溶結凝灰岩を含む火砕流堆積物からなっている 特にカルデラ内壁の西側では 地震による強い震動により 大規模な斜面崩壊 ( 阿蘇大橋地区 ) や中 ~ 小規模の斜面崩壊 ( 南阿蘇村立野地区 阿蘇市三久保地区など ) が多数発生している これらの崩壊土砂は崩壊地内および下部に堆積しており 一部は地震時に

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熊本地震の緊急調査報告

写真 -1 南阿蘇村阿蘇大橋地区の斜面崩壊発生状況 ( 国際航業株式会社 株式会社パスコ撮影 ) 図 -2 平成 24 年九州北部豪雨災害時及び熊本地震時の土砂移動分布図 図 -3 平成 24 年九州北部豪雨災害時及び熊本地震時の土砂移動分布図 ( 阿蘇山外輪部の一部を拡大 ) 図 -2に示すとおり

平成 29 年 12 月 1 日水管理 国土保全局 全国の中小河川の緊急点検の結果を踏まえ 中小河川緊急治水対策プロジェクト をとりまとめました ~ 全国の中小河川で透過型砂防堰堤の整備 河道の掘削 水位計の設置を進めます ~ 全国の中小河川の緊急点検により抽出した箇所において 林野庁とも連携し 中

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Microsoft PowerPoint 「平成28年熊本地震活動記録(第17報) 案-2.pptx

2.2 既存文献調査に基づく流木災害の特性 調査方法流木災害の被災地に関する現地調査報告や 流木災害の発生事象に関する研究成果を収集し 発生源の自然条件 ( 地質 地況 林況等 ) 崩壊面積等を整理するとともに それらと流木災害の被害状況との関係を分析した 事例数 :1965 年 ~20

近畿地方整備局 資料配付 配布日時 平成 23 年 9 月 8 日 17 時 30 分 件名土砂災害防止法に基づく土砂災害緊急情報について 概 要 土砂災害防止法に基づく 土砂災害緊急情報をお知らせします 本日 夕方から雨が予想されており 今後の降雨の状況により 河道閉塞部分での越流が始まり 土石流

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第 7 章砂防 第 1 節 砂防の概要 秋田県は 北に白神山地の二ツ森や藤里駒ヶ岳 東に奥羽山脈の八幡平や秋田駒ヶ岳 南に鳥海山など 1,000~2,000m 級の山々に三方を囲まれています これらを水源とする米代川 雄物川 子吉川などの上流域は 荒廃地が多く 土砂の発生源となっています また 本県

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斜面崩壊と土石流 斜面崩壊 斜面崩壊が土石流化して, 甚大な災害を引き起こすことが地すべり多い 人家 (2009 年 7 月防府市豪雨災害 ) アジア航測撮影

4:10 防災科学技術研究所第 2 回災害対策本部会議を開催 各班による状況報告による情報共有等を実施 9:34 防災科学技術研究所第 3 回災害対策本部会議を開催 各班による状況報告による情報共有等を実施 11:50 防災科学技術研究所職員が熊本県庁 ( 熊本県災害対策本部 ) に到着 16:00

鹿児島大学 地域防災教育研究センター 平成28年度報告書

土砂災害対策の強化に向けて 提言 平成 26 年 7 月 土砂災害対策の強化に向けた検討会

第 7 章砂防第 1 節砂防の概要 秋田県は 北に白神山地の二ツ森や藤里駒ケ岳 東に奥羽山脈の八幡平や秋田駒ヶ岳 南に鳥海山など 1,000~2,000m 級の山々に三方を囲まれています これらを水源とする米代川 雄物川 子吉川などの上流域は 荒廃地が多く 土砂の発生源となっています また 本県の地

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土砂災害防止法よくある質問と回答 土砂災害防止法 ( 正式名称 : 土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関 する法律 ) について よくいただく質問をまとめたものです Ⅰ. 土砂災害防止法について Q1. 土砂災害は年間どれくらい発生しているのですか? A. 全国では 年間約 1,00

