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共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

イン版 (2 月 22 日付け : 日本時間 2 月 23 日 ) に掲載されます 注 )R. Yoshimi, K. Yasuda, A. Tsukazaki, K.S. Takahashi, N. Nagaosa, M. Kawasaki and Y. Tokura, Quantum Hall

共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームチームリーダー十倉好紀 ( とくらよしのり ) 基礎科学特別研究員吉見龍太郎 ( よしみりゅうたろう ) 強相関物性研究グループ客員研究員安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 米国マサチューセッツ工科大学ポストドクトラルアソシ

1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成 ( 研究代表者 : 川﨑雅司 ) の事業の一環として行われました 共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 東京大学大学院工学系研究科博士課程 2 年 ) 研

マスコミへの訃報送信における注意事項

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特別研究員高木里奈 ( たかぎりな ) ユニットリーダー関真一郎 ( せきしんいちろう ) ( 科学技術振興機構さきがけ研究者 ) 計算物質科学研究チームチームリーダー有田亮太郎 ( ありたりょうたろう ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 強相関物性研究グループグループディレクター十倉好紀

マスコミへの訃報送信における注意事項

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

令和元年 6 月 1 3 日 科学技術振興機構 (JST) 日本原子力研究開発機構東北大学金属材料研究所東北大学材料科学高等研究所 (AIMR) 理化学研究所東京大学大学院工学系研究科 スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証 ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法 ポイント スピン流が

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

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PowerPoint プレゼンテーション

氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

<4D F736F F D C668DDA97705F81798D4C95F189DB8A6D A8DC58F4994C5979A97F082C882B581798D4C95F189DB8A6D A83743F838C83585F76325F4D F8D488A F6B6D5F A6D94468C8B89CA F

5. 磁性イオン間の相互作用

2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

マスコミへの訃報送信における注意事項

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

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: (a) ( ) A (b) B ( ) A B 11.: (a) x,y (b) r,θ (c) A (x) V A B (x + dx) ( ) ( 11.(a)) dv dt = 0 (11.6) r= θ =

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4. 発表内容 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対状態を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象です これを室温で実現することができれば エネルギー損失のない送電や蓄電が可能になる等 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました 超伝導発現のメカニズム す

4. 発表内容 : 1 研究の背景と経緯 電子は一つ一つが スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分からなる小さな磁石 ( 磁 気モーメント ) としての性質をもちます 物質中に無数に含まれる磁気モーメントが秩序だって整列すると物質全体が磁石としての性質を帯び モーターやハードディスクなど様々な用途

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非磁性原子を置換することで磁性・誘電特性の制御に成功

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スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

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多体系の量子力学 ー同種の多体系ー

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4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に

論文の内容の要旨

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互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

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る現象 ( 注 4) が確認されています しかし グラフェンでは本質的に電子間の電気 磁気的 な相互作用自体が弱く このため ディラック物質における電子社会の多様性については 実 験的にまだ十分に理解が進んでいないのが現状です 今回 仏グルノーブル国立科学研究センターの平田倫啓博士 ( 日本学術振興

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【最終版・HP用】プレスリリース(徳永准教授)

多次元レーザー分光で探る凝縮分子系の超高速動力学

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スピントロニクスにおける新原理「磁気スピンホール効果」の発見

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磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

がら この巨大な熱電効果の起源は分かっておらず 熱電性能のさらなる向上に向けた設計指針 は得られていませんでした 今回 本研究グループは FeSb2 の超高純度単結晶を育成し その 結晶サイズを大きくすることで 実際に熱電効果が巨大化すること またその起源が結晶格子の振動 ( フォノン 注 2) と

高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

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予定 (川口担当分)

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報道機関各位 平成 30 年 6 月 11 日 東京工業大学神奈川県立産業技術総合研究所東北大学 温めると縮む材料の合成に成功 - 室温条件で最も体積が収縮する材料 - 〇市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る 8.5% の収縮〇ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛 PbVO3 を負熱膨張物質

