肺アスペルギルス症 ( 特にアレルギー性気管支肺アスペルギルス症 )(151127) 症例の勉強会で最終診断が肺アスペルギルス症であった 肺アスペルギルス症について復習 肺アスペルギルス症は空中浮遊真菌であるアスペルギルス属の経気道的侵入によって生じる肺疾患の総称で 呼吸器科が扱う真菌症の中でも頻度の高い疾患である 1) 欧米においては 全人口の約 1% が真菌の吸入により呼吸器症状を呈すると考えられている ABPA( アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 ) に限っていえば喘息患者全体の 1 から 2% を占め 発作を繰り返す重症喘息に限るとその頻度はさらに増加することが報告されている 宿主の気管支 肺の状態 免疫状態や医原性要因によりさまざまな病型を取り得る アレルギーが関与するアレルギー性気管支肺アスペルギルス症 (allergic bronchopulmonary aspergillosis:abpa) 好中球減少状態にあることにより播種を来す侵襲性肺アスペルギルス症 (invasive pulmonary aspergillosis:ipa) 一方慢性経過をたどる 慢性肺アスペルギルス症 (chronic pulmonary aspergillosis:cpa) の 3 型に大きく分類される 1) 正常の免疫能を有する健常人では気道に到達した Aspergillus は容易に排除されるが免疫能に問題がある場合は様々な呼吸器疾患が発生する可能性がある 免疫不全状態の患者においては感染症である菌球型アスペルギルス症や慢性壊死性肺アスペルギルス症 侵襲性肺アスペルギルス症などが発症する 一方 アトピー素因を有する喘息患者において発症するのがアレルギー性呼吸器疾患のアレルギー性気管支肺アスペルギルス症 (allerglc bronchopulmonary asperglllosls:abpa) である アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 アスペルギルス属に反応して誘発される気道の炎症性破壊を伴う肺の過敏性疾患 1) A.fumigatus:Af が主な原因となる 1) 他の真菌 (Candida albicans Penicillium rubrum Fasarium vasinfectum Schizophyllum commune( スエヒロダケ ) など ) でも同様の病態が起こることが知られており ABPM(allergic bronchopulmonary mycosis) と総称される ABPM では ABPA と比べ 喘息の合併率は低く 重症度は比較的軽く 好酸球増多や血清総 lge 上昇も一般に軽度とされている 3) 現在 アスペルギルス以外の真菌の血清学的な診断は一般診療では行えず また指標となる診断基準がないことから 臨床像画像所見が ABPA と類似し 血清学的にアスペルギルスへのアレルギー検査で陽性とならない症例を ABPM としているのが現状である 4) アスペルギルスに感作された喘息患者において 下気道にアスペルギルスが腐生すること
により IgG 抗体も産生されⅠ 型アレルギーだけでなくⅢ 型 IV 型アレルギー反応も来す疾患とされている 1) 喘息患者に特有の粘稠な喀疾と閉塞した気道中に Af が定着増殖し 患者がアトピー素因を有するため Af 特異的 IgE 抗体が産生されⅠ 型アレルギー機序により喘息が増悪する また IgG 抗体も産生されⅢ 型 一部 IV 型アレルギーも関与し 組織破壊が特に菌糸が充満しやすい中枢気道に起こるため 末梢気管支か正常の中枢性気管支拡張が発症する Ⅰ 型 III 型または IV 型アレルギーがその基礎病態であり 基本的に感染症ではない 3) 病態は 喘息 + 好酸球増加 + 肺浸潤影 + 中枢性気管支拡張とまとめられる 3) なぜ一部の喘息患者の気道にだけ定着するのかはいまだに完全には解明されていない 症状としては全身倦怠感 発熱 喘息発作時に褐色の比較的固い粘液栓子の喀出が見られる 1) 頻度の高い症状としては 38 度を超えない微熱 喘鳴 咳漱 喀痰などがあり 血痰を伴うこともある 粘液栓子の喀出は 注意して問診すればかなりの頻度で認められ 本症を示唆する重要な症状である 患者には 明らかに固形物と認識できる成分を有する喀痰 というきき方をするとよい 炎症に伴う全身症状として 発熱 体重減少 食欲不振などがある また気道症状として 咳 発作性呼吸困難 ( 気流制限 ) の反復 茶褐色粘液栓子の喀出 血痰などがあげられる 3) ( 参考文献 2 より引用 ) 早期例や非典型例などではこれらの基準を満たさない場合も多い 1) 血液検査では 末梢血好酸球数が増加する 総 IgE は増加し 病勢を反映する アスペルギ ルスに対する IgE 抗体や沈降抗体が陽性 皮膚テストでは アスペルギルスに対する即時型
