学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 中村博文 論文審査担当者 主査西川徹副査田上美千佳 高瀬浩造 論文題目 Structural equation model of factors related to quality of life for community-dwelling schizophrenic patients in Japan ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 本研究の目的は, 地域で生活する統合失調症患者の QOL に関連する要因を多次元で構造的に分析し, その要因がどのような関係性で成り立っているのかを具体的に示すことによって, 地域精神保健医療の今後のあり方について示唆を得ることである 研究方法は, 首都圏で生活している統合失調症患者 79 名を対象とした 対象者は, 現在退院していて, 精神障がい者の障害福祉サービス事業所 ( 地域生活支援センター, 精神障がい者グループホーム, 就労移行支援 就労継続施設など ) に通所しているものとした 研究対象者の適格条件として,20 歳以上 80 歳以下, 統合失調症と診断を受け外来通院をしていること, 調査に耐えうる精神 身体状況であること, 重篤な認知障害がないこと, 薬物の重篤な副作用により質問紙の記入が不可能ではないこととした 質問紙項目は,Quality of Life, 自己効力感, 自尊感情, 精神症状 (BASIS-32),Health Locus of Control, 社会人口統計学的因子である QOL を従属変数にして重回帰分析を使用し, 共分散構造分析でモデルの適合度を把握した 結果として,QOL に影響を及ぼす要因として, 自己効力感, 自尊感情, 精神症状の重症度が有意に検出された また, 婚姻の有無, 年齢, 薬物の種類も QOL に影響を及ぼしていた QOL の総得点を従属変数として, 重回帰分析を行った結果, 精神症状 (BASIS-32 日常生活と技能役割機能 )β=-.537,p<.001, 自己効力感 β=.249,p<.05 が影響していることがわかった また, 共分散構造分析で適合モデルを導きだし,χ2/df=1.380,GFI=.938,AGFI=.859,CFI=.960,RMSEA=.070 という許容できる適合度であった 適合モデルにより, 高い自己効力感, 高い自尊感情, 精神症状が軽症であることが,QOL を良好にすることがわかった また, 結婚していること, 年齢が高いこと, 薬物の種類が少ないことが QOL の向上に影響を及ぼしていることがわかった < 諸言 > 現在, 日本の精神医療において入院期間の短縮化や長期入院患者の退院促進が図られ, 精神障がい者の地域ケア体制の整備や地域生活への支援の重要性が増している そして今後は地域生活への移行を進める支援にとどまらず, 地域生活を維持し, より生活の質 (Quality of Life: 以下 - 1 -
QOL) を向上させる支援に目を向けることが必要になると考えられる それには統合失調症患者の生活の質に対する思いや考えを理解し, その意向を汲みながら, 具体的な支援を考えなければならない また, そのような背景のもと, 精神医療や精神保健福祉の領域において統合失調症患者の QOL 向上を目的とした治療 支援が盛んにおこなわれるようになってきている 統合失調症患者にとって,QOL 向上に寄与する因子は多元的であるため, 評価においても症状の安定のような一元的な尺度に限定せず, 主観的 社会的な側面も取り入れた評価をすることが必要である 先行研究において,QOL の関連要因に関係する研究では,Gait, L ら [1] は欧州 5 ヶ国で精神障がい者の QOL を調査した その結果全体として主観的 QOL と有意に関連していたのは精神症状, 家族や友人との接触回数, 年齢であった 国別で支援サービスへの満足度, 性別が有意に関連するものもあったと報告している Salokangas, R, K ら [2] は, 地域に暮らす精神障がい者の QOL と社会的背景の関連を調査した すると, 独身男性は QOL が有意に低く, 出身地に居住する割合が高かった 一方, 女性は独身でもさほど QOL が低くなく, 都市部に居住している割合が高かったと述べている 日本での先行研究を見てみると, 磯石ら [6] は, 統合失調症デイケア利用者の QOL を調査し, 心理的要因や陰性症状, 