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PRESS RELEASE 2017 年 5 月 23 日理化学研究所東京大学 固体中の相対論的電子による新しい相転移現象を発見 - トポロジカル電子状態の理解と発展に道 - 要旨理化学研究所 ( 理研 ) 創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの上田健太郎研修生 ( 研究当時 ) 金子竜馬研修生( 東京大学大学院工学系研究科大学院生 ) 十倉好紀グループディレクター( 同教授 ) 強相関界面研究グループの藤岡淳客員研究員 ( 同講師 ) 強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター ( 同教授 ) ソウル大学のボン-ジュン ヤン准教授らの国際共同研究グループ [1] は 固体中で強く相互作用する相対論的電子の新しい相転移現象を発見しました 多くの遷移金属酸化物は電子間の相互作用が強いために 電子が互いに反発して動くことができず絶縁体となります これら強相関電子系と呼ばれる物質群では 電荷 スピン [2] 軌道自由度 [3] が大きなエネルギースケールで作用し合っているため 圧力や磁場などの外部刺激によってさまざまな秩序相が現れることが知られています 特に近年では パイロクロア型結晶構造 [4] を持つイリジ [5] ウム酸化物において 磁性と結合した新たな電子状態が実現する可能性について活発に議論されています 今回 国際共同研究グループは高品質の単結晶を合成し 圧力 温度 磁場を細かく制御しながら電気輸送特性測定 ( 電気抵抗率測定 ) を行うことで 新たな磁気 電子相および相転移に伴う異常応答の開拓を目指しました まず 磁性絶縁体 ( 絶縁性の高い磁性体 ) である ネオジウム プラセオジウムイリジウム酸化物 ((Nd 1-x Pr x ) 2 Ir 2 O 7 ) を合成し 圧力下で電気輸送特性の測定を行ったところ 相転移温度が絶対零度 (0K) になる量子臨界点の近傍において巨大な磁気抵抗効果 [6] を観測しました さらに電気抵抗率の変化に伴い キャリアの性質を反映するホール伝導度 [7] が符号の変化を含めた異常な磁場依存性を示すことを明らかにしました また 磁気構造を考慮に入れた理論計算から 観測された現象が新しいタイプのトポロジカル電子相 [8] の発現を示している可能性を見いだしました これらの結果から これまで理論的に予測されていなかった電子相が量子臨界点近傍に多数存在することを実験的 理論的に実証しました 本成果は 固体中における磁性と電子状態に関する基礎的な理解を深めるとともに トポロジカル電子相に関する新たな知見を与えると期待できます 本研究は 国際科学雜誌 Nature Communications (5 月 24 日 ) に掲載されました 本研究は 最先端研究開発支援プログラム (FIRST) 課題名 強相関量子科学 科学研究費補助金事業の一環として実施されました 1

国際共同研究チーム理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生 ( 研究当時 ) 上田健太郎 ( うえだけんたろう ) ( 現マックスプランク固体物性研究所博士研究員 ) 研修生金子竜馬 ( かねこりょうま ) ( 東京大学大学院工学系研究科大学院生 ) グループディレクター十倉好紀 ( とくらよしのり ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 強相関界面研究グループ客員研究員藤岡淳 ( ふじおかじゅん ) ( 東京大学大学院工学系研究科講師 ) 強相関理論研究グループグループディレクター永長直人 ( ながおさなおと ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) ソウル大学准教授ボン-ジュン ヤン (Bohm-Jung Yang) 大学院生タエクー オー (Taekoo Oh) 1. 背景 多くの遷移金属酸化物は電子間の相互作用が強いために 電子が互いに反発して動くことができず絶縁体となります こういった強相関電子系と呼ばれる物質群では 電荷 スピン 軌道自由度が強く結合しているため 圧力や磁場などの外部刺激によってさまざまな秩序相が現れます 最近では 強いスピン軌道相互作用 [9] を持つ 5d 電子系酸化物において 従来の強相関電子系とは異なる興味深い磁性や電子状態が実現する可能性が提案され 精力的に研究が進められています なかでも パイロクロア型結晶構造を持つイリジウム酸化物は 磁気秩序したトポロジカル電子相の発現の可能性が理論的に予測されて以来 大きな注目を集めています しかしこれまでの研究では 試料合成が難しいため実験例が少なく 予測された電子相が実在するかはよく分かっていませんでした そこで国際共同研究グループは パイロクロア型イリジウム酸化物における新奇な磁気 電子相および相転移に伴う異常応答の開拓を目指しました 2. 研究手法と成果 国際共同研究グループは 相転移温度が絶対零度 (0K) になる量子臨界点近傍の磁性絶縁体 ( 絶縁性の高い磁性体 ) であるパイロクロア型イリジウム酸化物 ネオジウム プラセオジウムイリジウム酸化物 (Nd 1-x Pr x ) 2 Ir 2 O 7 ) に着目しました カリウムフッ化物 (KF) を溶媒としたフラックス法 [10] を用いて 結晶軸 2

