加藤久和 ( 明治大学 ) 2013 年 12 月 6 日 @ 財務総合政策研究所 高齢社会における 選択と集中 の必要性 - 社会保障制度を中心に -
1. 選択と集中が必要な三つの制約 人口 財政 経済成長 2
高齢社会と社会保障の三つの制約 人口制約 現役世代の相対的な減少 少子化の進展 世代間格差 公平性とは? 財政制約 財政赤字と累積債務 財政の持続可能性 福祉国家の限界 ターゲッティング 経済成長制約 成長の足かせ? 成長戦略の担い手? 北欧諸国 公民分担の見直し 年金 医療等 3
将来人口推計 (2012 年 ) 130,000 125,000 120,000 115,000 110,000 105,000 100,000 95,000 90,000 85,000 80,000 図将来推計人口の結果比較 2012 年推計 2006 年推計 2002 年推計 1997 年推計 1950 1954 1958 1962 1966 1970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998 2002 2006 2010 2014 2018 2022 2026 2030 2034 2038 2042 2046 2050 2054 2058 出生率 (TFR) の仮定は1.35( 前回は1.26) 1995 年生まれの生涯未婚率は20.1% 平均寿命は男 84.2 年 女 90.9 年 2060 年の総人口 ( 外国人含む ) は8,674 万人 2060 年の65 歳以上人口の割合は39.9% また75 歳以上人口の割合は26.9% 4
人口ピラミッド (2010 年 ) 5
人口ピラミッド (2060 年 ) 6
扶養率 =65 歳以上人口 /15-64 歳人口 世代間格差なぜ若年層が負担しなければならないのか?( 若者から ) 1 応益原則からすると 便益が得られない若者が負担をするのは納得できない 2 応能原則からすると 所得が低迷し雇用も不安定な若者が裕福な高齢者を支えるのはおかしい 高齢者からの反論 1 今の日本の礎を築いてくれた先輩世代に少しくらいの負担をするのは当然だ 2 我々も先の世代に対してさまざまな負担をしてきた 7
図合計特殊出生率と置換え水準の推移 5 4.5 4 戦後直後の合計特殊出生率は 4.54 近年の出生率の微増は団塊ジュニア世代の効果で 長続きするか疑問 一時的なものとみられる 3.5 3 2.5 1961 年に戦後初めて 2.0 を割り込む 1975 年以降 恒常的に 2.0 を下回る 2005 年の 1.26 は過去最低水準 2 1.5 1 0.5 0 合計特殊出生率 静止粗再生産率 丙午による一時的な低下 (1966 年 ) 1.57 ショック (1989 年 ) 2012 年は 1.41 1947 1949 1951 1953 1955 1957 1959 1961 1963 1965 1967 1969 1971 1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 1967 年以前では合計特殊出生率は置換え水準を超えており 将来の人口増加が見込まれていた 1975 年以降は継続的に人口の置換水準を合計特殊出生率が下回り 将来的には人口減少がもたらされることになる 出生率低下が一般に認識され始めた 1980 年代後半よりも 10 年以上前 現在からすれば 35 年前から 実際に少子化が生じていたことになる 8
90.9 兆円 2009 年の社会保障給付額は 100.9 兆円 負担額は 51.9 兆円 2030 年の社会保障給付額は 144.9 兆円 負担額は 70.2 兆円 2050 年の社会保障給付額は 165.2 兆円 負担額は 74.2 兆円 9
図社会保障関係費の推移 ( 決算ベース ) 35,000.0 30,000.0 社会保障関係費 ( 十億円 ): 左軸 社会保障関係費 / 一般歳出 : 右軸 35.0% 30.0% 25,000.0 25.0% 20,000.0 20.0% 15,000.0 15.0% 10,000.0 10.0% 5,000.0 5.0% 0.0 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 0.0% 1980 年度の社会保障関係費は 8.17 兆円 一般歳出に占める割合は 18.8% 2012 年度では社会保障関係費は 29.2 兆円 一般歳出に占める割合は 30.1% に増加 社会保障関係費はトレンドを持って増加 その一方 一般歳出に占める割合は 1990 年代以降上昇 1990 年代以降 予算において社会保障関係費の伸びを抑えられていないことを示している 10
