症例 炎症性腹部大動脈瘤と自己免疫性膵炎を合併した IgG4 関連疾患の 1 例 case of IgG4-related inflammatory abdominal aortic aneurysm and autoimmune pancreatitis 伊從敬二 高山 2) 豊 三森義崇 有泉憲史 橋本良一 山梨厚生病院心臓血管外科,2) 茨城県立中央病院血管外科 bstract IgG4 関連疾患は全身性の炎症性疾患として注目されているが, 複数の臓器に対する治療の報告は少ない. 今回, 自己免疫性膵炎と炎症性腹部大動脈瘤を合併した IgG4 関連疾患を経験した. 症例は 75 歳男性. 全身倦怠感と皮膚黄染のため来院し,T-Bil 24.5 mg/dl と上昇していた.CT で膵はび漫性に腫大しソーセージ様を呈していた. 胆管の拡張と胆嚢の緊満を認め, 自己免疫性膵炎による胆管閉塞と診断した. また, 炎症性腹部大動脈瘤を認め, 瘤径は 49 mm で外膜の肥厚は 6 mm であった. 右水腎症を認め, 動脈瘤の炎症が右尿管を巻き込んだためと考えた. 経皮的胆嚢ドレナージを行った後, プレドニゾロン 30 mg/ 日の内服を開始した.3 カ月後の CT で膵の腫大と胆管の拡張は消失した. 動脈瘤の外膜の肥厚は 3 mm と減少したが, 右腎は萎縮した. プレドニゾロンを漸減して中止し, 初診から1 年 2カ月後に人工血管置換術を行った. この際, 血清 IgG4 の上昇を認めなかったが, 瘤壁の標本で IgG4 陽性形質細胞は 25-41/HPF,IgG4/IgG 陽性細胞比は 77.7% で,IgG4 関連疾患と診断した. 術後, 後腹膜の肥厚は減少し,4 年 6 カ月経過したが, 自己免疫性膵炎の再燃もない. Keiji Iyori, Yutaka Takayama 2), Yoshitaka Mitsumori, Kenji riizumi, Ryoichi Hashimoto Department of Cardiovascular Surgery,Yamanashi Kosei Hospital, 2) Department of Vascular Surgery, Ibaraki Prefectural Central Hospital Key words IgG4 関連疾患 炎症性腹部大動脈瘤 自己免疫性膵炎 (2014.5.12 原稿受領 ;2014.6.5 採用 ) はじめに IgG4 関連疾患 (IgG4-retated disease;igg4-rd) とは, 高 IgG4 血症と組織でのリンパ球と IgG4 陽性形質細胞のび漫性浸潤と線維化を特徴とする疾患である.2001 年に Hamano らが自己免疫性膵炎での高 IgG4 血症を報告して以来,IgG4-RD は肝臓, 胆管, 胆嚢, 涙腺, 唾液腺, 後腹膜腔など, ほぼ全 身の臓器で報告され全身性の慢性炎症性疾患として注目されるようになった 2 4). 近年, 炎症性腹部大動脈瘤 (inflammtory abdominal aortic anuerysm; I) の一部も IgG4-RD であると考えられているが 5,6), 自己免疫性膵炎との合併についての報告は少ない 7,8). 今回,I および自己免疫性膵炎が併存し IgG4-RD と考えられた症例を経験したので報告す 責任著者 伊從敬二 : 山梨厚生病院心臓血管外科 ( 405-0033 山梨県山梨市落合 860) IgG4-RD 炎症性腹部大動脈瘤, 自己免疫性膵炎 51
B C D 図1 入院時の CT 膵はび漫性に腫大し 肝内胆管と 総胆管は拡張し( B) 胆嚢は緊 満していた(C) 腹部大動脈瘤の 前面の外膜は 6 mm に肥厚し 右 水腎症を認めた(D) mg dl HDL-Chol 160.6 mg dl で 閉塞性黄疸と る 肝機能異常を認めたが 炎症所見は軽度のみであっ 症例 た また 脂質代謝異常を認めた 入院時 血清 IgG IgG4 値を測定しなかった 症例 75 歳男性 CT 所見(図 膵はび漫性に腫大しソーセージ 主訴 全身倦怠感 黄疸 既往歴 特になし 様を呈し 肝内胆管および総胆管の拡張 胆嚢の緊 現病歴 約 1 カ月続く全身倦怠感と皮膚黄染のた 