 心より感謝いたします また本大会にご支援いただきました東京財団 国際交流基金 ブカレスト大学そして 在ルーマニア日本国大使館にお礼を申し上げます そしてこの大会の運営に携わり このような大会の準備をしてくださったパシュカ実行委員長をはじめとするルーマニア教師会の皆様のご尽力に心よりお礼を申し上げます 本当にありがとうございました さて 今回のシンポジウムに 22 ヶ国から 160 名あまりの参加者を迎えました 本日より 3 日間のプログロムでシンポジウムが始まりますが 特別講演に東京財団招聘の俳人黛まどか氏をお迎えし 俳句を通して日本語の豊かさや日本人の心についてのお話をいただきます 今回のテーマはグローバル時代における日本語教育です 南山大学教授鎌田先生による 接触場面とは ヨーロッパ 日本語教育の 世界を活動の場として という基調講演 また 奈良教育大学澤田先生 愛媛女子短期大学の近藤先生をお迎えし 言語 文化圏を超えた協同 母語話者 非母語話者の協同に向けて の講演をいただきます 例年のように多くの会員からの発表申し込みがありました 口頭発表 31 本 ポスター発表 5 本 7 つのテーマによる会員ワークショップが採用され 3 日間にわたって日本語教育の討論が繰り広げられます 恒例の AJE フォーラムは 会員にコーディネイトを呼びかけましたところ 4 つのフォーラムが準備されました ヨーロッパの日本語教育は世界からみるとその数は実ははまだまだ少数です しかし 数は少なくても 伝統はあります 喜ばしい事に 近年ヨーロッパ各国の学習者数は増加の傾向が続いています 山椒は小粒でピリリと辛い 小粒でもキラリと光を放って世界へと発信する AJE はそういった会であり このシンポジウムはそれを表していると私は思います ヨーロッパ日本語教育をルーマニアで開催してはどうかと パシュカ実行委員長と話し始めたのは 2 年前のトルコ チャナッカレにおける第 13 回大会でのことでした 2005 年に活動を始めたルーマニアの若い教師会 小さい学会ですが私たちにできるでしょうか というパシュカさんたちでしたが 翌年のベルリン大会の時には 皆で力を結集してやりますと力強く開催を公表され この様な立派な大会をここに準備してくださいました このヨーロッパ日本語教育シンポジウムの開催を一つのバネとして ルーマニアの日本語教育がますます発展していくことができればと思います ヨーロッパ日本語教育シンポジウムは参加者の一人一人にとってどのような意義を持っているのでしょうか 一人の日本語教育者として また一個人として この 9
シンポジウムで皆さんは何を見つけ 何に出会い それぞれの日本語教育の現場へ帰って行くのでしょうか 多くの出会いを生むこのシンポジウムを大いに利用し 活用してください 必ず何かを一つでもしっかりと掴んで皆さんの現場へと持ち帰ってください 多くの日本語教育者の交流が深まる 3 日間となりますようにと願って 私の挨拶といたします 10
特別講演
HAIKU~その余白に漂うもの黛まどか俳人 文化庁 文化交流使 要旨俳句は 17 音節から成る世界で一番短い詩ですが その中に日本人の美意識 自然観 哲学 思想 情趣といったさまざまなものが込められています 一句を理解することは日本人のすべてを理解することに匹敵すると言っても過言ではありません また 日本独特の風土や四季の移ろいは 豊かな日本語 ( 季語 雅語 ) を育みました 俳句がたった 17 音節で 一篇の小説にも勝るような深い世界を描くことができるのは 季語 雅語による働きが大きいのです そしてそれらの言葉が紡ぎだす余白に 作者の思想が余情として漂います 読者は表現されたわずかな言葉を手掛かりに余白に作者の感動を再生産しなくてはなりません 日本語の深い理解によって 俳句における感動もまた深まるのです 俳句を通して 日本語の豊かさや日本人のこころに触れていきます キーワード 俳句 季語 雅語 定型 切れ 余白の美 日本文化 自然観 俳句には 有季定型 ( 季語があり 五七五 ) という約束事があります 日本人は古来の四季の移ろいに心を寄せ 自然を愛で 型を尊重して暮らしてきました これは俳句に限ったことではなく 茶道でも華道でも香道でも 日本の伝統文化に共通したことです 狭いお茶室が日本の総合芸術であるように 俳句のたった17 音節に 日本のすべてがあると言ってもいいかと思います 以前 私が国語審議会の委員をしていた時に NHKが取材に来て 国語力とはひと言で何ですか という質問をされました 私は 松尾芭蕉の俳句を引用しまして 古池や蛙飛び込む水の音 この俳句をどれだけ深く鑑賞できるか それが日本語力 国語力だと思います と答えました なかには 古池に蛙が1 匹飛び込みました それ以上のものを鑑賞できない人もいると思います しかし 日本語力によっては そのたった一つの句から非常に深いところまで読み込むこともできます 私は これが言葉の力だと思います 俳句という限られた世界においてのことだけではなく 日常においても 豊かな言葉を共有することで お互いに察し合ったり わかり合ったりすることが とても大事ではないかと思っています 俳句との出会い私が俳句を始めたのは 明治生まれで大正から昭和の初期にかけて活躍した女流俳人の杉田久女の一句 花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ に出会ったことがきっかけです 花衣 ( はなごろも ) というのは お花見に行く時の装いをいいます 昔の人は 桜を愛でるのに 今年はどんな着物を着ていこうかしら と 着 注 ) 本稿は 2011 年に紙媒体で発行されたものに 2016 年に加筆されたものです 11
物を新調して行ったそうです ぬぐやまつはる といいますから お花見から帰って着物を脱いでいます すると足元に まだ着ていた人の温みの残っているような 色とりどりの紐が はらはらと渦をなして落ちていきます その美しい紐の渦の芯に 今その着物を脱ぎ終えたばかりの女性がすっと立っている そして 外は満開の花の夜という非常に美しい句です しかし 久女がこの句の余白で最も言いたかったことは 当時の女性たちの置かれていた状況への嘆きです 久女は非常に才能がありながら 生前 1 冊の句集も出すことができずに亡くなりました 当時は 女ごときが俳句なんぞにうつつを抜かして と言われる時代でした 世間から批判され 家庭内でもうまくいかなくなる 最終的には 精神病院で亡くなりました ですから 紐いろいろ というのは 当時の女性たちを縛っていた たくさんの枷のことなのです どうして私がこんなに頑張っているのに 世間は認めてくれないんだ というような 久女の あるいは当時の女性たちの心の叫び 嘆きを詠った句なのです しかし 俳句は直接的に気持ちは述べず 美しい紐に託します 苦しいことを詠っているのに こんなにも美しい世界に昇華されている 俳句とは 素晴らしいと大変感銘を受けました 今 世界的に とても饒舌な時代になっていますが そんな中で かくも研ぎ澄まされ 省略され 単純化された詩形がある それが日本固有の文化 文学として存在することに 大変感動を覚え 私自身も俳句を始めました 俳句の誕生俳句の起源は室町時代です 15 世紀末に 山崎宗鑑という 足利将軍に仕えた連歌師が 俳諧の連歌を独立させます その後 17 世紀に 松尾芭蕉が 連歌の最初の五七五 ( 発句 ) を独立させて 芸術性を高めました さらに明治に入り正岡子規が 発句を俳句という呼称に変え 現在に至っています 今では 世界中でたくさんの方が俳句に親しんでいます つい最近ですが ファンロンパイ EU 大統領が 句集を出版されました 私のいるフランスでは シラク前大統領やドヴィルパン元首相も非常に俳句に親しんでいると聞いています 季語どの国にも固有の自然と自然観があると思いますが 日本にも固有の自然観があります それは 自己と自然を一体化するという自然観です これが季語の育まれた土壌です 万葉集にこんな一首があります 春の野にすみれ摘みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける これは 山部赤人の歌です 宮廷歌人であった赤人が 当時は食用でもあったといわれているすみれを摘みに春の野にやってきます すると あまりにその春の野が美しく懐かしいので 去り難くなって一夜を明かしてしまったという歌です まるで そのすみれに添い寝をするかのように 赤人がそこにすみれと一体となって あるいは春野と一体となって 一夜を明かしている風景を思い浮かべることができます 小さなすみれと同じ身の丈になって すみれを観賞する そういう自然観が日本人にはあると思います また 俳句の季語には 四季折々の山の様子を表現したものがあります 春の 12
山を 山笑ふ といいます 芽吹きが始まり花が咲いて 鳥がさえずり 明るくなってほわほわっとした 明るい春の山を まるで山が笑っているようなので 山笑ふ といいます 夏の山は 緑が濃くなります 全山が万緑になって 緑が溢れ出るかのような 滴るかのような そんな夏の山を 山滴る といいます 秋の紅葉した美しい まるでお洒落をしたような秋の山を 山粧ふ といいます そして 木々が葉を落として枯れ山になり 動物たちが冬眠して 静まりかえった冬の山を 山眠る と表現しますが ここにも人間と自然が一体化しているということが よく表れていると思います 寒い冬を耐えて ようやく春が来た その喜びを 山と人が分かち合っているかのようです ですから 季語は 単に意味を表すだけではありません その季語の背景にある 風土とか環境とか美意識とか さらに古来から詠み継がれてきた 日本の伝統的な詩情といったものまでをも 季語はその概念に含んでいるわけです 俳句がたった17 音節で深遠な世界を表現することができるゆえんがここにあります また 季語や雅語は 自然や命の移ろうすべてのさまに 心を寄せて暮らしてきた 日本人のアナログ的な美意識が育んだ 非常にアナログ的な言葉です 例えば 月をめぐる季語について紹介します 陰暦の 8 月 15 日の月を 中秋の名月 と呼びますが 月もさまざまな呼び方があります 今から十数年前に北京に仕事で行った時 ちょうど明日が中秋の名月という日でした 通訳でコーディネータの方が いや 黛さん いい時にいらっしゃいましたよ 明日は中秋の名月です 中国では 月餅を食べて中秋の名月をみんなで祝います とおっしゃいました 中国では 真ん丸な満月の十五夜だけを宴をしてお祝いするそうです しかし 日本では 満月の前日を 待宵 ( まつよい ) の月 満月の次の日を 十六夜 ( いざよい ) そのあとの十七夜は 立待月( たちまちづき ) さらには 1 か月後の十三夜を 後の月 ( のちのつき ) と呼びます 月がでていなくても 無月( むげつ ) 雨月( うげつ ) といって 見えない月を心で愛でます 中秋の名月の起源は中国ですが 日本に伝播した中で その前後のややに欠けた月も愛でるようになった わずかな差を細やかに細やかに愛でていく 満たないもの 不揃いのもの ややに欠けたもの そういうものの余白に美を見出す これが日本の伝統的な美意識だと思います このように自然に対する細やかな観察眼が たくさんの自然と関わる美しい季語や雅語を育んできました 例えば 雨の名前や風の名前に 美しい言葉がたくさんあります 日本語には 440 もの雨の名前があると聞いています 春先の菜の花が咲いている頃に降り続く長雨を 菜種梅雨 ( なたねづゆ ) といいますが 菜種梅雨というと 長雨ですが 菜の花の咲いている風景を想像しますので明るさを伴った雨になります そして 桜が咲いている時に降る雨は せっかく咲いた桜を散らしながら降るので 花の雨 というと 美しくもせつない 儚い そういうものを感じます その後 若葉 青葉に降る雨を 若葉雨 ( わかばあめ ) そして その若葉から滴ってくるしずくを 青時雨 ( あおしぐれ ) といいます そのあとに 卯の花が咲く頃に梅雨に入り長雨がありますが その雨の名前を まるで卯の花を腐らせるほど振り続く雨ということで 卯の花腐し ( うのはなくたし ) と呼びます 都会に住んでいると なかなか卯の花を見る機会はないですが 今頃 13
卯の花が咲く頃だな 卯の花腐しだなと思うと 実際にはそこに咲いていなくても 雨の向こうに 野や山に咲いているだろう卯の花を思い浮かべることができます 雨の向こうに見えてくるものが増えてきます たった1 日にしか使えない雨の名前もあります これは陰暦の 5 月 28 日に降る雨の名前で 虎が雨 ( とらがあめ ) です 陰暦 5 月 28 日は 曽我十郎 五郎の命日です 父の仇を討ったあと 殺された十郎 五郎ですが その十郎の恋人だった大磯の遊女の虎御前が 陰暦 5 月 28 日の十郎の命日になると十郎をしのんで泣くので この日には雨が降るといわれています 実際に統計的にも この日は今でも雨が降る確率が高いそうです その日に雨が降ると その言葉を知っていれば 雨の向こうに 800 年前の物語が浮かび上がる これは言葉の力だと思います そのほかにも 冬になってさっと降って上がる雨を 時雨 と言いますが 時雨だけでもいろいろな言葉があります ほんの一部分だけ降っている雨を 片時雨( かたしぐれ ) と言います そして 同じようなことですが 自分のところだけ降っている雨を 私雨 ( わたくしあめ ) という言い方をします 天気予報でいえば 局地的に雨が降ります ということなのですが そう言わずに私雨 片時雨と言うことに 私は美しさを見出します 日本人が 自然が移ろうすべての様を最初から最後まで 一部始終を愛でて愛でて愛で尽くしてきたということをこういった季語が証明していると思います 定型俳句には五七五という型があります 俳句だけに限ったことではなく 茶道や華道 柔道 あらゆるものに型があります 俳句は短い上に季語も入れなくてはいけない そして五七五という縛りが合って 縛りだらけでとても不自由じゃないか ということをよく言われます 季語に関しては 先ほど説明したように 季語が多くの情報量を持っていますので むしろ便利なわけです 型については 私はよく床運動にたとえます 床運動には 12 平方メートルの枠があります その枠をめいっぱい使って 体操の演技をします ちょっとでもあの枠から外に足が出ると減点になる だからといって それを恐れるあまり 真ん中だけ使っても美しくない 例えば 演技の最後に対角線を使ってバック転をしていって 最後のひと足 後ろ足がコトンと角ギリギリのところに置かれた時に その緊張感ゆえの華やぎは 枠がないところでやるよりも 遥かに大きいわけです 俳句も同じです 型があるからこそ私たちはその型を信頼して その中で自由に言葉と言葉を掛け合わすことができる 言葉が飛躍する それが俳句における型の効用です 切れ俳句には 有季定型のほかに もうひとつ 切れ を入れるというルールがあります 切れ字というのは 断絶や飛躍をもたらして余韻 余情を生むための切る働きをする言葉 や とか かな とか けり に代表される 助詞 助動詞です 古池や 蛙飛び込む水の音 の や のあとに断絶が生まれ 切ったあとにできた時間的 空間的な間があります その間の一呼吸に 作者の思いや感動が込められて 余韻となってにじみ出てくるわけです そして その切れによっ 14
て生まれた余白に 読者はさまざまなものを想像していくということになります 例えば 頂上や殊に野菊の吹かれ居り という原石鼎の句があります この俳句は この 頂上や の や が非常にポイントです 情景としては 頂上に野菊が咲いていて 風が吹いてきて いろいろな花が咲いていますが 中でも愛らしい可憐な野菊が吹かれている ということです 頂上に ではなくて 頂上や によって ここで切れます ですから 私たちは 頂上や と言った時 その頂上ではなくて 普遍的なあらゆるものの頂上を一瞬そこで想像します ルーマニアにいる今 この句にもう一度触れますと 私が思い浮かべたのは ナディア コマネチの姿でした 弱冠 14 歳にして 新体操の世界のトップに立つわけです その時の彼女のプレッシャーというのは いかばかりだったかと思います や と切ることによって 非常にイメージが広がっていくわけです ただその山に咲いてる野菊ということではなくなっていきます 切れ によって 言葉と言葉が足し算ではなく 掛け算の関係になっている これが俳句です 俳句が 17 音節で深い世界を言えるのは 言葉と言葉が掛け算になるからです 余白の美俳句は 沈黙の文学 と言われています これは 単に俳句が短いからということだけではなくて 俳句は物に思いを語らせる 物の文学 だからです それに対して 短歌は 事の文学 といいますが 短歌はあとの七七があるので 思いを述べることができる しかし 俳句では思いは 物に託します 思いは述べませんから 沈黙の文学 と言われます 日本人独特の 多くを語らずして察し合える 究極の お察しの文化 が 俳句ではないかと思います 物を言わないことで 省略して省略して削っていくことで生まれるのが余白美です この余白美というのも 俳句に限らず 日本文化全般に言えることです 例えば 能とか日本料理 華道すべてそうですが 能はあの省略の限りを尽くした わずかな動作だからこそ 舞台の余白に高質な余情が生まれるわけです そして それを見ている側が 今あの動作で何を言いたいのか 何を伝えたいのかということを感受していくわけです 日本料理でも同じことが言えます フランスで何年も修行をした日本料理の料理人が フランス料理が十で表現するとしたら 日本料理は五分 ( ごぶ ) で止めます と言いました あとの五分は味つけをしないわけでなく 隠し味として何日もかけて細やかな準備をし味付けをしている それを全面的にアピールするのではなくて 隠れたところで存在させている そして あとの五分は食べる人に探ってもらうわけです 生け花でも同じようなことが言えます ある華道家の方の言葉がとても印象的でした 花を生ける時に 私は花を見ていません 花を生ける時に 私は空間を見ている それも先ほどの日本料理の話と通ずることだと思います そして 俳句にも通ずることです 俳句は 私は 実際には 17 音の言葉を紡いでいるのと同時に 余白を紡いでいるという感覚が常にあります そして その余白にいろいろなことを暗示していく この暗示性というものも俳句の特徴です ですから 読者というのは自分の経験と照らし合わせて その俳句の余白にあるものを読み取っていかなくてはいけません 俳句は身の丈を超えない とよく 15
言いますが 読者の俳句における鑑賞もまた身の丈を超えない 子供には子供の解釈 そして 人生経験を積んだ人はより深い解釈ができるということです 以上のように 俳句が世界最短の詩形でありながら 深遠で壮大な内容を表すことができるのは 型や季語 切れの存在があるからです そして 季語や雅語は その一言一言がもうすでに多くの情報量を持っている 情趣を持っている 余情を抱えている さらに その切れと型によって 言葉と言葉が掛け算になっていくことで 俳句は非常に大きなことが言えるわけです 松尾芭蕉は 謂ひおほせて何かある と言いました 言い尽したからって じゃあ何があるんだということです 言い尽さないからこそ イメージが広がり余白に滲み出るものがあるんじゃないかということです 俳句は挨拶俳句は挨拶とよくいいます たまたまこの同じ時代に生まれて生きて 同じ場所ですれ違った他者 人も含めて花鳥風月 さまざまな命に対して こんにちは さようなら ありがとう と言うのが俳句です ですから 桜を詠むことは桜に対する挨拶です 桜は間もなく散っていきますが その桜に 長い冬を耐えて美しく咲いて 私たちを楽しませてくれてありがとう という思いを込めて詠むわけです そうすると その桜は俳句という器の中で永遠にそのみずみずしい命を宿していくことになります ですから 芭蕉が 300 年前に詠んだ桜は 俳句という器の中で今もみずみずしく咲いている そして 挨拶をすることによって 自然が一方的にこちらを楽しませてくれるだけではなくて 双方向の関係になっていく 命と命の交歓 歓びを交わし合うことになっていく これが俳句です 言葉の力雅語をめぐるエピソードを一つ紹介したいと思います 私が初めて韓国に行った十数年前 私が日本人だとわかった途端に ユンさんというある韓国人の中年男性が いきなり私に訊いてきました あなたは 遣らずの雨 という言葉を知っていますか お客さんが帰る頃になって降りだす雨を まるでそのお客さんを帰さないかのように降りだす雨ということで 遣らずの雨 といいます よく私の祖母が お客さんが帰る頃に雨が降りだすと ああ 遣らずの雨ですよ もう一杯お茶を飲んでいってくださいよ と言うのを聞いて育ちましたので 知っています 遣らずの雨 というのはこういうことですよね と言いましたら そのユンさんが大変喜ばれて 久しぶりに遣らずの雨を知っている日本の若い人に会いました と言われました そしてユンさんのことを語ってくださいました ユンさんは 反日教育を受けた世代の方で 日本と日本人が大嫌いだった ある日 どうしても行かなければならない用事ができて 仕方なく日本に出張しました 仕事をして韓国への帰国日に 日本側の担当者がユンさんを空港まで車で送ってくれたそうです その途中で雨が降ってきました その時にその日本側の担当者が ああ ユンさん 遣らずの雨ですよ 日本人はこういう時に ユンさんを帰したくなくて雨が降り出したって思うんですよ とおっしゃったそうです 16
その言葉を聞いてユンさんは ああ こんなに美しくてポエティックな詩情溢れる言葉を育んできた民族が 自分が教わってきたような 残酷でひどい民族であるはずがない 言葉が証明している とその時に 遣らずの雨 という一言で それまでの反日感情が溶けて すっかり日本贔屓になったとおっしゃいました それ以後は ユンさんの前で日本の悪口を言う人がいると 必ず 遣らずの雨 の話を持ち出して 日本にはこんなに美しい言葉があるんだよ こんなに繊細な言葉を育んできた民族がそんなに悪い民族であるはずがないじゃないか と必ず言うのだとおっしゃいました 私はこれこそまさに文化力 文化外交力だと思います 国語研究所の元所長の甲斐睦朗先生が 日本語を海にたとえました 海というのは表層水 中層水 深層水とあります 表層水のところは 若者言葉とか流行語です そこは波立っている 波立っているからこそ海は循環するのだから そういうものがあってもそんなに憂うることはないんだと甲斐先生はおっしゃいました 甲斐先生の言葉に倣って言えば 中層水は日常語に相当する部分だと思います そして 季語とか雅語という言葉は 深層水のところにある言葉だと思います 私たちが普通に暮らしていく中では 中層水から上の言葉を知っていれば 十分に何不自由なく生活はしていけます 別に 遣らずの雨 とか 私雨 とか そういった言葉を知らなくても 日常では何一つ困ることはありません ただ この深層水の言葉を知ることで 実際にないものが見えてくる これが 言葉の力だと思います 見えてくるものが増えると発見が増え 感性が豊かになります そして その豊かになった感性が さらに美しい言葉を紡がせます 私たちは たくさんの豊かな言葉を持っている とても幸せな民族だと思います 松尾芭蕉は 俳句のことを 夏炉冬扇 と言いました 夏炉 は夏の囲炉裏 冬扇 は冬の扇です 暑い夏に囲炉裏は要らないですし 寒い冬に扇は要りません つまり 俳句なんて 日常の生活には何の役にも立たない 実用でないものだと言っています しかし その言葉の裏側には 人がより豊かな人生を送るために 俳句は大切なものであるということを言っています 俳句も そして季語も雅語も日常生活には必要ありませんが 人としてより豊かな人生を生きるために 非常に大切なものだと思います 俳句や季語 雅語は 合理性の対極にあります しかし 合理性 効率性を追求するあまりに 現代社会は 多くのものを失い 非常に病んでいます だからこそ こういう現代社会において 俳句のようなものが改めて見直されるべきではないかと思います 言葉の周辺にあるもの 背後にあるものを感受してお互いに察し合う 自然と自己を一体化して 一本 ( ひともと ) の小さなすみれと同じ身の丈になって 自然や他の命に対して挨拶をしていく 他者を尊んでいく こういう俳句の精神や俳句理念は 紛争問題や環境問題といった 今 世界が抱えている諸問題の解決の糸口になり得るものだと私は確信しております 17
基調講演
1 日本語教育の出発点であり 到達点としての接触場面 ヨーロッパ 日本 世界を活動の場として 鎌田修南山大学 要旨本稿は Cook (2003) の language user という概念をもとに接触場面における日本語使用が日本語のプロフィシェンシー ( 運用能力 ) 向上の原点であるという接触場面仮説を提唱する まず language user という概念と接触場面研究の繋がりを考察し それから 具体的な接触場面を取り上げ 文脈 ( 場面 ) の文型化 ( スキーマ化 ) がプロフィシェンシーの向上に繋がっていく現象を考察する 最後に そのような接触場面に基づいた教材化についての考えを示す キーワード 接触場面 L2 User 文脈の文型化 接触場面の教材化 1 はじめに : 日本語使用者という考え欧州における Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment (CEFR) や米国における Standards for Foreign Language Learning などを推進している数多くの外国語教育の研究者や実践家が言語の実際的使用場面に重きを置いた活動を行っている また 多文化で かつ 国境を越えた移動が多い欧州には plurilingualism( 複言語主義 ) と称する言語観のもと 一個人が自分の持つ言語文化を中心に その周りに他の言語文化を身につけることをめざそうとする アメリカでは ACTFL( 米国外国語教育協会 ) が推進してきた proficiency-oriented instruction という実際生活における外国語運用能力の向上を目指した動きが今も力強く展開されている 日本でもこのような動向を受け 新しい日本語能力試験には can-do statements による能力規定が大きく取り入れられるようになってきた こうした外国語教育の動きは 日本語を第二言語として学習する人たちを日本語学習者と呼ぶのではなく 日本語使用者 という言い方にすら変えてきた この意識の変化は非常に大きいものであると同時にそれが何を意味するのか ここで今一度真剣に考え 後に述べる接触場面仮説 接触場面の教材化の基盤的認識を図りたい 1.1 日本語使用者英語が世界的な共通語 リンガフランカ として使われはじめてどれくらい経つのだろうか 地域的にも また会話だけでなく読み書きという伝達手段においても 英語を L1 として使う人より L2 として使う人のほうがはるかに多い さらにインド英語やシンガポール英語等々 もはや L2 としての英語というより様々なタイプの英語 (Englishes) と見なされている今日 Cook (2003: p.4) は L2 learner という用語ではそのような現状を十分に把握できないことから どのようなレベルであろうと第二言語を知り また 使う人を L2 user と呼ぶ ( The term L2 user can refer to a person who knows and uses a second language at any level. ) としている Cook の指摘する L2 user と L2 learner あるいは L1 user との違いをここで詳細に述べることはできないが 特筆すべきは L2 user は L2 learner の活動をも含む包括的な用語であり どのようなレベルであろうと実際にその言語を使って様々な活動を行う人を指すということである つまり 第二言語学習者 ではなく 第二言語 18
使用者 という包括的な言い方は 欧州等の多文化 多言語社会のみならず 日本において日本語を第二言語として学習 使用 する人達も指す このことは 単に命名の違いだけでなく 第二言語の教育や習得研究にとって大きな質的変化をもたらす 以下 筆者の考える 第二言語使用者 という概念の持ついくつかの重要性をここにまとめる (1) 教室内学習と教室外学習の融合 (2) 外国語環境における L2( 外国語 ) の習得と目標言語圏における L2( 生活言 2 語 ) の習得の融合 (3) 第二言語の学習を言語的 非言語的 さらに社会文化的側面など その言語の使用場面の包括的把握 (4) 第二言語使用者そのものを主体にした教育展開の必要性 これらの点は互いに強く結びついている 教室内であれ 教室外であれ 何らかの正当なコミュニケーション上の目的に沿った言語使用そのものは それ自体が学習であると考えられ Krashen (1982) 流の 学習 習得 の対立は意味をなさなくなる 目標言語圏における 教室外 という表現は その言語が生活言語として使われる環境を指す 一方 教室内 における 学習 を強調するとそれは 海外 のように目標言語が 外国語 として学習する環境を指すことにもなろうが それらの差も第二言語の 使用 という観点からは 表面的な差こそあれ 正当なコミュニケーション状の目的に沿ったものであるなら 実質的な差は認められなくなる 日本に留学し 日本語による学生生活を送る留学生 日本語を使って日本の国内外を旅する外国人旅行者 あるいは 長期的定住を予定し 日本語を生活言語とする移住型の外国人等々 日本語を第二言語として使用する人たちは膨大な数に登り その人たちの移動は一カ所に留まらない 適切な言語使用には いつ どこで 誰に 何のために等 その場のコンテクストを考慮しなければならないことは社会言語学の い ろ は であり 言語使用を目指した外国語教育にとって最も大切な確認事項の一つと言えよう とりわけ 言語が使用される場面を包括的に捉えるべきであるという点は 以下に検討する接触場面研究にとって非常に大切なものになる 最後に 言語能力の向上を必要とするのは言語使用者自身であり 他の誰でもない 言語学習から言語使用へと いわば 明示的知識 ではなく 暗示的知識 として言語能力を養うこと あるいは むしろ 言語使用から言語学習を考える 暗示的知識 から 明示的知識 を探る それこそ 言語使用者主体の教育へと繋がるのではなかろうか 以下 便宜上 第二言語学習者 という表現を用いる場合があるが それはここで述べた 第二言語使用者 (L2 User) という意味合いを持っていることをお断りする 2 接触場面仮説とその帰結前節で述べた言語使用者という概念は 第二言語の使用場面 つまり 母語話者と非母語話者が目標言語を媒介としてコミュニケーションをはかる接触場面の研究を自ずと必要とする 接触場面を第二言語教育の基盤に据える研究者は多いが とりわけ 次のネウストプニー (1995: 186) の主張は日本語教育にとって大変刺激的だ 19
日本語教育の目的が 日本語を外国人の話し手に使わせることにあるなら 外国人の話し手が実際にどのように使っているかを研究してみる価値があるはずである むしろ これは日本語教育の出発点であり かつ 到達点であるかもしれない この主張に立つと 日本語教育の原点は日本語学習者が日本語を使用する場面 いわゆる 接触場面 が日本語教育の出発点 ( 原点 ) であり 日本語教育に関わるすべての試みは接触場面にいる学習者とその学習者が直接 あるいは 間接に関わる日本語母語話者や別の日本語学習者などに還元するものでなければならないと言えよう そして 学習者主体 という概念の根本もそこにあるのではなかろうか このような考えから筆者とその共同研究者は海外の日本語教育においても 学習者自身にとってもっとも身近な居住地 ( 多くの場合 本国 ) で遭遇する接触場面に基づいた教材の作成 つまり 教材の 現地生産 を促進すべきであると主張してきた 90 年代末より進めてきた科学研究プロジェクト 多元性のある日本語教育教材研究及び作成 欧州広領域での使用を目指してー ( 代表 鎌田修 ) はその成果の一部である このプロジェクトと関連し ここでは次の 2 点について考察を行う (I) 日本語学習者は新たに遭遇する接触場面をどのように処理し それまでに培った日本語能力をどのように向上させるのか (II) 日本語学習者が遭遇する接触場面に基づいた日本語教材はどのようにプログラム化することによって日本語学習者の能力向上に繋がるのか 外国語教育において言語使用場面の重要性を主張する研究者 教育実践者は数多い 80 年代より急速に発展を遂げている米国における proficiency-oriented instruction と呼ばれる外国語教育法 また 最近富みに注目を浴びている CEFR さらに これらの動きに遅れじとばかりに can-do-statements による能力規定の改訂を試みる 日本語能力試験 等 外国語能力を言語使用場面に求める考え方が今の外国語教育の主流であることは皆が認めるところであろう 3 例えば Alice Omaggio Hadley(2001) は Proficiency Hypothesis と称する一連の仮説を 80 年代半ばから終始一貫して主張し プロフィシェンシーの向上を目指す外国語教育の推進を図っている そのうち 最初のものをここに紹介する HYPOTHESIS 1. Opp ortunities must be pr ovided for students to practice using language in a range of contexts likel y to be encounter ed in the target cultur e. 言語練習は目標言語文化圏において遭遇するであろう広範囲の場面を背景に実施されなければならないという仮説であるが このことは さらに 外国語の学習と教育の目的は 接触場面が日本語教育の出発点であり到達点であるとするネウストプニーの考えとも十分に共通する 4 動的な接触場面を動かすのは 人と人との交流 つまり インタラクションである インタラクションは 何らかのコミュニケーションギャップ 例えば 非母語話者による言語的挫折の解消がその源になる つまり 第二言語の習得は 接触場面におけるインタラクションを遂行する能力の積み重ねからなると考えられる そして このことは次のような仮説として提示することができる 20
接触場面仮説 : 日本語使用者はさまざまな接触場面の変遷を経ることによって 日本語能力を高める この仮説は さらに 次のような帰結を導く 帰結 (1): 接触場面の変遷を媒介とした日本語能力の向上を可能にするために日本語使用者は新たに遭遇する接触場面を適切に処理していく能力 つまり 文脈の文型化 を適切に行う能力が必要である 帰結 (2): 新たに遭遇する接触場面を適切に処理する能力を養うためには 当該の日本語使用者を取り巻く学習リソースを その使用者が置かれた教育 学習環境に適合した形でプログラム化する必要がある ここで象徴的に称している 文脈の文型化 とは 新たに遭遇する場面 つまり 新たな 文脈 から意味を発見するプロセスを指す 当該の場面を適切に処理し 次に訪れる新たな場面に対する 予測力 の養成である 接触する場面を構成する様々な要素を ボトム アップ 的に処理し そこから 何らかの仮説を構築 新たな場面に対する予測力をつける このように次々と遭遇する場面を切り抜くプロセスである このようなボトム アップ的処理とトップ ダウン的処理が相互 補完的に繰り返されることにより 新たに遭遇する接触場面を問題なく処理していく能力が培われるものと思われる そのような認知的プロセスが 文脈の文型化 である 5 3 文脈の文型化 : スキーマの構築第二言語使用者は 言語を使う場面に入ったとき その人が既に獲得している知識 つまり 既存知識でもって活動を始める すなわち トップ ダウンの方向で活動処理を行う その結果 既存知識からの類推と既存スキーマに適合するような再構成が行われる 接触場面は 何らかのノーム ( その場面をバランスの取れたものに保つ共通認識 ) 6 からの逸脱を特徴とし 学習者は そのために生じた誤解や誤用などに気づくと 既存知識の修正を行い 新しい知識の獲得を試みる この認知活動こそ 文脈の文型化 である 構造文型などの 言語知識 を導入した後 ロールプレイなどの教室活動によって設定された状況の中で練習を行う 文型の文脈化 に対立する語学教育上の考え方である 文型を教えるということは 言い換えると ある原理で抽象化 スキーマ化した言語知識を与えることであり ロールプレイなどは与えられたスキーマの具体化を試みる作業だと言える 一方 文脈の文型化は 具体的な状況下で主体的に知識を修正したり獲得したりして自らスキーマの構築を行う認知活動なのである まず このような接触場面の具体例として ベルリンのカフェテラスでの一場面を見てみたい 参与者はイタリア人女性 S アメリカ人男性 C および日本人 Iと Kと Sh 計 5 人である ( 全て成人 ) 既に着席し雑談中の 5 人にウェイターが注文を取りに来て 英語でメニューの内容を説明している アメリカ人 Cがうなずき 分ったよ という意味でOKと言う それを受け ウェイターはそのテーブルを離れ 厨房に向かう 日本人 Iが注文が通ってしまったのではないかと不安を感じ Cがそうかもしれないと同調する場面である 21
(1) S( 写真の女性 ): うーん そうですね 気をつけないと うーん ( 目を上に向ける ) < ポーズ 3 秒ほど > Waiter: Germany,German? Speak? S, C:No, no. English. Waiter:Then, you xx today Spaghetti is vongole C:OK( 大きくうなずく ) Waiter: un salat xxx fish very good. ( 厨房に戻る ) S, Sh, I:xxxx( 騒ぐ ) C:OK, I understand と I: ほんと? C: 注文しなかったでしょう? K: ただ 言いに来ただけ S: 来たら困る C: え ただ そのスペシャルあるんですよ I: あ そう K: 何も注文しない I: 注文したと思った OK って言うから それで OK こわい こわい よく日本人がハイ ハイ ハイって言ったら みんな持ってきちゃう C: え? でも 英語でも なんか OK なんかね I: そう K: でも C ドイツでもそう言うとね 注文したと思っている かもしれないよ C: ああ ドイツどうかな I: ドイツ語できますか? 危ない 危ない Sh: ちょっと確認してきますね ここでは 客側が メニューの説明要求 を期待しているのに対し ウェイター側は 注文の受け付け をしてしまったようで 場面処理につまずきが生じているのである この場面における参与者の認知活動 文脈の文型化を考えてみたい まず 場面は次のように規定できる (2) 場面とは 日本語を使用する また タスク遂行という認知過程を成立させる時空間である 場面は 多元的な要素で構成され その一部が焦点化されて認識される そして 焦点化された場面の構成要素と言語表現が結びつく 多元的要素というのは < 機能 目的 >< 参与者間の社会的関係 >< 参与者の属性 > < 話題 >< 社会文化 >< 社会的場 時間 >< ストラテジー > などである (1) のベルリンのカフェテラスでは 参与者である日本語使用者は 多元的構成要素のうち 社会文化の要素 カフェテラスを特に焦点化させ 次の (3) のようなスクリプト ( 一連の行為 ) についての既有知識を活性化させている (1) の参与者は 次にあげるような社会文化的な差異を含んだ知識を持っている (3) カフェテラスのスクリプト入店 座席取得 ( 指示待ち 自由着席 ) ウェイター / ウェイトレスの登場 メニュー紹介 説明 ( 即注文 後ほど注文 飲み物 ) 同席の人と相談 注文 食事開始 雑談 支払い ( チップ 割り勘 22
テーブルでの支払いか会計のところなど ) 注文する部分に限ってみると (4) のような導入部 維持部 終結部の構造を持った知識となっている (4) 注文のスキーマ導入部 : ウェイター / ウェイトレスの登場メニューの紹介 説明維持部 : 同席の人と相談注文終結部 : 注文の確認 (1) では ウェイターがメニューの説明をしているとき OK と大きくうなずいたことによって 注文受諾のサインとなってしまったと皆が思い始めた 注文したと思った や ドイツでそう言うとね 注文したと思ってる かもしれないよ などの指摘を受け OK と言ったアメリカ人参与者 C は 英語でも 何か OK なんかね ああ ドイツどうかな と アメリカの注文時の既有知識からの類推であったことに気付く ドイツのカフェテラスでは 大きくうなずきながら OK と言うと注文が通ってしまうようだということで 客のレストランでの注文時における知識の修正が起こるのである 参与者は単に OK の使い方を学ぶだけでなく 同席している人たちの言語表現等も同時に知識として獲得していく こわい こわい あぶない あぶない や相手の失敗を指摘するときの気遣いを含む言い方や 確認に行ってくるなどの行為である 注文する機能のトップ ダウン処理がつまずき 既有知識が強く働きすぎると ボトム アップにその場面から新たな知識の獲得が起こる これが 文脈の文型化 つまり 新たなスキーマ構築である ここでは 確認 という機能的必要性がベルリンにおけるカフェテリア接触場面の新たなスキーマ構築を可能にした そこには 正当な (genuine) インタラクションを引き起こす力が備わっており 結果 次に訪れるだろう新たな場面を切り抜けられる能力へと発展する 日本語教育の出発点と到達点を示す一例としてあげた 4. 接触場面の教材化 : 即時的 / 非即時的プログラム前述のとおり 筆者達 (2000-3) は欧州広領域における接触場面を基にした教材バンクの作成を試みた 接触場面には 日本語の学習と教育のリソースになる様々な言語的 非言語的素材が存在する ルービック キューブ構想 と称する接触場面の教材バンク作成作業にとって重要な点をあげると次のような一連のステップを経ることになろう (a) 接触場面の観察 ( ビデオ撮り ) (b) 接触場面の目録化 ( 位置づけ ) (c) 接触場面から得られる素材の仕分け さらにこれらのステップを経て教材バンクに 貯蓄 される素材を日本語学習者 日本語教育者の要望に応じて具体的な教材に仕上げるための プログラム化 が必要となる (d) 教材化プログラム : 言語活動のプール を枠組みにした 即時的プログラ 23
ム と 非即時的プログラム の作成 紙数の関係から詳細は述べられないが このプロセスは次のように概念化できる 図 1: 接触場面の教材化 欧州に居住する日本語使用者が遭遇するであろう接触場面は大別して欧州内のもの (Euro-based) と日本国内のもの (Japan-based) に分けられよう 上の碁盤目の図がそれを表す 縦軸は 欧州性 (Euro-based) を 横軸は 日本性 ( JAPANbased) の位置を表す 横軸の右端下部は欧州人が京都の清水寺で修業し どっぷりと 日本漬け になる場面である 一方 左端縦軸の上部はブダペストの中心地で道に迷った日本人を発見し 日本語で道案内をする場面である もちろん このような物理的位置づけのみが接触場面の目録化に有効というわけではなく パリのど真ん中に伝統的日本家屋を作り そこで日本語のみで活動する典型的な 日本 を存在させたり あるいは その逆も可能だ また インターネットのように 国境のない世界 を背景にした接触場面もあり得る いずれにせよ 何らかの形で接触場面の目録化が必要である 一つの接触場面にはそれを構成するありとあらゆる言語的 / 非言語的要素が含まれ それがルービックキューブ型の教材バンクに 貯 24
金 される それぞれのキューブの正面には 当該の接触場面の 顔 があり その奥にはビデオ 文化 会話 文型 語彙 etc. が収まる それらはすべてにわたりリンクされ 必要とする教材プログラムへの 貸し出し が可能になる 教材プログラムの作成は 当該の接触場面のその場で必要とされる 即時的 なものから 長期的スパンにおいてプログラム化される 非即時的 なものに区分される 即時的であれ 非即時的であれ 教材のプログラム化は常に能力 ( プロフィシェンシー ) の向上を目指したものであるべきで その意味で 筆者 (2003 など ) が提唱する 言語活動のプール仮説 は有用だ 詳細を述べる余地はないが 私達の生活は段階的難易度からなる言語活動で成り立っているという仮説である 遂行の容易な 自己紹介 型通りの挨拶 などは プール の浅いところにあり 一方 核問題 少子化問題 など抽象的議論を必要とする活動は遂行が困難な プール の深いところにあり 接触場面で行われる活動もその仮説に準じてプログラム化すべきだという考えである また そのプログラム化は CEFR など当該の教育機関に直結した標準化も無視すべきでないことは言うまでもない 4 まとめ本稿では Cook (2003) の言う L2 User の概念をもとに接触場面における日本語使用が日本語のプロフィシェンシー向上の原点であるという接触場面仮説を提唱した 新たな接触場面 ( 文脈 ) への遭遇はその場で必要とされている正当なインタラクションを遂行する過程において新たなスキーマを生み その後の接触場面への遭遇を容易にする さらに日本語教育の原点たる接触場面に基づいた教材作成は日本語使用者自身を主体にした個別性も保証すると同時に ルービックキューブ構想 のもと 多元的 多角的な広がりを持つものになる 今後 益々 接触場面の研究を深め このような第二言語の使用に不可欠のダイナミズムを反映した日本語教育の展開が望まれる 注. 1 本稿は 2010 年 8 月末にブカレストで開かれた欧州日本語教師会のための基調講演原稿を書き改めたものである 紙数の都合でかなり削らなければならなくなったことをお断りする 2 いわゆる FLA (Foreign Language Acquisition) と SLA (Second Language Acquisition) のこと 3 これらの能力基準に関する詳細は鎌田 嶋田 迫田編 (2008) を参照のこと 4 但し 接触場面を in the target culture におけるそれとするのは必ずしも現実的とは言えない 第二言語の学習 使用の大半は目標言語圏であるのではなく 外国語で行われる この仮説は目標言語圏を理想化 ( モデル化 ) している印象を免れない 5 本章は 2008 年夏の欧州日本語教師会 ( トルコ チャナッカレ ) で発表した鎌田 由井 (2009) の論考を加筆修正したものである 6 多くの接触場面研究では 規範 という表現が使われるが ここではむしろ ノーム とする 25
< 参考文献 > Cook, V. ed (2003) Portraits of the L2 User. Multilingual Matters Ltd. Hadley, A. (2001) Teaching Language in Context Third Edition-. Boston: Heinle & Heinle Krashen, S. (1982) Principles and Practice in Second Language Acquisition. Oxford: Pergamon 鎌田修 (2003) 接触場面の教材化 接触場面と日本語教育 ネウストプニーのインパクトー 宮崎里司 ヘレン マリオット編 pp.353-370. 明治書院鎌田修 ( 代表 )(2000-3) 多元性のある日本語教育教材研究及び作成 欧州広領域での使用を目指してー 科学研究費補助金基盤研究 (A)(2)12358001 鎌田修 嶋田和子 迫田久美子 (2008) プロフィシェンシーを育てるー真の日本語能力を目指してー 凡人社鎌田修 由井紀久子 (2008) 文脈の文型化 の意味するところ 欧州における日本語接触場面とその教材化 ヨーロッパ日本語教師会 Vol. 13. ネウストプニー J.V.C.(1995) 新しい日本語教育のために 大修館書店 26
口頭発表
初級日本語コース "Can-do" 化の提案と実践 - 学習者の自己評価を基に - 三浦香苗, 笹原幸子, 高木佳奈, 松田真希子金沢大学 要旨本研究では, みんなの日本語 と Can-do を融合させた初級コースデザインを設計することを目的に,1) 各課の学習事項の Can-do statement 化,2) そのリストを用いた学生の定期的な自己評価収集,3) 教師と学生の対話形式の口頭試験による 2) の自己評価の妥当性チェック,4) その結果の分析を行った みんなの日本語 の CEFR との対応については既にケルンシラバス ( 三矢 2009) 等でも行われている 本稿のポイントは, 教師が作成した Can-do リストを学習者に定期的に自己評価させ, 更にその評価の妥当性について教師が会話試験で確認したことである その結果,1)Can-do 項目毎の到達過程,2) 自己評価と教師評価との相関等が明らかになった これらの検証結果に基づいて, 各課の入れ替え, 削除 修正を行うことにより, みんなの日本語 をより効果的に活用することが可能になる キーワード CEFR, みんなの日本語, 自己評価,the Can-do statements 1 はじめに近年, 初級日本語教育はコミュニケーション能力の育成に比重が置かれ, 概念 機能シラバス (Notional/Functional Syllabus) に基づく教材も多く出版されている 一方, 世界の多くの日本語教育機関では構造シラバスに基づく みんなの日本語 が用いられている 訳本の充実度や副教材の豊富さを考えると, 多文化クラスである日本の大学の留学生センターで みんなの日本語 を用いることのメリットは大きい しかし, みんなの日本語 でコミュニケーション力を養成するためにはコースデザイン上の工夫が要求される そこで, 本研究では, みんなの日本語 と Can-do を融合させた初級コースデザインを設計することを目的に, 以下のことを行った すなわち 1) 各課の学習事項の Can-do statement 化,2) そのリストを用いた学生の定期的な自己評価収集,3) 教師と学生の対話形式の口頭試験による 2) の自己評価の妥当性チェック,4) その結果の分析, である その結果, みんなの日本語初級 1 の中に初級前半レベルとしては困難な項目があること, その項目については実際に教師の評価も学習者の評価も低いこと, 等を明らかにした 2 先行研究 みんなの日本語 と CEFR との対応や Can-do 化については, 既にケルンシラバス ( 三矢 2009) 等でも行われている また, 初級から上級レベルまでの日本語学習項目全体の Can-do 化と学生に対する自己評価の試みには村上 (2008) もある ケルンシラバスは, 事前にケルンでの日本語学習に必要な Can-do 項目をリストアップした後, その Can-do 項目を, みんなの日本語 の中で最も該当する課に振り分け, 各課の目標としている その場合,Can-do 項目が振り分けられなかった課を, どのように位置づけ, 扱うのかが問題となる 27
本稿では, ケルンシラバスとは逆に, 教師が みんなの日本語 の各課の活動から Can-do リストを作成した そして, 学習者に定期的に自己評価させ, 更にその評価の妥当性について教師が会話試験で確認した これにより, 全ての課の妥当性の検証が可能になるだけでなく, 日本で学ぶ留学生が, どの項目を早く身につけ, どの項目を遅く身につけるかの傾向も明らかになると考えられる 3 調査概要 3.1 みんなの日本語 の Can-do リスト化本稿では, まず みんなの日本語 全 50 課の応用問題 ( 練習 C, 会話 ) 等を参考にし, そこで達成されるタスクから Can-do リスト化を行い, その後 CEFR の基準との対応付けを行った Can-do リストについては Speaking and Listening ( SL ), reading ( r ), writing ( w ) の 3 種類を作成した リストは, 今回の分析に関係する みんなの日本語初級 Ⅰ の 1 課 ~25 課までの Can-do 項目チェックリストである リストの作成にあたっては, 村上 (2008) の手法を参考に, いつ だれに どのような状況で 日本語を使うかがわかるような情報を Can-do statements の中に含めた また, それに加えて,CEFR のレベルとの対応づけが明らかになるように, in simple terms, 等の表現を追加し, その言語行動をどの程度の日本語で行うかの情報を追加した CEFR との対応付けについては,CEFR のガイドラインと, 吉島 大橋 (2008), 塩澤 石司 島田 (2010) の Can-do のレベル別特徴一覧を参考にした 学生に対して実施する調査票の体裁については, 村上 (2008) を参考にした 1 3.2 学生による Can-do 評価の実施今回は大学院入学前予備教育である日本語研修コースの学生に対し調査を行った このクラスには国費留学生のほか, 時間に余裕のある大学院生や研究生も参加している コース開始時には日本語能力を持たず, コース終了時に日本語能力試験 N4 ( 旧試験 3 級に相当 ) 合格を目指すクラスである クラス概要と学生の身分と出身国を表 1 に示す 調査期間は 2010 年 4 月 ~6 月である みんなの日本語 25 課までに実施した計 4 回の定期試験後,Can-do 自己評価シートを配布し, 記入させた 記入させる際は reading, writing にかかわる項目 ( 全 63 項目 ) も自己評価させたが, 本研究では, 口頭能力の変化を分析するため,Speaking and Listening にかかわる 42 問を分析対象とした 28
3.3 教師による評価 3.3.1 口頭試験の概要学生による自己評価の妥当性をチェックするために, 教師による評価も行った 教師による評価は, 全 4 回の定期試験で実施される筆記, 作文, 口頭試験のうち, 口頭試験を Can-do 自己評価シートの項目に対応させるよう考慮した 口頭テストは二部形式で, 第 1 部はウォーミングアップ, 第 2 部はタスク達成型で構成される 学生 1 人にかけるテスト時間は, 第 1 部, 第 2 部を通して 10~15 分程度で, 指示文はすべて英語で与えた ウォーミングアップは教師による QA の形式で行い, タスク形式で選択した Cando 項目以外の項目をいくつか選択し, それらの達成度を見た タスク形式では試験範囲に対応する Can-do リスト内からタスク形式に相応しく, 且つ重要度の高い 2 項目をタスクとして選択し,Situation1,Situation2 として学生に与え, 評価した 3.3.2 口頭試験の評価方法第 1 部, 第 2 部ともに達成度を 5 段階に区切り, 全体的能力評価 (interactive assessment) を行った タスクがほとんど達成されなかったと見られた場合は評価 1, 不足はあるが何とかタスクが達成された場合は評価 3, このレベルでは十分に達成されていて優れていると見られた場合は評価 5 をつけた また, 同時に 5 つの規準項目を設けた要素分解評価 (component scoring) も行った 規準項目は 文法 構文 個々の文法 音声 語彙 タスク達成 で, 評価基準は 1~5 の 5 段階である 4 結果と考察 4.1 CEFR 基準との関係 図 1 に学生による Can-do 項目の自己評価 (Speaking and Listening, 全 44 項目 ) を示す これは 25 課終了時に行った第 4 回目の評価結果である このグラフは, 各項目のクラス全体の平均点を示し, さらに,CEFR の基準との対応で区別されている Can-do 項目は, 教科書に出現する順に提示した CEFR の低い項目から徐々に高い項目が出現している傾向が見て取れることから, みんなの日本語の提示順と CEFR 29
はおおよそ対応していると言える 同時に学生の評価は全体的に右下がりの傾向を見せている そのため,A1 はよくできるが,A2,B1 と進むに従って, 難しいと評価していることが分かる また, 各項目の評価平均は, ほとんどが 2.5 以上で, 終わりの方にある 4 項目だけが 2.5 未満である 2.5 以上であることの意味は, Maybe I can 以上の自己評価だということであるため, これにより, 学生は,4 つの 2.5 未満の項目をのぞいて, できるようになったと思っていることがわかる 次に特に高い評価のものと, 特に低い評価の Can-do 項目について見る 表 2 は自己評価が高い項目, 表 3 は自己評価が低い項目を示している 2 高い評価の Can-do には, あいさつ等の定型表現をおぼえれば達成可能なものが多くみられた 一方, 低い評価のものには, 単文でのタスク達成が困難な B1 レベルのものが多くみられた しかし,A2 レベルの L41(Ch16) の自己評価が低いのはなぜだろうか この原因の考察は 4.2 でも述べるが, modest という言葉から推察される言語行動を, 学生が既習項目と結びつけられなかったことによると思われる 実際に学生の一人が, 自己評価後, どうすれば modestly に話せるかを尋ねてきた 日本語が上手ですね とほめられたら, いいえ, まだまだです と言えばいいのよ と言うと, 皆 なあんだ, そんなことだったのか と言って大笑いした 受講生は学部卒業以上で, 具体的な文型と, それを機能的に表現した Can-do 項目を結びつける抽象化能力があると想定していたが, ポライトネスと言語形式を結びつけることは難しいようである 30
4.2 到達のしかたのバリエーション次に到達のしかたのバリエーションについて述べる 1 回目から 4 回目の自己評価を実施した結果, 最後の回に至るまでの過程に 4 つの傾向があることがわかった 図 2 にその結果, 表 4 にその概略を示す タイプ 3,4 については具体例を挙げる 分析の結果,CEFR で A1 相当と考えられる項目は, 第 1 回目から高い評価となった タイプ 1 とタイプ 2 については問題なく習得できたと言える タイプ 3 は, 最初から一貫して評価が低い項目だが, その原因として次のことが考えられる 一つ目は, 項目の表現の問題である 先述した modest (SL41) や politely (SL43) という抽象的な条件が含まれた項目は, その概念が日本語の文型 文法 表現と, どのように結びつくかを, 学生はすぐ思い付くことができなかった, あるいは, 難しく考えすぎた可能性がある 二つ目は, 提示順序の問題である タイプ 3 は学期後半に学習する項目に集中していることから, 学生が学期後半に出てくるものは難しいと感じていた可能性もある また SL23 に関して言うと, on the telephone (SL23) という条件は, 音声言語のみで要求を伝えることになるため, 必要以上に難しく考えた可能性がある その他, タイプ 4, つまり 3 回目までは上がったが 4 回目で下がったものについては, 習得が進むにつれて言語行動のイメージが具体化し, 難しさに気づいた可能性がある 31
4.3 自己評価と教師評価との相関学生の自己評価と教師評価との相関関係を表 5, 表 6 に示し, それぞれの表の下に該当する項目内容を挙げる 教師は,42 の Can-do 項目中,24 項目を定期試験の口頭試験で評価した そのうち, 相関のあったものは 6 項目だった 教師も学生も高く評価した Can-do 項目も低く評価した Can-do 項目もそれぞれ 3 項目であった 高く評価した 3 項目はいずれも弱い相関であった これらは みんなの日本語 の 8 課と 11 課 (8 課は形容詞 11 課は助数詞 ) という比較的早い時期に学ぶ これらは具体的な内容で, 単文での回答も容易である 教師側の客観評価に裏付けされたことより, この 3 つは, 学期中に達成された項目だと言える 低く評価した 3 項目については,SL51 に強い相関があり,SL44, 57 は弱い相関となった (1) Chap.8 SL19 I can explain or describe the features of things and places in simple terms. (A2) (2) Chap.8 SL20 I can express my impression of a thing, a place, or a person in simple terms. (A2) (3) Chap.11 SL26 I can ask to send a package at the post office. (A2) 32
(4) Chap.17 SL44 I can explain my health problems and symptoms to the doctor in simple terms. (B1) (5) Chap.21 SL51 I can state my opinion and give information in simple terms. (B1) (6) Chap.25 SL57 I can talk about a hypothetical situation (using if ~ ). (A2) どの項目も みんなの日本語 1 の後半に出現するものである 特に強い相関のある SL51 は, in simple terms と付け加えられているにもかかわらず, 学生も教師も低く評価している つまり, 意見を述べたり情報を発信したりするという Can-do は, 初級前半では達成しにくいと言える しかし, 他の 18 個の Can-do には相関がみられなかったため, 自己評価の妥当性を裏付けられないということになる このような結果を得た原因として, 学生の自己評価, 教師の客観評価の方法等に問題があったと考えられる 5. まとめと今後の課題本研究では, 初級日本語コースの Can-do 化の一案として, みんなの日本語 の学習項目の Can-do リスト化と, そのリストを使って学習者が定期的に自己評価する試みについて報告した その結果, 以下の結果が得られた 1) 習得の難易度をみると,CEFR の A1 相当のものは, 初級前半コースの初期に容易に習得できる A2 相当のものは, 習得が容易なものとそうでないものがある つまり,A2 については精査する必要があるだろう そして, B1 相当のものは習得しにくいものに入るため,B1 を, みんなの日本語 Ⅰ から排除し, 異なる Can-do に切り替えるという選択も考えられる 2) 学生の自己評価と教師による客観評価で相関があったものをみると, 具体性のあるタスクは達成されやすく, 抽象的なものや, やや高度なものは達成されにくいということがわかる コースデザインをする際には, このことを踏まえて, クラス活動の内容を考えなければならない 今後の課題としては下の 4 点が挙げられる 一つ目は今回作成した Can-do statements の妥当性である 項目自体が妥当であったかという点では, 授業と試験で扱った大切な項目を網羅できていなかった部分がある たとえば, パーティーで初歩的な socializing のための会話ができる などが入っていなかった 表現では, 抽象的表現や modest や polite という言葉を用いた場合, その具体的な意味を留学生に伝えるべきであった また, 使用言語の妥当性で言えば, 今回は英語で Can-do 項目を作ったが, 英語の不得意な学生のためには, できれば学生の母語で作りたかった 33
二つ目は回答者の特性の問題である 回答者には, 自分に厳しい者と甘い者がある その差が回答に影響したはずである この点についても次稿にて明らかにする必要がある 三つ目は, 教師による評価の有無である 学生にさせたのと同じ Can-do 用紙を使った評価を行うことで より相関が明らかになるはずである 最後に, 自己評価と客観評価の相関があった Can-do 項目が少なかったということは, 評価の方法などに問題があったこともその要因だが, ある意味で, 評価というものが当てにならないことを示している これは教育というものが孕む大きな問題だ 学生が うまくいかない と思うとき, そう思う理由を見極めるのは難しい 教師側から何ができるか, 学生側は何をするべきか等, 今後追求していく必要がある 注. 1 ただし Can you do the following tasks in Japanese? という問いに対する選択肢は 独自の尺度を用いて 4: Yes,3: Maybe yes,2:maybe no, 1: No とした 2 MN というのは, みんなの日本語初級 Ⅰ を指す また,SL1,SL2 は,Can-do の識別番号を表わしており,SL は Speaking and Listening の略である < 参考文献 > 塩澤真季, 石司えり, 島田徳子 (2010) 言語能力の熟達度を表す Can-do 記述の分析 -JF Can-do 作成のためのガイドライン策定に向けて -, 国際交流基金日本語教育紀要 第 6 号,pp.23-38. 三矢真由美 (2009) JF 日本語教育スタンダードの試行を通した初級講座シラバスの見直し - 講師の協働によるコース改善 -, 国際交流基金日本語国際センター 20 周年記念シンポジウム 日本語教育スタンダード その活用と可能性 予稿集村上京子 (2008) 日本語学習者の能力記述によるレベル表示, 名古屋大学留学生センター紀要 6, pp.49-60. Council of Europe, 吉島茂 大橋理枝他訳 (2008) 外国語の学習 教授 評価のためのヨーロッパ共通参照枠 初版第二刷, 朝日出版社 34
日本語学習者の自律学習を促すシャドーイングの実践と気づき 発音の滑らかさの向上を目指した練習方法に関する一考察 戸田貴子 大久保雅子早稲田大学 早稲田大学日本語教育研究センター 要旨本研究では 学習者の自律学習におけるシャドーイング練習の実態を明らかにするために 日本語学習者 56 名を対象に調査を実施した その結果 学習者は様々なリソースを選択していることがわかった また 長い時間練習すればその分気づきが生まれるわけではなく むしろ短い時間の練習の継続が重要であることが明らかになった さらに 授業で導入した日本語の音韻知識がシャドーイング実践における気づきを促すことが明らかになった キーワード シャドーイング リソース シャドーイング時間 自律学習 気づき 1 はじめに本研究では 発音の滑らかさを高めることを目標とした教室活動にシャドーイングを導入し 自律学習を促す発音練習の方法について考察する 本研究で扱うシャドーイングとは 音声面に焦点を当てたプロソディー シャドーイングを指す 1 Schmidt (1990) は 気づき仮説 を唱え 言語学習における 気づき の必要性を主張している この 気づき は 発音を滑らかにするための練習においても重要であると考えられる そこで本研究では 学習者にシャドーイングの自律学習を促し そこでどのような気づきが生まれているのかを観察した この観察から 気づきを促す要因を探る 2 先行研究高橋 松﨑 (2007) では 上級学習者 3 名を対象にシャドーイング練習を行い 音の高低に顕著な向上が見られたこと 音の高低を長期間記憶できたこと そしてモニター力の活性化や発音意識の向上がみられたことを指摘している また 望月 (2006) では 日本語を履修している留学生 50 名を対象にシャドーイング授業を行い アンケート調査を実施した その結果 学習者は日本語授業へのシャドーイングの導入について有効性を認めており 聞き取れるようになった気がする 短期記憶が強化された気がする 発音がよくなった気がする いろいろな単語が覚えられた気がする といった効果を感じていることが報告されている 唐澤 (2010) では 短期間 (5 日間 ) のシャドーイング練習 (1 回 30~40 分 ) が及ぼす同一個人内 ( タイ人 : 中上級 ) の変化を検討した シャドーイング練習前後の音読を比較したところ 文の切れ目の発音 声門閉鎖音 アクセントが改善された しかし 気づき を促すための効果的なシャドーイング練習を検討した研究は 管見の及ぶ限り見当たらない 3 本研究の目的本研究の目的は 学習者にシャドーイング練習の自律学習を促した場合 どのような練習を行い どのような気づきが生まれるのかを明らかにし 最終的には 発音の滑らかの向上を目指す練習方法を提案することである 35
4 調査 4.1 調査協力者本研究の調査協力者は早稲田大学日本語教育研究センター設置の発音クラスに在籍する学習者 56 名 ( 中級 29 名 上級 27 名 ) である なお 発音クラスでは 週に 1 コマ (90 分 ) コミュニケーションのための日本語発音レッスン を使用して授業を行っている 2 4.2 調査方法本研究では 8 週間におよぶ調査を行った まず 学習開始時に 日本語でシャドーイング PartⅠ 解説編 シャドーイングとは 3 を見せて練習方法を説明した 次に PartII ナレーション編 東京の魅力発見 4,PartIII 会話編 ベストフレンド 5 を使用して シャドーイング実践を行った その後, 毎日シャドーイング練習をすることを促し 毎週一回の授業で シャドーイング振り返りシート を提出する課題を与えた シートには 学習者自身が日本語のリソースを選択し シャドーイング練習を行って 練習の頻度 ( 週何回 ) リソース ( ニュース 映画 教材等 ) の種類 練習時間 ( 何分 ) を記入した 図 1 シャドーイング 振り返り シート 36
5 調査結果調査の結果 次のことが明らかになった (1) 学習者が選択したリソースは ドラマ (303 件 ) ニュース (302 件 ) アニメ (206 件 ) が多かった ( 図 2) また その他には 表 1 のように様々なリソースがみられた (2) シャドーイング実践をとおして 気づきが得られた学習者を上位群 気づきが得られなかった学習者を下位群 ( 上位 :18 人 下位 :31 人 ) として一回あたりのシャドーイング時間を比較したところ 必ずしも上位群の学習者の練習時間が長いわけではなく 下位群の学習者のほうが一回あたりの練習時間が長いこともあった このことから 短時間でも練習を継続していくことが気づきを促す可能性があることがわかった ( 表 2) (3) 気づきの内容を分類した結果 アクセント イントネーション 単音 特殊拍 に関するものが多かった ( 図 3) なお 学習者の気づきの例を表 3 に示す この結果から 気づきの内容が授業で導入した音声項目と連動していることが明らかになった 表 1 図 1 の その他 のリソース例 天気予報実際の会話オンデマンド教材ゲーム CM 歌ラジオ番組電車のアナウンス放送大学セミナー 図 2 学習者が使用したリソース 表 2 一回あたりのシャドーイング時間 気づき の有無平均最小値最大値 あり 群(18 人 ) 8.62 分 3.56 分 18.81 分 なし 群(31 人 ) 10.55 分 2.66 分 48.33 分 37
図 3 気づきの内容 表 3 学習者の気づき ( コメント例 )( 原文のまま ) 今週の練習を通じて 日本語のイントネーションが違うと 意味が変わってしまうということに気がつきました ( 中級 ) 今週動詞のアクセントを勉強していたから もっと動詞の発音に気がつきました ( 中級 ) 日本人の中で 特に ふ の発音は 人によって違います ( 中級 ) 自分の発音はロボットみたい 感情が入らないことに気がつきました ( 中級 ) 日本語はさいしょの文 会話は ( 山 への字 ) 日本に来る前 私は日本語は ( 波 ) みたいだと思います ( 上級 ) 私の長音が時々間違えたと思いました ( 上級 ) リズームがわかってきた気がします 自然なリズームというか ことばとことばのつなかりがわかってきました ( 上級 ) よく聞くとアクセントが聞こえる ( でもまだむずかしい )( 上級 ) 6 考察本調査結果から 学習者が選択したリソースには様々なものがあることがわかった シャドーイング練習を継続するためには 学習者の興味関心があるリソースを選択することが必要であると思われる また 長い時間シャドーイングをすればその分気づきが多く生まれるというわけではなく 短い時間のシャドーイングを継続することが重要であることが示唆された さらに 8 週間の調査期間中 毎週一回の授業では音声項目を導入し 練習を行ったが 気づきの内容がこれらの音声項目と連動していることが示唆された 戸田 (2009) では 学習成功者に共通する特徴として メタ言語として日本語音韻を学習していること およびシャドーイングを教室外でも継続していくことの重要性が挙げられているが 本研究においても 日本語音韻の知識とシャドーイング練習の継続により気づきが生まれ 習得へとつながっていくと考えられる 以下は ある上級学習者のコース終了時の感想である 38