水防法改正の概要 (H 公布 H 一部施行 ) 国土交通省 HP 1

の設置に加え 崩壊斜面の周辺に伸縮計 地盤傾斜計等を設置し計測データによる監視を行うとともに 定点カメラによる視覚的監視を行っている なお 地震動や雨量 各観測計器に基準値を設け 基準値超過時の作業中止基準を定め運用している 2.2, 崩壊地内の無人化機械による施工崩壊斜面上部に残る不安定土砂の崩壊

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Microsoft Word 最終【資料-4】.docx

地盤の被害:斜面の被害

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火山活動解説資料平成 31 年 4 月 14 日 17 時 50 分発表 阿蘇山の火山活動解説資料 福岡管区気象台地域火山監視 警報センター < 噴火警戒レベルを1( 活火山であることに留意 ) から2( 火口周辺規制 ) に引上げ> 阿蘇山では 火山性微動の振幅が 3 月 15 日以降 小さい状態

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特集大規模自然災害からの復旧 復興 参考 警察が検視により確認している死者数 50 名 災害による負傷の悪化または避難生活等における身体的負担による死者数 106 名 6 月 日に発生した豪雨による被害のうち熊本地震と関連が認められた死者数 5 名建物被害全壊 8,360 棟, 半壊 3

( 熊本県防災情報メールサービスに関すること ) 熊本県危機管理防災課電話

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東日本大震災における施設の被災 3 東北地方太平洋沖地震の浸水範囲とハザードマップの比較 4

Microsoft PowerPoint - 参考資料 各種情報掲載HPの情報共有

地震発生後の九州地方整備局の活動 4 月 16 日の夜明け 本震の後に再度調査を実施しておりま す その際は 道路崩壊の調査 土砂崩壊の箇所の調査 被 災地に入るための安全ルートの確認等を実施しております 次に九州地方整備局の活動について紹介させていただき ます まず最初に地震発生後の初動体制につい

【集約版】国土地理院の最近の取組

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国土技術政策総合研究所 研究資料

SABO_97.pdf

平成29年7月九州北部豪雨の概要 7月5日から6日にかけて 停滞した梅雨前線に暖かく 湿った空気が流れ込んだ影響等により 線状降水帯 が形成 維持され 同じ場所に猛烈な雨を継続して 降らせたことから 九州北部地方で記録的な大雨と なった 朝倉では 降り始めから10数時間のうちに500ミリを 超える豪

新川水系新川 中の川 琴似発寒川 琴似川洪水浸水想定区域図 ( 計画規模 ) (1) この図は 新川水系新川 中の川 琴似発寒川 琴似川の水位周知区間について 水防法に基づき 計画降雨により浸水が想定される区域 浸水した場合に想定される水深を表示した図面です (2) この洪水浸水想定区域図は 平成

本ワーキンググループにおけるこれまでの検討事項

一太郎 10/9/8 文書

平成31年度予算概算決定額 森林整備事業 治山事業 林野公共事業 (平成30年度1次補正予算額5,199百万円 182, ,049 百万円 平成30年度第2次補正予算額 32,528百万円) 臨時 特別の措置 として31年度概算決定額44,128百万円を別途措置 対策のポイント 林業の成

目 次 桂川本川 桂川 ( 上 ) 雑水川 七谷川 犬飼川 法貴谷川 千々川 東所川 園部川 天神川 陣田川

Microsoft Word - 【河計】北陸管内における砂防部局の火山噴火対策の現状

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西日本豪雨 市民への緊急メッセージ 記者発表会 防災学術連携体幹事会 趣旨 防災に関わる56の学会ネットワークである防災学術連携体は 平成 30 年 7 月豪雨による西日本を中心とした豪雨災害に関して緊急集会を行い 地球環境の変化は自然災害として身近に迫っており 今後 夏後半から秋にかけては大雨が降

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あおぞら彩時記 2017 第 5 号今号の話題 トリオ : 地方勤務の先輩記者からの質問です 気象庁は今年度 (H 29 年度 )7 月 4 日から これまで発表していた土砂災害警戒判定メッシュ情報に加え 浸水害や洪水害の危険度の高まりが一目で分かる 危険度分布 の提供を開始したというのは本当ですか

(6) 災害原因荒廃渓流の源頭部にある0 次谷の崩壊は 尾根付近から発生している 尾根部は山腹斜面に比べ傾斜が緩やかであるが 記録的な集中豪雨 (24 時間雨量 312.5mm( 平成 30 年 7 月 6 日 6 時 ~ 平成 30 年 7 月 7 日 6 時まで ) 累積雨量 519.5mm(