満を認め 胆嚢壁は肥厚していた また 左腎動脈 め当院を受診し 黄疸を認めたため精査加療目的で 分岐部直下に壁在血栓を伴う最大径 49 mm の腹部 入院した 大動脈瘤を認め その外膜は 6 mm に肥厚し いわ 入 院 時 現 症 身 長 154 cm 体 重 54 kg 体 温 ゆる mantle sign を示していた 右腎盂から上部尿 37.2 血圧 181 81 mmhg 脈拍 58 分 整 全身 管は外膜の肥厚部まで拡張していた 以上より 自 に黄疸を認めた 腹部では 肝脾を触知せず 圧痛 己免疫性膵炎による胆管閉塞 および I によ を認めなかったが 手拳大の拍動性腫瘤を触知した る右尿管狭窄と診断した 3 入院時検査 WBC 7.3 10 ml Hb 12.1 g dl 3 52 臨床経過 閉塞性黄疸に対して経皮的胆嚢ドレ Plt 291 10 ml T-bil 24.5 mg dl D-bil 16.5 mg ナージを行い 10 日後からプレドニゾロン 30 mg dl LP 1712 IU L ggtp 666 IU L ST 100 IU 日の内服を開始した 1 カ月後 ビリルビン値は正 L LT 112 IU L LDH 184 IU L MI 57 IU L 常 化 し 胆 汁 の 排 液 が 減 少 し た た め ド レ ナ ー ジ LIP 38 IU L BUN 11.8 mg dl Cr 0.8 mg dl チューブを抜去した 3 カ月後の CT で膵の腫大お CRP 0.63 mg dl TG 221 mg dl LDL-Cho 249 よび胆道系の拡張は消失し 腹部大動脈瘤の外膜の 心臓 Vol.47 No.1(2015)
図2 B C D ステロイド使用 3 カ月後の CT 膵の腫大と胆道系の拡張は消失した( B) 大動脈瘤の外膜の肥厚は 3 mm と減少 し 右腎は萎縮した(C D) 肥厚は 3 mm と減少したが 右腎は萎縮した(図 2) 瘤壁の病理組織所見 プレドニゾロンの漸減を行ったが 漸減時に血小板 EVG および HE 染色(図 4 B) 外膜は高度の炎 の減少を認めたため 中止まで 10 カ月を要した 初 症性細胞浸潤を伴う線維増生で肥厚していた 炎症 診から 1 年 2 カ月後に手術を行った この際 血清 性細胞浸潤はリンパ球と形質細胞が中心でリンパ濾 IgG 1093 mg dl IgG4 87.1 mg dl で上昇を認め 胞を形成し 好酸球をわずかに認め(最大 5 high- なかった power field HPF) 好中球をほとんど認めなかっ 手術所見 正中切開で開腹した 動脈瘤前面の後 腹膜は白色調で著しい肥厚を認め 十二指腸 腸間 た 閉塞性静脈炎の所見を認めたが 神経束周囲へ の炎症の波及を認めなかった 膜 結腸間膜 尿管を巻き込み境界が不明瞭であっ 免疫染色(図 4C D) 多数の IgG および IgG4 陽 た(図 3) 中枢では左腎動脈上の大動脈 末梢では 性形質細胞を認め IgG4 陽性形質細胞は 25-41 両側外腸骨動脈をテーピングした 後腹膜の肥厚と HPF IgG4 IgG 陽性細胞比は 77.7 であった 癒着のため両側総腸骨動脈 内腸骨動脈のテーピン 術後経過 経過は良好で術後 21 病日に退院した グは困難であった 左腎動脈上の大動脈を遮断して 6 カ月後の CT で後腹膜の肥厚はさらに減少した 左腎動脈直下からの Y 型人工血管置換術を行った 術後はステロイドを使用せず 4 年 6 カ月経過した 両側総腸骨動脈は縫合閉鎖して 人工血管の脚は両 が 自己免疫性膵炎は再燃していない 側外腸骨動脈に端側吻合した IgG4-RD 炎症性腹部大動脈瘤 自己免疫性膵炎 53
