1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

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2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

<1. 新手法のポイント > -2 -

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 7 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 生殖細胞の誕生に必須な遺伝子 Prdm14 の発見 - Prdm14 の欠損は 精子 卵子がまったく形成しない成体に - 種の保存 をつかさどる生殖細胞には 幾世代にもわたり遺伝情報を理想な状態で維持し 個体を

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

資料 4 生命倫理専門調査会における主な議論 平成 25 年 12 月 20 日 1 海外における規制の状況 内閣府は平成 24 年度 ES 細胞 ips 細胞から作成した生殖細胞によるヒト胚作成に関する法規制の状況を確認するため 米国 英国 ドイツ フランス スペイン オーストラリア及び韓国を対象

を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

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平成18年3月17日

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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資料 3-1 CREST 人工多能性幹細胞 (ips 細胞 ) 作製 制御等の医療基盤技術 平成 20 年度平成 21 年度平成 22 年度 10 件 7 件 6 件 進捗状況報告 9.28,2010 総括須田年生

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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生物の発生 分化 再生 平成 12 年度採択研究代表者 小林悟 ( 岡崎国立共同研究機構統合バイオサイエンスセンター教授 ) 生殖細胞の形成機構の解明とその哺乳動物への応用 1. 研究実施の概要本研究は ショウジョウバエおよびマウスの生殖細胞に関わる分子の同定および機能解析を行い 無脊椎 脊椎動物に

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STAP現象の検証の実施について

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

長期/島本1

STAP現象の検証結果

スライド 1

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背景ヒトを含むほとんどの哺乳類は性染色体によってその雌雄が決定されます 性染色体はX 染色体とY 染色体から成り 性染色体がXX 型ならばメスが XY 型ならばオスが生じます つまりY 染色体 ( の遺伝子 ) があるか否かでメスになるかオスになるかが決定します しかしながら Y 染色体は進化の過程

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

れていない 遺伝子改変動物の作製が容易になるなどの面からキメラ形成できる多能性幹細胞 へのニーズは高く ヒトを含むげっ歯類以外の動物におけるナイーブ型多能性幹細胞の開発に 関して世界的に激しい競争が行われている 本共同研究チームは 着床後の多能性状態にある EpiSC を着床前胚に移植し 移植細胞が

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

研究成果報告書

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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1. 背景ヒトの染色体は 父親と母親由来の染色体が対になっており 通常 両方の染色体の遺伝子が発現して機能しています しかし ある特定の遺伝子では 父親由来あるいは母親由来の遺伝子だけが機能し もう片方が不活化した 遺伝子刷り込み (genomic imprinting) 6 が起きています 例えば

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資料110-4-1 核置換(ヒト胚核移植胚)に関する規制の状況について

Establishment and Characterization of Cynomolgus Monkey ES Cell Lines

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icems ニュースリリース News Release 2009 年 12 月 11 日 京都大学物質 - 細胞統合システム拠点 ips 細胞研究を進めるための社会的課題と展望 - 国際幹細胞学会でのワークショップの議論を基に - 加藤和人京都大学物質 - 細胞統合システム拠点 (icems=アイセ

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. 発表者 : 山田泰広 ( 東京大学医科学研究所システム疾患モテ ル研究センター先進病態モテ ル研究分野教授 ) 河村真吾 ( 研究当時 : 京都大学 ips 細胞研究所 / 岐阜大学

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研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

論文の内容の要旨

資料3-1_本多准教授提出資料

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

2. 研究の背景関節軟骨は 骨の端を覆い 腕や膝を曲げた時などにかかる衝撃を吸収する組織です 正常な関節軟骨は硝子軟骨と呼ばれます 私達の日常動作のひとつひとつを なめらかに行うためにも大切な組織ですが 加齢に伴ってすり減ったり スポーツや交通事故などの怪我により損傷をうけると 硝子軟骨が線維軟骨注

