第 5 章核生成と相形態 目的 相変化時の核生成の基本を理解するとともに, 相形状が種々異なる理由を物理的観点から認識する. 5.1 核生成と成長 5.1.1 均一核生成 5.1. 不均一核生成 5.1.3 凝固 相変態 5.1.4 TTT 線図 5. 相形態 5..1 界面エネルギーと相形態 5.. 組織成長 演習問題 5.1 核生成と凝固 5.1.1 均一核生成 (homogeneous nucleation) 相変態 (phase transformation) 核の形成と成長による異なる相への変化 融点 T M から T だけ冷却され, 液相中に半径 r の球形の固相が生成したとする. 相変化の駆動力は, 図 5.1に示す液相と固相の自由エネルギー差 G であり,1 個の固相生成あたりでは 4 πr 3 G (5.1) 3 一方, 固相の生成には1 個あたり次の表面エネルギーが消費される. 4πr γ (5.) 図 5.1 液相と固相の体積自由エネルギー曲線
したがって, 全自由エネルギーは 4 3 G T = 4πr γ πr G 3 (5.3) 全自由エネルギーは r=r* において最大値 G T * に達した後,r が大となるにつれて低下する ( 図 5.). すなわち,r が r* より小さければ固相は消滅 ( 再溶融 ) しようとし, 大きければ成長して全自由エネルギーを低下させる. r* 以上の固相を核 (nucleus), また G T * を核生成の活性化エネルギー (activation energy) と呼ぶ. 図 5. 核の半径と自由エネルギーの関係 液相中に生じた原子の揺らぎ ( エネルギーの分布 ) によって, G T * を超えて集団化した原子が r* 以上となれば核となる. 式 (5.3) を r で微分し, r* および G T * を求めると, 3 * γ * 16π γ r =, GT = G 3 G (5.4) 過冷度 T が大きいほど, 上式中の G は大となる ( 図 5.1). このことは, 冷却速度が大きいほど核生成が容易となることを意味する. 実際, 溶融金属を急冷した方が微細組織となる ( 図 5.3). 以上では, 液相中での固相の核生成を考えたが, 同素変態等 ( 固相中での固相の核生成 ) の場合も, 考え方はまったく同じである. 図 5.3 過冷度と組織の関係
5.1. 不均一核生成 (heterogeneous nucleation) 液相中には, 不可避的に不純物の固体粒子が含まれている場合が多い. また固体の場合, 表面, 結晶粒界および転位など, エネルギーが高い場所が多く存在する. この場合, 核生成はより容易かつ場所的に不均一に生ずる. 例として, 触媒 ( 固体 ) 上に液相から固相が核生成した場合を考える ( 図 5.4). その際, 液相と固相間の界面エネルギー等を γ SL のように記述する. γ CS <γ SL の時, 固相は液相と接触するより, 触媒と接触した方が全界面エネルギーを低下させることができる. これにより, 式 (5.3) の第 1 項 ( 界面形成に消費されるエネルギー ) を低下させることができ, より大きな相変態の駆動力が得られる. 結果として, 核生成が容易となる. 図 5.4 不均一核生成 5.1.3 凝固 (solidification) 相変態 拡散相変態 (diffusional transformation) 凝固に限らず, 生成した新しい相の核は, 原子拡散に基づいて成長する. 結晶の核に突起ができると, 過冷度が大であるためその部分の成長速度が大きくなり, 樹枝状晶 (dendrite) として発達する ( 図 5.5). その後, 樹枝間を埋めるように新たな相が成長する. ミクロ偏析 (micro-segregation) 樹枝部分は比較的純度が高く, 不純物は樹枝間に集められる ( 機械的性質の劣化を招く ). このような, 同一相内の組織不均一性をミクロ偏析という. 図 5.5 樹枝状晶の成長
凝固 相変態速度凝固 相変態速度は,( 核生成速度 ) ( 核成長速度 ) により決定される. 核生成速度 : 核成長速度 : 温度を急速に低下させるほど, 相変化の駆動力, すなわち図 5.1の液相と固相 ( あるいは異種固相間 ) の自由エネルギー差 G は大となり, 核生成は容易となる. 一方, 温度が低下するにつれて, 原子拡散は困難となり, 核成長速度は低下する. 結果として, 図 5.6に示すように, 温度と凝固 相変態速度の関係はある温度で最大値をとる凸形状となる. このことは, 次節で説明するように,TT T 線図の形状を決定する. 図 5.6 凝固 相変態速度の説明図 5.1.4 TTT 線図 (time-temperature-transformation diagram) TTT 線図時間, 温度および相変態をまとめて記述した線図であり, 時間軸が存在する点が平衡状態図と大きく異なる. TTT 線図の形は, 温度と凝固 相変態速度の関係を 90 回転させると理解できる. 凝固 相変態の速度が大であれば, 凝固 相変態は短時間で終了する. そのため,TTT 線図は左に出張った形となり, 凝固 相変態速度が最大となる温度でノーズができる. 図 5.7 凝固 相変態速度と TTT 線図の関係
TTT 線図に基づいて, 高温で安定な β 相から, 室温で安定な α 相への変化を考える. なお β 相を液相, α 相を固相と読み替えれば, 同じ概念を用いて凝固に対する考察を与えることとができる. 図 5.8 冷却速度と TTT 線図の解釈 Case 1 冷却時にノーズ左側を通過する場合安定な β 相温度域から相変態することなく不安定な β 相のまま室温に達する. 液相から固相への変化の場合には, アモルファス ( 非晶質,amorphous) と呼ばれる液体が固体化した状態になる. Case ノーズをかすめる場合室温で安定なα 相の核生成 成長が一部に生じるが, 残りの部分は不安定な β 相のまま残留する. Case 3 TTT 線図上側の凝固 変態開始線および終了線を通過する場合凝固あるいは変態が100 % 生じ, 全て安定な α 相となる. なお,TTT 線図下側の凝固 変態開始線および終了線は, 低温側から高温側へ通過する場合を示しており, 上側から通過する場合に再変態することを意味するものではない.
