上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 84. ITAM 受容体の免疫生理学的機能の解明 原博満 Key words:itam, 自己免疫疾患, 感染防御, CARD9,CARD11 佐賀大学医学部分子生命科学講座生体機能制御学分野 緒言 Immunoreceptor tyrosine-based activation motifs (ITAMs) は, 獲得免疫を司るリンパ球抗原レセプター (TCR/ BCR) や,Fc 受容体, 活性化型 NK 細胞受容体に共通に見られるシグナル伝達に必須のモチーフであるが, 最近の研究により, 自然免疫をの中心となるマクロファージや樹状細胞なども ITAM を介して活性化シグナルを伝える多種多様な受容体 (ITAM 受容体 ) を発現しており, これらが病原微生物に対する感染防御や自己免疫疾患の発症に関わることが明らかとなってきている. アダプター分子 CARD11 がリンパ球系細胞の ITAM 受容体を介した活性化に必須であるのと対照的に, 樹状細胞やマクロファージ等の骨髄系細胞が発現する ITAM 受容体を介した活性化シグナルは, 別のアダプター分子 CARD9 が必須の役割を演じる 1). しかし, この骨髄系 ITAM 受容体ー CARD9 を介する活性化経路の感染防御や自己免疫疾患発症への関与はいまだ十分に検討されていない. そこで,CARD9 欠損マウスを用いて, 病原微生物の感染実験および自己免疫疾患のマウスモデル実験を行い, 骨髄系 ITAM 受容体を介するシグナルの免疫生理学的役割の解明を試みた. 方法 1. 寄生虫感染防御における CARD9 シグナルの役割 CARD9 欠損マウスおよび対照の野生型マウスから調製した腹腔マクロファージまたは骨髄由来マクロファージを,in vitro において Leishimania major に感染した際に誘導される炎症性サイトカインの産生量を比較した. また,CARD9 欠損マウスと野生型マウスに L. major を足蹠皮下接種し, その経過を観察すると共に, 感染局所および所属リンパ節の免疫学的および組織病理学的解析を行った. 2. 自己免疫疾患における CARD9 シグナルの役割 CARD9 の関節リウマチ, 多発性硬化症, 炎症性腸疾患への関与を明らかにするため, 多発性硬化症のモデルとして MOG(myelin oligodendrocyte glycoprotein) を免疫することで誘導する自己免疫性脳脊髄炎 (EAE), 関節リウマチのモデルとして typeii コラーゲンで免疫することで誘導するコラーゲン誘導性関節炎 (CIA), 潰瘍性大腸炎のモデルとしてデキストラン硫酸ナトリウム (DSS) 誘導大腸炎の試験を Card9 欠損マウスを用いて行った.EAE, CIA は, 発症率と病態のスコア,DSS 大腸炎は体重減少を測定した. また, 炎症部の組織の病理解析, およびサイトカイン / ケモカインの発現を解析した. また, MOG, コラーゲン皮下接種後の所属リンパ節のリンパ球を取り出し, ヘルパー T 細胞の分化を,T 細胞刺激後の IFNg(interferon γ) や IL17(interleukin17) の産生を測定することにより解析した. 結果および考察 1. 寄生虫感染防御における CARD9 シグナルの役割 in vitro で L. major を感染させた際に誘導される TNF-α などの炎症性サイトカインの産生を調べた結果,CARD9 欠損樹状細胞やマクロファージでは著しく低下することを見いだした ( 図 1 a). また,L. major の足蹄皮下感染実験において,CARD9 欠損マウスは, 感染 4 週目での足蹄の腫脹, および Th1 誘導に異常は見られないが, 感染初期 (2 ~ 3 週 ) の足蹄の腫脹が野生型マウスと比較して明らかに減少した ( 図 1 b). 感染 2 週目に採取した CARD9 欠損マウスの足蹠およびリンパ節中の虫体数はコントロールマウスと同等であったことから,CARD9 欠損マウスの感染局所で見られる腫脹の減少は免疫反応の亢進 1
による虫体数の減少に起因するものではないと考えられた. 足蹠浸潤細胞を解析したところ, その殆どは好中球であり,CARD9 欠損マウスでは浸潤細胞数の著しい減少が認められた. さらに,CARD9 欠損マウスの足蹠炎症組織では, 好中球走化性因子である IL-1 や MIP-2 の発現低下が観察された. 従って,CARD9 を介する自然免疫活性化機構は, 感染初期における炎症の大きさをコントロールしていると考えられた. 以上より,CARD9 が媒介すると考えられている何らかの ITAM 受容体が, 自然免疫系による原虫の感知に関与している可能性が示唆された. 今後はこの受容体の同定を試みていく予定である. 図 1. CARD9 欠損マウスを用いたリーシュマニア感染試験. a. 