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I. はじめに 1,2) 3) 2 4) 5) 6) 7) 8) 6) Horikawa 9) ) Holtzer 11) ) 6,9,11) 7,8,12) 13) Modified Stroop Test Moreland 14)

フレイルのみかた

日本転倒予防学会誌 Vol.3 No.3: 特集 地域在住フレイル高齢者に対する介入は転倒リスクを 減らせるのか 金憲経 青木登紀子 東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム 要 約 フレイルは要介護状態になる主な原因であり, フレイル高齢者では転倒も多い フ

高齢者におけるサルコペニアの実態について みやぐち医院 宮口信吾 我が国では 高齢化社会が進行し 脳血管疾患 悪性腫瘍の増加ばかりでなく 骨 筋肉を中心とした運動器疾患と加齢との関係が注目されている 要介護になる疾患の原因として 第 1 位は脳卒中 第 2 位は認知症 第 3 位が老衰 第 4 位に

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IPSJ SIG Technical Report Vol.2017-CG-168 No.10 Vol.2017-DCC-17 No.10 Vol.2017-CVIM-209 No /11/ [1] 3.7 [2] (MCI) 1 1 Osaka Uni

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manual と注意機能検査である TMT の所要時間との間に有意な正の相関がみられた⁴) と報告している. Cook らは認知機能の検査を行っていなかったため, 認知機能の検査が行われた Olsson らの研究と対象者の比較ができないことや, 比較的元気な高齢者を対象としていたことが課題として挙げ

腰痛多発業種における 作業姿勢特性調査 独立行政法人労働者健康福祉機構所長酒井國男 大阪産業保健推進センター 相談員久保田昌詞 特別相談員浅田史成 大阪労災病院勤労者予防医療センター所 長大橋誠 関東労災病院リハビリテーション科 技師長田上光男 日本産業衛生学会産業医部会 部会長岡田章

2) 各質問項目における留意点 導入質問 留意点 A B もの忘れが多いと感じますか 1 年前と比べてもの忘れが増えたと感じますか 導入の質問家族や介護者から見て, 対象者の もの忘れ が現在多いと感じるかどうか ( 目立つかどうか ), その程度を確認する. 対象者本人の回答で評価する. 導入の質

論文題目 大学生のお金に対する信念が家計管理と社会参加に果たす役割 氏名 渡辺伸子 論文概要本論文では, お金に対する態度の中でも認知的な面での個人差を お金に対する信念 と呼び, お金に対する信念が家計管理および社会参加の領域でどのような役割を果たしているか明らかにすることを目指した つまり, お

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

2. 転倒危険者を察知する ナースの直感 の分析研究の説明書 研究実施説明書もの忘れ外来に通院されている 患者様を対象に 転倒を察知する看護師の洞察力に関する研究のご説明を開始いたします 転倒は太ももの付け根 ( 大腿骨頸部 ) 骨折 手首の骨折の 80% 以上の原因です 大腿骨頸部骨折も手首の骨折

京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻紀要健康科学第 6 巻 2009 原 著 地域在住高齢者に対するトレーニングが運動機能に及ぼす影響 筋力トレーニングと複合トレーニングとの効果の違いについて 池添冬芽, 市橋則明 Effect of Resistance, Balance and Power

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地域包括支援センターにおける運営形態による労働職場ストレス度等の調査 2015年6月

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842 理学療法科学第 24 巻 6 号 I. はじめに II. 対象と方法 我々は日常生活を送る上で, 歩行, 立ち上がりなど単独の動作だけでなく, 人と会話をしながら歩く など, 複合した課題を遂行している このような様々な環境下でも必要な情報に注意を向け, スムーズに動作や作業を実施するために

協会けんぽ加入者における ICT を用いた特定保健指導による体重減少に及ぼす効果に関する研究広島支部保健グループ山田啓介保健グループ大和昌代企画総務グループ今井信孝 会津宏幸広島大学大学院医歯薬保健学研究院疫学 疾病制御学教授田中純子 概要 背景 目的 全国健康保険協会広島支部 ( 以下 広島支部