自己評価の低さ, 居場の存在などが主観的 QOL に与える影響が大きいが, 生活障害と主観的 QOL は必ずしも影響していないと述べている 我が国の研究においても, 精神障がい者への支援を評価する研究が散見されるようになってきているが, その評価を多面的に行うような研究はほとんどない その理由には QOL の向上に対する関連要因が判明しないこと, 支援の方略と評価の方法が特定できていないことが挙げられる そこで, 地域で生活する統合失調症患者の QOL がどのような要因の影響を受け, 構造的に成り立っているのかを調査し, それを論じることは今後の地域精神保健の質を向上させるためには必要不可欠であるといえる < 研究目的 > 本研究の目的は, 地域で生活する統合失調症患者の QOL に関連する要因を多次元で構造的に分析し, その要因がどのような関係性で成り立っているのかを具体的に示すことによって, 地域精神保健医療の今後のあり方について示唆を得ることである < 研究方法 > 首都圏で生活している統合失調症患者 79 名を対象とした 対象者は, 現在退院していて, 精神障がい者の社会復帰施設に通所している人とした 研究対象者の適格条件として,20 歳以上 80 歳以下, 統合失調症と診断を受け外来通院をしていること, 調査に耐えうる精神 身体状況であること, 重篤な認知障害がないこと, 薬物の重篤な副作用により質問紙の記入が不可能ではないこととした 研究期間は,2010 年 4 月 ~2011 年 10 月までである 測定尺度として1QOL (Quality of Life) 精神障がい者生活満足度尺度を用いた [9] 自己認識の尺度として自尊感情と自己効力感を測定した 自尊感情については,Rosenberg が作成した2 自尊感情尺度 (Self Esteem Scale) を用いた [10] 自己効力感については坂野らが作成した,3 自己効力感尺度 (Self Efficacy Scale) を用いた [11] 健康統制感については,4Health Locus of Control Scale の日本語版を用いた [13] 精神症状については,5Behavior and Symptom Identification Scale(BASIS-32) を - 2 -
用いた [16] また, 地域で生活する精神障がい者の医学的情報として病名, 発症年齢, 入院の回数, 現在の症状, 内服薬, 内服薬による副作用, 喫煙状況, 飲酒状況を質問し, また人口統計学的因子として年齢, 性別, 住居構成, 婚姻状況, 教育年数, 住居形態を質問した < 結果 > 統合失調症患者の QOL を従属変数, 諸要因を独立変数として重回帰分析を行った結果, QOL 生活全般 では 自尊感情 β=.463,p<.01 発症年齢 β=-.333,p<.01 BASIS( 能力の社会的位置づけ )β=-.285,p<.05 薬の数 β=-.278,p<.05 HLC(F: 家族 β=.236,p<.05 が影響を与えていた 以下同様に QOL 身体的機能 では BASIS( 日常生活と技能役割機能 ) β=-.557,p<.001, QOL 環境 では BASIS( 日常生活と技能役割機能 )β=-.611,p<.001, QOL 社会生活技能 では BASIS( 日常生活と技能役割機能 )β=-.494,p<.001 自己効力感 (Total)β=.275,p<.01 HLC(I: 自分自身 )β=.179,p<.05, QOL 対人交流 では BASIS ( 自己と他者との関係 )β=-.556,p<.001 自己効力感( 能力の社会的位置づけ )β=.309,p<.01, QOL 心理的機能 では BASIS( 日常生活と技能役割機能 )β=-.489,p<.001 自己効力感(Total) β=.321,p<.01 発症年齢 β=-.190,p<.05, QOL Total では BASIS( 日常生活と技能役割機能 )β=-.537,p<.001 自己効力感 β=.249,p<.05 が影響を与えていた QOL を規定する要因の因果関係を調べるために, 因果関係モデルを作成し共分散構造分析を行った 当初のモデルでは, 自己効力感が自尊感情に影響を与え, また精神症状 (BASIS-32) が, 自己効力感にも影響力があると考え, それが間接的に QOL にも影響力があると考えた 社会人口統計学的な因子として, 年齢が自尊感情や自己効力感に, また婚姻の有無が QOL に影響力があると考えた 