❻アルコール 昔から酒は百薬の長と言われているが ただし Jカーブ効果 様々な問題が多いの もまた周知の事実である 飲み過ぎは肝臓病になるといった単純なことではない 一気 飲みによる大学生の死亡 未成年飲酒 アルコール依存症 飲酒運転など深い社会問題 も多い まずはアルコールの薬理作用をよく知ることが肝心である アルコール消費量 日本には大量飲酒者が 230 万人いる 酒の歴史は紀元前四千年のエジプトでビールが作られたことに始まり ワインは紀 元前八百年にギリシア ウイスキーは十二世紀にアイルランドで始まった 日本では 古事記のヤマタノオロチと須佐男命の物語が最初の記録とされる アルコール消費量 は諸外国でも日本でも減少傾向にあるものの その中には一日純アルコール 150ml 日 本酒六合 以上飲む大量飲酒者が 230 万人含まれている 彼らの多くはアルコール依 存症で 酒なしで生活することが困難である 又 疾病確率の高い一日純アルコール 60g 日本酒三合 以上飲む多量飲酒者も 860 万人含まれている アルコール代謝 日本人の半数は非活性型 ALDH2 のため酒に弱い コンパなどで酒の無理強いは禁物 お酒に強い人 弱い人はなぜいるのか その答えはアルコール代謝酵素とその遺伝 子変異によって説明される 飲酒によってわれわれの体に入ったアルコール エタノール の 80 以上は アル コール脱水素酵素 ADH で有害なアセトアルデヒドに酸化される 中等度以上の飲 酒ではミクロゾームエタノール酸化系 MEOS メオス でも酸化される だんだん酒 が強くなる現象 アルコール耐性の獲得 はこのメオスの機能亢進の結果である こ うして産出されたアセトアルデヒドは 1 型および 2 型アルデヒド脱水素酵素 それぞ れ ALDH1 ALDH2 でさらに酸化され 無害な酢酸へと変化していく そして最終 的に 1g 当たり 7.1kcal のエネルギーを産生し水と二酸化炭素になる ALDH2 は少量のアセトアルデヒドでも代謝を開始できるため エタノール代謝の 主役である 日本人はこの ALDH2に遺伝的変異がある事が知られている この ALDH2 が非活性であれば 有害なアセトアルデヒドは容易に分解されず血中に蓄積され 顔 面紅潮 心悸亢進 頭痛などの flushing 反応を引き起こす 国立病院機構久里浜アル コール症センターの 口らによると 非活性型 ALDH2 の遺伝子をホモで持っている 者 酒を受け付けない人 は日本人の約 7 へテロの者 弱い人 は約 38 1 つも 持っていない者 強い人 は残り 55 程度と推定されている 不思議なことに 白人 黒人にはこの ALDH2 の遺伝的変異は認められず強い人ばかりである 表 1 106
4 生活習慣病と危険因子 以上から 日本人の約 45 7 38 は飲めない体質であり そしてそれは遺 伝子記憶のせいであり コンパなどの雰囲気を壊すのではないかなどと気に病む必要 はさらさらないのである 表1 東大式 ALDH2 表現型スクリーニングテスト TAST ① ② ③ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. あてはまる欄の数字に をする すべての得点を右に書きうつし合計する 合計得点がマイナスなら ALDH2 欠損型 酒に弱いタイプ プラスなら ALDH2 非欠損型 酒に強いタイプ 症 状 顔が赤くなる 顔以外の部分が赤くなる かゆくなる めまいがする 眠くなる 不安になる 頭がかゆくなる 頭の中が打つように感じる 汗をかく 心臓がドキドキする 吐き気がする 寒気がする 息が苦しくなる いつも出る 時々出る 10.04 5.22 0.43 2.98 3.37 3.89 0.58 1.27 0.31 0.36 0.00 4.11 0.79 0.07 0.83 0.62 3.25 1.43 1.88 0.04 10.07 0.19 8.15 2.42 4.34 2.69 出ない 8.95 1.20 0.38 0.25 1.03 0.10 0.01 0.24 0.44 0.26 0.03 0.14 0.19 