方向がそろった結晶性の高い単結晶体を作製し試料としました パイロクロア格子は 希土類 [11] イオン ( 本研究では ネオジウムイオンまたはプラセオジウムイオン ) とイリジウムイオンがそれぞれ四面体を組み 頂点共有でつながった構造をしています ( 図 1a) 強いスピン軌道相互作用のために 四面体の頂点に位置するスピンは 各頂点と四面体の重心を結んだ方向に向きやすくなります このため 隣り合った頂点上のスピンが反平行に並ぼうとすると つまり反強磁性体 [5] になろうとすると 四面体頂点の四つのスピンが全て中あるいは外を向いた磁気構造が最も安定となります ( 図 1b) 十分に大きな外部磁場を高対称な結晶軸方向に加えるとスピンの向きが変わり 磁気構造を制御することができます ( 図 1c,d) 図 1 Nd 2 Ir 2 O 7 の結晶構造と磁気構造 a: パイロクロア型 Nd 2 Ir 2 O 7 の結晶構造 希土類イオン Nd と遷移金属イオン Ir がそれぞれ四面体を組んで 頂点共有でつながった構造を持つ b: ゼロ磁場下での磁気構造 四面体頂点の四つのスピンが全て中あるいは外を向いている all-in all-out 磁気構造と呼ばれる c:[001] 結晶軸方向の磁場下における磁気構造 四面体頂点の四つのスピンのうち 二つが中 残り二つが外を向いている 2-in 2-out 磁気構造と呼ばれる d:[111] 結晶軸方向の磁場下における磁気構造 四面体頂点の四つのスピンのうち 三つが中あるいは外 一つが外あるいは中を向いている 3-in 1-out 磁気構造と呼ばれる パイロクロア型結晶は 静水圧力 [12] を加え格子を等方的に縮ませることで 固体中の相転移現象において重要なパラメータであるバンド幅 [13] を調節することができます また 希土類イオンを ネオジウムからプラセオジウムに置換することでも類似の効果が得られます 本研究では この圧力と化学置換という二つのアプローチを用いて系のパラメータ制御を行いました 常圧下では 温度を下げていくと 23 K( 約 -250 ) で磁気転移 ( 磁気を示すようになる ) を起こし 電気抵抗率が急激に増加します ( 図 2a) 圧力を加えるまたは化学置換する (X の割合を変える ) と 磁気転移温度 [14] が低下していき 6 ギガパスカル (GPa 1 GPa は 10 億 Pa) 付近で反強磁性絶縁体相がほぼ完全に消失しました ( 図 2b,c) さらに 1 GPa 以上の反強磁性絶縁体相が消失する近傍において 巨大な磁気抵抗効果が観測されました これは 圧力によって 複数の磁気 電子相が互いに拮抗している臨界領域に系が引き寄せられたためだと考えられます 3