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重ねるハザードマップ 大雨が降ったときに危険な場所を知る 浸水のおそれがある場所 土砂災害の危険がある場所 通行止めになるおそれがある道路 が 1 つの地図上で 分かります 土石流による道路寸断のイメージ 事前通行規制区間のイメージ 道路冠水想定箇所のイメージ 浸水のイメージ 洪水時に浸水のおそれが

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土砂災害防止法ホームページの改造について

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ハザードマップポータルサイト広報用資料

平成 29 年 7 月九州北部豪雨における流木被害 137 今回の九州北部における豪雨は 線状降水帯 と呼ばれる積乱雲の集合体が長時間にわたって狭い範囲に停滞したことによるものである この線状降水帯による記録的な大雨によって 図 1 に示す筑後川の支流河川の山間部の各所で斜面崩壊や土石流が発生し 大

平成 27 年度第 1 回状況説明 ( 要望 ) 活動 平成 27 年 8 月 3 日 ( 月曜日 ) 1 国土交通省 財務省 総務省 内閣府への状況説明 ( 要望 ) 活動について国土交通省へは 岡﨑高知市長と清水大洲市長を先頭に 国土交通省幹部及び関係部局へ状況説明 ( 要望 ) 書の手渡しと要

第 1 章熊本地震の概要 執筆 : 阿部直樹 ( 国立研究開発法人防災科学技術研究所 ) 1-1 熊本地震動の概要 2016 年 4 月 14 日 21 時 26 分頃 熊本県熊本地方の深さ約 11km を震源とする M6.5 の地震が発生し 熊本県上益城郡益城町において震度 7を観測した また約

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した 気象庁は その報告を受け 今後は余震確率の公表方法を改めることとしたという 2. 被害状況 被害要因等の分析 (1) 調査方針本委員会は 以下の調査方針で 被害調査と要因分析を行っている 1 極めて大きな地震動が作用し 多数かつ甚大な建築物被害が生じた益城町及びその周辺地域に着目して検討を進め

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中部電力グループ アニュアルレポート2012

火山ガスの状況 ( 図 8-5 図 9-4) 10 月 2 日 9 日 17 日 18 日 23 日に実施した現地調査では 火山ガス ( 二酸化硫黄 ) の 1 日あ たりの放出量は 500~1,700 トン (9 月 :90~1,400 トン ) と 概ねやや多い状態で経過しました 地殻変動の状況

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国土技術政策総合研究所 研究資料

避難勧告等の 判断 伝達マニュアル ( 土砂災害編 ) ひと 緑がかがやく田園と交流のまち 安全に安心して暮らせるまちの実現に向けて ( 概要版 ) 平成 26 年 9 月 1 日 北海道長沼町

の復旧状況に関する長期的な見通しを可能な限り明らかにしながら 復旧の段階に 応じた役割の分析を行う 5) 交通事業者ヒアリング調査沿線地域に関係する交通事業者 ( 鉄道事業者 2 社 バス事業者 2 社 タクシー事業者 2 社その他 ) に聞き取り調査を行い 定性的な利用特性や地域の公共交通の問題点

新潟県連続災害の検証と復興への視点

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2. 調査手法 Google 3. 調査結果 3. 1 概要.. 表 1 表 1 / / / /

新     聞:平成15年2月13日(木)夕刊以降解禁

リサーチ ダイジェスト KR-051 自然斜面崩壊に及ぼす樹木根系の抑止効果と降雨時の危険度評価に関する研究 京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻特定教授杉山友康 1. はじめに 鉄道や道路などの交通インフラ設備の土工施設は これまでの防災対策工事の進捗で降雨に対する耐性が向上しつつある一方で

国土技術政策総合研究所 研究資料

目次 1. はじめに 1 2. 協議会の構成 2 3. 目的 3 4. 概ね5 年間で実施する取組 4 5. フォローアップ 8

目次 1 はじめに 1 2 地震発生から設備被害確認までの経緯 2 3 調査結果 3 (1) 調査の目的と内容 3 (2) 地質調査結果 ( 斜面崩壊 ) 3 1 斜面崩壊の概要 3 2 地質と地質構造 4 3 岩盤状況と崩壊形態の推定 5 4 A B 崩壊による崩壊土砂の重なり 6 (3) 構造物