皮膚反応 ( ブリックテスト 皮内テスト ;15-30 分で判定 ) や Arthus 型皮内反応 (4-8 時間で判定 ) が陽性である 3) 全身的ステロイド剤の投与なしで血清総 IgE 値が正常値以下の際は活動性の ABPA は否定的であるとされ 診断基準にも盛り込まれている しかし ABPA 診断のための至適な cutoff 値に関しては 417 IU/ml 1,000 IU/ml など意見が分かれる 4) 喘息を合併しない ABPA は従来から認識されており 喘息の存在は ABPA を強く疑う所見ではあるが必須ではないことを理解すべきである 2013 年には ISHAM(the international society for human animal mycology) が新しい基準を提唱した この基準ではいままで必須とされていた気管支喘息は発症しやすい状態 (predisposing conditions) として嚢胞性線維症と併記され 必須項目としてはアスペルギルスに対する即時型皮膚反応または A.fumigatus 特異的 IgE 抗体陽性血清総 IgE>1,000 IU/ml が挙げられそれに加え その他 A.fumigatus に対する沈降抗体または IgG 抗体陽性など 3 項目中 2 つを満たすことで診断可能としている さらに検証の余地はあるが現在最も実践的な診断基準であろう 4) ( 参考文献 4 より引用 ) 胸部 X 線写真では上中肺野を中心移動性ないし固定性の浸潤影 無気肺 気管支壁の肥厚や拡張が認められ 気管支内の粘液栓が棍棒状陰影として認められ gloved finger sign と呼ばれる 胸部 CT では 中枢性気管支拡張は嚢状か静脈瘤状であることが多い 1) 喘息のみでは胸部 X 線で肺野の異常陰影は原則として認められず 喘息患者の胸部 X 線で異常陰影を認めた場合には先ず ABPA を念頭に置く必要がある ABPA の胸部異常陰影は 中枢性気管支拡張とそこに充満する粘液栓による mucoid impaction および末梢の好酸球性肺炎からなる
肺野には移動する好酸球性肺炎による浸潤影が認められることがある 浸潤影は反復したり 移動したりすることが特徴である 喀痰からは アスペルギルスが検出されることがあり また好酸球増多もみられる 3) 胸部 CT は中枢性気管支拡張の診断に有用であり 縦隔条件では高濃度領域を有する粘液栓 (high attenuation mucoid impaction) が認められることがある 気管支洗浄で 好酸球 シャルコーライデン結晶 菌糸が確認できれば診断的価値は高い 機序は不明であるが mucoid impaction を有する ABPA では血清中の CEA が上昇することがある 喀疾検査は診断に必須とはされず あくまで補助的な検査とされている 陽性率は 39~60% といわれている 4) 陰影が上葉優位で 時に空洞を合併するため 肺結核と誤診されやすいことが知られている 治療法は 2008 年 IDSA ガイドラインにおいてステロイド薬とイトラコナゾール (ITCZ) を併用して行うことが推奨されている 1) ABPA は本来 Af を原因とするアレルギー性呼吸器疾患であり その治療の基本は抗真菌薬ではなく 全身性のステロイドホルモン投与である 最近のメタアナライシスでは 標準的なステロイド治療とアゾール系抗真菌薬であるイトラコナゾールの併用が ABPA の一部の症例に有効である可能性があると結論づけられている 近年 ABPA で肺アスペルギローマ 慢性壊死性肺アスペルギルス症の合併が見られる症例が報告されている また β-d グルカンが疾患活動性を反映する症例があるなど ABPA が必ずしも純粋なアレルギー反応のみによる病態ではなく 感染症の要素もあると考えられるようになってきており イトラコナゾール ( 抗真菌薬 ) 併用の有用性も最近のガイドラインでは示されている 3) 近年 米国感染症学会のガイドラインでは早期の抗真菌剤の投与が勧められている しかし 早期導入は evidence に乏しく また菌耐性化などの問題を含んでいる 本邦で本年度に感染症学会から発表されたガイドラインでは抗真菌剤の導入時期は明記されていない その他 ボリコナゾーノレポサコナゾールなど新規抗真菌剤の効果はさらなる検証が待たれる 4) 総 IgE が高値でなく使用可能な場合には 抗 IgE 抗体 ( ゾレア )) も効果を示すことが報告されている 3) 現在ステロイド剤の至適投与量に関する臨床試験が終了しており その結果が待たれる (NCTOO974766) 4) 現在抗真菌剤単剤療法とステロイド療法のランダム化試験も行われ 結果が待たれる (NCTO1321827) 4)
Agarwal らは ABPA-S 症例にブデソニド / ホルモテロールを投与された症例を検討し 症状に変化なく 血清総 IgE はむしろ治療導入後に増加したことを報告している ABPA に対する初期の吸入ステロイド療法は慎重に適応を検討する必要がある 4) 本症は基本的には予後良好な疾患であるが治療の遅れにより不可逆的な肺機能異常が進行するため 確診にいたることができない場合でも 臨床的に ABPA と診断すれば現状では副腎皮質ステロイド薬の全身投与を開始し 自覚症状 胸部 X 線所見などの反応をみるべきである 喘息の患者で胸部の陰影を認めた場合には想起したい 発作を繰り返すような重症例では一 度チェックしてみてもいいのかもしれない 参考文献 1. 加賀亜希子, 塩野文子, 金澤實. 肺アスペルギルス症. 日本胸部臨床 73(6): 676-682, 2014. 2. 松瀬厚人, 河野茂. アレルギー性気管支肺アスペルギルス症. 呼吸 32(1: 1188-1193, 2013. 3. 中込一之, 永田真. アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 好酸球性肺炎. アレルギー 60(: 156-166, 2011. 4. 小熊剛. アレルギー性気管支肺真菌症 (ABPM) の現状と問題点. 呼吸 34(: 149-154, 2015.