クラスでいろいろな練習をしたが 一番役に立つのは シャドーイング練習だと思う ゆえに毎日シャドーイング練習をしてから自分の発音についていろいろなことをわかってきた たとえば 言葉の間違った発音やリズムやイントネーションの問題もやっと自然に気がついた ( 中略 ) コミュニケーションのための発音の講義で日本語の発音について様々なことを気がついた さらに私の発音も相違や間違いは 気がついてきた オンデマンド講義とシャドーイング練習のおかげで私の発音の意識が上がったと思う それにシャドーイング練習を通じて私は 発音がある程度改善したと思うので今から練習を続きてどんどん進歩したいと思う ( 原文のまま ) 7 まとめ本研究では 8 週間の調査期間中 学習者にシャドーイングの自律学習を促した その結果 学習者は様々なリソースを自分で選択していることがわかった また 長い時間練習すればその分気づきが生まれやすくなるわけではなく むしろ短い時間の練習の継続が重要であることがわかった さらに 授業で導入した日本語の音韻知識がシャドーイング実践における気づきを促すことが明らかになった 以上のことから 発音の滑らかさの向上を目指す場合 シャドーイングを使った自律学習は可能であることが示唆された また 授業での音韻知識の導入がシャドーイング練習における気づきを促すことが示された これらのことから 発音の滑らかさの向上のためには ただシャドーイングを行うだけではなく 音韻知識の導入と連動した練習が効果的であると考えられる 注. 1 シャドーイングとは 外国語の音声を聞いて すぐあとについて同じように発音する練習方法である シャドーイングには 意味理解に焦点を当てたコンテンツシャドーイングと音声面に焦点を当てたプロソディ シャドーイングがある 2 授業で導入する音声項目は 日本語の音 ( 母音 子音 特殊拍 ) 日本語のリズム 話しことばの発音( 縮約形 ) 名詞のアクセント い形容詞のアクセント 動詞のアクセント オノマトペ イントネーション ポーズ フォーカス プロミネンス などである 3 PartⅠ 解説編は 教師と学生の配役により, 教師が練習の目的を述べ, 練習方法を解説し, 学生が実際にシャドーイング, マンブリング, サイレント シャドーイングを行っている様子をわかりやすく伝えるように映像化したものである 4 PartII ナレーション編はモノローグ練習用で, 使用後は, 学習者自身が関心のあるニュースやドキュメンタリーを選択し, 練習を継続していくことが意図されている 5 PartIII 会話編ではダイアローグ練習を行い, 学習者が好きなドラマや映画を使って, シ ャドーイング練習を継続していくことが意図されている 39
< 参考文献 > 唐澤麻里 (2010) シャドーイングが日本語学習者にもたらす影響 : 短期練習による発音面および学習者意識の観点から お茶の水女子大学人文科学研究 6,pp. 209-220 迫田久美子 松見法男 (2004) 日本語指導におけるシャドーイングの基礎的研究 わかる から できる への教室活動への試み 2004 年度日本語教育学会秋季大会予稿集 日本語教育学会,pp.223-224 迫田久美子 松見法男 (2005) 日本語指導におけるシャドーイングの基礎的研究 (2) 音読練習との比較調査からわかること 2005 年度日本語教育学会秋季大会予稿集 日本語教育学会,pp.241-242 迫田久美子 古本裕美 橋本優香 大西喜世子 坂田光美 松見法男 (2007) 日本語指導におけるシャドーイングの有効性 学習者のレベルの違いに基づいて 日本教育心理学会総会発表論文集 No.49, 日本教育心理学会,pp.477 高橋恵利子 松﨑寛 (2007) プロソディーシャドーイングが日本語学習者の発音に与える影響 広島大学日本語教育研究 17,pp.73 80, 広島大学大学院教育学研究科高山芳樹 (2007) シャドーイング スキルは英語運用能力の指標となりうるか 英語論考 36, 東京学芸大学英語合同研究室,pp. 11-21 玉井健 (1992) follow-up の聴解力向上に及ぼす効果および follow-up 能力と聴解力の関係 STEP BULLETIN Vol.4, 日本英語検定協会,pp.48-62 (1997) シャドーイングの効果と聴解プロセスにおける位置づけ 時事英語学研究 第 36 号,pp.105-116 (2005) リスニング指導法としてのシャドーイングの効果に関する研究 風間書房戸田貴子 (2004) コミュニケーションのための日本語発音レッスン スリーエーネットワーク戸田貴子 (2009) 日本語教育における学習者音声の研究と音声教育実践 日本語教育 142,pp.47-57, 日本語教育学会戸田貴子 大久保雅子 (2009) シャドーイング実践における学習者の 気づき 中級 上級との比較から 早稲田大学日本語教育学会 2009 年秋季大会,pp.16-17 望月通子 (2006) シャドーイング法の日本語教育への応用を探る 学習者の日本語能力とシャドーイングの効果に対する学習者評価との関連性を中心に 視聴覚教育 29,pp.37 53, 関西大学 Schmidt, R.W.( 1990) The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11/2, pp129-158. 日本語でシャドーイング http://www.gsjal.jp/toda/shadowing.html(2010 年 12 月 17 日 ) 40
日本語文における意味的関係 言語形式と韻律 代田智恵子パリ第 3 大学大学院 要旨文の構成要素は 述語との意味的限定関係の有無によって 限定 と 前提 という 2 つのグループに分けられる この意味的限定関係は 言語形式 ( 助詞 動詞の活用形など ) 語順 そして韻律の 3 つの要素で表示され これらの要素は互いに相補関係にある 日本語では この意味的関係が言語形式で表示される場合が多いため 言語形式を手掛かりとして 意味的限定関係に対応した韻律を規定することができると考えられる キーワード 言語形式 語順 限定 前提 ポーズ 1 はじめに日本語では 書き言葉と話し言葉の違いについて言及されることが多い しかし 話し言葉でも スピーチや口頭発表などの独話と二人以上で交わす会話との間にも違いがあり 前者は言語形式としては書き言葉により近いが 音声を伴うという点では話し言葉である このような独話の指導においては 日本語教育では 原稿作成に関する教材は多いが 音声指導の教材は少ない また その音声指導の教材でも 例文を使った指導はできるが 実際の原稿を発話する際の音声指導をどうするかという点では まだ十分だとは言えない それは 単語より上位の句や節の韻律 ( 音調やポーズ ) の単位については 意味のまとまり ということばで解説されてはいるものの その意味のまとまりとは何なのかを 学習者あるいは教師が自律的に知り得るような体系的な記述がないからである 先行研究においては この意味のまとまりについて いわゆる曖昧文の構造を区別する枝分かれ あるいは 連体修飾における意味的限定関係という点から分析したものは あるが それでもまだ一側面に過ぎない そこで本稿では フランス語の話し言葉を分析した Morel et Danon-Boileau (1998) の理論 ( 以下 GI 理論 ) を援用し 日本語の述語と他の構成要素との意味的関係が 限定 と 前提 という 2 つ 1 に分けられることを提示する その上で これら 2 つの関係が フランス語においてはイントネーションや語順によって表示されるのに対し 日本語の場合は 主として言語形式 ( 助詞 動詞の活用形など ) で区別され さらには これらの関係によって文の韻律 ( ポーズ 音調など ) も規定されることを示す 2 意味的関係 : 限定と前提 2.1 単文の意味的限定と音調郡 (2008) では 連続する 2 つの文の成分 X と Y について Y のアクセントが弱化する 2 場合の主要因は X と Y の統語構造的な違いではなく 意味的限定の有無であると主張している その意味的限定とは X が Y の 指示範囲を限定している こと または 可能な成分の集合から一部を限定的に指定している ことと定義し 41
この X と Y について次の 3 つの成分関係を挙げている a. 連体修飾成分と名詞例 : 奈良のもみじ スイスのビール ( 飲み物 ) b. 連用修飾成分と述語例 : じっくり見た c. 補充成分と述語例 : もみじを見たこれに対し a や b の 2 成分間では 意味的限定関係がないもの ( 非限定 ) があり その場合 後続成分 Y のアクセントは弱化しないとしている a. 連体修飾成分と名詞例 : 奈良の法隆寺 スイスのビール ( 地名 ) b. 連用修飾成分と述語例 : 実は見たつまり 連続する 2 つの文の成分の音調は その 2 つの成分の意味的限定関係の有無によって決まるということである しかし このように連続する 2 つの文の成分の音調が規定できたとしても 文全体の音調など アクセント以外の韻律はどう実現すればいいのか さらには 複文における節間の関係はどうなるのかがわからなければ 実際の発話の韻律は規定できない 2.2 複文における節の限定関係複文については 益岡 (1997) で 述語や主節全体を修飾する連用節 3 の限定関係という観点から 詳細な分析が行われている 益岡 (1997) では 時を表す連用節 ( 時間節 ) のうち ときに と とき あとで と あと のように 格助詞( に で ) の有無による2つの連用節の機能の違いについて 格助詞を伴う節は 主節の事態のあり方を限定する 機能を持つ格成分となるのに対し 格助詞を伴わない節はそのような限定機能を持たず 事態の叙述に必要な前提的( 予備的 ) 情報を提示する 機能を持つ状況成分となるとしている (1) 友達を待っていたときにこの考えを思い付いたのだ ( 限定 ) (2) 友達を待っていたときこの考えを思い付いたのだ ( 前提的情報の提示 ) また 単文における時間表現 7 月 4 日 ( に ) や 10 年前 ( に ) でも 格助詞の有無によって同様の機能の違いが見られること さらには 時間節以外の連用節についても 格助詞の有無 ( ために と ため ) 動詞のテ形と連用形 から と ので などには それぞれこのような機能上の異なりが見られると指摘している このことから 日本語の場合 時 目的 原因などを表す連用節は 節末の接続表現の言語形式がその連用節の限定機能を表示していると言い換えることができる これは フランス語や英語などで 時 目的 原因などを表す従属節が 接続表現の言語形式は同じであっても 主節に後続する場合に限定機能を持ち 主節に先行する場合には限定機能を持たない ( 非限定 ) というように 語順によって限定機能を表示していることとは異なる また フランス語では 従属節が主節に先行する場合は その節末のイントネーションが上昇するが 従属節が主節に後続する場合は 主節の節末のイントネーションが上昇するという音調上の違いもある 4 この語順と節末 ( 句末 ) のイントネーションに着目して フランス語の話し言葉の分析を行ったのが Morel et Danon-Boileau (1998) である 42
2.3 GI 理論の 前提 と レーム Morel et Danon-Boileau(1998) で提唱されている GI 理論では 話し言葉の特徴として イントネーション ( 音の高さ 強さ 長さの 3 要素の組み合わせ ) の役割の重要性を第一に挙げている その上で イントネーションが話し手の発話の構成と iconique( 類像的 ) に対応していると指摘し イントネーション パタンで発話の単位やその構成要素を分類することができるとしている 従って フランス語の話し言葉は paragraphe intonatif( イントネーション段落 以下 話段 ) という単位に区切られ その末尾は弱くて短い下降イントネーションで表示される そして 話段は préambule( 前提 ) 5 と rhème( レーム ) という二重構造からなっており 前提の末尾は強くて長い上昇イントネーションで表示される この前提に含まれる構成要素は 1)ligateur( 連結語 ) 2)point de vue( 視点 ) 3)modus dissocié( モダリティ表現 ) 4)cadre( フレーム : 時 所 条件 理由などの状況設定 ) 5)support lexical disjoint( レームの代名詞に先行する名詞 以下 SLD) の 5 つの要素がある 一方レームの基本構造は 1c est + X 2il y a X 3proV + X というもので 日本語では それぞれ 1) は名詞述語または形容詞述語の文 2) はいわゆる存在文 ( がある / がいる ) 3) は動詞述語の文にほぼ該当する 次の例文 (3) は 前提の 5 つの要素とレームの 3 で構成されている例である (3) 前提 : 1)tu vois 2)moi 3)je trouve fantastique 4)que dans ce livre 5)le héros ( でね )( 私は ) ( すてきだと思う )( この本では )( 主人公が ) レーム 3 : il reste pas comme ça ( このままじゃない ) また 時 所 条件 理由などの語句や従属節がレームの述語より後に続き 節末尾のイントネーションが下降する場合は レームに含まれる 従って 次の例文 (4) では là( そう ) tous à l heure( ついさっき ) や quand ( とき ) の従属節はフレームとして前提の構成要素となるが chez Kookaï(Kookaï ( 店の名前 ) で ) や pendant que ( あいだに ) の従属節はレームに含まれるのである (4) 前提 : 1)non mais 3)y a comme ça 4)là::: e::: 4)t(ous) à l heure hein ( っていうか )( こう なんか )( そう えーと )( ついさっきだけどね ) 4)quand on vu la::: la soeur de Laurent ( いもう ロランの妹に会ったとき ) レーム 3 : e(lle) s'est fait piquer son manteau {60} e {20} chez: e:::: {20} chez Kookaï ou j' sais plus quoi {20} pendant qu elle essayait un truc ( えー どこだっけ えー Kookaï かどっかで 何か試着してるあいだに コートを盗られたって ) この時 所 条件 理由などを表す語句や従属節の語順とイントネーションによる分類の違いは 前項で述べた限定関係の違いを反映していると言える つまり 前提に含まれる場合は レームの述語を意味的に限定しておらず レームに含まれる場合はその述語を意味的に限定しているのである 2.4 限定と前提以上の先行研究を踏まえ 本稿では 文の各構成要素の意味的関係を限定機能の有無という点から次の 2 つに分ける 43
限定 :X は Y の指定範囲または事態の起こり方を限定する ( 限定機能を持つ ) 前提 :X は Y の背景的状況を設定する ( 限定機能を持たない ) そして Y が述語の場合 X となるものは ( 連用関係 ) 限定機能の有無によって基本的に次の4つに分けられる a. 格成分 : 述語の必須項 ( 主語 補語など ) で 限定機能を持つ b. 連用修飾成分 : 副詞や名詞 + 助詞 / 複合助詞など 述語のあり方を示す語句または節で 限定機能を持つ c. 状況成分 : 時 所 理由 条件などを表す語句または節で 限定機能を持たない d. モダリティ修飾成分 6 : いわゆる文副詞など 話者の評価的な態度や認識を表す語で 限定機能を持たないまた 状況成分は 2.2 および 2.3 で示したように 語順または言語形式によって限定機能を持つ場合もある ( 状況成分の限定化 ) 一方 格成分でも 2.3 の SLD のように フランス語では代名詞または関係詞で再表示されて述語との文法機能としては主語または補語となるものでも 意味的には述語を限定するという機能を失う場合もある ( 格成分の前提化 ) これと同様の現象と考えられるのが 日本語では は で表示される主題または題目と言われるものである つまり 主語や補語という文法機能を持っていても は で表示されることによって 意味的には述語を限定する機能を失うわけである 3 意味的関係の表示 3.1 限定と前提の表示前項 2.4 で述べたように 日本語の場合は 格成分が助詞 は によって前提化されるように 文の構成要素の意味的関係は言語形式によって表示される また 2.2 で示したように 状況成分が助詞 に によって限定化されることも同様である このように 日本語の文の構成要素で 言語形式によって意味的関係が表示されるものには次の 4 つの場合がある a. 格成分の表示 ( 限定の表示 ): 格助詞例 (1)(2) この考えを b. 状況成分の限定化 ( 限定の表示 ): 格助詞例 (1) 友達を待っていたときに c. 状況成分の限定化 ( 限定の表示 ): て形 例 (6) 全校集会が開かれて d. 格成分 限定化した状況成分の前提化 : は 例 (7)(8) 厚生省は ときには 例文 (5)(6) は 上記 c. の例である (5) では 臨時の全校集会が開かれ が状況成分となっており まず臨時の全校集会という状況が設定されて その集会での出来事の一つとして事件の経過が報告されたという解釈になる 一方 (6) では 臨時の全校集会が開かれて が 報告された という述語のあり方を限定している つまり 全校集会を開くことに どうやって報告されたか という 手段 の意味が付加されたと解釈されるのである (5) 月ヶ瀬中学校では 今日臨時の全校集会が開かれ 事件の経過が報告されました (6) 月ヶ瀬中学校では 今日臨時の全校集会が開かれて事件の経過が報告されました しかし フランス語や日本語の時を表す成分で 今日 去年 など助詞 に 44
をとらないものや 所を表す語句で常に助詞 で を伴う構成要素のように 言語形式が変えられないものがある その場合は 語順によって意味的関係が表示される 従って 次の例文 (7) では 今日 は限定機能を持たない状況成分であるのに対し (8) は述語 発足させました のあり方 ( いつ発足されたか ) を限定している (7) 厚生省は今日専門家による対策検討会を発足させました (8) 厚生省は専門家による対策検討会を今日発足させました そして 2.1 の スイスのビール のように 言語形式も語順も変えられない場合には 意味的限定関係の有無が音調 ( 韻律 ) の違いのみで表示されることもある このように 日本語の場合 限定関係は まず言語形式 次に語順 そして韻律で表示される 3.2 意味的関係による基本語順日本語では 助詞によって主語や述語などの格関係が明示されるため 文の語順は英語やフランス語などの他言語に比べて制限がゆるやかだというように言われる しかし 連用修飾節と述語の語順は 英語やフランス語の従属節より語順の制限が強い つまり これまで言われてきた語順とは 格関係などの文法関係からみた語順であって 前項で述べたような意味的限定関係からみた語順とは異なる 従って 日本語のように助詞などによって文法関係が明示されたとしても 語順が変われば意味的関係が変わる あるいは 意味的関係が間違って伝わる可能性があると言えるだろう このような観点から見ると 文の基本語順というのは 文法関係だけではなく意味的関係にも基づいた語順だと考えられる この場合 日本語では述語は文末に置かれるため その述語を意味的に限定している構成要素は ( 限定 ) 述語の直前 限定していない要素 ( 前提 ) はそれより前という語順になる 連用関係の語順 : 前提 > 限定 > 述語ここで 限定に含まれる文の構成要素のうち 格成分を 主語 と 補語 に分け 連用修飾成分および限定化された状況成分を 連用語 ( 節 ) とし 前提の要素のうち 状況成分を 状況語 ( 節 ) モダリティ修飾成分を モダリティ語 助詞 は によって前提化された成分を 題目 とすると 連用関係の基本語順は次のように表される モダリティ語 状況語 ( 節 ) 題目 主語 補語 連用語 ( 節 ) 述語前提限定なお 各要素間の記号 は 各要素と述語の間の意味的関係がそれぞれ同じであるため 語順が入れ替わっても基本語順の範囲内とみなすもの は その要素間の述語との限定関係が異なるため この境界を越えた語順の入れ替えがある場合には 基本語順から逸脱するということを示している このように 日本語では意味的関係が言語形式で表示されていても 語順も意味的関係に基づいたものであることが基本となり 意味関係が理解しやすくなる さらに 文が発話される場合 その韻律が意味的関係に対応していれば 聞き手に意味的関係が正確に伝達され わかりやすい発話になると考えられる つまり 話し言葉の場合 意味的関係を表示する言語形式 語順 韻律の3つの要素が全て対応して実現された場合に 最もわかりやすくなると言えるのではない 45
だろうか 4 意味的関係と韻律 4.1 分析資料と方法そこで本稿では 実際に放映されたテレビニュースのリード文を資料として 7 文の意味的関係と言語形式 語順 韻律の 3 つの要素に基づいた分析を行った まず ニュースのリード文のうち 複文構造を持っているもの 93 文から 言語形式と語順によって 主節も従属節内も基本語順に一致するもの 61 文を選択した 次に 音響分析ソフト praat で ポーズとピッチを測定した その測定値を 意味的関係 ( 前提 限定 並列 ) および語の修飾関係 ( 連用修飾と連体修飾 ) によって分類し ポーズの挿入率と長さの平均値を算出した また ピッチについても分析を行ったが 本稿では紙幅の都合上 言語形式とポーズとの関係について述べることにする 4.2 言語形式による分類ここでは 3.1 で述べた言語形式で意味的関係が表示される構成要素のうち 連用修飾成分と状況成分について 資料で用いられている言語形式を分類したものを示す 連用節 : 動詞のて形 接続表現 + 格助詞 状況節 : 動詞の連用中止 接続表現 +φ( 格助詞なし ) 名詞述語 + で として ことから とともに まして ます / ましたが 連用語 : 時間表現 + 格助詞 によって にわたって にかけて と比べて 状況語 : 時間表現 +φ( 格助詞なし ) 名詞 + で として について に関連して をめぐって を前に を中心に を拠点に をきっかけに 次に 実際の分析例 (9) でポーズの位置 ( 空白部 ) と長さ ( 括弧内の数値 ) を示す また 文中の読点および括弧内の +as は息継ぎのあるポーズであること 記号 / は状況節または連用節の境界 [ ] は連体節または名詞節の境界をそれぞれ示している (9) 北朝鮮朝鮮民主主義人民共和国のキム ジョンイル書記は 非限定的連体語 (0.06) 題目 (0.34+as) / このほど南北統一問題に関する論文を発表し / / 状況節 / (0.61+as) 状況語 (0.12) 限定的連体語 補語 述語 /[ 韓国が望んでいる ] 南北直接対話の実施の可能性を示唆して / / 連用節 / (0.34+as) [ 限定的連体節 ](0.07) 限定的連体語 限定的連体語 補語 述語主語 述語 [ 食糧支援などで韓国政府が柔軟な対応をとるよう ] 迫りました [ 名詞節 補語 ] 述語状況語 (0.06) 主語限定的連体語 補語 述語 46
4.3 ポーズの挿入率と長さ次頁の図 1 は 節を伴う長い構成要素末とポーズの関係を示したグラフである 上から 1 連体節 + 主語 / 補語と述語 2 連用節と述語 という限定関係にある文の構成要素の境界 3 連体節 + 主語 / 補語と後続する主語 / 補語 4 連用節 + 主語 / 補語と後続する主語 / 補語 という述語との限定関係を持つ構成要素間の境界 5 連体節 + 状況語 6 連体節 + 題目 7 状況節という前提に含まれる構成要素末という境界におけるポーズの数と挿入率を示している このグラフ見ると 567 という前提に含まれる各構成要素の後にはほぼ 100% ポーズが入るのに対し 12 という述語と限定に含まれる構成要素の間にはポーズが入らないことがわかる また 述語と限定関係をもつ構成要素が複数ある場合 その要素間にポーズが入る率は 60% 90% である 図 2 は 節を含まない短い構成要素末とポーズの関係を示したグラフである このグラフでも 上から 1 連用語 2 主語 / 補語という限定に含まれる要素と述語の間 3 連用語と主語 / 補語 4 主語 / 補語と連用語または主語 / 補語という限定に含まれる要素間 5 状況語 6 題目という前提に含まれる要素末という順に並んでいる ここでは 表 1 ほど明確な差はないものの 12 はポーズが入らないのに対して 56 では 60% 90% の高率でポーズが入っている 次に 図 3 4 は図 1 と同様 1 7 までの節を伴う長い構成要素末 図 5 6 は図 2 の 2 6 までの節を伴わない短い構成要素末のポーズの長さと息継ぎの有無を示している これらの図からも 下段にある前提に含まれる要素末のポーズのほうが上段にある限定に含まれる要素末のポーズより長くなっていることがわかる 47
5 まとめ以上述べたことをまとめると 次のようになる 1) 文の構成要素は 述語との意味的限定関係の有無によって 限定 と 前提 という 2 つのグループに分けられる 2) 日本語の場合 この意味的限定関係は 主として言語形式 ( 助詞 動詞の活用形など ) で区別されるが 語順もこの意味的関係に基づいて設定される 3) さらに ポーズや音調という韻律も 意味的関係に基づいて実現される 4) 上記 2) と 3) から 日本語では 言語形式を手掛かりとして 意味的限定関係に対応した韻律を規定することができると考えられる 今後は この意味的限定関係と韻律との対応について 聴取実験で検証を行うこと また 資料を増やし 限定機能を表示する言語形式を網羅的に提示することが課題である 48
注. 1 これら以外に 並列 関係もあるが 本稿では言及しない また 代田 (2006, 2007) では この文の構成要素間の関係を 結合関係 と呼んでいたが 本稿ではこれを 意味的限定関係 と改める 2 郡 (2008) では アクセントが弱化する とは アクセントの高低変化が量的に少ない形で実現される こととし 窪薗 (1995) の ダウンステップ と イントネーション句形成 の双方を含むとしている 以下 用語 用例は郡 (2008) で用いられているもの 3 以下 用語 用例は益岡 (1997) で用いられているもの 4 フランス語には日本語のように弁別機能を持った語アクセントはなく 日本語の文節に該当する文の成分 syntagme の末尾は上昇イントネーション 文末は下降イントネーションとなる 5 以下 フランス語の用語 実例は Morel et Danon-Boileau(1998) で用いられているもので 括弧内の日本語訳や付加説明は筆者によるもの 6 モダリティ修飾成分 とは 仁田(2002) で使われている用語で 命題の担い表している事態の内容の増減に関与せず 事態に対する話し手の評価的な態度や認識的な捉え方の程度性や伝え方を表したもの だとされている これは 本稿でいう 事態の起こり方を限定する という機能は持たないと考えられること さらに GI 理論の モダリティ表現 の定義と共通するということから 前提に含まれる要素として このように呼ぶことにする ただし 仁田 (2002) の モダリティ修飾成分 には ねえ など GI 理論では連結語に分類されるものも含まれているが 本稿の モダリティ修飾成分 には ねえ などは含まない 7 分析資料の詳細については 代田 (1999, 2006) を参照されたい < 参考文献 > Morel, M-A., et Danon-Boileau, L. (1998) Grammaire de l intonation : L exemple du français oral. Paris: Ophrys 窪薗晴夫 (1995) 語形成と音韻構造 くろしお出版. 郡史郎 (2008) 東京方言におけるアクセントの実現度と意味的限定, 音声研究 第 12 巻第 1 号, pp.34-53, 日本音声学会. 代田智恵子 (1999) ニュース文の聞き取りと韻律 日本語母語話者による聴取調査, 日本学報 第 18 号,pp.117-132, 大阪大学文学部日本学研究室. 代田智恵子 (2006) 日本語の複文の構造と句切れ 結合関係とポーズ, pp.153-166, 日本語の教育から研究へ くろしお出版. 代田智恵子 (2007) 日本語の複文における従属節の音調, ヨーロッパ日本語教育 12, pp.91-97, ヨーロッパ日本語教師会. 仁田義雄 (2002) 新日本文法選書 3 副詞的表現の諸相 くろしお出版. 益岡隆志 (1997) 新日本文法選書 2 複文 くろしお出版. 49
言語教育観を共有するために 教育現場における 体験 の積み重ねを通して 奥村三菜子 辻香里ボン大学 要旨教育現場の指導者たちの間で言語教育観が共有できなければ 教育に一貫性が得られず より良い成果は望めない CEFR 理念を現場実践に導くためには 1 理念の共通理解を図った上で具体的実践に導く方法と 2 具体的実践の経験を積み重ねながら体験的に理念の共通理解を図っていく方法の二つが考えられるが 本稿は後者の方法で CEFR 実践に取り組んできたボン大学日本語科の実践報告である 本学日本語科では 2004 年から 6 年間 CEFR 実践を行なってきたが 講師たちのフィードバック ( 文書およびインタビュー ) の分析から 教育現場における様々な 体験 の積み重ねが 講師間の言語教育観の共有に影響をもたらしていることが分かってきた これはまた CEFR という枠組みが複数の講師の意識をつなぐためのツールとして機能した結果とも言える キーワード 言語教育観 体験の積み重ね 講師の協働 CEFR 1 教育理念と現場実践言語教育の現場において 授業をあずかる複数の指導者たちの言語教育観が共有され 講師間で意識が一本化されることが非常に重要であること また同時にそれが一番難しいということは周知のとおりである 昨今ヨーロッパ地域で頻繁に行われている CEFR 実践に向けた勉強会や研修会なども 現場の教師間で CEFR の理念が共有され 実践のための意識が一本化されることを目的として開催される場合が多い 教育理念を現場実践に導く方法として 櫻井 近藤 (2010) では 2009 年にフランス日本語教師会で行われた教師研修について CEFR 理念の共通理解を図った上で 具体的現場実践に導いていく トップダウン型の非常に興味深い例が報告されているが 本稿では 逆に 具体的実践の経験を積み重ねながら 体験的に理念の共通理解を図ってきた いわばボトムアップ型の事例を報告する ボン大学日本語科がボトムアップ型の実践を行なってきた背景には 学生数 クラス数 講師数が多く また 雇用契約の都合上 講師の入れ替わりが頻繁に起こるという現状に加え 講師が集まれる機会が極めて少ないという物理的な背景がある 2 ボン大学日本語科における CEFR 実践の変遷ボン大学日本語科が CEFR と共に歩んできた過程は 以下のように大きく三つの時期に分けることができる ( 添付資料 2 参照 ) まず 常勤スタッフ主導でシラバスや試験やマテリアルなどを CEFR 化に向けて改正してきた第一期 (2004~07 年 ) CEFR や CanDo という用語を全面的に用いて 常勤 非常勤のスタッフ全員が参加する形で CEFR 実践に取り組んできた第二期 (2008~09 年 ) そして 自己評価 ( セルフチェック ) に取り組むことで 評価方法の見直し を やはりスタッフ全員が参加する形で行いつつある第三期 (2010 年現在 ) である 50
これと呼応して 学期に一度行われている講師ミーティングにも変化が見られる 第一期には業務連絡に終始していたミーティングが 第二期には CEFR や CanDo をテーマに様々なグループセッションを行うようになり 第三期以降は講師間で自己内省にも取り組み始めている このように振り返ると CEFR を目に見える形で講師全員が共有してきた時間はまだそれほど長くはないことが分かる しかし それと同時に 第二期の 2008 年以降 講師ミーティングが講師研修色の強いものへと変化してきたことにも気づかされる また ここで見られるもう一つの大きな変化は 常勤スタッフ主導 から スタッフ全員参加 へとその形を変えてきた点である これは 言語教育実践における 学習者主体 という考えと同様 講師一人ひとりが主体 となってコースの運営に参加するようになってきたという大きな変化と言えよう ちなみに 2010 年 8 月現在まで CEFR の 理念 を扱った研修会は 物理的な制約等により 残念ながらまだ一度も行えずにいる こうした変遷の中 授業活動の内容や方法にも変化が生じている 第一期は それまでの文型シラバスを機能シラバスへとシフトさせるために 共通マテリアルの使用を奨励しながら 授業活動のあり方が再検討されていた時期である しかし 機能シラバスの実践が定着し CanDo シラバスの公開および学生への CanDo 一覧表の配布が開始された第二期以降 日本人ヘルプ型タスク 1 プロジェクトワーク 2 プレゼンテーション 3 文法 / 文型協働学習 4 など グループ活動を中心とした授業活動がどんどん取り入れられるようになる グループ活動の洪水期 とでも言える時期である また 第三期の現在は 新たに 学習者本人による 自己評価 ( セルフチェック ) にも着手している このように様々なタイプの授業活動の体験が積み重ねられていく中で それぞれの活動の意義 目的 方法を考えることが 次章に示すような講師の意識変化には大きく作用しているように思われる 3 講師の意識変化では 講師たちが具体的にどのような変化を見せているのか その具体例を以下に紹介する 3.1 講師のフィードバックに見られる単語の出現頻度ボン大学日本語科では 学期終了時に各講師にフィードバックシートの提出を依頼している 添付資料 1 は 2009/10 年冬学期に用いたフィードバックシートで 該当学期の授業での成功例トップ 3 失敗例ワースト 3 来学期に向けた マイ CanDo を書く欄を設けている 10 名の講師から提出されたフィードバックシート中の単語の出現頻度を調べてみたところ 表 1 のような結果が得られた トップ 3 ワースト 3 マイ CanDo のいずれの項目においても できる というキーワードが上位に また グループ や ペア という単語も比較的頻繁に出現している これらは CEFR を考える際に必要なキーワードであるが 前述のとおり CEFR 理念の勉強会が一度も開催されていない第二期終了時に このような結果が得られたことは大変興味深い また トップ 3 ワースト 3 教師自身のマイ CanDo の全ての項目において 学生 というキーワードが頻繁に使用されていることは 多くの教師が 学生 を主体に考えながら内省を行なっている様子を表していると言えよう ( マイ CanDo の例 : 学生が自分の成長を感じられるように工夫できる 学生の気持ちを忘れず 想像する力を磨ける 等 ) 51
表 1 講師フィードバックに見られる単語の出現頻度 (2009/10 年冬学期 ) * 斜体の数値は単語の出現回数 トップ 3 ワースト 3 マイ CanDo 1 学生 54 1 学生 55 1 学生 28 2 活動 34 2 活動 25 2 できる 21 3 できる 29 3 できる 24 3 授業 20 4 練習 23 4 グループ 18 4 グループ 6 5 漢字 19 5 説明 16 5 ワーク 5 6 自分 18 6 タスク 14 5 意識 5 7 授業 16 7 時間 13 5 指導 5 8 会話 15 7 教師 13 5 文法 5 8 作業 15 9 ペア 12 5 時間 5 10 ペア 14 9 文法 12 5 教案 5 10 作文 14 9 授業 12 12 CanDo 13 9 指示 12 12 グループ 13 9 考え 12 12 導入 13 14 CanDo 5 3.2 フィードバック事例第一期から現在までの各講師の言語教育に対する意識変化を具体的に捉えるため 2 名の講師 (A B) に着目し 両講師がこれまでに提出してきたフィードバックシートを以下に分析していきたい ( 斜体は各講師のフィードバックシートからの抜粋 ) 3.2.1 事例 1: 講師 A の場合第一期 (2007 年冬学期 ) 読解教材は使用に迷うものがありました 私語はゼメスター ( セメスターの意 ) が進むにつれ多くなりました 漢字リストの書体を変えることはできますか 第二期前期 (2008 年夏学期 ) 学生が得るものがあったのか そういう形で教室運営できなかったのではないかと情けなく思っています 特に学生に問題があるわけではないけれど無力感に打ちひしがれる中級でした 指導の成果に無力感を感じた学期でした 問題のかなりの部分はグループ活動にあると思います 第二期中期 (2008/09 年冬学期 ) 最初は時間配分の検討がつかずとまどいましたが さすが評価の定まったカリキュラム ちょうどよくおさまりました 52
第二期後期 (2009/10 年冬学期 ) ペア / グループ内でたいていの疑問は解消している様子であった たまに教師に質問が出ても 私が答える前に誰かが説明してくれたり 後で私の説明を学生の視点で補足してくれたりした ペア / グループワークをいかしながら どの程度どのように ( 私語を ) 注意するのか 今後の課題である 第一期には全般的に批判的な傾向が見られるが コース全体の流れが大きく変わり始めた第二期になると 指導の成果に無力感 を感じ また 問題のかなりの部分はグループ活動にある と ペア / グループ活動を取り入れてみたもののうまく機能せず失敗が続き グループ活動に対して疑問を抱き始めるようになる ところが 第二期中期にはカリキュラムをプラスに評価するようになり 第二期後期になると 約 1 年前には批判的だったペア / グループ活動を前向きに捉え 今後も積極的に取り入れていこうとする姿勢が見られる このように 講師 A は 全般的に批判的だった第一期から グループ活動を取り入れ始めたものの失敗に悩む第二期初期を経て 第二期後期にはペア / グループ活動での成功体験を語るようになっただけではなく 自らの課題も見出すようになる また第一期には 指導項目 や マテリアル に関する記述が中心だったフィードバックが 第二期に入ると ペア / グループ活動といった 学生 の活動が記述の中心となり 視点の転換が見られる このことは前述の講師全体フィードバックシートにおいて 学生 という単語が頻出していることとも一致する 3.2.2 事例 2: 講師 B の場合講師 B には フィードバックシートの分析に加え ボン大学での 5 年間を振り返ってもらうインタビューも実施した ( インタビューからの抜粋はゴシック体 ) 第一期 (2007 年冬学期 ) 教科書のノルマはほぼ果たせた 書き順をどの程度徹底させるべきか 授業の始まりに必ず小テスト 自分は教師だからあれもこれも教えてあげなければならないと過保護だった 第二期前期 (2008 年夏学期 ) 読解はペアで読ませ 学生の自主性を高めるようにした グループ / ペアワークを多くしなさいと言われて最初は戸惑った 読解の授業でなぜグループワーク? 第二期中期 (2008/09 年冬学期 ~2009 年夏学期 ) ( 学生が ) 自己流の自宅学習の方法を見つけ それが身に付きつつある段階だと感じた ( 学生が ) グループ活動の意義を理解し 真剣に取り組んでいる様子を受けた 53
新出漢字でも 大体 意味の推測ができるようになってきた どうしても 教える 聞く というトップダウン形式になりがちだった授業を改め グループ活動を率先して取り入れた 第二期後期 (2009/10 年冬学期 ) ペア / グループ活動も抵抗がなく 1 ゼメ (1 セメスターの意 ) で自律的学習の雰囲気が感じられた これまでの過保護を改め 早くから自主的学習を推進し グループワークを習慣化させることが大切だ 今までは意味を教えていたけれど それは学生自身に考えさせればいいんですよね 教師の役割っていうのは 教えるのではなく 勉強の手助けをする 道を導いてあげる それが教師かなって 最近思うようになってきて 第一期のフィードバックでは 単元やマテリアルに加え 各指導テクニックに対する関心が高く それに関する記述が目立つ また 第二期初期にはペア / グループ活動を積極的に取り入れるようになるが その方法に戸惑いを感じていることが分かる そうした中で失敗を繰り返しながらも 第二期中期以降になると 講師が自分自身の今までのやり方を内省するフィードバックに加え その成功例として 学生ができるようになったこと に関する記述も見られるようになる そして 第二期後期には グループ活動の成功例とともに グループ活動を習慣化させることの意義を主張するようになる 第一期には 過保護だった と振り返る講師 B であるが 学生の持つべき達成度 や 学生ができる ということがわかってきた第二期になると 教える授業から考えさせる授業へ また 教師の役割は導くこと と 言語教師としての意識の変化がうかがえる このように 第一期から第二期終了時にわたる 2 名の講師のフィードバックを見てみると ボン大学日本語科のコース全体 および講師ミーティングの流れと連動して 講師の意識も変容してきたことがわかる ( 添付資料 2 参照 ) 4 意識変化の背景にあるもの 4.1 問題点 疑問点の共有 常勤講師主導からスタッフ全員参加へ コースデザインおよび講師研修に関わってきた常勤スタッフが新しい実践の推進において留意していたのは (1) 講師の数は多くても講師一人ひとりの 個 を尊重するということ また (2) 常勤スタッフから非常勤スタッフへの上意下達ではなく 講師一人ひとりが持つ潜在的な指導力の底力をより良い形で引き出すための 指導力のエンパワメント という二点である 授業実践においても 講師研修においても 個 の エンパワメント のためには 適切なスキャフォルディング が非常に重要である 初めて機能シラバスを導入した第一期に 常勤スタッフが主導で 共通マテリアル を整備し提供したのは 多くの講師から 機能シラバスに基づく授業実践の方法が分からない という疑問が多く寄せられたためであるが こうした問題解決の 54
方法は非常に上意下達的であり 適切なスキャフォルディングとは言いがたい そこで グループ活動洪水期の第二期以降は CanDo やグループ活動の実践方法およびその効果に関する疑問の解決のために スタッフ全員が参加する講師ミーティングの場を活用し 講師自身がグループ活動を通して体験的に CanDo づくりに取り組むこととした また 第三期以降のセルフチェックシートの導入に伴い そこで生じたセルフチェックシートの指導方法およびその効果に関する疑問に対しても 前出のようなフィードバックシートの記入や講師自身が マイ CanDo を書くという体験を通して 自己評価 というものを自分自身に引きつけて実感してもらう試みを行なっている 5 つまり 第二期以降は 現場で発生した疑問や不安は みんなで 体験的に 解決し それをまた授業に還元していくという方法を積み重ねてきたわけである 奥田 (2010, p. 53) は 日本語教育機関での現職者研修は 専任か非常勤かに関わらず一人ひとりの教師と組織の成長が同時に満たされるものでなければならない と述べているが 常勤講師と非常勤講師が互いに助け合うことは 個人と組織の両方の問題を解決に導くことを可能にするという点でもその意義は大きい 4.2 グループダイナミズム構築 言語教育観共有のために 以上をまとめると (1) 講師自身の実体験 ( 体験学習の積み重ね ) および (2) 講師間の協働学習 ( 自律学習の習慣化 ) によって 徐々に講師間にグループダイナミズムの構築がなされ 言語教育観の共有が進んできたという構図が見られる 現在現場にいる講師たちはボン大学日本語科に CEFR が導入された 2004 年から継続して CEFR 実践に取り組んできた者ばかりではない しかし 構築されつつあるグループダイナミズムの中に交わることにより 古参の講師と新参の講師の間での言語教育観の共有が比較的容易になるという状況も見受けられる 加えて 上述の (1) (2) は 講師 を 学習者 と置き換えることで 学生への指導にも応用でき 授業実践にも大きな効果をもたらすことができるのである 5 言語教育観共有のためのツールとしての CEFR の意義 結びにかえて しかしながら 現在のような形を作り上げることができたのは 何と言っても CEFR という枠組みがあったからこそと言え CEFR 理念の包括性や汎用性の大きさに気づかされる CEFR 実践の意義について 櫻井 近藤 (2010, p.222) が CEFR を通じて [ 中略 ] 言語教育理念 方法論を語り 知見を共有しあう共通言語を得た と述べているとおり 我々の実践における最も大きな成果は 講師間で言語教育を語り合うための共通言語が得られたことにある 6 年間にわたって積み重ねてきた実践からは 学生の学びにも徐々に具体的な変化や成果が見られるようになってきた 6 この背景には CEFR という言語教育観を支える理念と 実践 協働 という言語教育観を共有するための体験の積み重ねがあり この二つが相互補完的に働くことで 抽象的な理念を現実味のある実践へと可能にしたのではないかと推測される そして最後に 筆者らが強調したいのは CEFR のように言語教育観を支える理念がいかに素晴らしいものであったとしても その理念を実際の成果へと導くためには 教育現場における 個 および 組織 の 体験の積み重ね が非常に重要となるということである とはいえ それと同時に 理念の理解促進も大切であり 55
そのための研修会の実施が目下の課題であり 現在検討中である 7 注. 1 日本人ヘルプ型タスク とは ドイツ語ができないドイツ在住の日本人を助けるタスクで CEFR で示されるところの 仲介活動 にあたる 2 現在 プロジェクトワーク には ドイツのステレオタイプ および ドイツの今と昔 をテーマとした二つの活動があり 7 か国の大学との交流および TV 会議が行われている 森山他 (2010) および以下 URL 参照 http://globalnetwork2009.blogspot.com/(2010 年 12 月 19 日最終閲覧 ) 3 プレゼンテーション には 上記プロジェクトワークと連動した活動等があり 特にアカデミック CanDo を目標に実施を試みている 奥村 (2009b) 参照 4 文法 文型協働学習 とは 中級以上のレベルにおいて 文法規則の発見および分析を学生自身に委ねる授業活動である 渋谷 石澤 (2010) 参照 5 第二期以降の講師研修会の詳細については 奥村 ( 印刷中 ) に詳しい 6 学生の変化については 奥村 (2009a) を参照されたい 7 ボン大学日本語科では 2010 年 11 月 26 日に櫻井直子氏 ( ルーヴァン カトリック大学 ベルギー ) を講師に CEFR 理念に関する初めての研修会を実施 題目 : CEFR って何だろう? 誕生の背景 その理念 そして現場との繋がり < 参考文献 > 奥田純子 (2010) 民間日本語教育機関での現職者研修 日本語教育 114 号, pp. 49-60, 日本語教育学会. 奥村三菜子 (2009a) CEFR 実践と日本語学習ビリーフスおよびストラテジーの変化 BALLI と SILL の調査結果から 日本語教育連絡会議論文集 Vol.22, 日本語教育連絡会議. http://renrakukaigi.kenkenpa.net/ronbun/2009020.pdf(2010 年 12 月 19 日最終閲覧 ) 奥村三菜子 (2009b) なぜ日本語を学ぶのか ドイツの課題 現状 展望 第 4 回国際日本学コンソーシアム, 日本語学 日本語教育学部会 第二部, お茶の水女子大学. http://www.dc.ocha.ac.jp/dics-jacs/consortium/consortium200912/nihongo8.pdf ( 2010 年 12 月 19 日最終閲覧 ) 奥村三菜子 ( 印刷中 ) CEFR 実践のための教師研修を考える 教師のための CanDo セルフチェック体験 を例に ヨーロッパの日本語教育の現状 CEFR にもとづいた日本語教育実践と JF 日本語教育スタンダード活用の可能性 ( 仮題 ) パリ日本文化会館 国際交流基金. 櫻井直子 近藤裕美子 (2010) CEFR 文脈化のための実践例を取り入れたワークショップ型教師研修 ヨーロッパ日本語教育 14, pp. 215-222, ヨーロッパ日本語教師会. 渋谷順子 石澤多嘉代 (2010) 日本語 : 教師沈黙型文法授業 自律学習 協働学習の最終的な形 ヨーロッパ日本語教育 14, pp. 69-75, ヨーロッパ日本語教師会. 森山新他 (2010) グローバル時代に求められる総合的日本語教育 多文化 多言語サイバーコンソーシアムの成果と可能性 2010 年世界日本語教育大会論文集 ICJLE. 吉島茂 大橋理枝他訳 編 (2004) 外国語の学習 教授 評価のためのヨーロッパ共通参照枠 朝日出版社. 56
添付資料 1 2009/10 年冬学期講師フィードバックシート 添付資料 2 コース全体の流れと講師 A B の言語教育観の変容 第一期 (2004~07 年 ) 常勤講師主導 コース全体の変遷 CEFR 導入試験 シラバス改正 講師ミーティング 業務連絡 講師 A 全般的に批判的な内容 ( 単元 マテリアル ) 講師 B 単元やマテリアルの達成度 技能別指導 過保護 第二期 (2008~09 年 ) 第三期 (2010~) 講師全員参加型 CEFR CanDo 全面開示 評価方法の見直し CEFR CanDo をテーマにしたグループセッション 講師自身の内省 ( マイ CanDo への取り組み ) 指導の成果に無力感 グループ活動を疑問視 カリキュラムを好評価 ペア / グループ活動に前向き 好評価 グループ活動に積極的 講師自身の内省 できるようになったことの記述 学生の自主性 : グループワークの習慣化 教える授業から考えさせる授業へ ( 教師の役割は導くこと ) 57
初級学習者への語彙指導 キーワード法の日本語学習への応用 小木曽左枝子カーディフ大学 要旨本稿では 認知心理学分野の教授法の一つとして考案され 第二言語における語彙学習にも有効な方法とされる キーワード法 の日本語学習への応用について論じる キーワード法の利点と問題点を検討した上で 筆者が初級日本語学習者を対象に行った授業でのキーワード法導入の試みから その考察を述べる キーワード 語彙学習 語彙指導 語彙習得 キーワード法 初級学習者 1 はじめに近年 第二言語習得研究において語彙指導の重要性が認識されてきているが 日本語教育の現場ではどのように語彙指導が行われているだろうか 実際の現場では 語彙指導は使用教科書に依存する または授業を行う担当教師に任せる傾向があるのではないだろうか そのため 多くの学習者が語彙学習を負担に感じているのが現実であるが それにも関わらず 体系的 組織的な指導が考えられていないことが多いのではないだろうか 第二言語語彙学習において 学習者が有効な語彙学習ストラテジーを身につけることは非常に重要なことだと考えられている 日本語の語彙学習及び語彙指導においても 教育の現場で語彙学習ストラテジーを学習者が身につけられる指導をどのように行うかを考えていくことが大切ではないだろうか また 日本語教育の場合 語彙学習というより漢字学習に焦点が当てられる傾向があるように思われる 実際 語彙学習と漢字学習とに一線を引くのが難しいこともあるが 第二言語習得研究における語彙学習の観点から日本語教育における語彙指導を考えてみることも必要ではないだろうか 2 キーワード法とは? 第二言語教育における語彙学習法の一つに キーワード法 がある キーワード法は 認知心理学的知見にもとづいた教授法の一つで 第二言語における語彙学習に有効なことが実証されている このキーワード法は 1975 年に Atkinson(Atkinson 1975; Atkinson and Raugh 1975) により提唱されたもので イメージ媒介による対連合学習方法で また記憶を促進するストラテジーとしても認められている 日本語教育では 仮名学習や漢字学習には イメージ媒介方略を用いた教材等が開発されているが 語彙学習法としてイメージを利用したこのキーワード法はあまり知られていないのではないだろうか また 他の言語 ( スペイン語 イタリア語 ドイツ語 ロシア語 ギリシャ語 タガログ語等 ) ではその有効性を検証する研究が数多く行われているが 日本語学習者を対象に行ったキーワード法の実証研究はあまりない 2.1 キーワード法のプロセス 1 キーワード法は 2 つの段階から構成された学習法で 第 1 段階では 第二言語の新出語と発音が類似する第一言語もしくは知っている他の言語の語を探す これが 58
キーワード となる 第一言語と第二言語の音韻的類似は 部分的なものでも構わない 第 2 段階では 第 1 段階で見つけたキーワードと第二言語の語の意味を結びつけるイメージを考える 具体例 2 を挙げて説明すると 英語を第一言語とする日本語学習者が 刀 という語を覚えようとする その際 第 1 段階で かたな (katana) の第一音節と類似する第一言語の語 cat( 猫 ) をキーワードとして選ぶ そして 第 2 段階で 猫侍が刀を振る (a samurai cat waving a sword) 様子をイメージとして使い 音声情報としての かたな (katana) を第一言語での翻訳同義語 ( 意味情報 ) である sword ( 刀 ) と結びつけることができる この際 実際に心にイメージを描き 視覚化することが重要とされる この方法で覚えると 刀 という語を見たり聞いたりしたとき cat という語が想起されると同時に 猫侍が刀を振る というメンタルイメージが活性化されることになる 表 1: キーワード法の例第 1 段階 : 第一言語 ( 知っている他の言語 ) で第二言語の新出語と発音が類似する語 ( キーワードとなる語 ) を考える かたな第二言語の新出語 : 刀 katana キーワード : cat 第 2 段階 : キーワードと第二言語の新出語の意味を結びつけるイメージを考える キーワード法は以下の 4 つの情報から形成される かたな 1 第二言語の新出語 : 刀 katana 2 キーワード : cat 3 第二言語の新出語とキーワードを結びつけるイメージ : a samurai cat waving a sword ( 猫侍が刀を振る ) 4 第二言語の新出語の意味 : sword 2.2 キーワード法の利点単なる 語呂合わせ のような方法に誤解されることがあるが キーワード法は 音声情報の結びつけ 意味情報の結びつけ そしてイメージの結びつけが行われ これらの相互作用で記憶の向上を図り 語の定着に有効性があることが認められている 日本語教育では ひらがな カタカナ 漢字の文字学習には このようなイメージ媒介方略が使われることもあるが ひらがな カタカナの場合は イメージと音声情報の結びつけだけで 漢字の場合はイメージと意味情報の結びつけだけの場合が多い ここで言う語彙学習におけるキーワード法は 音声情報 意味情報 そして イメージ の 3 つの情報の結びつけが 音連結 (acoustic link) と 心象連結 (imagery link) の 2 段階の連結を利用して行われるため その相互作用で 語の定着が促進されることから 有効な記憶方略であると言われている キーワード法の実証的研究には 実験群と統制群を設け行い キーワード法を用いた実験群の語彙記憶 ( 語の保持 ) が優れていることをテスト結果から分析し その有効性を報告しているものが多い (Atkinson 1975; Atkinson and Raugh 1975; Pressley, Levin and Miller 1982) また その有効性を他の語彙学習法と比較した実践的研究も数多く行われている (Ellis and Beaton 1993; Cohen 1987; Pavio and Desrocher 1981; 59
Pressley, Levin and Delaney 1982; 野呂 2003; 林 2002) 文脈による学習と比較した研究では キーワード法による学習のほうが優れているとの報告がされている また 口頭反復練習と比較し 効果を検証した研究でも キーワード法のほうが語彙習得を促進するという結果が出ている そして キーワード法を用いた語彙学習における幾つかの実験結果から 外国語 自国語を問わず キーワード法は語彙学習を改善するものであると結論できる 3 (Pressley, Levin and Miller 1982, p.51; 林 2002, p. 30) と述べている研究もある キーワード法の特徴であり また利点とも言える点は キーワードを介して語とその意味の間に緊密な連結関係を構築する ことであり また 連結関係が一旦強固にできあがれば 記憶にとどまる可能性が高く また想起も確実かつ迅速に行われる ( 林 2002, p.30) ことである そして キーワード法を用いることにより 限られた時間で相当数の語を学習できるということも長所として報告されている 2.3 キーワード法の問題点 2.2 で述べたように キーワード法の有効性を実証する研究は数多くあるが また同時にその問題点も指摘されている (Ellis and Beaton 1993; Cohen 1987; Pavio and Desrocher 1981; Pressley, Levin and Delaney 1982; 野呂 2003; 林 2002) まず キーワード法を用いて覚える語が抽象語の場合 キーワードを介してイメージを描くのが具体語より難しいという問題が挙げられる また 実証的研究の多くが具体語を使用して行われていることも問題点として指摘されている そして 教師側が呈示するにしろ 学習者が自分で考えるにしろ キーワードを介してイメージを描くということに時間や労力が要求されるため 効率的な学習法ではないということも指摘の一つである また キーワード法を学習段階のどの段階で用いるのが効果的かということも問題になる 入門期 初級段階では効果があるが 中級以降はその有効性があまり見られないということも指摘されている その理由としては 中級以上の学習者になると 自分の経験から学習方法が確立されていることが多く また文脈から未知語の意味を類推することもできるため キーワード法のような学習法を用いる必要がないということが挙げられる 入門期 初級の段階では語の意味 ( 母語での訳語 ) を覚えることだけでも十分かもしれないが 中級以上になるとそれだけでは十分ではないことから キーワード法を用いて訳語を覚えても 実際のコミュニケーションでは役に立つ知識になり得ていないことなども問題として挙げられている (Pavio and Desrocher 1981) その他 キーワード法は学習言語を第一言語に訳す理解テストには有効だが その反対の産出テストには有効性が見られないことも指摘されている これは キーワード法が学習言語の語彙の正確な発音を再生することを要求しない学習法である故であり また正確な発音を身につけるという点においては適していないことも指摘されている 3 キーワード法の授業への応用このキーワード法は問題点も指摘されているが 数多くの研究が発表されており 第二言語習得研究における語彙学習 語彙指導などに関する文献でも 有効な方法の一つとして紹介されている また 実際に筆者が教えている学生を見ても 日本 60
語の語と音が似ている英語の語を関連づけて語彙を覚えようとする学生もいる しかし 音声情報を結びつけただけの単なる語呂合わせのような場合が多いので より効果的な方法を紹介することができないかと考え このキーワード法を授業の一環として取り入れることにした 残念ながら 実用的な研究は数が少なく 授業へ応用するための確立された形式があまりないため 利点及び問題点を考慮した上で 授業でどのようにキーワード法を導入するかを考えた 表 2: 学習者に関する情報 学習者 : 日本語専攻の大学 1 年次の学生 学習者数 : 13 名 ( 男性 3 名 女性 10 名 ) 国籍 : イギリス 9 名 アメリカ 1 名 スペイン 1 名 ブルガリア 1 名 中国 1 名 レベル : 初級 (CEFR レベル A1 終了程度 ) 学習時間数 : 週 10 時間 ( キーワード法導入時の学習総時間数は 130 時間程度 ) 授業形態 : 語彙学習の特別セッション (50 分 ) 使用教科書 : みんなの日本語初級 ( キーワード法導入授業では第 27 課及び第 28 の語彙を学習 ) 上記の表 2 はキーワード法を用いて授業を行った学習者に関する情報である 表 2 にあるように 対象は大学で日本語を専攻している 1 年次の学生である 大学生にこの種の学習法が適しているかどうかであるが 大学生にとってもキーワード法は有効な学習法になりうるという先行研究 (Taguchi 2006) もある 授業の形態としては 通常の授業の一部に取り入れる形ではなく 語彙学習の特別セッションとして授業を行う形式をとった 3.1 授業構成表 3: 授業の流れ 1 キーワード法がどのような語彙学習法なのかを説明する 2 語彙リストから覚えるのが難しい語を 5 つから 10 選び タスクシートにその語とその語の意味を書くよう指示する 3 キーワード法を使い 自分が選んだ語を覚えるために そのキーワードとイメージを考え タスクシートに書くよう指示する 4 3 人 4 人のグループに分かれ 意見交換を行うよう指示する 授業は 上記の表 3 にまとめてある流れで行った まず 教師がパワーポイントを使い キーワード法とはどのような語彙学習法なのかを 具体例を挙げながら説明した そして 学生は語彙リストから覚えるのが難しい語 4 を 5 10 選び タスクシートにその語とその語の意味を書き込む コースで使用している教科書は みんなの日本語初級 で その週は第 27 課と第 28 課が学習予定の課で 語彙リストとして配布したその 2 課分の総語数は 63 5 だった タスクシートは 電子版にも学生がアクセスできるようにし コンピューターを使って作成するという選択肢も与えた 次に 学生はキーワード法を使って自分が難しい語として選んだ語を覚えるために 各語のキーワードとイメージを考え タスクシートに書き込む イメージは 絵を描いてもいいし 言葉でイメージを説明してもいいし またはその両方でもいいと指示した 実際にコンピューターを使って作成した学生はいなかったが 電子 61
版のタスクシートを使う場合は グーグルなどのイメージ検索を利用してもいいことも伝えた また この作業は 1 人ではなかなかキーワードが連想できなかったり イメージが浮かばなかったりすることもあるので 近くに座っている他の学生と相談してもいいことも付け加えた この作業が終わった段階で タスクシートにはキーワード法に必要な 4 つの情報 ( 表 1 参照 : 新出語 キーワード イメージ 語の意味の 4 つ ) が書かれていることになる 最後に 3 人 4 人のグループに分かれ 意見交換を行い その後 グループの代表がまとめて自分たちのアイディアをクラス全体に発表するという形式をとった 3.2 キーワード法を使用した語の例実際に学生が難しい語として選びキーワード法を使って覚えた語彙だが 13 名の学生が 1 人 5 10 の語に対してキーワード法を考え 総計 98 になった どのような語彙を選んだかということだが 品詞別に見ると まず 動詞は全部で 14 あったが そのうち 9 語の動詞に対するキーワード法が出てきた その 9 語 6 のうち 噛む に対するキーワード法を考えた学生が 7 名と一番多かった この語に対しては 7 名全員が日本語の既習語彙である 紙 若しくは 髪 をキーワードとして選び 紙を噛んでいる または 髪を噛んでいる というイメージを使い 音声情報と意味情報を連結させていた 以下は学生がタスクシートに書いたイメージ 7 をまとめたものである 表 4: キーワード法の例 噛む 新 出 語 : 噛む ( かむ ) イメージ : 意 味 : To chew, bite Chewing kami (paper) Someone chewing kami (paper) キーワード : 紙 Small child shouldn t chew kami (paper) かみ (paper) Kami (hair), people chew kami (hair) Kami 髪 Some people chew their kami (hair) (hair) A woman chewing her kami (hair) 名詞では カタカナ語は除いた 29 の名詞のうち 22 の語 8 に対するキーワード法が出てきたが その中で 道具 と 歌手 が 7 名と一番多かった これも動詞の 噛む の例と同じく この 2 つの語に対してほとんどの学生が同じキーワードを使っていた 道具 に対しては全員が Dog( 犬 ) をキーワードとして選び 表 5 にあるように 道具を持っている犬 または 道具を使う犬 をイメージとして使い 音声情報と意味情報を連結させていた 表 5: キーワード法の例 道具 新 出 語 : 道具 ( どうぐ ) イメージ : 意 味 : Tool, A dog holding a tool instrument, A dog using a tool equipment A dog bringing a tool A dog bringing tools to its owner キーワード : Dog Dog with a hammer (tool) Dog with a hammer (tool) in mouth 62
歌手 に対しては ブルガリア語が母語の学生を除き全員が カシュー ( ナッツ ) をキーワードとして選び カシューナッツが歌を歌っている または 歌手がカシューナッツの歌を歌っている というイメージを使い 音声情報と意味情報を連結させていた 表 6: キーワード法の例 歌手 新 出 語 : 歌手 ( かしゅ ) イメージ : Cashew nuts singing 意 味 : Singer A singing cashew nut Someone singing about cashew nuts キーワード : Cashew (nuts) I like Cashew 9 その他 形容詞及び副詞は語彙リストにはそれぞれ 5 語あったが ともに 4 つの語 10 に対するキーワード法の例が出てきた また 語彙リストには接続詞も 2 つあったが そのうち1つの接続詞 11 に対してキーワード法を考えた学生が 1 名いた これらに付け加え 語彙リストには 8 つのカタカナ語があったが カタカナ語に対してキーワード法を考える学生はいなかった これは 英語圏の大学で学習する学生にとって カタカナ語を見たり聞いたりして理解するのは問題がないためだと思われる 3.3 授業からの考察 3.1 で説明した流れで授業を行うことを考えた際 学生が自分で音声情報となるキーワードを選び そして意味と結びつけるイメージを構築できるかということが懸念事項であったが 1 名を除き 全く問題なく取り組んでいた 問題があった 1 名の学生は 中国語が母語の学生で 音声情報の結びつけとなるキーワードを考えるのが難しい様子であった それがその学生の言語学習経験に因るものなのか または母語が表意文字であり日本語の語彙が同じく表意文字である漢字を含むため音声情報の結びつけが難しいのか 1 名の学生の 1 回の授業だけからその要因を分析することは不可能だが この学習法に対する学習言語と学習者の母語の相関性を検証することも興味深いかもしれない 学生からのフィードバックとしては もう少し早い段階でこの方法を紹介してほしかったという声が挙がった やはり 毎週覚えなければならない語彙の数を考えると 語彙学習を負担に感じる学生は多く 様々な学習法を知ることは役に立つと考える学生が多いようである 今回 筆者が試みたキーワード法の導入は 語彙学習の特別セッションとして 1 回の授業で行ったが 授業の編成の仕方によっては 授業の初めに毎回行うという方法 12 もある また キーワード法を学習者自身に考えさせる方法と 教師側が与える方法があるが 理論的には学習者が自分で考えたほうが深い処理が行われるため 語の定着がいいと言われている しかし 実験によっては教授者側が媒介イメージをわかりやすく絵にして呈示したほうが効果があるという結果がでているものもある 今回 筆者が行った方法では学習者自身に考えさたが 3.2 で提示した例のように 第一言語が同じ学習者の場合 考えるキーワードに共通性がでてくることも考えられる そのような場合は 教師側が呈示したほうが効率がいいかもしれない 63
キーワード法をはじめ 直接的語彙学習 ( 明示的語彙学習 ) は 時間と労力がかかるという問題点がある 特に このキーワード法の場合は 音声情報 意味情報 イメージの結びつけを考えなければならず 労力が要求されると同時に 全て語にキーワードやイメージを考えるのが難しいことが問題である よって 記憶方略 または学習法の一つとして 入門期 初級の学習者に紹介し 特に覚えにくい語に活用するよう勧めるのがいいのではないだろうか 4 まとめ第二言語における語彙習得 語彙学習分野の第一人者の 1 人である Paul Nation は 語彙指導における教師の重要な役割を 4 つ提唱している Nation(2008, p. xii) は 教師にとって一番重要な役割は 学習者にとって適切な語彙学習プログラムを考え 実施すること 二番目に重要な役割は 学習者が有効な語彙学習ストラテジーを身につけられるように指導すること 13 だと述べている 語彙学習だけに限らないが 適切な学習プログラム 学習法 学習ストラテジーを検討する際 どのような条件でも有効なものというのは存在しない キーワード法の利点及び問題点を考えた場合 入門期や初級の学習者が 具象名詞や形容詞 動詞といった基本単語を見たり聞いたりするとき まずそれらの意味がわかるように ( 松見 2002,p.105) ということが目標であれば キーワード法は有効な記憶方略であり 語彙学習プログラムに取り入れ 学習法 学習ストラテジーの一つとして導入していくことは意義があることではないだろうか 注. 1 ここで紹介するキーワード法のプロセスは Nation(2008, p.111) をもとにしたものである 2 ここで紹介している 刀 の例は Schmitt(2000, p.121) をもとにしたものである 3 Pressley, Levin and Miller(1982, p.51) の原文が林 (2002, p.30) で訳されているものを使用 4 このキーワード法の語彙学習セッションは 週の初めの月曜日に行ったので その週の学習語彙をまだ覚えていない学生がほとんどであった 5 この総数は みんなの日本語初級 第 27 課及び第 28 課の新出語数とは一致しない 6 噛む 以外に学生がキーワード法を考えた動詞は 踊る 選ぶ 飼う 違う 走る 通う 建てる 開く である 7 実際に学生が書いたイメージは 表 4 表 5 表 6 にあるような言葉で書いたもの 絵を描いて表したもの またはその両方を使い表されたものがあった 8 道具 歌手 以外に学生がキーワード法を考えた名詞は 鳥 夢 声 台所 花火 習慣 通信販売 自動販売機 昼間 小説 色 値段 波 力 番組 将来 経験 給料 自分 会話 である 9 このイメージは 歌手の絵を描き I like cashew を歌詞として書いている例である 10 学生がキーワード法を考えた形容詞は まじめな 偉い 熱心な ちょうどいい で 副詞は たいてい はっきり ほとんど しばらく である 11 学生がキーワード法を考えた接続詞は それで である 12 Taguchi(2006) では授業の一部にキーワード法を取り入れる方法が紹介されている 13 筆者訳 64