3 招集通知(事業概要)

平成 29 年 7 月 20 日滝川タイムライン検討会気象台資料 気象庁札幌管区気象台 Sapporo Regional Headquarters Japan Meteorological Agency 大雨警報 ( 浸水害 ) 洪水警報の基準改正 表面雨量指数の活用による大雨警報 ( 浸水害 )

2. 急流河川の現状と課題 2.1 急流河川の特徴 急流河川では 洪水時の流れが速く 転石や土砂を多く含んだ洪水流の強大なエネルギー により 平均年最大流量程度の中小洪水でも 河岸侵食や護岸の被災が生じる また 澪筋 の変化が激しく流路が固定していないため どの地点においても被災を受ける恐れがある

鬼怒川緊急対策プロジェクト 鬼怒川下流域 茨城県区間 において 水防災意識社会 の再構築を目指し 国 茨城県 常総市など 7市町が主体となり ハードとソフトが一体となった緊急対策プロジェクトを実施 ハード対策 事業費合計 約600億円 ソフト対策 円滑な避難の支援 住民の避難を促すためのソフト対策を

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177 箇所名 那珂市 -1 都道府県茨城県 市区町村那珂市 地区 瓜連, 鹿島 2/6 発生面積 中 地形分類自然堤防 氾濫平野 液状化発生履歴 なし 土地改変履歴 大正 4 年測量の地形図では 那珂川右岸の支流が直線化された以外は ほぼ現在の地形となっている 被害概要 瓜連では気象庁震度 6 強

布 ) の提供を開始するとともに 国民に対し分かりやすい説明を行い普及に努めること 図った 複数地震の同時発生時においても緊急地震速報の精度を維持するための手法を導入するとともに 緊急地震速報の迅速化を進める 特に 日本海溝沿いで発生する地震については 緊急地震速報 ( 予報 ) の第 1 報を発表

火山活動解説資料平成 31 年 4 月 19 日 19 時 40 分発表 阿蘇山の火山活動解説資料 福岡管区気象台地域火山監視 警報センター < 噴火警戒レベル2( 火口周辺規制 ) が継続 > 中岳第一火口では 16 日にごく小規模な噴火が発生しました その後 本日 (19 日 )08 時 24

Transcription:

平成 28 年熊本地震による土砂災害に関する緊急調査に基づく提言 熊本県熊本地方を震源として平成 28 年 4 月 14 日に M=6.5 の前震に続き 4 月 16 日に M=7.3 の本震が発生し いずれも最大震度 7を記録した 特に熊本県の阿蘇地域およびその周辺ではこの地震により多数の斜面崩壊 地すべり 土石流等が発生し人命 家屋 道路 鉄道等に大きな被害が発生した 8 月 26 日現在 土砂災害による死者は 15 名にのぼる甚大な被害となっている 公益社団法人砂防学会は平成 28 年熊本地震に起因する土砂移動現象の発生 流下 氾濫堆積実態を明かにするとともに 余震や梅雨期における二次災害の危険性を調査し 二次災害の軽減のために必要な緊急対応を検討することを目的として 4 月 15~17 日に先遣調査を行うと共に 平成 28 年熊本地震に係わる土砂災害第一次緊急調査団 を組織し 4 月 22 日 ~24 日に現地調査等を実施した 現地調査の結果を基にした分析を行い 4 月 27 日に東京都千代田区において緊急報告会を開催し広く一般に公開した さらに熊本地震による土砂移動現象の実態と二次災害の危険性ならび二次災害の軽減のための対応方法を示した緊急提言を作成し 5 月 6 日に国土交通省西山砂防部長に緊急提言を手渡し 内容を説明した その後も 第二次緊急調査団 を 5 月 14 日 ~15 日に 第三次緊急調査団 を 5 月 28 日 ~29 日に 第四次緊急調査団 を 7 月 22 日 ~24 日に現地に派遣した これらの緊急調査に基づき得られた地震による土砂移動現象と土砂災害 ならびにその後の降雨による二次的な土砂移動現象と土砂災害に関する知見を踏まえ 今後の地震による土砂災害対策や研究に役立てることは極めて重要と考える このことから 今後の地震による土砂災害対策の推進および研究の進展に資することを目的として 以下の提言を行う 1. 地震による土砂移動現象の発生今回の熊本地震においては地震断層に近い阿蘇カルデラおよび中央火口丘の西側で地震動が大きかったと推定される このためカルデラ内壁の西側やカルデラ内の中央火口丘の西側 ならびに外輪山の周辺において 斜面崩壊 地すべり 土石流などの多様な土砂移動現象が集中的に発生し 人命 家屋 道路 鉄道等に大きな被害を与えた 以下 地域ごとに地震による土砂移動現象について整理する (1) カルデラ内壁概して斜面勾配が急であり 表層は火山灰でその下部は溶岩 あるいは 1