TDM研究 Vol.26 No.2

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( 神﨑光子 ) 論文題名 周産期における家族機能が母親の抑うつ 育児自己効力感 育児関連のストレス反応に及ぼす影響 論文内容の要旨 緒言 女性にとって周産期は 妊娠 分娩 産褥各期の身体的変化だけでなく 心理的 社会的にも変化が著しいため うつ病を中心とした気分障害

論文内容の要旨

1. 背景統合失調症患者が一般人口に比べて暴力傾向にあるということは これまでにも多くの検討がなされている (Walsh et al., 2002) しかし統合失調症と暴力との関係についてはさまざまな議論が存在する (Monahan, 1992 Amore et al., 2008 Vevera e

病などにより筋たんぱく分解因子である炎症性サイトカインが増加し その結果 サルコ ペニアが発症すると考えられる この中で 我々が介入できうるものとしては 合成因子 の運動と栄養が挙げられる サルコペニアのアルゴリズムと有病率我々はサルコペニアの診断について SSCWD(Society on Sarc

表 5-1 機器 設備 説明変数のカテゴリースコア, 偏相関係数, 判別的中率 属性 カテゴリー カテゴリースコア レンジ 偏相関係数 性別 女性 男性 ~20 歳台 歳台 年齢 40 歳台

Epidemiology and implications of falling among the elderly

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IPSJ SIG Technical Report Vol.2014-HCI-160 No.8 Vol.2014-UBI-44 No /10/14 1,a) 1,b) 1,c) 1,d) 1. [1] HMD 1 Kyoto Institute of Technology a) kyok

高齢者の筋肉内への脂肪蓄積はサルコペニアと運動機能低下に関係する ポイント 高齢者の筋肉内に霜降り状に蓄積する脂肪 ( 筋内脂肪 ) を超音波画像を使って計測し, 高齢者の運動機能や体組成などの因子と関係するのかについて検討しました 高齢男性の筋内脂肪は,1) 筋肉の量,2) 脚の筋力指標となる椅子

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多目的な障害予防のための「ニコニコ体操」

2011 年度修士論文 入院中の高齢理学療法処方患者における転倒自己効力感と膝伸展筋力の関係 Falls Efficacy and Knee Extension Strength among Elderly Inpatients under going Physiotherapy 早稲田大学大学院ス

短 報 Nurses recognition and practice about psychological preparation for children in child health nursing in the combined child and adult ward Ta

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早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

(3) 検定統計量の有意確率にもとづく仮説の採否データから有意確率 (significant probability, p 値 ) を求め 有意水準と照合する 有意確率とは データの分析によって得られた統計値が偶然おこる確率のこと あらかじめ設定した有意確率より低い場合は 帰無仮説を棄却して対立仮説

助成研究演題 - 平成 23 年度国内共同研究 (39 歳以下 ) 重症心不全の集学的治療確立のための QOL 研究 東京大学医学系研究科重症心不全治療開発講座客員研究員 ( 助成時 : 東京大学医学部附属病院循環器内科日本学術振興会特別研究員 PD) 加藤尚子 私は 重症心不全の集学的治療確立のた

596 Dementia Japan 29 : , 2015 原著 1,2 1,2 1,3 1,4 1,4 1,5 1,5 1,6 1,7 1,8 要 旨 Activity of Initial - phase Intensive Support Team for Dementia o

(3) 摂取する上での注意事項 ( 該当するものがあれば記載 ) 機能性関与成分と医薬品との相互作用に関する情報を国立健康 栄養研究所 健康食品 有効性 安全性データベース 城西大学食品 医薬品相互作用データベース CiNii Articles で検索しました その結果 検索した範囲内では 相互作用

宗像市国保医療課 御中

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

4 身体活動量カロリズム内に記憶されているデータを表計算ソフトに入力し, 身体活動量の分析を行った 身体活動量の測定結果から, 連続した 7 日間の平均, 学校に通っている平日平均, 学校が休みである土日平均について, 総エネルギー消費量, 活動エネルギー量, 歩数, エクササイズ量から分析を行った