図 2 Nd 2 Ir 2 O 7 の抵抗率の温度依存性と相図 a,b:nd 2 Ir 2 O 7 における抵抗率の温度依存性 (a. 0 GPa, b. 1 GPa) 黒線がゼロ磁場下での抵抗率 赤線が [001] 結晶軸方向に磁場を加えたときの抵抗率 青線が [111] 方向に磁場を加えたときの抵抗率 0 GPa( 常圧 ) では 磁気転移温度 23 K(-250 ) 以下で抵抗率が急激に増加するが 1 GPa(10 億 Pa) では磁気転移温度が 23K よりも低くなっている 磁場下における抵抗率も 常圧下と比べて大きく変化している c: 圧力 化学置換 (X の変化 ) に対する電子 磁気相図 圧力を増加させていくと磁気転移温度が低下していき 約 6 GPa で反強磁性絶縁体相が消失する 次に 観測された磁気抵抗効果の知見を得るために 電気抵抗率に加えキャリアの性質を反映するホール伝導度の磁場依存性を測定しました その結果 大きな抵抗率変化に伴い ホール伝導度も符号の変化を含めた複雑な磁場依存性を示すことが分かりました これは 磁場によって磁気構造が変化したことに起因すると考えられます 磁気構造変化を考慮に入れて理論計算を行った結果 それぞれの磁気対称性 [15] を反映したトポロジカル電子相が発現している可能性が見いだされました ( 図 3) これまでの理論計算では そのような電子状態の存在は予測されていませんでしたが 本研究で圧力と磁場を細かく制御することにより 新たな電子相が実現することを実証しました 以上の結果から 磁気転移が絶対零度 (0K) で消失する量子臨界点近傍において さまざまな磁気構造に由来した多様なトポロジカル電子状態が実現している可能性が明らかになりました 4

図 3 理論計算による磁気 電子相図 a は [001] 結晶軸方向に磁場を加えたときの相図 b は [111] 結晶軸方向に磁場を加えたときの相図 クーロン相互作用および磁場の大きさによって さまざまな磁気 電子相が生じる可能性を示している 3. 今後の期待 本研究は 今まで理論的に予測されていなかった電子状態が磁気構造やバンド幅を制御することにより多数実現することを 実験的 理論的に実証しました これは 固体中における磁性とトポロジカル電子状態の関係について重要な知見を与えると考えられます また 今回確立した温度 圧力 磁場をパラメータとした相図は 今後 強相関トポロジカル物質の設計指針となると期待できます 4. 論文情報 < タイトル > Magnetic-field induced multiple topological phases in pyrochlore iridates with Mott criticality < 著者名 > Kentaro Ueda, Taekoo Oh, Bohm-Jung Yang, Ryoma Kaneko, Jun Fujioka, Naoto Nagaosa, and Yoshinori Tokura < 雑誌 > Nature Communications <DOI> 10.1038/ncomms15515 5. 補足説明 [1] 相転移相とは物質の性質が一様でかつ単一の熱力学関数で記述できる状態のことで 相転移とはある相から別の相へ変化することである 例えば 常温常圧下における水は液相であるが 冷却して 0 以下にすると固相へ相転移し 加熱して 100 以上にすると気相へ相転移する 5

