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Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインス

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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「肥満に伴う脂肪組織の線維化を招く鍵分子を発見」【菅波孝祥 特任教授】

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スライド 1

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

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ABSTRACT

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Transcription:

インスリンによる脂肪細胞の数とサイズの制御機構の解明 Clarification of Regulatory Mechanisms for Determining Number and Size of Adipocytes by Insulin 平成 25 年度論文博士申請者 指導教員 伊藤実 (Ito, Minoru) 本島清人 肥満は糖尿病 脂質異常症 高血圧 動脈硬化症などの生活習慣病の基盤となるリスクファクターである 脂肪容量は脂肪細胞のサイズと数によって規定されている 過食や運動不足による肥満は主に脂肪細胞のサイズアップ ( 以下 肥大化 ) である 近年 脂肪細胞の肥大化が慢性炎症を惹起することから 脂肪細胞の肥大化を抑制することで種々の肥満関連疾患の予防 治療に役立つ可能性が示唆されている しかし 脂肪細胞の数の増加や肥大化に関わる分子やシグナル伝達経路は十分には解明されておらず また肥大化を特異的に抑制する創薬ターゲットも同定されてはいない 本研究では ヒト白色脂肪細胞でのインスリンによる脂肪細胞数の増加と脂肪細胞の肥大化にcell death-inducing DNA fragmentation factor- -like effector (CIDE) ファミリータンパクが深く関与し その発現制御メカニズムが細胞数の増加と細胞の肥大化で異なることが見出された 1. ヒト白色脂肪細胞でのインスリン作用におけるCIDEファミリーの役割脂肪組織は単なるエネルギー貯蔵庫として働くばかりでなく 生理状況に応じて種々の内分泌因子 ( アディポサイトカイン ) を産生 分泌し 糖 脂質代謝 動脈壁の恒常性維持に重要な役割を果たしている その一方で 過栄養や遺伝子背景による肥満 脂肪蓄積は糖尿病 脂質異常症 高血圧 動脈硬化症を引き起こす要因の一つとして考えられている 1) 脂肪容量は脂肪細胞の数の増加と肥大

化により規定される 近年 脂肪細胞は肥大化することで悪性化し アディポサ イトカインの産生異常をきたして慢性炎症やインスリン抵抗性 糖 脂質代謝異 常の惹起に関わることが明らかとなっている 2) 脂肪容量を増大させる強力な生 体内ホルモンとしてインスリンが知られる インスリンは脂肪細胞において 数に影響するアポトーシスを抑制すること サイズに影響する脂質合成を亢進させることが知られているが 3-4) 作用メカニズムは未だ不明な点が多い 一方 脂肪容量を制御する分子としてCIDEファミリータンパクがある CIDE ファミリータンパクとしてCIDEA CIDEB CIDECが知られており アポトーシス誘導 脂肪滴形成などに関わることが報告されている 5) しかし 脂肪細胞でのインスリン作用との関連については不明である そこで CIDEファミリーがインスリン作用に寄与するかどうかを調べるため はじめに ヒト白色脂肪前駆細胞から分化させた脂肪細胞 ( 以下ヒト白色脂肪細胞 ) でインスリンによるCIDEA CIDEB 及びCIDECの発現変動が認められるか リアルタイム定量 PCR 法で調べた インスリンはCIDEA mrnaの発現を低下させ その一方で CIDEC mrnaの発現を亢進していた ( 図 1A) これらの現象は濃度依存的かつ時間依存的であり 100 nmのインスリン添加後 24 時間でピークに達していた 6) また インスリンはCIDEB mrnaの発現には影響を及ぼさなかった インスリンによるmRNAの発現変動が認められたCIDEA 及びCIDECについてはタ

ンパクの発現レベルをウエスタンブロット法により確認し 同様の結果が得られた ( 図 1B) 以上の結果から ヒト白色脂肪細胞ではインスリンにより CIDEAが発現低下し CIDECが発現亢進することが明らかとなった 次に インスリンによる発現変動が認められたCIDEA 及びCIDECについて インスリンのアポトーシス抑制作用及び脂肪滴形成作用に関与するかどうか sirnaを用いた遺伝子ノックダウン法で調べた CIDEAのsiRNA (sicidea) を添加したヒト白色脂肪細胞ではインスリンと同程度に無血清状態によるアポトーシスを抑制していたが CIDEC sirna (sicidec) 添加では無影響であった ( 図 2A) また sicideaを添加したヒト白色脂肪細胞ではインスリンによる相加的なアポトーシス抑制作用が認められなかった 6) 一方 インスリンによる脂肪滴形成作