5. 相形態 5..1 界面エネルギーと相形態界面エネルギー結晶粒界や第 相との界面 ( 表面も含む ) には, 原子配列の乱れや欠陥が存在するため, 欠陥を含まない単結晶の場合よりもエネルギーが高い状態となる. すなわち, 結晶粒界などは界面エネルギーを有する. 次元的に見た時, 力 Fを加えて l だけ界面を延長した時, 外からなした仕事はF l である. この仕事は新たな界面を作るために消費され, 相間の界面エネルギーを γ で表すと, 全界面エネルギーはγ l だけ増加する ( 奥行き方向は単位長さ ). したがって, F = γ (5.5) 換言すれば, 界面エネルギーが存在する場合, 界面はゴムのように縮んでエネルギーを低下させようとする. 図 5.9 界面エネルギーの説明図 結晶粒界 ( 図 5.10(a)) 粒界の界面エネルギーは同じであるから, 粒界はそれぞれ角度 10 をなす. 粒界の第 相 ( 図 5.10(b)) 界面張力の釣合いの式 (5.6) により, 広がり方が決定する. γ αα = γ αβ cosθ (5.6) 粒内の第 相界面エネルギーが等方的なら, 第 相は球状となる ( 図 510(c)) 5.10(c)). 界面エネルギーがある方向で低い場合, その方向に優先的に成長し, 板状になる ( 図 5.10(d)). 図 5.10 相の形態
5.. 組織成長 温度を比較的高温で一定とした際に, 半径が r 1 および r の粒子が合体して半径 r の粒子になる場合を考える. 界面エネルギーは γ である. 合体の駆動力は, 全界面エネルギーの変化である. すなわち, G = 4π π γ ( r r 1 r ) (5.7) 図 5.11 析出粒子の粗大化 一方, 体積は保存されるから, 4 3 4 3 4 πr = πr1 + πr 3 3 3 (5.8) 以上の 式より, 3 r = 4π 3 1 r1 G γr + 1 + 1 (5.9) r r r 1 /r <1であれば G<0となり, 粒子の粗大化は容易に生ずる. 特に, 界面エネルギーが高い場合および粒子間の半径差が大きい場合には顕著となる. 3 以上の事柄は, 結晶粒等の組織の成長 粗大化に対しても考え方は同じである ( 図 5.1). 図 5.1 組織の粗大化
5 章演習問題 問題 1 図 5.13 に, ある合金系の TTT 線図を示す. これについて, 以下の問に答えよ. (1-1) TTT 線図の形を温度と凝固 相変態速度の関係から説明せよ. (1-) 図に示す経路で冷却した場合相変化と最終的に生成する相について説明せよ. (1-3) 上記の場合, 組織が微細となる. その理由を説明せよ. 問題 サイダーにチョークの粉を入れると, 急速にあわ立ちすぐに気が抜けてしまう. これはなぜか説明せよ. 図 5.13 TTT 線図 問題 3 図 5.14 に示すように, つの異なる相が, 互い違いに層状の組織を形成している場合について, 両層間の界面エネルギーに関し, 考察せよ. 5 章演習問題解答 図 5.14 層状組織 問題 1 (1-1) 5.1.4 節参照,(1-) A 点まではβ 相のままであるが,B 点に至るとα 相が析出を開始し, さらにC 点で100 %α 相に変態する.(1-3) 温度が低いと核生成の駆動力が大きく, 多数の核が生成するため, 組織が微細化する ( 図 5.6). 問題 通常の炭酸ガスのあわ立ちは均一核生成による. しかしながら, チョークの粉を入れると, これが触媒として働いて不均一核生成が生じ, 炭酸ガスの発生が容易となるためである. 問題 3 両相では, ある方向の界面エネルギーが低いため, 層状組織を形成していると考えられる.