< 参考文献 > Atkinson, R. C. (1975) Mnemotechnics in second-language learning. American Psychologist 30: 821-828. Atkins, R. C. and Raugh, M. R. (1975) An application of the mnemonic keyword method to the acquisition of a Russian vocabulary. Journal of Experimental Psychology 104 (2): 126-133. Cohen, A. D. (1987) The use of verbal and imagery mnemonics in second-language vocabulary learning. Studies in Second Language Acquisition 9 (1): 43-62. Ellis, N. and Beaton, A. (1993) Factors affecting the learning of foreign language vocabulary: Imagery keyword mediators and phonological short-term memory. The Quarterly Journal of Experimental Psychology 46A (3): 533-558. Nation, I. S. P. (1990) Teaching and Learning Vocabulary. Boston, Massachusetts: Heinle & Heinle Publishers. Nation, I. S. P. (2001) Learning Vocabulary in Another Language. Cambridge: Cambridge University Press. Nation, I. S. P. (2008) Teaching Vocabulary: Strategies and techniques. Boston: Heinle, Cengage Learning. Paivio, A. and Desrochers, A. (1981) Mnemonic techniques in second-language learning. Journal of Educational Psychology 73 (6): 780-795. Pressley, M., Levin, J. R. and Delaney, H. D. (1982) The mnemonic keyword method. Review of Educational Research 52 (1): 61-91. Pressley, M., Levin, J. R. and Miller, G. E. (1982) The keyword method compared to alternative vocabulary-learning strategies. Contemporary Educational Psychology 7: 50-60. Schmitt, N. (2000) Vocabulary in Language Teaching. Cambridge: Cambridge University Press. Taguchi, K. (2006) Should the keyword method be introduced in tertiary foreign language classrooms? Electronic Journal of Foreign Language Teaching 3 (1): 22-38. スリーエーネットワーク (1998) みんなの日本語初級 Ⅱ, スリーエーネットワーク. 野呂忠司 (2003) 外国語の語彙学習と指導法, 英語のメンタルレキシコン 門田修平編著,266-304. 林洋和 (2002) 英語の語彙指導 理論と実践の統合をめざして 溪水社. 松見法男 (2002) 第二言語の語彙を習得する, 日本語教育のための心理学 海保博之 柏崎秀子編著, 97-110. 65
INTENSIVE EXPRESSIONS の特徴 Ruxandra Oana RAIANU ブカレスト大学 要旨日本語だけではなく 他の言語における Intensive Expressions においても 体の部分 動物 植物 自然等に関するメタファーに基づくものがある 本稿では コーパスにおける程度を表す表現について考察を行う プラス方向の Intensive Expressions について概観し その慣用表現における言語による違いを簡単に考察する 構造的 意味的 形式的にいくつかのタイプがあり X よう Y X より Y X ほど くらい Y 重ね形式 暗示的 Intensive Expressions などに分類できることが分かった キーワード プロトタイプ プラス方向の Intensive Expressions メタファー 1. はじめに言葉には強調の程度性のある言葉とない言葉がある 強調を表す慣用句表現 Intensive expressions にはプラスとマイナスの二方向がある プラス方向の強調は ある語の示す意味を強め マイナス方向の強調は 逆に意味を弱める 本論文は Dwight Bolinger(1972) Elsa Lüder (1996), 仁田義男 (2002) の論文に基づいて考察を加えたものである プラス マイナスの程度を表す方法は様々であるが プラスの強調を表す慣用句表現を取り上げ 分析を試みる 2. プラスの強調を表す慣用句表現の特徴 2.1. X よう Y (X=Y) 2.1.1 X のように Y X のような Y (X は名詞 ) X のように Y X のような Y X ように Y の X はプロトタイプと呼ばれるが この 3 つはどれも同程度 ( 比較した要素 Y は X と同じ ) の比較で ある特徴の典型例を示すという強調手段の一つである 日本語だけではなく他の言語においても プラスの強調表現は体の部分 動物 植物 自然等に関するメタファーに基づくものがある 典型事例を表すプロトタイプの種類により以下のような表現がある ( 括弧内はコーパスの略号である ) a) 自然 (1) a. 石のようにがんこ (KJED, 555) (1) b. 石のように硬い (BW) プロトタイプは文化 環境 気候等によって異なるが ルーマニア語における (1a.) (1b.) に対する X よう Y のパターンのプラスの強調表現は下記のようになる かたい がんこ の場合 : (2 R) tare ca fierul, piatra, părul, stejarul, vântul (L, 163) 鉄 石 ナシの木 カシの木のように硬い încăpăţânat ca un catâr 66
ロバのようにがんこ (3) 嵐のように激しい (BW) (4) 氷のように冷たい (BW) 冷たい の場合は 日本語のプロトタイプとルーマニア語のプロトタイプは同じである (5 R) rece ca gheaţa (6) 海のように広い (BW) ルーマニア語で mare というのは 面積が大きい という意味で使われ その場合のプロトタイプは 例えば すべての日々 断食の日 などがある (7 R) mare cât toate zilele すべての日々のように大きい mare (lung) cât o zi de post 断食の日のように大きい ( 時間が長い ) (8) 山のように高い (BW) (9 R) înalt cât o cruce (L, 161) 十字架のように背が高い înalt ca plopul ポプラのように背が高い înalt ca muntele 山のように高い b) 動物 (10) シラウオのような指 = 白くて非常に細い指 (DJR, 373) c) 動物の体の一部 (11) 羽のように軽い = とても軽い 軽い の場合 日本語 ルーマニア語 英語でのプロトタイプは同じである (12 R) uşor ca un fulg 羽 羽毛のように軽い (13 E) (as) light as a feather (14) 猫の額のように狭い庭 d) 植物 : (15) 綿のように疲れる (DJR, 2772) 綿 というのは日本語で とても疲れる という意味を表し ルーマニア語で とても柔らかい という意味を表す (16 R) moale ca bumbacul 綿のように柔らかい (L, 162) e) 生産物 (17) 蜂蜜のように甘い (KJED, 367) 蜂蜜 は様々の国では甘いものの代表として考えられている (18 R) ルーマニア語 :dulce ca mierea (19 D) ドイツ語 :suess wie Honig, honigsuess 67
f) 材料 原料 : (20) 紙のように薄い (21) 鉛のように重い g) 道具 : (22) 針のように細い (23 R) mic cât gaura acului 針の穴のように小さい (24) 機関銃のようにしゃべる (25 R) a turui ca o mitralieră 機関銃のように早くしゃべる h) 主人公 : 国によって昔話に登場する主人公は違っているが 共通して いい性格の人物の代表になっている 日本の場合 : (26) 金太郎のように強い (27) 桃太郎のように強い (28) 一休さんのように賢い (29) 一寸法師のように小さい ( けど 強い ) (30) 白雪姫のように美しい (31) シンデレラのように美しい ルーマニアの場合 : (32 R) isteţ precum Păcală Păcală のようにとんちの才能がある Păcală というのは村に住んでいて とんちの才能がある人である (33 R) frumoasă ca Ileana-Cosânzeana Ileana-Cosânzeana のように美しい Ileana-Cosânzeana というのはお姫様 あるいは 村で一番美しい娘である 美しさを表す他の例文は下記のようになる : (34 R) frumos ca un brad, ca o cruce, ca faţa lui Hristos, ca o gură de rai, ca o floare, ca un soare, ca o icoană, ca un pahar, ca roua, ca o stea, ca Luceafărul, ca un trandafir, ca o zână, cum e bradul (L, 160-161) モミの木 十字架 キリストの顔 天国の入り口 花 日 イコン ガラス 露 星 よいの明星 ( あかぼし ) バラの花 妖精のようにハンサム 2.1.2 XようにY ( 動作と比較 ) (35) 目の覚めるような美しさ (36) 蚊の鳴くような小さな声 =とても小さい (37) くもの子を散らすように逃げる= 大変早い 68
2.2. X より Y プロトタイプより特徴があるという意味を表すのは強調手段のひとつである X を基準にして Y はそれ以上であることを示す (38) 脱兎 (KAJ, 397) (39) 火を見るより明らかだ (K, 84) 速さ を表す場合 : (40 R) mai iute decât fulgerul 電光より早い英語の場合 速さの高い程度を表すパターンはルーマニア語と日本語のパターンと違って X ように Y X は Y のごとく の形で表す (40 E) (as) quick as lightning 電光は石火のごとく (DJR, 1764) (42 R) mai repede ca vântul 風より速い 2.3. XほどY XくらいY X ほど Y X くらい Y の形で強調を示す表現で Y が極限の例 X の程度に近い ことを示す (43) 口が酸っぱくなるほど注意する (44) 煮て喰うほどある (45) 掃いて捨てるほどある (46) ほっぺたが落ちるくらいうまい (47) すずめの涙 = 大変小さい (48) すずめの涙ほどの給料 =とても安い給料 (49) 蚊の涙ほどの補助金 2.4. 重ね形式 類縁反復 の表現次の構造を追加することができる (50) 男の中の男 (51) 資本家中の資本家 (ARZ6, 201) (52) おそるべき退屈中の退屈だけだ (ARZ3, 164) ルーマニア語の場合 : (53 R) a. minunea minunilor, (Iorgu Iordan, 1975) 素晴らしいものの中の素晴らしいもの b. grozăvia grozăviilor ひどさの中のひどさ c. deşteptul deştepţilor 賢い人の中の賢い人 ( 皮肉で = ばか ) d. savantul savanţilor 科学者の中の科学者 ( 皮肉で = ばか ) アラビア語 : (54) wa-lakina-hā ni mat al-ni am 幸福中の幸福 69
ラテン語 : (55) in vecula veculorum 世紀の中の世紀けっして ( 慣用句 ) トルコ語 : (56) güzellerin güzeli/güzeller güzeli (Baubec, 2005, 101) 美人中の美人 ハンサムの中のハンサム 2.5. Implicit 暗示的なプラス方向の表現プラスの程度は直接表現されず 暗示的に表される a) 足が棒になる = 非常に疲れる (57) 今日は立ちっぱなしの仕事で足が棒になってしまった (KJ, 56) b) 目が回る = 非常に忙しい (58) お客様いらっしゃるまでに掃除や洗濯と料理を終わらせなきゃ ああ 目が回る c) 目がない = 度を超えて非常に好んでいる状態 (59) 父が甘いものに目がないから 私はいつもお土産に饅頭を買う (KY, 19) d) 油を搾る = 激しく叱る (60) 練習不足で試合に負けて 選手たちは監督に油をしぼられた (KY, 94) a scoate untul din cineva= a stoarce pe cineva de puteri バターを取り出す = 努力をさせる 上記の強調を表す慣用句は+/-{ ほど } といっしょに用いられる 表 1. 2.5. 例文 +ほど ほど ( 独立的 ) (57) - (60) O 副詞的な機能 O 3. 考察 3.1. 特徴 プラスの強調を表す慣用句表現の形式は様々である X よう Y X より Y X ほど くらい Y 重ね形式 暗示的高程度の表現と いう方法があることが分かった 上記の方法は高い程度を表す慣用句的な方法でも 構造的 意味的 形式的に違う ものである 表 2. 程度を表す方法 極に対する位置 パターン 極の種 Value 1 2.1. プロトタイプと比 イコール ~のよう~ +( プラス方向 ) 較 2.2. プロトタイプと比較 超える +/-より + 70
2.3. clause of result 近づく 程 くらい + 2.4. 反復 相対的 ( 極は移動 2 回反復 + する ) 2.5. 暗示的 +/-ほど + 1 ( プラス マイナスの方向 ) 3.2. 言語による比較 プラス方向の強調表現は系統が異なる言語間においても 様々な共通点があるこ とが分かった また プロトタイプと同じ程度表す表現はある言語によって多く用 いられることもあれば それほどでもない言語もある 重ね形式 類縁反復 の表現はトルコ語 アラビア語 ルーマニア語は良く用い られるが 日本語ではそれほど多くない 逆に 暗示的な表現 ( 参考 : 例文 57, 59, 60, 63) は日本語では多いと考えられる プロトタイプは文化 宗教 環境 気候によって違うものである ( 参考 : 例文 6, 7 R, 8, 9 R) 日本語とルーマニア語で共通しているものの例を挙げる (1) 石のように硬い (BW) (2 R) tare ca piatra (4) 氷のように冷たい (BW) (5 R) rece ca ghea a しかし 人物を例に出す以下のような表現では それぞれ異なる (28) 一休さんのように賢い (32 R) Păcală のように賢い (30) 白雪姫のように美しい (33 R) Ileana-Cosânzeana のように美しい 4. 今後の研究課題言語で比較対照できるように Intensive Expressions の原義を調べたい また 日本語教育において 日本文化との関係でどのように Intensive Expressions を教えることができるのかを今後研究してみたい 省略語 : ARZi 芥川龍之介 (1986, 1987, 1989) 芥川龍之介全集 i ちくま文庫 DJR 松村明 (1988) 大辞林 E 英語 J 日本語 KAJ 学研辞典編集部 ( 編 )(2002) ことば遊び辞典 KJ 井上宗雄 (1992) 例解慣用句辞典 KJED Masuda, Kō (ed.). 1974. Kenkyusha s New Japanese-English Dictionary. 4 th edition (first edition: 1918) KY 田仲正江 間柄奈保子 (1994) 慣用句 L Lüder, Elsa. 1996. Procedee de gradaţie lingvistică (ediţie revăzută şi adăugită). R ルーマニア語 BW 母語話者から聞いたもの 71
< 参考文献 > 芥川龍之介 (1986, 1987, 1989) 芥川龍之介全集 1-3, 4-6, 7 ちくま文庫井島正博 (2008) クライ ホド ナド ナンテの機能と構造 日本語学論集 第 4 号東京大学大学院人文社会系研究科国語研究室井上宗雄 (1992) 例解慣用句辞典 創拓社出版学研辞典編集部 ( 編 )(2002) ことば遊び辞典 学研小池和良 (2001) 日本語の強調表現 研究ノート田仲正江 間柄奈保子 (1994) 慣用句 専門教育出版仁田義男 (2002) 副詞的表現の諸相 くろしお出版日本大辞典刊行会 (1974) 日本国語大辞典 小学館松村明 (1988) 大辞林 三省堂宮地裕 ( 編 )(1982) 慣用句の意味と用法 明治書院 Baubec, Agiemin. 2005. Limba turcă contemporană. Bucureşti: Editura Universităţii din Bucureşti, 94-103. Bolinger, Dwight. 1972. Degree Words. London, The Hague, Paris: Mouton. Iordan, Iorgu. 1975. Stilistica limbii române. Bucureşti: Editura Ştiinţifică. Lüder, Elsa. 1996. Procedee de gradaţie lingvistică (ediţie revăzută şi adăugită). Iaşi: Editura Universităţii Al. Ioan Cuza [pe copertă 1995]. Masuda, Kō (ed.). 1974. Kenkyusha s New Japanese-English Dictionary. 4 th edition (first edition: 1918). Tokyo: Kenkyusha. 72
韓国における日本語の位相の変化について 中国語との比較を中心として 任栄哲 林之賢韓国中央大学校 要旨本稿では 韓国における日本語の位相について 主に中国語と比較しながら考察した 今回の研究によって得られた結果は 次のようである 第一に 韓国人に日本好きが多いのは事実のような気がする 第二に 韓国の日本語教育は これまで文法 読解中心の受信型が大半を占めていた 第三に 韓国における日本語教育の現状や位相 言語志向意識などの変化を正確に突き止めるのは至難の業である 第四に 依然として 韓日関係はギクシャクしたものからなかなか脱却できない状態が続いている 最後に 韓国の日本語教育の将来に大きな意味を持つのは 韓国人が中国をどう認識し どう評価するかであろう そして 今後中国経済の先行き見通しによって日本語の学習者の数はかなり揺れると思われる キーワード 言語の位相 言語の市場価値 言語志向意識 日本語 中国語 1. はじめに 21 世紀に入り 韓日関係は国と国とのレベルを超えて 個人間でも相互的な交流が活発に展開されるようになった まさに韓日関係が 新しい時代に突入しているということは 誰の目から見ても明らかである 日本人には それまでに敬遠していた韓国文化に対する見方が急速に変わりつつある一方 韓国でも頑なに禁止されていた日本の大衆文化をはじめ人的 経済的な交流が盛んに行われるようになった しかし最近 韓国では大きな変化が見えはじめている それは中国の台頭である 中国は 2001 年 世界貿易機関 (WTO) に加盟した 2008 年の北京オリンピック 2010 年の上海世界万国博覧会や広州アジア大会など 国際的なイベントの開催にも成功した そして 1992 年 韓中両国の国交が正常化された以降 人的 経済的交流はますます拡大の一途にある このような中国経済の潜在力や将来性に対する期待感からであろうか その変化の兆しは 言語の面においても歴然と見えはじめている それは 中国語の登場によって 韓国における日本語の位相に変化が表れたからである つまり 日本語教育への影響である そこで本稿では 韓国における日本語の位相を 主に中国語と比較しながら 言語の市場価値という視座から試みることにする 2. 現代韓国の日本語事情 2.1 韓国は日本語学習大国日本の国際交流基金が行ってきた 海外日本語教育機関調査 の結果によると 2009 年現在 全世界の 133 カ国で 機関数 14,939 機関 教師数 49,844 人 学習者数 3,651,761 人が日本語を習っている その中でも 韓国人約 96 万人が日本語を習っていて 全世界のおよそ 26.4% を占めている これは 韓国人 50 人に 1 人が日本語を習 っているという試算になり 韓国はいわば 日本語学習大国 なのである さて 注目すべきは < 表 1> からもわかるように 韓国の日本語学習者数全体の 90% 以上を初 中等教育機関の学生が占めているということである 従来 高校で 73
の日本語は ドイツ語 フランス語 スペイン語 中国語 ロシア語などと同様に 第二外国語として選択されてきた ところが 2001 年度から生徒たちが第二外国語の科目を自由に選択できるようになった その結果 ドイツ語やフランス語を選択する学生数が減り その分日本語や中国語を選択する学生が増えつつある このような現実を勘案して 受講者の少ないドイツ語やフランス語の担当教師が日本語の教師に転身する必要が生じた そこで 2001 年度から日本語教員養成のため 一年間の特別教育課程の日本語研修が行なわれるようになった 以上のことからもわかるように 韓国の初 中等教育機関において日本語の人気はかなり高い その理由としては 韓国語と日本語との類似性から他の言語より習得しやすいということが挙げられる そして 大学の入試などで有利であろうという期待感や 1998 年以降の日本大衆文化の解禁によるものなどが挙げられる 特に 最近の傾向としては 日本のアニメやマンガ J-POP 映画 衛星放送などのメディアを通じて 日本文化に対する関心が高まり 日本語で直接見聞きしたいという願望が 日本語の学習動機に繋がる学習者が目立つようになった < 表 1> 韓国における日本語教育の現況 (2009 年現在 ) 人数 (%) 学習者数 機関数 教師数 初 中等教育 871,757(90.4) 2,828(74.3) 3,903(59.0) 高等教育 59,401(6.2) 406(10.7) 1,501(22.7) 学校教育以外 33,196(3.4) 571(15.0) 1,214(18.3) 合計 964,354(100.0) 3,805(100.0) 6,618(100.0) * 国際交流基金 (2009) 2009 年海外日本語教育機関調査 による 2.2 澎湃する日本語悲観論さて 初 中等教育機関における日本語教育のように 韓国の日本語教育の将来に関して明るい話題も多い反面 その一方では厳しい現状もある 例えば 韓国の大学では ここ数年 学部制を取り入れた大学が増えている 学部制とは 学部単位で新入生を募集し 2 3 年目の進級時に専攻の学科が自由に選択できる制度である この方針に基づいて 韓国では日本語学科と中国語学科が一つの学部として構成されている 東洋語文学部 を有する大学も存在する これは まず東洋語文学部に入学して 1 2 年間は一般教養科目の単位を取得する そして 2 3 年目の進級時には 日本語学科を希望するか あるいは中国語学科を希望するか 今後自分が専攻したい学科を決めなければならない かつては 日本語学科を希望する学生が大半を占めていた しかし現在では 中国語学科が 6 7 割 日本語学科が 3 4 割というように 日本語学科の人気が下がり 中国語学科への希望者の増加が見られるようになった なお 一部の大学では少子化の影響や あるいは日本語学科はもう将来性がないということから 学生が集まらなくなり さらには定員割れして 日本語学科が廃科になってしまったケースもある 大学院への進学率は もっと深刻な状態で 進学する大学院生が少ないので 授業ができないほど減少しているのが現状である 関連する統計として < 表 2> がある 表を見てわかるように 初 中等教育機関では 1998 年に比べ 2009 年には学習者が 14 万人も増えている そして 高等教育機関や学校教育以外では半分以下に学習者が減少していることがわかる 2006 年には 2003 74
年に比べ 学校教育以外では 5 万人も増えたが 2009 年にはまた 5 万人が減っており 今後の推移が注目されるところである < 表 2> 韓国における日本語学習者の推移 ( 人数 :%) 1998 年 2003 年 2006 年 2009 年 初 中等教育 731,416(77,1) 780,574(87,3) 769.034(84.4) 871,757(90.4) 高等教育 148,444(15,7) 83.514(9,3) 58.727(6.4) 59,401(6.2) 学校教育以外 68,244(7,2) 30,044(3,4) 83.196(9.2) 33,196(3.4) 合計 948,104(100,0) 894,131(100,0) 910.957(100.0) 964,354(1 00.0 ) * 国際交流基金 (2009) 2009 年海外日本語教育機関調査 による 3. 翳りが見えはじめた日本語教育 3.1 人的接触 海外渡航先の推移まず 韓国人の日本や中国への渡航者数を < 表 3>< 表 4> からみると 2006 年現在 約 237 万人の韓国人が日本を訪れている しかし驚くことに 日本のほぼ 2 倍に達する 427 万人の韓国人が中国へ足を運び その増え方は恐ろしいほどである そして 2008 年現在 約 120 万人の中国人が韓国へ 約 238 万人の日本人が韓国を旅先として選んでいる ここで付け加えると 2009 年現在 中国に常住している韓国人は すでに 100 万人を越えたという統計がある その中でも 特に注目すべきことは 最近北京市朝陽区望京地区に 小首尓 ( 小ソウル ) と呼ばれる韓国人コミュニティーが形成されているということである そして逆に 40 万人にも達する中国人 ( 主に朝鮮族 ) が ソウルの九老区辺りに 中国人村 を形成し 日常生活を営んでいる ちなみに 東京の新大久保に 主に 1980 年以降に来日したニューカマー (new comer) によるコリアタウンには約 1 万 3 千人の韓国人が そしてソウルの竜山区に リトル東京 が形成され 約 5 千人近くの日本人が住んでいる < 表 3> 韓日の渡航者数の推移 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 韓国 日本 1,472,096 1,621,903 1,774,872 2,008,418 2,368,877 - - 日本 韓国 2,307,095 1,790,953 2,426,837 2,421,406 2,319,672 2,235,963 2,378,102 * 資料は 駐日韓国大使館提供 (2007 年 1 月 27 日 東亜日報 ) による < 表 4> 韓中の渡航者数の推移 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 韓国 中国 2,124,310 1,945,500 2,844,893 3,541,341 4,261,243 - - 中国 韓国 539,466 410,134 627,264 710,243 896,969 1,068,925 1,167,891 * 資料は 韓国観光公社 による ** ( 韓国人出国 ) 2006 年 8 月から内国出入国申告簡素化により 出国先別把握が不可能であ る 3.2 人的接触 留学生数の推移韓国人の大学 大学院生の海外留学生数を < 表 5> から見てみよう 2008 年現在 アメリカへの留学生数が最も多く 総留学生数の約 30% を占めている 次に多いの 75
が中国への留学生である その数は年々増え 2008 年には 1999 年に比べ 約 6 倍以上に急増し 約 57,000 人の大学 大学院生が留学している 特に 注目したいのは 1999 年までは中国より日本を留学先として選んだ韓国人が多かったが 2000 年代に入り 中国への留学生数が急増し 日本を凌いでいることが見て取れる これは 日本を留学先として選ぶ魅力が 段々薄くなりつつあるということの証左であろう 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2001 1999 < 表 5> 韓国の海外留学生の国家別推移 ( 大学 大学院 ) 米国中国英国豪州日本 62,39 2 59,02 2 57,94 0 57,89 6 56,39 0 49,04 7 58,45 7 42,89 0 57,50 4 42,26 9 29,10 2 28,40 8 23,72 2 18,26 7 16,37 2 17,00 0 18,30 0 18,84 5 20,10 0 18,60 0 7,759 1,398 16,77 4 16,59 1 16,85 6 15,17 6 17,84 7 15,77 5 10,49 2 9,204 2.463 9,526 17,27 4 19,05 6 15,15 8 19,02 2 16,99 2 17,33 9 14,92 5 12,74 6 カナダ 10,79 2 12,79 5 12,57 0 11,40 0 13,30 7 14,05 8 21,89 1 19,83 9 NZ PH 10,18 3 8,707 ドイツ フランス 1,923 5,775 6,000 14,40 0 5,842 9,657 その他 11,25 0 11,32 0 8,882 9,500 6,651 5,500 9,360 10,30 6 13,29 7 8,600 6,759 5,500 9,087 8,000 6,777 4,550 8,201 9,870 9,600 6,353 3,450 5,485 2,711 4,100 4,858 6,614 8,115 2,172 1,290 5,218 6,300 8.522 合計 216,8 67 217,9 59 190,3 64 192,2 54 187,6 83 159,9 03 149,9 33 120,1 70 * 資料は 韓国の 教育科学技術部 による 2000 2002 年度の資料はない なお NZ はニュージーランドを PH はフィリピンの略である 3.3 人的接触 小 中 高校生の留学先 < 表 6> は 韓国の小 中 高校生の海外留学先の推移である アメリカをはじめ英語圏への留学生は その数があまりにも多いのでここでは割愛する 日本と中国との関係を見ると 小 中 高校生の留学生も中国が日本の 12 倍に達し 激しい差を見せている 日本への留学生数が少ないのは 外国人が日本の小 中 高校へ留学するときには 法律上いろいろと難しい問題があるからだと思われる 日本は小 中 高校への留学生の門戸をもっと開放すべきだと思う 世界に向けて門戸を開放しないと日本の孤立化はますます進むに違いない なぜかというと 今後 若者同士の人的交流は その国の未来を左右するほどの重要な問題となってくるからである ちなみに 日本の 留学生受け入れ 10 万人計画 は 1983 年の中曽根首相東南アジア歴訪後の支持によって推進しているもので フランス並みの 10 万人の留学生を 21 世紀の初頭には受け入れようというプランである 2009 年 5 月現在 日本への留学生総数は 132,720 人で とりわけ中国からの留学生が 79,082 人で約 60% 韓国人留学生は 19,605 人で約 15% を占めている 76
米国中国 < 表 6> 韓国の海外留学生の国家別推移 ( 小 中 高校 ) 英国豪州日本 カナダ NZ PH ドイツ フランス その他 2005 6,800 3,410 248 990 276 2,999 1,043 132 85 64 4,353 合計 20,40 0 16,44 2004 5,380 3,062 275 785 174 2,539 1,125 88 62 59 2,897 6 * 資料は 韓国の 教育科学技術部 による 3.4 物的接触グローバリゼーションの風の強く吹く中 日本経済の再生 韓国の躍進と中国の台頭で 東アジアには大きな成長のうねりがきている では 最近の韓国の経済の動きはどうであろうか < 表 7> 韓日 韓中の輸出入動向 ( 単位 ; 千ドル ) 日本 中国 輸出 輸入 輸出 輸入 2009 21,770,839 49,427,515 86,703,245 54,246,056 2008 28,252,471 63,027,802 91,388,899 76,930,272 2007 29,204,260 54,673,462 84,052,047 61,837,064 2006 26,534,014 51,926,291 69,459,181 48,556,676 2005 24,027,438 44,211,347 61,914,985 68,958,242 2004 21,701,337 46,144,463 54,241,806 29,584,935 2003 18,276,139 36,313,089 35,109,717 21,909,128 2002 15,143,172 29,856,228 23,753,586 17,405,779 2001 16,505,767 26,633,372 18,190,189 13,302,675 2000 20,466,017 31,827,944 18,454,539 12,798,731 * 資料は 韓国銀行経済統計システム による < 表 7> を見てわかるように 韓国は日本への輸出よりも輸入が年々増え 毎年その格差は大きくなりつつある 逆に 中国に対しては輸入より輸出のほうが多くなっている そして 2009 年現在 韓国から中国への輸出は日本の 4 倍強にもなり 韓国の最大の輸出先は中国である このような数字からもわかるように 韓国は日本より中国と経済的にかなり太いパイプで結ばれていることが窺える そして 韓国人は日本人や日本文化より中国人や中国文化との交流や接触がより頻繁に行われていることがわかる したがって このような人的 物的交流は今後の韓国における日本語と中国語の位相にいろんな形で影響を及ぼすと予想される 4. 韓国人の言語意識の流れ 4.1 中小企業は日本語 大企業は中国語言語の市場価値という概念がある 言語の市場価値を決定する要因には 話し手の数 経済力 文化度 情報量など さまざまな要因が絡んでいる その上 国の言語教育の事情や個人差も働く したがって 一概にどの言語が市場価値のある言語 77
なのかを決めるには 難しい面がある しかし 一般の人々はどの言語を身に付けば役立つかについて 常に注意を払っている そして 今後 市場価値のありそうな言語を身に付けようとする 今日 英語は イギリスやアメリカ オーストラリア ニュージーランドの大多数の人たちの母語のみならず 国際的にも最も広い有効範囲を持っている言語である そして 最先端の情報の蓄積量が最も多い国際共通語でもある これは今後さらに強くなることはあっても 当分の間 その勢いは収まるようなことはないと思う そういうわけで 多くの韓国人が英語圏へ留学に行くとか さらにはかなりの時間をかけて英語の学習に励んでいるのである そこで 上場の大企業 18 社と中小企業 11 社を対象として 韓国の企業における言語の市場価値を調べてみた 調査項目は それぞれ Q1: 業務を推進する上で重要だと思われる外国語 を複数回答の自由記入式で答えてもらった また Q2: 現在に比べて 5 年前はどうであったか という項目でも 5 年前当時に重要であったと思われる順に 言語名を挙げてもらい 点数化したのが < 表 8> である 英語は 業務 昇進時において大企業 中小企業を問わず 全体的に高い数値を示している ドイツ語とフランス語は 点数が少な過ぎるので ここでは割愛する 2002 年現在 大企業では 業務を推進する上で最も重要な言語は英語 (85 点 ) となっている そして 日本語 (51 点 ) と中国語 (52 点 ) の重要度はほぼ同じであることがわかる 中小企業においては 英語 (54 点 ) 日本語 (33 点 ) 中国語 (29 点 ) の順になっていて 日本語が中国語をやや上回っている < 表 8> 業務 昇進時における外国語の価値 ( 数字は点数 ) 英語 日本語 中国語 ドイツ語 フランス語 大 中 計 大 中 計 大 中 計 大 中 計 大 中 計 業務上 1997 84 44 128 58 36 94 44 20 64 0 6 6 2 0 2 業務上 2002 85 54 139 51 33 84 52 29 81 0 6 6 6 0 6 業務上合計 169 98 267 109 69 178 96 49 145 0 12 12 8 0 8 昇進時 1997 85 30 115 47 23 70 36 16 52 0 2 2 0 0 0 昇進時 2002 85 34 119 38 21 59 42 23 65 0 2 2 0 0 0 昇進時合計 170 64 234 85 44 129 78 39 117 0 4 4 0 0 0 * 資料は 任栄哲 (2002) による また Q3: 昇進する時にどの外国語が重要であるか では 2002 年現在 大企業 中小企業ともに 英語 ( 大 85 点 中 34 点 ) 中国語 ( 大 42 点 中 23 点 ) 日本語 ( 大 38 点 中 21 点 ) の順である つまり 中国語は昇進時 ( 大 42 点 中 23 点 ) よりも業務 ( 大 52 点 中 29 点 ) を推進する上で より重視される傾向にあることが認められる さらに 5 年前と比較すると 1997 年には大企業 中小企業を問わず 業務を推進するにも 昇進の際にも 英語 日本語 ( 中国語 の順に重要であったと考えている しかし この 5 年間で日本語と中国語の順位が逆転してしまったことが < 表 8> からはっきりと読み取れる このような結果から 現在韓国の企業において 最も重視されている外国語は 英語であることがわかる 次いで大企業では中国語が 中小企業では日本語と中国語がほぼ同等視されていることがわかる 韓国における中国語のブームは一時的であり バブルに過ぎないという声がある 78
そして 中国語を学んだとしても就職先を探すのが大変だし 特に理工系の水準が今一つなので得られる情報が限られているという指摘もある しかし それとは反対に 今後日本語より中国語に傾くのは世の中の流れであるという声も聞こえてくる どちらにせよ 中国語の躍進が注目されるところである 4.2 日本語離れ 中国語寄り韓国における日本語や中国語の位相に関する今後の一連の言語意識の推移を予測するため Q4: 最近 日本語の学習者が減少傾向にあると言われているが その原因はどこにあると思うか と 尋ねて見た 結果は 中国の好景気の影響で 相対的に日本語のメリットが減った が 70.6% 日本の不景気の影響で 学習意欲が減った が 20.3% である 5 年前までは 世界経済の中核にあった日本の経済力の影響で 韓国における日本語の位相は 英語に次いで第 2 位であった しかし最近 中国の経済発展とともに 中国語がかなりの勢いを見せて 今や日本語の学習に翳りが見えはじめている 次に Q5: 現在 中国語がブームであるが その原因はどこにあると思うか という問いに対しては 今後 中国の国際化が予想され それに備えるため が 77.3% 次いで 就職に役立つため 12.4% 単なるマスコミの中国の宣伝のため 4.5% の順であった 韓国人の言語意識の変化が読み取れる注目に値する結果である 4.3 教養のための日本語 実用のための中国語そもそも外国語を学ぶ理由には 二つの典型があり 教養言語 と 実用言語 に分けられる もとは 西洋でも東洋でも教養のための古典語 ( キリシャ語 ラテン語 漢文など ) と実利的利用のための近代語とははっきり分かれていた そして このあたりに最近の日本語教育の隆盛の背景があると井上史雄 (2000) は述べている このような観点に立って 韓国の第二外国語市場において 当分の間 激しい争いが予想される中 日本語と中国語の普及を展望するため Q6: 今後の日本語と中国語の普及について どのように考えるか と 尋ねてみた 結果は 中国語の方が日本語を上回る 70.2% 両言語ともほぼ同じ が 19.5% 日本語が中国語を上回る 9.5% である 多くの韓国人が 今後中国語の方が日本語の普及をかなり上回るだろうと予想している 最後に Q7: それぞれ日本語と中国語の学習理由 を聞いて見た その結果 日本語は 教養のため が 43.0% 中国語は 就職に役立つため が 27.0% で それぞれトップである これと関連して 日本語の学習理由に関する一連の調査結果を踏まえると 以前は就職などに有利であろうという実用的な面が買われていた しかし 今回の調査では 実用的な面よりもかえって日本文化の理解や教養としての面が優先されているということが明らかとなった 以上の結果を総合して見ると 即戦力としての日本語 実用的な日本語という傾向から 教養のための日本語 へ という変化が読み取れる また中国語の場合は 知識としての中国語から 実用のための中国語 へ という変化が見られる それぞれ学習理由が大きな変化を見せたと言えそう 79
4.4 最も行かせたい留学先一時韓国では ロシア語を学ぶため ロシアへの留学生が急増したことがある これは 折々の世界の情勢の変化に伴い 一般の人々も敏感にどの言語が今後一番有用か さらにはモノになるかを判断する思いが働いていたからだと思う そこで Q8: 今後 どこの国へ留学させれば子供の将来に役立つと思うか と 親の意向を尋ねてみた 資料は 任栄哲 (2004) からである 回答は アメリカ (38.9%) EU(27.0%) 中国 (13.4%) 日本 (5.4%) の順で ここでも日本への留学を希望する割合はかなり低いことがわかる 以上のようなことを総合してみると 日本より中国へかなり傾いているのが一目瞭然である つまり 韓国の優秀な人材や 将来韓国を担って行こうとする前途有望な若者たちが 日本より中国との交流を深め ますます緊密になっていく傾向にあることが認められる 留学生は 言うまでもなく国の重要な戦略資源である それは 留学生の帰国後の将来性や 影響力に注目するからである 4.5 最も学ばせたい外国語以前韓国では 日本語の市場価値の上昇に従って 就職や即戦力のための実用言語として日本語を勉学する人が多くいた では 最近の韓国人の父母の外国語観はどうであるか それを調べるために Q9: 今後 子供に最も学ばせたい外国語は何語であるか と 尋ねてみた < 表 9> 今後子供に教えたい外国語 ( 単位 :%) 英語中国語日本語ト イツ語フランス語その他無回答計 第一回答 79.2 14.6 2.8 0.3 0.7 0.0 2.5 100.0 第二回答 12.9 46.9 27.0 3.8 3.3 0.4 5.3 100.0 合計 92.1 61.5 29.8 4.1 4.0 0.4 7.8 100.0 * 資料は 任栄哲 (2004) による < 表 9> からもわかるように 国際的に最も広い影響力を持つ英語がトップを占めている そして今後 韓国との交流に発展性が見込まれる中国語 日本語の順である 同じ項目の 3 年前の調査結果では 中国語 (45.3%) と日本語 (31.0%) の差は 1.5 倍ほどであった しかし今回の調査では その開きが倍以上に達し 日本語が中国語にますます押され気味にあることが窺える 4.6 中国語の急浮上先ほど 2000 年代からの中国語の台頭によって 韓国の第二外国語教育の場において再び変化が表れ始めたと述べた そこで さらに最近の韓国人の外国語意識はどうであるか その変化を追跡して見るために 1993 年の調査と同じ項目を用いて 韓国全国大学生 241 人 ( 男 118 人 女 123 人 ) を対象として 2007 年 3 月に経年調査を行った < 表 11> に示されているように 英語がトップを占め 英語は 15 年前とほとんど変わっていないことがわかる フランス語とドイツ語は その割合はやや減っているものの その変化はそれほど大きくはない しかし 日本語と中国語は その変化がかなり激しく 15 年前の調査結果と比べてみると その位相が逆転しているこ 80
とが認められる ここ 15 年間の間に 韓国人の言語意識に大きな変化が表れ とりわけ中国語が急浮上していることがわかる < 表 11> 外国語といったらどんな言語が思い浮かぶか ( 単位 :%) 英語 日本語 フランス語 中国語 ドイツ語 ロシア語 1993 年調査 93.0 76.0 36.0 31.6 29.4-2007 年調査 96.0 38.2 26.2 79.5 20.3 1.2 * 資料は 任栄哲 (2007) による 5. おわりに 5.1 日本語を習う目的以上 最近になって韓国人の意識の上に 中国語寄り 日本語離れ がかなり進んでいることがわかる しかし 現に 90 万人近くの韓国人が 力を入れて日本語を学んでいる ではその理由は 一体どこにあるのだろうか まず第一に 実用的な側面からである 日本が全世界に強大な影響力を及ぼす経済大国になったので 日本との貿易 日本人を相手にする商売や仕事に就きたいということがあると思う そして 日本という国のことをもっと知りたいという好奇心 さらには日本がどのように経済的に成長 発展したか それについて学んで自分自身や さらには自国の発展に役立てたいということがあると思う つまり本音は 実用言語としての利用価値があるから日本語を習っていると思う 第二に 文化の側面からである 日本語を学ぶということは ただ単に文法を習得するということを越えて 日本の文化の背景をも学ぶということである 日本文化と接触すれば 日本人や日本文化の良い所も 悪いところもいよいよ多くはっきりと見えてくる つまり 押し寄せてくる国際化時代に 日本人や日本文化を改めて捉え直す必要性が生じている それは言うまでもなく日本語という言語を通じて可能だからである 第三に 情報の側面からである 日本には 古今東西の数多くの文化や文明に属する知的 文化的な言語作品が非常に高いレベルで翻訳 蓄積されている そして 最先端技術に関する情報が日本語によって表現されている 日本語を習い もし日本語がわかるようになればどの言語を勉強するよりも容易に しかも多量の情報が得られるからである 第四に 韓国人には ことばこそ武器であるという側面がある 韓国は 地政学的 経済的な立場から英語以外に もう一つの言語が使えるようになれば就職や情報などを収集する時などにいろいろと有利な点が多いと思う その中でも特に 地理的に密接な関係にある日本語を習得しておけばいろんな面において役立つ可能性がかなり高くなる だから 韓国人にはことばこそ武器だという意識がかなり強く よって多くの韓国人が日本語を習ってきたと言える 5.2 韓日新時代に向けて以上 韓国における日本語の位相について 主に中国語と比較しながら考察した では 今後の韓国における日本語教育の将來に向けて いくつかの提言をしたいと思う 第一に 韓国人に日本好きが多いのは事実のような気がする それは 日本に関する出版物や翻訳本の多さ テレビや新聞などマスコミが日本を取り上げる割合 81
人々の話題にのぼる頻度などを考えると明らかである ではなぜ 日本に対してこんなに関心が高いか それは何よりも 日本の進んだ技術や情報などを韓国に取り入れ 韓国の近代化に貢献したいからであろう しかし 日本の進んだ技術や情報を受け入れるには 日本語を通じてこそ可能なことである このようなことからも推測されるように 日本語が情報の導水であるということを韓国人自身が改めて自覚し 捉え直すべきだと思う 第二に 韓国の日本語教育は これまで文法 読解中心の受信型が大半を占めていた 最近では コミュニケーションのための発信型に切り替えなければならないという自覚から 教材の改編が盛んに行われるようになった しかし それもまだ充分とは言えない したがって 日本語学習者のニーズに応じた魅力ある教材の開発はもちろん 多方面に亙るカリキュラムの開発が望まれると思われる そして それと同時に教員の能力の向上をはかる必要性があると思う これは日本語学習者の裾野の拡大にも繋がり さらには魅力ある日本語教育を推進する橋渡し役という点からも重要だからである 第三に 韓国における日本語教育の現状や位相 言語志向意識などの変化を正確に突き止めるのは至難の業である しかし 全体を捉えるための努力は決して蔑ろにしてはならない 変化に対応して行くためにも またより適切な教育の方策を求めるためにも 実態をより深くより正確に捉えておく必要がある それは 多様な実態が正確にわかればそれに対してどのような対策を施せばよいかが予測できるからである 第四に 依然として 韓日関係はギクシャクしたものからなかなか脱却できない状態が続いている そして 歴史問題が出るたびに 学生の日本語の学習意欲に影響を与える 歴史問題のせいで 優秀な学生は英語学科や中国語学科へ行く など 歴史問題が日本語教育の進展を妨げているという指摘の声もある 韓国と日本が政治的に信頼関係を築き 相互の疑念を一掃し より安定的な韓日協力体制を構築していくべきだと思う なぜならば それは日本語教育さらには韓国語教育とも深い関係にあるからである 最後に 韓国の日本語教育の将来に大きな意味を持つのは 韓国人が中国をどう認識し どう評価するかである そして 今後中国経済の先行き見通しによって日本語の学習者の数はかなり揺れると思われる < 参考文献 > 任栄哲 (2002) 翳りが見えはじめた日本語教育 日本語学 21 11 明治書院任栄哲 (2004) 隣国のことばが好きですか 言語 33 9 大修館書店任栄哲 (2007) 韓国における日本語の位相 中国語との比較を中心として 日本言語文化 第 11 輯韓国日本言語文化学会井上史雄 (2000) 日本語の値段 大修館書店大野晋 森本哲郎 鈴木孝夫 (2001) 日本 日本語 日本人 新潮選書国際交流基金 (2010) 2009 年海外日本語教育機関調査 Web サイト国立国語研究所 (1984) 言語行動における日独比較 三省堂鈴木孝夫 (1996) 日本語は国際語になりうるか 講談社 82
日本語教師養成における文法教育 原沢伊都夫静岡大学 要旨日本に居住する外国人の増加とともに 日本語教育に関心をもつ人々が増えてきており 地方の国際交流協会や民間の日本語学校などで主催する日本語教師養成講座では多くの社会人が将来の日本語教師を目指して学んでいる このような社会人は ある一定の基準のもとに入学してくる学生とは異なり 学歴 年齢 経験などが様々であり 必ずしも大学型の教育が効果的であるとは言えない このことから 文法学習に参加体験型学習の手法を取り込むことで ただ理論を暗記するのではなく 自ら考え グループの中で意見を出し合い 確かめる作業を通じて 体験的に文法事項を身につけていく方法を模索するようになった 本稿では このような参加型学習を取り入れた文法教育の実施状況を報告するとともに 参加者のアンケートをもとに参加型学習の効果について検証する キーワード 参加型学習 文法教育 プロセス重視 グループワーク 1. はじめに日本語教師を目指す人にとって 日本語の文法知識は最も基礎的かつ重要な知識である これは 多くの日本語教員養成課程において日本語教授法や日本語教育実践と並んで主要なカリキュラムの一翼を担っていることから見ても明らかである このような講座における文法教育は理論を効率よく教えるために 講義中心の知識伝達型の教育であることが多い ある一定レベルに達した学生への教育では このような知識集約型の教育は効率よく文法事項を教えるという点で 優れている ところが 日本語教育ブームとも言える昨今 地域の国際交流協会や民間の日本語教師養成機関などを中心に一般社会人に対する文法教育の機会が飛躍的に伸びており このような職業 年齢 経歴などの異なるバックグランドを持つ人材に対する教育においては 従来の学校型教育では立ちいかないケースが増えている 筆者は 参加体験型学習 1 の手法を取り込むことで ただ理論を暗記するのではなく 自ら考え グループの中で意見を出し合い 確かめる作業を通じて 体験的に文法事項を身につけていく方法を提案し 実践してきている 本稿では このような参加型学習を取り入れた文法教育の実施状況を報告するとともに 参加者のアンケートをもとに参加型学習の効果について検証する 2. 文法教育における 参加型学習 の意義文法教育に 参加型学習 を取り入れる意義については 原沢 (2006) で述べているが ここに再度紹介することにする 2 ⑴ プロセス重視による理論の習得日本語の現象を説明する文法理論を一つの結論として暗記するのではなく 自ら考え検証するという作業を通して 自分の理論として身につけていく このようなプロセスを経験することで その他の文法現象に対しても同様な取り組みができるようになる したがって 学習者から予想もできないような質問があったとしても その場で考え 臨機応変に対応できる能力が培われることになる 83
⑵ グループ ワークによる教育効果社会人受講生の場合 年齢 経験 職業などが異なる多種多様な人々で構成されるため そのような知識や経験を活用することが可能となる 特に日本語教育経験者と未経験者が混在する場合 経験者の実践的な知識に未経験者の素朴な疑問や発想が加わり お互いを刺激しあい 議論が深まる また グループ内では自分の意見が言いやすく 疑問点などをすぐに確かめることができる その結果 個人対教師という講義型学習と比べ より広い視点での考察が可能となり 大きな教育効果が見込まれる ⑶ 多様性への気づきグループ ワークを通して 同じ日本人でも異なる考え方や語感を持つことに気がつき 一人一人の個性や能力を尊重することを学ぶ このような態度は 多様なバックグランドを持つ外国人を相手とする日本語教師に特に求められる資質である また 文法理論についても理路整然とした合理的な体系ばかりではないことを体感し ひとつの考え方に固執しない柔軟な思考力が養成される ⑷ 充実感の高い学習スタイルグループワークの中で 与えられたタスクを皆と意見交換をし 納得しながら解いていくので 個人個人の達成感や満足感が強まる また 皆で話し合いながらの活動が続くので 楽しく学習を進めることができる 民間の日本語教師養成講座などで一般的に行われている講義時間の 3 時間は 受身型の講義ではつらいものだが 参加型であればあっという間に過ぎてしまう 仕事帰りの疲れた社会人受講生でも集中して参加することが可能となる 以上 4 つの意義を挙げたが その中でも プロセス重視による理論の習得 が参加型学習による最大のメリットであると考える これは 私自身の経験から来ているのだが 理論をいくら鵜呑みにしても本当の意味での理解とはほど遠いものである 実際に自分の身になったと感じたのは 多くの例文に触れ 自分で考え 自分なりのルールを構築し 確認してからだ したがって そのようなプロセスを経験できる場を提供することで 参加者自身がそのようなアプローチの仕方を身につけるというのが 参加型 という学習手法を導入する最大の理由でもある ただ これらの方法は従来の教育とは様々な点で異なることから その実施については注意すべき事項も多い 筆者は これまでの経験から 参加型学習を取り入れる教育においては 以下の点に留意すべきであると思う ⑴ 参加型の意義を理解してもらう初回の講義で参加型学習について説明をし その目的を学習者によく理解してもらう必要がある 全員で協調 協力しながら進めることが求められるからだ 時々一人だけ文法に詳しい人がいて その人が一人でグループをリードして進めてしまうことがあるが これでは グループワークの意味がなくなる そのような場合は よくわかる人にはアドバイス役になってもらい 必要に応じて説明してもらうなどして 全員が納得できるように活動を進めていく ⑵ 毎回グループを変えるグループは毎回変えるようにする こうすることで クラスの参加者全員が知りあうことになり クラスの多様性に触れるとともに クラスとしての一体感が醸成される 筆者の経験ではグループ人数は最大で 4 名である これ以上増えると 話し合いに積極的に参加しない人が出てくるようになる 3~4 名の少人数グループ 84
になるように調整し 毎回新しいグループで気持ちをリフレッシュしながら お互いに協力して学んでいく環境を整える ⑶ 教師はファシリテーターファシリテーターとは 学習者が最大限の学びを得られるように 側面からサポートする役目の人を言う 教師は文法を教える人ではなく 理論をわかりやすく説明する人であり それを身に付けていくのは学習者自身であるということに留意する したがって 学習者からの質問に対しても 単に答えを教えるのではなく 一緒に考えて答えを見つけるという態度に徹することになる 考えるプロセスを飛び越えて ただ答えだけを知りたがる学習者もいるが その場合 学習者自身で考えて答えを見つけていくようなサポートをする また 時々 学習者からびっくりするような意見が出ることがある そのような考えにも 一理あることが多くこうした学習者からの意見にも誠意を持って耳を傾け できるだけ尊重する姿勢を取ることが重要である ⑷ グループワークが苦手な人に配慮する大多数の人には グループワークは楽しく文法を学んでいく活動として受け入れてもらえるが 中には一人でじっくりと考えながら進めることを希望する人がいる また その日の体調によって あまり人とは交わりたくない人もいることがある したがって そのような人にもグループワークに加わらない権利を保障する必要がある 具体的には 授業の初めに グループワークには加わりたくない人の意思を確認し そのような人たちの席を確保する必要がある その場合 一人でやることも文法を勉強する一つの方法であり 決して恥ずかしいことではないことをクラスで説明する こうすることで グループ活動でも一人でもどちらでも構わないという気持ちになり 強制的ではないクラス運営へとつながることになる 今回の文法教育においては 5 期に渡り 同じ内容の講義を異なる社会人に対して行った したがって 各期のアンケート結果を参考に よりよい文法教育講座を目指して 授業内容の改善を試みた 各期の授業に対するアンケートは 5 項で確認することにする 3. 実施した講座講座が実施されたプログラムは 多文化共生社会の構築に資する日本語教員養成プログラム ( 文部科学省 社会人学び直しニーズ対応教育推進プログラム 委託事業 浜松学院大学 ) であり 科目名は 文法 Ⅰ である 実施時期は 平成 19 年 10 月 ~ 平成 22 年 3 月 (5 期 ) の 2 年半である 受講生のタイプは 初心者と経験者との混在型 (20~60 代 ) であり 延べ人数としては 142 名であった 授業時間と回数は 各期とも 1 コマ (90 分 ) 15 週となっている 成績評価の方法は 出席 (20%) + 確認クイズ (20%)+ 学期末テスト (60%) である 講義で扱った文法事項は以下のとおりである ⑴ 日本語の構造 ( 基本文型 格助詞の働き ) ⑵ 主題化 ( 主題化のパターン ) ⑶ 自動詞と他動詞 ( 自他の対応による動詞の分類 ) ⑷ ヴォイス ( 受身 使役 ) ⑸ テンス ( 絶対テンス 相対テンス 恒常的表現 完了 特殊なタ ) 85
⑹ アスペクト ( テイルとテアル 金田一の動詞分類 ) ⑺ ムード ( 対事ムード 対人ムード ムードの表現 ) このような文法事項の内容定着に向けては 特に以下の点に留意した 1) グループの人数を調整参加型学習の基本はグループ ワークであり 今回の文法学習においてもグループによる活動が基本的な学習スタイルとなっている グループの人数は最大で 4 名までとした これは グループの人数が増えると どうしてもグループ ワークから遠ざかる参加者が出ることがあり できるだけ全員が積極的に参加するためには 4 名までの人数が適切な数だとこれまでの経験から判断できるからである 2) 必要最低限の講義できるだけ講義型の説明は短くし グループ活動による学習活動が多くなるように配慮した 受身的な学びではなく 能動的な学びにすることで より実践に近い学びとなるからである 3) 繰り返しての学習講義の基本的な手順は 最初に文法事項を説明し それを確認するための問題を各自が考えた後 グループで解く この作業によって 不確かな部分を他の学習者とともに話し合い 解消することができる 次に さらに大きなタスクを与え グループごとに挑戦する タスクを達成したあとは 講師とともに理論的な枠組みをもう一度確認する これを簡単に表すと 理論の説明 内容理解の確認 タスクのチャレンジ まとめ という流れとなる これらの一連の活動に加え 各章の最後には その章の内容をまとめて示し 理論の整理を行った さらに まとめの練習問題を解く また 各章が終わるたびに 内容理解を確認する問題 ( 復習クイズ ) を行なうことで 講義内容の定着を図った さらに 各章で扱った文法理論がどのように日本語教育に関係しているのかを伝え 文法学習が机上の空論に終わらないように 日本語教育の観点から 日本語の教科書における実際例を提示するなどして 実際の日本語教育との関係性についての説明も心がけた 4. アンケート結果今回の文法講座に参加した全員 (142 名 ) に対して 各期の最終日にアンケートを実施した 回収率は 97% である まず 第 1 期 ~5 期までの授業に対する全体評価を示す 各期 A B C D E 合計 平均評価 第 1 期 16(57%) 10(37%) 1(4%) 1(4%) 0 28 4.5 第 2 期 23(50%) 19(41%) 4(9%) 0 0 46 4.4 第 3 期 12(55%) 9(41%) 1(5%) 0 0 22 4.5 第 4 期 18(75%) 3(13%) 3(13%) 0 0 24 4.6 第 5 期 13(76%) 3(18%) 1(6%) 0 0 17 4.7 合計 82(60%) 44(32%) 10(7%) 1(1%) 0 137 4.5 A: とてもよかった (5 点 ) B: 良かった (4 点 ) C: 普通 (3 点 ) D: あまり良くなかった (2 点 ) E: 良くなかった (1 点 ) 86
この結果から 92% の人が今回の授業を肯定的に捉えていることがわかる また 第 1~3 期と比べ 第 4~5 期の A 評価が高くなっていることが伺える これは 各期のアンケート結果を踏まえ 授業改善を行ったためであると思われる 具体的には グループ数を 6 名前後から 4 名以内にしたり 参加型学習の意義や狙いを何度も伝えたり グループ活動のサポートに力を入れたりしたことである なお アンケートの詳細については ここにすべてを紹介することは紙面的に無理であることから 第 5 期のアンケートの概要を書かれたコメントとともに紹介することにする コメントの前に記した番号は 白丸数字は肯定的な意見であり 黒丸数字は批判的な意見であると筆者が判断したものである 1) 今回の文法講義は全体としてどうでしたでしょうか? 回答者の 13 人が A 評価 3 人が B 評価であり 一人が C 評価だった ほとんどの受講者が授業を肯定的に評価している半面 否定的な評価をする受講者もいる その内容は 以下の通りである 1 グループワークで他の人の意見を聞くことで 自分では気づけないことに気づくことができた 2 自分一人だとわからないことがたくさんあり 先生に聞く前にグループワークをすることで頭の中が整理され 理解へつながった 3 自分で考えつつも グループワークがあり 文法を 1 つ 1 つステップアップして習得していけるような授業の進め方がわかりやすかった ❶ 文法を考えるには一人でも同じだと思う ❷ 人によって捉え方が違うし 文法には共通する考え方がなく 疑問や不安が残った 2) それぞれの講義内容の理解度 ( ご自身の感覚 ) について選択してください この設問のみ 第 1~5 期全体の数で集計している 合計で 118 名の中の 45 名 (55%) の受講者が 理解できた 45 名 (38%) が だいたい 18 名 (15%) が 難しかった と回答した この結果から 88% の人がだいたい理解できた考えることができる一方 15% の人にとっては 主題化 テンス アスペクト ムードといった文法事項の理解が難しかったことがわかる 理解基本構主題化動詞自他ヴォイステンスアスペク度造ト ムード 全体 A 10 8 6 9 10 5 7 55 (47%) B 7 4 8 7 5 7 7 45 (38%) C 0 5 2 1 3 3 3 18 (15%) A: 理解できた B: だいたい C: 難しかった 3) 文法理論をそのまま暗記するのではなく グループの中で考えながら進めるという学習スタイルはどのように感じましたか? A 評価が 10 人 B 評価が 5 人 C 評価が 1 人 D 評価が 1 人であった 多くの受講者がグループ活動による文法学習を肯定的に受け入れている一方 批判的な人が 87
いることがわかる 批判的なコメントを読むと グループ活動の意義を認めず 一人で考えることを望んでいることが読み取れる このようなグループ活動を批判する人は必ずクラスの中に少数であるが存在することが多い したがって そのような人には無理にグループワークを押し付けず 一人で学習させる環境を確保することが重要であろう 1 授業中 みんなの前で質問する勇気がなくても グループの人数の前では疑問点を言えるため また 話し合うことで 理解ができたことも多々あった 2 グループで議論することで 考え方が整理できるという実利に加え 授業を活性化させ さらに 日本語教授法の ピアレスポンス や スキャフォールディング の実例をモデリングできる機能も果たしていた 3 自分の答えが違っていた時 どうして違ったのか 互いに説明しあって 疑問を解決できた ❶ 皆で考えるといっても その場では自分で考えて話し合うのだから 先に予習させて話し合わせたほうが効率的である ❷ 文法理論に照らし合わせて考える活動としては 一人で考えても同じである 3) 講義の最後にまとめの復習をし 次回の最初に復習チェックをして さらに 練習問題をやりながら 講義内容の定着を図りましたが それについては どのように感じましたか? 参加型学習というのは確かにその時は楽しく パンチの効いた学習スタイルであるが やりっぱなしのままでは その定着度は期待するほど高くない したがって 反復的な復習をできるだけ行った この方法には A 評価が 10 人 B 評価が 7 人ということで 全員の人から肯定的な回答が寄せられた 1 確認クイズがあることで 復習するきっかけになった どこが理解できていないのか再確認できた 2 学習ポイントを短時間で整理し復習させる実利に加え 文法という比較的退屈になりがちな授業にストレスを与えずに緊張感をもたせる機能を果たしていた 3 理解できている部分とできていない部分が明確にわかった これらのアンケート結果から 9 割以上の受講者が授業を肯定的に評価し 8 割以上の受講者が文法内容を理解できていることから 文法学習における参加型学習スタイルの有効性を認めることができるのではないだろうか つまらない 難しい というイメージの強い文法学習であるが 参加型学習を取り入れることで 楽しく効果的な学習スタイルに生まれ変わることが可能になるのではないだろうか 5. おわりに本稿では 参加型学習スタイルを取り入れた文法教育について その詳細な紹介とともに その有効性について 受講者のアンケートとともに考察した アンケート結果から 大多数の受講者から肯定的に評価されたと結論づけることができるだろう しかし 課題点もあることも事実である 筆者は 今後の参加型文法教育の課題について 以下のことを挙げたいと思う 1) 参加型が効果的に機能しない学習者の対応人前で自分の意見を言うことに抵抗があり 参加型を苦手と感じる学習者のことを考える必要がある その場合 周りの人間がサポートして 意見の言いやすい雰 88
囲気を作りだすことが重要である そのためには クラス全体の信頼関係を構築する必要がある 毎回グループを変えるのは お互いを知り 気楽に意見を出せる雰囲気作りには欠かせないと筆者は考える また 参加型学習は好きだが 自分が所属したグループの活動についていけないということもあるかもしれない 例えば 日本語教育経験者の中に一人だけ未経験者が入ってしまった時などがそのようなケースである このような場合の解決策にも グループ構成員の理解とサポートが不可欠であり グループ内の協力体制が機能するかどうかは ファシリテーターとして講義全体を率いる講師の目配りにも左右される 参加型学習をリードする講師はファシリテーターと呼ばれ 学習の場をリラックスさせ いかに受講者の能力を最大限に引き出せるかがポイントとなる したがって 受講者に対して参加型学習の意義を正確に伝え グループごとに協力して実践していく体制を作り上げることが 参加型学習を成功させるための重要な要素になると思われる 2) 理論と実践との関係性文法理論を学習することと そのような理論をどのように教育現場で生かしていくのかということは別問題であり 限られた時間内でその両方を学習者に満足する形で提供することは難しい問題である しかし 日本語教育という枠組みの中で文法学習をしている以上 学習者の頭の中には絶えず 実践 という 2 文字が存在しているわけで その意味で 理論と実践との関係性を明確に伝えていく必要があるだろう 特に日本語教育未経験者は実際の教育現場を思い描くことは困難であることから 話だけでは具体的な状況が理解できず このような未経験者に対する配慮がもっと必要であると感じた 3) 文法全体をカバーするプログラムの構築講座の内容について 今回は半期 15 回であり 基礎的な文法項目をカバーしてはいるが すべての事項を網羅しているわけではない 例えば 複文の構造 述語の活用 品詞分類 などの重要なテーマは扱っていない このことから 参加型学習を取り入れたこれまでの授業内容を精査するとともに これらの文法事項も取り入れた参加型学習を実践し 文法全体を扱う教育プログラムに発展させることが重要である ( なお 幸いにも ここで指摘した 複文の構造 品詞分類 述語の活用 学校文法と日本語文法の違い などを追加して 考えて 解いて 学ぶ日本語教育の文法 というタイトルで スリーエーネットワーク より平成 22 年 9 月末にテキストとして出版することになった この報告者ができている時点ではすでに出版されているので 興味のある方にはぜひ一読していただきたい ) 注. 1. 開発教育協会 (2003) 参加型学習で世界を感じる開発教育実践ハンドブック では 参加型学習 について 学習者が 単に受け手や聞き手としてではなく その学習課程に自主的に協力的に参加することをめざす学習方法 と紹介している 2. 原沢 (2006) 日本語教育者のための文法教育 - 参加型学習を取り入れた教育の実践報告 - P.55-56 を参照 89
< 参考文献 > 原沢伊都夫 (2006) 静岡大学留学生センター紀要 第 5 号静岡大学留学生センター (2009) 留学生と日本人学生との混成授業における実践報告 異文化コミュニケーション能力育成に向けて 国際交流センター紀要 第 3 号 静岡大学国際交流センターむさしの参加型学習実践研究会 (2005) やってみよう 参加型学習! 日本語教室のための 4 つの手法 ~ 理念と実践 ~ スリーエーネットワーク 90
日本語教育機関 ( 海外 ) と日本語教師養成機関 ( 日本 ) との内容重視の協働活動の試み ブカレスト大学 ( ルーマニア ) と松山東雲女子大学 ( 日本 ) の事例 宇都宮絵里 山口明 ( ブカレスト大学 ) 西村浩子 ( 松山東雲女子大学 ) 要旨ブカレスト大学の日本語学科の学生と松山東雲女子大学の学生とが交流活動を協働で行い 日本語を手段として用い 双方の理解が深まる内容重視の課題達成型交流活動にしていくには 具体的にどのような方法が可能か 実践を通して検討した キーワード ビデオ会議 電子掲示板 内容重視 協働 課題達成型交流活動 1 はじめに日本から遠く離れた海外の日本語教育現場では 日本人や日本文化に接する機会は限られており 日本語学習の成果を実際のコミュニケーションで役立てる場は少ない このような日本語学習環境にある学習者のために 遠隔日本語教育や日本語教材の開発が進められている 1992 年 日本語教育 78 号の特集で 日本語教育と CAI が組まれて以降 IT 技術の発展に伴い遠隔教育にビデオ会議システムが導入され 国際交流 異文化理解 日本語指導等 さまざまな面で利用が盛んになってきている ルーマニアでも日本人が少ないため 日本語学習者は 日本人 日本文化に触れる機会が少ない ブカレスト大学日本語専攻の学生も同様の状況であり ビジターセッションは数回行ったが ルーマニア人大学生と同年代の日本人がきわめて少ないため 日本語を使う機会 日本文化や日本人に接する機会をいかに作るかが問題であった 本稿は その流れの中で ルーマニアのブカレスト大学での日本語教育と 日本の松山東雲女子大学の日本語教師養成プログラムとが協働して授業を行い 海外の教育現場での日本語学習の取り組みを 日本語教師の卵である学生がどのような形で支援できるか また双方の理解が深まる有益な交流活動にしていくには 具体的にどのような方法があるかを実践を通して検討したものである 2 交流活動の経過 2008 年に宇都宮がブカレスト大学に着任後 日本語学習者が日本語や日本文化に接する機会が少ないことを感じ 日本語を使って実際に日本人と交流できればと思うようになった 交流相手は宇都宮の出身大学である松山東雲女子大学に依頼し 知識だけの日本文化ではなく 交流の中で実際の日本文化を体験できるような活動を計画した 2.1 年賀状交換初めの交流活動として 2008 年 12 月に年賀状を作成し交換を行った ブカレスト大学の学生は 年賀状の習慣は知っていても 年賀状を書くことは初めてだったため 作成前に年賀状で使う言葉や干支を説明した後 オリジナルの年賀状を作り 送った 日本からは 年賀状とお正月の過ごし方や おせち料理についての手紙が 91