溶結凝灰岩を含む火砕流堆積物からなっている 特にカルデラ内壁の西側では 地震による強い震動により 大規模な斜面崩壊 ( 阿蘇大橋地区 ) や中 ~ 小規模の斜面崩壊 ( 南阿蘇村立野地区 阿蘇市三久保地区など ) が多数発生している これらの崩壊土砂は崩壊地内および下部に堆積しており 一部は地震時に下流に流下した (2) カルデラ内の中央火口丘群およびその周辺 ( 河岸段丘を含む ) 表層が火山灰 その下部が火砕物 ( 火山灰 軽石 溶岩片 ) および溶岩からなる急勾配の斜面において斜面崩壊が多数発生した ( 火の鳥温泉など ) さらに同様の地質構造の緩斜面でも地すべり( 京大火山研究センター周囲など ) が多数発生した これらの斜面崩壊や地すべりによる不安定な土砂は崩壊地内や地すべり地内に堆積した それらの土砂の一部は土石流 ( 山王谷川 ) となって流下 氾濫堆積した (3) 外輪山の周辺西原村 益城町等の外輪山周辺の斜面は表層が火山灰 その下部が火砕流堆積物あるいは溶岩からなり 地震により 中 ~ 小規模の斜面崩壊が多数発生した これらの斜面崩壊による崩壊土砂は崩壊地内や下部斜面ならびに下流の河道内に堆積した (4) 地震による亀裂の発生今回の地震により発生した斜面崩壊ならびに地すべりの頭部周辺において さらに 斜面崩壊等が発生していない斜面の上部や尾根沿いの地域においても多数の亀裂が発生した これらは上記 3 地域に共通して確認された 2. 地震後の降雨による土砂移動現象の発生地震後の4 月末 6 月末には比較的大きな降雨が発生し 新たな斜面崩壊 崩壊の拡大 崩壊土砂の流出などの二次的な土砂移動現象が発生し 家屋や道路等に被害を与えた これらは主に 4 月 21 日 ( アメダス阿蘇乙姫で日雨量 125mm) および 6 月 19~29 日 ( アメダス阿蘇山で総雨量 1031mm 20 日の日雨量 212.5mm) の降雨により生じたと考えられるが これらはこの地域で毎年発生する程度の降雨であり 近年 阿蘇地域で大規模な土砂災害を発生させた 2012 年 7 月の降雨と比べるとやや小規模な降雨である 過去の他の地域における大地震の後でも認められているように 小規模の降雨でも地震後には土砂移動現象が発生することが確認された すなわち 強い地震による影響を受けた阿蘇地域では土砂移動現象の発生するポテンシャルが上昇していると認められる 以下 地域ごとに地震後の降雨による土砂移動現象について整理する (1) カルデラ内壁 2

