診 療 宮崎医会誌 2013 ; 37 : 119-25. 当院における ACL 再建術の臨床成績と成績向上のための工夫 大崎 泰 要約 : 膝前十字靭帯 (anterior cruciate ligament;acl) 再建術は, 今日 anatomic double-bundle semitendinosus-gracilis 法 ( 以下 STG 法 ) が主流となっているが, 当院では 1999 年 7 月の開院以来, かつて golden-standard であった functional single-bundle bone-patellar tendon-bone 法 ( 以下 BTB 法 )( 守屋 貴島変法 ) 1) で ACL 再建術を行っている 多くの施設が anatomic double-bundle STG 法に術式を変更する中, 一貫して functional single-bundle BTB 法を継続しているのはひとえにその安定した臨床成績にある 2012 年 12 月末現在手術症例は 105 膝に達し, 術後 1 年以上経過した再建膝の臨床成績は非常に安定, スポーツ復帰度 自己満足度は共に 90% を越えている この要因は 1 犠牲となった膝伸展機構の骨 靭帯移植による確実な修復,2 再建靭帯の充分な volume の確保 ( 当初移植靭帯の幅は 10mm としていたが, この 3 年間は可能であれば幅 12mm で採取 ),3 正確なポイント (over the top excursion pattern) での機能学的再建,4 機能再現性の高いシンプルな術式と考えている 今回, その手術の実際を示し,3 については術中にポイント計測を行った 44 例について臨床成績と併せて検討した その結果, 本法は ACL 再建術の有用な一術式と考えられた 平成 25 年 1 月 31 日入稿, 平成 25 年 4 月 26 日受理 はじめに本邦での膝前十字靭帯 (anterior cruciate ligament;acl) 再建術は, 今日 anatomic doublebundle semitendinosus-gracilis 法 ( 以下 STG 法 ) が主流となっているが, 欧米, 特に米国においてはかつて本邦でもgolden-standardであったfunctional single-bundle bone-patellar tendon-bone 法 ( 以下 BTB 法 ) が今なお主流と言われている 当院も 1999 年 7 月の開院以来,BTB 法 ( 守屋 貴島変法 ) 1) でACL 再建術を行ってきた 2012 年 12 月末現在手術症例は105 膝に達し, 術後 1 年以上経過した再建膝の臨床成績は非常に安定, スポーツ復帰度 自己満足度は共に90% を越えている この要因は以下の3 点,1 犠牲となった膝伸展機構の骨 靭帯移植による確実な修復,2 再建靭帯の充分なvolumeの確保 ( 当初移植靭帯の幅は10mmとしていたが, この3 年間は可能であれば幅 12mmで採取 ),3 正確なポ大崎整形外科 イント (over the top excursion pattern) での機能学的再建と考えている 以上の3 点に関し,1 2については手術の実際を示し,3については術中にポイント計測を行った 44 例について検討したので, 臨床成績と併せて報告する 対象対象は1999 年 11 月から2011 年 12 月までに行った ACL 再建術 94 膝中, 術後 1 年以上経過した73 例 75 膝 ( 男性 39 膝, 女性 36 膝 ) で, 手術時平均年齢 25.1 才 (13 ~ 50 才 ) 年齢は平均手術時間約 2 時間 30 分 ( 靭帯形成術 1 時間 30 分, 骨 靭帯移植 1 時間 ), 平均追跡期間は3 年 9ヵ月であった 評価方法臨床成績は可動域 筋力 膝安定性 スポーツ復帰度の4 項目を調査し, それぞれ以下の方法で評価した 可動域 : 日本整形外科学会 日本リハビリテーショ 119
宮崎医会誌第 37 巻第 2 号 2013 年 9 月 ン学会制定の測定法筋力 :Cibexに準じた等速度運動装置 Combitを使用して角速度 60 度 / 秒での最大トルク値膝安定性 : 術後 1 年抜釘時における非麻酔下での前方引き出しテスト (X 線中点法 )( 図 1) と麻酔下 Lachman test, jerk testの徒手検査スポーツ復帰 : スポーツレベルをA: プロ 実業団レベル,B: 全国競技レベル,C: 県内競技レベル, D: レクリエーションレベルの4つに分類 ( 表 1) し, それぞれの競技レベルへ復帰できたか否か, 復帰できた場合はその満足度を自己採点 ( 最大 100%) 結果膝関節の可動域は, 平均伸展 0.3, 平均屈曲 145.3 で,6 