送られてきた なお 双方の顔が分かるよう 授業内で撮影した写真を交換して 送り合う相手を確認した 2.2 地域紹介文の交換次の交流は 2009 年 5 月にルーマニアからルーマニアや故郷の紹介文を 日本からは 学生のふるさとの紹介文 ( 愛媛県 高知県 留学生は中国や韓国 ) を送ると同時に ルーマニア紹介文の感想を送り合った 上記の二つの活動 ( 年賀状や作文の交換 ) によって得られた成果は まず ルーマニアの学生にとっては 日本の学生と日本語でコミュニケーションを行うことにより 読み手を意識した活動を行うことができ また それぞれの個性やオリジナリティを発揮できる教室活動となった 一方 日本人学生および外国人留学生 ( 中国 韓国 ) にとっては 今までまったく知らない世界であった国の日本語学習者と交流すること自体が楽しかったようである だが 会ったことのない相手に年賀状を出すことに 少し抵抗もあったようだ 2.3 課題達成型交流活動年賀状や地域紹介文の交換をして 次の段階の継続した交流活動について考えていたところ 2009 年 7 月に山口がブカレスト大学に着任し インターネットを利用した新しい交流が可能となった そこで 相互理解や異文化理解ができる内容を重視した交流活動を目指し 課題達成型交流活動を計画した 2.3.1 自己紹介文 交流の感想 お礼などの書き込み 2009 年 10 月には インターネット上に ブカレスト大学 松山東雲女子大学交流掲示板 という専用の電子掲示板を設置し ( パスワードでログインを管理し 関係者以外はログインできない ) この交流掲示板を利用することで いつでも どこからでもメッセージを交換することができるようになった ここで 課題達成型交流活動としてルーマニア側から自己紹介や年賀状のお礼などを書き込むことにした 日本側からは その返事や感想 自己紹介文の書き込みがあった しかし この交流掲示板上の交流は 当初の期待とは裏腹に利用者が少なく メッセージが書き込まれた場合には 教員間で連絡を取り メッセージの相手に掲示板を見て返事を送るようにと促していた 特に 日本人の学生にとってはパソコンを利用するよりも 携帯電話の機能を使ってアクセスしようとしていたことや 携帯電話からの書き込みができないという問題があったため 掲示板の利用は進まなかった 2.3.2 文化 習慣クイズの作成 2010 年 5 月には 自国の文化 習慣クイズの問題や答えの解説を日本語で作成し それによって互いの文化 習慣を発信するという課題を与え 交流掲示板上に設けたクイズのページにルーマニア 日本 中国の学生が作成した問題や解説を掲載した ルーマニアや中国の学生にとっては日本語を使ってクイズを作ることに楽しさを感じていたが クイズは四択の問題であったため 明らかに正解だと分かるような選択肢を作ってしまうなどクイズを作る難しさもあったようだ 92
2.3.3 スカイプを利用した自己紹介 2009 年 12 月 16 日にスカイプによるビデオ会議を実施し 第一回目ということで自己紹介や互いの趣味や関心事などを日本語で話す交流を行った 日本語で同年代の学生と話す機会が少ないルーマニアの学生たちは 初めこそ緊張してはいたものの会話が進むにつれてリラックスした様子だった 日本側の学生 ( 中国人留学生も含む ) も 同様であり 会話が進むと 緊張もほぐれ 互いの趣味の共通点などを知り 親近感を覚えたようであった 2.3.4 スカイプで PPT の質疑応答第一回目のビデオ会議でお互いの顔合わせができたので 次の課題達成型交流として 2010 年 1 月 6 日に ルーマニア側から ブカレスト大学の紹介やルーマニアのクリスマスとお正月の過ごし方などについての PPT を作成し ビデオ会議を通して発表し 日本側からの質問に対する質疑応答を行った ( 事前に PPT の写真は送信していた ) また 日本側からは 日本のお正月の過ごし方や成人式のことなどについて 簡単に紹介を行った 本活動の感想では ルーマニア人学生のほとんどが ルーマニアで日本語を使って話す機会があまりないためとても楽しかった 日本の学生と話せてよかった を挙げている また 日本の学生にルーマニアの伝統を伝えることができて嬉しかった という意見もあった 一方日本人学生は 12 月実施のビデオ会議参加者とは違うメンバーでのビデオ会議であり スカイプでの交信経験がない学生が多かったため 海外にいる相手の顔が実際に見える交流に感激した学生が多く また ルーマニアの学生たちが日本語による PPT 作成にまじめに取り組んでいる様子に 嬉しく思ったという感想が多く見られた そこで さらに 日本語を手段として伝える内容を重視し 双方にとって意義ある活動にして互いの文化を発信しようということから Multilingual & Multicultural Cyber Consortium 1 というサイトの交流活動を参考にし 次の交流を計画した 2010 年 7 月に 両大学で ルーマニア 中国 日本に対してどんなイメージを抱いているか いわゆるステレオタイプに関する調査を行い それを交換し合った そして そのイメージが実際はどうであるかを それぞれの国の学生が報告 紹介する PPT を作成 交換し ビデオ会議で発表して質疑応答を行うことにした そこで ルーマニアの学生グループと 日本側の学生グループ ( 日本人学生と留学生で混合あり ) を作り それぞれのテーマで PPT を作成した それぞれのテーマは次の通りである < ルーマニア > ドラキュラ ルーマニアの社会問題 ルーマニア人女性は美人 < 日本 > 日本のアニメ < 中国 > 中国の結婚式 中国の正月 中国の武芸 以上のテーマについて ビデオ会議で各グループが作成した PPT についての質疑応答を行った これまでにビデオ会議を数回行い 初めは自己紹介や個人的な質問のやりとりで楽しく会話をしていたが 内容重視のビデオ会議を進めるうちに インターネット 93
を使ったビデオ会議 ( 遠隔接触場面 ) ならではの 相手の質問が聞こえなくて大変だった 質問にすぐ答えるのは少し大変だった という感想が出てきた 前者はインターネット通信の技術上の問題だが 後者は日本語学習者にとって教室で練習したことがある質問 ( 例えば 自己紹介や個人的な質問 ) 以外の質問をされた時にすぐに返答できる力 やり取りができる力 ( インターアクション能力 ) が求められていることになる これらの能力は教室だけの限られたコミュニケーションの中で身に付けることは難しいだろう 尹智鉉 (2003) が パソコンやネットワークを介し NS を含む数多くの人達と目標言語を使ってコミュニケーションできる機能を提供することは NNS の言語能力の発達を図るだけではなく 社会言語能力 引いてはインターアクション能力の習得機会を与えられるのである と日本語教育への提案を述べているように インターアクション能力を身に付けるためには 多くの実際のコミュニケーションを経験させることが重要になってくる 3 活動の意義ここまでの活動で 明らかになった意義は 次のように整理される 3.1 ルーマニア人学生にとっての意義ルーマニア人学生にとっての上記のような交流活動の意義は 次の点にあると思われる (1) 日本にいる同年代の日本人とやり取りができる (2) 課題達成型活動を通して 実際のコミュニケーションができる (3) 異文化理解 日本語を使った相互理解活動ができる ルーマニア人学生にとっては ルーマニアで同年代の日本人と日本語で話す機会はほとんどないため 日本語を使って同世代の学生と話せたことだけで大喜びし ほとんどの学生がまた話したいと感想に書いていた また 日本文化や中国文化の新しい知識が得られたこと ルーマニアの伝統や習慣を相手に伝えられたことが嬉しいと 新しい情報を得たり 自ら情報を発信したりすることに喜びも感じていた 3.2 日本人学生にとっての意義日本人学生にとっての意義は 次の点にあると思われる (1) 共通のアニメ アイドルグループの存在によって 外国人への親近感が湧く (2) 日本語を使った異文化理解活動や相互理解活動ができる (3) 自文化の意識化が行われ 学習意欲の向上につながる (4) 海外の日本語学習者について知る機会となる 日本人学生にとっては 普段 欧米系の学生との接触がほとんどないため どのように接すればいいのか不安があるが 共通の趣味や話題で親近感が生まれ 気持ちがオープンになるようである また 中国人留学生とも共通であるが 自文化を伝えるということで改めて知識を得たり気づいたりするという喜びが見られる また 日本語教師養成プログラムを履修する学生にとって 海外で日本語を学ぶ学生の日本語を実際に聞く体験は 海外の学習現場の様子を垣間見る貴重な機会である さらに ビデオ会議での質疑応答は 短時間で質問に答える訓練になり 日本語 94
学習者だけでなく日本人学生にとってもインターアクション能力を磨く機会となる 3.3 中国人留学生にとっての意義では 中国人留学生にとっての日本語での交流活動の意義は どうだろうか 留学生の感想をもとにまとめると 次のようになる (1) 聴解や会話練習になり 自分の日本語能力を振り返る機会となる (2) コミュニケーション能力や思考力を養う (3) 日本についての異なる見方 考え方を知る (4) 自文化の意識化が行われる 中国人留学生にとっては 同じ日本語学習者という立場でルーマニア人学生と話すことで 自分の日本語力を見直し学習意欲を高める意義があるということができよう 第二言語である日本語を通して 自文化の発信ができ また 日本についての異なる意見を学ぶ機会ともなる また 留学生は 今回の活動を将来日本語教師となったときにも上記のような理由から ぜひ取り入れたいと全員が答えている それだけ日本語による PPT の作成やビデオ会議でのやり取りは 日本語コミュニケーション能力の育成に役立つということであろう 4 課題達成が遠隔接触場面で行われる交流活動へ 4.1 成果物の交換による交流の問題点ルーマニア人 日本人 日本に留学している中国人の学生が Web 掲示板やビデオ会議で知り合い それぞれの国についてグループ作業で日本語によるプレゼンテーションやクイズを作って ビデオ会議では日本語で質疑応答を行った しかし それぞれの PPT 作成などの課題達成活動では ルーマニアおよび中国の学生が日本語を使って相談したり話したりする機会はほとんどなかった 果たして それぞれの活動の結果 ( 成果物 ) を交換しただけで 交流したと言えるのだろうか 機関同士の交流活動にはなっていても 個々の学生が本当に交流したのだろうか 用意された接触場面で授業活動として交流が行われ お互いに知り合いになれた 話す機会を持てたという達成感は感じたに違いない しかしながら 何か活動に不自然さが無かったか 物足りなさが無かっただろうか それは 教師が用意した活動 接触場面に留まり 学生たちのやり取りの自然発生的な拡大があまり見られなかったことにも表れている 4.2 交流を協働作業にグループ作業による課題達成型活動がメンバー間のコミュニケーションを必要とするなら それをルーマニア人 日本人 中国人学生の混成による作業グループで実施すれば 課題達成作業の中で自発的なコミュニケーションが行われるのではないだろうか 納谷淑恵 (2002) は ビデオ会議を行っていた日本の高校とフィンランドの高校の双方の生徒同士が 掲示板やメールで連絡を取りながら ビデオ会議のプログラムを企画した協働作業を紹介して 以下のように述べている 国際交流というと 互いの文化を紹介するというイメージが強いが それは国際交流を協働学習の場と捉える視点がなかったせいではないだろうか 互いの国の文化 95
を紹介するだけでは表面的な交流のみで それが互いの理解を深めることとどうつながるのかが定かではなかった 生徒たちは 交流を続けるうちにいわゆる 文化の紹介 というレベルを超え 交流の場を作り出す協働作業をおこなったのである この高校生たちのように 距離の離れた学生同士が何か共通の目標 課題に取り組めば その中で情報のやり取り 議論が行われ コミュニケーションのためのコミュニケーションではなく 課題達成のための真のコミュニケーションが行われるのではないかという考えである 学生が実際に外国へ行き 現地で現地の学生と一緒に活動できれば最良かもしれないが それは費用とかけられる時間の点で現実的ではない 年賀状交換から始まった我々の活動は 限られた予算と機材で 普段の授業の中で 長いスパンで取り組み 日本語による実際のコミュニケーションを行いながら相互理解を進めることに目標がある 5 ルーマニア 日本 中国の協働プロジェクト 5.1 協働プロジェクトの実施グループワークの課題達成を遠隔接触場面で行う活動を試みるため 2010 年の夏休みに これまで交流を続けてきた学生たちの中から希望者を集め 日本人とルーマニア人と日本に留学中の中国人の 3 カ国混成の 3 グループ ( 計 13 人 ) を編成した そして 自分達でテーマについて相談してもらうことにした 期間は約 3 週間とし 夏休みであるので 自由な時間があって活動しやすいだろうと考えた テーマは 料理 家 音楽 と決められ 活動を開始した しかし アルバイトが忙しかったり 中国の学生は一時帰国するので 連絡がとりにくかったりしたということがあった 結局 期限までにプレゼンテーションを作ったグループは 2 つ ( 料理 音楽 ) であった それぞれ各国の料理と音楽について紹介の後 共通点と相違点などを分析し 日本語の説明の音声を入れた 10 分ほどのパワーポイントプレゼンテーションが出来上がった それぞれの紹介の組み合わせが基本になっていても 相談し 打ち合わせて作られた協働作業の成果であり ナレーションも交代で読み上げてつなぎ 明らかにこれまでのプレゼンテーションとは違っていた 5.2 学生のフィードバックその後のフィードバック調査によると 学生達は E メールで 40-50 回 スカイプで 4-5 回の連絡を取り合ったようだ 日本人学生の一人は 今まで外国の音楽や文化などを全く知らなくて 自分の住んでいる国のこともあまり知らなかったのに こういった活動をすることによって自分の住んでいる国のことを深く知ることができて楽しかった と書いている また 異文化理解については ルーマニアにも知っている楽器があったのでとても興味を持つことができた 中国と日本が似ているということを知ることができた と類似点に注目している 外国の学生とのコミュニケーションについては 日本語でしかやりとりできなかったが 一生懸命に伝えようとしてくれていることがよくわかって 日本人として とても嬉しかった と満足している 中国人の学生の一人は 毎日バイトをしていたので 皆とちゃんと交流できなかった と振り返りながらも ルーマニアと日本文化の理解が深くなった ルーマニアの学生さんと交流したことがとても面白かった と評価している ルーマニアの学生は 日本語の学習になったかどうかについて 新しい言葉をた 96
くさん勉強した 漢字もたくさん勉強した プロジェクトを面白くするために 少ししか知られていない情報を紹介し 分かりやすい説明や言葉 写真などを使うことが大切だと思う としている また グループのメンバーとのコミュニケーションについて 私は非母語話者で まだ 2 年生で 話す時にいくつかの言葉は日本語で知らなかったので 英語を使うか たくさんの説明が必要だった と 苦労しながらも 自分で工夫しながらコミュニケーションを行い プレゼンテーションを作りあげたことがわかる 夏休みで 帰国やアルバイトで忙しく負担になったためか 残念ながら 中国の学生は次のプロジェクトには参加を希望していないが ルーマニアと日本の学生は 次に同様の機会があればまた参加したいとしている 6 まとめと課題両大学の学生間の交流は 年賀状の交換に始まり 1 年半の間 Web ページやネット通信を利用して 様々な活動を行ってきた その活動の中で 学生は 年賀状やクリスマスカード 作文といった 自分で紙に書いたもの 手作りの形のあるものの交換によって 時間と経費はかかるものの 手で触れることができ 交流相手の気持ちやメッセージをよりリアルに感じることができた また Web ページでのメッセージや プレゼンテーション クイズ 写真 ビデオクリップの交換は 経費をかけず即座に相手に送り届けることができ 見る側も自由に利用できる利点があった ビデオ会議はリアルタイムでの音声と映像の通信が可能で そのインパクトは大きかった そして それぞれの機関で課題達成活動を行ない その成果物を交換して行われていた交流を 3 カ国の学生が遠隔接触場面において ひとつの課題達成活動のためにコミュニケーションを行う協働プロジェクトとして試みた しかし 今回はパイロットケースであり 今後はどのようにすれば活発にコミュニケーションが行われ 外部にも発信できるような内容のある成果物を作ることができるか グループの作り方 テーマの設定方法 期間 作成方法など 検討すべき課題は多い また スクールカレンダーの違いや時差に加えて 大学の設備 機材 学生個人の IT 環境なども問題である 実際のコミュニケーションが行われる環境作りは行っているが 日本語教育の側面では 非母語話者が使う日本語を教師がどのようにサポートできるのか 学生がどのように成長したかを把握し どのように評価するのか この活動でどんな日本語の能力が上達するのか これらを検討していかなくてはならない 一方 日本語教師養成の側面では 今回 日本語教師の卵である学生たちが 日本語支援をするというよりも 協働で一つのものを作り上げるために交流を行った点が意義深いと考える 教える 教えられるということではなく 同じ立場の学生同士が協力し合う経験が 将来 日本語教師となったときに学習者の言語や文化を尊重する姿勢につながるのではないかと思うのである また 今回のインターネットを利用した授業体験が何らかのタスク活動を行う際に役立つであろう しかし 先にも触れたように 学生自身が自主的に交流を行うところまでは行っていない 今後は 学生が自主的に交流できるよう 人間関係作りの方法や 異文化理解のプロセスや協働作業を進めるためのストラテジーの意識化 情報の共有化など 学生と共に考えていかなくてはならない 97
これまでは 2 大学間で交流をおこなってきたが 将来的には 他の機関も加えて複数の機関でネットワークを形成して活動を広げていくことも考えていきたい 注. 1 MMCC http://globalnetwork2009.blogspot.com/2010/11/tv.html < 参考文献 > 納谷淑恵 (2002) 総合的な学習の時間 における国際交流の取り組み - 協働学習の場としての電子掲示板およびテレビ会議 - 言語文化教育学の可能性を求めて言語文化教育研究論集 pp.67-83, 三省堂尹智鉉 (2003) ビデオ会議システムを介したコミュニケーションの特徴 - ストラテジー使用による日本語学習者の言語管理 - 早稲田大学日本語教育研究 pp.245-260, 早稲田大学大学院日本語教育研究科 多文化 多言語サイバーコンソーシアム (Multicultural& Multilingual Cyber Consortium: MMCC) http://globalnetwork2009.blogspot.com/2010/11/tv.html( 最終閲覧日 :2010 年 12 月 1 日 ) 宮崎里司 (2002) 接触場面の多様化と日本語教育 : テレビ会議システムを利用したインターアクション能力開発プログラム, 講座日本語教育 38 号,pp.16-27, 早稲田大学日本語研究教育センター徳井厚子 (2001) グループ結成初期および後期におけるコミュニケーション意識の変化 多文化クラスにおける課題達成プロジェクトの実践とその分析, 信州大学教育学部紀要 103 号,pp.25-36, 信州大学教育学部下平菜穂 (2005) 電子掲示板を利用した日本語学習者による通信活動報告, 信州大学留学生センター紀要 06 号,pp.45-52, 信州大学留学生センター小柳かおる (2004) ~Focus on Form とタスク中心の教授法 ~, 日本語教師のための新しい言語習得概論,pp.136-139, スリーエーネットワーク八代京子 町惠理子 小池浩子 磯貝友子 (1998) 異文化トレーニング - ボーダレス社会を生きる,pp.203-230, 三修社 98
相互行為における日本語学習者のストラテジー再考 基礎段階の言語使用者から自立した言語使用者の移行に注目して 東伴子グルノーブル大学 LIDILEM 要旨本研究では ストラテジーを CEFR で定義されている 効果を最大限にするためにとられる一連の行動 ( 吉島 大橋 2002 : 61) と捉え フランス母語学習者が 基礎段階の言語使用者 (A1/2) であった時期と 日本滞在を経て自立した言語使用者 (B1/2) へ移行した時期に行った母語話者との会話データをもとに 学習者が言語能力の向上に伴い 対面活動においてどのようなストラテジーを駆使するようになるかを考察する 自立 度とストラテジーの運用能力は関連性があるという仮説を立て 相互行為という観点から綿密に質的分析を行った その結果 ストラテジーの発達は 相手の発話の取り込み方 ( 協調 修正 ) ターンスペースの確保の仕方というレベルで特徴的に見られた キーワード 相互行為 ストラテジーの変化 基礎的 自立した言語使用者 1 はじめに 相互行為におけるストラテジー本稿では 日本語学習者における相互行為への参与という観点から 基礎段階の言語使用者と自立した言語使用者にそれぞれ特徴的なコミュニケーション上のストラテジーは何かを考える ストラテジー能力は コミュニケーションのブレイクダウンを補い コミュニケーション効果を高めるためのアクションに使われる言語 非言語レベルの能力 (Canale & Swain 1980) と定義されるが 80 年代から盛んになった中間言語研究でもコミュニケーション ストラテジーは達成ストラテジーと回避ストラテジーの両面から コミュニケーション成立のターゲットに焦点が当てられることが多い (Færch & Kasper 1982) 一方 社会学 エスノメソドロジー 言語学の分野から発展した 相互行為 の概念は コミュニケーションの成功 = 相互理解 情報伝達という見方とは一線を画する 相互行為は 社会的な活動であり 参加者たちの共同的な作業と捉えられ スムーズなコミュニケーションだけでなく 参加者同士の関係 行為の意味など 相互行為の中で構築されていくということに考察の焦点をあてている 本稿ではこのようなアプローチを取り ストラテジーを CEFR で定義されている 効果を最大限にするために取られる一連の行動 ( 吉島 大橋 2002 : 61) と捉え 相互行為活動の中で 手持ちのリソースと駆使するダイナミックなものと定義する 2 データ概要今回観察するのは 2 名の日本語学習者における 基礎段階時と 1 年 ~1 年半の日本滞在をはさんで自立した話者となった時期の二回の言語活動である ここでいう基礎段階は CEFR 参照枠で A1 /A2 自立した段階は B1/B2 に匹敵する ( 以下 A1 レベル B1 レベルなどと表記 ) ( 吉島 大橋 :25) 初対面の日本語母語話者による約 30 分のインタビュー形式の対話であるが インタビューで特定の情報を得るのが目的でないため 話題が流れて雑談になっても学習者から質問があってもかまわないと参加者に指示をしてある この 2 名を今回の対象に選んだ理由は 日本滞在後目立ってコミュニケーション能力が伸び その変化はストラテジー能力の習得と無関係 99
ではないと思われたからである 2 名のプロフィルは以下の通りである 学生 G と学生 M は 2 名ともフランス語母語話者 理系の学生で 第 1 回目のデータ収録時の日本語学習時間はおよそ 100 時間であり 口頭やりとりのレベルは基礎段階 (A1+) であった その後 学生 G は 1 年間の日本滞在中 4 ヶ月の日本語集中講座のあと企業でインターンシップを行う 学生 M は 1 年半の日本滞在中 大学の日本語の授業を受けながら大学の研究所でインターンシップを行い 週末にはアルバイトも行っていた 帰国後は両者とも自立したレベル (B1~B1+) に達したと判定した 3 分析手法エスノメソドロジー 会話分析のアプローチを基本的に用いる 収録ビデオと文字化したデータをを綿密に観察し 相互行為への参加者としての振舞い その行為の繋がり ターンのとり方を直線的だけでなく 重層的に観察し その連鎖における意味づけを考え 記述する その際 目立つ点 繰り返し観察できた点 詳細な観察の結果気づいた点 ( 平凡な行為の意味づけ ) の 3 点を取り出した また相互行為の枠組みでの考察であるため 学習者側の言語行動のみに注目するのでなく 相手の振る舞いも考察に含んだ 4 観察分析と考察 4.1 質問 応答の連鎖におけるストラテジーの移行 A1 レベルの学生 G は相手の発話を理解する過程で困難を示すことが多い ノンネイティブとしてのアイデンティテイを前面に出すと会話の流れを止めて説明を求める しかし 曖昧な相槌を打ちながら聞き手として参加し 知っている語彙が出てきた段階でその意味から全体の流れを推測し 意味を自分なりに再構築して会話に参加し直すというストラテジーが繰り返し観察された 抜粋 1 1 学生 G (A1+) と母語話者 T 人文学 1 G あの :: あなたは専門は 2 T わたしの専門は人文学とゆって 言葉の勉強とか文化の勉強をしています 3 G (1) [ じんぶん 4 T [ じんぶんがく人文学というのはすごく広い分野で言葉とか歴史とかいろんなものを勉強します 5 G (1) euh : : : : : 6 T わたしは特に英語を勉強しました = 7 G =ああうん (1) 英語 8 T 話せますか 9 G はいちょっと 抜粋 1 の連鎖は学生 G からの質問で開始する 学生 G は T の応答を理解に達しないまま聞いていたが (2~5) 英語 という言葉を認識すると 6 を応答と捉え 7 でその連鎖を完了している 母語話者 T は 自分の応答の補足的要素 6 から新トピ ックを展開させる 学生 G の終了部分にあたる 英語 (7) は 相手の次の質問の主題として再利用され ( 英語が話せますか ) 次の連鎖に流れ込んでいる また 学生 G はインタビュー中に頻繁に自分から質問をする 学生 M は 自主的な質問は非常に少なかったことから 言語行為のパターンは個人の性格や対話への 100
認識形態に依存していると考えられる しかし 発話の理解に困難がある学生 G にとって 自分から質問をする行為は 会話の流れを管理しながら相互行為に参加するためのストラテジーであると考えられる 質問は相手の質問を繰り返す相対的なもの ( 抜粋 1 の 1) である場合もあるが 唐突な方法で行われることが多い 抜粋 2 学生 G (A1+) と母語話者 T どこに住んでいますか 1 G Euh あなたはどどこに住んでいますか 2 T わたしは今はサンマルタンデールに住んでいます 3 G [ サン 4 T [ サン 5 G あ はい 6 T すぐ近くです 7 G うん 8 T G さんはどこに住んでいますか 抜粋 2 は ドイツ語に関するテーマの連鎖完了後に続くものである その連鎖で 学生 G は流れを停滞させ 相手の代弁によって連鎖を完了させており その完了方法には躊躇が見られる ( 抜粋 4 参照 ) その直後 関連のないテーマの質問を利用し相互行為に自主的な参加を試みる 母語話者 I はその質問の唐突性に気づかぬように応答し (2) それを利用して相対的な質問を行うように連鎖をデザインしている 抜粋 1 と抜粋 2 から観察できるように 基礎段階の言語使用者との相互行為では自分がデザインした連鎖組織の通り相互行為を続けることが優先事項ではなく 途中でねじれが起きても 隣接ペア ( 質問 応対 ) のレベルで連鎖を続けるストラテジーを行うことが多い 次に日本滞在後 B1 レベルに達した学生 G の言語行為を観察しよう 抜粋 3 学生 G (B1) と母語話者 I フランスに来てまだ 3 ヶ月 1 I 出身はどこですか 2 G あ 出身はブザンソンという町ですけど = 3 I =どこですか 4 G Franche-Comté という県 [ が ( ) 5 I [ わたしはまだフランスに来てまだ 3 ヶ月なんで 6 G ああそう [ なんですか 7 I [ わからないんですあんまり 8 G ああそうですか 9 ええっとですね ちょっと地図を描きましょうか (( 地図を描きながら説明 )) 10 G あ 3 ヶ月前に来たんですか 11 I そうなんです 9 月に来たんでまだ 3 ヶ月にならないかな 12 G ん [ ん 13 I [ うん 14 G フランスどうですか 15 I 難しいですねフランス語が難しいん [HHH 16 G ああそうですか [HHH 101
母語話者 I がフランスに来てまだ 3 ヶ月ということでフランスの地図を書いて説明した学生 G は その直後質問の形でその話題を再提示する (10) これは 既知情報 であるから 情報要求 の質問ではなく それについての話を促す ための質問である あ の認知状態標識と んですか のモダリティーを組み合わせ フランスにきてまだ 3 ヶ月 (5) を 3 ヶ月前に来た (10) と捉え直し 前の文脈に結び付けている この行為は フランスどうですか という質問 (14) の準備段階といえる このように学生 G は質問という行為をストラテジーとして利用し 重層的な連鎖を行っている また社会言語的ストラテジーとして あなた を相手に向けて全く使用しなくなったことも特記できる 学習者の質問に唐突性がなくなったのと同時に 母語話者からの質問にも同じ配慮が見られる トピックとずれる場合は ちなみに そういえば ところで などの前置き表現 またはその質問をした理由 根拠が述べられるようになった 4.2 相手の認識 見解に修正を加える A レベル時の学習者は 相手が認識 見解の違いを示したとき 言語リソース不足のため その修正を断念することがある しかし 手持ちのリソースを駆使して 修正を加えようとする試みは A レベルでも頻繁に見られた 抜粋 4 学習者 G (A1+) と母語話者 T ドイツ語 1 T あ すごいですね じゃ英語と日本語とフランス語が話せ ::[ るんですね 2 G [ はい ] ドイツ語 :: すすこ [ し 3 T [ ドイツ語も話せるんですか 4 G はい [ すこし 5 T [ すごいですね 6 G Euh くねんかん 7 T きゅうねんかん 8 G ぐらい Euh ドイツ語を習いっています 9 T ああほんとうですか 10 G はい 11 T ええドイツ語は難しいですよね 12 G はい euh ちょっとあの :: フランスあの :: わたしはフランス人です 13 T はい 14 G euh ドイツ語は (1.8) 難しくありません 15 T あ似てますかフランス語と 16 G (1.5) すみません 17 T 似てますかフランス語とドイツ語は近いですか 18 G euh 近い 19 T あの似てますか言葉 例えばフランス語とドイツ語と同じ言葉があったりしますか 20 G euh 日本語は 21 T うん 22 G むずかし [ い 23 T [ むずかしい 102
24 G ドイツ語は / 25 T そんなにむずかしくない 26 G (4) うん 27 T (1) はい 28 G はい HHH 29 T なるほど 母語話者 T は 11 でドイツ語は難しいということに関して学生 G の同意を求める 学生 G は 12 で言葉探しのフィラーを駆使して自分が同意でない方向に向かっていることを予告しつつターンを保持する その後その説明の活動に入る この段階では理由表現や複合助詞 (~ にとって ) は見られず 使われた統語的リソースは わたしはフランス人です ドイツ語は難しくありません といった X は の構文を対比的に並列させたものである (12, 14) 母語話者 T は学生 G の意図を理解したことを示すため 17 と 19 で確認表現を行うが G は理解ができない そこで G はそれまでの連鎖をキャンセルさせ 説明を再スタートさせる ここでも再び X は Y は と 2 つの対応する構文がリソースとなる (20~22 24~) 最終的には T の先取りによりこの連鎖は完了の形を持つ (25) ここで学生 G は承諾するが (26,28) 自分の言語行動に満足していない様子が 28 の 笑い から伺える 一方 学習者 M も同じように 手持ちの言語的リソースが限られている中 見解の認識の違いを説明しようと試みる 抜粋 5 学習者 M (A1+) と母語話者 Y 1 Y 仕事の : 仕事場の : 人と (0.8) こう (1.1) 話をしたり (0.6) 飲んだり食べたりするの楽しいですよ 2 M はいでも HH euh フランスで仕事は仕事 HH= 3 Y [ ああ 4 M =ともだちはともだち HH 5 Y (0.7) そうですか ここでは日本人の仕事の仕方について話している M が仕事の同僚と飲みに行くことを拒否すると母語話者 Y はそれを肯定する (1) 学生 M のデータでは 相手の見地を理解した上での違いを示すときに はいでも というパターンが談話的リソースとして頻繁に見られた また 抜粋 4 と同様 統語構造としては X は Y は と 2 つの対立する事項を出している 最も基礎的な構文が統語リソースとして様々な状況で使われるストラテジーが観察できる しかし B1 に達すると統語的リソースが変化する 抜粋 6 学習者 M (B1) と母語話者 S 仕事先 1 S もうじゃ仕事先は見つかったんです [ か 2 M [ そう見つかったんですよ 3 S ああフランスで 4 M グルノーブルで 5 S グルノーブルで 6 M はい 103
7 S ああじゃ近くていいですね 8 M そうっていうかちかくってぼく的には近くではないんですけどね 9 S あそうなんですか 10 M 地元はアヴィニヨンなんで [ 南の 11 S ああアヴィニヨン [ そうかじゃあ 母語話者 S は 学生 M にグルノーブルに仕事先が見つかったとのことで気配りの言葉をかけるが (7) 学生 M は そうっていうか の組み合わせで方向転換をしながら修正を試みる 基礎的段階で頻繁に見られた はいでも は使われなくなっている 統語的には複文 (ex. ので, たら ) を駆使し 相手の認識とのずれを明確に表現できるようになった 4.3 気配りのコメントへの応答相互行為に不可欠な要素として 感情的な一体化 あるいは同意による一体感の共有がある 特に日本語では文末モダリティにより 情感的なコメントを述べることや気遣いを表すことが多い ここでは会話の開始部の儀礼的やり取りと 褒める行為への応答に注目しよう 前者に関しては 部屋に入ってきた学生が席に着く前に 母語話者が一声かけるという行動が繰り返し観察された これはインタビューに入る前に 相手を対話相手として情感的に引き込む行為と見られる 抜粋 7 は A1 レベル時の学生 G が部屋に入ってきたときに母語話者 T が声をかけた場面であるが 理解が困難であったのはこのような気遣い行為を学生 G が予測していなかったからであろう 一方 抜粋 8 は B1 レベルの学生 G が部屋に入ってきたときのやりとりである 母語話者の発話にほぼ重なるようにして同じ構文で応答している 状況で予測して応答するストラテジーを獲得したと考えられる 抜粋 7 学生 G (A1) と母語話者 T 重そう 1 T 重そうですね 2 G (0.7) euh はいおも 3 T おもい (( 荷物を持つしぐさ )) 4 G はい euh ちょっと 抜粋 8 学生 G (B1) と母語話者 I 今日は寒い 1 I 今日は寒いですね= 2 G =はい寒いですね また 褒める行為への応答は社会言語的能力の一部である 抜粋 4 の 1 と 5 で母語話者 I が すごいですね という発話を繰り返すが 学生 G はそれを褒め言葉と認識していない A レベル時の学生 M は認識ができたが 肩をすくめるなどの非言語的リソースで応答をしていた B1 に達した学生 M は 明示的に相手からの褒め言葉を否定し また相手自身の謙遜を否定して 仮定表現を駆使してコメントを加えている 104
抜粋 9 学生 M (B1) と母語話者 S 日本語上手 1 S でもほんとに日本語上手ですね = 2 M =いやいや 3 S んんわたしはまだねえそんなに上手にフランス語話せません 4 M いやいやいやいやいやでもまあ 1 年間いるんだったら 5 S そうですか 4.4 協働的作業会話分析ではひとつのターンスペースに複数の話者が参加することを協働的ターン連鎖と呼ぶ 学習者が A レベルのコーパスでは 先取り完了は母語話者によるものがほとんどで 先取りされた学習者は そこで躊躇 考え込む あるいは 自分が流れを止めたことに対して謝るなどの行為を行い 言語上の不足を補ってもらったというメタ言語的な認識があると考えられる これは母語話者による 支援 協力的 活動で 協働的活動とは異なる 協働作業はとちらかが相手に依存しすぎていたり アイデンティティの面で大きな壁があると成立しないと考えるからである B1 レベルでは様々なパターンのターン連鎖が頻繁に見られたが 紙面の都合で一例だけここに示そう 抜粋 10 学生 G (B1) と母語話者 I 1 G 日本語の授業を [ はい受けて 2 I [ ほおああー ] 3 G ええあと 8 ヶ月を (0.8) eu は日本の会社ではたらきます 4 I 日本の会社にはたらく= 5 G =はい 6 I じゃ日本の大学に留学したんじゃなくて : : 7 G それではなく : : はい [ あの日本の ] 8 I [ その会社 (0.1) に ] 入ったんですか 9 G はい インターンシップ 10 I あインターンシップか 11 G はいインターンインターンとしてあそこに入りました ここでは母語話者 I の相槌や確認表現を学生 G がうまく取り入れながら それを自分の言葉で再産出し (6 7,9 11) ターンを完了させている このタイプのインターアクションは臨場感と話者の一体感を与え 対等な話者 つまり自立した話者の参加態度を示している 5 まとめに代えて今回 2 名の学習者の日本語運用能力を縦断的に観察し 日本語能力が上達したということ以外の相互行為への参加という面からのストラテジーの変化を考察した まず 話者同士の共感 一体感を模索するという行動はすべてのレベルで見られた A レベルでは語彙 単語が大きな役割を果たすということから 固有名詞をいろいろ挙げながらその人を知っている そこに行ったことがあるなど共有を確認し合うような活動が観察できた B レベルになると ターンの連鎖の協働活動によっ 105
てその会話自体が臨場感と一体感のあるものとなっていく 相互行為の重要な一面である交渉に関しては 初級話者は手持ちの簡単な統語的リソース (X は を 2 つ対比させる ) を駆使して交渉を試みたが それらの言語行為は相手の推察能力に依存し 相手への負担が大きい それが B レベルになると その場に適した言語的 社会言語的リソースを利用することにより また 連鎖組織をデザインしながら会話が行われるようになっていく また A レベルには ねじれ連鎖 が観察され 母語話者は自分の期待通りの連鎖よりも隣接ペアのレベルでの会話成立 ( 例えば質問応答 ) を優先する かなり大きいねじれも容認されるのは基礎段階の言語使用者とのやり取りの特徴といえよう B レベルになると ターン連鎖のねじれが少なくなり また自立した 対等な話者 としての協働的なターン組織が見られる また自立した話者になるには 会話がスムーズに流れるとか理解が早いということだけでなく 相手への配慮をも協働的に行うストラテジーの習得が不可欠と思われる 注. 1 文字化の主な記号 : 解説されている発話 ; [xx] 発話の重なり ; = 間隔なし ; ( 数字 ) 間隔の秒数 ; : : 音の引き延ばし ; HH 笑い ; ( ) 聞き取り不可, (( xxx )) コメント. 上昇抑揚. < 参考文献 > Canale, M. & Swain, M. (1980) Theoretical bases of communicative approaches to second language teaching and testing, Applied Linguistics.1:1-47. Council of Europe (2002) 外国語の学習 教授 評価のためのヨーロッパ共通参照枠 ( 訳 編吉島茂 大橋理枝他 ) 朝日出版. Færch, C. & Kasper, G. (eds.) (1982) Strategies in Interlanguage Comunication: Longman. Ochs, E., Schegloff, E. & Thompson, S. (eds.) Interaction and Grammar: Cambridge. Schegloff, E (2007) Sequence Organization in Interaction Vol.1:Cambridge 串田秀也 (2006) 相互行為秩序を会話分析 話し手 と 共 成員性 をめぐる参加の組織化 世界思想社東伴子 竹内泰子 ( 印刷中 ) フランス語話者日本語学習者は留学によって何が変わるか フランス日本語教育 5 2008 年第 10 回フランス日本語教育シンポジウム, AEJF. 106
ハンガリーにおける接触場面と学習者間協働の可能性 ブダペスト一般講座受講生を例としてー柳坪幸佳国際交流基金ブダペスト日本文化センター 要旨本研究は ハンガリー ブダペストにおける一般講座受講生に対して行った自由記述式のアンケートをもとに ヨーロッパにおける日本語学習者がどのような接触場面を持っているかを分析したものである アンケートの結果を見ると まったく接触がない という回答もあったが 日本人の友達が多い という答えも多く見られた また 接触がない と回答をした学習者も 日本人の教師を接触の相手として認識していることが判明した 特徴的だったのは 学習年数が長くなるにつれてクラス単位での特徴や傾向が目立つようになっていることで これはクラスが人間関係形成の場として機能しているためではないかと考える 以上の調査を通じて ブダペストでは身近に接触の機会があり 学習者の関わり方も多様であることがわかった しかし 地方都市在住の学習者の場合 どのような接触場面を持っているかは今後の調査が必要である キーワード 接触場面 協働 ハンガリー ブダペスト 一般講座 教材作成 1 はじめに従来 ヨーロッパにおける日本語学習者については なかなか日本語との接触の機会がない 授業外で日本語を実際に使う機会が少ないという指摘がされてきた だが ここ 10 年のインターネットの普及や留学の一般化 人の移動や交流の中で この状況は現在どうなってきたのであろうか 本研究では上記の問題意識から ヨーロッパの学習者が自分たちの接触場面をどのようにとらえているかを ハンガリー ブダペストにおける一般講座受講生を対象とした自由記述式のアンケートをもとに分析 考察した その際 積極的に接触場面を持つ学習者と機会が少ないと自覚する学習者とでは それぞれどのような特徴が見られるかを探った 2 方法アンケートの対象としたのは 国際交流基金ブダペスト日本文化センター日本語講座受講生である 2009-10 年度後期 (2010 年 2 月 6 月 ) のレベルは 8 段階 学習開始時のレベルは入門 ( ひらがな カタカナの読み書きができることを前提 ) から中級 ( 旧 2 級取得程度 ) まで 2010 年 4 月時点の在籍者数は 79 名 アンケートは 2010 年 4 月の中間テスト時に実施 回答数は 56 名 ( 回収率 70.8%) 質問項目は 1 日本語でしたことがあること 2 日本語を使ってこれからしたいこと 3 私の知り合いの日本人 4 ハンガリーの中で触れることができる日本文化 日本に関係したイベント 日本の物 / ハンガリーで日本に触れられるところ 5 先生と日本語で話したいこと 6 インターネットを使って日本語でできること したいこと 7( 国際交流 ) 基金でやってみたい活動 体験 の全 7 項目 自由記述式 質問紙はハンガリー語および日本語で準備し 回答はハンガリー語でも日本語でも可とした また なるべく固い雰囲気にならずに気軽に書けるよう アンケート用紙のデザインも工夫した 107
自由記述式としたため 自由に楽しい回答も一部で出た半面 その場で思いつかない学習者も中にはいることが予想された そのため アンケート回収後 クラスおよび個人を対象にインタビューを実施 その際出た学習者たちの意見や様子も観察し 記録にとどめた ただし 集計対象とした項目はアンケート上の回答に限定し インタビューでの回答は アンケートで出てきた接触場面の状況をさらに深く聞き出したたことのみ本論の参照とした アンケートの後 接触場面を豊かに持つと自覚する学習者とあまり持たないと考える学習者とではどのような特徴があるかを 上記項目のうち 3 および 4 の 2 項目を中心に分析した その過程で いくつかのクラスでクラス別の特徴が強く出ていることがわかったため 複数出現する語句をキーワードとしてピックアップした クラス単位で見ると 学習開始 1 年以内の 2 クラスの回答を見ると 日本や日本文化と接触する経験を持っている学習者もいるものの 主に個人単位で楽しんでおり 他者とあまり影響を与えあっていなかった ところが学習開始 2 年目以降になると クラス単位での特徴が顕著に表れるようになっている 特に 接触場面を豊かに持っているケース に関して見てみても どのようなキーワードが挙げられているかは クラスごとに違っている 以下 クラスによって特徴的に表れた回答を提出したい 3 アンケート結果 3.1 接触場面を豊かに持っているクラス学習開始 2 年目以降の 6 クラスのうち 豊かな接触場面を所有していたのは 3 クラス ( クラス A クラス B クラス C= いずれも仮称 ) である アンケート実施時には クラス A( 回答数 6) は国際交流基金日本語講座での学習開始 2 年目 B( 回答数 3) は 3 年目 C( 回答数 12) は回答数 4 年目 また 当時の日本語レベルと使用教材は クラス A および B が初級で みんなの日本語 2 を使用 ( クラス A は同教材の前半 B は同後半を使用 ) またクラス C は初中級で J.Bridge の後半部分を学習していた 上記 3 クラスの回答者 21 名のうち 15 名が 日本語教師以外に日本人の知り合いがいると回答していた 中には 友達とよく日本語でやりとりしているが 日本語教師とも時々会話をする ( クラス A) という回答もあり コミュニケーションの相手は日本人の友人が中心で 教師はむしろ補助的な存在と認識されていることがわかった また ハンガリーに日本語や日本文化に接触の場があると答えているのは 21 名中 20 名で 殆ど全員がブダペストにいて何らかの形で日本に接する機会があると答えている 中には たくさん機会がある という回答もあった ( クラス B 2 名 ) ただ その内容はクラスによって異なっており 学習開始 2 年目のクラス A では 会社の取引先の日本人に日本語で挨拶したりしている 友達とチャットしたりしている といった意見も 1 名ずつから出たが 全体としては やまと ( グループ名 ) アニメコン ( アニメに関するイベント ) さまざまなイベント ( 展示会 コンサート 映像 ) 映画 といった イベントや展示会などの機会を中心に活用していた 一方 学習開始 4 年目のクラス C においては 日本語や日本文化に接する場としては アニメコン (8 名 ) が多く出たのはクラス A と共通だが その他に ELTE 大学 / カーロリ大学 ( の教室で毎週行われている日本語会話クラブ ) (7 108
名 ) が挙げられていた また 日本人の知り合いに関する項目では 同クラスは 基金で知り合った人 ( パーティーやゲスト スピーカーなど ) (4 名 ) を答えており 中には ちゃん ちゃん と知り合いの名前を列挙する学習者もいた これは 同クラスが一度知り合った人とその後も交流を続けていることや 定期的に実施されるクラブなどの場を活用しているということができる クラス A が全体として一過性の活動や受動的なものを自分の接触場面として意識しているのに対して クラス C の関わりには 能動性 継続性 個人と個人のつながりが生まれているのが感じられる 学習を重ねる中でクラスの中に人間関係が生まれ 中には一緒に出かけたり情報交換をしあったりする学習者もいることがわかった その一例として クラス B では ブログ というキーワードが 2 名から挙がっているが インタビューの結果 2 名一緒に日本語でのブログを始め お互いにどこかに行った様子を報告しあったり 写真をアップしあったりする様子を聞くことができた 3.2 教室外に接触場面をあまり持たないと認識するクラス一方で 接触場面を教室外にあまり持たないクラスもいくつかあった その典型は学習開始 4 年目のクラス D( 回答数 5) であった このクラスはアンケート実施時には みんなの日本語 2 を終了し J.Bridge に入る前の以降段階として 簡単なスピーチや作文の練習をしていた このクラスから挙がってきたキーワードは 少ない ない (3 名 ) 残念 (2 名 ) であった これは 既に挙げたクラス B の学習者が ブダペストには日本語 日本文化に接触するチャンスがたくさんある (2 名 ) と答えたのと対照的である 5 名のうち 日本語教師以外の日本人の知り合いがいると答えたのは 1 名だった また その 1 名も 大学の日本語クラスにゲストとして訪問した日本人ゲストを知り合いとして挙げており 学生の自主組織としての性質の強い会話サークルでの出会いとは性質を異にしていた 同回答者は 授業以外で日本語や日本文化に接する機会があるとは言うものの ( 略 ) 私は茶道の発表で参加しました たくさん日本映画を見ました 残念 でもハンガリーで日本人は少ないです ( 原文ママ ) と書いていた しかし 同クラスも日本人と接触した経験がないわけではなく 1 日本語でしたことがあること の回答として 電車で日本人と日本語を話しました 日本人を案内 という答えが 1 名ずつから挙がっており インタビューの結果 前者は故郷からブダペストへの電車の中で偶然日本人に出会い 3 時間ほど一緒に過ごしたこと 後者については街で偶然道を聞かれた日本人に道を教えた 案内したという経験を持っていること判明した これは 山内が接触場面を五つに分類した中の 5 偶然遭遇する場面 親切心で関わることも多い 予期せず突然遭遇することが多く できなければ無視することもできる に該当すると考えられる 1 また このクラスは平素の行動を見ていても 日本語教師や事務スタッフによく日本語で話しかけたり クラス単位のパーティーを自主的に企画して教師や日本人スタッフを誘うなど積極的な行動を示している このような教師との交流 特に授業時間内での交流は山内の分類の中の 1 ( その国で日本語を勉強している場合 ) ほぼ毎日遭遇する可能性のある場面 に該当すると考えられる このように 機会がない と自己を認識する学習者たちも 様々な枠組みの中での接触場面を所有し 109
ており 彼らを一慨に 機会を全く持っていない とすることはできない 4 アンケート結果とその文脈化 4.1 ハンガリーにおける教材作成次に 上記のアンケート調査からわかった結果を どのように日本語教育の現場に生かすことが可能であるかについて考えたい その際 ハンガリーで 2010 年 12 月現在進行中の CEFR 準拠教材についても合わせて紹介したい ハンガリーでは 2010 年 12 月現在 教科書作成プロジェクトが進行中である CEFR およびハンガリーの高等教育資格認定試験に準拠した総合日本語教材で シラバスは場面 機能シラバスである また 何ができるか を目指した Can-do を各課の目標としている この教科書の編纂にあたり シラバス作成のよりどころとしたのは CEFR の Can do statements およびハンガリーにおける接触場面である ハンガリーの学習者はどのような場面に接触し そこではどのような言語行動が行われるかを分析 それぞれの課に落としていった アンケート実施時には全 2 冊のうち 1 冊目は最終編集段階で 2 冊目はシラバスと内容の最終調整をしていた 教科書の中の場面としては 一般的かつ汎用性の高いものも盛り込んだが 特に中盤以降では ハンガリー料理の説明 ハンガリーの観光地 卒業パーティー スピーチコンテスト 日本語キャンプ アニメ関連のイベント 大使館の奨学金申し込み など ハンガリーにおける接触場面も含まれている これらの中には学習者が現実に出会う場面もあれば 今後出会う可能性があるもの また 制作者側が知ってほしいと思うものも含まれている 教室内での接触場面の盛り込みについては編集上の限界もあったが 今後試用 普及方法の検討を重ねていく中で クラスでどう使っていくか をもとに 教師や事務スタッフとの効果的な対話やクラス内での人間関係形成をどのように進めていくかを課題とする必要がある 4.1 教室内での応用の可能性以上のアンケート調査から ブダペストでは身近に接触場面が存在していること その内容が多岐にわたること また 特に時間の自由のきく学生を中心にその機会を活用していることがわかった さらに そういった活動の機会がクラス間の人間関係の中で形成されている様子を観察することができた それをクラスの中 授業の中で教師が展開していく場合 まず一口に接触場面といっても 山内の指摘にもあるようにその内容は多様であると教師が意識しておくことが必要である アンケートの中でも 学習 1 年未満のクラスの学習者からは 会話クラブがあるのは知ってはいるが日本語が足りないので参加しない という回答が挙がっているが 会話クラブで日本人留学生と自由に話すことはできなくても ふだんからよく知っている教師とはコントロールしながらなら身近で事務的なやりとりができる ができるように意識づけを行っていくことことは可能である それは 入門段階から何かができる という 評価を常にプラスのものととらえる Can-do の理念につながるものである また 外部に日本人の友人がいない学習者の場合も 前述のクラス D のように教師やスタッフとの交流を積極的に行っているケースもあり そのことを自分たちで認識していくことで 自分たちも自分たちの言葉として日本語を話している という自信につなげていくことが可能となる 110
また 学生の活動がしばしばクラス単位で展開されていくのであれば 教師はクラスの中でよりよい人間関係を展開させる工夫を盛り込んだり クラス単位のメーリングリストの立ち上げやクラス パーティーの開催などを 適宜企画していくことも有用である 特に最近は学習者のほうが積極的に facebook などの SNS になじんでおり これらを活用していくこともひとつの方法と言えよう さらに一歩進んで 継続的かつ積極性が求められるような場面を意識的にコースに組み込んでいくことも有用である 日本人留学生が身近にいる環境であれば 交流会に招き 気が合えば連絡先を自由に かつ自主的に交換できるような雰囲気をつくっておくこともよいであろう 5 まとめと今後の課題以上 ハンガリー ブダペストにおける学習者の接触場面を分析するとともに それをどのような形で日本語教育の現場に生かせるかを問題提起として挙げていった 自由記述式のアンケートを行ったため 分析 集計には偏りがあった可能性も否めないが 逆にコントロールのない状態で 自分たちが日本語や日本語話者とどう接しているか を認識 自覚しているかを見ることができた 日本人留学生との関わりを積極的に持っている学習者から ネイティブ教師との関わりに限定される学習者まで彼らの持つ接触場面の内容は様々ではあるが 多くがそれらの場を有意義に活用しようとしていることがわかった ただし ブダペストの一般講座におけるこの調査からわかった結果が 全てのハンガリーの学習者にあてはまると簡単に言うことはできないであろう まず第一に ブダペストはハンガリーの首都であり 日本人留学生や駐在員 日本食のレストランなどがある程度存在しているが 地方在住の学習者の場合はどの程度身近に日本語や日本文化があるかが不明である 教室内での接触場面 についても 教師がノンネイティブ教師の場合は 教師が意識的に直接法を行っていない場合 教師と身近で事務的なやりとりをする ことは 必ずしも現実的と言うことはできない さらには ネイティブ教師の場合にしても 媒介語の使用がそもそも前提とされたケースもあると思われる こういったケースでは ネイティブ教師やスタッフが当然現地語 または少なくとも英語などの媒介語を使ってコミュニケーションをとることが求められるであろう その場合 教室の外に接触場面を持たない 学習者に対し どのようなアプローチが必要となるかは今後の課題である 注. 1 山内は ロールプレイで学ぶ日本語会話 ブルガリアとルーマニアで話そうー (2007) の中で ブルガリアとルーマニアにおける接触場面のまとめ として 接触場面を1 ほぼ毎日遭遇する可能性のある場面 2 ブルガリアまたはルーマニアで日本語を勉強していたら 必ず遭遇する場面 3 自分から関わろうとすれば 遭遇する可能性があり できなければ困る場面 4 自分から関わろうとすれば 遭遇する可能性があり 上手くできなくても困らない娯楽的場面 5 偶然遭遇する場面 親切心で関わることも多い 予期せず突然遭遇することが多く できなければ無視することもできる に五分類している 2 山内 同 111
< 参考文献 > キリル ラデフ ブルガリア日本語教師会 ルーマニア日本語教師会 山内博之 (2007) ロールプレイで学ぶ日本語会話ーブルガリアとルーマニアで話そうー セーカーチ アンナ 佐藤紀子 (2009) CEFR にもとづく日本語教育とは?~ 対話にもとづく異文化コミュニケーション能力を養う日本語教育を目指して ~ ヨーロッパ日本語教育 第 13 号角田依子 柳坪幸佳 (2010) ハンガリーにおける教材作成 Can do タスクを中心としてー 日本語教育連絡会議論文集 Vol.22 鎌田修 代田智恵子 山内博之 戸田貴子 欧州日本語教材プロジェクトメンバー (2004) 欧州諸国と日本を結ぶ日本語教材作りのプロジェクト ヨーロッパ日本語教育 第 8 号福島青史 (2010) CEFR 能力記述文のレベル別特徴とキーワード ヨーロッパ日本語教育 第 14 号松浦依子 (2010) ハンガリー教材作成プロジェクト アルザス研修報告 ( 仮 ) 準備中宮崎智司 ヘレン マリオット編 (2003) 接触場面と日本語教育ーネウストプニーのインパクト 112
わたし私 にほんご と日本語 わたしにほん 私と日本 1. Milyen dolgokat csináltál eddig a japán nyelv segítségével? 2. Milyen dolgokat szeretnél a jövőben csinálni a japán nyelv segítségével? 3. Milyen japán embereket ismersz? 4. Van-e lehetőséged Magyarországon Japánnal, a japán kultúrával találkozni, és ha igen, akkor hol, milyen formában? Van-e lehetőséged arra, hogy Magyarországon használd a japán nyelvet, és ha igen, akkor hol? 5. Milyen dolgokról szeretnél a tanároddal japánul beszélgetni? 6. Milyen dolgokat tudsz interneten japánul végezni? 7. Milyen tevékenységeket végeznél / próbálnál ki az Alapítványnál? G< なまえ名前 : > 113
わたし私 にほんご と日本語 わたしにほん 私と日本 にほんご 1 日本語でしたことがあること にほんごつか 2 日本語を使ってこれからしたいこと わたしし 3 私の知り あにほんじんいの日本人 合 なかふ 4 ハンガリーの中で触れることができるにほんぶんかにほんかんけいにほんもの日本文化 日本に関係したイベント 日本の物 / ハにほんごふンガリーで日本語に触れられるところ せんせいにほんご 5 先生と日本語はなで話したいこと つかにほんご 6 インタネットを使ってできる日本語でできること したいこと ききんかつどう 7 基金でやってみたい活動 たいけん 体験 G > なまえ名前 : < 114
現代日本語に於ける さあ の意味用法について池田諭東パリ大学 ( マルヌ ラ ヴァレ ) ジュール フェリー高校 ( クロミエ ) 要旨 さあ は感動詞とされその意味用法には主に勧誘 促しが続く用法 期待した状況や予定された状況が続く 所謂 時機到来 の用法 意志 義務が続く用法の 3 種とそれから当惑の用法が 2 種考えられる この内で前者の 3 種は 新しい状況 動作 行動への移行 で関連付けが可能であったが 当惑的用法は同様の方法では無理があったように思われる そこで本稿では発話理論とトポロジーからなる仮説を提出する さあ は基本的に状況 文脈で作られる概念 P の補充概念 C(P) に対して 駆け回り操作 をし C(P) を閉め 改めて概念 P を開く操作とし これを基に当惑の用法に対しても有効な統一的な記述を提案する キーワード 概念 トポロジー 機能的不変体 文脈変化 1 はじめに さあ は異形態として さ を持ち 品詞としては感動詞を示す基本語である これは 日本語初級でも現れ 次の分類の中に見られる様々な用法が観察される これらの用法で さあ は果たして同一だろうか 同一性を問題にするのは多義語もしくは同音異義語によって生じる習得上の煩雑性を回避したいと言う教育的理由が第 1 にあり 更に思惟の経済性という認識論的方法論的理由が第 2 にあるからである この 2 つの立場は分野は別でも密接に繋がっていると思われる 本稿では始めに さあ の代表的な意味用法を体系的に分類整理する その後 先行研究の批判的紹介並び教育的観察 考察を経て 分析となり 機能的不変体を抽出した仮説を示す そしてこの仮説を基に代表的な意味用法を記述する 最後に分析結果からの日本語教育と間投詞用法の分析への応用可能性を考える 2 観察される さて の意味用法の分類 2.1 語源感動詞としての さあ / さ は共に さあ / さ からの派生であり 間投詞も同様であることから 2 者の同一性が疑われるところであるがここでは感動詞を扱う 2.2 分類広がりを持つ 新しい状況 動作 行動への移行 の用法と広がりを持たず認識に関する文に限る 当惑 の 2 種に分けられる 2.2. 1 新しい状況 動作 行動への移行 後続文での対他性 時間性 主観性の有無によって 3 部に下位区分される 2.2. 1.1 勧誘 促し 聞き手との関係 ( 対他性 ) で発生する 相手に動作 行動を誘ったり促したりする 勧誘 促し を示す表現は さあ に後置し 述語で表すのが一般的である この用法は森山 張 (2002) では 動作発動用法 と呼ばれ動作発動を誘発させる機能と見る 115
(1) { さあ / } { 食べください / 食べましょう } また繰り返しが可能である (2) さあ さあ { 食べください / 食べましょう } 否定形に典型的な制限が見られる (3) さあ {* 食べるな / * 食べないでください } 述語以外でもこの用法が見られる 促し / 勧誘 内容は発話状況で補われる (4) さあ { どうぞ / 奥へ } 更に簡略化し 消去される 呼びかけに近い (5) さあ Ø 2.2. 1.2 時機到来 森山 張 (2002) の命名による 聞き手との関係なしで可能であり 期待した状況や予定された状況への移行を表示する 新状況は さあ に後置し 述語で表示される この後更に発話者の主観 意志を伴う文が後続するのが一般的である (6) さあ 今日から夏休みだ 思いっきり遊ぼう (7) さあ 宿題が終わった 遊びに行こう (8) さあ 東京に着く 早く荷物の準備をしなくっちゃ この移行は時間的継続性を帯びていると思われる (9) さあ やっと今日から夏休みだ 思いっきり遊ぼう (10) さあ やっと宿題が終わった 遊びに行こう (11) さあ { ようやく / そろそろ } 東京に着く 荷物の準備をしなくっちゃ 繰り返しに制限があるようである (12)?? さあ さあ 今日から夏休みだ 思いっきり遊ぼう 否定形にも典型的な制限が見られる (13)?? さあ 宿題が終わらない まだ遊びに行かない 述語以外では不可であり 時機到来 内容は発話状況で補われない (14)?? さあやっと 早く荷物の準備をしなくっちゃ 同様に 時機到来 内容の消去も不可能と思われる (15) * さあ Ø 思いっきり遊ぼう (15) さあ 思いっきり遊ぼう 2.2. 1.3 意志 / 義務 聞き手との関係なしで成立する さあ に後置し 発話者の主観的 意志 / 義務 は述語で表示される ここでは (6)(7)(8) からの次の変化を観察されたい 尚 森山 張 (2002) では動作発動を誘発させる 動作発動用法 / 意志 に相当する (16) 今日から夏休みだ { さあ / } 思いっきり遊ぼう (17) 宿題が終わった { さあ / } 遊びに行こう (18) 東京に着く { さあ / } 早く荷物の準備をしなくっちゃ 時機到来 と違いここでは時間的継続性は観察されない それ故に (6)(7)(8) と合わせて 2 つの さあ の共起が考えられる (16) さあ 今日から夏休みだ さあ 思いっきり遊ぼう (17) さあ 宿題が終わった さあ 遊びに行こう (18) さあ 東京に着く さあ 早く荷物の準備をしなくっちゃ 繰り返しに制限があるようである 116
(19) 今日から夏休みだ?? さあ さあ 思いっきり遊ぼう 否定形にも典型的な制限が見られる (20) 今日から夏休みだ * さあ 絶対に遊ばないぞ 述語以外では不可であり 意志 / 義務 内容は発話状況で補われない様である (21) 今日から夏休みだ?? さあ思いっきり 同様に 意志 / 義務 内容の消去も不可能な様である (22) 今日から夏休みだ * さあ Ø 2.2. 2 当惑 後続文は発話者の認識に関する文に限る 対他性の有無により 2 部に下位区分される 2.2. 2.1 当惑 1 聞き手との関係 ( 対他性 ) で成立する 相手の質問に断定的判断 返答が不可能な時に発する 森山 張 (2002) では 留保表示法 に相当する (23) A: 山田さんはいつ着きますか B: { さあ / /?? えーと } { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } (24) A: 山田さんがいつ着くか知っていますか B1: { さあ / } { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } B2: Ø いいえ { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } B3: * さあ いいえ { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } 繰り返しに制限があるようである (25) A: 山田さんはいつ着きますか? B:?? さあ さあ { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } 肯定形に典型的な制限が見られる (26) A: 山田さんがいつ着くか知っていますか B1: * さあ { 分かります / 知っています } B2: Ø はい { 分かります / 知っています } B3: * さあ はい { 分かります / 知っています } 述語以外でも可能であり 当惑 内容は発話状況で補われる (27) A: 山田さんはいつ着きますか B: さあ { 全く / 今のところは / いつ } 更に簡略化し 消去が可能である (28) A: 山田さんはいつ着きますか B: さあ Ø 2.2. 2.2 当惑 2 聞き手との関係なしで成立する ある状況で問題が発生し発話者は直ぐ解決が出来ない時に発する (29) { 道が 2 つに分かれている / ご飯が足りない / 台風が来る } { さあ / } 困った どうしよう 繰り返しに制限があるようである (30) { 道が 2 つに分かれている / ご飯が足りない / 台風が来る }?? さあ さあ どうしよう 肯定形 / 肯定的概念で典型的な制限が見られる (31) { 道が 2 つに分かれている / ご飯が足りない / 台風が来る }?? さあ 大丈夫だ 117
述語以外では制限を受ける 当惑 2 内容は発話状況で補われないようである (32) { 道が 2 つに分かれている / ご飯が足りない / 台風が来る }?? さあ { 本当に / 全く } 同様に 当惑 2 内容の消去も不可能と思われる (33) { 道が 2 つに分かれている / ご飯が足りない / 台風が来る } * さあ Ø 3 先行研究辞書の記述は編者により分類は様々であるが 勧誘 促し と 当惑 が一定して見られる 鷹野 (2004) は外国人への日本語教育上 勧誘 促し 新状況への移行 当惑 を区別するが言語学的記述は少ない 森山 (1996) には感動詞の分類があり 当惑 の さあ は対他的感動詞 応答詞系 対認識文応答文 留保表示 疑問への即時回答不能表示 勧誘 促し の さあ は 非対他的感動詞 動作実行連動系 ( 必ず現実世界での動作実行に連動 ) 動作発動類 ( 動作を促す ) と体系的な位置付けがある 森山 張 (2002) では 動作発動用法 留保表示用法 の 2 用法に更に 時機到来用法 を加わえて 3 種の さあ を立て 動作発動用法 と 時機到来用法 を 状況が動作発動を含む段階に更新 で捉えながら 3 種の用法を統一を試みたが 留保表示用法 即ち 当惑 への関連付けに無理があるように思われる また 当惑 の後続文が認識文に限ると言う重要な制限も説明されていない これらの諸研究を踏まえて新たな記述が望まれると思われる 4 教育的観察 考察 さあ は初級でも極初期に見られる 例えば普及度の高い みんなの日本語 (1998) では以下に観察する様に 勧誘 促し が初めに導入され 当惑 がその後に続く (35)A: さあ 会議を始めましょう あれ? ミラーさんは? B: 今電話をかけています A: そうですか じゃ ちょっと待ちましょう [ みんなの日本語 14 課 ] (36) 山の高さはどうやって測るか 知っていますか さあ どうやって測るんですか [ みんなの日本語 40 課 ] ここでは両者の意味的差は大きく学習者は各用法を個別に捉えてもこの段階では問題は生じないが よくある次の会話はどうだろうか (37) A: さあ ( 皆さん ) どうでしょうか B: さあ どうでしょうか 同形から単なる繰り返しのように見えるが 2 者の意味は曖昧性が全くなくその差は歴然である ここでは各用法を個別に立てる上の方法は余り役に立たないと思われる 学習者には果たして さあ は本当に別々なものだろうかと言う多義性に対する素朴な疑問すら生じるだろう 教育的にも用法間の有機的な説明が望まれるところであると考えられる 5 分析 5.1 概念装置と仮説発話理論とトポロジーを基にして概念装置を次の様に定めよう 発話者を S0 聞き手を S1 発話時を T0 とし必要に応じて T1 T2 を T0 を基準にして作る 118
状況 文脈で作られる ( 状況 述語 ) 概念を P とし その相補体を C(P) とする トポロジー的空間は内 外の区別があり その境界は開いたり閉じたりする 尚 は関係構築オペレターである 以上を基にして さあ の一般操作を次の仮定で示そう (38) 仮説 : さあ の一般操作発話時 T0 から発話者 S0 は次の操作を行う 第 1 時点 T1 (T1 <T0) に設置された補充概念 C (P) に対して 駆け回り操作 をして C (P) を閉め それから第 2 時点 T2 (T0 < T2) に設置された概念空間 P を新しく開く T1 <T0 < T2 であり 補充概念 C(P) は後続文または状況 文脈で作られる P 及び C (P) の作られ方によって表面上の意味が分かれる これを次に図示する 尚 駆け回り操作 は XXX で図示される ( 図 1) 5.2 記述 説明紙幅上 全用法を分析出来ないが 仮説を基に幾つかの代表的な意味用法を記述しよう 5.2.1 勧誘 促し (39) (1) { さあ / } { 食べください / 食べましょう } P を 食べる と置くと C (P) は 食事の準備 と置ける P は発話者 S0 が聞き手 S1 に求める 新しい動作 行動 である この性質が 勧誘 促し の基になる T1 で C(P) が終了してから (C(P) を閉めて C(P) の外に出てから ) 発話者 S0 が聞き手 S1 に T2 で P を始める (P を開けて P の内に入る ) 様にと発話時 T0 に求めると解釈される ここでは T1 では P は不成立であり T2 で P は成立となる P の成立に際しは発話者 S0 に依らず聞き手 S1 に依る また 駆け回り操作 はここでは 食事の準備 の行程でり 図では XXX で図示される 以上を次に図示する ( 図 2) 119