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小学生のカルシウム摂取量に寄与する食品の検討 小学生のカルシウム摂取量に寄与する食品の検討 小川瑞己 1 佐藤文佳 1 村山伸子 1 * 目的 小学生のカルシウム摂取の実態を把握し 平日と休日のカルシウム摂取量に寄与する食品を検討する 方法 2013 年に新潟県内 3 小学校の小学 5 年生全数 3

08 資料4★ がっちゃんこ★2016年9月2日【厚労省会議】フレイル対策(東大・飯島勝矢)①

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

2005年度 在宅医療助成一般公募(後期)報告書

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当院人工透析室における看護必要度調査 佐藤幸子 木村房子 大館市立総合病院人工透析室 The Evaluation of the Grade of Nursing Requirement in Hemodialysis Patients in Odate Municipal Hospital < 諸

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機能分類や左室駆出率, 脳性ナトリウム利尿ペプチド (Brain Natriuretic peptide, BNP) などの心不全重症度とは独立した死亡や入院の予測因子であることが多くの研究で示されているものの, このような関連が示されなかったものもある. これらは, 抑うつと心不全重症度との密接な

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千葉テストセンター発行 心理検査カタログ

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図. 各要因による 9.4 年間での日英 ( イングランド ) の生存期間の差 ~ 日英高齢者の生存期間の比較研究から ~ 注 ) 調査開始時点の日英の年齢や健康状態の差を調整した上でも 9.4 年間の間に日本人が女性で319 日 男性で132 日 英国人よりも長生きをしていました グラフの数字は

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

理学療法科学 23(3): ,2008 原著 地域在住高齢者における転倒恐怖感に関連する因子 Factors of Fear of Falling among the Community Dwelling Elderly 1) 村上泰子 2) 柴喜崇 3) 渡辺修一郎 大渕修一 4) 5

報道関係各位 2015 年 7 月 31 日 ガルデルマ株式会社 塩野義製薬株式会社 ~ ニキビ経験者を対象としたニキビとニキビ痕に関する調査 より ~ ニキビ経験者の多くが ニキビ治療を軽視 軽いニキビでも ニキビ痕 が残る ことを知らない人は約 8 割 ガルデルマ株式会社 ( 本社 : 東京都新

ピルシカイニド塩酸塩カプセル 50mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにピルジカイニド塩酸塩水和物は Vaughan Williams らの分類のクラスⅠCに属し 心筋の Na チャンネル抑制作用により抗不整脈作用を示す また 消化管から速やかに

QOL) を向上させる支援に目を向けることが必要になると考えられる それには統合失調症患者の生活の質に対する思いや考えを理解し, その意向を汲みながら, 具体的な支援を考えなければならない また, そのような背景のもと, 精神医療や精神保健福祉の領域において統合失調症患者の QOL 向上を目的とした

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過去の習慣が現在の習慣に与える影響 インターネットの利用習慣の持ち越し 松岡大暉 ( 東北大学教育学部 ) 1 問題関心本研究の目的は, インターネットの利用の習慣について, 過去のインターネットの利用習慣が現在のインターネットの利用の習慣に影響を与えるかを検証することである. まず, 本研究の中心


学位論文審査結果報告書

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 庄司仁孝 論文審査担当者 主査深山治久副査倉林亨, 鈴木哲也 論文題目 The prognosis of dysphagia patients over 100 years old ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 日本人の平均寿命は世界で最も高い水準であり

厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)

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健康寿命の指標

2) エネルギー 栄養素の各食事からの摂取割合 (%) 学年 性別ごとに 平日 休日の各食事からのエネルギー 栄養素の摂取割合を記述した 休日は 平日よりも昼食からのエネルギー摂取割合が下がり (28~31% 程度 ) 朝食 夕食 間食からのエネルギー摂取割合が上昇した 特に間食からのエネルギー摂取

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表 6.1 横浜市民の横浜ベイスターズに対する関心 (2011 年 ) % 特に何もしていない スポーツニュースで見る テレビで観戦する 新聞で結果を確認する 野球場に観戦に行く インターネットで結果を確認する 4.