以上の伸展制限の症例はなく, 91.8% は正座可能であった 伸展筋力は, 健側の 85.1%, 屈曲筋力は93.3% とほぼ満足のいく回復を示し, 膝安定性は, 麻酔下 Lachman test, jerk test 共に全例術前陽性であったが, 調査時はすべて正常化していた 前方引き出しは, 術前患健差平均 7.1mmが, 術後は平均 1.0mmに改善, 術後 ACL 機能 不全 giving-wayを再発した症例は, 再断裂例を除き認めなかった ( 表 2) スポーツ復帰は, 競技レベルへの復帰を目指した A B Cに関しては,A Bは全例スポーツ復帰し, それぞれ100%,95% の復帰満足度 Cも中止 レベルダウンした3 膝を除く42 膝がスポーツ復帰し, その満足度は平均 91% と良好であった ( 表 3) 尚, 再断裂は2 膝 2.7%, 受傷前スポーツ復帰後の再受傷で, それぞれ術後 1 年 4ヵ月, 術後 7 年 10 ヵ月時の再断裂であった ( 表 4) 手術手技術式は鏡視下 BTB 守屋 貴島変法 ( 表 5) で, 両端骨付き膝蓋靱帯をover the topルートに通し, lig. fixation stapleで固定する ( 図 2) 皮切は膝前面内側寄り6cm, 外側 4cmのtwo incisionと通常の内外側膝蓋下鏡視下ポータル ( 図 3) である 強固な初期固定が得られ, 早期リハビリ 早期退院が可能で, 骨癒合及び血行再開に伴う生物学的固着が早期に完成するので, 早期スポーツ復帰も可能である ( 表 6) neutral anterior drawer 図 1. 前方引き出しテスト ( 非麻酔下でのX 線中点法 ). 表 2. 結果. 平均伸展 0.3 度屈曲 145.3 度可動域 * 6 度以上の伸展制限なし 70/75 膝の91.8% は正座可患健側比伸展 85.1% 屈曲 93.3% * 使用機種 :Combit(Cibexに準じた等速度運動装置) 筋力 * 測定条件 : 角速度 60 度 / 秒での伸展 屈曲筋力の最大トルク値 1. 徒手検査 Lackman test, jerk test( 麻酔下 ) 術前は全例陽性であったが 調査時は全て正常化 * Lackman testは 軽度左右差 8 膝あるもhard end point 消失なし膝安定性 2. 前方引き出し患健差術前 7.1mm術後 1.0mm * 術後患健差が5mm以上の症例は1 膝 85% は3mm以下に制動 * 尚 臥位 膝屈曲 30 度で施行 * 術後再建 ACL 機能不全の再燃症例なし 表 1. スポーツ活動レベル. スポーツ活動レベル 症例膝数 A. プロ 実業団レベル 1 膝 B. 全国競技レベル 4 膝 C. 県内競技レベル 45 膝 D. レクリエーションレベル 25 膝 表 3. スポーツ復帰レベル ( 自己評価 ). スポーツ復帰レベル復帰度満足度 A. プロ 実業団レベル 1/1 膝 100% B. 全国競技レベル 4/4 膝 95% C. 県内競技レベル 42/45 膝 91% *C の 3/45 膝 (7.1%) は 中止またはレベルダウン * スポーツレベルの高い症例程 スポーツ復帰率も高い * 受傷前の身体能力やモチベーションの程度が深く関与 120
大崎 10mmで採取したが 通常の日本人男性の約1.5倍の 臨床成績向上のための工夫 ① 泰 ACL再建術の臨床成績向上のための工夫 厚みがあり 術後経過非常に良好であった 約8ヶ 犠牲となった膝伸展機構の骨 靭帯移植による 確実な修復 月で完全復帰し 九州大会優勝 全国大会3位に貢 献 その後関東大学リーグを経て 現在国内プロバ 膝伸展機構の機能低下とanterior knee painを最 スケットボールBJリーグで活躍中である 図12 小限に抑える目的で腸脛靭帯より移植用靭帯を約1 この症例経験から移植靭帯のvolumeは太い方が有 7cm採取し 膝蓋靭帯採取部へ移植する 図4 利と再認識し 約5年前より11mm 3年前からは 更に 膝蓋骨および脛骨の骨欠損部 図5 へ大腿 膝蓋靭帯の幅が中央部で30mm以上あれば12mmで 骨外顆から採骨した骨片と 骨孔作成時に生じた骨 採取している 粉を用いて骨移植を行う 図6 約1年後の抜釘 ③ 時に膝蓋靭帯を観察すると移植した腸脛靭帯は充分 正確なポイント over the top excursion pattern での機能学的再建 に成熟 図7 更に同部を縦切して割面を見ると over the topルートの場合 再建靭帯は伸展で緊 満足いく厚みも有しており 図8 MRI画像でも 張し 屈曲で緩むexcursion patternを呈すが 術中 確認することができる 図9 計測を行った44膝すべてがこのパターンを示し ② 95 の42膝は3mm以内にexcursionが抑えられて 再建靭帯の充分なvolumeの確保 移植靭帯の幅は当初10mmで採っていたが 約3 いた 表7 大腿骨のポイントは顆間天蓋の外側 年前より膝蓋靭帯の幅が30mm以上あれば12mmで コーナーに決まるので 脛骨のポイントさえ正確に 採取している 図10 図11はその切っ掛けとなっ 決めればおのずと適切なover the top patternが再 た身長198cm 体重94kgの高校2年生バスケット 現される 図13 今回の調査結果はそのことを証 ボール選手の症例である 約6年前の手術の際 幅 明していた 表4 再断裂症例. 