ここで さあ を消すと C (P) がなくなり 発話者 S0 から聞き手 S1 への単なる P の構築の要請となる 5.2.2 時機到来 (40) (6) { さあ / } 今日から夏休みだ 思いっきり遊ぼう P を 夏休みだ C(P) を 夏休みを待つ状態 とする P は期待した状況や予定された 新しい状況 である この性質が 時機到来 の基になる T1 では C(P) が終了する (C(P) を閉めて C(P) の外に出る ) ことで学期の終わりが T2 から P が始まる (P が開き P の内に入る ) ことで夏休みの到来が示される ここでは T1 では P は不成立であり T2 で P は成立となる P の成立は発話者 S0 に依らず時間に依る これがこの用法での時間的継続性を作り 文脈により { いよいよ / ようやく / そろそろ } 等での置き換えまたは共起を可能にすると考えられる また 駆け回り操作 はここでは 学期末で夏休みを待つ状態 の行程であり 図では XXX で図示される 以上から 時機到来 の意味が説明されると思われる (40)(6) で さあ をとると C (P) がなくなり 単なる夏休みの開始と告げる文となる 尚 P のここでの性質により 期待されない事項や予定外の事項や時間的継続性を帯びない事項はこの構築には入れない このことから次の制限が発生すると思われる (40-a) {?? さあ / } 地震だ どうしよう 5.2.3 意志 / 義務 (41) (16) 今日から夏休みだ { さあ / } 思いっきり遊ぼう ここでは (40)(6) からの変化である P を 思いっきり遊ぼう とすると C(P) は 思いっきり遊べない となる P は質的には 新しい動作 行動 であり これが 意志 の基になる T1 は P が出来ない 夏休み以前 であり C(P) を閉めて外に出て T2 から P が開き P が可能となる 以上から 夏休み以前は思いっきり遊べない状態だったが 今日から夏休みなので この状態を閉めて思いっきり遊べる状態を開きたい と解釈される ここでは T1 では P は部分的に成立し T2 で P は最大成立となる P の成立は発話者 S0 に依る 尚 (41)(16) は (40)(6) に近い様に見えるが P の性質は全く異なっている 前者は P の質的変化が問題になっているのに対して後者では時間的変化が問題になっているからである それ故 { いよいよ / ようやく / そろそろ } での置き換えも共起も不可能となる (41)(16) で さあ を消去すると C (P) がなくなり P の質的変化は明確ではない 5.2.4 当惑 1 (42) (23) A : 山田さんはいつ着きますか? B : { さあ / /?? えーと } { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } 話者 A の質問に対して話者 B がする返答の仕組みを見る 話者 B は回答の可能性として考えられるあらゆる要素を集める これは 分かる 知る の可能性を秘めている集合でありこれを C (P) とする すると P は C (P) 分かる 知る の外であるから 分からない 知らない に当たる ここでは P は 新しい状況 に類した概念には無関係である この点で森山 張 (2002) と立場を異にする 120
仮定に沿って各々の時間を T1 T2 (T1 <T0 < T2 ) とすると 先ず話者 A の質問に対して話者 B は T1 での C(P) で 駆け回り操作 XXX を行う これは集合の中での回答の模索である その後 C(P) を閉めて C(P) の外に出る これは話者 B が回答を見出せず 仕方なく P 分からない 知らない に移ることである 当惑 は認識可能性の C (P) から認識可能性の否定性の P への移行で作られるのである 尚ここでは T1 では P は未定であり T2 で P は決定となる P の成立は発話者 S0 に依る 以上を次に図示する ( 図 3) (42)(23) で さあ を消去すると C (P) も 駆け回り操作 もなくなり単なる否定的回答でしかなくなる (42)(23) で えーと は制限を示す えーと では模索の 駆け回り操作 が続き外に出ない為 { 分かりません / 知りません / いつでしょうか } 等で受けられない為に不文となると考えられる 5.2.5 当惑 2 (43) (29) { 道が 2 つに分かれている / ご飯が足りない / 台風が来る } { さあ / } 困った どうしよう ここでは発話者 S0 がある問題に直面する状況である この問題に対して考えられるあらゆる 問題打開策 を発話者 S0 が考えるが これが C(P) である P は C(P) の外で 問題打開策の欠如 の状態に相当し 困った どうしよう で表現される 各々に T1 T2 (T1 <T0 < T2 ) で時間を割り当てて 当惑 1 と同様な組み立てで 当惑 2 が説明される 1 と 2 の違いは対他性の有無に依る さあ を消す場合も同様である 5.2.6 まとめ 勧誘 促し 時機到来 意志 / 義務 と 当惑 1 当惑 2 の 2 種の用法の根本的違いは肯定的 P と否定的 P から来ると思われる この違いは (3)(13)(20) での制限と (26) B1 (31) での制限を生む 尚 C(P) から否定的 P への移行を可能にするのは認識に関する述語に限るが これはこの種の述語が持つ 駆け回り操作 での瞬時性に拠っていると考えたい 6 結論日本語教育への応用とこれからの課題離れていた用法が仮説 (38) で有機的に繋がり統一的に記述されたが これによって さあ は単なる多義語でも同音異義語でもなく 機能的に同一な不変体であることが示されたと思われる また本稿で扱わなかった他の用法も同様に説明されると 121
考えたい ここで みんなの日本語 の例文 (35)(36) を通して日本語教育への具体的応用を考えよう (35) では P は 会議を始める C (P) は 会議に準備 であり これで (35) の 勧誘 促し が説明される これを基にして (36) では P は 山の高さのはかりかた C(P) は 知らない 即ち どうやって測るんですか と変換すれば 当惑 への変化も統一的に説明される また (37) での繰り返しも同様に分かりやすく説明されると思われる この様にすることで習得上の煩雑性を回避でき 記述もより少なくなり 即ちより経済的になり 教育的効果も高まると考えたい 最後に語源的にも同一性が考えられる間投詞への応用可能性の示唆しよう 次の例文を見られたい (44) 私さあ 明日さあ 友達とさあ 一寸さあ 出かけたいんだけどさあ いい? ここでは句を単位にして さあ が係り 句と句を繋いでいる様に考えられる 即ち さあ は前の句を閉めながら 続く句を開き これによって句間を繋いでいると考えたい この様子を次に図示する ( 図 4) この連結の仕方は仮説 (38) での C(P) から P への移行を似ている様に思われる しかし (38) では概念 C (P) と概念 P の間は P で繋がっていたのに対して 間投詞の場合は句間にはこの様な繋がりが見られない 更に 駆け回り操作 がどの様に働くのかも不明である 仮説 (38) から間投詞を捉えるにはこの仮説の更なる一般化が必要になると考えられるが これはこれからの課題としたい < 参考文献 > 森山卓郎 (1996) 情動的感動詞考 語文 第.65 号, 大阪大学国語国文学会. 森山卓郎 張敬茹 (2002) 動作発動の感動詞 さあ それ をめぐって 日中対照的観点も含めて 日本語文法 第 2 巻 2 号, pp.128-143, 日本語文法学会. CULIOLI (Antoine) (1981) «Sur le concept de notion», BULAG 8 :62-79. POTTIER (Bernard) (1962) Systématique des éléments de relations. Paris: Klincksieck. SVEDELIUS (Carl) (2010) L analyse du langage appliquée à la langue française. New-York : Nabu Press. 122
日本語教科書 みんなの日本語初級本冊 1 (1998) みんなの日本語初級本冊 2 (1998) スリーエーネットワークスリーエーネットワーク 辞書 外国人のための楽しい日本語辞典 (2004) 鷹野次長 [ 編 ] 三省堂 現代語から古語を引く辞典 (2007) 芹生公男 [ 編 ] 三省堂 広辞苑 (1998) 岩波書店第 4 版 国語大辞典 (1981) 小学館第 5 版 古語林 (1997) 安藤千鶴子 林巨樹 [ 編 ] 大修館 詳説古語辞典 (2000) 秋山虔渡辺実 [ 編 ] 三省堂 全訳基本古語辞典 (2005) 鈴木一雄 [ 編 ] 三省堂 大辞林 (1995) 三省堂第 2 版 123
関係性を作る実践を通して考える 日本語 規範 と 使用 の間で 佐野香織ワルシャワ大学要旨人々の中で言いたいことや考えていることをことばで具現化する考え方と意図から作成された にほんごこれだけ1 とその活動実践における言説を考察し 内省的態度を持ちながら実践を行う重要性を論じる まずコミュニケーションの中で人々の中で言いたいことや考えていることをことばで話せるようにする活動理念と 規範 のよりどころとなる やさしい日本語 ( 庵 2009) を基に考えられたテキストについてみる そして実践を試みようとしているボランティア実践者の言説を通して当たり前だと考えていた 規範 や無意識に使用されている ことば について考えたい キーワード 具現化 規範 実践 使用 関係作り 1 はじめに本稿は 人々の中で言いたいことや考えていることをことばで具現化する考え方とその活動実践を考察し 当たり前のことをも疑い再考する内省的態度を持ちながら実践を行う重要性を論じるものである ボランティアを中心として活動する日本語支援活動の場や地域の日本語教室では 実際に参加者が現れた瞬間から 関係性を作ることが始まる 本当に相手を知りたければ お互いに何をどのような表現で伝えたらいいのか 何が分かって分からないのか ことばだけでなくあらゆる手段を使ってなんとかしようとする しかし 自分が言いたいこと または相手が表したいであろうことをどのような ことば であらわせばいいのか分からず そこで立ち止まってしまうボランティアが多いのも事実である そして まずは文法 語彙といった形式的な基礎知識を学んでからではないとコミュニケーションは無理だ という発想から 知識習得が主導の活動になることは既に多くの論考でも示されている ( 岩田 佐野 2009 等 ) 言いたいこと 考えていることをことばで具現化する ということは簡単には考えられない 相手に寄り添い 意図を汲み取ることだけでも非常に難しい それをその場で瞬時に具現化していくことはさらに難しいだろう そもそも具現化する とはある言語形式に当てはめることだけなのか またこの言語形式とはどのようなものなのかまた そのような具現化は 規範 に基づいているものなのか 当てはめる際によりどころとする 規範 とは何なのか 考える必要もある 例えば 日本語をほとんど知らない外国人がある液体について これは水ではない という内容をことばで表現したいと理解した場合 大抵のボランティアは 水 ちがう なのか 水じゃない なのか 水じゃないです なのか 水じゃありません 水ではありません なのか どれを表現として挙げればいいのか迷う 自分の ことば が外国人参加者にとってもそれを使って話す時に伝えやすいものなのか分からずそこで立ち止まってしまうというようなこともある このように ボランティア活動 日本語教室の場では 日本人も外国人も 皆 どのようにことばを使えばいいのか という点 規範 と実践使用の間で迷いがあるのではないだろうか しかし この迷いの中に学びが生まれる可能性もある 124
本稿では まずコミュニケーションの中で人々の中で言いたいことや考えていることを具現化する活動理念と 規範 のよりどころとなる やさしい日本語 ( 庵 2009) を基に考えられた にほんごこれだけ 1 について見る そして実践を試みようとしているボランティア実践者の言説を通して当たり前だと考えていた 規範 や無意識に使用されている ことば について考えたい 2 にほんごこれだけ 1 の理念と活動 2.1 にほんごこれだけ 1 と やさしい日本語 にほんごこれだけ 1 は 日本語を使って日本人参加者と外国人参加者とが楽しくおしゃべりをするため ( 庵 ( 監 )2010:6) のものである ボランティア経験の浅い日本人参加者と外国人参加者を想定している またこの本の特徴は 1 トピックシラバス ( 会話を弾ませるためのリソース集 ) 2 モジュール型 ( どこから始めてもよい ) 3 隠れ文法 ( 一機能一形式のミニマム文法を規範として具現化に使用 ) による文法知識習得促進 である トピックは参加者個人が自らのことを語りあいながら関係性が作れるようなものが並んでおり 参加者の興味に応じて どこからでも何トピックでも使用できるようになっている 3 の 隠れ文法 は自然な文型や表現におきかえる よりどころ となるものであり やさしい日本語 ( 庵 2009) が 規範 となっている それはこのテキストが外国人だけでなく 活動に参加するすべての人に おしゃべりをとおした異文化交流をする中で 必要最小限の日本語の言葉と文型を覚えていってもらう ( 同 :7) ことが狙いに入っているためでもある つまり 外国人だけではなく すべての人が日本語によるコミュニケーション方法を学ぶ内省的姿勢も含まれる このように やさしい日本語 ( 庵 2009) とは 誰にとっても双方向で理解 産出ともにやさしくあるべきであるという考えに基づく ユニバーサルなコミュニケーションを目指した 規範 である 多言語化していない現在の日本社会において生活者としての外国人が被る不利益をできるだけ軽減するために策定されるべきもの ( 庵 2009:127) として 語彙 文法の観点から一定の枠を与えたものである 固定的なものではなく これを よりどころ とした多様な 規範 のあり方を模索していると考えられる ( 庵 2005) 2.2 活動理念と想定された実践活動 にほんごこれだけ 1 では 文型 や 語彙 を教え 知識を積み上げるための活動を前提としていない 参加者の興味あるトピックについてお互いを知り合う中で 自分の言いたいこと 考えていることをことばで具現化する 活動を想定している 例えば トピック 1 おなかがすきました では 朝ごはん が話題となっている この話題で話す時 どんな語彙や文型を使うのか やさしい日本語 を 規範 として 言いたいことや考えていることをどのように具現化する例が示されている ( おなかがすきました あさパンをたべました コーヒーをのみました いいえなにものみませんでした 等 ) これは外国人とのコミュニケーションに慣れていないボランティアが分かりやすいように どのように言いたいことを言語形式にあてはめたら 相手にとっても分かりやすく使いやすいのか を具体的に示した一つの例であると考えられる 動詞をまだ知らない 動詞の現在形も知らないのに過去形から導入するのは無理だ という観点からではないことが分かる 125
3 実践活動を試みたボランティアの言説と考察 2 章で述べたような理念は実際の活動では参加者にどのように考えられ実践されているのだろうか 今後の活動の広がりを考える上で重要である そこで本章では にほんごこれだけ 1 を使用し実践活動を試みたボランティアの言説を取り上げ 分析 考察する この言説は 日本語ボランティア活動の場で実際に にほんごこれだけ 1 を使用し活動を行ったボランティア ( 日本人 ) から実践後に寄せられた報告 直接聞いた感想を元にしている 本稿では 規範 について考察するため 規範 に関する言説を取り上げる 3.1 言説 1 にほんごこれだけ 1 では どうやってきましたか という形式で言うようになっているが つい いつも無意識で なんできましたか と言ってしまう それで なんで? どうやって? で質問されて困ることがある 相手に寄り添い 言いたいことを理解し それを表す ということを実行することは難しい にほんごこれだけ 1 では 一機能一形式 原則で表しているため 普段の言語使用では無意識のうちに様々なバリエーション使用している言語形式の 言い換え を意識する必要がある 自分の言いたいこと 相手がいいたいことを一つの言語形式におさめて分かりやすくするようにしているからである 同様の指摘は 細川ら (2003) にも見られる ゼロビギナーに対し 学習者が何を考えているのか耳を傾けてそれを日本語で話せるように 言いたいことに必要な語彙 文型を見つけ出せるために ( 同 2003) 支援する活動として行った日本語授業の試みにおいても見られる 学習者に文型や表現が定着するまで 学習者の言いたいことを表す語彙 文型をコントロールできる力量 が教師側に求められるという その理由は 例えば 疑問の形式として どうして なんで なぜ を混ぜて使うと ゼロビギナー学習者がどれを使ったらいいのか混乱してしまうためであると指摘している 教師 ではないボランティアにとって このようなコントロールは難しいようである しかし ここで一つ指摘したいことは ボランティアが自分自身の言語使用とテキストの 規範 との間に差があることに気が付いても その差については問題にはしていないということである むしろ 自分の言語使用が本の 規範 に合わせられないことのほうが問題であるかのように捉えられていることである ここには よりどころ を例に やりとりを通して新たな日本語表現を学び合う という姿勢よりも どのように 規範 にあわせて規範通りに話せるようになるか という姿勢が見られる 次の言説は 実際にボランティアが にほんごこれだけ 1 と 規範 との関係について述べているものである 126
3.2 言説 2 実際のコミュニケーションでは ~ じゃないです のほうが お互いに分かりやすく 表現しやすい と経験から言っても ボランティアの人達はプロの 先生 が言ったことや テキストに書かれていることじゃないと信じてくれない にほんごこれだけ に書いてあるので やっとみんなも信じてくれました これはボランティア活動経験が長く 活動のリーダー的立場であるボランティア活動者の言葉である 経験上 名詞やな形容詞の否定形には ~ ではありません ~ じゃありません という形式に比べ ~ じゃないです のほうが自分も良く使い また外国人とのやりとりでも ~ じゃないです のほうが伝わりやすい という内省を持っていた しかし この活動者は日本語教育に関する知識や経験はない そのため いくら内省を実践に生かそうと ~ じゃないです の使用検討を持ちかけても 今まで使用していたテキストには ~ じゃありません が言語形式として採用されていることを理由に耳を貸してもらえない というものである このボランティアが参加している日本語支援活動では 文法積み立て型の日本語テキストを用いて活動することが多かった そのテキストでは ~ じゃありません が否定形式として採用されており 他のボランティアはこのテキストに書いてある ~ じゃありません が言語形式として 正しい としていた なぜなら テキストに書かれている からである このような テキストに書かれている 正しい形 を教えなければならない と信じているボランティアは多い これらの言説から地域日本語活動に対して示唆されることは 2 点ある 1 点は 言語形式重視活動 2 点目は 規範 テキスト信仰 である 実践活動では 相手に寄り添い 言いたいことを理解する活動がまず始めに想定されている しかし それよりも 言いたいことをテキストにある 正しい言語形式 にあてはめる 活動に重点が置かれていることがうかがえる おしゃべりを通して といっても 結局 どのような言語形式で具現化するか と言う方向に向いてしまい その内容についてお互いに知り合い自分のことを話す という本来の活動理念が薄くなってしまう可能性を示唆している 2 点目は 規範 テキスト信仰 である にほんごこれだけ 1 はテキストではなくリソース集を意識しており 活動自体 テキストを教える 活動を目指してはいない しかし ボランティアには言いたいことを言語形式にあてはめるためにはまずは明文化された 規範 が必要であり この 規範 がはっきりと書かれているテキストのみを信じてしまう傾向があるようである それはボランティアの やっと信じてもらえました という言葉からも分かる通り 実際のコミュニケーション上の言語使用経験や内省よりも強くテキストを 信頼 していることが見受けられる にほんごこれだけ 1 では よりどころ として やさしい日本語 を元にした例を示し 隠れ文法としているが それが よりどころ を越えて 絶対的な規範 とされる危険性を持っていると言える よりどころ である 規範 が絶対視されれば コミュニケーションを実際に行っている当事者間で生まれた 実践の規範 は無視される恐れがあるのではないだろうか にほんごこれだけ の理念 意図と 実際に社会で果たす役割の違いを生みだすことにもつながるだろう 127
4 まとめ 規範 は重要である 何らかの基準がなければカリキュラム 教材は何を基準にしたらよいのか困るだろう ( 久保田 2008) しかし 日本語教育に従事している専門家も自分自身の考えをもとに選んだ何らかの 規範 に従うというよりも そのコースで使うテキスト 文法書の 規範 に従っているに過ぎないことが多いのではないだろうか この姿勢に対し やさしい日本語 は言語使用についてコーパスやデータベースで分析した上で 規範 を再考するという態度をとっている ( 岩田 森 2010 等 ) しかし これは文法の専門家という研究者視点からのものである 実際に活動を行う人々が やりとりの中での言語使用を振り返りながら 規範 を再考してみることも重要であろう 外国人だけでなく 活動に参加するすべての人が日本語によるコミュニケーションを学ぶ内省的姿勢を目指した活動を想定しているのであれば 言いたいこと 考えていることを言語形式に置き換える よりどころ としての 規範 についても 活動を通して学び合う姿勢も必要である つまり どの 規範 にあてはめるか ではなく 何を使ったらお互いに良いものなのか を実際の活動を通して話し合うこともできる 例えば 地方に住む定住外国人の中には 日本語ボランティアと話す際に使う 標準語 を使っても 方言を使う家族や近所の人との会話に参加できない例 ( 助川ら 2004) がある このような場合は テキストの 規範 をよりどころにしつつも 実際のやりとりの中でどのように言いたいことを表したらいいのか 関わりを持つ人間が全員で考えて行くという姿勢も一つの選択肢としてあげられる 深沢ら (2006) では 地域で日本人と外国人が共に日本語を学び合う活動として 相互学習 を挙げている 実際のやりとりの中で自らの言語使用を振り返りながら活動を行うことは 相互学習 の一つでもあるといえるのではないだろうか 日本語活動で目指す参加者の関係作りは ことばを使いながらお互いの考えを認識 変容しあう過程であると考える しかし このような過程もテキスト等の絶対的な 規範 観念を活動者が持って行う場合 関係作りは一転して 規範 などのスキルを学び表面的なやり取りを行うだけのものになる危険性を孕んでいる 言いたいことを具現化する 活動の上で大事なことは ある 規範 を学び 当てはめていくことではなく どのように関係を作っていくのか そこで使うことばはどのようなものなのか 常に内省的に考えて行く姿勢であると考える 注. 1. やさしい日本語 は 難しい日本語 やさしい日本語 と 2 項対立で考えるのではなく コミュニケーションを参加者すべての人にとってやさしくする という意味で考える庵 (2009) 128
< 参考文献 > 庵功雄 (2005) 文法研究と日本語教育 松岡弘 五味政信 ( 編著 ) 開かれた日本語教育の扉 スリーエーネットワーク pp.100-108 (2009) 地域日本語教育と日本語教育文法ー やさしい日本語 という観点からー 人文 自然 3, 一橋大学庵功雄 ( 監 )(2010) にほんごこれだけ 1 ココ出版岩田一成 佐野香織 (2009) 第 3 章 1 節教育文法 外国人に対する実践的な日本語教育の研究開発 ( 生活者としての外国人 のための日本語教育事業 ) ( 社 ) 日本語教育学会岩田一成 森篤嗣 (2010) 初級を軽くする - 使役に関する考察 2010 年日本語教育研究世界大会論文集台湾台北市久保田竜子 (2008) 日本文化を批判的に教える 佐藤慎司 ドーア根理子 ( 監 )(2008) 文化 ことば 教育 pp.151-173 助川泰彦 一之瀬智紀 川上郁雄 高橋亜衣子 梁賢俊 (2004) 宮城県定住外国人の日本語学習に関する多角的調査の報告 東北大学留学生センター紀要 8, pp.53-58 深澤のぞみ 中河和子 松岡裕見子 (2006) 地域在住外国人に対する日本語ボランティアの養成シラバス 富山大学留学生センター紀要 5, pp.1-15 細川英雄 崔允釈 張珍華 (2003) 総合活動型日本語教育におけるゼロビギナーへの試み 講座日本語教育 39, pp.61-78 129
日本語のアクセントを楽しく教える- ま を使って- 長嶺孝子リースタル高校 ミュンヘンシュタイン高校 ボイムリホーフ高校 要旨本発表では日本語のアクセントを短時間 (15 分ほど ) で楽しく学び アクセント記号のある辞書 新明解国語辞書 ( 三省堂 ) を使って自立学習につなげる方法を紹介する 2005 年からスイスの高校生を対象に行っているがすこぶる好評である カタカナ ひらがな学習が終わり教科書をはじめる直前 ( 週 3 時間の授業で学習開始から 5 週目 ) に導入している さらにこの方法で学んだアクセント番号がついた単語表を紹介する なおこの発表では 日本語のアクセントを楽しく教える とあるが厳密には日本語の単語のアクセントであって 日本語の文全体のイントネーションではないことを断っておく キーワード 単語のアクセント 自立学習 アクセント番号がついた単語表 アクセントの型一覧 1 はじめに日本語には高低のアクセントがある この高低アクセントという他言語とは際だった相違のある言語にもかかわらず現在までアクセントに関する教え方が確立されていない まさに 教師が日本語のアクセントを教えない 学習者が日本語アクセントについて知らない その学習者が教師になったときに アクセントについて教えられない 学習者が日本語アクセントについて知らない という悪循環 ( 磯村 2009) が続いてきた 数ある日本語学習教材においても単語にアクセント記号のついた単語表は皆無である 学習者は何を頼りに単語のアクセントを学べばよいのだろうか これまで教科書や辞書にアクセントの記号がなかったために アクセントに気づかず 上級になってから非常に苦労したり 学びたいけれどあきらめてしまったりする学習者が世界にたくさんいるという事実 ( 磯村 2009) なのである この楽しく短時間で教えられる方法を多くの教師に使っていただきたい 1.1 教える手順 1.1.2 必要品フォリオ三枚 ハンドアウト一枚使用 使用機材は OHP 1.1.3 導入中国語の四声を図 1 と ま を使って紹介する 妈麻马罵の四声を紹介して妈妈麻子马罵了 ( 母はあばた馬を叱る ) を言い四声によって意味が異なることを伝える ただし中国語は音節の中で高低があり日本語とは違うことをはっきりさせる 中国語を教えることが目的ではないのでここではさらりと流す 130
図 1. 中国語の 4 つの声調 1.1.4 練習図 2 を使って発音するがその前に次の規則を三つ明示する 1. と の違いはその後に続く助詞の は の高さである 2. 第一音節と第二音節は同一の高さではない つまり第一が高ければ 第二は低くなり 逆に第一が低ければ 第二は高くなる 3. 一度低くなった音節は再び上がらない 一音節ずつ はじめは赤字 ( ここではイタリック体 ) の は 無しで始める 音節ごとに は 無し は 付きを繰り返す 中程から教師の指示無しでも学生は読み出す 1.1.5 確認記号なしの表 ( ハンドアウト ) を与えて教師の発音を聞きながら記号をつけさせる 図 2. 日本語のアクセント 131
この時点で下の番号の意味に気がつく生徒もいる 気がつかない時は説明をする 生教材として明解の辞書を見せてもいい また発音に興味を持つ生徒が多い場合次の規則を補足する 1. 疑問詞はかならず高で始まる 例 : だれ どこ いくら 2. 複合語になると高低が変わる場合がある その理由は上の説明の 3. に依るものである 2. アクセント番号がついた単語表たんごひょう Japanisch im Sauseschritt 1 の単語表 だいきゅうか ) Lektion 9( 第九課 かな 発音 ドイツ語 漢字 かんりにん 0 管理人 よ スーパー ➀ となり よこ 0 0 隣 横 ポスト ➀ から わかります ( わかる ) ➃ 分かります ( 分かる ) たてもの ➁ 建物 たくさん ➃ ここ そこ あそこ どこ 000➀ 5にん ~にん ➀ 五人 ~ 人 タクシーのりば バスのりば ➄➂ タクシー乗り場 のりば 0 乗り場 ひとり ふたり ~にん ➁➂➀ 一人 二人 ~ 人 いくつ ➀ 幾つ なんまい なんぼん ➀➀ 何枚 何本 きっぷうりば ➃ 切符売り場 いりぐち でぐち 0➀ 入り口 出口 びょういん 0 病院 くすりや ほんや 0➀ 薬屋 本屋 にくや さかなや パンや ➁0➀ 肉屋 魚屋 パン屋 やおや ( やさい ) 00 八百屋 ( 野菜 ) めがね かばん ➀0 眼鏡 鞄 へや ガレージ 00 部屋 かいさつぐち ➃ 改札口 こうばん 0 交番 やすみ 0 休み どうして ➀ ひこうき 0 飛行機 132
3 おわりに他の教師から 広島 長崎 の発音を聞かれることがあるが この ま と数字を使ってそれぞれ 4-0 4-➁ だと説明できる ほかに 三菱 俳句 なども 4 -➁ 3-0 であると簡単にいえる 単語表にも必ずこの番号を付けている 生徒は自立して発音アクセントが学べる この方法を今後広めたい < 参考文献 戸田貴子 (2004) コミュニケーションのための日本語発音レッスン 東京スリーエーネットワーク磯村一弘 (2009) 音声を教える 国際交流基金 日本語教授法シリーズ第 2 巻 新明解国語辞書 (1989) 三省堂 NHK 日本語発音アクセント辞典 (1998)NHK 放送文化研究所日本放送協会放送文化研究所 新明解日本語アクセント辞典 (2001) 三省堂 133
文章の難易度判定システム構築のための基礎調査川村よし子東京国際大学共同研究者 : 前田ジョイス 保原麗 川村ヒサオ 要旨本研究の目的は 文章の難易度の主要な決定要因とされている単語の難易度と構文の複雑さに着目し 学習者の視点にたった文章の難易度判定システム の開発を行うことにある 本稿では そのための基礎調査として実施した日本語学習者を対象にした文の難易度判定実験と その結果について報告する 文の難易度判定実験は ヨーロッパおよびアジアの非漢字圏学習者と漢字圏学習者を対象に行った 各国の学習者には 単語の難易度や構文の複雑さが異なっている文について a. 難易度を判定する b. 自らの母語に翻訳するという 2 種類の課題を課した b. の翻訳については 日本語および学習者の母語のできる調査協力者が 3 段階で評価した 本稿では ヨーロッパおよびアジアの非漢字圏学習者を対象にした調査結果に関して報告する キーワード 文の難易度判定単語の難易度構文の複雑さ非漢字圏学習者 1 文章の難易度判定システムの必要性研究代表者らは 1998 年に文中に含まれる単語や漢字のレベル判定を自動で行う語彙チェッカーと漢字チェッカーを開発した ( 川村 1999a,1999b) この語彙チェッカーと漢字チェッカーは 日本語能力試験の出題基準に準拠して単語および漢字の難易度判定を行うものであり 1999 年からは 辞書ツールや読解教材バンクと統合させ 読解学習支援システム リーディング チュウ太 (http://language.tiu.ac.jp/) として インターネット上に公開してきた この 2 種類のレベル判定ツールは 世界の日本語学習者や日本語研究者が利用しているが 日本語教材の作成にも不可欠な存在となっている 中でも 語彙チェッカーは 文中の単語のレベルをもとに 文の難易度を 5 段階にわけて表示する機能を備えているため 教材のレベル判定にも用いられている しかし ここで表示されているレベルはあくまでも単語の難易度をもとにした難易度判定に過ぎない 文の難易度に単語の難易度がどの程度影響するのか また構文等の影響はどの程度あるのか等に関するより詳細な研究が行われる必要がある 日本語の文章の難易度測定のための研究として 建石ほか (1988) は 文字の種類や文の長さ等を用いた複数の公式を提案している しかし この公式によって得られた値がどの程度の難易度に該当するのかは明らかではない また 柴崎ほか (2007) は, 小学校の国語の教科書をもとにして ひらがなの含有率 内容語の漢語率 文の総数に対する単文数等から テキストの読みやすさを算出する公式を提案している また 近藤ほか (2008) は 教科書コーパス ( 松吉ほか 2008) に基づいて文章の難易度判定システム 帯 を開発している しかし いずれも日本語母語話者のための教科書を元にしたものであり 日本語学習者にとっては 必ずしも適切な難易度判定が行われているとは言えない そこで 今回 日本語学習者を対象にした文の難易度調査を行うことにした この調査結果をもとに 文ごとに難易度を判定する形で文章の難易度判定システムを 134
構築することを目指している 2 文の難易度判定実験日本語学習者にとってやさしい文とはどのような文なのかについて 日本語学習者を対象にした研究はこれまでほとんど行われてこなかった 日本語教師は各人の教育経験を通して 短文に比べて複文のほうが難しい 名詞修飾節が含まれている文が難しそうだ等 漠然と文の難易度の評価基準をもっているにすぎないというのが現状である そこで今回 実際に学習者にとって 短文より複文は難しいのか また名詞修飾節が含まれると難しく感じるのか等に関して 詳しく調査することにした 本調査では 文章ではなく 文ごとの難易度を判定する形の調査を行った 調査対象となった学習者には 与えられた 19 種類の文 ( 資料 参照 ) をもとに 次のような課題が課された 調査 1: 意識調査学習者は 与えられた文に対して 1( やさしい ) から 5( 難しい ) までの 5 段階で難易度を判定する これによって学習者の各文に対する難しさの印象を調査することをめざしている 調査 2: 翻訳調査学習者は 与えられた文を学習者の母語あるいは得意な言語に翻訳する 翻訳結果については 日本語及び翻訳言語のできる協力者が次の 4 段階で評価する 3: 翻訳が正しくできている 2: ほぼ問題ないが 部分的に翻訳が充分でないところがある 1: 文の意味がほとんど理解できていない 0: まったく翻訳できていないなお 今回の調査では 課題となる文のすべての漢字にルビを振り 漢字の難易度については分析の対象からはずすことにした 実験に際しては 実験対象者に対して 調査結果を研究目的で利用することの許諾をとるとともに 次の各項についての情報提供も求めた a. 母語 b. 使用可能言語 c. 日本語学習歴 ( 期間 学習時間 学習場所 ) d. 現在の日本語学習 ( 学習時間 学習場所 ) e. 日本語力 ( 初級 中級 上級 超級 ) このうち e. については 調査協力者である日本語教師にも判定を求め 調査分析においては この日本語教師の判定を優先することにした 調査は次のような流れで行った 1 調査対象の学習者に対する研究協力への同意の確認 2 学習者によるフェイスシートの記入 3 学習者による課題文の難易度判定 4 学習者による課題文の翻訳 5 調査協力者による4の翻訳に対する評価 135
調査対象となった非漢字圏の学習者の総数は 382 名であり 国別の内訳は次のとおりである ( カッコ内は協力機関数 ) トルコ (1)92 名キルギス (3) 91 名タイ (1)50 名ベルギー (2)40 名スイス (4)28 名オーストリア (1)21 名アメリカ (3)26 名フランス (1)11 名ドイツ (1)11 名イギリス (1)8 名チェコ (1)4 名また レベル ( 担当教員による判定 ) 別の内訳は次のとおりである 初級 49 名中級 295 名上級 ( 超級 ) 38 名 3 調査結果の分析調査結果に対しては つぎの 2 種類の分析を行った 1 総合的な分析による難易度決定要因の抽出意識調査と翻訳調査の結果をもとに文の難易度に影響を与えている可能性がある要素を探る 特に単語の難易度レベル 文の長さ 名詞修飾節の存在の有無 テ形接続と連用中止法の難易度への影響を調査する 2 因子分析を用いた難易度決定要因の抽出因子分析によって文の難易度の決定要因となっているものが何かを調査する 3.1 総合的な分析による難易度決定要因の抽出意識調査と翻訳調査の結果を 学習者にとってやさしかった順 ( 意識調査では値の小さい順 翻訳調査では値の大きい順 ) にならべてみると 次のような結果が得られた 表 1 意識調査と翻訳調査の結果 この結果をもとに 文の難易度に何が影響を及ぼすのか詳しくみていくことにする 3.1.1 文の難易度に対する単語の難易度の影響課題文のうち r.d.n. は 1 級の語彙を含む文である また p.s. は 1 級語彙だけでなく級外の語彙を含んでいる これら 5 文は 意識調査においても翻訳調査においても難易度が高く さらに p.s. が一番下に位置しているという結果が得られた これ 136
は 単語の難易度が文の難易度の決定に大きく影響していることを示している 有意差検定を行ったところ r.d. n.p.s. は他のすべての文に対して p < 0.01 で有意に難易度が高く さらに p.s. は r.d.n. のいずれに対しても p < 0.01 で有意に難易度が高いことが明らかになった 3.1.2 文の難易度に対する文の長さの影響課題文のうち b. と k. は短文の連続である b. と k. のそれぞれに対応する接続詞を含んだ複文は h. と a. である この 2 つのペアを比較してみると 次のような結果が得られた b. 頭が痛かった 一日寝ていた まだ良くならない h. おなかが痛くて薬を飲んだがまだ痛い b. と h. においては 翻訳調査では 一文が長い h. のほうが難易度が高いという結果だったが 意識調査では逆に b. のほうが難しいと判定されている いずれも有意差はみとめられなかった ところが次のペアでは 結果は大きく異なっていた k. 今日は日曜日だ でも風邪をひいたみたいだ だから出かけないことにした a. 明日は休みだけれど試験が近いので遊びには行けない k. と a. では むしろ短文である k. のほうが意識調査においても翻訳調査においても難易度が高いという傾向がみられた この結果からみる限り 短文であれば難易度が低く長文になるにつれて難易度が高くなるとは一概に言えないことになる 3.1.3 文の難易度に対する名詞修飾節の影響課題文のうち 名詞修飾節を含む文は o. と j. と p. である o. と j. の文と単語の難易度レベルが同レベルで内容的にも近似の文は i. である o. ひらがなだけで書かれている文章は読みにくい i. この本は説明がわかりやすく子どもでも読める 上記の 2 文の難易度を比較すると意識調査においても翻訳調査においても p < 0.01 で名詞修飾節を含む o. のほうが 有意に難易度が高かった だが 次のペアを比較すると 多少異なった結果であった j. 友達に貸してもらった本をなくしてしまった i. この本は説明がわかりやすく子どもでも読める この 2 文の場合 意識調査においては 名詞修飾節を含む j. のほうが難易度は高く判定されていたが 有意差は認められなかった また 翻訳調査においては 有意差は認められないものの むしろ i. のほうが難易度が高いという結果になった i. に関しては 翻訳の際に難易度を高める別の要因が存在しているようである 一方 次の文に関しては s. 以外のすべての文に対して有意に難易度が高いという結果を得た p. 株価上昇を契機に新工場を建設する話が持ち上がった これらを総合して考えると 単に名詞修飾節があるというだけで難易度が高くなるとは言えないが 名詞修飾節の存在は文の難易度を高める傾向があるということは言えそうである 3.1.4 テ形接続と連用中止法の文の難易度への影響 137
テ形接続と連用中止法を比較した場合 学習者にとってどちらの難易度が高くなるのか調べるために語彙のレベルが同一で構文的にも類似の 2 組のペアを比較した e. 友達のアパートは駅からとても近くて便利だ g. この部屋には窓がたくさんあり明るい 上記のペアにおいては連用中止法を用いた g. のほうが意識調査においても翻訳調査においても難易度が高かったが 有意差は認められなかった f. あの人はいつもこわい顔をしていて声をかけにくい i. この本は説明がわかりやすく子供でも読める 上記のペアにおいては 逆に テ形接続を用いた f. のほうが意識調査においても翻訳調査においても p < 0.01 で有意に難易度が高いという結果を得た これらを総合して考えると 連用中止法を用いるかテ形接続を用いるかは 難易度に大きな影響を及ぼすわけではないと言えよう 以上 意識調査と翻訳調査の総合的な分析によってわかったことは 次のとおりである a. 単語の難易度が文の難易度の決定に大きく影響する b. 短文であれば難易度が低く長文になるにつれて難易度が高くなるとは一概に言えない c. 名詞修飾節の存在は文の難易度を高める傾向がある d. 連用中止法を用いるかテ形接続を用いるかは 文の難易度に大きな影響を及ぼさない 3.2 因子分析を用いた難易度決定要因の抽出次に 非漢字圏学習者全体と学習者のレベル別に 因子分析を用いて難易度決定要因の抽出を試みた 因子分析では 因子抽出法として主因子法を採用し Kaiser の正規化を伴うバリマックス法を用いた 3.2.1 非漢字圏全体の意識調査と翻訳調査の分析因子分析の結果 意識調査では 2 因子 翻訳調査では 3 因子が抽出された 意識調査における第一因子は単語の難易度 第二因子は構文の難易度だと考えられる また 翻訳調査の場合 第一因子 第二因子ともに単語の難易度が決定要因となっている 第三因子は構文の難易度だと考えられる 難易度を決定する因子は 学習者のレベルによって異なっている可能性も高いため 学習者のレベル別に意識調査と翻訳調査の結果を因子分析して難易度の決定要因を調べることにした 上級学習者においては 意識調査においても翻訳調査においても 因子は一つのみであり 単語の難易度が決定要因となっていた 意識調査における第一因子は単語の難易度 第二因子は構文の難易度だと考えられる また 翻訳調査の場合 第一因子 第二因子ともに単語の難易度が決定要因となっている 第三因子は構文の難易度だと考えられる 中級学習者では 意識調査で 2 因子 翻訳調査で 6 因子が抽出された 意識調査の第一因子 第二因子は ともに単語の難易度が決定要因となっていた 一方 翻訳調査における第一因子はやはり単語の難易度だったが 第二因子は複合動詞 第三因子はゼロ格 第四因子はハ ガ構文という結果が得られた 第五因子 第六因 138
子についてはそれぞれ一文のみのため 決定要因を取りだすことはできなかった 初級学習者では 意識調査 翻訳調査ともに 5 因子が抽出された 意識調査の第一因子は 他のレベル同様単語の難易度であったが 第二因子はゼロ格 第三因子は構文の難易度という結果が得られた 第四因子 第五因子についてはそれぞれ一文のみのため 決定要因を取りだすことはできなかった 翻訳調査における第一因子は やはり単語の難易度であったが 第二因子は構文 ( 埋め込み文 ) 第三因子は主格の明示 第四因子は視点の移動 第五因子は慣用表現という結果が得られた 意識調査と翻訳調査結果の因子分析によってわかったことは 次のとおりである a. 単語の難易度はすべてのレベルの学習者にとって文の難易度に大きく影響する b. 構文の複雑さもすべてのレベルの学習者にとって文の難易度に影響を与える c. ゼロ格 ( 特に主格の省略 ) は 初級 中級学習者にとって文の難易度に影響を及ぼす d. 中級学習者の翻訳調査においては モダリティやアスペクトに関係する補助動詞の使用が文の難易度に影響を与える e. 初級学習者の翻訳調査においては さらに視点の移動 慣用表現等も難易度を高めることがわかった おわりに今回の調査によって 日本語学習者にとって 単語の難易度が文の難易度の大きな決定要因になっているが 構文の複雑さ ゼロ格 補助動詞 慣用表現等も難易度に影響を与えていることが明らかになった 今後はこれらの結果をもとに 学習者の視点にたった文章の難易度判定システム の開発をすすめていく また開発したシステムに関しては リーディング チュウ太 に統合し 公開していく予定である 謝辞 : 本研究は 科学研究費基盤研究 (B) 課題番号 21320095 の助成を得て行われた また 難易度判定実験にはヨーロッパ日本語教師会のメンバーを中心とする関係諸機関の先生方の協力を得た ここに記して感謝の意を表する < 参考文献 > 川村よし子 (1999a) 語彙チェッカーを用いた読解テキストの分析 早稲田大学日本語研究教育センター講座日本語教育 第 34 分冊, pp.1 22, 早稲田大学. 川村よし子 (1999b) 漢字の難易度判定システム 漢字チェッカー を用いたテキストの分析 東京国際大学論叢商学部編 vol.59, pp.73-87, 東京国際大学. 近藤陽介 松吉俊 佐藤理史 (2008) 教科書コーパスを用いた日本語テキストの難易度推定 言語処理学会第 14 回年次大会発表論文集 pp.1113-1116, 言語処理学会. 柴崎秀子 沢井康孝 (2007) 国語教科書コーパスを応用した日本語リーダビリティー構築のための基礎研究 信学技報 NLC2007-32(2007-10), pp.19 24, 電子情報通信学会. 建石由佳, 小野芳彦, 山田尚勇 (1988) 日本文の読みやすさの評価式 情報処理学会研究報告 1988-HI-018, pp.1 8, 情報処理学会. 松吉俊 近藤陽介 橋口千尋 佐藤理史 (2008) 全教科を収録対象とした日本語教科書コーパスの構築 言語処理学会第 14 回年次大会発表論文集 D3-2, pp.520-523, 言語処理学会. 139
資料 : 難易度判定実験に用いた課題文およびその特徴 単語レベル 構造 課題文 3 接続 / 逆接 a. 明日は休みだけれど試験が近いので遊びには行けない 3 短文 / 逆接 b. 頭が痛かった 一日寝ていた まだ良くならない 3 接続難 / 逆接 c. 雨が降りそうなのに父は傘を持たずに出かけた 1 接続 d. この町には季節を問わず大勢の観光客が訪れる 3 て ( 並列 理由 ) e. 友達のアパートは駅からとても近くて便利だ 3 て ( 並列 理由 ) f. あの人はいつもこわい顔をしていて声をかけにくい 3 連用中止 g. この部屋には窓がたくさんあり明るい 3 て / 逆接 h. おなかが痛くて薬を飲んだがまだ痛い 3 連用中止 i. この本は説明がわかりやすく子供でも読める 3 名詞修飾 j. 友達に貸してもらった本をなくしてしまった 3 短文 / 逆接 3 接続 / 逆接 k. 今日は日曜日だ でも風邪をひいたみたいだ だから出かけないことにした l. 勉強してだいぶわかるようになってきたがまだ読めない漢字も多い 3 て ( 理由 ) m. 昨日はいろいろと手伝ってくれてありがとう 1 て ( 理由 ) n. 景気の悪化が原因で店の移転は中止になった 3 名詞修飾 o. ひらがなだけで書かれている文章は読みにくい 級外名詞修飾 / 難接続 p. 株価上昇を契機に新工場を建設する話が持ち上がった 3 て ( 継起 ) q. 急に空が暗くなって雨が降り始めた 1 難接続 / 逆接 r. 薬のおかげで病気は快方に向かっているもののまだ完全とは言えない 級外連用中止 s. ご多忙のところ遠路はるばるお越しいただき感謝いたします 140
BunpoHyDict: a Hypermedia Dictionary of Japanese Grammar and its Development Marcella MARIOTTI International Christian University Abstract I have been developing BunpoHyDict since 2008. This is an innovative hypermedia and multimedia web tool for the acquisition of Japanese grammar. Grammar items are ordered alphanumerically, explained case by case, linked to one another, and related to audio-visual examples and quotations from real-life settings in a multimedia environment. The central core of BunpoHyDict's developing process is the role of pleasure in its many forms, relating to Hosokawa s view of learners autonomy (Hosokawa, 2007), the CEFR notion of LifeLongLearning and the actual use of the so-called E-learning 2.0 (Karrer, 2007) in language acquisition. Quotations are from television advertisements, anime, movies, songs, manga, lunch conversations, answering machine recordings, cell phone short messages, novels, news and so on. This article presents how BunpoHyDict has been developed, its innovative structure as a source for discovering real multifaceted Japanese society and its language structures, as well as its flexible use. Moreover, it will address to the main difficulties in creating up-to-date materials from real-word for Japanese Grammar Teaching and Learning. One of the main difficulties is related to copyright issues and I will argue why it is necessary to face this strategic problem. Keywords: Japanese Grammar, Hypermedia, Net generation, Web 2.0, E-learning 2.0 1 Background Japanese Language teaching for college students in Italy has a very poor literature written especially for native Italian speakers. As of August 2010 there exist only two comprehensive Japanese Grammar textbooks (Kubota Y., 1989 and Mastrangelo et al. 2006). One of the aims of my PhD thesis, completed in 2007 (Mariotti, 2007), was to edit a dictionary of basic Japanese grammar to offer a new tool inspired 1) by the outstanding (and personally much loved) work of Makino and Tsutsui (1986) and 2) by theories on the major role pleasure plays in the acquisition of foreign languages (Schuman et al. 2006, Balboni 2002) and their intersections with theories and practices centered on the culture of the individual (Hosokawa 2007). Furthermore, as of 2010 some websites are dedicated to Japanese Language Teaching and Learning, but a) most of them are in English b) very few are specialized in Japanese grammar. We must add that the very few Italian websites on Japanese Language Teaching and Learning are translations of the former or amateurish, never assuring the peer reviewed quality that lifelong-learning and cyber education need. It seems that no website, free, non profit-making or academic, is using authentic, multimedia and interactive examples to teach/learn Japanese Grammar. Even if some academic web-sites in English (TUFS) are multimedia and (somehow) interactive, these are mostly based on made on purpose (i.e. 'made to teach') Japanese Language, often hindering the (young) adult-learner to feel language actuality and its intrinsic diversity, and in so doing impeding him/her to fully enjoy and acquire Japanese Language as a 'long-term memory' part of his/her identity. As well as the Italian bibliographic and web situation of scarcity of Japanese language teaching materials specifically designed for Italian speakers, consideration must be kept of two social factors which are not greatly different from other European and non- 141
European situations, viz: 1) the fact that the Net-generation (Tapscott 2009) of web 2.0. is very conscious of what better suits their needs and pleasures, and 2) that the increasing cuts in school and university research funding result in a consequent reduction of teaching hours and a strong necessity for self-studying tools. During two years of postdoctoral research financed by the Japan Society for the Promotion of Science (2008-2010) conducted at the International Christian University (Tokyo), the above-depicted situation and a further research on the strategic role of pleasure in the long-term acquisition processes of a foreign language, brought me to develop my PhD thesis into a more sophisticated project: BunpoHyDict, The Hypermedia Dictionary of Japanese Grammar. 2 BunpoHyDict 2.1 What is this? BunpoHyDict is a hypermedia grammar dictionary in which Japanese grammar items are ordered alphanumerically, linked to each other, and related to real life settings in a multimedia environment. Starting with my PhD thesis, the first Japanese grammar dictionary for Italian native speakers even today where all grammar explanations and examples are my originals, suited to the new century lifelong learners of Japanese Grammar (e.g. each word has a Latin character transcription and Italian translation, followed by the full sentence translation, so that it is easy to use even by businessmen), BunpoHyDict aims at stimulating students from all backgrounds to gain a long-term memory of Japanese grammar, supporting autonomous learning as well as a teacher-assisted one. It mirrors the most pioneering theories about foreign language teaching and learning as they are expounded by Paolo Balboni and Hideo Hosokawa. BunpoHyDict is of course an ambitious project, based on a wide range of intersectorial aspects: from sociological investigation on most popular audio-visual and written contents of contemporary Japanese culture (a selection of realia quotations and questioning their didactic and political aspects), to legal research about copyrights issues, from neuroscientific research on brain and its implications for foreign language teaching and learning to new internet technologies. 2.2 How it is used Let us start by looking at some examples of what practical use a learner may make of BunpoHyDict. 2.2.1 Learner s Interests The following underlying concepts will be used as reference: 1 Pleasure is somehow the only CONSTANT source of motivation" (Balboni 2006) and there is no acquisition without motivation; 2 Lifelong Learning shows us how nowadays to teach is no more about mere contents, as much as about to teach how to learn and to develop strategies which promote autonomous learning. 3 Net-generation is used to negotiate and create its own identities participating into the web 2.0 social interactions. So let us say, for example, that an Italian absolute beginner studying Japanese wants to read a Japanese newspaper (pictures 1 and 3). S/he has great tools like www.yomoyomo.jp that, by inserting the URL s/he wants to visit in the input URL bar, it will show up quite (but not 100%) reliable hiragana or rōmaji 142
readings (Picture 1 and 3). Clicking on a word will redirect the reader to the Yahoo Japanese- English dictionary (Picture 2). Although clicking on a grammar item like に ni or も mo will have any effect nor any grammar elucidation. Other useful tools are pop-up dictionaries such as Rikaichan (Jo Zotero developer), which, utilizing Jim Breen-EDRDG databases, de-inflects verbs and gives simple grammar explanations too (Picture 5). For the Italian native speaker the first hurdle to overcome may be English as vehicular language. At the moment, though, the Itadict Group of Ca Foscari University of Venice, coordinated by Beghi and Mariotti 1, is working on the Italian revised version (with rōmaji readings too, see Picture 6) of Jim Breen-EDRDG database. Still, what learners of Japanese of any native language may want to understand better is exactly how to use and understand grammar items, for example the uses of に ni following 来年にも rainen ni mo in picture 1. This is when learners may want to turn to BunpoHyDict. Selecting from an alphabetical list the grammar item they are searching for, it will appear the main page of that item (particle, idioms, suffix...). In this case the grammar item に ni. (Picture 4). The first impact will be with a photograph of authentic Japanese Language in use (in our case a manner poster inside Odakyu Bus in Mitaka-Tokyo). A green arrow indicates the grammar item inside of the photograph, soon providing, in so doing a practical example of its use. If clicked, the green arrow leads to a construction and example sub page. The main page of an item (Picture 3), describes it following these linked categories: - part of speech, - approximate translation, - object or clauses marked by the item, - structures and examples, - multimedia (photo and videos) examples. Under the main picture, an overall explanation of the item uses and its definition are explained, followed by links to comments and notes. The learner may want to turn back to his/her original starting point, or to look more in depth the item, jumping to the construction and examples web page (Picture 6). Here some illustrations fun and of deep impact, designed on purpose by the art designer Oishi Akinori, will get a smile and move the right side of the brain, hopefully stimulating a sort of word/sample association game. The scheme of construction s example reports glosses and grammatical categorization of each sentence component. They follow some example linked to audio clip voiced by non professional speakers, so to replay, here too, everyday contexts in Japan, where intonations differ accordingly to the speaker s life history. Back at the main page (Picture 4), the learner may want to visit some video or pictures where the item searched for appears. The selection of example has been quite difficult, requiring consultation with layers and experts in international copyright issues. At the moment, being BunpoHyDIct not open to the public yet, materials are gathered for research purposes only, and fair use applies. Since the ultimate scope of BunpoHyDict is to be available to anyone, of course copyright issues are central to this research and most of the materials are quoted with permission of the source or are Creative Commerce Licensed. Multimedia Realia examples are selected from all kind of media: representative novels read aloud (audio clips), newspapers articles, manga, anime, documentaries, movies trailers, printed and filmed commercials, raod advices music video clip, answering machine, automatic teller machines and more... 143