地震後の降雨により新たな斜面崩壊が多数発生するとともに 斜面内および下流に堆積していた土砂が土石流となって下流に流下した ( 南阿蘇村立野地区の山腹斜面 阿蘇市三久保地区の山腹斜面等 ) また 地震後の降雨により崩壊が拡大するとともに 崩壊した土砂が土石流となって流下した事例 ( 南阿蘇村立野地区の山腹斜面等 ) も認められた これらの土砂移動現象により 国道や鉄道 建物が被害を受けた (2) カルデラ内の中央火口丘群およびその周辺 ( 河岸段丘を含む ) 地震後の降雨により新たな斜面崩壊が多数発生するとともに 斜面内および渓流内に堆積していた土砂が土石流となって下流に流下した事例 ( 南阿蘇村山王谷川 ) が見られた また 地震後の降雨により崩壊が拡大した斜面も認められ これに伴い土石流が発生して下流で氾濫した事例 ( 南阿蘇村東下田川 ) も認められた これらの土砂移動現象により家屋や国道が被害を受けた (3) 外輪山の周辺西原村 益城町等の外輪山周辺の急斜面では地震後の降雨による新たな崩壊の拡大は比較的少なかった また 地震により斜面下部や河道内に堆積した土砂が地震後の降雨により流下した事例 ( 布田川等 ) が認められたが 流出した土砂量は少なく 家屋等への被害は認められなかった (4) 地震による亀裂の発生とその後の亀裂の推移地震後の降雨により崩壊地頭部や周辺部の急斜面の遷急線付近において表層崩壊が発生した事例が認められた 一方 尾根や緩斜面の亀裂は内部に土砂が流入 堆積して埋まりつつあり 崩壊は発生していなかった 亀裂については今後さらに大きな降雨が発生した場合や長期的な影響について引き続き監視していく必要がある (5) 流域における土砂流出の可能性前述したように 阿蘇地域においては 小規模な降雨でも地震後には新たな崩壊 崩壊の拡大 堆積土砂の再移動による土石流の発生等の土砂移動現象が発生したことが確認された 阿蘇地域の崩壊斜面内やその下部 さらに渓流内には多量の土砂や流倒木が不安定に堆積しており 今後の強い降雨により土石流 流木となって下流に流出する可能性が高い 3. 今後の降雨による二次災害の発生の可能性阿蘇山は我が国有数の活火山であり 約三十万年から九万年前の巨大噴火によりカルデラ地形が形成された 約九万年前の巨大噴火では大規模な火砕流が 3

発生し 多量の火山砕屑物を周辺に堆積させた さらに近年においても活発な噴火活動を続けており 周辺に多量の火山灰 ( 降下火砕物 ) を堆積させている このため 地質的には火山灰 ( 降下火砕物 ) 火砕流堆積物および溶岩が表層およびその下部に厚く堆積しており 堆積年代の違いや 風化 土壌化の程度の違いにより強度や透水性が異なり さらに火山地帯特有の地質や地質構造により多量の地下水が地層の中に存在していると推定され 斜面崩壊や地すべりが発生し易い条件にある このような特徴を持つ阿蘇山のカルデラ内や周辺地域では最近でも 1990 年 ( 死者 8 名 ) 2001 年 2012 年 ( 死者 行方不明者 25 名 ) の豪雨により大規模な土砂災害が発生している 前述したように 今回の地震により斜面崩壊等が発生した地域では小規模な降雨でも土砂移動現象が発生していることが確認された このため 今後 地震後から9 月末までに発生した降雨を上回る降雨が発生した場合には 新たな斜面崩壊や崩壊の拡大 斜面内や渓流内に堆積している崩壊土砂や流木 倒木等が土石流 流木となって流下する可能性が高く これらの土砂移動により家屋や道路が被害を受ける可能性が高い 4. 二次的な土砂災害を軽減するための対応前述のように 今後も大きな降雨が発生すれば新たな斜面崩壊 崩壊の拡大 堆積土砂等の再移動にともなう土石流 流木が発生する危険性は依然として高い このような二次的な土砂移動による人命や家屋等に対する被害を防止軽減するために次のような対応を講じる必要がある 特に 人家や道路 鉄道等に影響を与える可能性が高い斜面や渓流について優先的に対応を進める必要がある (1) 二次的な土砂災害のおそれのある危険箇所の調査航空レーザ計測や現地調査等により危険な亀裂の分布とそれらの拡大の可能性を把握するとともに 今後の降雨により土砂移動現象の発生が予想され 下流の人家や公共施設等への影響が予想される渓流や斜面について調査を行う (2) 土砂災害特別警戒区域の見直し地震により山腹斜面や渓流内に多量の不安定な土砂が新たに堆積していたり 流木や倒木が多量に存在する場合にはこれらが土石流や流木となって流下した場合の氾濫 堆積区域への影響の有無などについての検討を行い 当該斜面や渓流に関して過去に土砂災害特別警戒区域の設定がされている場合には 必要に応じて基礎調査を再度実施して土砂災害特別警戒区域の見直しを行う (3) モニタリングと早めの避難 4