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

[ 原著論文 ] メタボリックシンドローム該当者の年齢別要因比較 5 年間の健康診断結果より A cross primary factors comparative study of metabolic syndrome among the age. from health checkup resu

課題名

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

あった AUCtはで ± ng hr/ml で ± ng hr/ml であった 2. バイオアベイラビリティの比較およびの薬物動態パラメータにおける分散分析の結果を Table 4 に示した また 得られた AUCtおよび Cmaxについてとの対数値

平成18年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)

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技術基準改訂による付着検討・付着割裂破壊検討の取り扱いについてわかりやすく解説


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( 図表 1) 平成 28 年度医療法人の事業収益の分布 ( 図表 2) 平成 28 年度医療法人の従事者数の分布 25.4% 27.3% 15.8% 11.2% 5.9% n=961 n=961 n= % 18.6% 18.5% 18.9% 14.4% 11.6% 8.1% 資料出所

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48. 転倒しない自信と実際の身体能力との乖離が転倒へ及ぼす影響 田中武一 ( 天理よろづ相談所病院リハビリセンター ) 青山朋樹 ( 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 ) 山田実 ( 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 ) 永井宏達 ( 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 ) 森周平 ( 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 ) はじめに 高齢者と接する中で 高齢者本人が身体能力を誤って認識しており 転倒を招いている印象を受けることがある 転倒と関連する心理特性の報告は数多くなされており 主なものに自己効力感や自信 転倒恐怖感などが挙げられる 転倒恐怖感については 歩行能力など身体機能の低下 実際の転倒との関連などが報告されており 転倒恐怖感を有することは 活動性の低下をもたらし それに伴い身体状態の悪化 QOL の低下 うつなどを引き起こすため 恐怖感を持たせないことの重要性が検討されている しかしながら もし身体機能が低下した高齢者が恐怖感を持ち合わせていないということになれば その高齢者は無謀な行動をしてしまう可能性も考えられる このことから 身体機能が低下した高齢者が転倒恐怖感を有しているということは 転倒するといった機会を減らすための防御機構となると考えることも可能であり 運動機能により転倒恐怖感を持たないことの重要性は変わってくる 身体機能の高低により転倒のリスク要因が異なるとする報告のように 身体機能の高低を踏まえて 心理面である転倒しない自信 ( 転倒恐怖感 ) も検討していくべきであると考える そこで 本研究の目的は 地域在住高齢者を身体機能の高低で2 群に分けた上で 転倒しない自信 ( 転倒恐怖感 ) の有無が転倒と関連するかを検討することとした 対象と方法 対象は歩行可能な地域在住高齢者 171 名 ( 男性 :63 名 女性 :108 名 年齢 :76.7 ± 6.4 歳 ) とした なお これらの参加者は地域の健康イベント参加者 もしくはデイケア施設の利用者である 組入基準は 65 歳以上 杖等歩行補助具の使用を認めるが他人の介助を認めないという条件下で 10m の歩行可能な者とした また 除外基準 ( 重度の心臓 肺 筋骨格系疾患を有する者 パーキンソン病 脳卒中など 転倒リスクを上昇させるリスクのある疾患を有する者 認知機能低下により検査 測定に支障を来す者 ) に該当する対象者を除外した 234