質細胞の浸潤と線維化を認める 病因は不明とされ てきたが 病理所見で IgG4-RD と共通の所見を示 し 最近の報告によると I 症例の中に 血清 IgG4 が高値で IgG4 陽性形質細胞を多数認め IgG4RD と診断されるものがあり 何らかの免疫機序の 5,6) 関与が示唆され注目されている IgG4-RD 包括診断基準 2011 では 3 つの診断項 MC M 2) 目がある 臨床的に単一または複数臓器に特徴 的なび漫性あるいは限局性腫大 腫瘤 結節 肥厚 性病変を認めること 2)血液学的に高 IgG4 血症 I (135 mg dl 以上)を認めること 3)病理組織学的 に ①著明なリンパ球 形質細胞の浸潤と線維化を 認め ②IgG4 陽性細胞比 40 以上 かつ IgG4 陽性 形質細胞が 10 HPF を超えること 以上が提案され た 2) 3)を満たすものを確定診断群 3) を満たすものを準確診群 2)を満たすものを疑 図3 診群とした 本例は血清 IgG4 値の上昇を認めな 術中写真 M 腸間膜 MC 結腸間膜 I 炎症性 腹部大動脈瘤 かったため準確診群といえる Kasashima らは I 壁の IgG4 陽性形質細胞が 60 HPF 以上 か つ IgG4 IgG 陽性細胞比 60 以上である群を IgG4RD I これを満たさない群を non-igg4-rd I と分類し 臨床 血液 病理所見等を比較検 考察 討した 前述の診断基準より厳格であるが I 自己免疫性膵炎はその発症に自己免疫機序の関与 の約半数が IgG4-RD I と分類された IgG-RD が疑われる膵炎であり IgG4-RD の膵病変である I では 腹痛や背部痛の頻度は低く 気管支喘 可能性が高いとされている 激しい腹痛など膵炎と 息やリウマチなどのアレルギーや自己免疫性疾患の しての急性発症はなく緩やかな症状であるが 本例 合併が多く 血清 IgG4 値や IgE 値が高値であった のように閉塞性黄疸を伴うことがある 画像所見で また 病理組織では 好中球浸潤は稀で 好酸球浸 はソーセージ様を呈するび漫性膵腫大や膵管のび漫 潤やリンパ濾胞の形成 閉塞性静脈炎 神経束周囲 性狭細像など 特徴的な所見を示す 病理所見では への炎症の波及などが特徴であった 高度のリンパ球と形質細胞の浸潤と線維化など 1,9 1 IgG4-RD と共通の所見を示す I は すべての腹部大動脈瘤の 5 10 を占 めると報告されている 54 12,13) 5,14) IgG4-RD の組織像や臨床像はステロイドによく 反応し 血清 IgG4 値も低下することが知られてい る 3,4,7,8) 本例もステロイド使用後に CT 所見で膵の 動脈瘤壁の外膜の肥厚 腫大は改善し I の外膜の肥厚は縮小した ス や周囲の後腹膜の線維化などが特徴で CT では テロイド使用後の病理組織で IgG4-RD の基準を満 mantle sign を呈する 周囲組織と強固に癒着し 本 たしたが 血清 IgG4 値の上昇を認めなかった ス 例のように尿管を巻き込み水腎症をきたすこともあ テロイドの使用により血清 IgG4 値が正常化した可 る 病理所見では 肥厚した外膜にリンパ濾胞と形 能性が考えられるが 急性期の IgG4 値が測定され 心臓 Vol.47 No.1(2015)
B I M C 図4 D 動脈瘤の外膜肥厚部の病理組織 A EVG 染色 20 倍 外膜は高度の炎症性細胞浸潤を伴う線維増生で肥厚してい る(I 内膜 M 中膜 外膜) B HE 染色 100 倍 炎症性細胞浸潤はリンパ球と形質細胞が中心でリンパ濾胞 を形成している C IgG 染色 400 倍 多数の IgG 陽性形質細胞を認める D IgG4 染色 400 倍 IgG4 陽性形質細胞は 25-41 HPF IgG4 IgG 陽性細胞比は 77.7 であった 9) ていないため判断ができない IgG4-RD の診断に ているため 注意深い経過観察が必要と考えてい は 血清 IgG4 値の上昇が重要であるが 組織学的 る に IgG4-RD と診断された症例でも血清 IgG4 の上 昇がない症例があり 正常人の 5 で血清 IgG4 値 1 の上昇を認めるとされるため 血清 IgG4 値のみ では IgG4-RD の診断はできない おわりに 炎症性腹部大動脈瘤と自己免疫性膵炎を合併した IgG4-RD に対して ステロイドの使用と手術によ ステロイドの使用は I においては動脈壁が り治療し得た症例を経験した IgG4-RD の診断 治 菲薄化し破裂のリスクが高まると考えられるため 療は確立されつつあるが 病因や病態などについて 議論のあるところである 5,14) 本例では自己免疫性 膵炎を寛解させるためにステロイドを使用し 寛解 はいまだに不明なことが多く 一臨床経験として報 告した 後にステロイドを中止し その 4 カ月後に手術を 行った 術後は再開していないが ステロイド中止 後の自己免疫性膵炎の再発率は 19 31 といわれ IgG4-RD 炎症性腹部大動脈瘤 自己免疫性膵炎 55