政府債務の増加と社会保障支出 財務省 : 平成 25 年度政府予算案 参考資料 債務残高の増加要因 :90 年代は公共事業関係費の増加と減税 近年では社会保障関係費の増加 高齢化に伴う社会保障関係費の増加と政府債務の増加を見直す必要性 11
Mexico Korea Chile Israel Australia Iceland Canada Slovak Republic United States Estonia Switzerland Czech Republic New Zealand Poland Japan Hungary Norway Luxembourg Greece Netherlands Slovenia Ireland United Kingdom Portugal Spain Germany Italy Sweden Austria Belgium Finland Denmark France 8.1 図 OECD 諸国の社会支出の対 GDP 比 (2010 年 ) 9.2 10.8 16.0 17.9 18.0 18.7 19.1 19.8 20.1 20.6 20.8 21.3 21.8 22.3 22.9 23.0 23.0 23.3 23.4 23.6 23.7 23.8 OECD Social Expenditure data Base 25.4 26.7 27.1 27.7 28.3 28.9 29.5 29.6 30.6 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 32.4 日本の社会保障給付 ( 社会支出 ) は 高齢化が進んでいても諸外国に比べ多いというわけではない 12
図社会支出と財政赤字 ( 固定効果モデル ) 20.0 15.0 財政収支 =18.6-0.992 社会支出 (13.7) (-15.3) ノルウェー 財政赤字 ( 対 GDP 比 %) 10.0 5.0 0.0 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0-5.0-10.0 スウェーデン -15.0-20.0 社会支出 ( 対 GDP 比 %) OECD Social Expenditure data Base OECD 全体においても 社会支出の増加は財政収支を悪化させる傾向を有している しかし固定効果ダミーの大きさをみるとフランスや北欧諸国はプラスであり 社会支出増加が財政赤字の悪化に大きく影響しないが 日本やギリシアはマイナスで直接に財政赤字拡大に結びつく 13
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社会保障と経済成長の負の関係 1 社会保障負担の増大による消費の低下 2 企業負担増加による投資減 3 働くことのインセンティブ低下による労働供給減 4 年金等の充実は資本ストックの源泉である民間貯蓄を減少 5 社会保障の充実は所得再分配を促進するが 政府が非効率である場合 政府の関与の拡大が経済の非効率を高める 6 社会保障に関する取引コストの増加 7 社会保障支出の拡大が財政赤字をもたらし長期金利を上昇させる 15
図北欧四カ国の社会支出と経済成長 25.0% 北欧モデル 経済成長 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 15 20 25 30 35 40-5.0% -10.0% 社会支出対 GDP 比 スウェーデンの例 企業競争力に配慮した税制 予算配分システム 低い法人税率 二元的所得課税等 労働インセンティブを高める税 社会保障制度 スウェーデン : 勤労税額控除 働くインセンティブを高める失業給付 高齢世代に偏らない社会保障 現役世代への手厚い給付 ( 家族手当等 ) 地方分権型の税 社会保障システム 受益と負担の関係が見えやすいシステム ワーク ファースト プリンシプル ( 働くことを最優先 ) ワークフェア アクティベーション参考 : 翁他 (2012) 北欧モデル 16
図は 1985~2010 年にかけての OECD に加盟している 20 カ国のパネル データをもとに OECD が測定している生産性 ( 多要素生産性 ) と高齢化の関係を検証したものである 図は 横軸に 65 歳以上人口比率 縦軸に多要素生産性の進歩率をとって両者の関係を検証したものである その結果をみると 高齢化の進行は有意に生産性にマイナスの影響を与えていることがわかる このことから 供給面から見た経済成長の源泉としての生産性向上も このままの趨勢では期待できないことになる 17