野生型 (WT) および CARD9 欠損マウス (Card9 -/- ) 由来の骨髄由来樹状細胞を in vitro にて L. major 原虫に感染させ,2 日後の培養上精中の TNF-α の産生量を測定した.b.WT コントロール,CARD9 欠損マウス, および Balb/c マウスの足蹠皮下に 5x10 6 の L. major を接種し, 足蹠の腫脹をモニターした.*p<0.05, ***p<0.005 2. 自己免疫疾患における CARD9 シグナルの役割 1コラーゲン誘導性関節炎 (CIA) の発症率, スコアとも WT コントロールに比べ CARD9 欠損マウスは著しく減少し, 関節への細胞浸潤や骨破壊も殆ど起こらないことが判った ( 図 2 a-e). 2CARD9 欠損マウスは, 実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) の発症率が著しく減少し, スコア, 脱髄の状態など, 全てにおいて軽減することが判った ( 図 3 a,b). 3CARD9 欠損マウスはデキストラン硫酸ナトリウム (DSS) 投与によって誘導される大腸炎による体重減少が有意に軽減し ( 図 4 a),wt で見られる明らかな大腸の潰瘍も殆ど観察されなかった ( 図 4 b). 12に関しては,MOG ペプチドあるいはコラーゲン免疫後の所属リンパ節での Th17 の初期分化が CARD9 欠損マウスでは著しく減少することが観察され, この Th17 分化の減少が疾患の誘導に耐性となる原因である可能性が考えられた ( 図 2 f,3 c).3 に関しては, 炎症局所での IL-23 や IL-17A の産生が著しく抑えられていたことから ( 図 4 c), やはり Th17 の分化誘導不全が原因であると考えられたが, 詳細なメカニズムについては検討中である. 2
以上より,CARD9 を介するシグナル経路が自己免疫疾患の発症や病態に重要な役割を演じていることが示唆された.CARD9 の欠損はあらゆる炎症反応を抑えることから, 共通の重要な炎症促進機構に CARD9 が関わっていることが予想された. 今後 はまず, その機構が ITAM を介したものであるか否かを明らかにしていく予定である. 図 2. CARD9 欠損マウスはコラーゲン誘導関節炎 (CIA) に耐性である. TypeII コラーゲンを完全フロイントアジュバントと共に WT および CARD9 欠損マウスの皮下に接種し,3 週間後同様の免疫 (boost) をした後の関節炎の発症と病態を観察した.a.CIA の発症率.b.CIA の重症度のスコア.c.CIA 誘導後 (Day21) の足蹠腫脹の外観.d.CIA 誘導後の足蹠の病理像 (H&E 染色 )e. レントゲン写真 ( 矢印は骨破壊の顕著な部位,KO では見られない.).f. コラーゲン免疫後の所属リンパ節での Th17 分化の比較. リンパ節より CD4T 細胞を単離し,TypeII コラーゲン (CII) をパルスした WT 脾臓細胞と培養し上清中の IL-17 を測定した. 3
図 3. CARD9 欠損マウスは自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) に耐性である. WT および CARD9 欠損マウスに MOG(myelin oligodendrocyte glycoprotein) を完全フロイントアジュバントを用いて免疫し, 百日咳毒素を投与して EAE を誘導した.a.EAE の発症率.b.EAE の重症度のスコア (0 点, 症状なし ;1 点, 尾の麻痺 ;2 点, 後肢の麻痺 ;3 点, 前後肢の麻痺 ).c.mog 免疫後 7 日目の所属リンパ節の Th17 分化の比較. リンパ節より採取した CD4T 細胞を MOG をパルスした WT 脾臓細胞で刺激し, 培養上清中の IL-17 を測定した. 4
図 4. CARD9 欠損マウスは DSS 大腸炎が軽減する. WT および CARD9 欠損マウスに 1.5% デキストラン硫酸ナトリウム (DSS) 水を給水させて潰瘍性大腸炎を誘導した. a.dss 投与後の体重変化.b.DSS 投与後 9 日目の大腸の病理写真 (H&E 染色 ).WT では見られる潰瘍が CARD9 欠損マウスでは見られない.c.DSS 投与後 9 日目の大腸から RNA を採取し,real-time PCR 法にてサイトカイン (TNFα,IL-23,IL-17) の産生を比較した.*p<0.05, ***p<0.005 考察 本研究の共同研究者は, 佐賀大学医学部分子生命科学講座生体機能制御学分野の吉田 則である. 裕樹, 中谷真子および山崎雅 文献 1) Hara, H. & Saito, T.: CARD9 versus CARMA1 in innate and adaptive immunity. Trends. in immunol., 30: 234-242, 2009. 5