用はsiCIDECにより抑制され sicideaは無影響であった ( 図 2B) 以上の結果から インスリンによるアポトーシス抑制作用にはCIDEAの発現低下が寄与し 脂肪滴形成作用にはCIDECの発現亢進が重要であることが示唆された 2. インスリンによるCIDEA 及びCIDECの発現制御に関わる経路の探索次に インスリンの主要なシグナル伝達経路に関わるキナーゼの阻害剤又は sirnaを用いて ヒト白色脂肪細胞でのインスリンによるCIDEA 及びCIDECの発現制御に関わる経路を探索した 7) Phosphatidylinositol 3-kinase (PI3K) の阻害剤であるWortmannin 及びPI-103はインスリンによるCIDEAの発現低下及びCIDECの発現亢進の双方を抑制した ( 図 3A) 一方 PI3Kの下流に位置するAkt1/2のsiRNA (siakt1/2) はインスリンによるCIDEAの発現低下を抑制し ( 図 3B) c-jun N-terminal kinase 2 (JNK2) のsiRNA () はインスリンによるCIDECの発現亢進を抑制した ( 図 3C) また siakt1/2はインスリンによるアポトーシス抑制を解除し ( 図 4A) は脂肪滴形成を抑制した ( 図 4B) 以上の結果から インスリンのアポトーシス抑制に関わるCIDEAの発現制御はPI3K 及びAkt1/2を介し 脂肪滴形成に関わるCIDECの発現制御はPI3K 及びJNK2を介することが明らかとなった 3. インスリン /JNK2による脂肪滴サイズの増大に関与する新規遺伝子の探索さらに 脂肪滴サイズの増大メカニズムを明らかにするため CIDEC 以外にも他の脂肪滴形成に関わる遺伝子がインスリン /JNK2 経路により制御されるかどうかをヒト全ゲノムマイクロアレイ解析及びパスウェイ解析により探索した 8) インスリン /JNK2 経路は脂質代謝に関わる遺伝子の発現を主に制御することが判明

Relative protein levels Relative protein levels Relative mrna levels Relative mrna levels Relative mrna levels A SREBP-1c mrna B JNK1 mrna JNK2 mrna 8 6 ** 2.5 2.0 2.5 2.0 4 ## 1.5 1.0 1.5 1.0 2 0.5 0.5 0 sicontrol sijnk1 0.0 sicontrol sijnk1 0.0 sicontrol sijnk1 C Cytoplasmic extracts pre-srebp-1 JNK2 β-actin sicontrol Insulin - + - + Nuclear extracts n-srebp-1 pre-srebp-1 protein 16 14 12 10 8 6 4 2 0 ** sicontrol ## n-srebp-1 protein 6 5 4 3 2 1 0 ** sicontrol # 図 5 インスリンによる SREBP-1c の発現制御に対する JNK2 の関与 ** P < 0.01 ( インスリン非処置コントロール群と比較 ), # P < 0.05, ## P < 0.01 ( インスリン処置コントロール群と比較 ) した さらに パスウェイ解析により 脂肪合成の調節に関わる重要な転写因子 である sterol regulatory element-binding protein-1 (SREBP-1) がこれら遺伝子の主要 な制御因子であることが予測された そこで 次に脂肪組織で発現量の多いアイ ソフォームである SREBP-1c の発現がインスリン /JNK2 経路により制御されるかど うかをリアルタイム定量 PCR 法で調べた はインスリンによる SREBP-1c mrna の発現亢進を抑制し ( 図 5A) JNK2 mrna の発現を特異的に減少させた ( 図 5B) また はインスリンによる前駆体 SREBP-1 蛋白質 (pre-srebp-1) 及び活性型である核型 SREBP-1 蛋白質 (n-srebp-1) の発現亢進をいずれも抑制 した ( 図 5C) 以上の結果から SREBP-1c はインスリン /JNK2 経路により制御さ れることが明らかとなった 本研究では インスリンによるヒト白色脂肪細胞の数の増加 ( アポトーシスの 抑制 ) と脂肪細胞の肥大化 ( 脂肪滴形成 サイズの増大 ) に CIDEA と CIDEC が 選択的に関与し その発現制御は PI3K 以降のシグナルで分岐し それぞれ Akt1/2 JNK2 を介することが明らかとなった ( 図 6) また 本研究でヒト白色脂肪細胞 においてインスリンによる肥大化 ( サイズの増大 ) に関わる特異的な経路として JNK2/CIDEC 並びに JNK2/SREBP-1c が見出された 肥満及びその後の関連疾患の

予防 治療においては 言うまでもなく食事 運動療法がベースとなり余剰エネルギーを作らないことが重要である しかし一方で 数のシグナルとは分岐した肥大化特異的シグナルのみを選択的に阻害するという手法ができれば 慢性炎症を惹起する悪性脂肪細胞を良性脂肪細胞へと質的に変化させ 肥満関連疾患の発症抑制に役立てることができるかもしれない インスリン PI3K 治療標的 Akt1/2 JNK2 CIDEA CIDEC SREBP-1c アポトーシス 脂肪滴形成 脂肪細胞の数 脂肪細胞のサイズ 脂肪組織容量 良性脂肪細胞 悪性脂肪細胞 慢性炎症 参考文献 図 6 インスリンによる脂肪細胞の数とサイズの制御機構の仮説 1) Haslam DW., James WP., Lancet., 366, 1197-1209 (2005). 2) Guilherme A., Virbasius JV., Puri V., Czech MP., Nat Rev Mol Cell Biol., 9, 367-377 (2008). 3) Ursø B., Niesler CU., O'Rahilly S., Siddle K., Cell Signal., 13, 279-85 (2001). 4) Kersten S., EMBO Rep., 2, 282-6 (2001). 5) Gong J., Sun Z., Li P., Curr Opin Lipidol., 20, 121-126 (2009). 6) Ito M., Nagasawa M., Hara T., Ide T., Murakami K., J Lipid Res., 51, 1676-1684 (2010). 7) Ito M., Nagasawa M., Omae N., Ide T., Akasaka Y., Murakami K., J Lipid Res., 52, 1450-1460 (2011). 8) Ito M., Nagasawa M., Omae N., Tsunoda M., Ishiyama J., Ide T., Akasaka Y., Murakami K., J Lipid Res., 54, 1531-1540 (2013).