合計得点 得点 アルコールの麻酔作用 酔いとはアルコールによって麻酔にかかる事 適量はアルコール 1 単位 酔い 酩酊 は主として中枢神経系への抑制作用 麻酔作用 による 知覚 運動 精神が抑制されて種々の症状を呈するが その程度はエタノールの血中濃度によって 決まる 血中濃度は 60kg の体格で 飲酒スピードは日本酒 1 合を 30 分のペースで換 算したもの なお 日本酒 1 合 180ml はビールなら大瓶 1 本 633ml 焼酎なら 1/2 合 ウイスキーならダブル 1 杯 60ml ワインならグラス 2 杯 240ml に相当 する どれも純アルコールとして 25g 前後の量になるのでこれを 1 単位という 1 単 位のアルコールの処理だけでも 3 時間かかる 代謝速度がこれくらいなので飲めば飲 むほど体内に蓄積され泥酔や昏睡に陥り死亡することもある 飲酒量と酩酊度の関係 は重要である 図 1 表 2 107
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4 生活習慣病と危険因子 急性アルコール中毒 一気飲みはやめよう! 断って場の雰囲気が壊れるなら その場が異常なだけ 飲酒すると そのアルコールは 20 30% が胃で吸収され 残りの 70 80% は小腸 特に十二指腸と空腸上部で吸収される しかしアルコール血中濃度がピークに達する まで 30 分から 1 時間かかるためすぐには酔いが回らない この間に がぶ飲みや一気 飲みをすると急激にアルコール血中濃度が上昇する また アルコールの代謝速度も 遅いため ビール大瓶 1 本の処理に 3 時間かかる 急速に流入してきたアルコールは 脳に深い麻酔をかけ 昏睡から死に至らしめる 万一 呼びかけにまともに反応しない者や痛み刺激に反応しない者がいたら急性ア ルコール中毒として対応した方がよい その際 周囲の迅速かつ適切な対応が重要で ある すぐに救急車を呼び 吐物が口腔内にないか指で確認し昏睡体位を取らせ 呼 吸状態や脈拍を確認するため必ず二人以上を側に付ける 酒量 飲酒スピード 昏睡 に至るまでの様子を時刻を確認しながら紙に書いておき 救急隊に渡せるようにして おく このような対応がなされない場合は死亡確率は上昇し 場合によっては犯罪と みなされる 図 2 図2 昏睡体位 コーマ体位 慢性アルコール中毒 アルコール依存症 酒癖が悪いとか意志が弱いという問題ではない れっきとした病気である いわゆる アル中 として 暴力をふるう人 仕事をしない人 飲酒をやめられな い人 などの誤ったイメージが定着している 本来はアルコールによる身体依存 精 神依存を生じた状態のことで われわれが考えているよりはるかに早期に出現する 睡眠障害 寝汗 悪心 動悸 軽度の手指のふるえ いらいら 不安 抑うつ感情 朝からの飲酒欲求 日中も時々アルコールが入らなけらば落ち着いて仕事ができなく なるなどは すでに依存の出現と考えてよい 小離脱症状という軽度の禁断症状であ る アルコール依存症の簡単なスクリーニングテスト KAST を表に示す また典 型的な症状も表に示す 表 3 表 4 109
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4 生活習慣病と危険因子 表4 アルコール依存症 1 アルコール離脱症候群 身体依存亢進状態 2 コントロール喪失飲酒 精神依存亢進状態 3 アルコール関連行動 異常 1 小離脱症状 前述 2 大離脱症状 典型的には一連のシリーズとして出 現する すなわち 飲酒中断後 6 8時間でふるえ 落ち着きなさ 衝動的飲酒欲求 Craving などが出 現し やがて痙撃発作を伴うようになり 48 72 時 間後にはせん妄状態 幻視 振戦 見当識障害が三 大症状 に移行し 離脱症状はピークに達する 4 5 日後には回復に向かう 連続飲酒か飲酒中断か二者択一しかできなくなった状 態を山型飲酒サイクルという また飲みだしたら止ま らなくなり 24 時間飲みっぱなしとなった状態を連続飲 酒発作 drinking bout という