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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< 研究の背景 > 肉腫は骨や筋肉などの組織から発生するがんで 患者数が少ない稀少がんの代表格です その一方で 若い患者にしばしば発生すること 悪性度が高く難治性の症例が少なくないこと 早期発見が難しいことなど多くの問題を含んでいます ユーイング肉腫も小児や若年者に多く 発見が遅れると全身に転移する

体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

報道発表資料 2005 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人京都大学 ES 細胞からの神経網膜前駆細胞と視細胞の分化誘導に世界で初めて成功 - 網膜疾患治療法開発への応用に大きな期待 - ポイント ES 細胞の細胞塊を浮遊培養し 16% の高効率で神経網膜前駆細胞に分化させる系

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

精子・卵子・胚研究の現状(久慈 直昭 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 講師提出資料)

Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

遺伝子組み換えを使わない簡便な花粉管の遺伝子制御法の開発-育種や農業分野への応用に期待-

Microsoft Word osumi-1Ositorrr.doc

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

平成14年度研究報告

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

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この問題点の一つとして従来からの細胞培養法が挙げられます 長年行われている細胞培養法では 細胞培養フラスコやディッシュなどを使用していますが これらは実験者にとって操作しやすいものの 細胞自身に適したものでは決してありません それは 細胞が本来あるべき環境とは異なるからです 私たちの体において 細胞

Microsoft Word CREST中山(確定版)

Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc

( 図 ) 顕微受精の様子

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

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PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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SNPs( スニップス ) について 個人差に関係があると考えられている SNPs 遺伝子に保存されている情報は A( アデニン ) T( チミン ) C( シトシン ) G( グアニン ) という 4 つの物質の並びによってつくられています この並びは人類でほとんど同じですが 個人で異なる部分もあ

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

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Microsoft Word 部会報告書.doc

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

Transcription:

マウス多能性幹細胞から精子幹細胞を試験管内で誘導 精子形成全過程の試験管内誘導の基盤形成 ポイント マウス多能性幹細胞注 1 から精子幹細胞様細胞注 2 の試験管内での誘導に成功 精子幹細胞様細胞は成体の精巣内で精子に分化し 健常な子孫を産生 精子幹細胞注 3 注 4 におけるDNAのメチル化異常が精子形成不全につながることを発見 京都大学大学院医学研究科の斎藤通紀教授 [ 兼科学技術振興機構 (JST)ERATO 斎藤全能性エピゲノムプロジェクト研究総括 京都大学物質 - 細胞統合システム拠点 (icems= アイセムス ) 主任研究者 京都大学 ips 細胞研究所研究員 ] 同研究科の石藏友紀子特定研究員らは マウス多能性幹細胞 (ES 細胞 ) から 試験管内にて精子幹細胞様細胞及びその長期培養株 Germline stem cell-like cells(gsclcs) を誘導することに成功しました図 1 この GSCLCs は 生殖細胞を欠損する成体マウスの精巣中で精子に分化し 健常な子孫を生み出すことができました 本研究グループは これまで マウス多能性幹細胞から始原生殖細胞様細胞注 5 注 6 を誘導し それらを 生殖細胞欠損マウス新生仔 ( 生後 7 日齢 ) の精巣に移植することで精子を得 さらには健常な産仔を得ることに成功してきました オスの生殖細胞発生過程を試験管内で再構成する研究において 次の重要な目標は精子幹細胞を誘導することです 精子幹細胞は 成体で常に精子を産出する生殖細胞系列で唯一の幹細胞です 本研究では マウス多能性幹細胞 (ES 細胞 ) から誘導した始原生殖細胞様細胞を 胎仔 ( 胎注 7 齢 12.5 日齢 ) の生殖巣体細胞と共に凝集させて作製した 再構成精巣 図 2 を培養することにより 始原生殖細胞様細胞から精子幹細胞に似た細胞を分化させ これを GSCLCs として試験管内で 4 ヶ月以上長期培養することに成功しました さらに この GSCLCs を 生殖細胞欠損マウスの新生仔 ( 生後 7 日齢 ) および成体 ( 生後 8 週齢 ) の精巣に移植したところ その一部が両精巣中で精子に分化し 健常な子孫を生み出すことができました図 3 この結果は 始原生殖細胞様細胞が長期間培養できないこと 新生仔精巣内でしか精子に分化できないという これまでの 2 つの課題を解決しました さらに本研究では 精子幹細胞形成過程における DNA のメチル化制御異常が精子形成不全につながることを発見しました 今後 精子幹細胞の形成メカニズムの解明 DNA のメチル化異常に起因する疾患の発症メカニズムの解明 ヒト始原生殖細胞様細胞からヒト精子幹細胞様細胞を誘導する方法論の開発などに貢献すると期待されます 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業の一環として行われ アメリカ東部時間 :2016 年 12 月 6 日 ( 火 ) 正午 [ 日本時間 : 2016 年 12 月 7 日 ( 水 ) 午前 2 時 ] に米国科学誌 Cell Reports のオンライン速報版で公開されました