症例 術後経過年数 再受傷原因 24歳女性 1年4 ヵ月 ハンドボール 35歳男性 7年10 ヵ月 バスケットボール 表5 再建術式. 術式 鏡視下BTB守屋 貴島変法 再建材料 自家両端骨付き膝蓋靱帯 ルート over the top 固定材料 Ligament fixation staple 皮切 two incision 図3 two incision. 表6 特徴. 非常にシンプルな術式 stapleによる強固な初期固定 従って早期リハビリ 早期退院が可能 平均入院日数 18.5日 骨癒合 血行再開による早期生物学的固着 図2 ligament fixation staple. 従って早期スポ ツ復帰が可能 121
宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月 採取したITB 約1 7cm 移植の実際 図4 膝蓋靱帯採取部への腸脛靱帯移植. 充分な厚みあり 図8 腸脛靱帯移植術後1年抜釘時の縦切割面. 図9 腸脛靱帯移植術後1年のMRI画像所見. 膝蓋骨の骨欠損部 脛骨粗面の骨欠損部 図5 BTB採取に伴う骨欠損. 膝蓋骨への骨移植 脛骨への骨移植 図6 骨移植. 通常10 だが 可能であれば幅12 で採取 図10 再建靱帯の充分なvolume確保. 延岡市内の私立高校2年18歳 就学生 身長198cm, 体重94kg 2005年8月30日 ACL再建+LM部分切除 膝蓋靱帯は日本人男性の 約1.5倍の厚み ACL再建 移植時 術後1年 抜釘時 図7 移植した腸脛靱帯の成熟. 図11 切っ掛けとなった症例. 122
大崎 泰 ACL再建術の臨床成績向上のための工夫 考 察 ACL機能障害の治療法はほぼ確立され スポー ツ復帰を目指したACL再建術の臨床成績は近年飛 躍的に向上した 主な術式は自家腱を用いたBTB 法とSTG法の二つであるが 本邦では今日anatomic 再建術後1年のsecond look double-bundle STG法が主流となっている BTB法 図12 術後経過. に伴うanterior knee pain 知覚障害 膝伸展機構 の機能低下等の問題と低侵襲手術の普及がSTG法 への術式変更を余儀なくされている主因であろう 表7 術中ポイント計測. 度 30度 60度 90度 120度 最大値 2.0 最小値 1.0 2.0 3.0 平均値 +0.9 0.3 0.6 1.0 44膝 単位 over the top excursion pattern 95 の42膝は3 以内 しかし これらBTB法の諸問題を予防あるいは最 小限に抑えることができれば BTB法の長所であ る移植靭帯の強靭な力学的強度 強固な初期固定 早期リハビリ可能 骨への生物学的固着の早期完成 は 早期スポーツ復帰を達成する上で非常に有利で ある 事実欧米 特に米国においてはかつて本邦でも golden-standardであったfunctional single-bundle BTB法が今なお主流と言われている 前述した諸 図13 over the top excursion pattern. left knee 123
宮崎医会誌第 37 巻第 2 号 2013 年 9 月 問題の予防目的に膝蓋靭帯採取部へ骨 靭帯移植等の処置を行っている報告や文献記載は渉猟し得た範囲では見当たらないので, 和式生活が不要な欧米人にとってはanterior knee pain 知覚障害等のデメリットより, むしろBTB 法のメリットの方が大きなweightを占めていると考えられる 図 11の就学生同様欧米人も膝蓋靭帯の厚さは太く, 同じ幅であれば日本人 東洋人より更に力学的強度 早期スポーツ復帰等の点で優れており, しかも臨床成績が安定しているのであれば,STG 法への術式変更の必要性はないものと推察される 当院においても1999 年 7 月開院以来約 10 年余, 途中多少の術式のminor changeはあったもののその安定した臨床成績により, 一貫してBTB 法 ( 守屋 貴島変法 ) でACL 再建術を行ってきた 犠牲となった膝蓋靭帯採取部並びに膝蓋骨 脛骨骨欠損部へ腸脛靭帯及び骨移植を行うことで膝伸展機構は充分に修復され, その機能低下は最小限に抑制される このことは膝蓋靭帯採取部に移植した腸脛靭帯が充分に成熟していることが抜釘時の割面観察やMRI 