[2] スピン電子の持っている小さな磁石としての性質のこと 隣り合うスピンの向きがそろうと全体として大きな磁化を持ち磁石となるが 隣り合うスピンの向きが逆向きになると全体としては磁化を持たなくなる [3] 軌道自由度電子軌道とは 原子核の周りを回っている電子の配置のことで 量子数に応じて s 軌道 p 軌道 d 軌道などと呼ばれる 量子力学において 電子の場所は特定することができないため確率分布として記述され その形状から電子雲とも呼ばれる 軌道自由度とは 電子雲の形状 または電子がどの軌道を占有するかという自由度のことを指す [4] パイロクロア型結晶構造パイクロアとは黄緑石のこと ニオブ (Nb) の原料となる天然鉱石で理想的な組成式は Ca 2 Nb 2 O 7 実際には Ca の一部が Na で Nb の一部が Ta( タンタル ) で O の一部が F でそれぞれ置換されたり H が付け加わったりすることもある この結晶構造をパイロクロア型結晶構造と呼ぶ 基本的な構造を変えないままで 多くの元素での置き換えが自由に行えるため物質設計が容易である これまで 数多くのパイロクロア型物質が人工的に合成されている [5] 磁性 反強磁性体磁性とは 内部に各電子の回転運動に起因した微小な磁石 ( スピン ) が生じさせる物性のこと 磁性を持つ物質 ( 磁性体 ) は通常冷却すると 巨視的な数の電子スピンが何らかのパターンで整列する磁気秩序を示す 主として 磁石としての巨視的な磁化を示す鉄 コバルト ニッケルなどの 強磁性体 磁化が内部で打ち消されている 反強磁性体 スピンが秩序化しない 常磁性体 などに分類される [6] 磁気抵抗効果外部磁場を加えることで 電気抵抗が変化する現象のこと [7] ホール伝導度ホール効果とは 電流に対して磁場をかけたときに 電流と磁場の両方に直交する方向に起電力が現れる現象のこと ホール抵抗率は 横方向の電圧に対して縦方向の電流で割った値として定義され ホール伝導度は抵抗率テンソルの逆行列非対角項として定義される [8] トポロジカル電子相トポロジカル電子相とは 電子波動関数の特殊な幾何学的位相を反映した電子相のこと 固体中の電子は波として振る舞うため 波を特徴づける量である位相が 電子の運動に重要な役割を果たす 相対論的スピン軌道相互作用の強い系などにおいて しばしば位相に量子力学的な項が生じ 古典論では説明できない現象が現れる 例として 中身は絶縁体であるにも関わらず表面は金属であるトポロジカル絶縁体や 相対論的量子力学で用いられるディラック方程式またはワイル方程式で電子の運動を記述できるディラック半金属 ワイル半金属が挙げられる 6

[9] スピン軌道相互作用電子は自転に対応する固有の角運動量を持っており それをスピンという 原子核の周りを回転運動する電子は軌道角運動量を持っており 相対論的量子力学によれば 電子のスピンと軌道角運動量の内積に比例するエネルギー項が存在する このエネルギー項のことをスピン軌道相互作用と呼び 電子スピンの向きを変える働きを持つ [10] フラックス法単結晶を合成する手法の一つ 目的の物質を低温で融解しやすくするために融剤を添加し 高温で溶解させた後に徐冷することで 再結晶化した物質を得ることができる [11] 希土類周期表第 3 族であるスカンジウムとイットリウムおよびランタノイドに属する 15 個の元素を合わせた計 17 元素の総称 [12] 静水圧力静止している水中において働く圧力 水中の一点に作用する圧力は 方向によらず同じ大きさである [13] バンド幅固体中では 電子はエネルギーの低いものから順に バンドと呼ばれる電子の受け入れ領域に詰まっていく このバンドの受け入れ可能なエネルギーの範囲の大きさをバンド幅と呼ぶ [14] 磁気転移温度通常 物質は十分高温では 常磁性 という磁性を持たない状態であるが ある温度以下で 強磁性 などの磁性を示すようになる 磁性を示すようになった温度が磁気転移温度である [15] 磁気対称性多くの磁性体において スピンはある周期性を持って整列する 磁気対称性とは 結晶の対称性に加えてスピンの並び方を考慮に入れた対称性のこと 6. 発表者 機関窓口 < 発表者 > 研究内容については発表者にお問い合わせ下さい理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生 ( 研究当時 ) 上田健太郎 ( うえだけんたろう ) ( 現マックスプランク固体物性研究所博士研究員 ) 研修生金子竜馬 ( かねこりょうま ) ( 東京大学大学院工学系研究科大学院生 ) 客員研究員藤岡淳 ( ふじおかじゅん ) ( 東京大学大学院工学系研究科講師 ) グループディレクター十倉好紀 ( とくらよしのり ) 7

( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関理論研究グループグループディレクター永長直人 ( ながおさなおと ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) < 機関窓口 > 理化学研究所広報室報道担当 8