Clicking on a photo of the item main page will link to the video main page (picture 6) which will show: - a video clip, with full commands under the screen to stop and replay it; -the link to the source of the example; - the timed transcription of the text in Japanese on the right side of the video (thanks to QuickTime Controller developed by Boris Searles), so that clicking on the time will replay the same sentence; - a list of the links to the main pages of the grammar items related to the text; - a link to the full transliteration with Latin characters; - a link to the full translation of the text; - an external link to discussion groups. It should be noted that the transliteration and the translation pages can be viewed simultaneously, helping the learner to follow the contents of the video clip. Moreover, main characteristic of BunpoHydict, each grammar item of the text is linked to the construction and examples pages, enabling the learners to decode each particular use of grammar items inside that specific text, and, if wanted, to serve further its multiple uses. The structure of the photo main page is almost the same as the videos one, with the only exception that there is nor time nor scrolling for the transcript Japanese text. The transcript text has, as always, each grammar item linked to the constructions and examples sub-pages. 2.2.2 Learner required to look and study a specific grammar item BunpoHyDict can be used in the lecture theatre too. Its very exhaustive index of contents, which can be reached via the top banner on the page, present a list of grammar items and links to all audio and visual materials where such item can be found. If a teacher is explaining how to use the te ikenai form, s/he can consult the index pages to find out that the idiom te ikenai is used in, e.g., video 1, 4, 7 and picture 2, 7, 9. Clicking on each picture or video button, will lead the uses to the respective pages. 2.3 Why use it? As the net generation grew up, and the need for a Lifelong Learning became more widespread, foreign languages started to be acquired more by their using than by their studying especially for English. This is the amazing of web 2.0. and the social use of the net, where Learning Management Systems are now pairing with a more individual use of the tools. The learning management system takes learning content and organizes it in a standard way, as a course divided into modules and lessons, supported with quizzes, tests and discussions, and in many systems today, integrated into the college or university's student information system. [...But in web 2.0,] The idea is that learning is not based on objects and contents that are stored, as though in a library. Rather, the idea is that learning is like a utility - like water or electricity - that flows in a network or a grip that we tap into when we want. (Downes 2007) As for Japanese, in the first years of the Millennium, in Italy, universities students were used to send e-mails to, talk in chat-room with, get to be friend of more and more real Japanese speaking people, often native Japanese. This scenario is somehow a spontaneous way to start to express what Hosokawa calls ko no bunka (Hosokawa 2002), individual culture: i.e. the culture s image the learner recognizes in him/herself communicating and 144
negotiating identities with others (Yamamoto, 2010) not by 'preparing' to communicate. Furthermore, this global movement toward Japanese Language in use is a step further out of what Balboni (2006) has presented as a new dimension to the discussion on Communicative Approach by stressing the Communicative Humanistic Affective Approach. This approach is Humanistic in respecting the natural learning processes of the human mind, and Affective in respecting the psychological and social security without stimulating the affective filter and disesteem. It takes input from the neurology, psychology, and neurolinguistics of Danesi, and from Language Acquisition Theories by Chomsky, Krashen and Italians scholars such as Freddi. The concept is based on bimodality and directionality of Language Acquisition (Danesi). Acquisition is possible only through the stimulus of both the holistic brain right hemisphere (pleasure to fill in the curiosity about a language structure) and the analytical logical left one (need to learn a language concept), and by proceeding from right (contextualizing materials giving pleasure) to left (exercising structures). So to speak, BunpoHyDict expresses the eight shifts which Tapscott (1998) has outlined with respect to education: from linear to hypermedia learning from instruction to construction and discovery from teacher-centered to learner-centered education from absorbing material to learning how to navigate and how to learn from school to lifelong learning from one-size-fits-all to customized learning from learning as torture to learning as fun from teacher as transmitter to teacher as facilitator. 3 State of reality and copyright issues 3.1 Why face fair use and copyright issues? As shown above, language acquisition take place meaningfully only if the language itself is felt as a way to express our own identity and in so doing gives life to some our inner pleasure. As has been pointed out by Hosokawa (2002) and others scholars, even Communicative Approach of the 80 s, had soon to face some problems, most important of all, of being a preparation for using the language, not the actual use of the language itself. BunpoHyDIct is no more than a natural evolution of the collections of bunkei and dictionaries with examples, though they are of course still present in it, it relies on audio and visual materials that are not artificial, i.e. tailor-made ones. They are selected from the mostly representative and popular products of contemporary Japanese Culture: so, as teaching materials, they are potentially much more pleasant, because they are esthetically much more beautiful (prize-winning films, novels, and poems) or amusing (anime, manga, advertising) or interesting (my own clips from everyday situations). Amusing, beautiful and informative authentic audio-visual materials, are very much relevant/important than tailor-made materials, from the point of view of stimuli and learner incentives of course, as well as from the point of view of the learner s life planning and his/her inherent choices (most of the learners nowadays begin to learn Japanese because of their love for anime and manga). Lifelong Learning and Language Acquisition need reality, and since nowadays video and audio are part of our culture and teaching/learning is made by the internet too, it is fundamental to underline the necessity to freely quote audio and video in language teaching tools. In February 2008 a new Section of Italian Copyright Law states: 1-bis. È consentita la libera pubblicazione attraverso la rete internet, a titolo gratuito, di immagini e musiche a bassa risoluzione o degradate, per uso didattico o scientifico e 145
solo nel caso in cui tale utilizzo non sia a scopo di lucro. Con decreto del Ministro per i beni e le attività culturali, sentiti il Ministro della pubblica istruzione e il Ministro dell università e della ricerca, previo parere delle Commissioni parlamentari competenti, sono definiti i limiti all uso didattico o scientifico di cui al presente comma. 2 This alone is a small sign of how important is the fair use (the right to use copyrighted material without permission or payment under some circumstances) for teaching activities, and how these activities, once upon a time published on paper, need nowadays to be extended to internet use, since, culture today is no more only about discussing culture saw as opinions and ideas published on books, as much as culture as a global. Still, the above law is waiting for an Implementation Decree which will state the quality of images and music that can be republished on the net for fair use. 3 More and more, video creation and sharing depend on the ability to use and circulate existing copyrighted work. Until now, that fact has been almost irrelevant in business and law, because broad distribution of nonprofessional video was relatively rare. Often people circulated their work within a small group of family and friends. But digital platforms make work far more public than it has ever been, and cultural habits and business models are developing. As practices spread and financial stakes are raised, the legal status of inserting copyrighted work into new work will become important for everyone. It is important for video makers, online service providers, and content providers to understand the legal rights of makers of new culture, as policies and practices evolve. Only then will efforts to fight copyright "piracy" in the online environment be able to make necessary space for lawful, value-added uses. Mashups, remixes, subs, and online parodies are new and refreshing online phenomena, but they partake of an ancient tradition: the recycling of old culture to make new. In spite of our romantic clichés about the anguished lone creator, the entire history of cultural production from Aeschylus through Shakespeare to Clueless has shown that all creators stand, as Isaac Newton (and so many others) put it, "on the shoulders of giants." In fact, the cultural value of copying is so well established that it is written into the social bargain at the heart of copyright law. The bargain is this: we as a society give limited property rights to creators, to reward them for producing culture; at the same time, we give other creators the chance to use that same copyrighted material without permission or payment, in some circumstances. Without the second half of the bargain, we could all lose important new cultural work just because one person is arbitrary or greedy. (Code of Best Practices Committee, Center for Social Media s Future of Public Media Project funded by the Ford Foundation, 2008) 4 Things to be done BunpoHyDict will be a valid tool to approach the world of Japanese culture and Language, but since it is mostly centered on reception more than production, its next frontier is to realize the other side of the coin: finding an automatic motor that will check the Japanese actually spoken and written by the learners... and this is what we will work upon next! 146
Notes. 1 I hereby acknowledge the Japan Society for the Promotion of Science and my tutors Prof. Hirose Masayoshi and Sato Yutaka of International Christian University, for letting me carry out this research project at ICU with a Postodctoral Fellowship (2008-2010). Furthermore, I wish to thank Prof. Hosokawa Hideo (Waseda University), Prof. Nishigori Jirō (Tokyo Metropolitan University) and Prof. Suzuki Yōko (ICU), the Italian Chamber of Commerce in Japan, as well as ALL friends and colleagues from the Academy or not, that have helped BunpoHyDict come so far. 2 Italian Copyright Law (law no. 633 of April 22nd, 1941), Article 70, Paragraph 1/bis. Publication may be made freely via the internet, provided no fee is involved, of low-resolution images and sound files, for teaching or study purposes. The details for determining whether the purposes may be considered scientific or educational have been set out in a Circular by the relative Parliamentary Committees, as mentioned in this Section. 3 I have consulted three different lawyers about this issue, and I want to thank them all for concrete and precise advice: Tatsumura Zen (www.tatsumuraol.com), Guido Scorza (www.guidoscorza.it), Giuseppe Briganti (avvbriganti.iusreporter.it) Attorneys-at-Law. References Balboni, P. (2002), Le sfide di Babele, UTET. Code of Best Practices Committee (ed.) (2008), Code of Best Practices in Fair Use for Online Video, www.centerforsocialmedia.org/fair-use/related-materials/codes/code-best-practicesfair-use-online-video Danesi, M. (2003), Second Language Teaching, A View from the Right Side of the Brain, Kluwer. Downes, S. (2005), E-Learning 2.0, elearn Magazine Education and Technology in Perspective, October. (2007), Trends and Impacts of E-Learning 2.0, International Conference on Open Course Ware and e-learning, Taipei, Taiwan. (See below for links). Downes (2007) www.downes.ca; Taipei conference: http://video.google.com/videoplay?docid=5961719786180845836#; slides:http://www.slideshare.net/downes/trends-and-impacts-of-elearning-20 (last visited on November 15, 2010) Glushko, R. J. (1990), Designing a Hypertext Electronic Encyclopedia, ASIS Bulletin, vol. 16 (3), pp. 14-22. Karrer (2007), elearning 2.0, American Society for Training and Development Orange County, slides:http://www.slideshare.net/akarrer/elearning-20-karrer-astd-oc-2007; tech.blogspot.com. Krashen, S. D. (1982), Principles and practice in second language acquisition, Pergamon. Kubota, Y. (1989), Grammatica della lingua giapponese, Cafoscarina. Makino, S. & Tsutsui, M. (1986), A Dictionary of Basic Japanese Grammar, The Japan Times, Ltd. Mariotti, M. (2007), Il piacere della grammatica: dizionario grammaticale di base della lingua giapponese per madrelingua italiani [The Pleasure of Grammar: a Japanese Elementary Grammar Dictionary for Italian Native Speakers] Ca Foscari University of Venice. Mastrangelo M., Ozawa N., Saito M., (2006) Grammatica giapponese, Hoepli. Schumann et al. (2006), The Neurobiology of Learning, Routledge. Spinelli, A. (2006), Rette e spirali. Geometrie di tecnologie didattiche (Straight lines and spirals. Geometries of educational technology), Aracne Editrice. Tapscott, D. (1998), Growing Up Digital - The Rise of the Net Generation, McGraw-Hill (2008), Grown Up Digital: How the Net Generation is Changing Your World, McGraw-Hill バルボーニ パオロ (2010) 考えるための日本語あるいは喜びのための日本語, ルビュ言語文化教育 :Revue Langue, Culture et Education 323 号. 細川英雄 (2002) 日本語教育は何をめざすか- 言語文化活動の理論と実践 明石書店. 147
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Picture 1 ( YOMO YOMO.JP), Picture 2 ( Shogakukan, Sanseido Co.,Ltd., Yahoo Japan Corporation) Picture 3 ( YOMO YOMO.JP, EDRDG) 149
Picture 4 Picture 5 Picture 6 150
アカデミックな日本語運用能力を高めるために - 中 ~ 上級クラスの実践から見えてきたこと - 鈴木美加 中村彰 藤森弘子東京外国語大学留学生日本語教育センター 要旨本稿は 東京外国語大学全学日本語プログラム (JLPTUFS) において アカデミックな日本語運用能力の向上を目指して行った教育実践を報告するものである まず アカデミック ジャパニーズ の定義の検討を踏まえ 1 大学等の勉学に必要な日本語とそのスキルの養成 (AJ その 1) と 2 大学教育で求められる問題発見 分析 解決のための能力の養成 (AJ その 2) とに分けて捉えることとした その上で JLPTUFS における総合日本語 ( 中級 ~ 上級レベル ) の 話す 活動の概要について述べた この 話す 活動は 1 受講学生の日本語の知識 技能を実際に活用し その能力を伸ばす場となり 2 異文化理解 自己発見あるいは自国や自文化の発見にもつながっている つまり AJ その 1 と AJ その 2 を高める活動になっていると言える さらに 当日参加の日本人学生にとっても AJ 能力の向上に役に立つことがコメントからうかがえる キーワード アカデミック ジャパニーズ (AJ) 日本語プログラム 話す 活動 中 ~ 上級 日本人学生 1 はじめに本稿は アカデミックな日本語運用能力の向上を目指した中級 ~ 上級の授業の概要と活動例について述べ その活動による成果と今後の課題に関し報告するものである 以下に 1 アカデミック ジャパニーズのとらえ方 2 東京外国語大学における日本語コースの特徴 3 アカデミックな日本語運用能力を高めるための実践 という順に述べることとする 2 アカデミック ジャパニーズ (AJ) の捉え方のバリエーション アカデミック ジャパニーズ という用語が使われるようになってから約 10 年が経つ アカデミック ジャパニーズ の一義的な定義はなく 大学での勉学に必要な日本語の教育 という概念はある程度共通であるものの 教育 研究を行う者の教育に対する理念 方針により その定義や示される概念が異なることが多い だれが 何を 何のために どのように学習していくのか そしてどうそれを実現していくのか といった教育における視点のおき方の違いによって AJ の捉え方の異なりが生じている これまでに言われている アカデミック ジャパニーズ の示す定義あるいは概念のうち いくつかを以下にあげる 151
表 1 アカデミック ジャパニーズの定義あるいはコメント 大学等の勉学に直接的に必要な日本語 (JLC スタンダーズ HP) AJ とは教養教育である 自ら問題を設定して その問題について探求していくという主体的な < 学び > が土台とならねばならない ( 門倉 2006, p.7) 大学学部で養成されるべきアカデミック ジャパニーズは 単に大学 大学院で必要とされる日本語力ではない 卒業後の知的活動の根源となるべき言語能力であり 留学生 日本人学生共通の到達目標である ( 山本 2006, p.80) AJ 教育に求められるもの : 学術的知識 思考力 表現力 ( 工藤 2010) アカデミック インターアクション ( ネウストプニー 2002, p.140) ( イタリックは筆者による ) このような記述を見ると アカデミック ジャパニーズ ( 以下 AJ) がカバーする意味は 大きく 2 つに分けてとらえることができる 1 言語としての日本語に直接かかわる事柄と 2 日本語以外の知識や問題発見 解決型の思考力などの事柄である この 2 つを図示したものを図 1 に示す AJ の定義により 2 つのうちの片方だけに焦点を当てていることもあれば 2 つを組み合わせたとらえ方もあると考えられる 上記の門倉 (2006) では AJ その 2 を中心にしたとらえ方であり 山本 (2006) の 知的活動の根源となるべき言語能力 を考えると その能力には ある問題の発見とその分析 それに基づく言語の使用が必要とされることから AJ その 1 と AJ その 2 を組み合わせたとらえ方がなされていると考えられる AJ その1 AJ その2 大学等の勉学に必要な 大学教育で求められる 日本語とそのスキル 能力養成の一環 大学での授業( 講義等 ) に 問題発見 分析 解決の 必要な日本語の言語要素習得 ための能力養成 ( 事象の 及び技能 ( スキル ) の養成 比較 対照 例示等も含む ) 図 1 アカデミック ジャパニーズの 2 つの視点 3 東京外国語大学全学日本語プログラム (JLPTUFS) 概要東京外国語大学留学生日本語教育センターでは 学内の留学生のための日本語コースとして全学日本語プログラム (JLPTUFS) を実施している JLPTUFS 履修学生は 2010 年度春学期時点で 206 名 48 か国 地域から来ており アジア (51%) ヨーロ ッパ (33%) の割合が多い 学生のカテゴリーは表 2 の通りで 交換留学などの短期留学が 56% 研究目的の留学 ( 研究のため 大学院への入学準備のため ) が 38% であ 152
る このような学生が 日本語を学ぶ動機は 日本語そのものに興味を持っている (85%) 日本の文化が好きだ (78%) 就職に有利だから (49%) となっており 個々の学生の言語と文化への興味 好みが日本語学習のきっかけになっているといえる ( 全学日本語プログラム学生アンケート 2009) 表 2 JLPTUFS 受講学生とその履修状況 (2010 年度春学期 ) 単位学生の週あたり期間互換履修コマ数 * の幅 短期留学 :ISEP 学生 1 年 / 半年 3~11 コマ 73 短期留学 : 特別聴講学生 1 年 / 半年 1~7 コマ 19 日本語 日本文化研修留学生 1 年 2~9 コマ 24 国費教員研修留学生 1 年半 - 1~11 コマ 5 国費研究留学生 ( 予備教育 ) 半年 - 6~11 コマ 22 国費研究生 ( 大学院入学目的等 ) 半年 ~ - 1~11 コマ 13 私費研究生 ( 大学院入学目的 ) 半年 ~ - 1~11 コマ 44 学生数 その他 ( 大学院生 ) - - 3~10 コマ 5 *1 コマ 90 分 206 JLPTUFS の開講科目を表 3 に示す 初中級 ~ 上級レベルにおいて 総合日本語 という授業を設定し 語彙や文法などの言語要素の学習とともに 技能面の伸長を図る活動を有機的に組み合わせた授業を 技能別日本語 は各技能をさらに伸ばす活動に焦点を当てた学習を集中的に行っている 1 レベル名称 表 3 JLPTUFS 日本語レベル 科目 (2010 年度春学期 ) 日本語週あたり授業開講コマ概要レベル 100 初級前半 ~ 集中日本語 10 コマ 200 初級後半 ~ 集中日本語 10 コマ 300 初中級 総合 * 5 コマ+ 読 1 コマ+ 聴 1 コマ+ 話 1 コマ+ 書 1 コマ+ 文法 1 コマ 400 中級 総合 5 コマ+ 読 1 コマ+ 聴 1 コマ+ 話 1 コマ+ 書 1 コマ+ 文法 1 コマ 500 中上級 総合 5 コマ+ 読 1 コマ+ 聴 1 コマ+ 話 1 コマ+ 書 1 コマ+ 文法 1 コマ 600 上級前半 総合 3+ 読 1+ 聴 1+ 話 1+ 書 1+ 文法 1+ 時事 1 700 上級後半総合 2+ 読 1+ 聴 1+ 話 1+ 書 1+ 文法 1+ 時事 1 漢字 1 漢字 2 漢字 3 漢字 4 1 コマ 800 超級読 1+ドラマ 1+ ライティング 1+ 時事 1+ 文学 1+ ビジネス 1 ** 総合 : 総合日本語 読 : 読解 聴 : 聴解 話 : 口頭表現 書 : 文章表現 * ** ドラマ : ドラマ ドキュメンタリー ライティング : アカデミック ライティング 時事 : 時事日本語 文学 : 文学日本語 ビジネス : ビジネス日本語 153
各授業科目のシラバス作成の際 東京外国語大学留学生日本語教育センターで作成した JLC 日本語スタンダーズ ( 東京外国語大学 2009) を踏まえ 学生がその科目でどのようなことができるようになるか 目標を明示するようにしている JLC 日本語スタンダーズは 初級 ~ 上級を 5 段階に分け 各段階で 読む 書く 聞く 話す を含み 聞く 話す を独話とやりとりに分けて 5 技能ととらえ それぞれの段階における目標や活動例を示したものである JLCTUFS では 学生の出身国 履修目的の多様性 既有知識や能力 興味を考え シラバス作成 コース運営を行っている 4 JLPTUFS 総合日本語での 話す 活動の実践例 4.1 話す 活動の概要本項では JLPTUFS の総合日本語の授業において行った 話す 活動を紹介し その活動がどのように AJ その 1 AJ その 2 と関連しているかについて検討したい ここでは 上記日本語レベルで示した 300 レベル ( 初中級 ) 600 レベル ( 上級 1) 700 レベル ( 上級 2) における活動を取り上げる まず 話す 活動を行う際の主な方針を以下にあげる 学生の多様性を生かし 発信型の活動を行う 学生が有する アカデミック スキル を活用できるようにする 学内の日本人学生を交えて行うタスクを組み込む 運用力を支える言語的知識の増強を図る 話す 活動に関しては 各レベルの授業の主教材と関連するトピックを選び タスク設定 準備 実施を行った レベルに応じて 抽象語彙の量も増えるため 中級前半のレベルである 300 レベルでは身近なトピックを選び 上級では 社会に関する時事性の高いトピックとした 以下に 2010 年度春学期のタスク内容の例を示す また週当たりのコマ数等との関係で タスク内容 準備にあてる時間も異なっていた 300( 初中級 ): 日本で感じたこと 自国の ( 人々にとっての ) 問題 ミニ発表 + 話し合い 600( 上級 1): 死刑制度を廃止するべきだ 晩婚化を奨励するべきだ ディベート 憲法 9 条改正について ディスカッション 700( 上級 2): 自国の環境問題 プレゼンテーション + 質疑応答 文化摩擦 ディスカッション タスクの主な流れは以下のとおりである 1 事前準備 : トピック設定 資料収集 内容整理 プレゼンテーション準備 2 当日の活動 : 受講学生 日本人学生ゲスト参加プレゼンテーション ( 発表 / ディベート / ディスカッション 話し合い ) 質疑応答 ( 聞き手による自国の事情紹介なども含む ) 3 事後 : 反省 評価 レポートまたは記録まとめシート作成以下 4.2~4.4 では 700( 上級 2) 600( 上級 1) 300( 初中級 ) で実施した 話す 活動の概要を示す 154
4.2 実践 1: 上級 701 自国の環境問題 プレゼンテーション 話す 目標 : 専門性 時事性の高い内容について 口頭発表 (8 分程度 ) ができる 専門性のある情報を整理して 内容をかみ砕いて話せる レジュメや PowerPoint などの資料を示しながら発表できる 口頭発表とレジュメの文体や語彙使用の使い分けができる 聞く話す 目標 : 専門的 時事的なテーマの発表の後で質疑応答ができる発表テーマ ( 一部 ) アラル海の縮小 ( ウズベキスタン ) 2070 年 : ヴェネツィア水没!!( イタリア ) ウクライナにおける黒海の汚染 ( ウクライナ ) 海と戦っているオランダ ( オランダ ) イギリスの温室効果ガス排出の削減 ( 英国 ) 受講学生コメント 自国の環境問題について情報を調べ 他国の学生にもわかるように発表し 客観的に自国の問題について捉える機会となった 受講学生及び日本人学生は 他国の環境問題と自国の問題との類似点 相違点を知り 多種多様な問題があることに気が付き 環境問題を地球規模で考えるようになった 4.3 実践 2: 上級 601 死刑制度を廃止するべきだ ディベート 話す 聞く話す 目標 : 表 4 参照事前準備 : 1 ディベートの手順説明及び立論 反論時の表現モデル提示 2 チームごとに準備活動テーマを決め肯定側と否定側に分かれ 立論作成のための協働作業ディベート テーマ : 死刑制度を廃止するべきだ 晩婚化を奨励するべきだ 当日の流れ : 1 ディベート実施 : 肯定側と否定側に分かれて行う ( 各 40 分 ) 審判 ( ほかのグループの学生 + 日本人学生 : チェックポイントが書かれた審判用の用紙に 1~5 段階評価 ) 日本語教師が最終審判を下す 2 反省 ピア評価ディベートについての振り返り ( 受講学生 ) 日本人学生のコメント受講学生コメント 相手からの反論を想定して理由を考えたり 根拠にする資料を調べたりすることにより勉強になった ディベートが一番印象に残った活動だった グローバルな話題 自国で勉強できない日本の文化社会について学べた 教師コメント 立論はよく準備し わかりやすく説明していたが 立論に対する質疑応答が難しい 発話意図に応じた正しい言語運用の難しさ : 155
例 権利 人間的に考えるっているのは 犯人から考えるっていうより その殺された人 から考えたほうが人間的なんでしょ じゃないなんでしょうか ( なんじゃないんでしょうか ) たとえば その 残ってる家族の 苦しみや悲しさ から考えたほうが人間的なんでしょうか ( なのではないでしょうか ) ( ~ じゃない の運用の問題 ) can-do( 授業の目標 ) 表 4 AJ 能力を伸ばすための活動 上級前半総合 601の活動例 話す 聞く話す 必要な情報を収集することができる レジュメにそって発表できる グラフや図表を活用して発表できる グローバルなテーマ及び社会文化的な問題について発表できる 問題解決型の発表ができる 適切な表現文型を用いて 引用したり 因果関係などについて説明できる 根拠を示して 論理的に説明できる 根拠や理由を示して 自分の意見が言える 多少専門性のあるテーマの発表を聞いて 質疑応答ができる ディベートで質問したり 反論したり 同じチームの者と協働で意見をまとめたり 修正 展開できる アンケート調査やインタビュー調査のやりとりが適切にできる 談話操作能力 文体操作ができる ( レジュメは である体 で作成し 発表は聴衆を意識した丁寧な です ます体 で行う ) 相手に応じて また場面にあったスピーチレベルで対応できる 活動 1 プレゼンテーション 2 ディベート 1 プレゼンテーション後の質疑応答 2 テーマディスカッションの議論 3 ディベート 4 インタビューなど テーマ グローバルな視点を必要とするテーマ : 自国の社会 / 経済構造の変容 死刑制度を廃止するべきだ 晩婚化の奨励 ゴミの有料化 など 専門性 時事性の高いテーマ : 日本国憲法の今日的意味 日本人学生に対する行動 意識調査 など タスク型活動の流れ < インプット 実施 フィードバック > ( 例 )1 プレゼンテーション : レジュメの作成法と留意点 書き言葉と話し言葉の操作モデル提示 司会の表現 口頭発表 質疑応答 自己評価 内省 2 ディベート : ディベートとは何か ディベートの手順説明及び立論 反論時の表現モデル提示 チームごとに準備活動 ( テーマを決めて 肯定側と否定側に分かれて立論作成のための協働作業を行う ) ディベート実施 反省及びピア評価 活動によって伸ばしたい AJ 能力 情報収集能力 談話構成能力 談話操作能力 分析的思考力 批判的思考力 問題解決能力 コミュニケーション能力 4.4 実践 3: 初中級 301 総合 自国の ( 人々にとっての ) 問題 ミニ発表 + 話し合い 話す 目標 : 具体例を挙げてわかりやすく説明できる 聞き手が理解できるように 必要に応じて言葉のリストを作る あるいは言葉の説明をすることができる 発表に利用できる定型表現をうまく使って 談話を展開することができる フォーマルな場面で です ます で話せる 聞く話す 目標 : 不明な点や具体的に知りたい点について質問できる 相手の言ったことを確認できる 他の学生の話を聞いて 自国の状況や自分なりの解釈 情報を知らせることができる 156
事前準備 :1タスク及びテーマ提示 2 構想シート記入 ( 宿題 ) 3 文章化 ( 作文 ) 4 言葉リスト作成 5 発表準備 ( リハーサル ) 6グループ活動に必要な表現の確認当日の流れ :1 発表 質疑応答 各国事情の共有 ( 日本人学生を含む小グループ ) 2クラス全体 : 自国の問題の報告 発表テーマ失業率 若者の飲酒 若者の酔っ払い運転 アルコール依存症 BNP という政党 テロ イスラム原理主義 いなかから首都リマへの移住 ( テロの問題も含む ) 農家の自殺の問題 大学の学費に関する法律 若すぎる妊娠 若者の人口が多いこと日本人学生ゲストのコメント 非常に勉強になった イギリスの政治のことはこれまで特に興味がなかったが 日本を含めた世界の政治が密接に関係していることを知り 学ぶ所が多かった 飲酒についてはどこの国でも問題になっているのだと知った イギリスやアメリカの若年層の飲酒問題は日本より深刻だと感じた 私にとっては意外だ 様々なテーマについて話を聞くことができて興味深かった 日本ではどうなんだろう? と国内での状況について考えるきっかけにもなった 5 考察と今後の課題 JLPTUFS の総合日本語で行った 話す 活動は 1 総合的に日本語を使う場であり かつ 2 異文化理解 自己発見あるいは自国や自文化の発見の場にもなっている お互いの文化 事情の紹介 等によって 日本を含む他の文化 事情を 受け止め 問いかけ 自分の経験や意見の表出 をしつつ 文化 事情の比較や対照をし 情報交換による気づきが起こっている つまり この活動は 日本語の表現技能を向上させるとともに 問題発見解決能力 批判的思考力を高めることができる機会となっており 先に述べた AJ その 1 と AJ その 2 を高める活動になっていると言える この AJ その 1 と AJ その 2 については 日本語レベルによって配分が異なってくる 例えば初中級レベルでは 使用できる日本語の語彙がかなり限られていることへの配慮が必要であり AJ その 1 とその 2 の割合は 図 2 に示すように上級に行くほど AJ その 2 の割合が大きくなる 今回の教育実践から お互いの文化を知り 受け入れ 尊重しあうといった異文化 多文化理解の要素も AJ の向上に大きく影響するため このような文化面に関する目標設定や自己評価等も今後検討していく必要があると思われる JLC 日本語スタンダーズ (2009) は今のところ技能中心の記述にとどまっているので 今後更なる検討が必要であろう また 日本人学生のコメントにもあるように 日本人学生もこのような授業に参加することは異文化理解に役に立っていることがわかり 日本人学生の AJ 能力の向上 157
にも資すると言える 現在は 国際交流サークルなどにその都度参加を呼びかけているが より対等な立場で AJ 能力の向上や異文化理解のた 上級 中級 AJ その1 AJ その2 初級 図 2 総合日本語における AJ の配分 めに 共に学ぶ者として参加できるような教育体制を今後作っていくことができれば 日本語コースからの大学全体への発信につながっていくと思われる 注. 1 詳細は http://www.tufs.ac.jp/intlaffairs/international_student/ に掲載されている < 参考文献 > 門倉正美 (2006) < 学びとコミュニケーション > の日本語力 --- アカデミック ジャパニーズからの発信 アカデミック ジャパニーズの挑戦 ひつじ書房 pp.3-20. 工藤嘉名子 (2010) アカデミック プレゼンテーション能力を養うためにーコンテントベース教材を用いた段階的指導法ー 東京外国語大学留学生日本語教育センター日本語教育国際シンポジウム 大学におけるアカデミック ジャパニーズの現状と課題 配布資料東京外国語大学留学生日本語教育センター (2009) JLC 日本語スタンダーズ 2009 改訂版 ( 東京外国語大学 JLC 日本語スタンダーズ URL: http://www.tufs.ac.jp/common/jlc/jlc-gp/jp/1000.html(2010 年 12 月 20 日確認 )) 東京外国語大学留学生日本語教育センター全学日本語プログラム運営委員会 (2009) 全学日本語プログラムアンケート 集計結果 (2009 年度春学期 ) ネウストプニー (2002) アカデミック インターアクションの理解に向けて 門倉正美代表 日本留学試験とアカデミック ジャパニーズ 平成 14~16 年度科学研究費補助金 ( 基盤研究 (A)(1) 一般 ) 研究成果中間報告書 pp.139-150. 山本富美子 (2006) タスク シラバスによる論理的思考力と表現力の養成 アカデミック ジャパニーズの挑戦 ひつじ書房 pp.79-98. < 教科書 > 東京外国語大学留学生日本語教育センター (1998) 上級日本語 凡人社立命館アジア太平洋大学 (2008) 日本語 5 つのとびら 凡人社山本富美子 (2008) 国境を越えて : 改訂版 ( 新曜社 ) 158
一般人称の表現 及びゼロ名詞手段の使用条件小野芳子コンスタンツ大学 チュービンゲン大学 ( ドイツ ) チューリヒ大学( スイス ) 要旨ヨーロッパ人日本語学習者 ( データは主にドイツ語 イタリア語 フランス語 スロヴァキア語 ハンガリー語を L1 とする大学生の作文に基づく ) の典型的な問題の一つに一般人称と不特定多数の表現がある 概して複数人間表現を主語にして 人々は 人達は とかで文を始めることが多いが これは間違いとは言えないにしても かなり無理な日本語表現で こういった一般的人間表現は自然な日本語では主語でなくともあまり使われない 可能な手段の一つとして 主語の表層表現がない文 つまりゼロ名詞手段があるが これは日本語ではアナフォラにも一 二人称にも使われるものなので ゼロがどの場合にどの用法になるのかの条件をはっきりさせなければならない 以下に 一般人称表現の種類と条件をできる限りシステマチックに提示し 学生の学習度に合わせた導入順序も提言したい キーワード 不特定 総称 / 汎称 数量表現 連体修飾 受け身 モダリテイー 1 典型的な問題例とその考察 1.1 典型的な使用例作文なり 口頭 ( 発話 ) なり 学生によく使われる表現はいずれも一般的人間表現を主語にするもので 複数性を明らかにする 人々は 人達は が典型的だが さらに 人は 人間は 等もよく見られる 以下に 過去数年私が扱った作文 ( 学生数約 200 人 一人あたり約 3~50 の作文 ) の中から例をいくつか挙げる : (1) ふつう 人々はいつもけいたいでんわをもっていますから (2) むらをたくさんはかいしたり しました それでひとたちはとてもくるしみました (3) たくさんの人は携帯電話をもっていないせいかつをそうぞうできません (4) 人は会うより携帯電話をかけますから (5) にんげんはよるねたがりますが しんやにきゅうにけいたいでんわのベルがなって 1.2 問題点の背景の考察使用日本語教科書等の教材には上出のような使用例のモデルになる文は見つけられないから 何かモデルになる構文が L1 及び授業使用語等にあるのではないだろうか 例えばスロヴァキア語の場合は次のような表現法が影響しているかもしれない : (6)sk Cestovat mestskou dopravou je niekedy nepohodlné. to travel by public transportation is sometimes uncomfortable. Naimä ráno, ked l udia idú do práce. particularly in the morning, when people go to work さらには 使用できる辞書等のツールと そこの記載の影響も考えられる 例えば いろいろな英和 英日辞典を引いてみたが people のところでは まず最初に 人々 159
人たち 人 が出てくる 以下の例のように使われる一般人称代名詞の場合も 英和 独和 仏和辞典にはたいていいろいろと細かい ( 日本人学習者用に書かれていて初級日本語学習者にはとてもこなせない ) 説明が前か後にあるのだが 概して 人々 ( は ) や 人 ( は ) が太文字等で記載されている : (7) They say that... (8)d Man sagt, dass... They say that... (9)f On dit que... They say that... 私が調べた英日辞典のうち The Kenkyusha Romanized English-Japanese Japanese- English Pocket Dictionary (1996/98) では they のところには In Japanese, it is omitted (p.483) と記載され 次の例が挙げられている : (10) あそこの店ではたばこを売っていますか Do they carry cigarettes at that store? 一方 one のところには 人 のみが出ており 次の例が使われている (p.317) : (11) 人は最善を尽くすべきだ One must do one s best. The Modern English-Nihongo Dictionary (Kodansha, 1997) は they のところ (p.1028) で 人々 を挙げてはいるものの 唯一の例は 人々 ではなくて そうです を使う they say that... に対するものだ one のところでは この辞書でも 人 のみを挙げ 次の例を使っている (p.663) : (12) 人は礼儀作法に気をつけなければならない One should mind one s manners. 上に引用した英日辞典に挙げられている 人は の例はどちらも総称 ( 汎称 ) で かつモダリテイーを含む内容のものだ こういった格言等の文体の場合は 人は を使ってもおかしくないが 上記の学生の使用例が日本語としてすんなりいかないのは 総称 / 汎称に使うべきものを不特定表現に使っていたり モダリテイーを含まない文だったりするからだということが理由の一つとして考えられる そこで 以下に内容的に分類して使用問題点の原因を探ってみる 1.3 内容的カテゴリー分類学生の使用問題点のいくつかは次のカテゴリーの区別がなされずに文が作られることにあるだろう 以下 主に学生の作文で奇妙な表現の仕方だと感じられるもの ( 学生の作文例は例文番号に s を付けてマークする ) に対して 私自身が適当な日本語表現だと思う文を例として挙げる : 1.3.1 狭義の総称 ( 汎称 又は全称 cf. 小野 2005) (13) 人はいつかは死ぬ ( 寺村 1989: 155) 1.3.2 一般的属性必ずしも全部がそうだとは限らないが ある集合 例えば人間の時間も場所も問わない一般的傾向 : (14) たとえば ( 人 ( 間 ) は ) 誰でも夜は寝たいものですが (cf. (5)) (15a) 人間 ( というもの ) は ( 概して ) 怠け者で気楽な生き物です (15s) 人々は怠け者と気楽な生き物です 1.3.3 時間や地域の枠や条件等が設定された上での総称 (16a) ヨーロッパでは あいさつするとき握手します / するべきです 160
(16s) あいさつをかわすとき ひとびとはあくしゅするべきです 1.3.4 統計的一般化 (17) 日本人は 1 年に 時間働きます ( か ) ( みんなの日本語初級で読めるトピック 25 p.21) 1.3.5 一般人称 ( 例外がないとは言えないが原則としてそうだ ): (18a) たいてい ( の人は ) 携帯電話がどこでも鳴るのは迷惑だと言いますが (18s) 人々は携帯電話がどこでも鳴ってくるは邪魔だと言っていますけど 1.3.6 不特定多数 ( 不定集合 indefinite set ) (19a) 電車に乗っているときや ジョギングをしながら携帯で話す人がいます (19s) 人々は電車に乗ったり ジョギングをしたりしながらいつも携帯で会話をしています 2 問題の解決方法 2.1 狭義の総称 及び集合の一般的属性 : 数表現のない 裸 の名詞 + 時間制限のない述語形 (= テイルなし ),cf. (13) また 人 ( は ) 人間 ( は ) は一見 三人称のように見えるが ( そして ヨーロッパの言語では実際にこれに相当する表現は三人称になるのだが ) 総称というのは 集合の全ての要素にあてはまるため 話者も包含し ゆえに 普通の発話なら一人称にしか使えない ~ たい (e.g. (14) の 寝たい vs. (5) の ねたがる ) 等の表現が使われる 2.2 狭義の総称以外 2.2.1 数量 頻度副詞の使用総称以外は X の人は みんな / ほとんど / たいてい /.. というパターンを使う X には場所か時間 ( または条件 ) またはその両方が入る, e.g.: (20) ヨーロッパの人は ふつう あいさつするとき握手します (cf. (16a)) この一つのヴァリアントとして 総体化表現の 日本人は 等がある この場合は一般に みんな / ほとんど / たいてい /.. を伴わないことが多いが ポリテイカル コレクトネスのためには ほとんど / たいてい /.. を加えるべきだ 2.2.2 ゼロ主語時間や場所が副詞的文要素として表現される場合や その枠が文脈からわかるときは 主語の 人 等は必要ない,cf. (10),(16a)(cf. 下 2.3 & 3) 2.2.3 名詞句内数量表現数量を表す修飾語を使う場合は複数を明示する表現は必要ない : (21a)... いろいろな人が住んでいて... (21b)... のみりょくは何でしょうか それはいろいろな人たちが住んでいて いろいろな文化があることです ( 初級からの日本語スピーチ p.26) (22a) 多くの人が仕事を求めて 都市へ出て行く... (22b)... 農村の生活は大変ですから 人々は都市の便利な生活にあこがれます 多くの人々が仕事を求めて 都市へ出て行く ( 初級... スピーチ p.135) 2.2.4 関係節 ( 連体修飾文 ) 161
連体修飾文が使える段階になっているなら... する人が多い / 少なくない といったパターンを優先する : (23) 農村では都市の便利な生活にあこがれる人が多く 仕事を求めて 都市へ出て行く人がたくさんいます (cf. (22b)) (24a)( 人が ) たばこを吸い始める理由 ( に ) は色々あります 癌でなくなる人がたくさんいます (24s) 人は色々な原因からたばこを吸い始まる 毎日 人が癌で亡くなる 2.2.5 なる 的 及び ある 的な表現 する 的な表現より なる / ある 的な表現をできるだけ使う (cf. 池上 1985), cf. (19a),(23),(24a): (25) スイスでは今年の 5 月 1 日からレストラン等でも禁煙になります / ました 2.2.6 受動態 ( いわゆる直接受け身 )(cf. e.g. Kuno 1987, 1990) (26) スイスでは今年の 5 月 1 日からレストラン等でたばこを吸うことが禁止され ( てい ) ます 但し 直接受け身には 文体が書き言葉的であること ( その意味では 人々 も同様に文語的だ ) 自動詞や を の目的語を持たない動詞には適用しないことなどの問題点がある 2.3 モダリテイー要素を含む文 2.3.1 必要性や義務等を表すモダリテイー要素を含む文この場合は 明示された主語は普通 対照的に理解されるので 主語を明示する必要はない (cf. 小野 2005, 2006), e.g.(16) ただし (11) や (12) のように 人は の場合は対照的に理解される可能性が低いから あっても文体が格言的になる以外は解釈的な問題はおこらない 一方 人は も何もないと二人称と理解されやすいので そうならないようにするためには 人は のかわりに みんな とか 誰でも を使えば口語的にも使える 2.3.2 推量等のモダリテイー表現いわゆる文末表現は情報源等を含蓄するので (cf. Ono 2002a) 時間や場所が副詞的文要素として表現されることや その枠が文脈からわかることを前提として ゼロ名詞手段が助長される : (27) スイスでは今年の 5 月 1 日からレストラン等でたばこを吸うことを禁止 ( する /) しているらしい (/ とのことだ ) 3 ゼロ名詞手段 3.1 類型論的特徴とゼロ使用上述のように日本語では時間や場所の枠が明瞭にされている場合や特別なモダリテイがある場合は 一般的 及び不特定主語が文に現れない表現が好まれる 表層主語がない文を一般人称表現に使うのはイタリア語 スラブ諸語 ハンガリー語にも共通している : (28) 3.Pl. 表層主語なし : (28a)it Mi chiamano Mimi. They call me Mimi. (28b)pl Mówią po polsku. They speak Polish. 162
(28c)sk Hovoria, že... They say that... (28d)hu Beszélnek itt magyarul? Do they speak Hungarian here? (29) 3.Sg.(neutr.) 表層主語なし : (29a)sk (Bude / Bolo) treba prestúpiť. One (will have / had) / has to change the bus/tram そこで私は当初 次のような予想をした : 母語 (L1) 及び授業使用語の干渉 (interference) で 主語の表層表現が義務的なフランス語等や 表層主語がある文が普通のドイツ語等の場合は上出のような 人々は 人達は 人は 等の使用例が多いことが予想されるが イタリア語 スラブ語 ( 例 : スロヴァキア語 ) ハンガリー語等では日本語でも表層主語なしの文を好むだろう しかし この予想ははずれてしまって 実際にはむしろ逆だとさえ言えるようだ その理由には上の 1.2 で挙げたことの他に 上出の例の言語とは異なり 日本語には述語形態による人称 及び数に関する直接の鍵がないことがあるだろう (cf. Ono 2007) つまり 上記言語ではゼロが日本語と同じようにアナフォラにも一 二人称にも使われるのだが (cf. Ono 2002b) 述語の形によってゼロが簡単に同定できる それに対して日本語では 下の 3.2 にも述べるように述語形態が同一で ゼロのみならず文全体が指すものの同定が必ずしも明瞭ではなく (cf. 池上 2002 聞き手 / 読み手責任 の言語 ) そのため 自分の表現意図がはっきり通じるように一義的に表現したいという意識が働いているのだろう また 上に述べた言語特徴は主語述語関係にだけあてはまり 主語以外のものは どの言葉でも ( 多くの場合は日本語でも ) 表層表現が必要になる : (30a)... の経済と人々の生活についてお話しし... ( 初級... スピーチ p.82) (30b)... 人々の考え方を変えなければ... ( 初級... スピーチ p.133) (30s)... 外国へりょこうをする人々にとっても便利です 人々は外国りょこうをして... 携帯電話でらくに電話をかけることができます こういった用例が (30s) の学生作文にも見られるように 主語にも拡大応用されることが考えられる 3.2 ゼロの機能の同定と使用の条件ゼロ手段の多義性の例として次の文が挙げられる : (31a) スイスでは何語を話しますか この文は二義的で 一般的な意味にも特定の人間 ( 特に二人称 ) を指すともとれる 一義的な表現にすることには 前述の文体の問題を除けば 何よりも受け身を使うことで可能になる (cf. Ono 1991): (31b) スイスでは何語が話され ( てい ) ますか また 次の文も原則として二義的だし その受け身化はさらに文語的になる : (32) 日本では食べるときはしを使います ( か ) これらの例は 場所の枠が規定されているのにも拘らず 特にモダリテイーを欠くことから 一般的な意味ではない一 二人称を指す可能性がある では どんな条件で このようなゼロ主語は特定の意味に解釈されるのだろうか もちろん いわゆる言語外知識 及び前提が大きい役割を果たす 例えば 会話当事者 ( 発話の種類によって話し手または話し相手 ) がスイスや日本に行ったことがない場合は (31a) や (32) は一 二人称には解釈されない しかし すべての条件が整って 163
一 二人称の解釈が可能だったら 会話の場合は (31a) に対して え 私ですか と聞いて確かめることもできるし (31a) のような質問文の発話の前に X さん と呼びかけたり (32) のような文の質問ではないものの前に 私 と前置きしたりして 誰の事を指すのかはっきりさせるのが一番いいだろう 書き言葉の場合は たとえ手紙やメールであっても 受け身が使えると思う もし メール等に使われている文体が非常にくだけた話し言葉的なものだったら 会話の場合と同じストラテジーを使っていいと思われる 4 まとめ 及び 表現手段の導入順序上の 1 で挙げたような表現の問題が起こらないように どうせなら日本語としてすんなりいく表現のし方をできるだけ早い段階で覚えたほうが学習者にとってもメリットになるのではないか では どの段階でどの表現が使えるだろうか 一番早い段階で使えるのが X の人は みんな / ほとんど / たいてい /.. というパターンだろう ( その特例として国籍等に関する.. 人 という言い方もある ) X には国や地域の他に機関等も代入でき 人 は 学生 など他の名詞で置き換えることができる この表現は 主語がはっきりしているため 主語の表層表現が義務的な言語を L1 とする学習者にも使いやすい 次の段階は連体修飾節で 例えば... する人が多い といったパターンになる もう少し段階が進めば受け身が導入されるはずだ そうすれば 人を主語にすることなく文が形成できる 但し 文体的に相応しいかに留意しなければならない 受け身か連体修飾節とほぼ同じぐらいの段階で導入されるのが各種モダリテイー 例えばいわゆる推量表現だろう ここではどのタイプのモダリテイー表現が主語なしで一般人称的に使用されるかを把握しなければならない モダリテイー表現もなく 主語もない文は一番早い段階で使えるものの一つだが ゼロ名詞手段は日本語では多機能なので どの場合にどの用法として解釈されるのかという 聞き手 読み手側としての理解力も培わなければならない 164
< 参考文献 > 池上嘉彦 1985 する と なる の言語学 東京 : 大修館 2002 話す主体 と 認知の主体 - 言語における subjectivity をめぐって 甲南大学における講演ハンドアウト Kuno, Susumu 1987 Functional Syntax: Anaphora, Discourse and Empathy. Chicago & London: The University of Chicago Press. 1990 Passivization and Thematization. In: Kamada, Osamu & W. M. Jacobsen (eds.) On Japanese and how to teach it: In Honor of Seiichi Makino. Tokyo: The Japan Times. pp.43-66. Ono, Yoshiko 1991 The Function of the Japanese Passive. In: Seiler, Hansjakob & Premper, Waldfried (eds.) Partizipation: Das sprachliche Erfassen von Sachverhalten, Tübingen: G. Narr, pp.309-380. 2002a 人称とテンス / アスペクト / モダリテイー ヨーロッパ日本語教育 7: 102-118. 2002b Genera verbi und verwandte Sprachstrategien. In: Ezawa, Kennosuke et al. (eds.) Linguistik jenseits des Strukturalismus: Akten des II. Ost-West-Kolloquiums Berlin 1998. Tübingen: Narr, pp.369-391. ( 小野芳子 ) 2004 述語名詞並列の問題とハ & ガの問題の相関性 ヨーロッパ日本語教育 9: 129-134 2005 ゼロ名詞句 vs. 名詞句 + ハ vs. 名詞句 + ガ : 単文 複文 テキストそれぞれのレベルにおける現れ ヨーロッパ日本語教育 10: 103-109 & 224 2006 ゼロ名詞句 vs. 名詞句 + ハ vs. 名詞句 + ガ (2): 従属文およびモダリテイ文の主語の表し方 ヨーロッパ日本語教育 11: 112-117 & 191 2007 Deixis, Person and Egocentricity Principle. In: Ikegami, Yoshihiko, V. Eschbach- Szabo, Viktoria & Wlodarczyk, André (eds.) Japanese Linguistics: European Chapter (Selected papers from the 9th International Conference of the European Association for Japanese Studies, Lahti, 2000). Tokyo: Kuroshio, pp.131-154. 寺村秀夫 1989 は と が 井上和子編 1989 日本文法小事典 東京 : 大修館 pp.151-156. < 教科書等 > みんなの日本語初級 I 初級で読めるトピック 25 東京 : スリーエーネットワーク 初級からの日本語スピーチ 国際交流基金関西国際センター ( 東京 : 凡人社 2004) 165