二次災害ならびに新たな土砂災害の発生の可能性のある亀裂や堆積土砂について モニタリング ( 監視 ) を行い 早めの避難により人命への被害を防止する 危険性の高い斜面上の亀裂については 伸縮計等を用いて余震の強さ 降雨の量 強さと亀裂の拡大との関係を分析 判断し 早めの避難を行う 堆積土砂の流下については監視カメラ ワイヤーセンサー等によりモニタリングを行い 降雨の量 強さとの関係を分析 判断し 早めの避難を行う 特に 緩い斜面で発生している地すべり地域では地下水の影響が大きいと考えられることから 地下水の水位や分布の調査およびモニタリングを行う (4) 下流の影響も含めた水系的な対応地震とその後の降雨により 土砂と流木が下流の河川や海岸域にまで流下し 影響を与えている この傾向は今後も続くことが予想されることから 流域全体の調査を早急に行い その結果を踏まえ 必要な対策の検討 実施を進めて行く (5) 雨量観測データ等の利活用降雨の量 強度を把握するために 短時間降雨予測やXバンドMPレーダーの雨量観測データを利活用する (6) 既設砂防えん堤の除石の実施斜面崩壊 地すべりおよび土石流による土砂が堆積している渓流や斜面においては 土砂や流木の堆積状況を精査し 必要な場合には既設の砂防えん堤の緊急除石を実施するなど 極力 下流への土砂流出を抑える対策を実施する (7) 応急復旧工事の留意点応急復旧工事等のために斜面崩壊や地すべりの下部に立ち入る場合には 斜面の監視を行うと共に 特に崩壊頭部の不安定な土砂の除去について検討する また 余震による突然の崩壊や土砂の流出に備えて防護ネット等の設置を検討する さらに 二次災害の発生の危険性が高い地区での復旧工事では無人化施工を実施する 5. 今後の地震による土砂災害への対応熊本地震により 特に阿蘇地域においては多数の土砂移動現象が発生し人命 家屋 道路 鉄道 公共施設等に大きな被害を与え さらに地域の社会や経済に対し 広域的な被害を与えた さらにその後の降雨が原因で被害が拡大し 復旧 復興をさらに困難なものとしている 今回の地震により阿蘇地域では土砂災害ポテンシャルが増大しており 以前にも増して土砂災害を受ける危険性が高くなっている わが国では 南海トラフで発生する巨大地震や首都直下型 5

地震の発生に対する対策が講じられている中 地震による土砂災害についてもこれまで以上に対策を強力に推進する必要がある このためには 調査研究の分野のみならず 行政においても さらには住民一人一人においても地震による土砂災害の軽減についての対応が必要となる 地震による土砂災害の対応としては 主として地震の発生前に行う震前対応と地震の後に行う震後対応があり これらを共に進める必要がある 今後進めるべき震前対応としては次の事項がある (1) 地震による土砂移動現象の発生機構に関する研究今回の地震に起因する土砂移動現象の発生 流下 氾濫堆積の実態を明らかにするために 土砂移動現象と火山砕屑物 ( 火山灰 軽石 溶岩片等 ) に代表される地質 地下水 地形 地震動 降雨といった様々な因子との関連について調査研究を推進する必要がある さらに 過去に全国で発生した地震による土砂移動現象についても同様の調査研究を推進し 地震による土砂移動現象の発生機構を解明していく必要がある (2) 地震による土砂災害発生箇所の特性に関する研究今回の地震において多数の土砂移動現象が発生した南阿蘇村の立野地区は 2012 年の九州北部豪雨によっても土砂災害が発生した地域である 両者を比較すると 土砂移動現象の発生箇所について異なる点も多い このため 今後は降雨による土砂災害発生箇所の特性とは別に 地震による土砂災害発生箇所の特性を解明していく必要がある (3) 地震による土砂災害に対する効果的な震前対策工法の開発今回の地震においては 地震前に設置していた土砂災害対策施設は地震による土砂移動現象に対しても効果を発揮していた ( 南阿蘇村東下田川 2 渓流, 立野地区の新所川 2 渓流など ) しかしながら 地震における土砂移動現象の発生機構や発生箇所に異なる点 未解明な点があることを考えると より効果的な震前対策工法を開発することも必要である (4) 地震による土砂災害に対する知識の普及地震による土砂災害を防止軽減するための対応としては 家屋の構造補強や地震後の避難等がある この様な対応を促進するためには地震による土砂災害および二次災害について住民や市町村の防災担当者等に知識の普及を進める必要がある 今後進めるべき震後対応としては次の事項がある (5) 地震により発生する亀裂が二次的な土砂災害に与える影響の解明今回の地震により斜面崩壊や地すべりの頭部付近 ならびに尾根部付近の斜面において多数の亀裂が発生した これらの亀裂が地盤の強度や透水性にどの程度の影響を与え ひいてはそれらが新たな斜面崩壊の発生や崩 6