初期モデルの適合度は,χ2/df=2.024,GFI=.937,AGFI=.795,CFI=.927,RMSEA=.115 であり, 適合度としては低下しているものとなった AIC は 72.267 であった さらにモデルの改良をするために有意でないパスの削除を行い, 改変モデルを作成した このモデルの適合度は, χ2/df=1.380,gfi=.938,agfi=.859,cfi=.960,rmsea=.070 となり, 良好な適合度を得た さらに,AIC が 68.087 と当初モデルより低い値となったことから, 改変モデルのほうがより実際のデータを表しているモデルであると判断した このモデルでは, 高い自尊感情が自己効力感を上昇させ,QOL の高さに有意に影響を及ぼしていた また, 精神症状 (BASIS-32) の少なさが高い自尊感情を生み出し, 同様に精神症状 (BASIS-32) の激しさが薬の種類を多くし, 精神症状 (BASIS-32) の少なさが高い QOL に影響を及ぼしていた また, 婚姻の有無が自己効力感や自尊感情に有意な正のパスを示していた < 考察 > 本研究から得られたモデルは, 自己認識概念によるものが大きい QOL に影響を及ぼすものとして, 自己効力感や自尊感情があった また,QOL における精神症状 (BASIS-32) の重回帰分析では, 日常生活と技能役割機能の影響も大きく, 社会生活技能との関連もあることが判明した 社会生活技能の遂行や他者からのフィードバックに伴う患者の感情体験が, 自己認識概念の程度に影響を与えるものと推測できる Baumgardner は, 自己認識概念の中の自尊感情について, 低い自尊感情をもつ者は, 肯定的なフィードバックを望みながら, ネガティブな自己観を持って - 3 -
いるため, 自己の能力を認めてくれる他者の存在が必要であると述べている [31] 今回の調査でも, 婚姻の有無と QOL には関係性があり, 婚姻が自己効力感や自尊感情に影響しているモデルが構築された したがって, 統合失調症患者の家族を含めた支援者が, 彼らの社会生活技能に対し, 肯定的なフィードバックを積極的に送ることは統合失調症患者に対して, 自己認識概念が高まることになり,QOL 向上にもつながる 自己効力感や自尊感情のような自己認識概念は, 訓練によって獲得できるものである 生活技能訓練 (Social Skills Training:SST) に代表される, 認知行動療法的介入などは, 患者本人やその家族に対する心理社会的要素を中心に据えた支援である この認知行動療法を使用して QOL の向上をおこなった研究もある [32-33] そのようなことからも, 地域において統合失調症間の集う場所作りや, 障害福祉サービス事業所などでの支援プログラムの開催, また認知行動療法を利用した SST や障がい者同士のディスカッションの場にロールプレイングなどを取り入れて, 自分もできるという意識を育成させ, 自己認識概念や QOL を向上させることが大切である - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4695 号中村博文 論文審査担当者 主査西川徹副査田上美千佳 高瀬浩造 ( 論文審査の要旨 ) 本論文は 外来通院治療を受けている統合失調症患者の生活の質 (QOL) に影響する要因および要因間の関係性を明らかにし 地域精神保健医療の向上に役立てることを目的として 社会復帰施設に通所中で 質問紙の回答を阻害する認知機能低下や薬物の副作用が認められない79 名の統合失調症患者を対象に 患者の状態を主観的に評価する種々の自記式質問紙尺度 医学的情報 人口統計学的因子等の解析を行った 臨床的に有用な成果の報告である QOLを従属変数とする重回帰分析に続いて 共分構造散分析によるモデル適合度を検討したところ (1) 自己評価尺度では 高い自己効力感 高い自尊感情 および精神症状が軽症であることが (2) その他の要因では 配偶者の存在 調査時年齢が高いこと 治療薬の種類が少ないことが QOLを良好にしていることが明らかになった 以上の結果は 地域で生活する統合失調症患者のQOLに影響する因子を多面的に分析した先駆的な研究成果であり これまで部分的に指摘されてきた点を追認するとともに 総合的な視点から 支援の方向性と評価のポイントを示唆した点で 高く評価される 今後 本症の経過ならびに客観的指標等との関連の解析も加わり 社会的適応を高める治療や支援活動の改善に応用されることが期待できる