日本語学習と文化理解を目的とした独習型ウェブサイトの開発 WEB 版 エリンが挑戦! にほんごできます における理念と実践 磯村一弘国際交流基金 要旨 WEB 版 エリンが挑戦! にほんごできます は 日本語学習および日本文化理解を目的として制作されたウェブサイトである サイトの元になった映像教材においては できるだけ生の日本語に触れ 生の日本文化を見る機会を提供する という理念に基づいて制作されている ウェブサイトの開発に当たっては これに加えて 広く世界の多様な日本語学習者に対してインターネット上で公開することを前提とした 新たな工夫がなされている 本稿においては サイトのコンテンツの概要を説明しつつ サイト開発における理念が具体的にどのような形で実現しているかを紹介し 日本語学習用ウェブサイト開発における知見を共有する キーワード インターネット ICT e-learning Flash 異文化理解 自律学習 1 はじめにグローバル時代における日本語教育においては ウェブサイトを利用した学習が 極めて重要な位置を占めるようになってきている 現在 インターネット上には日本語学習に関連する多様なサイトが存在しており それぞれ目的や利用対象者によって工夫を施している その中の一つである WEB 版 エリンが挑戦! にほんごできます (http://erin.ne.jp/) は 日本語学習および日本文化理解のためのウェブサイトである このサイトは既存の映像教材をウェブ化したものであり 映像教材は 2006 年から NHK 教育テレビの語学番組として放送 2007 年にはテキスト冊子 +DVD という形で 全 3 巻の教材として出版された ( 簗島 久保田 磯村 2007) WEB 版 は この映像教材のコンテンツを元に作成し 2010 年 3 月に公開された 映像教材制作時における理念としては 日本語学習 と 日本文化理解 を目標の二本柱とし 具体的には次のような点を考慮した 実際の場面における できるだけ オーセンティックな日本語 を与える Can-do シラバスにより 日本語が実際に使えるようになることを目指す 日本文化 について考える機会を与える できるだけ多くの短い映像を見せる DVD 教材においては 主に教室という学習場面において 教師がこの教材のコンテンツを授業のための 映像素材 として使用することを想定した制作がなされていた ( 三原 2008) これに対して ウェブサイトとして広く一般に公開することを前提とした WEB 版 においては 世界の学習者がいつでも どこからでも 誰でも 個人としてサイトにアクセスすることによって 上記の理念が実現できるように配慮しながら制作を行った 具体的には 以下のような点である 1. 日本語学習歴 学習形態 文化的背景などの点で 幅広い対象者を想定 2. 学習者個人による独習を前提とし 自律的に学習が進められるような工夫 3.WEB というメディアの特徴を生かした工夫 166
4. サイトの継続的アクセスに繋がるような 興味を引く新規コンテンツの作成 本稿では 大会発表時の流れに沿って WEB 版エリン の内容をコーナーごとに紹介しながら DVD 版映像教材から WEB 版を制作するにあたって 上記 1~4 の点が具体的にどのように実現されているかを示していくことにする 2 日本語学習が主な目的のコンテンツ 2.1 スキット 2.2.1 動画の再生 本サイトの中心となるコンテンツは スキットの動画である WEB 版では 日本語学習経験のない者も含め 様々なレベルの学習者が動画を見ることを想定し それぞれの映像の再生時に 字幕表示を選択できるようにした 字幕は日本語漢字かな交じり 日本語総かな表記 日本語ローマ字表記 外国語 1 の4 種類である 字幕表示はチェックマークを付け外しすることによって 自由に選択できる ( 図 1) < 図 1> 動画の再生 なお この機能は スキットの動画だけではなく 大切な表現 の文型解説や 見てみよう やってみよう の文化紹介コーナーの映像を含む 全ての動画において実現されている DVD 版では字幕はスキットに表示されるのみであり 文型解説や文化紹介は クラスを指導する教師が媒介語を用いて説明を補足することを想定していた これに対し WEB 版では 様々なレベルの学習者が 教師の助けなしに学習を進めることができるようになっている 2.2.2 スクリプト それぞれのスキットには その台本を文字で示したスクリプトが用意されているが サイトでは この文字列にカーソルを合わせることによって それぞれの語の読み方や意味 アクセント 用法上の注意点 文型説明などがバルーン形式で表示されるようになっている ( 図 2) 167
< 図 2> スクリプト エリン のスキットで用いた日本語は できるだオーセンティックな表現を採用しているため 初級では扱わないような語彙や 様々な縮約形 口語表現等も含んでいる そのためこの教材では 学習者は必ずしも全ての語を理解する必要はないというコンセプトであった しかし 独習を前提とした WEB 版では 教師や他の教材に頼らなくても学習者が自分で内容を理解することができるようにすることが必要であると考え 語ごとの解説を用意した またバルーンによるオンライン解説が自動的に出ることは WEB の特徴を生かした機能であると言える 2.2.3 マンガ < 図 3> マンガ 基本スキット では スキットの内容がマンガでも描かれている このマンガにおいても セリフの表記を自由に選択できるようになっている ( 図 3) またマンガのセリフの吹き出しをクリックすることによって そのセリフを音声で聞くことができる マンガのセクションには オノマトペを解説した マンガで覚えるオノマトペ のコンテンツがある これは WEB 版のために作成されたオリジナルコンテンツであり オノマトペが使われる場面を動画で見ることができるようになっている 168
2.3 大切な表現 大切な表現 のコーナーは それぞれの課の目標となる Can-do を達成するために必要となる文型や表現を取り上げ 解説したコーナーである このコーナーの 解説 & 例文 セクションにおける例文では 音声が再生できるようになっている 例文を目で見るだけでなく クリックして音声を聞くことができる機能は テキスト 音声 映像という様々な形式の媒体を自由に扱うことができる WEB ならではの利点である またこのコーナーの 練習問題 は Flash のプログラムにより自動的に即座にフィードバックがなされる仕組みである 内容は 形の練習を重視したパターンプラクティスから コミュニケーションの場面や意味を考えながらタスクを達成するような練習まで 幅広く用意されている 音声ファイルを用いた聴解練習も豊富である ( 図 4) < 図 4> 練習問題 2.4 ことばをふやそう 練習問題 と同様の プログラムによる自動採点 および音声の再生は ことばをふやそう のコーナーにも実装されている このコーナーは 各課のトピックに関連した語彙をジャンルごとにリストアップしたものであり DVD 冊子では イラスト + 単語という形で示されていた WEB 版においては 単語にカーソルを合わせると 外国語訳のバルーンが表示され クリックすると音声が再生される仕様になっている 練習問題 のモードでは イラストと語彙のマッチング練習になっており 正解 不正解が即座にフィードバックされる仕組みである ( 図 5) 169
図 5 ことばを ふやそう 3 日本文化理解が主な目的のコンテンツ 3.1 これは何 日本の珍しい物や ちょっと変わった物などをクイズ形式で出題するコーナーの これは何 では WEB 版においては 4 択クイズとなった 写真を見て解答を選 び 正解であれば 動画が自動的に再生される仕組みになっている 3.2 見てみよう 図 6 写真解説 170
見てみよう は 日本の様々なジャンルの文化について 映像で紹介するコーナーである サイトでは 映像に加え 映像から切り出した各場面の写真ごとに詳細な解説を加えた 写真解説 のセクションを設けた 映像を見た学習者が 場面についてのより詳しい情報を自分で得られるようにという配慮である またこのセクションにある写真には カーソルを合わせると その名称がバルーンで表示される機能もあり 映像中で気になった物の名前を 即座に日本語で確認することが可能である ( 図 6) 見てみよう の WEB 版独自のコンテンツとして 日本文化クイズ がある 各課のテーマと緩やかに関連した 25 のジャンル ( 表 1) のクイズであり 質問は 4 択式で 20 問連続正解すると 黒帯 が 30 問連続例解すると 師範 の称号がもらえるようになっている ウェブサイトを使って ゲーム感覚で楽しみながら日本文化の知識が得られることを目的としている ( 図 7) < 表 1> 日本文化クイズ ジャンル一覧 1. 日本の生活 6. 日本の交通 11. 温泉 16. 日本人と健康 21. アニメ & マンガ 2. 日本の学校 7. 日本の音楽 12. スポーツ 17. 日本語 22. 日本の災害 3. 日本の家 8. 日本の食べ物 13. 日本の地理 18. 日本の道具 23. 日本の娯楽 4. 日本のお店 9. 伝統芸能 芸術 14. テクノロジー 19. 日本人と仕事 24. 日本の年中行事 5. 日本文学 10. 東京 15. 日本の祭り 20. 日本の歴史 25. 冠婚葬祭 < 図 7> 日本文化クイズ 3.3 やってみよう やってみよう も 見てみよう と同様の 日本文化を映像で紹介するコーナ ーであるが やってみよう では外国人が日本の様々な文化に実際にチャレンジする様子を紹介している 171
このコーナーの WEB 版独自のコンテンツは これらの日本文化が WEB 上でバーチャルに体験できることを目的とした ゲームのセクションである ゲームは Flash を利用して作成されており それぞれの課と関連した内容のゲームが 25 種類用意されている ( 表 2) 内容としては 生け花 ( 図 8) 書道 そろばん プリントスタジオ 携帯メール クレーンゲーム など WEB 上での疑似体験を主な目的としたものと 笹舟危機一髪 おにぎり探し リズム de 応援団 和菓子パニック など テーマと関連しつつも 娯楽的な要素のより強いものがある ただし 後者の場合も ただ単にゲームで遊ぶだけでなく ゲームを通じて日本文化を体験したり 日本文化に関する知識を得たりできるように配慮してある < 表 2> やってみようゲーム 内容一覧 1. 名刺を作ろう 6. 笹舟危機一髪 11. ゆかたを着よう 16. 折り紙教室 21. クレーンゲーム 2. お弁当を作ろう 7. あっちむいてホイ 12. リズム de 応援団 17. そろばん 22. 火の用心ゲーム 3. 巻き寿司の具当て 8. ざるそばゲーム 13. 江ノ電すごろく 18. ベーゴマファイト 23. プリントスタジオ 4. おにぎり探し 9. バーチャル生け 14. 携帯メール 19. ふろしきゲー 24. 茶碗合わせ 花 ム 5. バーチャル書道 10. ネイルアート 15. 線香花火ゲーム 20. 和菓子パニック 25. 賞状づくり < 図 8> ゲーム 4 登録ユーザーのためのコンテンツ当サイトのほとんどのコンテンツは 誰もが無料で見られるようになっている しかし 学習者が継続的にサイトを訪問し サイトにおける学習を継続することを 172
促すために ユーザー登録の制度も設けている ユーザー登録すると 学習の記録 文化クイズ段位一覧 アバター にほんごクエスト といった機能が使えるようになる 学習の記録 は サイトのコンテンツのうち どこの部分を見たか どこの部分をまだ見ていないかが 一覧表形式で表示される機能である 文化クイズ段位一覧 は 見てみよう の日本文化クイズで 黒帯 師範 を取ったジャンルが記録される アバター は 登録ユーザーが自分の顔や髪型 服を自由に選択でき ログイン後のトップページに表示される他 JPG 形式でダウンロードできるようになっている そして この自分のアバターを操作しながら 仮想の街で会話をすることができるロールプレイングゲームが にほんごクエスト である ( 図 9) にほんごクエスト では 自分が作成したアバターを使ってゲーム上のキャラクターと会話をすることができる このとき選択できる会話は 最初は 1 種類しか選択できないが 課の学習を進めるにしたがって その課の Can-do を使って話しかけることができるようになる 同じキャラクターでも違った Can-do を利用して話しかければ 違った反応が得られるようになっており その結果として 特別なイベントが発生したり 特別なアイテムが入手できたりする 全ての Can-do を達成し キャラクターからもらった 秘密の呪文 をそろえれば ゴールに行くことができるような仕組みになっている < 図 9> にほんごクエスト 以上 サイトの内容を紹介しながら WEB 版開発において追加された具体的な機能について述べてきた 大会発表時は実際にサイトを見ながら説明することができたが 本稿のような紙面だけではなかなかイメージがわかないと思われるので 実際のサイトにもアクセスしていただければ幸いである またサイトの基本的な機能は 紹介ムービー が YouTube にアップされているので こちらも参照されたい 173
注. 1 外国語は現在 英語のみであるが 2010 年度末までに 韓国語 中国語 スペイン語 ポルトガル語が追加される予定である < 参考文献 > 三原龍志 (2008) ことばと文化を組み合わせた教室活動 -DVD 教材 エリンが挑戦! にほんごできます を使って ヨーロッパ日本語教育 第 13 号 252-259 ヨーロッパ日本語教師会簗島史恵 久保田美子 磯村一弘 (2007) DVD で学ぶ日本語エリンが挑戦! にほんごできます Vol.1~3 凡人社 < ウェブサイト > WEB 版 エリンが挑戦! にほんごできます http://erin.ne.jp/(2010 年 12 月 20 日参照 ) WEB 版 エリンが挑戦! にほんごできます 紹介ムービー http://www.youtube.com/watch?v=tr1ybbbka5y(2010 年 12 月 20 日参照 ) 174
常用漢字学習用 E-learning プログラム Kanjikreativ を用いた Blended-learning の実践 ベルリン自由大学での実践報告 城本春佳 宝田紗希子 山田ボヒネック頼子東京大学大学院 宝田学園明成幼稚園 ベルリン大学日本学科 要旨常用漢字学習用 E-learning プログラム Kanjikreativ ( 以下 KK) では 学習者は先ず漢字の 字形と意味 だけを体系的に学ぶ 全常用漢字 1945 字を漢字の構造を認識しながら 文字 として短時間に集中して習得するのである ベルリン自由大学では 2008/9 年冬学期から KK と対面式授業を併せた Blended-learning としての漢字学習講座を実施している 当講座では KK を用いた家庭学習によって 1 学期間 (90 分 14~16 回授業 ) でプログラムの全課程の 1945 字を習得すると同時に 対面授業でプログラムに沿った学習を支援することで漢字の構造認識を促し また獲得した漢字認識力を用いて文脈における漢字語彙の解読 類推ができる段階へと導き 日本語 L2 識字力育成を図る 本報告書ではその具体的な実践内容と成果について報告する キーワード 常用漢字 E-learning Blended-learning 漢字かな交じり文 識字能力 1 はじめに従来の L2 漢字教育では 読み 即ち 漢語彙 及びそれに関連した語彙や熟語 字形 書き順 送り仮名など 文字としては 一字 ではあっても 学習事項としてはその 10 倍にもなる 量 を同時に扱ってきた この 指導法 は 基本的には L1 国語教育 の延長線上にある つまり L2 教育領域であるはずのところに 母語としての脳内レキシコン も存在せず 学習時間も L1 教育が課せる小 中学校国語授業時数 1727 時間 1 も持てない成人 L2 学習者にこの L1 式漢字教育の 流用 は余りにも酷である このような指導法は学習者に多大な負担を与え それがまた長期に亘るところから 漢字アレルギーや ひらがな一辺倒表記 などの現象を引き起こして来た つまり 日本語 L1 授業者は 自身の学校時代の学習法に習い 非体系的に新出漢字を導入し ただひたすら 書いて覚える ように指導するだけである また 基本的に L2 授業者も同様の教え方をしてきたと言える このようにして漢字学習は 授業者 学習者側の双方にとって大きな障壁として立ちはだかり 漢文字は難しい という神話を許して来た KK は このような漢字教育の現状に対し 21 世紀 IT 時代にふさわしい 日本語漢字かな交じり文の識字能力を育成するために開発されたプログラムである 以下では このプログラムの詳しい紹介と ベルリン自由大学で行った このプログラムを用いた漢字授業についての実践報告をする 2 Kanjikreativ の特徴常用学習用 E-learning プログラム KK は ベルリン自由大学日本学科准教授山田ボヒネック頼子構想 プログラマー Rainer Weihs( ライナー ヴァイス ) とグラフィック デザイン小松夏美の 3 者がチームを組んで 2004 年に国立国語研究所の支援助成を得て第一版を完成させた その後ベルリン自由大学 CeDiS(Center of Digital 175
Sytem) の研究助成を得て 2008 年に第二版を学習プログラムとして制作した E 学習 漢文字 プログラムである ( 山田 2008a,2008b) その特徴は 1280 の漢字構成要素 (= 原子 ) を学んだ後 1945 の漢字を学ぶこと 2 漢文字を 学習者の母語で 習うこと 3 学習文字の提出順序が 増分法 によることの 3 点にまとめられる 以下 この 3 点と KK を用いた学習方法について詳述する 2.1. 漢字の構成要素としての原子漢字の構成要素であり意味を持つ最小の単位である 280 の原子は 山田自身が 1945 常用漢字から抽出したものである 部首の組み合わせだけでは全ての常用漢字を組み立てることはできないが この原子を覚えればその組み合わせで全ての常用漢字を構成することができるので KK ではまずこの 280 の原子の形と意味を覚え その組み合わせとして常用漢字を学んでいく 図 1 原子の 12 領域 原子はそれ自体が意味を持っているので KK ではその意味に沿って 原子を 12 の領域に分けて提示している この領域は人間が世界を認識する発達段階に合わせ 人間の顔面 身体 動物界 植物界 から 人間の営為 情操 文化社会 と 具体的なものから抽象的なものへ という順番で学ぶようになっている プログラム上では 原子の形と意味を結びつけて覚えやすくするよう アニメーションによってイラストが原子に変化していく様子が表示される 2.2. 学習者の母語で習う上述の通り KK は先ず漢字の 字形と意味 だけを体系的に学ぶことによって学習の負担を大きく軽減し 短時間で全常用漢字の意味を認識できるようになることを可能にするプログラムであるが その際 漢字の 意味 は学習者の母語によって学ぶ つまり 日本語能力とは無関係に 脱コンテクスト的に漢字の基本義を覚えるのである これによって 学習者は日本語学習開始以前に短期間で学習者の脳を 漢字脳化 し 漢字かな交じり表記に脳を準備できるようになり ひいては 情報処理力 意味交渉力 構文力 を養うことで日本語習得を速めることができるようになるのである 2.3. 増分法 による提示順序従来の漢字教育では 画数の少ない単純な字形のものや使用頻度の高い漢字から順に導入していくという方法が主流である しかしこの方法では 学習者は常用漢字の全体像を掴みにくく また自分が今どれだけの漢字を学んだのかを実感しづら 176
く 五里霧中 感を生じさせる原因となっていた しかし KK が採用している 増分法 では まず常用漢字の中で最もよく使われる原子である 口 が導入され 口 だけで成り立つ漢字 品 が提示され 次に 2 番目によく使われる 日 が導入され 口 と 日 で構成される 晶 唱 が提示される 3 番目に 木 が導入されると 口 日 木 の組み合わせで 林 森 束 東 棟 ができる このように 手持ちのカードを一枚ずつ増やしていって その組み合わせでできる漢字を覚えていく というやり方である この方法を採用することで 形態的類似性によって体系的に全常用漢字を学ぶことができるのである 2.4. KK での学習方法図 2 は 詠 という漢字を学ぶ画面である ( 日本語表記と太線の囲いは報告者が付記したもの ) 図 2 KK の漢字学習画面 漢字の横には 漢字の意味がドイツ語で表示され 漢字の下にはその漢字に使用されている原子とその意味が表示される ( 黄色で表示されているのは 分子 と呼ぶもので 原子の組み合わせとしてよく使われ それ自体意味を持つものなので 原子に加え覚えておくと便利なものとして表示している ) 原子の下に表示されているものは 記憶文 といって 漢字の意味と漢字に含まれる原子または分子の意味をつなぎ合わせて文を作り 漢字を覚える際の手助けとするものである ここでは 詩を読むことで語り手は永遠を手に入れた というような文になっている この記憶文は 2 課までは予めプログラムに入力されているが 3 課以降は自分で有効な記憶文を考え プログラムに入力していくことになる このように自ら 創造的に ストーリーを作り上げていくという学習方法は KK の名前の由来ともなっている KK は原子を学ぶ部門と漢字を学ぶ部門から構成されており 原子部門は上述の 177
12 領域に対応した全 12 課 漢字部門は各課約 45 字の全 42 課から成る 原子部門 漢字部門とも 学ぶ 復習 テスト の 3 段階で構成されており 学習 段階で新しい原子や漢字の形と意味を学んだ後 課毎に 復習 テスト していくことで 自律的に学習を進められるプログラムとなっている 3. KK 講座の概要 Blended-learning とは E-learning を用いた自律学習と対面授業を融合させた学習方法である 従来の Blended-learning は 対面授業の予習や復習として E-learning を活用するケースが主だが 我々が実践した漢字講座では E-learning として Kanjikreativ を用いた自律的な 2 家庭学習で漢字の意味を覚えることをメインとし 対面授業は自律学習をサポートするものとして 成果を計るテストと 学習を支援し促進するグループ活動を行った 3.1. 授業の目標と受講生ベルリン自由大学で実践した Kanjikreativ 講座の目標は 1 学期間 ( 週 1 コマ 90 分 14~16 週 : 夏学期 14 週 冬学期 16 週 ) で全 1945 字の常用漢字の形と意味を認識できるようになることである 読み 書きができる必要はなく 漢字を見て母語でその意味が言えるようになることを目指すものとする ベルリン自由大学では 2008 年冬学期からこの講座を開設し これまでに 4 回実施され 2010 年 10 月から第 5 回目も行われている KK 講座は 東アジア学部学士過程の一般教養科目 ( 職業準備講座 ) として開設されているため 日本学専攻の学生のほか 中国学 韓国学 東アジア美術史学 文化学 情報工学の学生も選択可能となっている 例えば 2009 年冬学期では 受講生 26 名中 11 名が日本学以外の専攻の学生で これらの学生の中には日本語の知識が全くない学生もいた また日本学専攻の学生も 学年は様々で それゆえ日本語力も異なる KK は学習者の母語で漢字の意味を学べるため このように日本語力に関係なく学習を進められるのも大きな特徴といえる 4 学期間の受講者数は表 1 の通り 各学期とも授業開始後 2~3 週目までの間に自ら受講を放棄した学生が数名いたが それ以外の学生は最後まで受講して全常用漢字を学び 前 11 回のテストで合格点を獲得 (3.2. 参照 ) した 2008 年冬 2009 年夏 2009 年冬 2010 年夏 学期開始時 34 26 29 19 終了時 29 22 18 15 表 1 受講生の人数 3.2. テストの内容と成績毎週 1 回 90 分の対面授業では 前半 30 分程度を使って家庭学習の成果を計るテストを行い 残りの時間で 自律学習を支援し 促進するグループ協働学習 (4 節参照 ) を行った テストは図 3 のように原子や漢字を提示し 学生がその意味を書く という形式 178
で行った 原子については 1 回のテストで全 280 の原子を範囲とし 漢字については全 1945 字 42 課を 10 回に分けて行ったので 毎週 4 課分約 190 字が範囲となった 原子テストは 全ての原子について意味を書かせ 漢字テストは 1 回分約 190 字のうち 100 字をランダムに抽出して提示した 全 11 回のテストの平均点が 60% 以上であることを単位取得の基準とした 各学期のテストの成績は表 2 の通り 図 3 テストの解答例 1 1-2+ 2 2-3+ 3 3-4+ 4 08 冬 13 7 3 2 2 2 0 0 0 0 09 夏 5 5 4 3 0 1 4 0 0 0 09 冬 9 2 2 0 1 3 0 0 1 0 10 夏 5 4 4 2 0 0 0 0 0 0 表 2 テストの成績 成績は 1~4 の 4 段階で表示されている 全 11 回のテストの平均点について 1 は 100~97% 1- は 96~93% 2+ は 92~90% 2 は 89~86% 2- は 85~82% 3+ は 81~78% 3 は 77~73% 3- は 72~68% 4+ は 67-64% 4 は 63~60% である 2010 年夏学期はプログラム修了生全員が平均点 80% 以上という成績を収めている 4. KK 講座でのグループ協働学習 KK の特徴は ただ漢字一字ずつの意味を覚えていくだけでなく 漢字を原子の組み合わせとして認識することで 知らない漢字に出会ってもそこに含まれる原子の意味から漢字の意味を推測することができる または個々の漢字の意味から漢字語彙の意味を推測できるという意味交渉能力を育成することにある 対面授業でのグループ協働学習では この意味交渉能力の育成をサポートするべく 個々の漢字を原子の集まりとして認識し意味を推測する段階から 漢字の意味がわかることによって何ができるのかを実感させる段階 つまり熟語や漢字かな交じり文全体を扱う段階へと徐々に導いていくよう計画した 各活動の内容と目的は以下の通りである 4.1 記憶文作成学習初期の段階では 記憶文を作ることに慣れさせるため 授業中にグループ活動として記憶文を作成し発表させた グループ内でより有効な ( 記憶に残りやす 179
い ) 記憶文のアイディアを出し合う活動を行ったことで 学習が進んでからも自主的にグループ内で自分たちの記憶文を見せ合っている姿も見られた またこの活動は 教師側としても 学生が漢字学習にどう向き合っているかをフォローアップする機会になった 4.2 原子書字常用漢字全体の半分弱程度の学習を終えたところで 原子を書く練習を始めた この講座では漢字が書けるようになることは目標とはしないが 原子の形の認識を促進するために書字の活動を取り入れた また原子を書ければすべての漢字が書けるという考えから 頻出度の高い原子から順に書字を行った 書字を始める前には 予め用意された様々な大きさの原子カードを組み合わせて既習の漢字を作るというゲームを行った これによって 漢字はいつも正方形の中にきれいにおさまっていること 使用する場所によって形が変化する原子があることを認識させた 4.3 ドイツ国字原子が十分に内面化されると 既存の漢字を原子に分解するだけでなく 自分で原子を組み合わせてオリジナルの漢字を作るという 遊び もできるようになる 左図は学生が作った漢字の例である 4.4 身の回りの熟語ここまでは 1 字ずつの漢字について 原子の集まりとして認識し 意味を覚えることを支援する活動であったが 講座後半では 覚えた漢字の意味を生かして 漢字語彙の意味を推測する力を育成する活動に移った まず二字熟語の意味を推測す 180
る活動として 身の回りの熟語が書かれたカードを学生に配り パワーポイントで写真を提示し 写真に合う熟語カードを選ぶという活動を行った 4.5 四字熟語日本語で書かれた四字熟語とそれに対するドイツ語の説明文を順不同で提示し どの四字熟語がどのドイツ語に当てはまるかを考えさせた この活動は 日本語の熟語の構造に慣れ 漢字仮名交じり文への第一歩とし すべての漢字の意味が分からなくても そのほかの情報で大体の意味を理解する力を養うことを目標とする 日本語母語話者でも すべての漢字の意味が分からずとも 前後関係やその漢字に使われている偏などを頼りに意味をとっていくことがあり そのような情報処理能力を養う場にもなった 4.6 新聞を読もう熟語の認識に関する活動の後は 個々の漢字語彙の意味から文全体の意味を推測する活動へと発展させていった 新聞を読もう の活動では 先ず学生に日本語で書かれた新聞の見出しとそれぞれの見出しに合うドイツ語の内容文を順不同で提示した 学生は各漢字の意味から熟語の意味 さらには 文の全体の意味へと推測していき その見出し文に合う内容文を選ぶというタスクを行った 4.7 漢字かな交じり文講座のまとめとして 詩 漫画 歌詞 新聞記事など様々なジャンルの生教材を用意し 学生に好きなものを選ばせてそのテクスト全体の大意をとらえさせるという活動を行った 漢字かな交じり文では基本的に ひらがなが文法要素を表し 実質語は漢字で表されるため 漢字の意味が分かれば文章の主要な意味がとれることを実感させることが 講座全体の一応のゴールとなった 5 学習者へのフォローアップ インタビュー講座終了後 受講生の内特に日本語を学習している学生を対象に フォローアップ インタビューとして KK で学んだ漢字の知識が日本語学習にどう役立っているかについて質問した まず 漢字語彙を含む新出語彙を学ぶとき については 漢字が原子のまとまりであると考えると覚えやすく 記憶に残りやすい また 一歩進んで 語彙学習にも 記憶文を作るという方法を取り入れている という意見があった 原子の意味 181
から漢字の意味を組み立てて認識するという KK の基本理念が定着しているのみならず その学習法を応用して語彙学習に生かしていることがうかがえる 次に 新出漢字の読み 書きを学ぶとき については 知らない漢字でも 原子を言われれば その漢字を想像し 書くこともできる どのような原子が含まれているか認識することによって 漢字を書くことが簡単になる 1945 のすべての常用漢字を見たことによりその後の読み 書きを含めた漢字学習も易しくなる などの意見が挙がった このことから 日本語学習初期にすべての常用漢字を体系的に学習することで その後の読み 書きも含めた漢字学習において 五里霧中感 を解消することができると言えるだろう 漢字仮名交じり文を読むとき については ひらがなだけよりも 漢字かな交じり文のほうが読みやすい という意見がでた これは漢字への恐怖心がないことを示していると言えるだろう このほか 核となる情報が読み取りやすい という意見もあった KK 漢字講座で行った 漢字かな交じり文を読む 活動で練習したことが その後の日本語学習でも生かされていることがうかがえる 一方 否定的な意見としては きちんと漢字の意味を覚えていれば可能だが 短期間 (1 学期間 ) では漢字かな交じり文を読めるようになるのは難しいだろう という声もあった 確かに 1 学期間という時間的制約は厳しく 復習する時間がなく 漢字の意味を忘れていると自覚する学生も少なくなかった しかし KK 漢字講座の真の目標は 漢字の意味を完璧に覚えることよりも 原子から漢字の意味を推測できる意味交渉能力をみにつけることにある このことを学習者自身に実感させる授業活動を今後も目指していきたい 6 終わりに今回は学期集中の独立した漢字講座として実施したが 実際に日本語授業に取り入れる場合 どの時期にどのようなペースで導入するかについては 今後も検討が必要である また KK は 形と意味のみに特化しているので 漢字の読みが分からないという意見が学習者からでている しかし 漢字の 読み とは 語彙 に他ならない 読み習得への発展は大きな課題であるが 特定の原子が特定の音を表すことから 原子の認識力を生かして 語彙の習得を促進することが可能であると考えている 現在 KK は 6 ヶ国語に翻訳されており ヨーロッパ中の日本語教育の現場で使用可能なプログラムに成長している 注. 1 文科省 国語科年間配当時間の目安 > 年間授業時数 参照 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/011/siryo/04071401/003.htm 2 毎週範囲を指定したテストを行っているという点で 完全な自律学習とは言えないかもしれないが プログラム上で 学ぶ 復習 テスト を自律的に行っていた点を自律学習と捉える 182
< 参考文献 > Yamada-Bochynek, Y.(2008a) KK KanjiKreativ E-Learning Programm zum Erlernen von 1945Jōyōkanji: Sinisieren des Gehirns Ein Plädoyer fu r einen Paradigmen- wechsel in der Didaktik des Japanischen als Fremdsprache. In Árokay. J., Blechinger- Talcott. V., & Gössmann, H. (Hrsg.), Irmela Hijiya-Kirschnereit zuehren. Festschrift zum 60. Geburtstag. München: Iudicium, 501-523. 山田ボヒネック頼子 (2008b) KK2.0 (Kanjikreativ) E ラーニング :1945 常用漢字学習プログラム- 体系的 増分式 識字力育成 が日本語教育に齎すインパクト ヨーロッパ日本語教育 12 報告 発表論文集 pp.169-175 ヨーロッパ日本語教師会 http://www.kanjikreativ.com/index.php (2010/12/15) 183
フランス日本語学習者の授業内インターアクションと会話ストラテジー吉田睦グルノーブル第三 スタンダール大学, 筑波大学大学院 要旨近年 CEFR に代表される様に 学習者の主体的でコミュニカティブな口頭能力が着目されている しかし海外学習環境下の日本語学習者は 母語話者との直接接触が少なく 授業内インターアクションの影響を大きく受ける そこで本研究では 海外談話環境における日本語学習者の会話と授業内インターアクションとを比較し その実際を記述した これにより両談話の相違点を示し 学習者の積極的な日本語運用への糸口を提案する キーワード 海外談話環境 授業内インターアクション 質問表現 1 はじめに現在 海外日本語学習者が継続的に増加 1 2 し 学習者が海外日本語談話環境下にある 海外日本語談話環境とは 学習者が教室外を含め日常的に触れることのできる音声言語環境を指し 母語話者との直接接触の機会が少ない海外では 授業内コミュニケーションが日本語談話環境の多くを占める しかし授業内で見聞きしたインターアクションを会話内に還元する過程は容易ではなく 言語運用能力が高く評価されるようになった現在 両談話の実態を詳細に把握する必要がある そこで本研究では 海外日本語学習者の異なる日本語談話場面 ( 授業場面 会話場面 ) を取り上げ 具体的な資料をもとにその特徴を分析する 2 授業内インターアクション授業内のインターアクションについて ショードロン (2007) は 諸研究をもとに教師の発話の統語形式をまとめている 以下にその一部を示す ( 表 1) 表 1 教師の発話内の文形式の分布 (%)( ショードロン,2007) 条件 平叙文 疑問文 命令文 有意性 Long & Sato(1983) 教室内 54 35 11 有 会話 33 65 1 有 Pica & Long(1986) 教室内 65 24 13 有 会話 52 48 0 有 文分布をみると 疑問文 ( 質問 ) は 授業で現れる主な統語形式の 2,30% を占めているが 会話内では教室内よりさらに多く観察されている 授業における質問は これまでにいくつかの特徴により分類されている 初期の母語クラスルーム研究では 応答内容に焦点が当てられ 限定解答式 (closed) の質問と自由解答式 (open-ended) の質問とが区別された (Barnes, 1969) 前者は特定の限定された範囲の内容での返答を予期する質問であり 後者は予期される返答の内容と長さを自由なままにしてある質問を指す また言語習得過程の情報伝達に関心が向けられるようになり 質問はさらに 展示的 (display) 質問と 指示 ( 参照 ) 的 (referential) 質問に分類され 質問者がすでに知っている情報を求めているか ( 展示 184
的 ) 知らない情報を求めているか ( 指示的 ) の区別が加わった (Long & Sato, 1983) 指示的質問は 教師 - 学習者間に より意味のある伝達行動を生み出す可能性が高いと推定されており 特に教室内では 自由解答式による指示的質問が学習者の発話産出をより多く促すとされている そのため授業の中で質問を有効に使用することによって より効果的な授業内インターアクションを目指すことができると考えられる 3 会話ストラテジー次に 授業の中で重視されている質問が 日本語会話の中でどの様な機能的側面を持つか概観する 近年 日本語会話における 質問 応答 表現は, 単なる情報の授受という概念を超え 会話構造を記述する手がかりとして議論されつつある ( 戸江, 2008) 質問は 話者同士の情報交換を直接的に担い 特に初対面会話において重要な発話とされること ( 佐々木, 1998) また質問の位置 形式による情報伝達の制御から内容展開を方向付けるものとして 諸研究で分析観点とされている そのため本研究では授業内インターアクションと会話ストラテジーを跨ぐ分析観点として質問表現に焦点を当てる 分析に先立ち 海外日本語談話環境下の日本語母語話者と学習者の会話について 日本国内での会話の質問出現数と比較した ( 吉田, 2010) 海外日本語談話環境下では会話内の全発話のうち 21.5% が質問表現であり, 国内談話環境と比較して 学習者側からの質問が多くみられた また日本語母語話者同士の会話と比較すると 海外での日本語会話は全体として質問の使用が多い 表 1 初対面会話の質問表現の使用率 ( 質問発話 / 各話者の全発話 %)( 吉田, 2010) 日本語母語話者 (NS, 相手話者 (LF, LJ, 両話者 ( 会話全体 ) NS1) NS2) 海外 ( 母 / 学 ) 24.9 18.1 21.5 国内 ( 母 / 学 ) 23.9 5.8 15.1 国内 ( 母 / 母 ) 10.7 7.8 9.3 (NS= 日本語母語話者, LF= 日本語学習者 ( 海外 ), LJ= 日本語学習者 ( 国内 )) 以上 2,3 節を踏まえ 海外日本語談話環境下の授業 会話の両談話に関し 具体 的な資料をもとにその特徴を探る 4 分析資料分析対象とする授業資料は フランス国内の大学で実施された母語話者教師による必修科目の録音 録画資料であり 文法の授業を受けた上で実用的な四技能の向上を目指す 運用クラス (Pratique de la langue) とオーディオ機器を使用して聴解能力の上達や内容理解を目指す 聴解クラス (Laboratoire de la langue) を対象とした また会話資料は 同大学の学生を対象にフランス国内で録音した 日本語母語話者 (N) と日本滞在経験のない学習者 (L) の会話 3 組である 話者関係は初対面であり 30 分の自由会話ののち フォローアップアンケートを行った なお本稿においては 紙幅の都合上発話の一部を省略する 5 結果と考察 5.1 談話場面別の質問使用の相違はじめに 授業内インターアクション 会話内で見られた質問について 2.2 で述 185
べたカテゴリー別に以下に示す まず授業内で用いられた質問は 以下のように分類できる ( 表 2) 表より 授業内インターアクションに見られる質問は 教師からの 回答内容が限定された 既知の質問が多くみられた 表 2 授業内インターアクションにおける質問の分類 ( 数字は質問発話数を示す ) Open-ended, Closed Question Display, Referential Question 科目 Open-ended Closed 科目 Display Referential 教師 ( 運用 ) 3 23 教師 ( 運用 ) 20 6 ( 聴解 ) 9 18 ( 聴解 ) 21 6 学習者 ( 運用 ) 0 2 学習者 ( 運用 ) 2 2 ( 聴解 ) 0 0 ( 聴解 ) 0 0 次に会話内で用いられた質問について 表 3 に示す 表より 母語話者 学習者両者からの, 回答内容が限定された, 未知の質問が多く確認された 表 3 会話における質問の分類 ( 数字は質問発話数を示す ) Open-ended, Closed Question Display, Referential Question Open-ended Closed Display Referential 母語話者 6.67 41.33 母語話者 4.33 27.00 学習者 4.33 29.00 学習者 6.33 29.00 5.2 授業内インターアクションにおける質問使用 5.1 に示した様に 授業内インターアクションに見られる質問は 限定された形式で質問者が既知の内容を問う ことが特徴的であった 授業内インターアクションは 学習項目の習得を前提に 学習者のために情報導入を行うことを目的とする そのため時に教師は 学習者の反応を促進するために 質問の内容や形式をより複雑な方法で使用する 次にみる教室談話は 教師が質問を効果的に用い 学習者を該当知識に導こうとする場面である ( 日本の ) 切符の買い方を説明する というタスクに準じた文法問題において 教師 T が学習者 S1 を指名し 回答を発表させている しかし S1 の回答は正答ではなく 自らの回答を主張する S1 に対して 教師 T が質問を用いながら正答へと誘導していく場面である 186
タスク : 切符の買い方を説明する ランプがつく ( つくと / ついたら ), 買いたい枚数のボタンを押してください ( 正答 : ついたら ) 01 T : はい, じゃ次 S1 さん. 02 S1: あ :::, ランプがつくと, 買いたい枚数のボタン, あ ::: 押します. 03 T : ん? 04 S1: え, すいません. 05 T : 押すのは誰? (Closed, Display) 06 S1: え ::: あ,(0.2) どこにあるんだろう (0.6) あ ::. 押す 07 T : 押す :: だから押してくださいだよね. 押してください. 08 S1: いや, あ ::: 私 と, 私 と ::: を使った, 私は と ::: を使ったんですよね. 09 T : うん. 10 S1: 言ったんですから, え ::: 11 T : 使うことができません. - 省略 (S1 が自らの解答を主張する一方 T が正答を示すやりとりが続く ) - 20 S1: あ :::, なるほど ::: 21 T :( 教室全体に向かって ) はい, ここは と はだめです, ここは必ず てください です. 押してくださいです. こっちのほうが強いのね. 押してください. 買いたい枚数のボタンを押してください. どのとき どんなとき ::: ランプがついたら. ランプがついたら, 買いたい枚数のボタンを押してください.(1.0) たら, ください.(1.0) 押してください.(0.4) はい, 次,S2 さん. 上記の例のように 学習者にとって課題が難しかったり誤解が生じたりした場合に 教師はそれに対応し 質問形式や内容を調整する 05T の下線部 押すのは誰? は Closed Question, Display Question に相当し ボタンを押すのは誰かという応答が限定された質問形式を用い 既に教師が回答を知っている内容を質問した 03T の ん? という明確化要求も含め 学習者 S1 の回答が正答ではないことを提示し 訂正を促す対応をとっている しかし 08S1 では いや, あ ::: 私 と, 私 と ::: を使った, 私は と ::: を使ったんですよね. と 学習者 S1 が自分の解答を主張し 更なる問答が続く 最終的に 21T で問題点をクラス全体へ還元することで 一連の談話を終了へと導いている 21T の発話内では S1 とのやり取りが遮断され 教室全体に向かって問題箇所の確認が行われている 特に どのとき どんなとき ランプがついたら. という応答発話のスペースが省略された質問は 時間的制約のうえで質問の効果のみを利用し 実際に質問することなく間接的に学習者の関心を引き付けている このように授業内インターアクションでは 学習項目の習得や授業の円滑な運営のために 特徴的な質問が使用されることが観察された また S1 のように学習者が自ら疑問を提示する主体的な行動は他データからもほとんど見受けられず 上記は教師と学習者のやりとりを示す貴重な一例となった 187
5.3 会話ストラテジーとしての質問使用 5.3.1 母語話者からの Closed Question, Referential Question が連続する例次に会話資料をもとに ストラテジーとして使用されている質問の例をみる 以下資料は 母語話者 N が学習者 L の家族について問う場面である 母語話者 N は 初対面の学習者 L の家族構成や家の様子について質問している 会話資料 1 学習者の家族について 01 N: 兄弟はいますか?(Closed, Referential) 02 L: はい, たくさ ん :::. 03 N: たくさ ん 04 L: います. 05 N: 何人ですか?(Closed, Referential) 06 L: 私は :: 兄が, ににんです 07 N: ふたり. 08 L: ふたり, あ,\ すみません \, ん :: お姉さんが一人です. 09 N: うん. 10 L: ん :: 妹さんが一人, 弟さんが一人 11 N:hh え, いち, に, さん, し, ご, ろく, え, 6 人兄弟?(Closed, Referential) 12 L: 5( ご ) 13 N:5 人. 14 L:5 人 兄弟です 15 N: 5 人兄弟. 16 L: はい 大きな家族です. 17 N:hhh すごく, え ::, 家も大きいですか?(Closed, Referential) 18 L: はい, でもいまは :: みんなは ::: 家を, う ::: 19 N:(0.4) 離れている?(Closed, Referential) 20 L: はい. 21 N:Hhh 22 L: 他の町に住んでいます, 妹おっ, 弟だけ, あの ::: 両親と住んでいます 23 N: お母さん, 寂しいですかね?(Closed, Referential) 24 L: 寂しい? 25 N: うん, お父さんとお母さんは, みんなが家を出て行ってしまって, 寂しいですか?(Closed, Referential) 26 L: はい, はい, 多分, 多分 ( 汗を拭う動作をしながら ) ふー. 上記の会話資料では 01N,05N,11N,17N,19N,23N,25N に現れるように Closed Question を多用したインタビュー形式の会話進行が見られた 母語話者による限定的な質問が多い点で 教室談話と類似しているといえる しかし既知情報への質問ではなく 応答内容が限定されつつも新情報を導入できる可能性があり 学習者にとっては会話を発展させる有効な機会であると考えられる 母語話者同士の会話では 応答内容が質問の機能的側面を規定し 応答の工夫により話題内容が深まる例がある ( 吉田, 2009) 日本語使用に対し消極的な学習者にとっても 母語話者からの質問が続くこのような会話進行は 会話参加への有効なチャンスとなり得る 188
5.3.2 母語話者からの Open-ended Question, Referential Question が見られる例次に母語話者からの Open-ended, Referential Question が観察された例を取り上げる 会話資料 2 は母語話者 N が これから日本に留学する予定の学習者 L に 留学先について質問する場面である 会話資料 2 学習者の留学予定先である大阪について 01 N : どうして :: 大阪, なぜ大阪に 行きたい, 行こうと思ったん, 行こうと思いましたか? (Open-ended, Referential) 02 L : う :: ん, え :: いち, いち, 私は一番に東京へ選びまし た. 03 N : あ ::: 04 L : 二番は京都でした. 三番は大阪でした. 今, 大阪です. でも面白い町と思います. 05 N : うんうん. 06 L : う :: ん, 今はいい町と思いました, だから ::: 07 N : あ ::, でも一番は,\ 東京 \. 08 L : \ はい \, でも ::A 大,A 大学でした. だから :: 私はできませんでした. 09 N : 一番難しいですね,A 大学は. 10 L : う :: ん, でも一番点がある人は私じゃなかった,hhh. 11 N : Hhh, う ::: んそっか. 12 L : Hhhhh. 13 N : (0.4) 日本で何をしたいですか?(Open-ended, Referential) 14 L : う :: ん, 日本語の勉強をしたい, 富士山に登り, うえり hhh, う :: ん, ちょっと見物したい, 有名な町. 15 N : どこに行きたいですか?(Open-ended, Referential) 16 L : 京都に行きたい 17 N : 近いですね. 18 L : う :: ん, 奈良 19 N : う :: ん, 奈良もいい. 20 L : 東京, う :: ん, もしお金がある, たぶん北へ行きたい, 北海道. 上記の会話資料では 母語話者からの Open-ended question, Referential question が連続的に見られる 応答内容が限定されていない 自由解答式の質問 (Open-ended Question) が会話を促進すること また 指示的質問 (Referential question) は展示的質問より統語的に長く複雑な発話の応答が得られた 3 (Brock, 1986) という知見にみられるように 上記例は 5.3.1 に比べ より内容的な促進が観察された このような会話進行に対し 学習者側が長い応答ターンを確保することができれば 学習者の発話量が増加し 結果的に積極的な会話参加が可能になると考えられる また母語話者側も 質問形式の工夫により学習者の会話参加を促すことができ 参加のバランスを調整することができる 5.3.3 学習者からの Open-ended Question, Referential Question が見られる例最後に 会話内で学習者から Open-ended, Referential Question が観察された例を示す 以下資料は 大阪に留学予定の学習者 L が 関西出身の母語話者 N に方言の特 189
徴を問う場面である 会話資料 3 大阪方言について 01 L : たぶん, え ::, 私は, え ::9 月に大阪へ行きます. 02 N : うんうん, 大阪行って勉強 しますか?(Closed, Referential) 03 L : 勉強します. でも関西の日本語はちょっと知りません. だから怖いです. 04 N : Hhhh. 05 L : どうですか? 何で違いますか?(Open-ended, referential) 東京の日本語 と 06 N : う :: ん, 東京と大阪のアクセント が全然ちがいます. 07 L : はい hhh. 08 N : 大阪はいつも ( 手を波のように動かしながら ) こんな風に喋ります. 09 L : 東京は ( 手をまっすぐ動かしながら ) う :::: 10 N : うんうん, 東京は静かで一番ノーマルですが, 大阪の喋り方は少し変です hhh. 11 L : はい hhh. 12 N : でも私もその話し方です. 13 L : はい, う ::: 何の違う, 違いは何ですか?(Open-ended, Referential) 14 N : う ::: ん, 語尾, 言葉の後ろがいつも, や で終わります. 何々やん, 何々やから, 何々 う :: ん, 私たちはいつも, 後ろ, 言葉の後ろが変わります. 15 L : はい,hhhh. 16 N : ちょっと変です. でも, 多分すぐに慣れると思います. 17 L : はい hhh, (0.2) 頑張ります. 上記の例は 学習者が 自由解答式の質問 (Open-ended Question) を使用していることが観察された貴重な例である 学習者からの質問により 母語話者が長い応答を提示し 結果的に学習者側が母語話者の発話を引き出すことに成功している 学習者始動の質問は 課題を主体的に自身の認知行動に関連付ける作業であることから, 学習方略の一つとして注目され ( 生田 丸野, 2005) 言語習得を促す要因として積極的に評価されている しかし自由解答式かつ未知の内容を問う資料 3 のようなやりとりは 特に授業内インターアクションの教師の発話から見受けることはできず このような効果的な質問を 学習者は自ら習得していかなければならない点が課題となる 6 結論本研究では 海外における日本語母語話者と学習者の談話環境を明らかにする一過程で事例観察を試みた その結果 海外学習環境の授業 会話場面で使用された質問カテゴリーが異なり 両談話に相違があることを示した しかし資料分析より 効果的な質問使用 応答内容の工夫により, 学習者もより活発な会話コミュニケーションを目指すことができると考えられる 近年 各大学で CEFR への対応が広がり 学習者の主体的でコミュニカティブな活動に着目した取り組みや評価が活発に行われている 授業内インターアクションの影響がより大きいと考えられる海外日本語学習者にとって 実践場面への応用の課題点を知ることは非常に重要である 190
またそれを評価する教師も 学習者の置かれている環境を認識し 柔軟に向き合っていかなければならない 特に学習者オートノミーの視点からも 今後 限られた環境で自ら質問し自律的な学習を目指していく姿勢は大切となる 授業場面から会話場面へのプロセスがより明確となることで よりよい日本語学習に近づけることを願う 凡例 本稿における会話資料の凡例は以下の通りである [ 複数の話者の発する音声が重なり始める箇所 = 2 つの発話が途切れなく密着している箇所 (m.n) ( ) 内は音声が途絶えている秒数 音調の極端な上がり下がり h 呼気音 \ \ 笑い声とともに発話されて いる箇所 - 言葉が不完全なまま途切れている箇所? 上昇イントネーションでの質問 :: 直前の音が延ばされている箇所 言いよどみ 謝辞 : 本研究の調査にご協力いただいた全ての皆様に感謝致します またご助言頂いた先生方にも深く御礼申し上げます なお 本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費 (22 2503) の助成を受けています 注. 1 現在 海外日本語学習者は 365 万人を超え 日本語学習者の 95% 以上が海外日本語学習環境にある ( 国際交流基金, 2010; 文化庁, 2010) 2 海外日本語談話環境 は その言語が使用されている国以外の環境で外国語として取得する外国語環境 ( 坂本正他, 2008) を指し 国内日本語談話環境 は その言語が生活言語として使用されている環境で習得する第二言語環境を指す 3 指示的質問への応答 対 展示的質問への応答 は 平均の長さ :10 語対 4.23 語 平均の複雑さ : 伝達単位ごとの文 (S) 節点 1.19 対 0.56 であり その差は有意であった 詳 しくは Brock(1986) を参照 191
< 参考文献 > Barnes, D. (1969) Language in the Secondary Classroom. J. B. D. Barnes and H. Rosen (eds.), Language, the Learner and the School, 11-77 Harmondsworth: Penguin. Brock, C. A. (1986) The Effects of Referencial Questions on Esl Classroom Discourse. TESOL Quarterly 20, 47-59. Long, M. H., and Charlene J. Sato (1983) Classroom Foreigner Talk Discourse: Forms and Functions of Teachers' Questions. H. W. Seliger and M. H. Long (eds.), Classroom- Oriented Research in Second Language Acquisition, 268-285 Rowley, Mass.: New bury House. Pica, T., and Michael H. Long (1986) The Linguistic and Conversational Performance of Experienced and Inexperienced Teachers. R. R. Day (ed.), Talking to Learn: Conversation in Second Language Acquisition, 85-98 Rowley, Mass.: Newbury House. 生田淳一, 丸野俊一 (2005) 教室での学習者の質問生成に関する研究の展望 九州大学心理学研究 6, 37-48. 国際交流基金 (2010) 2009 年海外日本語教育機関調査 2010 http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/result/index.html(2010 年 12 月 19 日 ) 坂本正, 小柳かおる, 長友和彦, 畑左由紀子他 (2008) 多様化する言語習得環境とこれからの日本語教育 スリーエーネットワーク. 佐々木由美 (1998) 初対面の状況における日本人の 情報要求 の発話 - 同文化内および異文化コミュニケーションの場面 異文化間教育 12, 110-127 ショードロン クレイグ (2007). 第 2 言語クラスルーム研究 リーベル出版. 戸江哲理 (2008) 糸口質問連鎖 社会言語科学 10(2), 135-145. 文化庁 (2010) 平成 21 年度国内の日本語教育の概要 吉田睦 (2009) 会話内の質問表現が持つ多義性 - 応答表現からみる会話構築を中心に - 筑波応用言語学研究 16, 87-97. 吉田睦 (2010) 日本語談話環境と会話ストラテジー - 母語話者接触の少ない海外日本語学習環境の初対面会話から - 第 26 回社会言語科学会大会発表論文集. 192
ワークショップ
CEFR 準拠 OJAE (Oral Japanese Assessment Europe) 日本語スピーキングテスト及び評価法 OJAE 研究チーム代表 :Dr, 山田ボヒネック頼子 ( ベルリン自由大学日本学科 ドイツ ) 酒井康子 ( ライプチヒ大学東アジア研究所日本学科 ドイツ ); 宝田紗希子 ( ベルリン自由大学ドイツ / 宝田学園明成幼稚園 日本 ); 萩原幸司 ( 国立社会科学高等研究院博士課程, フランス ); 高木三知子 (ICHEC ブリュッセル商科大学 ベルギー ); 梅津由美子 ( カニジウス高校 / ベルリンフンボルト大学 ドイツ ); 田中井渉 ( ベルリン工科大学言語文化センター ドイツ ); Dr. 渡部淳子 ( ケルン大学東アジア研究所日本学科 ドイツ ); Berthold Frommann ( ベルリン自由大学日本学科 / 英語学科大学院在学 ドイツ ); ラウシェンバッハ本間千尋 (IH Berlin PROLOG/Sprachen -atelier Berlin/ ベルリン日独センター ドイツ ) 要旨 OJAE とは 幾多の関連先行研究 (CEFR-JF スタンダード Cambridge ESOL[ 英 ] DELF-DALF[ 仏 ] Profile Deutsch-MÜNDLICH [ 独 ] 等 ) を基に OJAE 研究チーム ( チーム ) が開発した日本語口頭能力測定 評価法であり 下記の 5 点を主な特徴とする (1) 受験者の自己申告 CEFR 準拠 6 段階レベル でテスト ; (2)2-2 形態 : 試験者 2 名 ( 面接者兼判定者及び判定者 ) と受験者 2 名 ; (3) 機能階層的設計図に拠るテスト制作 テストスクリプト採択で 所要時間 10 分 20 分 ; (4) 4 部構成 で 3 種発話抽出 : 独話 インタビュー応答の 独話 被験者間 交話 ; (5) レベル判定 :CDS 採択 OJAE 評価基準に拠る 本ワークショップ ( WS ) では より客観的な 高透明度のアセスメント法 確立の前提条件として 1 評価者の 心的物差し ( 評価尺度 = 評価能力 ) の意識化 及び 2 その共有体験 を目標に設定し OJAE 基準の親和化から始め レベル判定までを実践した 図 1 被験者 2 名で! キーワード OJAE CEFR-JF スタンダード CDS(Can- Do Statements) 評価基準 設計図 テストスクリプト 話し言葉の 5 側面 アセスメント キャリブレーション ( 標準化 ) 謝辞 研究助成 : 東京財団 ベルリン自由大学 ケルン大学 ; 学術研究支援 : 宇佐美まゆみ東京外国語大学教授 三輪譲二岩手大学准教授 村上京子名古屋大学教授 Prof. Dr. Barry O Sullivan, Roehampton University. London; 研究分科会 AJE-SIG 認可 : ヨーロッパ日本語教師会. 193
はじめに :CEFR 言語文化教育哲学 方策の 日本語特化 へ向けて CEFRは ヒトのコミュニケーション能力の内の 話技能 を 発話 と 交話 との2 領域に分けるほど 口頭産出能力 を重要視している つまり EUの言語文化教育哲学 施策は 人と人との交流 を理念に掲げ その具現化を主としてこの 話技能 に恃んでいる この 教育観 世界観 人間観 は 世界の言語文化教育界で目下のところ最先端を行くものであり その意味で CEFRが基本理念として掲げるEU 市民各個人に対する 複言語 複文化力の育成 は 現代 EU 文化圏の時代精神である 本チームは この教育文化風土に敏感に反応し 現行欧州圏内で熱望される 日本語口頭表現産出能力テスト 評価法 の研究開発 即ちCEFR 日本語特化 に挑んだのである 本稿 WS 記述に当たり 先ず 図 2 を水先案内として掲げる OJAE 創成期に始まりその後の進化過程を示すOJAE 研究チームの3.5 年の実践研究の軌跡である 同時に WSの学術的背景を明示する 本 WS の主目的は 先ずチームの研究成果の呈示である 同時にチームは WSを 共同 / 恊働思考の場 としたいとも願った OJAEテスト評価基準を 親和 = 内面化 して戴いた後 先ずは体験的にレベル判定を求め 然る後に 何故その判定に至っ図 2 OJAE 創成から進化へたのか? の意識化 内省を促す それら内省を言語化することで 各個が日本語教師として持つ無意識知 世界知を自己発見過程として顕化し 同時に 他教師の持つ心的物差しとの比較を試みる いわゆる レベル判定会議 の模擬版である その内言の外言化のグループ内共有は キャリブレーション ( 標準化 ) と同様の効果を齎すであろう 即ち 個人的 内的な評価尺度を世界時計の如き外的基準に合わせて調整していく試行錯誤的プロセスである 後述するように 本チームはここで言う外的基準としての 世界時計 そのものの創作から着手しなければならなかったのであるが WSではそれは一応既存のものとして呈示する 本 WSは その意味では当該参加者による 図 2: Phase 6 及び7の検証 反証 としても機能することになる 以下 時間軸と進化過程を追いながら最終的に本 WSの成果について記述する 1. 夜明け前 ( 孤軍奮闘期 ) から CEFR 基準の日本語特化へ向けて OJAE の 夜明け前 ( 図 2 Predawn ) は ほぼ 10 年前 2001 年から 2007 年 8 月ま 194
でに遡るが 本研究プロジェクトそのものは 3.5 年前欧州在住日本語 OPI (Oral Proficiency Interview) テスター有志 12 名 ( 活動 第 1 期 ) によって始められた 日本語 OPI は ACTFL (American Council on the Teaching of Foreign Languages) ガイドラインに基づく外国語教育の一環である OJAE 研究開発は OPI テスターが資格を取得する過程で自己内に獲得した口頭テスター経験値を活用し 欧州 CDS (Can-do Statements) 能力記述文 である CEFR を読み解き 日本語能力に等化させ 日本語能力基準を創ることから稼働し始めたと言える OJAE は 2008 年 8 月に AJE (Association of Japanese Teachers in Europe 加入者約 300 名 ) 総会にて SIG (Special Interest Group) の認定を受け さらに 2009 年 9 月にメンバー交替を以って 活動 第 2 期 ( 図 2 Phase1-6 ) に入り 東京財団より研究助成支援を受け 2010 年 10 月日本語口頭産出力テスト 評価法の 一応の確立 を達成した テストスクリプトの蓄積が未だ過少であることと テスト信頼性の検証が未だ十分とは言えないものの プロジェクト完了成果として OJAE 報告書 + 基準ビデオ搭載 DVD (2010) 及び HP: www.ojae.org を発表した ( 図 2 Phase7 ) 究極的に OJAE の確立とは CEFR 理念 言語哲学の日本語教育への個別言語化 即ち特化である 研究チームは稼働開始に当たり 以下の 4 つの目標点を掲げた 1) CEFR 複言語 複文化 圏内の 日本語教育 : 話技能育成 の領域を新規開拓 2) CEFR の源泉印欧語との言語教育実践 評価法の比肩化を通し 日本語教育現場での口頭試験及び評価法を確立 3) ヒトのコミュニケーションのありかたを言語 非言語両観点から接触場面として捉え 場面に顕化される日本語第二言語習得達成度の階層性を明示 4) CEFR の OJAE テスティング尺度化が齎しうる階層レベルの一貫性 言語テスト評価の透明性を基盤に 汎用性の高い日本語話技能テスト 評価法を確立 CEFR を出発点にし OJAE 特化の成果として制作した全資料は以下の 8 点を含む 1 (1) OJAE CDS 6 段階全体基準表全体表 (2) CEFR-OJAE 9 レベル話し言葉の質的側面 :( 表現使用 ) 幅 正確さ 流暢性 結束性 交話力 WS では能力階層性が顕著である側面 流暢性 に特に焦点を当て 配布資料として提供 (3) A1 C2 OJAE レベル別基準表 : 各レベルテスト問題に沿ってどのレベル特有表現が顕化すべきかを明記した (4) CEFR 表 1 日本語特化 OJAE 6 段階全体基準表対照表口頭産出能力評価尺度表 Rating Scale of OJAE :OJAE 日本語特化過程において どの CDS が削除 補充されたかを CEFR と対照させ その理由を明記した (5) 欧州評議会言語政策部門ストラスブール 2009 年 1 月の日本語訳 - 2009 年版階層表 - 言語試験の CEFR への関連付けマニュアル改訂版 付属書 A: 記述と特定のための形態及び尺度, P.122; A1:CEFR レベルの顕著な特徴 P.123 (COE 2009 Manual Revision Relating Language Examinations to the Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment (CEFR) January 2009 Language Policy Division, Strasbourg : COE 欧州評議会 2009 年 1 月の公表文書 : 規範的レベル判定会議の方法等を明記していると同時に 各レベルの顕著な言語的特徴 を補充 列記しているという点で CEFR の OJAE 日本語特化に大き 195
く影響した また 本表は 2001 年版では 6 段階レベルとは別記していた 3 段階 +( プラス ) レベルを加え さらに ambilingual 準バイリンガル的 という表現の導入と共に C2 の上部に 名称欄は空欄のままであるが 追加欄を入れている (6) OJAE テスト作成設計図 Blueprint ( 後述 ) (7) シート : レベル判定 + コメント ( 各 5 領域別の詳細コメント ) (OJAE 2010, P.22 42) (8) 自己申告レベルの合否評価シート (OJAE 2010, P.43-49) 2. テスト設計図 コミュニケーション能力階層化本チームはテスト制作設計に当たり Cambridge-ESOL (English for Speakers of Other Languages) の中核として活躍する外国語テストの専門家 Barry O`Sullivan 教授の学術指導を受けた 日本にも 11 年余り大学英語講師として滞在した同教授は ALTE ( ヨーロッパ言語テスター協会 :OJAEは2008.2より準団体員として加盟 ) から強く推薦された応用言語学研究者である 教授から手渡されたO`Sullivan/Weir/Saville (2002) 論文 観察チェックリストを用いた口頭テストの妥当性検討 及び示唆に富んだ助言 支援は 究極的に現行の OJAEテスト設計図として結晶することになった 同論文には80 年代半ば以降日本語教育にも採択され始めたコミュニカティブ アプローチの源泉である 状況 機能主義 の観点から見た 口頭テストのチェックリスト が掲載されている OJAEはそのリストを基盤に JAKOBSON (1960), KOCH (1976) のコミュニケーション場面理論 KISHITANI (1969) の 対者敬語 素材敬語論 ファン (2006) 等の接触場面研究 宇佐美 (2001, 2006, 2009 等 ) のポライトネス理 2 論研究 文化記号学 コミュニケーション理論及び L1 L2 習得研究等の先行研究を採択し L2 習得の階層性を作業仮説として組み込んだ後 日本語能力階層化と CEFR 階層とをCDSを基に図 3 OJAE 設計図 : コミュニケーション能力階層化各レベルの等化を図った テスト制作のための青写真 全 51 項目から成る OJAE テスト設計図 ( 図 3 : OJAE 設計図 冒頭のみ ) が完成し 爾後テスト制作の土台となる 本設計図は 第一縦軸に 発話機能 上の I. 情報発信 II. やり取り III. やり取 196
り管理 IV. 社会言語的適切さ の 4 大分類を先ず明示し それらの細分化としての全 51 項目を掲げる これらの下位分類項目はさらに CEFR-OJAE の 6 レベルに配置され 機能 51 項目と OJAE 基準表の CDS と連動する 従って 例えば OJAE テスト C1 を作成する際には 4 部構成である OJAE 1. 情報発信機能 :17. 推測する 18. エラボレートする 19. 要約する 20. 他者の感情 考えを叙述する の該当テスト部分を選択肢の中から選び 具体的話題設定をする そして発話を抽出するためのテスト質問を制作する 質問形が必ずしも答えの形式を限定しないものもあるので 結果として 図 2 中 Phase1 基準設定, 2 テスト設計図 3 テスト スクリプト制作 4 テスト実践 Phase1... は常に 実践してはその都度変更していくという継続的な試行錯誤の作業過程である 3 具体例を挙げれば A2 CDS: 2. 日常場面や身の回りの状況についての質問に 簡単に答えたり 短く説明したりすることができる ( インタビュー応答 ) という産出能力の抽出を意図したタスクがあった 質問形は当初 さんは 今日はここへ何で来ましたか であった ここでの疑問詞 何で は A2 レベル質問として どういう交通手段を使って を訊く問題が 受験者 1 も 2 も B1 レベルのタスクである理由を問う 何故に と受け取ったため 課題自体が作成者側の意図していなかった一段難しい問題になってしまったのであった チームはこの表現を変えて 何で の前に 家からここまで を挿入した つまり タスク出題意図が確実に伝わるような語彙表現に改めたわけだ この事例は 設計図から具体的質問タスク形成の際の試行錯誤的尽力を端的に示している 即ち 提出課題の際の 客観性 透明性 の具現化であり 本チームはこの作成上の根源的原則を 評価領域でも具現するべく尽力することになる 3. 話技能テストとしての OJAE と OPI テストスクリプト テスト実践 OJAEテスト設計図は 話者が単に一人で試験者と対峙するのではなく コミュニケーション能力を測るという場面設定の中 自立型学習者の被験者二人組を構想する 被験者は 自分だけが情報発信者となる 独話 も 被験者同士での 交話 もタスクとして遂行するが そこに生まれるコミュニケーションで主導権を握るのは 自己申告レベルというテスト難易度決定を初め あくまでも被験者 = 言語使用者である インタビュー型 OPIテストが同じ接触場面でも徹底して試験者主導であることと比べると ここにもCEFR における自立型学習者像が鮮明に浮き上がる 下図 4に口頭テスト法としてのOJAEとOPIとの主要相違点を挙げる 4 図 4 OJAE OPI 比較 OJAE(COE CEFR 参照枠 ) OPI (ACTFL ガイドライン ) 主導権 自立型 言語使用者 としての被験者 試験者 ( 日本語教師側 ) 形態 2-2( 試験者 2 名 : 被験者 2 名 ) 1-1( 試験者 1 名 : 被験者 1 名 ) 所要時間 A:12 分 B: 15 分 C: 20 分 30 分 テスト レベル 被験者自己申告レベル (CEFR-OJAE 表 2: 自己評価表により ) 不明 に始まり 突き上げ による 言語的挫折 を誘発し 能力上限とする長期の訓練期間 多額の講習料を必要とする名人芸 ( レベル判定しながら次の質問を考え 対話者役もこなしていく ) テストスクリプト 通りにタスク質 試験者の特殊技能 問を発していく 日本語授業力があれば可 日本語力 日本語クラス授業担当能力 準母語話者能力 197