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカニズムの理解につながります 生殖細胞分化の重要な過程の多くは 胎児成長の過程で行われます しかし 胎児の生殖細胞は その細胞数の少なさやサイズが小さいことによる扱いづらさから 解析に困難を伴います そのため 多能性幹細胞から生殖細胞系列の細胞を試験管内で誘導する試みが 四半世紀にわたって行われてきました 近年 多能性幹細胞から精子や卵子の元となる始原生殖細胞を誘導する手法が確立され それに続きオス メス各々について配偶子分化過程の再現を目指す研究がなされてきました メスについては 多能性幹細胞から始原生殖細胞を経て卵子を試験管内で誘導する手法が報告されています 一方オスについては 多能性幹細胞から始原生殖細胞を経て 精子の前段階の細胞である 精子幹細胞を誘導することが目標の一つとされてきました 精子幹細胞は 生涯にわたり精子を産出する細胞で 成体の精巣内にわずかしか存在せず 生殖細胞系列で唯一の幹細胞といわれています これまで 精子幹細胞の長期培養株 (GS 細胞注 9 ) の樹立方法は研究されていました しかし 精子幹細胞が 始原生殖細胞から分化誘導されるメカニズムには不明な点が多く 多能性幹細胞から始原生殖細胞様細胞を経て 精子幹細胞を試験管内で誘導するシステムの確立が待たれていました 2. 研究手法 成果本研究グループは これまで多能性幹細胞から始原生殖細胞様細胞を試験管内で誘導する手法を確立してきました オスにおいて 始原生殖細胞は胎齢 12.5 日齢までに将来精巣の元となる生殖巣体細胞に囲まれ 前精原細胞注 10と呼ばれるようになります その後 前精原細胞は 出生 5 日齢頃に 精原細胞注 11および精子幹細胞へと分化します 本研究では 始原生殖細胞が前精原細胞となる時点の細胞環境に注目し マウスES 細胞から誘導した始原生殖細胞様細胞を マウス胎仔 ( 胎齢 12.5 日齢 ) の生殖巣体細胞と共に凝集させて 再構成精巣 を作製し 精子幹細胞への分化が誘導される培養条件を検討しました その結果 始原生殖細胞様細胞が 精子幹細胞と同等の特性を示す細胞に分化する 培養方法と培養期間を決定しました 次に この細胞を培養したところ 生体由来のGS 細胞と同様に増殖し 4 ヶ月以上の長期間の培養が可能であることが確認されました 我々は この細胞株をGermline stem cell-like cells(gsclcs) と命名しました さらにGSCLCsを 生殖細胞欠損マウスの新生仔 ( 生後 7 日齢 ) および成体 ( 生後 8 週齢 ) の精巣に移植した結果 一部が精子まで分化し 得られた精子と卵子を顕微授精させると健常な産仔が得られることも確認しました 一方で 樹立したGSCLCsがマウスの精巣中で精子まで分化する効率は 生体由来のGS 細胞より低効率 (20% 12 程度 ) であることが分かりました その要因を探るため GSCLCsとGS 細胞において 転写産物注とDNAのメチル化状態を比較しました 転写産物を解析したところ GSCLCsではGS 細胞と非常によく似た遺伝子発現パターンを示していましたが 精子幹細胞の分化に重要な一部の遺伝子の発現が GSCLCsでは抑制される傾向にあることが分かりました また GSCLCsのゲノムには生体由来の精子幹細胞に比べて過剰に高いメチル化を示す領域が存在しており それらの領域には精子に分化するために必要な遺伝子が含まれていました 以上から 転写産物の低発現と過剰メチル化に相関があることが示唆されました つまり 試験管内で精子幹細胞へと分化させる過程で付与された過剰なメチル化が 精子分化に必要な遺伝子の発現を妨げるために 精子分化の効率が低くなることが示唆されました これらの結果は 始原生殖細胞が精子幹細胞に分化する過程で起こるエピゲノム情報の再構成が その後の精子分化に重要であることを示しています 2