文 献 Hamano H,Kawa S,Horiuchi,et al:high serum IgG4 concentrations in patients with sclerosing pancreatitis. N Engl J Med 2001;344:732-738 2) IgG4 関連全身硬化性疾患の診断法の確立と治療法の開発に関する研究班. 新規疾患,IgG4 関連多臓器リンパ増殖性疾患 (IgG4+MOLPS) の確立のための研究班 : IgG4 関連疾患包括診断基準 2011. 日内会誌 2012;101: 795-804 3) 笠島史成, 松本康, 遠藤將光, ほか :IgG4 関連疾患 動脈病変のスペクトラム.Heart View 2012;16:162-169 4) 廣井透雄 : 心血管系の慢性炎症 Ⅱ. 特殊な病態 5)IgG4 関連疾患.Bio Clinica 2012;1(suppl :39-45 5) Kasashima S,Zen Y,Kawashima,et al: new clinicopathological entity of IgG4-related inflammatory abdominal aortic aneurysm. J Vasc Surg 2009;49:1264-1271 6) Sakata N,Tashiro T,Uesugi N,et al:igg4-positive plasma cells in inflammatory abdominal aortic aneurysm:the possibility of an aortic manifestation of IgG4- related sclerosing disease. m J Surg Pathol 2008;32: 553-559 7) Ito H,Kaizaki Y,Noda Y,et al:igg4-related inflammatory abdominal aortic aneurysm associatede with autoimmune pancreatitis. Pathol Int 2008;58:421-426 8) Matsuki Y,Sato K,Fujikawa,et al: case of incidentally detected IgG4-related sclerosing disease involving inflammatory abdominal aortic aneurysm and autoimmune pancreatitis. Mod Rheumatol 2010;20:306-310 9) 神沢輝実 : 自己免疫性膵炎から全身性疾患への展開. 日消誌 2008;105:479-485 10) 川茂幸 : 自己免疫性膵炎の免疫異常. 日消誌 2008; 105:494-501 1 Sah RP,Chari ST:Serologic issue in IgG4-related systemic disease and autoimmune panceratitis. Curr Opin Rheumatol 2011;23:108-113 12) Walker DI,Bloor K,Williams G,et al:inflammatory aneurysms of the abdominal aorta. Br J Surg 1972;59: 609-614 13) Hellmann DB,Grand DJ,Freischlag J:Inflammatory abdominal aortic aneurysm. JM 2007;297:395-400 14) Kasashima S,Zen Y:IgG4-related inflammatory abdominal aortic aneurysm. Curr Opin Rheumatol 2011; 23:18-23 56 心臓 Vol.47 No.1(2015)