最大原則 最終評価 被験者 / 試験者双方にとっての客観性 透明性 公平性話し言葉 5 領域 レベル判定 での 9 段階 可能な限り快適なテスト場面での 被験者の創造的発話の抽出初 (x3) 中(x3) 上(x3) 超級での 10 段階 図 5は OJAEテストスクリプト及び 言語 画像プロンプト 5 2 種の例示である テストスクリプトは試験者が遂行するべき任務 必要時間を含めてシナリオとして総て書き上げてある この全面的行動指定は 一見試験者の自由を奪う制約に見える しかし 実はこの制約そのものがテストの一貫性の保証策に他ならない つまり誰がやっても同一の口頭試験となり 試験者 被験者双方にとって客観性 透明性 公平性が保証される絶対必要条件なのである 被験者の発話の抽出が眼目のテストであるから 試験者が黒子に徹することができる本テスト法は目的に叶っている ここで それでは試験はコンピュータにやらせ 評価だけヒトがやるとした方がもっとその原理を徹底できるのではないか? との疑問が生じるであろう しかしこれまでの被験者からのフィードバックによ図 5 テストスクリプト及びプロンプト 2 種実例れば 以下の意見が大方であった テスト場面での試験者 ( 時には授業者と重なる ) の存在 / 眼差しは自分にとっては 心暖まるし 勇気づけられる ものだった コンピュータ相手のテストだったら もっと話したいという気持ちにはきっとならなかったであろう 198
4. レベル判定 評価会議 ヴァーチャル版とべルリン対面会議版 CEFRの根本原則が主観性排除 客観性向上であり 授業者 学習者双方にとって透明性 公平性 自己モニター法呈示がCDSの根本理念であることは前章で見て来た通りである しかし そもそも口頭産出能力の顕化した言語パフォーマンスを客観的 透明に 公平に判断することは可能なのだろうか? ソシュールの記号学用語を使うなら 言語体系とはもともと恣意性 謂わば社会構成員の間で取り決められた契約で成り立っている記号世界である 言語能力をメタ言語能力で測定することは 相手が相手の脳から紡ぎ出して来たものを 受け手がさらにまた自分の ( 主観的 ) 恣意的な物差しで測るのであるから そこには主観性の二乗はあっても 何も尽力がなければ当然のことながら 透明性は達成し得ない OJAE 研究者チームはその矛盾の唯一の解決法は 各評価者が自己の無意識に持つ思い込みの物差しの目盛りを 他者と擦り合わせて是正して行くしかない とOPI 上の体験からも改めて確認した 試験学 統計学的にはこのジレンマはテスト信頼性の検証 即ちキャリブレーション法 = 標準化として遂行される つまり 該当サンプルビデオを見て 評価者各自がまず独自にレベル判定する 然る後に判定者グループ間で結果を突き合わせてみて 各自が自分の判定力のずれに気付き 必要とあれば調整していくのである しかし 本チーム図 6 OJAE チーム者間レベル判定会議にとっての最大の難関は この前人未踏領域には標準が存在しないことであった 協定世界時でのグリニッチ時計に当たるものがそもそも存在しなかったのである 口頭テストのデータもゼロ CEFR 準拠非印欧語口頭テスト経験値もゼロの世界で ネジを一つずつ集め 先ずは標準時計を組み立てることから始めなければならなかったのである 結果的に 図 2 中の Phase 1 P4 P1... の継続的な試行錯誤の作業過程は 更に Phase 5 研究チーム間擦り合わせ 及び Phase 6 内 / 外部者間 小規模 レベル判定会議 と続くことになった これらレベル判定活動を通して本チーム員各自は 自分の目盛り 199
が 標準と比べてどのぐらい外れているか つまり レベル判定が甘過ぎるか または辛過ぎるかを知り 自己の判定傾向をモニターする訓練を重ねていった 協定世界時を測るための標準時計のネジの一つ一つは 最終的に OJAE が世界に向かって これが基準ビデオです として DVD に搭載したテスト実例群である OJAE の営為が先駆的である理由がここにある 実際のテストは 90 組以上実施し ビデオ採録は本チーム員の一人 Berthold Frommann 氏の手になる Web Platform のフォーラムにアップロードされた メンバーは 暫定的 基準表 を手に ビデオ クリップを秒単位で前後させ 執拗に繰り返し観た後 レベル判定をしてみる それにより 片やそれまで不可視であった体内物差しを白昼下に取り出し その目盛りを他者と照合し 外れていれば是正していくし 逆に基準表側の微調整が必要なこともあった そうした判定物差しの擦り合わせ訓練がある程度までできたところで 10 名のメンバーは 各自それぞれ独自にオンラインで 9 段階 : レベル判定 をヴァーチャルで実行した ( 図 6:OJAE チーム者間レベル判定会議 6 ) 更にチーム外からも協力を得て ベルリン対面判定会議も 2 回 ( 参加者数各 15 名 及び 16 名 ) で行うことができた 本チームは 2010 年 10 月末の段階で OJAE テスト基準と評価法 一応 の完成を見たことを喜ぶ そして今後の活動企画を立てる 5. 2010 年度 AJE-WS の成果 OJAE の画期性再確認と今後の課題 OJAE プロジェクト終了時点での本チームが 一応 と但し書きをつける理由は大きく 2 つある :(1) テストスクリプトの蓄積が過少 ;(2) テスト信頼性の検証が統計学的に不十分 このうち前者は本チーム内 ( 将来的にメンバーとして入る有志を含む ) で処理できる課題である しかし 後者は欧州各地に在住する AJE 会員 非会員日本語教師の協力を仰がずには達成不可能な課題である 何故なら 100 150 名参加によるレベル判定数 を目処としたいからである OJAE は レベル判定会議 を COE 欧州評議会言語部門推奨による 3 日間形態 7 で行ないたいと願う それにより欧州関連公的機関からの正式認定を獲得したいからである 従ってチームは課題の近未来遂行を射程に入れ 且つ 図 2:Phase 7 に記述されている OJAE チーム側 結論 の 検証 を兼ねて 本 WS の目標を以下の 2 点に絞ったのは冒頭に述べた通りである :(1) 評価者の 心的物差し ( 評価尺度 = 評価能力 = 内言 ) の意識化 :(2) 内言の外言化 / 言語化の 共有体験 そして WS の流れとして OJAE 基準の親和化から始め レベル判定までを実践した ブカレストに集合したチーム員 7 名が直接 WS を導引し 参与 観察の機会を持ったが 本チームは WS 両目標点とも 達成された と評価する 前者は 親和セッション中の小班活動への参与 観察に立脚するし 後者も OPI トレーナー テスター等 日本語口頭能力試験のベテランをフロアーに迎え 計 37 名の WS 参与者と共に 何故その判定か? を熱く 語りあう ことができたからである なるほどチーム側の基準ビデオ C2 呈示は満場一致の賛同を受けたわけではなかった しかし 今回最も画期的な現象であったのは 実は 限りなく主観的 な口頭産出能力アセスメント評価が 単なる印象 直感 経験主義上の論議ではなく OJAE-CDS 基準表を片手に 客観的で透明性のある評価 を目指して論じ合うという フォーラム形式 が WS 会場に出現したという事実である OJAE は 2008 年チャナッカレから始まって過去 3 回の AJE シンポ WS を実施してきたが 今回の参加者の意見の特徴は これまでのように 判定 そのものの 難しさを訴える声 ではなく このレベルの この 200
CDS が達成されているからこれこれのレベルだと思う という論法に変わって来ている点であった この新現象の出現は それまでのべルリン対面レベル判定会議で小規模なりに実現しつつあった チーム部外者による OJAE 基準によるアセスメント 法がしっかり機能することを証明する 本チームは WS が欧州土壌における CEFR 準拠口頭産出能力テスト法によって抽出された 発話の客観的 高透明度の評価 法の画期性 先駆性を証言する記念すべき瞬間であったと評価し喜ぶ CEFR3 副題 学習 教授 評価 のうち 第 3 番目の 評価 は従来の言語教育では余り顧みられて来なかった領域である 非印欧語圏内で 外国語としての日本語 も なるほど各種 年齢層 社会層の諸機関で 教えられ 習われてきて はいる しかし 言語教育における 評価 という領域そのものは 2008 年 4 月に東京桜美林四谷キャンパスに国際交流基金 桜美林大学共同の学術交流を目的に 言語教育評価共同研究所 が設置され 2009.10.10 付けで同研究所学術ジャーナル創刊号として AELE (Assessment and Evaluation in Language Education) 言語教育評価研究第 1 号 が出版されたという事実にも顕著だが 新しい研究領域である 上述したように OJAE テストの信頼性 妥当性検証も未だ不十分ゆえ 本チームは近未来に企画している OJAE 欧州巡回勉強会 ( 仮称 ) を通して 欧州在住の AJE 会員 日本語教師に レベル判定会議開催 に絶大なご協力を戴けることを切に望んでいる 何卒ご支援 ご協力のほどお願いし 本稿を閉じる 注. 1 OJAE (2010), OT (OJAE-Table) 1 6 参照 (P.22, 51-72) 2 この項に関する先行研究に関しては代表的な著書だけを挙げる. JAKOBSON (1960), KISHITANI (1969, 1985), KOCH (1976), MAYNARD (1990), 山内他 (2005), 国立国語研究所編 (2006), ファン (2006) 宇佐美 (2001, 2006, 2009) 等 3 具体的テスト質問と被験者の応答に関しては OJAE(2010) 3 章 を参照 ヴァーチ ャル レベル判定会議 の結果集計には 試験者及び OJAE 評価者の 話し言葉の 5 領域 別の レベル判定 が OJAE 該当レベル基準 CDS を根拠として詳細に論じられている また 設計図 タスク質問 基準との照合 に関しては 本稿 1. で呈示された A1 C2 OJAE レベル別基準表 : 各レベルテスト問題に沿ってどのレベル特有表現が顕化すべきかを明記した を参照 4 JSST Japanese Standard Speaking Test アルクの電話による日本語会話テスト 参照 この口頭能力試験も 簡素化 OPI である以上 この比較リストに含めて論じ得るものであるが OJAE や OPI のように対面式ではないこと また本稿では枚数に制限もあるところから次の機会に譲ることにする http://tsst.alc.co.jp/jsst/ (2010.11.30) 5 OJAE の画像プロンプトのうちイラストとして描かれるコミュニケーション場面は メンバーの一人田中井渉氏のオリジナル作品 本チームは氏の作品が常に的確でありウィ ットに富んだものであることに深謝 6 オンライン レベル判定会議は 対面会議で 基準との照合 Web Platform の使い方 動画へのコメントのつけかた 等を練習した後 メール スカイプ Google docs サイト等を併用する中 メンバーの一人 Berthold Frommann 氏の強力な指導の下 徐々に可能になっていったもの 7 COE 欧州評議会言語政策部門ストラスブール 2009 年 1 月の日本語訳 言語試験の CEFR への関連付けマニュアル改訂版 参照 OJAE は当該 COE キャリブレーション Calibration レベル判定会議 の開催マニュアルに則った Bolton et al. (2008) に負うところが大きい 201
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詩を巡るワークショップ 言葉の森へ 山崎佳代子ベオグラード大学 母語の習得には 人間関係 家族や社会という共同体を背景とした豊かな感動 美的 精神的な体験が重要な役割を果たすが こうした内的体験は外国語の教室活動で軽視されがちである 読者の内的世界に触れる詩は 象徴言語を特徴とし 暗示機能 音楽的機能 美的機能が発達したテキストであり 教材としての可能性を無限に秘めている 詩を読む行為は深く個人的な体験であるが 仲間とともに読むことで 精神的な感動を共有することができる ヴィゴツキーの理論に基づく 詩を巡るワークショップ はオータナティヴな教室活動であり 結果ではなく経過を優先 選ばれた個人の活動ではなく共同の活動を優先 活動の制御ではなく活動の方向の提示 唯一の結果ではなく 結果の多様性 複数の可能性を重視 などを基本精神とし 群読 黙読 音読を組み合わせ 大きな輪と小さな輪の活動から成り立つ 大きな輪では 最初に 各自に詩作品を配布 黙読から音読へ 再び黙読へ 各自 音読を始める瞬間 声の大きさ 速度 好きな言語 ( 原語か翻訳か ) を自由に選択し 最後は黙読で終わる 次にペアで互いに読み聞かせあう 小さな輪の活動では 小さなグループに分かれ 各自が黙読と音読した後 ペアで音読 次に 各自が好きな詩句を選び音読 連歌のように繋げ 詩について話し合った後 群読の方法について話し合う 空間を移動 演劇要素なども含め非言語表現を加え 自由に表現する 最後は 各グループがパフォーマンス 参加者全員が大きな輪に戻り 各自が詩から選んだ詩句を発話 繋げる 各自の読み方の個性を尊重しつつグループで詩を読み 感動を共有することにより 自然な形で参加者の間によい人間関係を築き 言語習得に必要な社会的環境を生み出し 身体活動を通して詩を体験することで 個人および共同体が 新しい可能性 創造性を発見する 教材には 日本語と学習者の母語の作品を翻訳とともに用意するとよい 高見順の 天 谷川俊太郎の 天使とプレゼント セルビアの詩人 S. Raičković の 遠くに を用いた 204
日本語のプロフィシェンシーを志向した教材作り リーディング能力とライティング能力 岩﨑典子 熊谷由理 由井紀久子ロンドン大学 (SOAS)/ スミス大学 / 京都外国語大学 要旨本稿では機能言語学とクリティカル リテラシーの知見に基づいて 社会的活動としてのリーディングの能力の育成を目指す教材作成を提案する また 場面認識力と言語表現 語彙リストの問題を取り上げ 実際使用場面のライティング能力を向上させる教材のあり方を考える キーワード 読み 書き プロフィシェンシー 機能言語学 リテラシー ジャンル 1 はじめに日本語の プロフィシェンシー という概念の重要性は 近年認識されてきている 日本語教育における プロフィシェンシー は タスク遂行 と 熟達度 を中心的な構成的意義としている ( 由井 2010) 本稿では タスク遂行および能力の向上という日本語のプロフィシェンシーを志向した教材開発について リーディング能力 ( 岩﨑 熊谷 ) とライティング能力 ( 由井 ) それぞれの観点から論じ 提言をおこなっていく 2 リーディングの能力 ( プロフィシェンシー ) とは外国語教育において 読み の目的は 文字 語彙 表現の習得 そして 文法 文章構成などを習得するための手段であるとみなされ 読み物は 学習者が言語を学習するために解析する 言語のデータ (Alderson 1984) として扱われることが多い この場合の 読む 能力は 読み物の逐語的な理解ができること (Wallace 2003, 小川 2006) で その 理解 は 通常 内容理解のための質問に対して 学習者が期待通りの答えができるかどうかによって判断される また 読み物で扱われた内容は 会話練習のためのトピックとして利用されるに過ぎないという傾向がある (Wallace 2003) このような 読む という活動の捉え方 そして 従来の読みの授業のあり方には 様々な問題がある ひとつには 漢字 語彙 文法 文章構成などの 言語学習 に過度な焦点がおかれて読みの活動が単調になり 学習者の知性を刺激することもあまりなく 機械的に言語のパーツを習得 ( 蓄積 ) していくという作業にもなりうる また 生教材を利用しての授業においては その読み物のもつ社会的な意味合い ( 例えば 筆者は誰なのか 対象とされる読者は誰なのか どんな社会的状況の中で書かれたテクストなのか 何のためにそのテクストを書いたのか など ) については話し合われることも少なく テクストの筆者が対象として念頭においていた読者でないからこそ可能となる非母語話者 学習者の多様な解釈や反応といったことについて議論されることもあまりないようである (Iwasaki & Kumagai 2008) 本稿では 社会文化的アプローチにのっとり 言語活動とは文化的 状況的文脈の中で他者との関係を築くために行われる社会活動であると定義する 書き手は 情報交換 説明 説得 態度表明 内省のほか 思考を助ける 読み手を楽しませる 人間関係を築く アイデンティティを表現するといった社会活動を行うためにテク 205
ストを書く 一方 読み手は 書き手の置かれた状況や意図を念頭に 自らの経験や知識をもとにテクストを読む 本稿では 書き手の置かれた状況や意図を踏まえて 社会活動としての読み方ができることを読むプロフィシェンシー (P) と考える さらに 読む活動と書く活動は切っても切れない関係にあるため 読む P を考える際 書く (= 意味をつくりだす ) という活動を無視して語ることはできない 従って 本稿では 読み書きの活動 ( テクストについて 話す といった活動も含まれる ) を広い意味でのリテラシー活動であると定義する このような読む P を育成するためには以下のような学習目標があげられる (1) 書き手や読み物の社会的位置づけを考慮して読むことを促す (2) 書き手の目的 意図と テクストの構成や文体 語彙の選び方を考え 日本語で表現するためのリソースについての理解を高める (3) 自分が書くときにも目的にあった効果的な言語の選択をする能力を培う (4) 読んだ内容 書き方を分析してテクストを批判的に読む力を養う (5) 自分の目的にふさわしい文体や語彙を駆使して社会に働きかけられるリテラシー テクストの意図を見抜いて 問題を感じれば反論 反抗できる読みを目指す これらの学習目標を達成するのに有用なテクストの分類と分析の理論的枠組みとしてマイケル ハリデーの提唱する機能言語学 (Systemic Functional Linguistics: SFL) を そして読み書きの能力の捉え方の枠組みとしてクリティカル リテラシー ( 例えば Flower 1990, Fairclough 1992, Luke 2000, Luke & Freeboy 1997) を採用している 3 理論的枠組み 3.1 社会的活動としての ジャンル : SFL Michael Halliday( 例えば Halliday 1994) の SFL の理論では コミュニケーションとは単なる意味の伝達ではなく 書き手や話し手が自分の目的とコンテクスト ( 文化的文脈と状況的文脈 ) に合わせて言語 記号を選んで他者と相互活動しながら意味を構築することである SFL のジャンルとは 達成すべき社会的目的を重視した いくつかの段階を経る社会的プロセスであるとされている 表 2.1 は Hyland(2004) が先行研究から引用してジャンルの主な例を挙げたものである 表 2.1 ジャンルの例 (Hyland, 2004:29) を翻訳 ジャンル 社会的目的 社会的場面 詳述 (RECOUNT) 過去の経験を実際に起こった順序 手紙 警察の報告書 保険申請 で詳細に述べること 書 事件報告書 手順 (PROCEDURE) 何かをする方法を説明する 解説書 科学報告書 料理本 DIY 本 物語 (NARRATIVE) 経験について思い返すことで読み 小説 短編小説 手を楽しませる 記述 (Description) 想像上や実際の出来事について説明する 旅行のパンフレット 小説 商品説明 報告 (REPORT) ある事象に関して 分類と特徴について描写してレポートする パンフレット 政府や企業の報告書 説明 (EXPLANATION) ある事象の現状や判断ついて理由説明する ニュースレポート 教科書 206
主張 (EXPOSITION) ある議題に関して なぜそれが提案されたのか議論する 社説 論説 コメンタリー さらにジャンルは マクロ ジャンル (macro genre) と基礎ジャンル (elementary genre) に分けられることができる 例えば 新聞の社説というマクロ ジャンルは 解説 (exposition) 議論 (discussion) 反論 (rebuttal) などの基礎ジャンルで構成されることも多い それぞれの基礎ジャンルには 表 2.2 のように よく使われる構成がある 表 2.2 ジャンルの構成 (Hyland,2004:33) を翻訳ジャンル段階目的 詳述 手順 方向付けˆ 出来事の記録 ˆ ( 再方向付け ) ゴールˆ ステップ 1 n ˆ ( 結果 ) 状況についての情報を与える出来事を起こった順に記述する出来事を現在に結びつける作業の目的についての情報を与える ( 題目や前文にて ) ゴールに到達するために必要な手順を正確な順序で挙げる最終的な状態や見た目の様子を示す 物語 記述 報告 方向付けˆ ( 困難 ) ( 評価 )ˆ 解決認識 ˆ 側面 nˆ ( 結論 ) 問題 ˆ 理由 ˆ ( 結論 )ˆ 提案 登場人物の置かれた状況についての情報を与える登場人物が解決すべきいくつかの問題を提示する重要な出来事の評価をする問題を解決する事象を定義 分類 一般化する事象のそれぞれの側面についての特徴を記述する記述をまとめる問題を認識する問題やその結果についての可能な理由づけをする問題を解決するための提案を行うリポートの結果として採用する方策を提示する 注 :ˆ= 次の段階がある ; ( )= 随意の段階 ;n= 複数回起こる可能性あり このように様々なジャンルごとに慣習的かつ基本的な構成があること その目的と効果を理解することは 外国語学習者にとって テクストを分析し理解する上で非常に有用である また 社会的目的を重視したジャンルについての知識は テクストが読者に何をどのように働きかけているのかを考察するために役立つ (Derewianka, 1990) 3.2 クリティカル リテラシー (Critical Literacy 批判的な読み ) Flower (1990) は 多くの場合 教育の現場で単に情報を読み取ること (receptive literacy) が重視されがちだが テクストを批判的に読む能力 (critical literacy) を培うべきだとしている Flower (1990: 5) によると クリティカル リテラシーとは テクストについて また テクストを通して考えることができる能力で 事実を知るためだけではなく 書き手の意図を理解し 情報の出所を吟味し 他者と自分自身の前 207
提を認識し さらに そこで得た情報を新たな目的のために変容させるために読むこと である ある社会 コミュニティーで それぞれのジャンルでよく使われる文字 文体 語彙 さらにはテクスト全体の構成など 慣習化した形式のパターンがある一方 書き手が敢えて何らかの効果を狙って逸脱した選択をすることもある それらの慣習や選択の効果に意識的に注意を払ってテクストを読むことで 書き手の意図やテクストに暗に埋め込まれた前提などを批判的に読み取るができる また その言語 ( の用い方 ) の背後にある社会構造やイデオロギーも批判的に読み取って考えることができるようになる 4 教材作成に関する提案 4.1 テクストの選択 テクストは ジャンルと内容に注目して選びたい 様々なジャンルの読み物を選ぶとともに 表 2.1 に示されたような構成がテクストにみられるかに注目し 逸脱した構成の場合は そこにも学習者の注意を引く必要があるだろう 1 また 内容については学習者の関心を考慮するのは言うまでもないが それに加え 日本の社会や文化について深くクリティカルに考える機会を与える内容を選びたい 例えば 日本語 文化 社会の多様性 流動性 ( 久保田 2008) について考える機会になるもの または 学習者自身をとりまく文化や社会についても内省する機会になるものなどがいいのではないだろうか 4.2 読む前に 読みながら 読む前に その読み物の社会的位置づけを行いたい 読み物の出典を明らかにし その文献の一般的な読者層や 出版社の狙いなどを明らかにするととともに 日本在住の読者の多くが共有する筆者についての情報 ( 立場 社会的地位など ) も与えたい このような情報に基づいて読む前に書き手の意図を予測するのも有効だろう あらかじめ テクストに (a)-(h) のような文体 語彙 文字の選択に関して取り上げるべきものがあるかを判断し 読みながらその選択についての学習者の気づきを促したい (a) 文体 : です ます 体 だ 体 である 体 文体シフト 体言止 (b) 文字 :( 漢字 ひらがな カタカナ ローマ字 ) 言葉 ことば コトバ kotoba (d) 語彙 :( 漢語 外来語 和語 オノマトペ ): 開放的な オープンな 開かれた パーッとした ; 宿屋 旅館 ホテ (e) 語彙 ( 視点による選択 ): 誉める / ごまする いじめる / からかう 干渉 / 援助 (f) 文型の効果 : 使役形 他動詞 自動詞 受け身など (g) 引用の効果 (h) マルチモーダルな効果と意味解釈 ( 例えば レイアウト 色使い 写真 ) (j) フォントの大きさ フォントの選択 4.3 読んだ後で 読んだあと まず重要な内容の理解を確認したあと 読みながら気づきを促した 208
文体 語彙 文字などの選択の効果について話しあい 筆者の社会的目的に効果的かどうかなど考えたい 2 テクストの内容や読む 書くということについて学習者が深く考え 内省するきっかけとなる問いかけをするといいだろう 最後に 読むことで得た内容や文体 語彙 文字に関する知識 理解を生かせる書く課題を与える 5 おわりに ( リーディング能力 ) 上記の提案は すでに Iwasaki, N. & Kumagai, Y. (2008) や Kumagai, Y. & Iwasaki, N. (in press) でも報告した経験にのっとったものであるが さらに改善すべく試行錯誤を続けながら教材開発を行っている 別の機会に具体的教材 活動とともに学習者の反応などについてもぜひ報告したい 6 ライティング能力筆者はこれまで いわゆる 作文 だけでは実際的な文書を書く能力は学習されないと言ってきた ( 由井 2005 など ) 作文 は読み手の社会的地位や属性などを意識することがなく また 文書の目的も不明瞭だからである プロフィシェンシーを向上させるためには 場面を認識する能力を高め 言語表現と結び付けていく必要がある また 日本語教育教材にありがちな簡単な対訳式の 語彙リスト は ライティングにおいては不十分であることも本稿で述べていきたい 6.1 場面認識とプロフィシェンシー 書くプロフィシェンシーを本稿では 実際の書く場面において 対人性 場面性を含む場面を正しく認識して 正確かつ有効に書くことができること としておく 実際の文書といわゆる 作文 は表現から見てどのような違いがあるのだろうか たとえば 私の夢 という作文で (1) のような文は特に修正の必要を感じない しかしながら 大学生の就職活動場面における 自己 PR 文 においては 大学生らしくない 幼稚な印象を与える文と捉えられ (2) のような書き方が望まれる 書き手の属性や文書の目的に応じた書き方がしないとタスクの遂行がうまくいったとは言い難いのである (1) 私は ~ の仕事が / をしたいです (2) 私は ~ の仕事が / をしたいと考えています また 私の得意なこと という作文において (3) のような文は容認されるが 同じく 自己 PR 文においては 適切とは言えない 読み手は書き手のことを知らない人であり このような場面では (4) のような客観的事実に基づく根拠を提示すべきである (3) 私は ~ が得意です ~ するのはとても楽しいです (4) 私は ~ が得意です 私はこれまで ~ を 3 年間続けてきました 検定試験にも合格しています さらに言えば 同じお礼状でも 読み手の属性を考慮して 表現が選ばれることがある 単に丁寧さが違うと言うよりも (5) のような感情的な表現を喜ぶ読み手か (6) のような理知的な表現を喜ぶ読み手かを意識している つまり 読み手の属性によって 適切と思う表現を選んでいるのである (5) 素敵なお品をいただいて とてもうれしいです 209
(6) たいへん結構なお品をいただき ~ に役に立ちそうで喜んでおります ただし 表現の適切さは画一的に判断されるものではない (7) は 外国人を同化しようとする企業では望まれないかもしれないが 外国人に異質性を求める企業では受け入れられるだろう つまり 読み手の価値観によっていると言える (7) したがって 私は貴社の仕事にふさわしい人間です ここまで見てきたように いわゆる 作文 教育だけでは 読み手を含む場面を認識力は付きにくいのである 場面を重視した言語知識を構築する教材が必要となる所以である では 場面を認識するというのはいかなることだろうか また 場面と言語表現を結びつけるとはどのように考えればいいのだろうか ここで 場面テンプレート仮説 を提示したい 場面テンプレート仮説 とは 場面において 構成要素のいずれかの既有知識 ( 母語 日本語 ) が活性化され 日本語表現の仮説 修正 新たな知識の構築などが起こるという考え方である 場面の構成要素としては 文書の目的 媒体 時空間 機能 話題 書き手と読み手の属性や関係などが措定できる したがって 日本語教育教材は 構成要素と言語表現との結びつきについての気づきを高める工夫が必要になると考えられるのである 6.2 語彙リストの問題 本節では 非日本語母語話者が日本語で書く際の語彙の問題を考えたい 産出活動における語彙知識の活用のされ方として 弥永 (2003:551) は 産出においては語の統語範疇や用法 連語関係 使用頻度 使用域といったより深い知識が必要 としている ここでいう 深い知識 とは 広い知識 と対立させたものだが 広い知識 が語彙数という表面的な量を指すのに対し 一つ一つの語彙知識の奥深さを指している ここから 簡単な対訳式の語彙リストだけでは不十分であるという現場での経験が理由づけられるのである また 学習者は辞書を使いながら書くことが多いが その場合 母語知識が活性化していることに気をつけなければならない 言い換えると 母語の干渉を受けやすいということになる ここからも 母語との意味の違い コロケーションの違い 統語情報 レジスターの違い 使用頻度などに注意を向けさせなければならいことがわかり 語彙リストに工夫を加える必要があると言えるのである 6.3 日本語プロフィシェンシーを志向した教材 では 上のような点に留意した教材は どのようなものになるのだろうか 作文では わたしのふるさと 将来の夢 のようなテーマを与えて書かせるが 上述したように 読み手 などに対する 気づき を促すには 具体的な読み手を状況設定として提示するだけで 違ってくると考えられる たとえば 近所の小学生にスピーチをする場面や 奨学金の書類という場面を設定すると 小学生という読み手にふさわしい表現や審査員という読み手あるいは文書の目的に対する気づきが高まるだろう また これまで 模範となるモデル文一つを提示することがあったが 場面の構成要素に対する気づきを高めることを考えると 不十分である むしろ 修正の必要のあるサンプルを複数提示する方法のほうが有効だと考えられる 210
語彙リストについては コロケーション 統語情報 頻度 レジスター 母語との意味用法の違い等を学習者の日本語レベルに応じて提示するのが望ましいと考える 一つ一つの語彙の情報を充実することが重要である これは 記述内容のしっかりした辞書を引くということでもいいだろう 辞書の 1 つ目の訳を拾うのではなく その項目全体をしっかり読むというのは 昔から語学教育では言われていたことである しかし 現場では必ずしも徹底されているわけではない 良い辞書の必要性と上手な使用法が改めてクローズアップされるのである 7. むすび以上 日本語のプロフィシェンシーを志向した教材作りについて リーディング能力とライティング能力に焦点を当てて 論じてきた 文字言語のプロフィシェンシーについては スピーキング程には まだ十分に論じられていないのが現状である インターネットの発達によって 実際使用の文字言語の重要性は高まってきている 今後 学習者のプロフィシェンシーを高める教材の開発がますます必要となってくるだろう どのような教材が望ましいのか 議論を深めていきたい 注. 1 起承転結のように学習者に馴染みのないレトリックを用いているテクストの場合は 構成に注意を促して話すのがいいだろう 2 文体 語彙 文字の選択の効果については様々な文献がある 紙面の都合上多くを挙 げられないが 例えば 上野他 (2005) や佐竹 (1989) を参照されたい 211
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コミュニティ ランゲージ ラーニングを使った会話授業の考察小島一江 GLS Sprachenzentrum, VHS Berlin City-West/Mitte 要旨 70 年代に C. A. カラン (C.A.Curran) によって紹介された教授法 コミュニティー ランゲージ ラーニング ( 以下 CLL) は 場面シラバスの会話授業に適しているだけではなく 学習者の発音矯正や発話意欲の促進にも貢献する 1 CLL は 行われるための条件が 学習者が共通な言語を話せる事 (Macgilchrist, 2002) である事と 生きた会話 に重点を置く CLL が授業以外で日本語の会話を聞く機会が少ない学習者に効果的であるという理由から その対象が多い海外の日本語教育の現場にこそより相応しい そこで CLL をより多くの方々に体験していただくべく このワークショップでは 前半にルーマニア語を使って CLL の過程の一部である ダイアログ創出 を実際に展開した そして この実践ではブカレスト大学の学生 2 名の協力を得て チームティーチングの可能性を実験的に試みた 後半は CLL を授業で実践するための講師側のいくつかの観点を提案すべく コースプランへの組み込み例と効果的な CLL ファシリテーターの役割の検討 さらには受講者に行ったアンケート結果を報告した キーワード 場面シラバス教授法 会話ストラテジー 学習者発信型 即興ダイアログ 1 はじめに CLL の手順は特徴的で 以下のように行われる まず 学習者が学習者同志が普段話している共通言語で 1 自己紹介 をした後 これから作られるダイアログのテーマを決める また そのダイアログの話し手同志の仮想人間関係からポライトネスの度合い ( 丁寧体 普通体 ) も決めておく その設定でインスパイアされた学習者が即興で一文ずつ共通言語で発信しながら 目標言語での 2 ダイアログ創出 2 をした後に 3 フィードバック を行い ダイアログの構成文を目標言語と共通言語の両方で文字表記していく 4 書き出し を行い 最後に 5 言語分析 をする この 2 ダイアログ創出 過程では 構成文を創出する際に 学習者には文字を使わずに口頭のみでインプットが行われる そのため 意識が音声に集中され 特に初級者には流暢な発音や日本語のプロソディーの刷り込みに成果を挙げる事や 3 学習文が長期記憶に残る事もある この長期記憶に残った例として 筆者がこれまでの体験した事実を述べたい それは CLL を経験した学習者が授業の 3 か月から 1 年後に その時に学んだ文を再び発話したケースを十回以上も体験したのだが いずれも学習時とほぼ同じ発音やイントネーションを維持しており その上 発話直前にその文を復習する事なしに自然発生的に発話された事は予期せぬ出来事であった それから 筆者自身は 8 年前に初めて CLL を体験した 4 のだが その時 学習者として学んだロシア語の一文は未だに覚えているという大変印象深い体験をしている このように CLL は実際に体験することによって その効果をより実感することができるのである 2 ダイアログ創出の実践とチームティーチングへの可能性の検討 2.1 ダイアログ創出 実践 213
ダイアログ創出 の進行は 以下の通り行われる まず 学習者 ( 以下 L) の一人 ( 以下 L1) が 会話を前提にして思いついた一文を共通言語で発する 次に ファシリテイター ( 以下 F) がその文を目標言語に訳し 文字を使わず口頭のみで学習者に音声をインプットする L1 は即時に口頭練習を含む リハーサル 活動を行った後 その目標文を発話し F はその L1 の発話文をボイスレコーダーに録音する そして その録音された発話文から言いたい事を思いついた他の L(L2 L3 同様 ) が同過程を繰り返す事で 最終的に学習者が発信した即興のダイアログが録音される このワークショップでは 参加者のうち数名がこの L の役を体験し 共通言語を日本語 目標言語をルーマニア語とし F の役は目標言語の非母語話者 ( 筆者 ) が母語話者 2 名と担当した ただ 使用した教室は階段教室で CLL の特徴的な席の配置 つまり 机を置かず椅子だけを円状に並べて座る形が不可能であったため CLL の心理的作用を完全には味わえなかった その席の配置が可能であった場合には L それぞれがお互いの表情や目の前で進行している状況をより把握でき L 個々のタスクを L が一体化して取り組む事が可能になる それにより L 同志が打ち解け クラスが打ち解けた雰囲気になる作用も期待できた このワークショップで創出されたダイアログは 以下に提示する < 表 1> ルーマニア語で創出したダイアログ 1. Buna ziua! ( こんにちは ) 2. Ce mai faci? ( お元気ですか ) 3. Eu sunt Yamada. ( 私は山田です ) 4. Si tu? ( あなたは?) 5. Eu sunt Tanaka. ( 私は田中です ) 6. De unde vii? ( どこから来ましたか ) 7.Vin din Slovacia. ( スロヴァキアから来ました ) 8. Si eu. ( 私もです ) 9. Ce faci in Romania? ( ルーマニアで何をしていますか ) 10. Fac cumparaturi. ( 買い物をしています ) 11.Ce cumperi? ( 何を買いますか ) 12.Cumpar suveniruri. ( お土産を買います ) 13. Cui cumperi? ( 誰に買いますか ) 14. Cumpar prietenilor. ( 友達に買います ) 15. A asa este? ( あ そうですか ) ( ルーマニア語文訳 / 書き出し / 日本語訳 : Alina PETCU Maria LABESI ブカレスト 大学 ) このダイアログ文の発話者の中で ルーマニア語に面識のある参加者は二名しかいなかった 従って 発話者はルーマニア語をほぼ初めて話す ゼロ初級者 の立場を体験した事になる そして この上記の ゼロ初級者が創出したダイアログ を見てみると 全文が単文で構成されており 単語量も少なく 動詞も繰り返して使われていることから 言語の文法構造の知識が多少ある学習者なら 自ら文法を分析できる可能性がある事が推測できよう 214
それから 文法積み上げ式による文型シラバスの場合 一般動詞や進行形などの導入は数課を終えた後であり 初級者からこの程度の文法知識に触れる事は少ない しかし これまで経験した学習者を対象に行ったアンケートには 敢えてゼロ初級段階で文法構造の概要を導入した事について肯定的な意見がいくつか見られた 5 2.2 チームティーチングへの可能性の検討上記のダイアログ創出過程は ルーマニア大学の学生 2 名と一緒にチームティーチングの可能性を実験的に試みた CLL 進行の指揮を執った筆者は 学習言語であるルーマニア語の知識がなかったにも関わらず 2 ダイアログ創出 から 4 書き出し まで 元来の CLL の過程を全うすることができた このように目標言語の母語話者講師 ( 以下 NT) が現地の共通言語が分からない場合でも 現地のノンネイティブ講師 ( 以下 NNT) と問題なく意志疎通ができていれば F の役割を分担する事で CLL を使って初級者に日常会話を導入する授業が可能となる 海外の日本語教育の現場においては この実践での目標言語にあたる言語が日本語になり 母語話者 の役は NT が 非母語話者 の役は NNT となる この実践から チームティーチングの可能性として NT NNT ボランティア ( 以下 B) が 二人以上のチームで授業をする場合での役割分担を検討した NT や B などの日本語母語話者と NNT がチームで行う場合は それぞれの長所を生かしつつ 2 ダイアログ創出 段階の 媒介語から目標言語へ訳す過程 をチームで行い 訳した文を口頭で繰り返す役と録音 目標言語の 4 書き出し を NT が行い 5 言語分析 を行う場合は NNT が行う事が考えられる この場合の長所は 文法説明が NNT によって学習者の母語で説明されることになるので 特に初めて触れる項目を理解するのに時間を要するタイプの学習者は よりスムーズに文法を理解することができる また 母語話者講師とボランティアがチームで行う場合では 上記役割分担のうち NT の役を B で NNT の役を NT で行う事が考えられよう 特に 2 ダイアログ創出 で共通言語の 生きた会話文 から目標言語のそれに訳す段階で難が生じる場合があるので 複数の F が協力して 共通言語と学習言語のそれぞれの日常会話の知識を合わせて構成文を創出する事で 生きた会話文を扱う CLL ならではの長所を最大限に生かす事ができよう 3 コースプランへの組み込み例の考察では 実際に CLL をコースプランに組み込むにあたって 1 自己紹介 2 ダイアログ創出 3 フィードバック 4 書き出し 5 言語分析 という過程を 一回の授業で全て行う例と二回に分けて行う例を紹介し それぞれの特徴を提示し 注意点を提案した 3.1 一回の授業で行う場合の考察授業が完結しているため 一度のみの単発授業やワークショップに向いている 筆者の場合 全過程を 90 分から 120 分 そのうち 2 ダイアログ創出 過程に費やす時間を 45 分程度見込んでいる F は 短い会話文で構成される 2 ダイアログ創出 を心がけて 授業時間内の中でタスクを全て終わらせられるように時間配分に注意を払う必要がある 4 書き出し は手書きで行う そして 授業の前には道具以外教材準備の必要がない 215
3.2 二回の授業に分けて行う場合の考察全過程を二回に分ける場合として 一度目の授業で 2 ダイアログ創出 までを行い 3 フィードバック と 4 書き出し を宿題に出し 二度目の授業で 4 書き出し の確認と 5 言語分析 を行う実践例を紹介した この場合は 各段階の時間配分に余裕ができ 文型シラバスの授業と並行して行う事ができる 例えば 授業の前半を文型シラバスで行い 後半に CLL に用いる事も考えられる その際の 2 ダイアログ創出 には 前半で導入された文型が予想されるテーマを選択することもできる F は 二度目の授業までにダイアログを書き出したテキスト (ⅰ) や そのテキスト理解に必要な文法説明 (ⅱ) 既習文法の練習問題 (ⅲ) を用意する事ができる そのため 二度目の授業では 上記 (ⅰ) を用いて L が宿題で書き出してきたダイアログの間違い 即ち筆記においての弱点補強や (ⅱ) を用いて よりスムーズな文法説明 または (ⅲ) を用いて文型の応用練習が可能となる 4 学習を効果的に促す CLL ファシリテーターの役割の検討 4.1 テーマ選択においての 1 自己紹介 の役割まず始めに 2 ダイアログ創出 に取り掛かる前に L 同士が普段意志疎通をしている共通言語で 1 自己紹介 をする ここで L は名前だけでなく日本語学習への動機や目標または趣味などを話す これは まず全員がお互いを知り これから取り掛かる共同タスクへの緊張をほぐす事を目的とするのと同時に この後ダイアログ創出のためのテーマ ( 話題 ) を選択する上での大きなヒントになる ダイアログのストーリーは L がアイデアを発信する事によって展開していくので L にとってインスピレーションが湧きやすくなるような身近なテーマを選択する事は その後の 2 ダイアログ創出 を潤滑に行わせるのを助ける F は L が興味を持つ内容に耳を傾け 多くの L に共通するような話題選びを心がけるのが好ましい 4.2 学習に効果的なダイアログ構成文創出のための検討筆者はこれまでに CLL での学習内容の定着が不成功であったケースを何度か経験した いずれも ゼロ初級者 12-16 人のクラスで 一人 2 文程度発話できるように目指してダイアログを創出した時であった ダイアログは 20 文以上で構成されるともなると ストーリーが大幅に展開される余地を含み 結果として 複雑な会話文を含むダイアログが創出された そして その過程で一度に大量のインプットが要求された事が 学習の 消化不良 を起こす結果を生んだ 要するに その 消化不良 の原因は 全て インプット量に対しての消化不良 つまり ダイアログ構成文の中に未習の語彙量が多すぎた事であった そもそも CLL のダイアログ構成文は 学習者のアイデアによって完全に でたとこ勝負 で創出され その文そのものが即時に学習材料となる そこで 筆者はダイアログを創出する際にインプット量を調節する事が学習の成功に繋がると考えた 多くの学習者は文型シラバスで学んでいるため その学習レベルを考慮して ダイアログの語彙や文法が各学習者にとって学習可能なインプット量内に収まるような構成文を創出する事はできまいか 以下二つの考察点を検討した 一つは これまでの CLL 授業で希望されたテーマのうち 学習定着が不成功であったテーマとそのテーマから推測できる構成文を検討し そのテーマが選ばれた時の対策を考えた 216
そして もう一つは L が発信する構成文から目標言語へ訳す段階で L のレベルに合わせて学習に適した構成文を創出する事はできないか検討した 4.2.1 希望されたテーマとそのテーマから創出されるダイアログ構成文の検討各ダイアログ構成文で使われる語彙や文法は テーマによって量や複雑さが異なる傾向がある 例えば ほとんどのゼロ初級者は 日本語を使って会話しようとする場合 自分に考えられる接触場面として 日本食レストラン や 日本旅行での会話 を提案する傾向がある では これらのテーマで創出されるダイアログ文の中の語彙はどのようなものかを思案してみたい レストランでの会話 (A) では ウェートレスが使う敬語 客が注文するのに使う助数詞 さらに客が注文したメニューに対しての質疑応答に必要な語彙などが考えられる また 旅行先で道を聞く接触場面 (B) での語彙は 方向や建物に関する語彙 場所を説明する存在動詞 行き方を説明するための動詞などであり 文法では て形 などの動詞の活用形の導入が求められる そして ホテルやレストランの予約 (C) では 日時 人数 喫煙の有無などを述べられるだけの語彙が必要となる これらはゼロ初級者が一度に習い切れる量だとは言えないであろう 従って 上記 3 つ (A B C) のテーマをゼロ初級者が希望した時には 構成文の量を少なくしてインプット量を制限する事が学習の定着を助長すると考える ちなみに これまでに初級者が希望したテーマは 上記 3 つのテーマに加えて 世間話 ( 週末何をしたか ) 電話での応対 普通体を用いた日常会話 が多く 中級者が希望したてテーマには ( 仕事や研究分野などの ) 専門的な話題 ( 敬語を含む ) 教授 上司 顧客との会話 時事のテーマ など 専門用語を含む項目が目立った 4.2.2 学習者のレベルに合わせたダイアログ構成文創出への提案コミュニケーションあるいは言語自体が多面性を持つ性質上 意味の伝達において異なる表現方法で ことば化 が行われる この性質を利用して 文型シラバスで学習しているそれぞれのレベルの学習者にとって ダイアログに含まれる進出語彙や文法を 学習に適した量 に調節することはできないか検討した この場合の 学習に適した量 というのは 単なる既習内容の復習に終わらず 且つ 進出語彙や文法がインプット量の洪水を起こさない程度である量という事である そして この 適した量 を創出する時は ヨーロッパの多くの学習者は 生きた会話 で使われる語彙や会話文法を聞き慣れていない事 それから 学習経験の少ない学習者程 長くそして複雑な構造を持つ語彙や文を覚えるのに困難を要する傾向がある事を念頭におく必要がある 量は平均的に 12-15 文程度で構成されるダイアログが効果的であった さて ここで具体的な構成文の例を考えてみたい まず What is your name? という英文の日本語訳は おなまえは?(a) すいません お名前は何ですか (b) 失礼ですが お名前は何とおっしゃいますか (c) などが考えられる それから Where do you live? の日本語訳には おたくはどちらですか (d) どこに住んでいますか (e) 失礼ですが どちらにお住まいですか (f) などが考えられる また How can I get to the station? の日本語訳には えきはどこですか (g) 駅までどう行きますか (h) 駅までどうやって 217
行けばいいですか (i) などが考えられる では これらがテーマ決定の際に設定した仮想関係で同じ機能を果たす つまり どの文を用いても構わないという状況下である事を前提として 各レベルに上記の 適した量 を目指すとどうなるだろうか 筆者は 訳文 (a) (d)(g) は 日本語に慣れていないゼロ初級者への導入に 二つ目の文 (b) (e) (h) は 基本的な文構造を既習している初級者へ 三つ目の文 (c) (f) (i) は 日本語で会話ができるレベルであるが よりネイティブの会話表現に近い表現を補強するために中級者へと提案する 4.3 4 書き出し に使う OHP シートの用法 4 書き出し と 5 言語分析 には OHP シートを使うのが便利である それは OHP で壁に投影して 6 言語分析 を行った後のシートを即時にコピー機で印刷し 復習材料として学習者に配ることができるからである また OHP シート上にはパソコンで書いた内容をプリントアウトした用紙を 通常のコピー機で通常の用紙と同様に印刷する事ができる これは CLL を二回に分けて行う場合に二度目の授業までに印刷文字で書かれた 4 書き出し 文を用意するために使える方法である 4.4 文法説明の表示例 5 言語分析 で 訳文だけでなく もう少し詳しい文法説明を要する時に 分かりやすく黒 青 緑 赤 オレンジ 紫の 6 色を使って説明する例を紹介した 具体的には 黒で書かれたダイアログ文の上に 最初の文から順番に青で語彙訳を書いていく作業である 文法用法には以下の様に色付けをする 各助詞は緑で丸をつける 疑問詞は赤で四角に囲い 下に訳を書き 疑問助詞は赤で丸をつける それから 動詞の活用や助動詞などを含む文型にはオレンジで線を引く 紫は 普通体導入時に既習の丁寧体との比較を補足したり 文法で特別な用法が含まれている場合などに使う 6 しかし この色分け例はあくまでも例に過ぎず 筆者も日々試行錯誤を繰り返しているのが現状である 4.5 応用問題作成例の提示ワークショップでの要望により 応用問題の作成例をここに提示する 問題作成は 語彙ではなく文法理解に重点を置き 学習者が既習文型を自力で運用できるようになる事を目的としている そのために 既習文型が 動詞 ( 以下 V) 形容詞 ( 以下 i) 形容動詞 ( 以下 na) 名詞 ( 以下 N) と接続する形を確認した後 L が自力で既習文型を作り出す練習をする 学習内容をダイアログ内容に集中させ 学習内容を増やさないように 余分な導入は避け 問題には未習語彙は使用しないように心がけている 以下に筆者の作成した問題例を提示する 218
< 表 2> 応用問題例 Ⅰ( いいと思いますが 高すぎますね という文から作った問題 ) ~すぎます (zu viel) =すぎる * ~すぎ V 食べます 食べすぎます : 昨日少し飲みました i 寒いです 寒すぎます : 油の温度が高いです na 暇です 暇すぎます : 二月は店が暇でした < 表 3> 応用問題例 Ⅱ( 明日は雨が降るそうですよ 私も 今年夏がない と聞き ましたよ という二文を合わせて作った問題 ) ~そうです=と聞きました 来週試験があるそうです / あると聞きました V 明日は晴れます 明日は晴れる / 明日は i 明後日は暑いです 明後日は暑い / 明後日は na 馬場さんは歌が得意です 馬場さんは歌が得意だそうです / 馬場さんは N 今は円高です 今は円高だそうです / 日本は 5 受講者のアンケートの紹介これまでの参加者のうち 33 名にアンケートを実施し 21 名 (A( 初級者 )15 名 B ( 中級者 )5 名 ) から回答を得 その結果を報告した 主な結果は以下の通りである 17 問中 4 問をここに紹介する 6 < 表 5> アンケート集計からの抜粋 2) ダイアログの内容に満足していますか? ( 大満足 満足 普通 不満足 大不満足の 5 段階解答 ) A( 大満足 5 名 満足 6 名 普通 2 名 不満足 1 名 ) B( 大満足 3 名 満足 1 名普通 1 名 ) 6) これまで CLL を使っていくつ文を言いましたか?[ 上段 ] 7) 3か月後の今 これまで参加したダイアログの文で 今でも言える文はいくつあり ますか? [ 中段 ] A レベル学習者 6) 4 8 3 1-3 4 8 4 10 20 10 2 7) 10 11 2 2 0 0 3 1 8 18 2 年齢 24 歳 27 歳 23 歳 21 歳 29 歳 6) 5 2 4 1-2 7) 5 2 3 2 年齢 27 歳 22 歳 20 歳 22 歳 29 歳 B レベル学習者 6) 4 2 5 1 4 7) 4 2 6 2 4 年齢 48 歳 69 歳 38 歳 46 歳 45 歳 28 歳 35 歳 20 歳 20 歳 24 歳 219
15) この教授法は気に入りましたか? A( 大満足 4 名 満足 7 名 普通 1 名 不満足 1 名大不満足なし ) B( 大満足 3 名 満足 2 名 ) 6 終わりにこのワークショップでは これまでに CLL を授業で経験したことのある参加者の方々から体験談をお聞きし 時間の関係で説明不足になった部分の補足や実践での具体的な方向性 つまり 初心者と専門的な語彙を要するクラスに効果的である という意見をいただいた事に感謝を申し上げたい その他 CLL を実際にコースに組み込む事に関して時間的になかなか容易ではないだろうという意見があったが その件に関しては 後日寄せられたフィードバックに この教授法の一部分 例えば 音声のみのインプット方法やボイスレコーダーを使用した再生可能なダイアログ創出方法だけを使ってみたら効果的であった という報告があり これをも是非参考にしていただきたい 協力していただいたルーマニア大学の学生 2 名を始め ワークショップ参加者皆様に感謝の意を表すと共に このワークショップが授業のヒントとなり 生きた会話を扱う事で講師自身も学ぶ事が多いこの教授法を より多くの方々が体験できるように願う 特に 近年必要性が問われている Can-do-Statements の 会話を使った項目に関し 場面シラバスの授業に CLL こそ このストラテジーを叶える一つの方法になりえよう 注. 1 発話意欲の促進 に貢献した例として 学習者に行ったアンケートに 話す調子がつかめた という回答があった また 筆者は CLL 以後 発話が積極的になった例を度々体験している 2 ダイアログ創出の具体的な進行は 上記 2.1 に記述した 3 この技能に関しては AJE 主催の第 14 回ベルリン日本語教育シンポジウムの実践発表で報告し この時に発表したダイアログは http://www.nihongo-no-wa.de/cll.htm にアップロードした 4 2002 年 5 月 31 日べルリン ブランデンブルグ教師会 (ELTAB-B) 主催 ベルリン市内の語学学校 David Berry Language にて Flyss Macgilchrist 講師により行われた CLL ワークショップでロシア語を使った CLL 授業で体験をした 筆者はこの前にも後にもロシア語に触れた事はない 5 L に行ったアンケートに 最初に大まかな文法構造を知ることができて良かった 先に学習する目標が見えて良かった などという肯定的な回答が 3 件あった 6 文法分析例の写真とアンケート結果は http://www.nihongo-no-wa.de/cll.htm にアップロードした 220
< 参考文献 > 岡崎敏夫 川田義一 才田いずみ 畠弘巳 ( 編 )(1992) ケーススタディ日本語教育 桜楓社, 50-53, 66-70,117 川田義一 横溝紳一郎 (2005) 成長する教師のための日本語教育ガイドブック ( 上 ) ひつじ書房, 103-105, 124-127 小島一江 (2009) コミュニティ ランゲージ ラーニングが話技能習得に与える効果 ヨーロッパ日本語教育 14 ヨーロッパ日本語教師会, 116-123 戸田貴子 (2008) 発音の達人 とはどのような学習者か 日本語教育と音声 くろしお出版, 66 Alan Maley Community Language Learning http://www.onestopenglish.com/section.asp?catid=59430&docid=146410 (26.7.2010) British Council Community Language Learning http://www.teachingenglish.org.uk/think/articles/community-language-learning (30.7.2010) Dr. Ghazi Ghaith Community Language Learning. http://members.fortunecity.com/nadabs/communitylearn.html (28.7.2010) Flyss Macgilchrist (2002) Community Language Learning. English Teaching Matters 3 :6-9 Sue Swift An ELT Notebook http://eltnotebook.blogspot.com/2007/02/community-languagelearning-part-one.html (20.7.2010) 221
ポスター発表
大学の専門講義を受ける準備のための日本語教材の開発初鹿野阿れ 徳弘康代名古屋大学 要旨日本語教材 留学生のための専門講義の日本語 は ある程度日本語の学習が進み 日本語の講義を受けたいという希望を持つ学生のために 専門的な内容の講義を受ける準備に使用できる教材となることを目的として 名古屋大学の各専門分野の教員と日本語教員の連携により作成された 開発する上で重視したことは できる限り実際の講義に近い形の素材を作成し それを日本語教育の視点から教材化するという点である そのため各専門分野の教員に協力を依頼しその監修の下 大学院生に学部の講義を模して模擬講義を行ってもらった 講義内容については日本人学部生が 1 2 年次に受ける基礎的内容の講義からトピックを 3 6 選んだ 分野は法学 政治学 経済学 教育学 心理学 数学 物理学 工学 ( 化学 生物 ) 工学 ( 機械 ) 工学 ( 土木 建築 ) 生命農学の 9 編である 本教材は これらの講義を撮影した DVD と 講義を文字化したものとその英訳 それに日本語教育的視点から解説を加えたものからなっている キーワード アカデミック ジャパニーズ 専門講義 ビデオ教材 1 背景日本では 英語で講義を行い 卒業単位が取れるコースを開設する大学が出てきている 日本語力を問われないため 非漢字圏の学生も在籍することが容易になってきた しかし 日本語力が問われないとはいえ 日本で生活するには日本語は必要である また より上級の日本語を学習を希望する学生もいるだろう このような留学生の日本語学習へのニーズは 二つに大別される (1) 日本で生活するための基礎的な日本語の習得 (2) 専門的な知識を得るために 日本語の講義が受けられる日本語の習得 または 将来日本で就職するための日本語の習得である ニーズ (1) については 既存の教材で対応できるが ニーズ (2) については まだ十分な教材があるとはいえず 基本的な日本語の知識しかない学生が 一般の日本語で行われる講義に参加することや日本で就職することは非常に困難である 近年アカデミック ジャパニーズの学習教材は増えている しかし 多岐にわたる専門的な講義を受ける ( 視覚情報も含む講義を聴く ) ことに重点をおいた教材はまだ少ない そこで 名古屋大学では 日本語の専門的な講義が聴けるようになるための準備的教材として 留学生のための専門講義の日本語 を開発した 2 本教材の概要と意義本教材を開発する上で重視したことは できる限り実際の講義に近い形の素材を作成し それを日本語教育の視点から教材化するという点である そのためには 専門講義を担当する教員との連携が不可欠である 日本語教育担当者は 日本語については専門的な知識を持っているが 専門講義の内容については素人である 学生が実際の講義を聴く上で真に役立つ教材の開発は 実際に講義を行っている教員との連携があって実現できる そこで 各専門分野の教員に協力を依頼しその監修の下 大学院生に学部の講義を模して模擬講義を行ってもらった 講義内容については日本人学部生が 1 2 年次 222
に受ける基礎的内容の講義からトピックを 3 6 選んでもらった 分野は法学 政治学 経済学 教育学 心理学 数学 物理学 工学 ( 化学 生物 ) 工学 ( 機械 ) 工学 ( 土木 建築 ) 生命農学の 9 分野 (9 編 ) である 本教材は これらの講義を撮影した DVD と 講義を文字化したものとその英訳 それに日本語教育的視点から解説を加えたものからなっている このような教材は過去にないものである 各専門分野の教員と日本語教員の協力 連携によって 9 分野にわたる DVD 付きの専門講義のための日本語教材を開発することができた 今後は さらに他分野の教員とも連携をし 日本語解説部分を改良して 学部学生のための実践的な教材を開発していくことが課題である 223
絵本を読んでみる によって日本語教育を考えてみる内川かずみハンガリーエトヴェシュ ロラーンド大学 (ELTE) キーワード 日本語教育観 本稿はある一冊の絵本解説書を軸に自分の現在の日本語教育観を記録したもので 授業における絵本の使用方法等について述べたものではない ( ポスター発表ではそれがうまく伝わらなかった時があったので ここでは初めにおことわりさせていただいた ) 絵本を読んでみる は 絵本業界を代表する絵本作家 五味太郎氏と 企画 編集 デザインで 350 冊以上の絵本 児童書に関わってきた小野明氏が 計 13 冊の絵本を隅々まで吟味し 様々な分野の知識 ( 伝統芸能 文学 東洋医学 教育 哲学 西洋美術 ) を引用しつつ 対談形式で語り合う という本である 私は日本語教師を本業とする傍ら 児童文学の翻訳に携わっているが ずっと その二つは相容れないものだと思っていた ( いろいろな理由があるが ここでは割愛させていただく ) それが この本を読んでから やはり自分の原点はどちらにおいても同じなのだ と気づくこととなった 例えば 五味太郎は うさこちゃんとうみ から ふわふわさん の きょうはさきゅうやかいのあるおおきなうみにいくんだよ いきたいひとだあれ? という言葉を引用し 人間の行動が 我 から出発すること ふわふわさん が自分の行動を表明した上で うさこちゃん の 我 を揺さぶる問いかけをすること 結果 うさこちゃん から あたしあたしがいくわ! というセリフが出ることを説いている 教師生活を経るにつれて私は まずは自分が教えたいと思う気持ちを大切にしたいと考えるようになった 五味太郎は同書で とりあえずおまえに関係なく オレは海に行くんだけど おまえ いっしょにどう? っていう誘い方が しゃれてるねえ という感じ と述べているが それに当てはめるなら とりあえずあなたたちに関係なく 私は日本語を教えるんだけど あなたたち いっしょにどう? というのがその極致である 自律学習の動機付けにはいろいろな形があると思うが 単に学習者に自律を呼びかけるようなやり方ではなく まずは自分が楽しみ 先生 楽しそうだな 一緒にやろうかな と思わせるような活動を目指したいと考えている また 五味太郎は同様に うさこちゃんとうみ から 水着がはけた うさこちゃん に対する ふわふわさん の おまえひとりではけたのかい? というセリフを絶賛し これ読んで しつけのおばさん が パンツはひとりではきましょう なんていったら この絵は全て崩れてしまう と述べている これは 柳坪 内川 (2009) の Can do statement に関する調査において一人の教師から発せられた ビタミンのことばかり考えていたら りんごはおいしくなくなってしまう という言葉と根本的に同じことである 発表においては 以上のようにいくつかの文を引用し 日本語教育との接点を述べた 研究と呼べるものではないが 考えをまとめる機会を与えていただいたことに感謝したい 224
< 参考文献 > 五味太郎 小野明 (1999) 絵本を読んでみる 平凡社ライブラリー 225
日本語教育における多様な作文指導形態へ対応した Web ベース作文支援システム山口昌也 棚橋尚子国立国語研究所 / 奈良教育大学 キーワード 作文支援システム 添削形態 作文分析形態 1 本研究の背景と目的従来の作文支援システムは 誤り個所を指摘するなど システムから学習者への指導が支援の中心であった それに対して 我々が開発したシステムは (1) 学習者同士の相互添削 (2) 学習者自身による作文への文章構造などのマークアップ (3) マークアップ結果と 教師の規定する作文規則を利用して作文をチェックする仕組みを取り入れている これらの仕組みにより 学習者の自発的学習が促進されるとともに 従来システムでは困難だった意味的内容に関する支援も可能となっている 我々は これまで本システムを L1 の作文教育に導入し 有効性を確認してきた ( 山口昌也ほか 2009) 本稿では 日本語教育で実践されている多様な作文指導形態に本システムを適用するための手法を提案する 2 多様な作文指導形態への対応手法本稿の提案手法では 作文指導の多様性として 添削形態 分析形態に焦点を当てる まず 日本語教育における作文教育では 教師が添削するだけでなく ピアレスポンスにおける学習者同士の添削や 学習者と L1 学生の相互コメント活動が行われる さらに 添削者自体の多様性だけでなく 学習者は海外 添削者は日本といったような位置的関係も多様である 提案手法では このような添削形態の多様性に対応するために Web ベースのシステムであることと 上記 (1) の機能を用いる 添削方法としては 添削者が該当個所にマークアップし 作文とは別のページに電子掲示板 (BBS) と類似した形式で添削内容を書き込む そのため 位置的関係に制約されることなく 複数の添削者 被添削者が Web 上で議論できる 次に 分析形態の多様性に対しては (a) 学習者の作文や L1 学生による添削を教師が効率的に評価するのを支援する仕組み (b) 複数の教師が行った添削の分析を支援する仕組みを導入する (a) に対しては 作文 添削結果を検索する機能や 添削時に付与された添削種別 ( 例 : 文法誤り 説明不足 ) を集計するための機能などを提供する (b) に対しては 複数の教師が同一の作文を添削し 他の教師との添削個所 内容の差異を分析するための機能などを用意する < 参考文献 > 山口昌也ほか (2009) 相互教授モデルに基づく学習者向け作文支援システムの実現 自然言語処理 vol.16 No.4 pp.65-89 ( システムは,http://www.teachothers.org/ で公開 ) 226
日本語の作文クラスにおける描写的な表現練習の試み 伊藤誓子日本女子大学 キーワード 描写する 場面文 表現練習 上級レベル 留学生 1 目的と方法大学生活では 人との関わりも増え 自然な日本語を使う状況も多くなる しぐさや情景などを描写し 伝える技術が必要となるが 留学生の日本語学習においては学ぶ機会も適当な教材も多いとは言えない そのためか アカデミックな日本語を書く技術をかなり備えた学生であっても経験したことや視覚的に捉えたことが伝えきれていないと見受けられることが多い そこで 上級レベルの作文練習として 場面を 描写する 項目をシラバスに組み込むことにした その方法と誤用の傾向を提示した 主な授業の流れ : 教師が複数の場面 ( 絵 ) を用意し 学生に配布する その際 各自または グループごとに異なった絵を使う 学生は 絵の場面を文章で描写する ( 場面文 ) 文章のみを学生同士が互いに交換し 他の学生の書いた文章から読み取れる絵を簡単に描く 文章については教師が添削し 返却時に他の人が描いた絵も添える 分析対象は作文 40 編である 絵はインターネットの無料サイト及び 日本語文章能力検定過去問題集 内の設問にあるイラストを使用した 描写する文章のポイントとしては 場所や物の配置 人物の様子 所作 物やことがらの様子 に焦点を当てた 2 結果と考察分析の結果 誤用の傾向は以下である 1. 人や物の位置や移動の方向を表そうとするとき 一文内に様々な表現を入れようとしたために間違いが生じる 文頭と文末の呼応 接続表現などが問題となる 2. 自他動詞 助詞 いる と ある の混同 使役形 アスペクト等のミスが目立ち 基本文法が実際の場面で使いこなせない実態が見える 3. 語彙のニュアンスや慣用表現の知識不足により 不自然な言葉遣いとなる 一連の練習効果としては 既習文法や語彙についての問題点が学習者自ら検証可能となり その後の目標を絞り込むことができ 幅広い表現力養成に役立つと考える 今後は更に描写練習を工夫して作文活動に組み入れ その誤用分析から上級レベルの表現力に必要な項目の検討も進めていきたい < 参考文献 > 平井昌夫 (2003) 何でもわかる文章の書き方百科 三省堂. 山梨正明 (2009) 認知と表現, 糸井道浩 半沢幹一編 日本語表現を学ぶ人のために pp. 21-45, 世界思想社. 227
ヨーロッパ日本語教師会 ( 公益社団法人 ) Association of Japanese Language Teachers in Europe(AJE)e.V. 本会はヨーロッパ各国において日本語を第一言語としない者に対する日本語教育の振興とヨーロッパと日本の相互理解を深めることを目的とする そのために欧州各国の日本語教育の現状を把握し 情報交換や教師間の相互協力を図るべくネットワークを確立 ヨーロッパにおける日本語教育の発展のために努力する 主な活動内容 ヨーロッパ各国日本語教師間のネットワークの確立 ヨーロッパ日本語教育シンポジウムの開催 日本国内及びヨーロッパ外の日本語教育関係機関とのネットワーク形成 ヨーロッパの日本語教育事情に関する資料 情報などの収集 整理及び提供 ヨーロッパにおける各種研修会への協力 ニュースレター その他の刊行物の発行 会員 個人会員この会の目的に賛同する個人賛助会員この会の目的を支援する個人または法人 会費 < 会計年度 :1 月 1 日 ~ 12 月 31 日 >( 単位 : ユーロ ) 入会金 ( 個人会員 ) 20 年会費 ( 個人会員 ) ヨーロッパ内 : 30 ヨーロッパ外 : 60 ( 賛助会員 ) 500 入会申し込み ホームページ : http://www.eaje.eu/ 参照 問い合わせ Mrs Suzuko Anai e-mail: sanai@brookes.ac.uk Dept of Modern Languages fax: +44-(0)1865-483791 School of Arts and Humanities Oxford Brookes University Gipsy Lane, Headington Oxford OX3 0BP 228