3. 波及効果 今後の予定 本研究は マウス多能性幹細胞から始原生殖細胞様細胞を経て GSCLCs を試験管内で誘導し 精子および健常 な産仔を生み出すことに成功した初めての研究成果です また 精子幹細胞形成過程におけるエピゲノム制御に 異常が起こると 精子形成不全が起こる可能性が示唆されました 本研究で確立した培養システムと得られた知 見は 男性不妊や 代謝疾患や精神疾患を含むエピゲノム異常症 遺伝病発症の原因究明に役立つことが期待さ れます また 本研究は ヒト始原生殖細胞様細胞からヒト精子幹細胞様細胞を誘導する方法論の開発に貢献す ると期待されます 今後は より質の高い培養システムの確立や 世代を超えたエピゲノム情報継承メカニズム の解明に向けて研究を進める予定です 4. 研究プロジェクトについて本成果は 以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました JST 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO) 斎藤全能性エピゲノムプロジェクト 研究総括 : 斎藤通紀 ( 京都大学大学院医学研究科教授 ) 研究期間 : 平成 23 年度 ~ 平成 28 年度 < 用語解説 > 注 1: 多能性幹細胞 : 自己複製能力と 身体を構成するほぼ全ての細胞に分化する能力を持つ細胞のこと 胚性 幹細胞 (Embryonic stem cells: ESCs) や人工多能性幹細胞 (induced Pluripotent stem cells: ipscs) の総称 注 2: 精子幹細胞様細胞 : 本研究において マウス多能性幹細胞 (ES 細胞 ) から完全な試験管内で誘導した 精子幹細胞によく似た性質を持つ細胞 この精子幹細胞様細胞の長期培養株は Germline stem cell-like cells(gsclcs) と呼ばれ マウスの生後 7 日齢の精子幹細胞から樹立した GS 細胞に近い細胞であることが示された 注 3: 精子幹細胞 : 自己複製能力と精子分化能力を併せ持った オスの生涯にわたる精子産生の元となる細胞 精子幹細胞は精原細胞 精母細胞を経て 精子細胞へと分化する 注 4: DNA メチル化 : エピゲノム情報の一つ DNA の塩基配列を構成する 4 つの塩基 ( アデニン シトシン グアニン チミン ) のうち シトシンの 5 位の炭素がメチル化されること 一般的には このメチル化修飾に結合するタンパク質の働きなどにより 遺伝子の発現が抑制される 注 5: 始原生殖細胞 : 精子や卵子の元であり 生殖細胞系列の起点となる細胞 マウスでは 受精後 6.25 日後頃にエピブラスト注 13 から出現する 注 6: 始原生殖細胞様細胞 :Primordial germ cell-like cells(pgclcs) と呼ばれる 多能性幹細胞から 完全な試験管内で誘導した 始原生殖細胞に非常によく似た性質を持つ細胞 マウスの受精後 8.5~9.5 日齢の始原生殖細胞に相同であることが 転写産物およびエピゲノム状態の解析から示されている 注 7: 生殖巣 : 生殖細胞とそれらを支持する体細胞からなる構造体 母胎で 胎仔の始原生殖細胞におけるオス メスの性分化が始まる頃 ( マウスでは受精後 12.5 日齢 ) までに形成される 始原生殖細胞はオス メス各々に特徴的な生殖巣の体細胞に包まれながら 配偶子 ( 精子や卵子 ) へと分化する 注 8: エピゲノム情報の再構成 : ゲノム (DNA の塩基配列 ) に付帯する 修飾情報の消去および再獲得のこと 修飾情報の代表として DNA のメチル化やヒストンの修飾がある 3