壊の拡大にどの程度影響するのかについては 今回の緊急調査では明らかにすることができなかった さらに これらの亀裂が長期的に斜面の安定に与える影響については現時点で不明である したがって 今後とも亀裂のモニタリングを継続すると共に 地盤の強度や透水性についても研究を進め それらが斜面の安定に与える影響を明らかにする必要がある (6) 地震後の降雨による土砂移動ポテンシャルの把握手法に関する研究今回の地震でも 立野地区を中心として地震後の降雨により多数の新たな斜面崩壊 土石流の発生 斜面崩壊の拡大 堆積土砂や流倒木の再移動が発生し これらにより 家屋や道路が大きな被害を受けた このような二次的な土砂移動を予測して警戒避難ならびに応急対策を効果的に実施するためには 大きな地震動により影響を受けた地域における地震後の降雨による土砂移動ポテンシャルの把握手法を開発する必要がある なお 火口壁から下流の中流区間や支川の一部では 堤防天端が沈下しており 今後の土砂流出に伴う河床上昇により 洪水被害の発生する危険性について 今後の詳細な調査が必要である (7) 地震後の二次的な土砂移動現象による災害に対する効果的な応急対策工法の開発今回の地震では地震後の降雨により多数の二次的な土砂移動現象が発生し 大きな被害が発生した このような二次的な土砂移動現象による災害を防止 軽減するための効果的な応急対策工法を開発する必要がある (8) 火山噴火等に起因する土砂災害に対する対策阿蘇山は活発な活火山であり 2014 年の夏頃から断続的に噴火を繰り返しており平成 28 年 10 月 8 日には比較的大きな噴火が発生し 周辺に火山灰を堆積させた このため 地震による土砂災害への対応と共に 今後の噴火に備え 降灰後の降雨による土石流を始め 噴火に起因する土砂災害に対しても ハード ソフト一体となった対策を進める必要がある 6. 土砂災害対策に関する教育 研究の強化平成 28 年 10 月 21 日には鳥取県中部地震が発生しており さらに近い将来南海トラフを震源とする巨大地震や首都直下型地震などの発生が予想されている また 日本各地で火山噴火が発生している 今後発生する地震や火山噴火による土砂災害について早急に対策を講じる必要がある さらに地球温暖化の影響によると見られる激しい降雨の発生頻度も増加しており 今後も土砂災害が増加していくことが予想される 頻発する多様な土砂災害の対策を効果的に計画 実施するためにはこれらの土砂災害に関する調査研究を一層進めるとともに 高度で専門的な知識を備えた人材を育成する必要がある しかしながら 7

現状では 全国の大学において土砂災害対策について専門的に教育 研究している教員の数は減少傾向にあり 山積する課題の解決や人材の育成の体制は極めて脆弱なものとなっている このようなことから 最近 毎年のように発生する大規模な土砂災害対策を着実に実施し 将来の安全で安心な国土を築くための礎となる人材の育成と研究開発を強力に推進するためには土砂災害対策に関する教育 研究者の大幅な増員と研究開発予算の確保を図る必要がある 以上 ここに提言する 平成 28 年 10 月 26 日公益社団法人砂防学会会長丸谷知己 8