ギャンブル依存などの嗜癖 addiction 配偶者への疑 惑と暴力が特徴のアルコール嫉妬 alcoholic jealousy 断酒後の抑うつ状態などが知られている アルコール関連身体障害 アルコール障害は全身病である 一般的に 日本酒なら 3 合以上の習慣性飲酒によって発生する 肝臓や膵臓の障害 が有名だが 表に示したようにアルコール障害というのは全身的な疾患である 肝臓 病を取り上げると 最初に現れる変化は脂肪肝と呼ばれるものである 脂肪が肝細胞 の中に蓄積し働きが鈍った状態である しかし自覚症状はほとんどなく健康診断以外 で発見されることは少ない 血液検査ではこの時期にγ -GTP ガンマーグルタミール トランスペプチダーゼ がすでに上昇していることが多く 酒量のバロメータになる この時期を過ぎさらに飲み続け ある日の大量飲酒をきっかけに肝炎を起こすものが いる 食欲不振 吐き気 全身 怠感 黄疸が出現する この段階になったら断酒が 必要である 断酒が困難である場合に最終的に訪れるのが肝硬変である 肝臓はすでに不可逆性 変化を来たし小さく堅くかつ表面はでこぼこになっている 手掌紅斑 クモ状血管腫 腹水 食道静脈瘤など特徴的な症状が出現する このままだと死につながるが アル コール性の場合 断酒すればかなりコントロール可能なのであきらめずに対応したい 表 5 111
表5 アルコール関連身体障害 中枢神経障害 大脳萎縮 痴呆 小脳変性症 脳血管障害の増加 消化管 口腔癌 食道癌 食道静脈癌 Mallory-Weiss 症候群 慢性胃炎 びらん性胃炎 胃潰瘍 大量消化管出血 肝 膵 栄養障害 循環器 血液疾患 感染症 末梢神経 筋 骨 脂肪肝 肝線維症 アルコール性肝炎 肝硬変 ウイルス性肝炎増悪 肝癌発生促進 急性膵炎 慢性膵炎 糖尿病増悪 栄養摂取の偏向 アルコール性心筋症 高血圧 高脂血症 不整脈 造血機能障害 ビタミン類欠乏 鉄欠乏 利用障害 溶血性貧血 Zieve 症候群 血小板減少 白血球減少 リンパ球機能不全 免疫低下 末梢神経炎 ミオパチー 骨粗鬆症 大 骨頭壊死 問題飲酒 酒は大人の飲み物 おなかの赤ちゃんも未成年 未成年者 子どもは 大人よりもアルコールへの感受性が高いため 少量の飲酒で肝障害や膵 障害が発生する 未成年からの飲酒はアルコールへの耐性を上昇させる 酒に強くな る 効果もあり 20 代の若いアルコール依存症を増加させる そのため未成年者飲酒 禁止法が制定されている 2007 年の厚生労働省の全国調査によると 月に 1 回以上の 飲酒をしている 性とは中学生で 1 割強 高校生で 3 割弱だった 10 年前の調査と比 較すると 飲酒率は減少し 男女差もなくなっている 妊婦 妊婦 厳密には子どもを望む母親 が 禁酒することは世界的な常識となっている 胎児性アルコール症候群 FAS ; fetalalcohol syndrome をひきおこす危険性を回避 するためである これは知的障害の他 低身長 低体重 小頭 小眼球などの形態異 常 内臓奇形を特徴とする これとは別に 一般に女性はアルコールの代謝が悪く アルコール依存症 肝硬変などに進展する期間が男性より短いこともよく知られた事 実である 多量飲酒者 1 日 6 合 純アルコール 150ml 以上の大量飲酒者は論外であるが 1 日 3 合 純ア ルコール 60ml 以上の多量飲酒者も社会に大きな影響を及ぼしている アルコール関 連の医療費は年間 2 兆円以上と試算されており この層への啓蒙が重要である 年代 性別では 30 歳以上の男性に多く 飲酒者のおよそ 4.1 女性は 0.3 程度存在する 112
4 生活習慣病と危険因子 との報告がある 多量飲酒者は 健康への悪影響のみならず 生産性の低下など職場 への影響も無視できない 飲めない体質を持った大酒家 大酒家の中には 酒を飲み始めた数年間すぐ顔が赤くなったとか酒が弱かったとか 元々飲めない体質である ALDH2 欠損者 ヘテロ が一割程度含まれている この人 達は食道癌になる確率が著しく高いことが指摘されている 本来飲めない人が酒を鍛 えることはきわめて危険なのである 113