測定項目は Timed Up and Go test(tug) とした 椅子に座った対象者の 3m 前方に目標物を配置し 対象者に椅子から立ち上がり 前方に歩き 目標物を周り 椅子に帰ってきて座るまでの動作を最大速度で行うよう指示した 測定者により見本が示された後一度だけ実施させ 全行程を行うのにかかった時間を測定した また過去一年間の転倒経験の有無と 転倒恐怖感の有無を聴取した 転倒の定義は 歩行や動作時に つまずいたり すべったりして 床 地面に手や臀部など体の一部か接触した場合 とした 転倒恐怖感の有無は 転倒に対して恐怖感はありますか? との質問で聴取した その後 身体機能の高低と転倒恐怖感の有無により対象者を 4 群に分類した 群分けの方法は TUG が 13.5 秒未満かつ転倒しない自信がない ( 転倒恐怖感を有する ) 群を A 群 13.5 秒未満かつ自信がある ( 転倒恐怖感を有さない ) 群を B 群 TUG が 13.5 秒以上かつ転倒しない自信がない ( 転倒恐怖感を有する ) 群を C 群 13.5 秒以上かつ自信がある ( 転倒恐怖感を有さない ) 群を D 群とした TUG における 13.5 秒とは 先行研究において転倒のリスクが上昇するカットオフ値として示されている値である 統計解析は まず全対象者に対し 転倒恐怖感の有無 転倒経験の有無の関連を調べるためにχ 2 検定を行った 次に A 群と B 群 C 群と D 群の間のそれぞれの属性の違いを調べるために χ 2 検定 もしくは対応の無い t 検定を行った なお メインアウトカムとして A 群と B 群 C 群と D 群の間の転倒発生率の差異を明らかにするため それぞれの間にχ 2 検定を行った 有意水準は 5% 未満とした 結果 対象者のうち 転倒経験のある者は 59 名 (34.5%) 転倒恐怖感を有していた者は 78 名 (45.6%) であった TUG の平均値は 12.1 ± 5.8 秒であった 群分けの結果 A 群 50 名 B 群 71 名 C 群 28 名 D 群 22 名となった 対象者全体に於ける転倒恐怖感の有無と 転倒経験の有無の関連についてのχ 2 検定の結果 p = 0.14 と有意な関連はなかった 図 1 対象者特性 235

C 群と D 群の間の基本属性においては有意な差はみられなかったが A 群と B 群の間には TUG の値に於いて有意差がみられ (p < 0.01) A 群に比べ B 群では速い値を示した ( 図 1) 各群の転倒数 ( 割合 ) は A 群 22 名 (44.0%) B 群 14 名 (19.7%) C 群 10 名 (35.7%) D 群 13 名 (59.1%) であった A 群と B 群間 C 群と D 群間の転倒経験の有無のχ 2 検定の結果 それぞれ p < 0.01 p < 0.05 で有意となった A 群に比べて B 群 D 群に比べて C 群でそれぞれ転倒発生が多いという結果となった ( 図 2) 図 2 各群の転倒群 非転倒群の人数 各群の転倒率は A 群 44.0% B 群 19.7% C 群 35.7% D 群 59.1% であった A 群と B 群間 C 群と D 群間の転倒経験の有無のχ 2 検定の結果 それぞれ p < 0.01 p < 0.05 で有意となり B 群に比べて A 群 C 群に比べて D 群で転倒発生が多かった 考察 身体機能が低下している高齢者 (TUG が 13.5 秒以上かかる高齢者 ) においては 転倒恐怖感を有している ( 転倒しない自信がない ) 群 :C 群に比べて 転倒恐怖感を有してい 236