30 25 20 15 韓国 図高齢者向け社会支出と貯蓄率 ノルウェー スウェーデン 国民貯蓄率 (%) 10 5 0-5 -10-15 -20 0 2 4 6 8 10 12 14 国民貯蓄率 =18.6-1.70 高齢者向け社会支出 (18.9)(-11.4) 社会支出 ( 高齢者向け 対 GDP 比 %) 最近の日本 高齢者向け社会支出と国民貯蓄率はなぜ負の関係にあるのか? 1. 高齢期の社会支出 支援が増えるほど引退時期が早まり 労働所得が低下し その 結果 家計貯蓄率等が低下する 2. 高齢期の社会支出が増えれば 引退時期に備えた貯蓄 ( 家計貯蓄 ) を行うインセン ティブが低下する 3. 社会支出を支えるために財政支出を増やし その結果 公的貯蓄が減少する 18
2. 選択と集中のための課題 ターゲッテイングとユニバーサリズム諸外国の社会保障改革 21 世紀の社会保障 19
Targeting vs. Universalism Universalism: the entire population is the beneficiary of social security as a human right. Targeting: eligibility of social security is determined by the truly deserving. Targeting does not mean the means-testing or income-testing directly. 20
社会保障の概念 ( 最低生活の確保 ) 社会保障制度審議会の 1950 年勧告は, 国民の生活を保障する義務が国家にあることを明確にするとともに, 新しい社会保障制度のあり方を体系的かつ具体的に提言した しかし, 当時は第二次大戦後の国民経済の混乱と国民生活の疲弊の中で, いかにして最低限度の生活を保障するかが, 現実的な理念であり, 課題であった ( 広く国民に安心できる生活を保障 ) 現在の社会保障制度は, すべての国民の生活に不可欠なものとして組み込まれ, それなくして国民の生活が円滑に営まれ得ない体制となっている このような事態を踏まえると,21 世紀に向けて社会保障体制を充実させるためには, はっきりと, 広く国民に健やかで安心できる生活を保障することを, 社会保障の基本的な理念として掲げなければならない (1995 年社会保障体制の再構築に関する勧告 ) 21
ターゲット効率性 ターゲット効率性には水平的効率性と垂直的効率性の二つがある A+B+Cの額が所得移転総額 A+Dを貧困ギャップ A/(A+D) が水平的効率性 A/(A+B+C) が垂直的効率性 Beckerman(1979) の研究によると 1975 年のイギリスでは水平的効率性は 96% 垂直的効率性は 83% という結果が示されている わが国における計測例はほとんどないが 橘木 (2000) によるとわが国では垂直的効率性は高いものの 水平的効率性は小さいと指摘されている 22
ターゲット非効率の例 本当に必要な人に給付されない非効率 貧困ライン以下で生活保護が受けられない人 難病など重い高額療養費負担に直面している人 低年金でその他の収入がない人等 必要ではない人に給付される非効率 働けるのに生活保護を受けている人 高所得 高資産を持ち年金を受給している人 軽い病気で大きな病院に通院している人等 23
ドイツ - 年金制度改革とリースター年金 2001 年改革 給付水準の引き下げ ( 現役世代比 70% から 67%) と保険料率上昇の抑制 2004 年改革 受給者数 / 被保険者の比率増大で給付額の抑制 リースター年金 2001 年改革で導入 ( 対象者は一般労働者 自営業者 主婦等 ) 給付水準引き下げに対応 私的年金制度に対する政府の補助金 (or 所得控除 ) 公的年金から私的年金へのウエイトを増やす 24
カナダの年金制度 最低保証年金とクローバック制度 2 階建てになっており 1 階部分が基礎年金 (Old Age Security; OAS) 2 階部分が所得比例年金 (Canada Pension Plan ;CPP) クローバック制 : 高所得の年金受給者については基礎年金給付の一部を減額 所得 ( 基礎年金含む ) が年間で約 5 万ドル超の年金受給者が翌年の所得申告で返還 約 9 万ドルを超えると支給されない OAS:40 年以上カナダに居住していることが支給要件 65 歳以上に支給 財源は税収 給付水準は低く カナダの最低保障所得の約 3 割 低所得の年金受給者に対して 世帯単位でインカム テストつきの補足年金給付 (Guaranteed Income Supplement, GIS) 等が支払われる 最低保証年金に相当 25