注 9: GS 細胞 (Germline stem cells): 生体由来の精子幹細胞そのものを 長期間培養しうる細胞株にしたもの 凍結保存が可能で 遺伝情報を保ったまま 2 年以上安定的に増殖させることができる これまで マウス ラッ ト ハムスター ウサギにて培養株の樹立が報告されている 注 10: 前精原細胞 : オスの胎仔生殖巣内で精子幹細胞への分化を開始した生殖細胞のこと 始原生殖細胞が胎仔精巣体細胞に囲まれると 前精原細胞となり 生後になると精子幹細胞や精原細胞へと分化する 注 11: 精原細胞 : オスの生後における精巣内の生殖細胞のうち 精子幹細胞以外の未分化な細胞のこと 精原細胞は精巣体細胞に支持されながら精子へと分化する 注 12: 転写産物 : 設計図であるゲノム (DNA 配列 ) と 実際に生体内で働くタンパク質とをつなぐ 中間産物 主にメッセンジャー RNA を指す 注 13: エピブラスト : 内部細胞塊から分化した 体を構成する三胚葉 ( 外胚葉 中胚葉 内胚葉 ) 全てに分化する能力を持つ細胞集団 4

< 参考図 > 図 1. マウス多能性幹細胞から精子幹細胞様細胞株 (GSCLCs) を試験管内で誘導する概略図 ( 上部 ) 試験管内にて マウス多能性幹細胞 (ES 細胞 ) から誘導した始原生殖細胞様細胞 ( 緑色 ) と オスの胎仔の生殖巣体細胞から作った再構成精巣の中で 始原生殖細胞様細胞は精子幹細胞様細胞へと分化した そこから長期培養株である GSCLCs を樹立した その過程で エピゲノム情報の再構成を試験管内にて一部再現した ( 下部 ) 生体内でのオスの生殖細胞分化過程を 試験管内での分化と対応させた 受精卵は発生が進むと胚盤胞となり 内部細胞塊ができる そこから エピブラスト注 13 を経て 始原生殖細胞が出現する その後 始原生殖細胞はオスの生殖巣体細胞に囲まれ 前精原細胞を経て 精原細胞や精子幹細胞へと分化する 精子幹細胞を長期培養すると GS 細胞となる 図 2. 再構成精巣の作製方法 再構成精巣は 始原生殖細胞様細胞 ( 緑色 ) と オスの胎仔 ( 胎齢 12.5 日齢 ) 生殖巣の体細胞を共に浮遊培養させて凝集塊を作り それらを膜上で培養することで作製する 精巣に特徴的な管構造が自発的に再構成され 始原生殖細胞様細胞 ( 緑色 ) が管構造内で分化する 5

図 3. マウス多能性幹細胞 (ES 細胞 ) から誘導した GSCLCs より得られた精子と産仔およびその子孫 ( 左上 ) マウス多能性幹細胞 (ES 細胞 ) から試験管内で誘導した精子幹細胞様細胞 (GSCLCs) は 精子へと分化する能力を保持することが示された ( 左下 )ES 細胞由来である証拠に精子頭部が緑色に光っている ( 右上 ) さらに 得られた精子は顕微授精により健常な産仔となることが示された ( 右下 ) またその産仔は成体へと成長後 健常な子孫を産出することができた < 論文タイトルと著者 > タイトル :In Vitro Derivation and Propagation of Spermatogonial Stem Cell Activity from Mouse Pluripotent Stem Cells. 著者 : 石藏友紀子 薮田幸宏 大田浩 林克彦 中村友紀 岡本郁弘 山本拓也 栗本一基 白根健次郎 佐々木裕之 斎藤通紀掲載誌 :Cell Reports 6