ない ( 転倒しない自信がある ) 群 :D 群で転倒発生が多かった 一方 身体機能が低下していない高齢者 (TUG が 13.5 秒未満の高齢者 ) においては 転倒恐怖感を有していない ( 転倒しない自信がある ) 群 :B 群に比べて 転倒恐怖感を有している ( 転倒しない自信がない ) 群 :A 群で転倒発生が多かった これらのことから 身体機能が低下し かつ転倒しない自信がある ( 転倒恐怖感がない ) 高齢者は転倒しやすい可能性が示唆される つまり 転倒恐怖感を有していることで転倒発生を低下させているともいえる 先行研究においては 転倒恐怖感を有していると転倒発生が増加するとする報告が存在するが 今回の身体機能が低下している高齢者においては異なる結果となった 先行研究では 身体機能を評価していない 若しくは評価していても 身体機能の高低により対象者を群分けして転倒リスク評価を行っている報告は少ない 今回の研究では 新たに対象者を身体機能の高低により分類したことで 身体機能の低下している群において転倒しない自信がある ( 転倒恐怖感を有していない ) 者と転倒との関連が明らかになったと考える 転倒恐怖感を有することは活動制限 QOL の低下などを引き起こすため 一概に転倒恐怖感を有することが勧められる訳ではないことは留意すべきである ただ単に転倒恐怖感を減少させることは高齢者に過剰に自信を与えるために有害であることを示唆する報告が存在する この報告では 転倒リスクは高いが自覚する転倒リスクは低い群では 直接転倒との関連はみられなかったが 身体活動や地域活動への参加を維持しているという結果であった 本研究ではこの示唆同様に 身体機能の低い対象者においては転倒恐怖感を有することで活動制限を伴い それが危険行動からの退避となった結果転倒が抑制されていた可能性がある つまり 身体機能が低下した高齢者においては 転倒恐怖感の欠如が転倒リスクとなることが示された 一方 身体機能が低下していない高齢者においては 転倒恐怖感を有していない群に比べて 転倒恐怖感を有している群で転倒発生が多かった 転倒恐怖感を有していることに過去の転倒経験が関わっていることは先行研究と一致しており ここに関しては共通の見解が得られており 本研究の身体機能の低下していない高齢者に関しては同様の結果が得られたものと考えられる 本研究の結果から 身体機能が低下した高齢者においては 転倒しない自信がある ( 転倒恐怖感の欠如 ) が転倒リスクとなること 身体機能が低下していない高齢者においては 先行研究同様 転倒しない自信がある ( 転倒恐怖感を有していない ) 群に比べて 転倒しない自信がない ( 転倒恐怖感を有している ) 群で転倒発生が多かったことが明らかとなった つまり 身体機能の高低により転倒しない自信 ( 転倒恐怖感 ) が与える影響が異なる可能性が明らかにされた 本研究の限界として まず 横断研究であることから 転倒後症候群により転倒恐怖感が発生した可能性があり 転倒恐怖感の転倒に対する影響を 身体機能の低下している高齢者においては過小評価 身体機能の低下していない高齢者に於いては過大評価している恐れがある また 転倒恐怖感に関しては転倒との間に他の要素の介在が容易に予想され 237

る 転倒後症候群や その他の因子の関与の可能性を排した個人の心理学的な因子を求めるためには 本研究で使用した転倒恐怖感では限界がある 転倒の有無に影響を受けにくいと考えられるその他の 性格などの心理的要素を取り入れた評価を行うことで よりその個人の転倒リスクを多方面から評価できる可能性がある 参考文献 Arfken CL, Lach HW, Birge SJ, Miller JP. The prevalence and correlates of fear of falling in elderly persons living in the community. Am J Public Health. 1994; 84(4): 565-70. Friedman SM, Munoz B, West SK, Rubin GS, Fried LP. Falls and fear of falling: which comes first? A longitudinal prediction model suggests strategies for primary and secondary prevention. J Am Geriatr Soc. 2002; 50(8): 1329-35. Lachman ME, Howland J, Tennstedt S, Jette A, Assmann S, Peterson EW. Fear of falling and activity restriction: the survey of activities and fear of falling in the elderly (SAFE). J Gerontol B Psychol Sci Soc Sci. 1998; 53(1): P43-50. Shumway-Cook A, Brauer S, Woollacott M. Predicting the probability for falls in community-dwelling older adults using the Timed Up & Go Test. Phys Ther. 2000; 80(9): 896-903. Yamada M, Aoyama T, Arai H, Nagai K, Tanaka B, Uemura K, et al. Dual-task walk is a reliable predictor of falls in robust elderly adults. J Am Geriatr Soc. 2011; 59(1): 163-4. 経費使途明細 使途内容 金額 謝礼 ( 身体能力評価者 ) 3000 円 8 名 2 日 48,000 円 謝礼 ( 事務補助およびデータ入力者 ) 3000 円 4 名印刷 複写 資料費 (5 円 計 1250 枚 ) 文具関連 ( ストップウォッチ ペン クリアファイル等評価時用具 ) 会議室利用料統計解析ソフト (SPSS メディカルエントリーモデルアカデミック ) 計 12,000 円 6,250 円 16,380 円 4,800 円 216,600 円 304,030 円 238