画像で確認されており, また今回の調査結果 ( 伸展筋力は健側の85.1% に回復 ) からも実証されている また,anterior knee painが骨 靭帯移植効果で最小限に抑えられていることに関しても平成 20 年 1 月 26 日第 38 回宮崎県スポーツ医学研究会において, 36/43 膝 83.7% は堅い床でのknee walkingも可能 ( 畳では41/43 膝 95.3% が可能 ) と報告した 犠牲となった膝伸展機構の骨 靭帯移植による確実な修復は, 臨床成績向上のためには必要不可欠な手技と考える 以上のこと, 特に移植した腸脛靭帯の充分な成熟が抜釘時の割面観察やMRI 画像で確認されたことは, より太い再建材料を採取することを可能にした BTB 法の場合, 移植靭帯の幅は膝蓋靭帯の中央 2-3) 1/3, 即ち9 ~ 10mm 幅で採取するのが一般的で, それで充分な強度が得られ優れた臨床成績を収めてきたことは周知の事実である しかし, 前述のセネガル人の症例経験より ( 身体能力やmotivationの差はあるにせよ ) 太い方が有利と再認識し, 更なる成績向上のためにより太い再建材料を求め, 約 5 年前より11mm,3 年前からは膝蓋靭帯の幅が中央部で 30mm 以上あれば12mm 幅で採取している 12mm 幅採取の症例は平成 24 年 12 月末現在 21 例に達しているが, 当初懸念されていた膝伸展機構の機能低下や膝蓋靭帯断裂等のトラブルは現時点では生じていない 尚, 日本人, 特に小柄な女性の場合は膝蓋靭帯の幅は28 ~ 30mmのことが多く, 実際に12mmで採取できる30 ~ 35mmと幅広い症例は男性もしくは体格のよい女性に限られることがほとんどである 最後に術中のポイント計測の重要性について考察する ACL 再建の最大の目的はACL 機能不全の回復すなわち膝安定性の再獲得であり, 正確なポイントで再建して適切なexcursion patternを得ることが非常に重要である いかに充分な膝伸展機構の修復や太い再建靭帯が確保できたとしても不適切なポイントに再建し, 膝不安定性が残存してしまえば全く手術の用を成さない ACLは解剖学的に,AM bandは伸展で弛緩して屈曲で緊張,pl bandは伸展で緊張して屈曲で弛緩するlength patternを示し, いずれの角度においてもどこかが緊張している 4) しかし, 機能学的再建を目指して作られたover the topルートのbtb 再建靭帯 (functional singlebundle) は, 伸展で緊張して屈曲で弛緩するいわゆるover the top excursion patternを呈する 脛骨骨孔はAM bandのポイントに作成し, 大腿骨のポイントが通常のAM band 付着部より後方に位置することでこのlength patternが得られ, 膝屈曲 20 ~ 40 のACL working rangeで一番効果的に機能するようになっている 今回術中計測を行った44 膝すべてがこのパターンを示し,95% の42 膝は3mm 以内のexcursionに抑えられていた 大腿骨のポイントは顆間天蓋の外側コーナーと必然的に決まり, 脛骨のポイントさえ正確に決めればおのずと適切な length patternが再現される 従って本術式は, シンプルであるが故に機能再現性に優れ, しかも安定した臨床成績が得られる術式であると言える 結語 1.ACL 再建術を行って術後 1 年以上経過した75 膝について検討した 2. ほぼ全例に膝安定性が得られ, スポーツ復帰も良好であることから, 本法はACL 再建術の有用な 124
大崎 泰 :ACL 再建術の臨床成績向上のための工夫 一術式と考えられた 3. 良好な臨床成績の要因は 1 膝伸展機構の骨 靭帯移植による確実な修復 2 再建靭帯の充分なvolume 確保 3 正確なポイントでの機能学的再建 4 機能再現性の高いシンプルな術式, と結論した 本稿の要旨は, 第 38 回九州膝関節研究会 (2012 年 3 月 10 日福岡市にて開催 ) において発表した 参考文献 1) 山口正男, 貴島稔, 小桜博幸, 他. 両端骨片付き膝蓋靭帯を用いた関節鏡視下 ACL 再建術の工夫貴島整形外科. 第 26 回日本関節鏡学会抄録 2000;Vol.25 : 84. 2) 木村雅史. BTBを用いた鏡視下 ACL 再建術膝関節鏡視下診断 手術のテクニック,1997 : 72-84. 3) 野田光昭, 黒坂昌弘. 前十字靭帯損傷膝蓋腱を使用した (BTB) 再建. 新 OS NOW 2,1999 : 75-81. 4)Arnoczky S.P. Anatomy of the anterior cruciate ligament. Clin. Orthop. 1975 ; 106 : 216-31. 125