オランダ - 医療 介護 (1) (1) コンパートメント 1: 特別医療費保険 (AWBZ) 長期の疾患をカバーする保険 365 日を超える診療 入院 ナーシング ホームが対象 日本の介護保険に相当 保険者は国であるが 事務は地域ごとの Health Care Office が事務代行を行うが これはコンパートメント 2 の Care insurer が毎年入札する (2) コンパートメント2: 短期医療保険 (ZFW) 短期の医療費をカバーする保険 2005 年までは疾病基金保険 公務員保険 私的保険の三つが分立していたが 2006 年改革で制度が統一された 保険者は Care insurer と呼ばれる私的健康保険会社 営利 非営利を問わず コンパートメント 2 の保険会社に参入できるようになった 但し 全国展開が必要 26
オランダ - 医療 介護 (2) コンパートメント 2: 短期医療保険 (ZFW) 被保険者はどの Care insurer を選ぶかは 被保険者が居住する地域で営業している Care insurer であれば 自由であり 毎年変更できる 保険者は 加入を求めてきた者の保険加入を拒否できない また 同一商品については年齢 性別 身体状況などのリスク要因によって保険料を差別化できない 財源は 定額保険料 所得比例保険料 公的補助金及び自己負担金である 所得比例保険料と公的補助は一般基金に集められる ( これをマクロ医療予算という ) 被保険者 (18 歳以上 ) は定額保険料を保険者に支払う 保険者によって定額保険料は異なるが 被保険者のリスク要因 ( 性別等 ) で差を設けてはいけない 国が一般基金を管理し それぞれの Care insurer に予算を配分するが 予算は過去の実績に基づいて決められる部分 (historical basis) と保険加入者のリスクに応じて決められる部分 (normative basis) から成る なお 予算では足りないと保険者は追加的な定額保険料を加入者に課す 供給サイド GP( 一般医 ) 制度 GP の紹介状がないと病院に行けない 利用できるのは 自らが登録している保険会社が契約している GP のみである GP は保険者との契約に基づいて人頭払い方式などで支払いを受け 病院の専門医は出来高払い方式で支払いを受ける 27
オランダ - 医療 介護 (3) 出所 : 佐藤 (2007) 1980 年代後半の デッカー プラン シモンズ プラン 1995 年改革へ その目玉は保険者機能を核にした競争原理の導入 保険者は診療報酬の上限価格規制などの制約の下で 医師 医療機関等とサービス価格 サービスの質について交渉 契約することができる 保険者は被保険者から毎年 1 回選ばれるので より良いサービス提供を行う努力をするインセンティブがある 管理競争 コンパートメント 2: デッカー プランの管理された競争を体現 2005 年改革ではこれを一層強化した 28
ドイツ - 医療保険改革 - 競争の導入 2009 年からは 公的医療保険競争強化法 により 政府が決めた全国一律の 統一保険料率 が導入され (15.5% そのうち 14.6% が労使折半 ) 新設された 医療基金 がこれを集め 各疾病金庫に年齢 性別 健康リスクなどに応じて交付金を分配する ( 罹病率によるリスク構造調整 ) 財政的に余裕のある疾病金庫は加入者に保険料を還付する一方 医療基金から配分される交付金で自らの支出の 95% までしか賄えない疾病金庫は加入者から追加保険料を徴収する 被保険者はこれに応じて疾病金庫を選択しなおす 29
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選択と集中 - 具体的課題 民間活用年金 医療 アメリカのHMOを目指すものではない 新しいターゲッティングの考え方効率的かつ必要とする給付者 ( 高額療養費など重視 ) 普遍的な社会保険の見直し 資産 所得の捕捉マイナンバー制度の充実 制度の統一働き方によらない仕組み 効率的でシンプルな制度 自己負担拡大モラルハザードの排除 ワーク ファースト プリンシプル 31
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